第71話:暗躍する者★

 ※「カクヨム」と他サイトに投稿している分で、こちらは性描写を感じさせる表現が強めになっております。その部分には「☆★☆★☆」マークが付けてあります。苦手な方は若干マイルドな表現となっている「小説家になろう」様の話をお読み頂ければと存じます。また、どちらも過激な表現が描写されている箇所がありますので、ご了承下さい。






「コウ様……! お帰りなさいませっ!」

「ただいま、シェリル……。ふぅ、少し疲れたよ……」


 シームラとの試合を勝ち抜き、まっすぐにシェリル達の下へと戻ると、彼女はすぐに立ち上がり僕を労ってくれる。


「ほら、モニカ。これを……」

「ああ、すみませんブーコ先輩っ! ご主人様、これをどうぞっ!!」


 席に着くと同時に飲み物を渡され、お礼を言って受け取ると、回復薬ポーションを模したソレに口をつける。


(……美味しいな。銘は『栄養飲料エナジードリンク』か。味はほぼスポーツドリンクだけど、疲労が回復していくのが実感できるのは流石異世界といったところだね……)


 人心地ついたところで、シェリルも僕の隣に腰を下ろす。こうして寄り添ってくれるだけでも、シームラを廃人にした時に感じたモヤモヤした感情が癒えていくようだ……。


「……ぴーちゃん、君はまた……どうして頭の上にとまるんだい……?」

「ピッ!」


 最近は大体肩や指にとまってくれていたというのに……。彼女たちのところへ向かう途中に先立ってぴーちゃんが迎えに来てくれた訳だが……、何時ぞやのように何故か僕の頭の上にとまってしまった。まぁ、別に何処にとまろうが構わないけどね。……糞をするのだけは勘弁願いたいが。


『……もしかしたらこの鳥、ミーの存在に気付いたのかニャ?』


 そんな時、僕に付いている女神様の使いであるというニャーニャーが語り掛けてくる。


(まさか……、今までは気付いた様子もなかったのに?)

『動物の本能は侮れないものなのニャ! 今も兄さんを取られまいとミーを威嚇しているかもしれないのニャ!』


 ……そうかなぁ、いつも通りのようにも思えるけど。あ……糞をした……。


『それにしても……兄さん、ちょっと色んな方面から命を狙われすぎじゃないのかニャ!? さっきのだって、下手すれば死んでたかもしれないのニャ!』

(そんな事言われたって……、仕方ないじゃないか。僕だって好きで狙われている訳じゃないんだから)


 理由や思惑は色々あるんだろうけどね……、僕個人が憎くて攻撃しているというよりも、勇者候補としての肩書だったりシェリルの同伴者だからといったりするのが殆どだろう。何れにせよ、僕が何と思おうがどうにもならない。


『……兄さんが勇者に覚醒すれば、その辺のしがらみは一気に解決すると思うのニャ……。この世界で勇者を害するのは最大のタプーとされている筈ニャ。兄さんはむしろ、勇者の偽者として考えられているみたいだし、トウヤにだって圧倒できるようになるのニャン』

(…………僕がどうして勇者として覚醒しないのか。それはね、君のご主人である女神様の不手際のせいなんだよ。聞いていないのかい? 僕は了承してこの世界にやってきた訳じゃない。トウヤの暴走をソピアー様が止められなかった結果、王女様の召喚に干渉して不完全な形で強制的に呼ばれてしまったからなんだよ。おまけに、勇者へと覚醒したら僕は二度と元の世界に戻れなくなる……。この辺の愚痴を語ったら、多分一日丸々使っても話しきれないかもしれないけど……聞く?)

『……遠慮しとくニャ。ソピアー様に代わって謝るのニャン……』

(ん……。わかってくれたらそれでいいよ)


 ……せめて勇者になった後も自由に世界を行き来できるとかであれば、さっさと勇者に覚醒してしまうのにね。僕だって勇者の力を受け渡すなんて回り道をしなくても済むのに……。


『話を戻すのニャ。ミーが言いたかったのは、その鳥はただの動物ではないのかもしれない、という事ニャ!』

(それはまぁ、確かに普通の小鳥ではないかもしれないけれど……)


 ぴーちゃんとはこの世界にやって来て割とすぐだったんだよな……。いつの間にか僕の傍に飛んできて……、僕もこのコが死んでしまったセキセイインコのように思えてしまって、そのまま飼っているのだ。別に鳥籠なんか用意しなくても離れていかないし、僕達の言っている事を理解しているようにも思える。

 最近では、先日手に入れたばかりの『五色の卵』が気に入ったのか、趣味部屋休憩処コレクションレストスペース内に居る時は卵のところを巣のようにして、温めるようになった。孵化できるかはわからないが、ぴーちゃんの好きなようにさせてはいる。


(あ……また糞を。どうせなら糞じゃなくて卵を産んでくれたら良かったのに……。まぁ、ぴーちゃんがただの小鳥でなかったとて関係ないけどね。僕に懐いてくれているし、放り出すなんてあり得ない。……ああ、勿論ぴーちゃんだけでなくシウスもだけど……)


 ふと、自分……というよりシェリルの足元で丸くなっているシウスに目を向ける。尤も、シウスは僕ではなくシェリルに懐いているんだろうと思っているし、動物どころか魔物でもあるけれど……。こうして見ているだけだと、普通の飼い犬にしか思えない。そんな風に感傷に浸っていると、スッとユイリが傍にやって来て、


「今、殿下へ聖女様の派遣を打診して貰えるように伝えたわ。受けるかどうかは向こうの出方次第だからわからないけれど……、結果はどうあれ、貴方は気に病む必要はないわよ」

「……何のことだい? 僕は別に気にしてないけど?」

「それなら別にいいわ。ただ、あの技を受けたら生半可な治療では回復しないって話だったわよね? 精神回復系の道具アイテムはとても貴重だし、聖女様であっても完治させるのは難しいのは知っての通り……。彼、イーブルシュタインでは結構有名人という事だし、もし受けたら向こうに借りが作れるから国としても都合がいいのよ。受けなかったら、勝手に再起不能になったという訳だしね」


 何でもないように話すユイリだったが……、彼女が僕に気を使ってくれているのは明らかだ。見透かされているなと思い、苦笑しながら小声で有難う、と伝える。


「ジーニスも、そしてレンさんもちゃんと勝ち抜いたんですよ! これで、ストレンベルクからの選手は全員2回戦進出という事になりますねっ!」

「……まぁ、彼らなら問題ないでしょう。貴方の相手に比べれば、対戦相手もそこまで脅威は感じなかったし、ね……」

「そうか……、彼らも勝ち抜いたか……」


 少し興奮気味のフォルナを窘めつつ、そのように報告してくるロレイン。僕自身、レンはもとよりジーニスも勝ち進むだろうとは思っていたけど……。そこで僕はロレインの隣に控えていたウォートルに声を掛ける。


「ウォートルも大会、出たかったかい? 僕たちの判断で、養生していた方がいいかなと思って出場メンバーから外しちゃったんだけど……」

「いや……俺が出場していても、恐らくどうにもならなかっただろう。魔物相手ならば兎も角、対人では動くについていけなかった筈だ……うむ」

「……別にそんな事はないでしょうけど、その『うむ』というのはもしかして口癖なの……?」


 ロレインの言う通り、戦いようによってはウォートルは無敵になれる能力スキルを有している分、殆ど無傷で勝ち抜けるだろう。尤も、同じように絶対防御を謳ったシームラが敗れている以上、絶対に勝てるという訳ではないだろうけど……。


