第70話:禁忌の技……!
――回想・コウ、ある異空間にて……――
「いいか、コウ……、使用時期を見極めろ。そして……使うと決めたら躊躇するな。技が決まったら相手がどうなるか等は考えなくていい。教えた通り、殆どの者には被害は及ぼない筈だからな」
時は戻り……、グランの展開した『時間と空間の間』にて、地獄の特訓と銘を打っても差し支えない超スパルタ指導が執り行われていた……。全身疲労でへばり付いている周りの地面には、自らの流した汗でべったりとなっていたが……、それでも意識はガーディアス隊長へと向ける。
「キツイか? ……まぁ、そうだろうな。これまでに指導した訓練を短期集中的に、それも数倍もの密度で叩き込んでいるんだ。こちらとしても不本意ではあるが……仕方ない。いずれは習得させるつもりだったのだから、遅いか早いかの違い……という事にしておこう」
「…………僕はいずれ自分の力を誰かに託して、元の世界に帰るかもしれない……。それでも僕に全てを継承させるつもりだった……と?」
「ああ、レイファニー王女からも了承済みだ。それにそうなったとしたら、お前が力を譲り渡した奴に同じ指導をするだけさ。何も問題ないだろう」
いや、僕が言いたいのは……天神理念流は先代勇者が興したとされる、ある意味で秘中の技を勇者じゃなくなるかもしれない者に伝えて大丈夫なのかという事なんですけど……。そんな僕の疑問に応えるように立ち会って貰っているグランが、
「ディアス隊長の言う通りさ。君が危惧する程、天神理念流は閉ざされている流派じゃない。先代勇者の流派という事で、色んな形で伝わっているのさ。……尤も、今隊長が教えているのは代々血族のみに継承されてきた技もあるようだけど……君なら悪用する事はないだろう?」
「それは、まあ……そうだけど……」
「なら大丈夫さ。それよりも伝えなかった事で、君にもしもの事が起きてしまう方が心配だよ。先日のカオスマンティスの一件しかり、今回の件もそうだよ。一歩間違えれば取り返しのつかない事になるかもしれない……。ならばやれる事はやっておく。それが……僕達の総意さ」
……確かに、現在教わっている技が使えるかどうかは今後の展開に大きく関わってくるだろう……。特に
「……『終末の死神』とも称される伝説のカオスマンティスと遭遇して無事に済んだ事は僥倖に近い。例え私やここにいるグランが巻き込まれたとしても生還は難しいだろう……。そんなとんでもない災難に見舞われたと聞いた時は、正直耳を疑ったぞ? ……だからお前には少しずつと言わずに、一通り『天神理念流』を伝える事にしたのだ。さて……、ここからは二刀を扱った技術を教えよう……」
「二刀流……ですか?」
そう言ってガーディアス隊長は
「わかるか? これは先代勇者が持ち込んだとされる……特別な一振りでな。和の国にいる伝説の刀匠によってさらに鍛えられている。『
「……そんな試し切りをする、みたいに言わないで下さいよ。自分がその素材になった気分になります」
「ならば気を抜くな。そろそろ休憩も終わりにしよう……。立つのだ、コウ」
やれやれ、今のが休憩だったらしい……。おちおち体を休める事も出来ないよ、と心の中で吐露しながらも僕はゆっくりと立ち上がる……。そうして、地獄の特訓の第二幕が開始されるのだった……。
――ストレンベルク王国、某所――
「オーケィ! カット、カット!! それでは少し休憩にするぞっ! ソフィ嬢、撮影再開の際はお呼びしますので暫しお休み下さい」
「有難う御座います。……サラ、行きましょう」
「はい……畏まりました、ソフィ様」
現場監督さんからの言葉を受けて、私は侍女であるサラを伴い、与えられている休憩場所まで移動する中で、
「ソフィ様、ただ今連絡がありました。何やら怪しげな連中を排除した、と……」
「……またマリアベーラ嬢の雇った方達かしら? 本当に周りが見えなくなっているようね……」
サラの何度目かもわからない報告を聞き、私はそっと溜息をつく。……自分の知っている彼の侯爵令嬢は、もっと分別のある人柄だったと思う。少なくとも、仮にも大公家の令嬢である自分に対して身の程を弁えない愚行を犯す人物ではなかった筈だ。先日の一件といい、恐らくは例の偽勇者によってやらされているのだろうか……。つくづく『魅了』の力の恐ろしさを実感する。
「ここまでソフィ様に固執するなど……、許される事ではありません!」
「……と言ったところで、誰かから依頼を受けただけ……と言われたらそれまでよ。どうせその雇われた人達にしたって、黒幕まではわからないのだろうし……」