「モニカ、そろそろ……」

「うぅ……お仕事はやらなきゃですよね……、わかりました……」


 僕の頭からぴーちゃんを引き取り、戯れていたモニカちゃんだったが、ブーコさんに窘められと何やら残念そうに僕に向き直る。


「ご主人様、わたし達は昨日と同じくお部屋を整えておきますね……。せめてご主人様の試合が終わるまではと我儘を言って観戦させて貰ったのですけど……。ごめんなさい、そのまま戻って来られるまでと先延ばしにしてしまってました。……昨日もブーコ先輩に手伝って貰ってギリギリだったのに、ちゃんと終わるのかなぁ……」

「……今日はアタシも手伝えるかわかんないよ。明日はシャロン様のところに行かなきゃいけないんだからね……。だから今日は観戦を控えておいた方がいいって言ったのにねえ……」

「うぅぅ~……」


 ……僕に与えられた部屋は結構大きいところだ。あれを一人で毎日清掃するのは結構骨が折れるだろうに……。


「昨日あれだけ綺麗にしてくれたんだから……、今日は別に構わないよ。そこまで気負わなくても……」

「いえっ! いいえ、そういう訳にはいきませんっ! 専属にして頂いたのに、サボっていたらお役御免になっちゃう……! 折角優しくて素敵なご主人様に拾って頂いたのに……。で、ですので今日はこれで失礼致しますっ!」


 そう言ってモニカちゃんが少し大きなメイド服のスカートの端をちょこんと摘まんで可愛らしくお辞儀すると、ぴーちゃんを僕に差し出した後、ブーコさんと一緒にパタパタと退出していく……。


「……コウ様、随分お疲れのようですから少しの間だけでも休まれて下さいな」

「レンとジーニスはまだ戻ってこない、か……。じゃあ、少しの間だけ……」


 シェリルに促される形でほんの少し眠ろうとするものの……、


「…………あの、シェリルさん?」

「どうかなさいましたか? ああ、枕の代わりとしては眠りにくいかとは存じますが……、しっかり休まれる為にもお使い下さいませ。一応、わたくしに掛けている『認識阻害魔法コグニティブインヴィテイション』の範囲を広げておりますので、周囲の目は気にしないで宜しいですわ」


 いや、そういう事を言っているんじゃないんだ、シェリル。周りの目とかそういう問題じゃなくて……、流石に膝枕というのはどうかと思うんだ。シェリル自身、首をコテンとさせつつも頬を僅かに朱に染めているし、恥ずかしくない訳ではないみたいだけど……。当然僕も恥ずかしいし、躊躇していると、


「それとも……お嫌ですか?」

「…………わかったよ、シェリル。わかったから、そんな悲しそうな目をしないでよ……」


 上目遣いでそんな風に言われたら……了承するより他ないじゃないか……。まさかこんな公衆の面前で……、まぁ認識阻害を展開するようだけれどね。観念して僕は横になると……何とも言えない至福の感覚が全身を支配してくる……。


(あ……髪の毛を撫でてくれてる……。気持ちいい……これだけで眠れそうだ……)


 こうしていると、最初に会った時の事を思いだす……。人生を諦めているようだったシェリルを少しでも元気になって貰いたくて……。だけど、今にして思えば初対面の女性に対して行う事ではなかったな……。元の世界での基準では完全にアウトだったよ……。それが、今では彼女の方から接触してくるようになっているのだから、本当に世の中わからない。

 実際のところ、彼女にしては随分大胆な行動じゃないかな? 近頃は寄り添うというよりも、ボディタッチというかくっついてくる事も多くなってきたし……、知ってか知らずかはわからないけど、シェリルのセクシーアピールになってて、その度に僕のなけなしの理性がガンガン削られる……なんて日々を送っている。おまけに……、


(小声で僕にだけ聞こえるように歌い始めたね……。あぁ、これ駄目だ……。意識を……持っていかれる……)


 彼女の透き通った美しい声が優し気に聴こえてきて……、子守唄と気付いた時には、ほぼ夢の世界に足を突っ込んでいた。シェリルの柔肌の感触に匂い、そして現役の歌姫も認める綺麗な歌声に包まれて、僕はそのまま寝入ってしまうのだった……。











 ☆ ★ ☆ ★ ☆






――その夜、とある場所にて――


「いやっ! こないで……っ!!」


 ある薄暗い部屋……。そこにはやや大きめの寝台しかなく、その上に身を置いた女と俺はもう何度目になるかわからないコトに及ぼうとしていた……。和の国に伝わる巫女服という衣装に身を包み、珍しい黒髪を靡かせる美女がすぐさま逃れようとする。しかし逃げられる筈がない。……彼女の足首には逃亡防止の為に枷がつけられている。おさげにしている黒髪を振り乱しつつ扉に向おうとしていたが……、結局辿りつく事も出来ずに蹲ることとなった。


「逃げられる筈がないだろう? というより、まだそんな体力があったとは驚きだ。あれだけ此方に被害を出してくれただけの事はある」


 ――先日、和の国にて国宝とされていた『五郎入道正宗』を強奪した際に、それを護っていたのを捕らえ、そのまま連れ攫ってきた巫女だ。最初はすぐに性奴隷にでもして売り払おうと思っていたのだが……、


「ほら、捕まえたぞ。……ま、抵抗してくれた方がこちらも楽しめるけどな……っと」

「やあっ! いやですっ! いやああーーっ!!」


 捕まえた女をそのまま抱き上げて枷が取り付けられているベッドへと運んでいく……。そして暴れる彼女をベッドに連れ戻すと、そのまま押し倒し……、


「もうやめてェ!」

「相変わらず、いいカラダしてるじゃないか? 本当にこのギャップは堪らないな……」


 薄暗いベッドの上で女の巫女服を脱がしていく……。すると今まで着痩せしていたのかというように、ボリュームのある双丘が跳ねるように眼前に現れた。下着もなく零れるように現れたそれを直に揉みしだいていく……。細身でスレンダーという和の国の巫女のイメージを覆すくらいの爆乳は非常に弄びがいがあった。


「いやぁ……」

これ・・のお陰で人身売買組織に売り払われずにすんだと言っても過言じゃないな。まぁ、具合が良かったというのもあるが……」


 そう言って俺はずっと揉んでいたい乳房から手を放し、おさげを解いて長い髪を下ろさせながら半脱ぎになっているその豊満な体をまさぐった。きめ細やかな柔肌の感触を一通り堪能したところで、今日は何時もより身じろぎしながら拒もうとする彼女へと囁く。


「どうした? 今日は随分感情を見せるじゃないか。まるで、初めてヤッた時みたいに……」


 まぁ、程よい抵抗はこちらを刺激するだけだがな。尤も、戦闘手段は女を穢した時点で完全に奪っている。今のこの女には自殺する事すらも出来ない。こうして嬲られるがまま、飽きるまで慰み者として生かされ続ける運命しかない……。


「お願い……、もう、解放して下さい……。それさえも、許されないのなら……せめて死なせ、て……」

「おいおい、何を言っているのやら……。捕らえられた婦女子の運命は古来より雄の慰み者と相場で決まっている。確か……タマキと言ったか、君に権利なんか存在しないんだよ……」


 そう耳元で告げながら、女の顔が絶望に染まるのを見届け、その立派なおっぱいをもう一揉みすると、片手で彼女の両手を一纏めにしてベッドの上に押し付け、もう片方の手で女の顎を上向けると、


「うう……どうして、こんな……」

「一見すると清純で大人しそうなのに、戦場では鬼神の如き力で暴れてくれるんだからな。随分と手こずらせてくれたものだが、こうなってはただの女にすぎない……。おっと、『ただの』女ではなかったか。こうして裸にひん剥いてみれば、こんないやらしい卑猥な体を隠し持っていたんだから……本当に女はわからないねぇ。ま、こちらとしては嬉しいが……」


 脱がしてみたら凄かったというのは、男からしてみたら最高のシチュエーションではある。よくこんな大きな胸を隠せていたものだ。対峙した時は神懸かり的な力でこちらを圧倒した娘とはとても思えない。顎を取られたままハラハラと泪を流していた彼女は俺の言葉に反応し、


「ッ……あなたは、ケダモノですっ! 神よ、どうか……っ」

「今更、神頼みなんてしても無駄なのは、君が一番よくわかっているだろう? 今はその手段を奪っているが、仮にもその身に神々を降臨させていたんだ。力なき者達がいくら神を拝もうとも、それに一々神が応えるか? 第一、もしも神が応えてくれるというならば……、君は俺に穢される事もなかった筈だ。違うかい?」


 その問いかけに答えられず、彼女は悔しそうにしながら涙目でこちらを睨みつけている。全く……そんな姿を見せられたら興奮してくるじゃないか……!


「それにしても、俺に可愛がられる事の名誉がまだわかっていないようだな……。部下にも手を出させず、こうして俺の相手をしている事がどれだけ幸せか……。仕方ない、それが分かるまで君のカラダに覚えこませてやろう……」

「きゃっ!?」


 そう言って女を無理矢理四つん這いの状態にさせる。そんなあられもない恰好の女を見て、再びムラムラと催してきた俺はその肢体を押さえつけ……、


「ああっ……! お願いっ、もう許して……っ!! イヤッ! やめっ……ふぐぅっ!!」


 ……女の悲鳴がやがて嬌声へと変わる中、卑猥な水音が部屋に響き渡っていく。そしてその行為は自分が満足するまで続けられるのであった……。






 ひとしきり巫女の体を彼女がレイプ目になるくらいまで堪能し満足した俺は、色々と報告を受ける為に監禁していた部屋から戻ってくる。薄暗い場所、はるか上空を飛行している艦内にも関わらず、静寂と闇が支配するその場所に、自分が戻ってきた瞬間、灯りがともされる……。そこに灯りをつけた女と恭しく畏まる男の姿を認めた。


「フィー、殿下を……」

「奉仕の方はいい。充実しているからな。葡萄酒ワインでも開けてくれるか? 確か上質なものがあったろう? ……それよりもジェイムス。ここでは殿下はやめろと言っているだろう? ……団長と呼べ」

「……失礼致しました、団長」


 傍仕えの女給にして目の前の部下の妹でもあるジョセフィーヌが畏まりました、と言ってすぐに準備する。ある転移者たちが故郷である葡萄畑を此方での再現に成功させて、その故郷の名前を葡萄酒ワインに付けていたな……。確か『ロマネコンティ』とか言ったか? それを俺のグラスに上手に注ぐと、一礼して部屋より出ていく……。


「それではご報告を……」

「待て。それよりも先に始末をつけよう。奴を連れてこい」


 部下の報告を遮り、俺がそう指示するとすぐに一人の男が連行されてくる。


「うー……、あぁ……」

「全く、あんな奴に返り討ちに遭うとはな……。イーブルシュタインの英雄が聞いて呆れる」


 折角、王女の気に掛ける勇者候補を事故にかこつけて消せる絶好の機会だったというのに……、目の前のこの男は絶対的な力を持ちながらも敗れ去り、あろうことか廃人になってしまった。どうやら強めの幻術みたいなモノを掛けられたらしく、正気に戻すのも儘ならず、ストレンベルク側からは聖女の派遣を切り出される始末だ。……尤も、こんな使えない奴の為にストレンベルクに貸しを作るような真似をするつもりは毛頭ないが……。

 俺はアイアンクローよろしく、廃人となったシームラの顔面を掴むと締め付けるように力を入れていく……。


「あっ、あっ……、あっ」

「『絶対颶風』がありながら、どうして負けられるのかねぇ……。折角、まだ城勤めでない事を理由に大会へ捻じ込んでやっていたのに、とんだ無駄骨だったみたいだな。……この屑がっ!!」


 やがて握力により、指が顔にめり込む。血が滲んでいく中で、俺はある能力スキルを発動させた。


「あっ、ああっ、アーッ!!」

「貴様の力はこちらで有効に使ってやる。こんなに使えねえならもっと早くこうしておくべきだったな?」


 ……イーブルシュタインの皇家に秘して伝わっている血統能力ペディグリースキル……『支配せし濫妨者ハントマスター』。『能力強奪スキルプランダー』の上位互換ともいうべきこの力は、条件を満たせば能力スキルだけではなく、魔法や知識といったものまで奪う事が出来る……。特に使用者によって『正当なる濫妨タレントハンター』の能力スキル自体も進化するのか、俺のそれは歴代最高とも言われており、『能力強奪スキルプランダー』では盗めない固有技や魔法、果ては『血統能力ペディグリースキル』すらも条件が整えば奪う事ができ、能力スキルが進化すれば例え神々から与えられたものであっても手に入れる事が出来るようになるのでは、と俺は思っている。

 さらには、知識どころかその者の記憶までも読み取ってスフィアに保存しておくなんて芸当も出来る事から、人工生命体ホムンクルスと掛け合わせると人材すらも困らない。それらの理由から第一皇子というだけでなく、名実と共に次期天皇は俺と内定されているのだ。


「……フン、もう抜け殻になったか。さて、コイツはどうするかな……。ホムンクルスの材料にしてやるか……」

「いえ、仮にも民草にはイーブルシュタインの英雄とまで云われていた男です。いくら大会で無様に敗れたとはいえ、材料にしてしまうには些か……」

「それもそうか。じゃあ、取ってある記憶スフィアディスクメモリーでも使うか。それなら治療には成功したものの、後遺症からほぼ戦えなくなったと言ってしまえるからなぁ……」


 ほぼ全てを吸いつくし、抜け殻と化したシームラを投げ捨てると、連れてきた者たちが再び回収していった。連中が退出したところで、部下であるライアンの方へ視線をやり、


「勇者殿の方はどうなっている?」

「……はい、こちらに出します」


 部下はそう言って一礼すると、眼前のスフィアシアターにそのリアルタイムでの様子が映し出された。


『……もう、やめ……っ! 私を……夫の下へ帰らせてぇ……!』

『駄目だね。君の事は気に入った! 確か……パルプンティースちゃんとかいったか? 君はこのままオレのモノにしてやるから、その男の所に帰すわけにはいかないね!』


 おやおや、ちょうどおたのしみの最中か。勇者殿が夢中になっている娘は確か……『フィレンシュホテル・フリーダム』の施設内にあったウェイトレスの一人かな? 何度か報告があったせいか、何となく見覚えが見覚えがある。改めて見てみると……成程、要望があるのもわかる気がする、中々上玉の娘だ。


『そ、そんな……! そんなの……いやあっ!!』

『おっと……死なれちゃ困るなぁ! オラッ、大人しくしろっ!!』


 そう言って彼は舌を噛み切ろうとした女に素早く猿轡を噛ませる。おお……随分と手馴れてるな。


『うぐっ!? んむぅーっ!!』

『これでよし……っと。ただでさえオレが可愛がる予定だった女を取り上げられてたんだ。そんな呆気なく死なれてたまるかよ。全く、勇者様に気に入られるって事がどれだけ幸運なのかってのがどうしてわからないかねぇ……』


 見ると用意していた女達が彼方此方あちこちでぐったりしてる。どうやら一巡はヤリ終わって、特に気に入ったのが画面の中の彼女という訳か。まぁ……愉しんで貰えているようで何よりだ。


『それに夫って言っても、君、処女だったじゃねえか……! 他のコたちも十分愉しめたが、俺が特に気に入ったのはそれもあるんだろうな。しかも君は特に具合が良かったし……。それに、どうせこのまま結婚したとして、絶対に白い結婚になるだろう? そうじゃなきゃ君みたいなコが処女で居られる訳もねえ! ……そんな可哀想な君をオレが拾ってやろうって言ってんだ。勇者であるオレにだぜ? むしろ感謝して欲しいくらいだ。安心しな……、君のこのカラダは夫とやらに代わってオレが責任を持って満足させてやるからよ!』