……若しくは、最初から依頼関係なく私を狙っていた人だっていたのかもしれない。まして、今日はモデルとしての仕事で……、普段あまりお披露目した事もない水服としての撮影だ。巷では水着と呼ばれだし……、露出も本来の水服より多くなっている気もする。それというのも、あの
(現場監督さんがあたしのイメージから外れるという事で、全て断ってくれたからよかったわ……)
かなり熱心に粘っていた人もいたが、現場監督はある子爵家の三男で……今までも私の撮影に関わってくれた信頼できる人物がしっかりと対応してくれたのだ。「せめてどれかひとつだけでも……!」と食らい付いて『際どい水着』より幾分まともな……、といっても露出の激しいビキニタイプの水服を提示してきた。何でも私くらいのスタイルだと上下で違うサイズになるとの事だが、どれも用意してきてるし、紐なんかで調整できる物もあるのでちゃんと対応できる……等と力説され、さらにドン引きしてしまった。
あんまりしつこいので、思わず撃退してしまいそうになったくらいだ。先日は不意を突かれ、魔法で対処する暇もなくあのような姿を晒してしまったけど、こう見えて私はレイファと共にユーディス師の教えを受け、稀代の魔術師との異名も持っている。この間のように最初から私の魔法を抑え込む対策等が為されていなければ、大抵の悪漢に応対する事は出来るつもりだ。
……尤も、最終的には現場監督がその人に出入り禁止を申し渡して、事なきを得るに至った訳だけど……。
(異世界での文化を悪く言うつもりはないけれど……、あんなほぼ下着姿となるような衣服を纏って外を出歩くなんて、羞恥心はないのかしら……? 『魅了』された人達が広めているとはいえ、受け入れられつつある事は事実みたいだけど……、まぁ中には可愛い服もあったけど、とても人前で披露できるものではないでしょうに……)
少なくとも、慎みを持つよう教育される高位の令嬢たちの間で流行るとは思えない。魅了されてる人たちも、それが解けた時は恥ずかしくなって表には出られなくなってしまうんじゃないかしら……? そこまで考えて、私はひとつ溜息をつく。
……現在羽織っている黒豹の毛皮で編まれたガウンを脱げば、先程の撮影で着ていた水服のみである。水の元素をモチーフにした魔法繊維で編まれた特別な水服で、一見すると部屋着だが羽衣みたいに軽く、性質上暑さに強い効能もある。露出だってそこまで激しくないので、本音を言えばこうした衣服こそ流行して欲しいものだ。……まぁ、魔法繊維の服なので高位貴族や金持ちにしか需要はないかもしれないが……。
「……申し訳御座いません。本来であれば、モデルのお仕事は暫く入れないようにと考えていたのですが……」
「仕方ないわよ、サラ。このお仕事は前から予定に入っていたのだし……、こうして此方を配慮してくれてるのだから断る事は出来ないわ」
マネージャーでもある彼女の謝罪にそう答えはしたけど……、正直なところ、人前で肌を晒したくはない。露出が少なくとも、水服は水服だ。単純に
「さて……そろそろ呼びに来る事でしょうし、戻りましょうか。早くこのお仕事を終わらせてしまいましょう」
「畏まりました、それではソフィ様、参りま……!? お下がり下さいっ!! 何かが……っ!!」
「…………問題ないわ。これは……レイファね」
休憩を切り上げて戻ろうとした矢先、突然私の目の前に鳥のようなモノが現れる。といっても生物という訳ではなく……、これは式神ね。それも、これは王家の……レイファニーが私に送ってくる直通で秘密裏の代物だ。いずれにせよ、彼女がこれを使うのは余程の事が起こった時だ。警戒するサラを宥め、私の手に止まった式神が手紙の形に扮し、それを読んでいくと……、
「……ソフィ様。王女殿下は何と……」
「…………イーブルシュタイン行きは少し延期する事となりそうね。少し、で済めばいいのだけど……。サラ、頼まれて貰えるかしら?」
先日は海賊に奪われてしまって返信できなかったが……、今回は了承の意を添えてレイファニーへと式神を飛ばすと、私は再び溜息を漏らす。どうやら向こうは相当面倒な事になっているようだが……、此方もあまり看過できる状況ではなさそうだ。先程の手紙には彼女らの置かれた状況を簡潔に説明し、
『――王家に対する背信の疑いあり。至急アルバッハ大臣、そしてベントレイヤ公爵家を秘密裏に調べて欲しい』
……
(……一体、何をしてやがるんだ?)