『ンンンンンーーッッ!!』


 ……この催しは我が国で秘密裏に行われている定例行事だ。イーブルシュタインに住む平民が婚姻の際は必ず国の機関に登録をしなければならない。表向きの理由としては国の機密事項の漏出を防ぎ為であり、出生率や国民の増減等を把握する為などと色々ある。そして、妻となる女性には国からの援助、はなむけとしてウェディングドレスを贈与する事となっている。平民では中々手を出せないくらいのそれなりに高価なドレスを贈る訳だから、国の支援としては好評だ。…………但し、国としては裏の理由もある。


(……平民の中にも目を引く程の上玉の女はいる。そんな女達を婚姻登録と衣装作りの為に登城した際に、色々理由をつけてその場に留め……様々な方法でそのまま拘束して初夜の前に愉しむという……ちょうど彼が愉しんでいる催しイベントを行う訳だ。此方としては経費も馬鹿にならない訳だから、少しくらい還元しようという思いもあるし、何より優越感に浸れる上に、たまに掘り出し者を見つけられるという楽しみもあるんだが……、思いのほか勇者殿も気に入って頂けたようだ。……尤も、自国の平民を国の次期支配者たる俺がどのように扱おうが文句を言われる筋合いはないがな)


 そうやって囚われた女達はそれぞれ我々によって管理されるか、はたまた奴隷商人に売り渡される事となる……。トウヤが選んだのは度々手に入れて欲しいと要望のあった上玉のウェイトレスであり、若干惜しいような気もするが……、まぁ平民の女一人で勇者の関心を買えるというのなら安いもの、か。

 トウヤの望むように手配をするようにと伝えようとしたところで……部下の顔を見て、


「どうした、ジェイムス? 何か言いたい事でもあるのか?」

「……いえ、そのような事は……」

「今日は気分がいい。許すから言ってみろ」


 そのように促してやると、一瞬逡巡したようだったが……、やがて意を決したように此方を見ると、


「……それではお許しを得て申し上げます。お気に召した者が居たら愛妾として次期後宮となるハーレムに召し上げるのは別にいいと思います。ですが……、このような事を続けていくのは殿下の為にならないかと……。平民たちだって馬鹿ではありません。婚姻のたびに行方不明者が発生して……、いつしか暴動にならないかとも限りません。それでしたら……」

「発言は許すとは言ったが、殿下はやめろと言った筈だぞ、ジェイムス。……お前も先程の使えない屑シームラのようになりたいか?」

「っ……大変失礼致しました、団長……」


 すぐさま深く頭を下げて謝罪するジェイムス。そんな部下を面白くなさそうに見た後で、


「……次はないぞ、ジェイムス。それと……お前の申し出は却下だ。何で俺が下々の者達の事を考えてやらねばいけない? 平民など皇族といった選ばれし者達に行使される為に生まれてきた奴らだ。まして、このシステムを考えたのは俺ではない。まぁ……、頻繁に活用し出したのは否定しないがな……。むしろ平民を有効に活用してやってるのだから感謝して欲しいくらいだよ。……優秀なお前なら、俺の考えなどわかっている筈だぞ?」

「……では質問を変えさせて頂きます。何故あのような愚劣な者に好き勝手させるのですか? 団長はわかっておられる筈です。あの者は勇者という肩書を取り払えば、とても近くに置いておくべき人間ではありません。それこそ……団長の力で奪いつくしてやればよろしいではありませんか!」


 ……成程な。ジェイムスはそれが言いたかったのだろう。尤も……、コイツは潔癖な男だ。俺のやっている事を一部、快く思っていないのは知っている。幼い頃から俺に仕え……、それが許される家柄の名家の人間だというのに選民意識が少々低い事が玉に傷だ。……俺にやかましく意見して、こうして今も傍に置いているのはコイツくらいなもんだ。まぁ、なんのかんのと言いながらも働く時は働くがな……。

 俺は溜息をつきつつ、そのように意見してきたジェイムスに対し、


「……少なくとも現時点で俺の『支配せし濫妨者ハントマスター』では勇者の能力スキルは奪えない可能性が高い。……仮にも神々の力によって遣わされた形となっているからな。まして知っての通り、盗む時は相手に自身の一部を捻じ込ませる必要があるし、物理的、或いは立場的に支配下に置かなければならないという条件もある。能力行使の際は確実に相手と敵対する形となる訳だ。そんな危険リスクを冒して、盗めませんでした、では済まないんだぞ? お前も見た筈だ。『勇者』としての力を……」


 ……俺が『支配せし濫妨者ハントマスター』を発動する際、男ならば先程のように顔面等を掴んで強引に傷口にめり込ませる形をとり、女なら性行為の時に奪う事にしている。そして細々した条件を満たしたとしても、対象の相手のランクや盗む能力スキル等の強力さによって、所要時間も変わってくるのだ。相手に触れた時点である程度の情報を把握する事も出来るが、トウヤに関しては正直、曖昧な情報しか読み取れなかった。


 そして……、歴代の勇者の事は伝え聞いている話ぐらいしか知らないが、少なくとも彼は一国を滅ぼすくらい強力な力を有している。特に、核魔法ニュークリアとやらは実際に皇都に使われたとしたら果たして防ぎきれるかどうかはわからない……。山林を一瞬で更地に変えて、それでいて本来の威力ではないと宣った時、どう間違っても敵対するという選択肢はその時点でなくした。


「彼が下劣なのは大変結構な事じゃないか。それ故に様々な懐柔策が取れるんだからな。ある意味、勇者と密接に関わっている筈の姫巫女たる王女さえも共有を了承するくらいだ。あの……コウとかいう奴より余程好感が持てる」

「……畏まりました。それでは手配致します。他の者達は……」

「ああ、お前の裁量に任せる。まぁ、俺自身は彼の『お下がり』を使うつもりはないから、他の者たちの要望に合うかどうかで判断しろ。……それにしても、言っていて思い出したが、本当に忌々しい奴だ。まさかあそこまでやって、生き残るとはな……」


 シームラが使えなさすぎたのか、奴の悪運があったせいなのか……、事故死を装って殺せなかった事が悔やまれる。奴には既に何度も邪魔されているのだ。先日、前々から目を付けていたストレンベルク王国が誇る歌姫……ソフィ大公令嬢を拉致誘拐事件が起こった。あれは魔族と水面下で交渉し、我々『暗色の楽園インビジブルパラダイム』が誘導し発信してあの海賊たちに実行させたものだった。多少暴走したようだが、ちゃんと我々のところにまわってくる手筈となっていたのだ。それを台無しにしてくれたのが……奴だと言う。


(今朝の事もそうだ。奴がやって来なければ……、王女は俺の手に落ちていたかもしれなかった……! なし崩し的に既成事実を挙げてしまえばどうとでもなったのだ……! 少なくとも唇だけでも奪えていれば……! 『支配せし濫妨者ハントマスター』を発動し、そこから記憶を辿ってストレンベルク側へ有利な情報も盗むことができたかもしれなった……! それを邪魔したアイツは……充分死に値する!!)


 やはり考えれば考えただけ腹が立ってくる……! それだけじゃない、奴がイーブルシュタインにやって来た時期も問題なのだ。


「そういえば……、下部組織からの反発がでております。シャロン嬢の件を中止した事も……かなり不満を溜め込む結果となりましたね。尤も、これは主に……我々に従う層の連中からですが……」

「それはどうにもならないだろうが……! あの状況でどうして実行できる!? それについては馬鹿どもの方を黙らせろっ! いずれ実行するから文句を垂れるなと! ……名ばかりの皇弟である叔父上には既に話がついているんだからなっ!」


 ……本当はあの日、奴らが皇都に来ずに同盟会議が開かれていなければ……、シャロンを別室に呼び出し弄ぶ予定だったのだ。現状国の内外に一番顔が利き、最も優秀な令嬢と称されるシャロン・フィレンシュ……。取り得は顔と体だけで頭はパーである義姉のアマンダとは違い、国内でも一位二位を争うほどの有力な名家、フィレンシュ家の正統な血筋を引く元婚約者……。ジェイムス以上に小言を言ってくるシャロンに屈辱を味わわせる為に、公衆の面前で婚約破棄して冤罪も背負わせた。そうした上でその有能さを利用すべく、父親と水面下で手を組んで叔父の下に拒否権なく婚約させたのだ。しかし、交換条件で新たな婚約者に迎えたアマンダが想像以上に使えず、また思った以上に平民だけでなく名家からも人望が厚いシャロンが惜しくなってきた。だから、ある計画を立てたのである……。


「……計画ではシャロンを別室に呼び出して眠らせ……その間に貞操を奪い、辱めるつもりだった。そしてその時の痴態の件で脅迫し、目隠しをさせて部下に輪姦マワさせ、自身の仕事は代わりにやらせつつ、最終的には高級娼館に堕として大名家の令嬢を抱ける……というのを売りにする予定だったものを……! ああ! 思い出しただけでも殺したくなってくる……!」

「しかし……、簡単にはいかないでしょう。私もまさか『絶対颶風』を持つシームラが敗れるとは思いませんでした。報告ではダグラスが仕掛けていた例のダンジョンで、『死神』カオスマンティスすらお退けたという話もあります」

「『死神』を討伐できる訳がないだろうっ!! ……そうだ、ダグラスの件で思い出した。このスフィアシアターを例のモノに変えろ」

「……はい、ただちに」


 俺の言葉に従い、パッと映し出されていた映像が切り替わる……。するとそこには……クローシス家より押収された、神湯泉での隠し撮られた女の水服姿が映し出されていた。暗幕ブラックアウトによって顔は確認できないが……、体のラインはハッキリとわかり、映像越しでもその色気が醸し出ているかのようだ。それに、顔に関しても先程この目で・・・・しっかりと・・・・・見ている。


「……ふぅ、目の保養になるな。ムカムカしていた気持ちも漸く落ち着いてきたよ……。ったくダグラスの奴、部下として散々目をかけていたってのに……こんな極上の女を報告もなく囲おうとしていたとはね……。どいつもこいつも巫山戯ふざけてやがるぜ……!」

「……ご命令通り、クローシス家は解体の方向で動いております。内容は……ストレンベルク王国の要望に従い、勇者候補を故意に殺めようとした件で連座にする……という名目です。既に当主および血族者、関係者ともに拘束し終えました」

「当主は息子を管理しきれなかった罪で処断しろ。他の奴らは奴隷に堕とせ。クローシス家の財産、領地は全て皇室で没収し、に従う名家の面々に振り分けろ。そして既に命令は出しているが、改めて命じるぞ……。今進めている事を後回しにしてでも、最優先で彼女を捕らえて……俺の下に連れて来いっ!」

「その件なのですが……、ひとつ宜しいでしょうか? 実は水面下で交渉していた、国民派議員であるゲラハ・オポテュニーですが、ある条件を呑んで貰えれば此方への恭順を決める、と申し出があったそうです」

「……なんだと? 因みにその条件とはなんだ?」


 表向きは共和制であるイーブルシュタインの最高評議会だが、主に皇室派と国民派の2つが存在する。我々としては皇室派が力を持って貰えれば、色々やりやすくなる……。今のように『組織』として動くのも最低限となるのだ。今はやや国民派が主流となってはいるが、今言ったオポテュニー家が此方側に取り込めれば一気に形成は変わる。……尤も、今まで散々便宜を図ってやっているというのに条件も何もあったものではないが……。


「我々『組織』で動く必要がありそうです。何でも……国民派の旗手で議長も務めるリオネヌーム家の『深窓の令嬢』が欲しい……、と」

「ハッ……、まさか自分の派閥で、トップのところの娘を要求してくるとはな……。奴らしいというか、何というか……」

「……ある意味、我々に相応しい人材では?」


 恐らくは皮肉を込めて発言したのであろうジェイムスをジロリと見て、違いないと苦笑する。そんな人物の方が、確かに俺にとっては信用できる。自分の利益を何よりも優先する為、それに応えてやっていればちゃんと仕事もするだろうからな。それに……リオネヌール家の娘を抑えたとなれば、国民派閥の力もさらに削ぐ事もできるだろう。対象となるかの国の令嬢は……シャロンと同様になかなか優秀で影響力を持つ人物でもある……。これは色んな意味で一石二鳥になる、か……。


「……仕方ない、その件についてはすぐに進めろ。だが、このエルフの捕獲についても同時に探れ。恐らくは……先日襲撃を受けて行方知らずとなったメイルフィード公国で、名前だけ公表され表舞台に出てこなかったという姫君だ。ずっとストレンベルクで保護されていたのだろうが……イーブルシュタインに、この皇都に密入国している今がチャンスなのだ! まさかあそこまで美しかったとはな……。直に『真理洗眼しんりじょうがん』で視たから間違いない……」


 俺の『真理洗眼』は主に隠されたものや隠蔽を見破る事が出来る能力スキルだ。レイファニー王女を取り込むのには失敗したが、『彼女』がここにいる事が分かった事だけは僥倖だった。正直、すぐにでも隠蔽を剥ぎ取ってその場で手籠めにしたくなる程に、女にここまで奮い立ちたくなったのは初めてだ。現時点で一番気に入っている女は、例の捕えてある和の国の巫女だが……、ハーレムに囚われている女を全て放り出してもいいと思うくらいには入れ込んでいる。


「……確かに今の密入国している状態の彼女が『消えた』としても、保護しているであろうストレンベルクからは何も言ってはこれないでしょうね……。ですが、こんな簡単に密入国を許してしまうのもどうかとは思いますが……」

「それに、そこは『入国』よりも『出国』の時に力を入れているのだから仕方あるまい。イーブルシュタインには絶対に国外には出せない機密も多いからな。恐らくはお目こぼししてやってる元『獅子の黎明』のレンと同様に何らかの空間系の能力スキルで入り込んだんだろう……」

「皇都には空間能力スペーススキル厳禁の法令もありますが、全く機能していないと言っても過言ではありませんね……」


 ……全くだ。尤も、空間系は中々希少な能力スキル……。持っていたとしても一部の冒険者か、高位の家の者が血統能力ペディグリースキルとして継承してるくらいのものだ。だが……、


「まあいいさ。それに……空間能力厳禁の法アレの真骨頂は、出国時に『秘匿魔法コンフィデンション』で引っかかった場合には強制的に拘束の対象となり、空間能力スペーススキル内に隠していたと判明すれば、治外法権も無視して裁く事が出来る事にある。そう……、つまりどんな手段を使っても引っかけて・・・・・さえしまえばいい訳だ」

「……仰る通りです。ですが、どうしてわざわざ元『獅子の黎明』の実力者を参加させる事を認めたのです? ストレンベルク側が密入国させた彼を偽名で出場させている事はわかっていました……。和の国や他国の戦士は弾いたというのに、一体何故……」


 そう問うてくるジェイムス。フン、そんな事は決まっているだろう……。


「勿論、後でストレンベルク側に強く出る口実を与える為さ。おまけにエルフの女とともに密入国している以上、理由を付けて空間能力スペーススキルを検める切欠も作れるだろう? まぁ、いくら実力があろうと奴らが優勝することはない。あの勇者候補だとかいう目障りな奴と一緒に消える事となる……」