敵が妙な剣舞を踊るような真似を見せて数分が経つ。最初は何を企んでいるのかと警戒していたが……、一向に攻撃するような気配は見られない。静かに手にした刀を振るいながら、流れるような動作で舞っているだけだ。
(まさかとは思うが、おちょくってやがるのか? 今の状況を判ってやがるのか知らんが……あと数刻で死ぬんだぞ? あの妙な防壁で俺の『絶対颶風』を対処できるとでも思ってるとでも……?)
『
「……いい加減にしろ。何時まで
「さあて、何時までかな……?」
「っ……貴様っ!!」
奴の舐めた回答にキレた俺は衝撃を叩き込む『疾空波』を咄嗟に繰り出すも……、奴の防壁はそれを防いでしまう。そして奴は人を苛立たせるかのように笑い、
「おいおい、そんな技が今更僕に通用するとでも思ったのかい?」
「てめえ……今の状況を理解しているのか? まさかとは思うが、そんなチンケな防壁で絶対能力たる俺の颶風を受けられると勘違いしているんじゃねえだろうな? 二つの暴風が重なり合った衝撃は今の攻撃の比じゃねえんだぞ? ……後悔する暇も与えられず、ズタズタに引き裂かれるのがオチだ」
「ならそう思っておけばいい……。あと数刻もすれば結果も出るんだろう? ま、こちらも予言しておいてやろうか……。数刻後、地面に突っ伏しているのはお前の方だ」
……どこまでも人をイライラさせるのが上手い奴だ。どうやら、展開している防御壁に余程自信があるのだろう……。
「貴様……、俺がその気になればそんな防壁、何時でもかき消せるんだぞ? そこら辺のとこ、理解していやがるのか……?」
「だったらやってみろよ。口先だけの人間ほど無様なものはないぞ? それとも虚勢を張る事でしか自らの優位性を語れないのか? ……やめときなよ、弱く見えるから」
こうしている間も剣舞を踊り挑発する事をやめない敵に、俺もいい加減……我慢の限界だ。それならばいいだろう……、やってやろうじゃないか。
「……絶望の末に完膚なきまでに切り刻まれる地獄を体験させてやるつもりだったんだがな。今すぐにでも死にたいと言うのならば仕方がねえ。……貴様がどんな性質の防御壁を展開しようと、それを打ち破る術は存在する。例えばこの……この世のどんなもので貫けないものが存在しない、『絶槍抜き』という神技とかな」
「……あのね、『矛盾』て言葉を知ってる? 全てを貫く矛と、全てを弾く盾……。それらは絶対に成り立たないんだよ。まあ、僕の『
「ふん……、そもそも貴様がいつまでその防壁を保ってられるかは見ものだな。いや、減らず口も何処まで叩けるか……と言い換えた方がいいか?」
「っ!? ……息がっ、できなっ……!!」
どうやら目の前の馬鹿は想像すらしていなかったようだな……。まぁ、『絶槍抜き』を叩き込んでやれば奴の防御など容易く貫けただろうが……、別に防御を破る必要はない。このように……
「どうした? ご自慢の防御が解けてしまったぞ? そのように這い蹲って……今更命乞いのつもりか?」
「ぐぅ……、何を、した……? 呼吸、がっ……!」
「なあに、俺の
呼吸が出来ずに無様に転げまわる敵を甚振るように、軽めの『疾空波』をぶつけてやる。防御も回避も出来ずに苦痛をあげる事しか出来ない奴の姿に、徐々に冷静さを取り戻し優越感がこみ上げてきた……。
「散々愚弄してくれた礼に……、タイムリミットの前に一足早くあの世へ送ってやろうか? 尤も……、ズタズタに引き裂かれる事には変わりはないがな……!」
そう言って俺は風属性の上級魔法、『
「ぬわ――っっ!!」
「はっ……、想像した以上に滑稽な最期だったな。ま、念には念を入れて……コイツを脳天に叩き込んでやるよっ!!」
殆ど生体反応は無いようだが、ここまで俺を侮辱してくれたのだ。この『絶槍抜き』で串刺しにして確実にあの世に送ってやる……! そう考えて俺は痙攣している奴に向けて槍を放り投げた。
「これで
な、何が起こった!? 凄まじい衝撃が自分を襲い、確認してみると……、なんと俺の腹部を槍が後ろから貫いていた!! それもこれは……奴に向けて放った『絶槍抜き』ではないのか……!?