「……成程、魔族との取り決めの際の条件を利用する……という事ですね? しかし、我々にもコントロールは出来ないかとは思いますが……」

「コントロールする必要はない。まして、コントロール出来る者でもないしな。ただ、奴が刀に固執している事は間違いない……。それも、大会の景品は和の国の国宝とも謳われている『五郎入道正宗』だ。例外もなく、奴の前を阻む者は消されるだろう。アレ・・は人類が敵う相手ではないからな」


 ……そう、奴らには誰も敵わない。神々の能力スキルにまでは干渉できない今の俺は勿論、未だ『候補者』とされている絶大な力を持った現在のトウヤであっても……、勝つ事は出来ない。それこそ完全に覚醒したとされる『勇者』でなくては……、魔王はおろか、その直属の部下に太刀打ちできる筈がないのだ。


「まあいい、あれこれ考えていてもどうせ結末は同じだ。今は一刻も早くこの女を組み敷いて思う存分に穢してやりたいぜ……! その時の彼女の悲鳴、慟哭……、その苦痛に満ちながらも快感に支配されている、美しく歪む表情を想像するだけでワクワクしてくる……。フフフ……ハハハハ……、ハーハッハッハッ……!」


 色っぽく艶やかな彼女の水服姿を眺めながら、やがて自分の手でそのカラダを隅々まで暴いてやろうと想像して愉悦に浸る中、部下が控えるその静寂な部屋に俺の高笑いが響き渡るのだった……。






 ☆ ★ ☆ ★ ☆











「っ……」

「どうかなさいましたか、シェリル様?」


 なんとなく背筋がゾクッとして振り返るも、気のせいと思い直し私は控えてくれているブーコへと応える。


「……いえ、何でもありませんわ」

「そうですか……、それよりも本日は申し訳ありませんでした。シェリル様が戻られる際に、席を外しておりました事……」

「それこそ気になさる事ではありません。モニカさんを手伝っていらしたのですよね?」


 申し訳なさそうに謝罪するブーコに私はそう声を掛ける。後輩を放っておけなかったようで、自分の業務を終わらせた後に時間ギリギリまでモニカのところを手伝っていたようだ。……残念ながら、彼が戻ってくるまでには終わらなかったようですが……。


「コウ様も気にする事はないと仰っていらしたのでしょう? それでしたら、貴女が責任を感じる必要はありませんわ。勿論、モニカさんも……」

「……そう言って頂けると助かります。全くあの子は……。すみません、それでは本日のところはこれで失礼致します。先程申し上げました通り、明日は……」

「わかっております、シャロン様のところですわよね?」


 はい、と返事してそのまま礼をするブーコ。そんな彼女に笑いかけて退出するのを見送ると、ふぅ……、とひとつ息をつく。


(大分、心を開いてくれるようになりましたわね。まだ少し硬いところもありますが……それは徐々に直していって下さるでしょう)


 そのように割り切ると私はチラリと寝台の方を見つめる。今日もユイリは戻ってこないみたい……。ここは名目上はユイリに宛がわれている部屋で、密入国状態となっている私はそこに匿われている形となっている。できれば一緒に居て貰いたいのだけど……、彼女の方が遠慮して私一人が部屋を使っている状態だ。ストレンベルクでは常にコウと一緒にいた事もあり、少し人恋しい思いもあるが……。もうひとつ溜息をつくと、今日の試合の事を回想する……。


(あと少し、ほんのわずか少し違っていれば、負けていたのはコウ様でしたわ……)


 相手選手の暴風を操る能力スキルによって、危うく細切れにされる光景を想像し、心の底から恐怖する。コウがガーディアス隊長達からの指導、技の伝授が行われていなければ間違いなく……、やられていたのは彼だった筈だ。傍にいれば対処したり補助も出来るが……、1対1で戦う試合なんかではただ観ている事しか出来ない。……例え、目の前で嬲り殺しにされていたとしても、審判が止めてくれない限りどうする事もできないのだ。そして審判は、公平ではなく明らかにイーブルシュタインよりのスタンスでいた。


「コウ様……」


 ここにいない彼を思い、ポツリと声がでる。今回の試合の出場はコウの意思で行われた事だ。だから反対はできない。できないけれど……、言いたい事はある。


(貴方は……どうしてわたくしに、わたくし達に何も相談して下さらないのですか……?)


 今回彼が皆に反対される中でこの大会出場を決めたのは……恐らくは勇者の力を継承させる為に必要と踏んだからだろう。話から察するに、和の国にくだんの人物がいる……というところだろうか。ただ、分かった事もある……。やはりと言うべきか、彼はいざ元の世界に帰還するとなった際に、私も一緒に連れていくつもりは無いみたいだ……。さらにユイリからの話だと、何やら不穏な事も考えていたとの事だけど……、まぁ彼の性格を考えて、何と言っていたかはなんとなく想像できそうな気もする。


「……コウ様が何と仰ろうとも、わたくしの気持ちが変わる事などありませんのに……。ですが、やっぱり手段を選んでいる余裕はないみたいですわね……」


 ぽつり、と知らない内にそう呟いていた。……以前に清涼亭の看板娘であるラーラとも話した事があったが、最早恥ずかしいとか元貴族の令嬢としてはしたない……、などとなりふり構っていられる状況ではない。例え彼と心は通じ合う感触があったとしても、それとこれとは話は別で、このまま手をこまねいていれば、彼に置いていかれてしまう……と、そんな危機感を覚えていた。

 とはいうものの……、彼の意思の固さは筋金入りだ。ユイリ達から聞いているごく一般的なアプローチでは、彼の牙城を崩せるような気がしない……。それならば、令嬢がしないような大胆なアプローチに切り替えていくしかない。勇者である彼には強制的に魅了させる事は出来ないだろうから、自然に惹かれるようにする為にも、自身の厭忌しているこの容姿もふんだんに活かし、色仕掛けや誘惑と、どんな手段を用いてでも物理的に魅了して、自分を手放せなくさせる……。いくら勇者の特性として、強制的に掛かる魅了などの状態異常に絶対の耐性があったとしても、本能的な欲求、色欲は彼の様子から察するにある事はわかっているのだから、要は我慢できなくさせてしまえばいいのだ。


 ……コウも恐らくはそのように感じているのだろう、自分とそういう関係になる事を極端に避けているようにも思える。ならばそういう状況にさせればいい。ユイリもそこは賛成してくれており、最悪子供を残す事だけでも……と考えて色々動いてくれているようだが、彼と結ばれたならば置いていかれるような事はなくなる……と私は思っている。


(ブーコさんといずれそういう関係になるという事は約束していましたから、その時にわたくしも一緒に……と迫ってみましょうか? ハレムという複数の異性を囲うお話では、同時に何人も愛したりする事もあるようですし……)


 尤も、彼自身は元の世界での基準で判断しているようだから、そんな事をするなんてとんでもない……、などと真っ赤になりながら拒否するかもしれない。そんな光景を思い浮かべ苦笑しつつも、本気で置いていかれたら私は……。そのように考えていたところで、


「…………シェリル嬢……」

「っ!? 誰……っ!?」


 突如、自分を呼ぶ声が何処からか聴こえてきた……。驚きのあまり身体が飛び上がりそうになるも……、あたりを見回しても誰もいない。不安と警戒心から僅かに後ずさりしながら、私は身体を抱くようにしながら体裁を取り繕う。聞き間違いと思うにはしっかりと耳に残っている……。何処かで聞いたような声だった気もするが、やっぱりユイリを……、そう決意して口を開こうとした瞬間、


「ユイ……キャ!! ……ンムッッ!?」

「ご無礼をお許し下さい、シェリル嬢……。わたしです、セレントで御座います……」


 セ、セレント様!? 異変を感じ助けを呼ぼうとしたところを後ろから口を押えられ、呟いた声は半ば強引に自身に押し戻されてしまう。抵抗しようとした矢先にその名を聞き、強張っていた体がさらに固まる。思わぬ人の名前に動揺し抵抗しなくなった私を見て、セレントと思われる人物のホッと息をつくような気配を感じ、


「ご無事なお姿に、安堵致しました。……ここに居てはストレンベルク側の警戒に引っかかります。すぐに離れますので、どうか暫しそのままで……」


 ここを離れる……!? どうやら自分を連れ去ろうとしているらしい彼に、慌てて口を塞いでいる腕を叩く。そんなに強い拘束ではないものの、私を抱く手は外れない。何とか喋れるようになろうと必死に訴えるものの、私に叫ばれたくないのか、その掌が緩む事もなかった。


「シェリル嬢……! どうか、大人しくなさっていて下さい! ここを離れるまではどうか……!」

「誰っ! 姫のところに忍び込んでいるのはっ……!?」


 その時、助けを求めようとしたユイリが此方へと踏み込んでくる……。その姿を見て安堵する私でしたが、二人に間の緊張感は一気に高まった。


「……ストレンベルクで影の部隊を纏めている、シラユキ公爵令嬢ですね。わたしの事は……態々名乗る必要はありませんか」

「何故貴方が……これは一体何の真似ですか、エルフィンクス殿っ!!」

「それは此方の台詞ですよ……! 存じないと言っておきながら、秘密裏に我が公国の姫君を拘留するなど……其方こそどういうつもりですかな……!!」


 このままでは大変な事に……。私は再びパタパタとセレントの腕をはたくと、彼はハッと気付いたように、


「ああ……何時までも大変失礼致しました、シェリルじょ……」

「ッハァ! ……セレント様、貴方は誤解されていますわ……! わたくしは、ストレンベルクに監禁などされておりません!! ……むしろ、奴隷に堕とされたわたくしを解放し、行き場のなくなったところを保護して下さっていたのですよ……!」


 謝罪しながら手を放してくれたセレントに私は必死にそう訴えると、目を見張るようにしながら私を見て、


「……どういう事です? 確かに奴隷の首輪はされていないようですが……、彼の国に強要されている訳ではないのですか……?」

「…………お話致しますわ。今までの経緯を……。あの日、公国が襲われた際、わたくしがこれまで辿ってきた体験を……」


 先日ブーコに体験して頂いたとりかへばや物語ソウルチェンジを応用すれば、自分の体験を掻い摘んでわかって貰う事が出来る……。彼であればそれが真実かどうか理解できるだろう……。彼にとっては祖国が完全に崩壊した、受け入れがたい話となろうとも……。






「…………成程、お話は理解致しました。どうやら其方の事を誤解していたようです……。シェリル嬢にもご無礼を働いてしまいました。どうかお許し下さい……」

「貴方はわたくしをずっと探して下さっていたのでしょう? 謝る事はありませんわ。むしろ……謝らなければならないのはわたくしの方、ですわね……」


 セレントが今まで国を追われ奴隷に堕とされた同胞を救出し、自分の事も探してくれていたのは……ユイリ達から聞いていた。連絡を取ろうと思えば何時でも出来たのに、それをしなかったのは私だ。もう公国の姫としての自分は奴隷商人たちの手に落ちた時、死んだものと考えていた事もある。それは即ち……、


「……貴方に連絡しなかったのはお詫びします。ですが、今ここにいるわたくしは……只のシェリルなのです。貴方が探していたメイルフィード公国の姫ではありませんし、セレント様の許嫁であった『シェリル・フローレンス・メイルフィード』は……もういませんわ」

「シェリル嬢……、そのような事は仰らないで下さい。わたしとの婚約云々は貴女のお心に従います。ですが……貴女様がメイルフィード公国の姫君である事には変わりありません。お父君が亡くなられているのであれば、国を再建できるのはシェリル様……貴女しかおられないのです!」

「……姫、その件に関しましては私もセレント殿と同意見です」


 えっ……? 今までそんな話など言ってこなかったのに……? 疑問に思った私は彼女に際し、


「……ユイリ? どうしてそのような事を……」

「ずっとストレンベルク王国にて匿われておられれば、今まで通りでも何ら問題ありませんでした。ですが、こうしてイーブルシュタインに滞在なされている以上、一刻も早く御身の立場をハッキリさせておいた方がよろしいかと存じます。現状では、いくら我々が王国で匿っている貴賓であると説明しても、イーブルシュタイン側は気にも留めないでしょう。先日の一件がいい例です。まして、今は皇都に秘密裏に潜伏している状況なので、万が一の事が起こってしまったら、と考えてしまうとどうしても……」

「シラユキ公爵令嬢の仰る通りです。わたしがすぐにでもこの場からお連れしたかったのは、今のシェリル様が置かれている状況が余りにも危ういと感じたからというのもあります。わたしはストレンベルク王国がシェリル様を奴隷としてこのままイーブルシュタインに引き渡すという最悪の想定までしていたのですから……。実際、そうでは無かったにしても、このままイーブルシュタインに留まり続ける事のリスクはあまりにも大きい……」


 ……確かにそれは事実でしょうね。テイルナバでもシュライクテーペでも、常に気を抜けない状況が続き……、特にクローシス家と関わった事で危うくコウを失うかもしれなかったのだ。もしも彼が死んでしまったと思うと……、いいえ……想像もしたくない。一瞬彼が倒れる姿が脳裏に浮かび、思わずブルッと身震いしてしまう……。


「……メイルフィードは現在、公国を出奔したダークエルフがその支配を伸ばしております。彼らだけで王国を再建しようとしている……。本来の取り決めを無視し、シェリル様をその手中に納めようとした前王の後継の者が自分勝手に王国再建を謳おうとしているのです。……そのような事、許せるはずが御座いません」

「ですが……、それは仕方がないのではありませんか? 公国の人間が居なくなったと知れば、勢力を伸ばそうとされても不思議ではありません。事実、わたくしがコウ様にあの場でお会いできていなければ……、今頃も強力な『認識阻害魔法コグニティブインヴィテイション』を掛けられたまま、秘密裏に性奴隷として飼われていた事でしょう……」

「それはまぁ、事実でしょうね……。私もまさかメイルフィードの姫君だったとは思いませんでしたし……。ですが、今必要なのは御身のお立場です。ストレンベルクでいくら貴賓だと説明したとしても、皇都に潜入している以上そんな話は通らないでしょうから……」


 ……メイルフィードの姫として周知したら彼の事だ、ますます萎縮して自分を連れて行ってくれなくなるに違いない。……まぁ、今の時点でも了承して貰っていませんが……。ユイリ達の話す事も一理あるとは思うけれど……。そう思っていたらセレントが話を続ける……。


「そもそもの話ですが、タイミングを考えれば城を襲撃した十二魔戦将とダークエルフ達は繋がっていたと考えた方がいいでしょう……。其方から伺った話の通り、公国を襲った十二魔戦将は新しく就任したというダークエルフ……、アーシュ・ティタニシア。……シェリル嬢も御存じの人物ですよね?」

「っ……アーシュ、が……!? そ、そんな……!」


 彼の話を聞いて仰天してしまう。名前を挙げられたアーシュ・ティタニシアは私の幼馴染で……、『伝承の系統者レジェンド・クオリファイダー』の継承候補だった女性だ。エルフとダークエルフ……、種族は違えど私達は分かり合えていた筈……! 継承者として選ばれた後も、彼女が失踪し行方不明になるまで、私達は……っ!


「……アーシュ嬢が行方を眩ませたのは彼女の意思では無く、何らかの陰謀に巻き込まれたのではないか……というのが我々の見解でした。その後、十二魔戦将となるまでに色々あったのでしょう……。メイルフィード公国への襲撃は恐らく復讐……」

「恨んでいた、というのですか? 彼女が、アーシュが……! わたくしを……っ!?」


 私が『伝承の系統者レジェンド・クオリファイダー』に選ばれてしまったから……? ですが、あの時私達は例えどちらが選ばれたとしても笑顔で祝福しようと……、それに『伝承の系統者レジェンド・クオリファイダー』となった私をアーシュは笑顔で……っ! 動揺する私に対しセレントは言い聞かせるように語り掛ける……。


「シェリル嬢のお気持ちはわかります。ですが、心中は本人で無い限りはわかり得ないのです……。事実アーシュ嬢が……、いえ……アーシュ・ティタニシアが十二魔戦将なのは間違いありません。これは確かな筋からの情報です。そして、滅ぼされた公国の実情から明らかに貴女と、貴女のご両親が目標ターゲットだったと、判断できるのです……」

「……それはまた、ストレンベルクでも掴めていなかった情報ね。ティタニシア嬢といえば……王国時代のエルフの筆頭であるフローレンス公爵家と並び称されたダークエルフの筆頭公爵家のご令嬢でしょう? そんな彼女が……魔王直属たる十二魔戦将に……?」

十二魔戦将アレに選ばれるのに特別な何か・・は必要ありません。まぁ、同一の種族が十二魔戦将になるという事はないみたいですがね。……話を戻しますが、今回の襲撃は確実にシェリル様方を狙ったものと言えます。尤も、シェリル様に関しては殺害ではなく、捕らえる事が目的だったのではないか、と思っていますが……。仮にその場を逃れても奴隷商人を配備して網を引く徹底ぶり……。公妃様に強力な『認識阻害魔法コグニティブインヴィテイション』を掛けられた事により、奴隷商人たちもシェリル嬢が公女とは気付かなかったようですが……、その美貌までは隠せず先程のお話の通り、地下組織のオークションにて競売にかけられた……とそう言う事ですね?」


 セレントの言葉に、私は逡巡の末に頷く。確かに改めて考えてみると……襲撃のタイミングが良すぎる。少なくとも目の前の彼がメイルフィードに残っていたとしたら……、十二魔戦将はどうにもならないにしても、みすみすされるがままに蹂躙される事はなかっただろう。……他でもない、幾度となくセレントに助けられた私が一番よく知っている……。それでは、本当に……。私がその事について思いを馳せていると、


「まぁ……奴らがどう考えていようと、今はこうしてシェリル嬢がご無事でいるのです。貴女様を助け、ここまで守ってくれた勇者殿やストレンベルクの方々には感謝しなければなりません……。ですが、シェリル嬢の置かれている状況は決して良いとは言えません。ですから先に申し上げた通り、メイルフィード公国唯一の後継者であるご身分を明らかにし、急ぎイーブルシュタインから離脱すべきと考えます。……わたしとしましては女公主として立ち上がって頂きたいと思っておりますが、その事は一先ず置いておきましょう……」

「……生き残った公女として公表する事は、検討致します。ですが……、この場を離れる事は有り得ません。それでは何の為にコウ様についてきたのかわからなくなってしまいますわ……。だから、それだけは……」

「…………わかりました。ですが、出来れば早めにご決断下さい、姫……。私としてもみすみす御身を危険に晒すつもりは毛頭ありませんが……、其方におられるセレント殿のように、いつ警備を搔い潜ってこないとも限りません。コウの事は此方でも手を打ちますので、どうか……」


 ……そうですね、私にとってコウ以上に優先すべき事はありません。あの日……、彼と出会い、お助け頂いて以来、彼の為に生きる事となったのですから……。だからこそ、何処までもコウに付いて行きたい……。許されるならそのお傍に……。そこに、私の様子を窺っていたセレントが、


「……シェリル嬢、貴女の想いは理解しました。ですが、臣下としては勿論、元婚約者として御身を任せられる人物かどうか、わたしに試させて頂けませんか……?」

「セレント様……? それは……」


 彼の意図が分からず、そう聞き返すと、


「……わたしはリシウスという偽名で、此度の大会に出場しております。くだんの勇者殿とはお互いに次の試合を勝ち抜けば当たる事となります。その際に……彼が本当にシェリル様に相応しい人物かどうか、本気で見極めさせて頂きたいのです」

「ほ、本気って……! だ、駄目です! セレント様が本気になられたら、流石にコウ様でも……っ!」


 コウも最初にお会いした時に比べたら格段に力をつけている。それでも、何でもこなしストレンベルク王国でいうところのグラン様と同様のイメージを持つセレント様に勝てるかと言われると……! 動揺する私に対しセレントは続ける……。


「……シェリル嬢のお相手には、弱い者では務まりません。ここまで貴女様をお守りしてきた事は認めます。当然、わたし個人としては彼に対し感謝もしております。しかし……それとこれとは話が別です。力不足の者では貴女様は勿論、彼自身も不幸が待っているだけです」


 貴女自身、感じておられる事ではありませんか。そう逆に訊ねられ私は何も言えなくなってしまう。実際にこれまでの間、私が原因で何度もコウを危機に晒してしまった。彼が弱い人物であれば、とっくの昔に自分を狙った誰かにかどわかされていただろう……。だからこそ彼を信じているものの……、どうしても最悪の想像もしてしまい、その場で頷く事が出来ないでいた。


「……わかったわ。ですが、正々堂々正面からにして下さいね。ここ最近、裏側から暗殺を試みてくるなど色々ありましたから」

「ユイリ!? 貴女、一体何をっ……!?」


 コウを補佐し守護する立場にあるユイリから飛び出した言葉に驚いていると、


「今のコウは堂々と勝負を挑んでくる者に易々と不覚を取るほど弱くはありませんよ。私は勿論、グランやレンが挑んだとしても、互角以上に戦う事が出来るでしょう。伊達に『地獄に繋がる墓所』に送られて生還してきた訳ではありません。それとも……姫は彼の事が信じられないのですか?」

「…………そういう聞き方はズルいですわ、ユイリ……」


 コウの事を信じていないのかなどと問われたら……このように答えるしかないではないか。私は不安な気持ちを押し殺しながらセレントに向き合い、


「わかり、ました……。ですが、殺意を持って攻撃する事は許しません! ……よろしいですね?」

「勿論です。殺害する気は元より、傷付けたい意思もありません。メイルフィードの者としましても恩人でもありますし、仮にも勇者殿というのであれば尚の事……。ただ、本気で試す以上は殺気はなくとも意図せずに……という事はありますので、その点はお含みおき下さい」


 怪我だってして欲しくない私としたら本当は認めたくもないが……、それを言っていたら何も始まらない。でも、もしコウに万が一の事があれば勇者の件と関係なく、絶対に許しはしない。そしてその時は私も後を追う事になるだろう……。セレントとユイリの二人が情報共有を行っている最中、私はふと彼の事に思いを馳せる……。


(もうコウ様はお休みになっていらっしゃるかしら……? ブーコさんのお話では、メイドとしての仕事が終わりきらず、彼が手伝ったという事でしたが……)


 恐らくは二人とも主人の手を煩わせてしまうと、焦ってワタワタしていただろう……。そんな微笑ましい光景が浮かび、ふふっと心の中で笑う。そして今回の話を受けて、私は人知れずエルフに伝わる伝承を試みる決意を固めた。古来……、エルフの女性が伴侶となる男性への想いを結晶化させ、美しい宝玉と変えて相手に託す秘術……。自らの命をも掛けて行うという事と、かつてその宝玉を巡ってエルフ族が狙われる一因を作った事もあり、今では廃れてしまった風習ではあるが……、自分の覚悟を示すにはちょうどいいのかもしれない。これから取り掛かればこの国を出る際には完成するだろうか……。そしてその時には勇気を出して、改めて彼に想いを伝える……。いかなる困難があろうとも、コウに付いて行きたいと懇願する……私はそう決心するのだった……。



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