「がっ……! ごふっ……!! な、何故、奴に放った『絶槍抜き』が……俺にっ!?!?」
ガクッと膝をつき、出血が止まらずそのまま俺は地面に倒れこむ……。致命傷を負った為か『絶対颶風での結界』も解除され、混乱している俺の意識も徐々に薄れていき、どうしてこんな状況になっているのかすらわからなくなっていく……。そして……、
「ハッ!?」
気付くと俺は槍を構えて立っていた。思わず腹を確認するが……何ともない。目の前にはズタズタになった奴が倒れこんでいる。『結界』も機能しており、観客からの熱気もそのままで、まさしく俺が『絶槍抜き』を放つ直前のようだ。
「な、なんだったんだ今のは……? 白昼夢……? 俺が技を放つとああなるってか……!?」
本来は脳天にを貫いてやろうと思っていたが……、俺は技をキャンセルし『結界』が完成するのを待つ事にする。そして数刻後、重なり合った暴風に斬り刻まれるのを見届けた後で俺は勝ち名乗りを受ける為に『絶対颶風』を解除した。しかし、なにやら会場内が騒がしくなり、振り返ってみると……、
「ば、馬鹿な……っ!? た、確かに生命活動は間違いなく停止している……! 死んだ筈だぞっ!?」
なんと、
(まさか……ホムンクルスのような人工生命体だったのかっ!? ……いや、予め『生体感知』で
足元もおぼつかない様子で、それでも徐々ににじり寄ってくるソレに恐怖を覚えつつ、俺は持っていた槍を握りしめる。
「近づくんじゃねえっ、化け物めっ!!」
俺は高速で槍を繰り出し、そのまま連続して敵をめった刺しにしていく……。相手がアンデッドだと言うのなら、原形を留める事無く塵にしてしまえばいい……! 隙間なく何度も超高速で突きを放ち、相手を粉砕する奥義……『絶界』。この技を使った後は骨どころか、塵も残らない……。これならアンデッドだろうが何だろうが関係ない。
「へっ、これならもう……がはっ!?」
こ、今度は何だ!? 既に相手の姿はなく塵に変えてやったというのに、何故か俺の背後から奴の武器を突き刺されていた。ゴフっと血を吐く俺が何とか後ろを振り向くと、消滅させた筈の奴が虚ろな表情のまま、それでもニヤリと笑みを浮かべているように見えた。そんな奴が刀を動かし傷口を抉ると、俺の口からは大量の血が零れ出てくる。……致命傷だ、もう助からねえ……。絶望のまま俺は急速に意識を手放していき……、
「な……っ!」
そして俺は再び先程と同じ状況に戻っていた。当然傷もなく、奴は血だまりの中で倒れている。最早何が何だかはわからないが、ひとつ言える事がある。
(幻術に掛けられている、という訳か……? 一体いつ……、いや、それならばこうすればいいっ!!)
その結論に達した俺は自分の利き腕じゃない方の手の甲を躊躇なく槍で突き刺す。痛覚を刺激して正常な状態に戻す為だ。一般的に幻惑を自力で払い正気を取り戻す対処法であり、これで駄目ならば他の場所も……、そう考えた俺が槍を振りかぶったところで信じ難い光景が……。
「ど、どういう事だ? 何故、まだ幻から覚めていないのか俺は……っ」
なんと、奴が……平然と立ち上がってきたのだ。血塗れの中、それでも先程と違いアンデッドと言う訳ではないらしく、話しかけてくる。
「……どうしたんだい? 自分で自分を傷付ける真似なんかしてさ……」
「グッ……、覚めろっ! いい加減目を覚ましやがれっ!!」
悪夢から覚めるように俺は続けて太ももを貫く。それでも駄目なら今度は……! そうしている間にも奴は何でもないようにやって来ると、
「自傷行為にでも目覚めたのかい? それなら手伝ってあげようか?」
「な、何っ!? 貴様っ……!」
悠然と持っていた武器を構え此方へと振り下ろしてきた
(一体何が起こっている……!? いや、致命傷を負っている筈の奴が普通に起き上がってくる時点でコイツが幻覚なのは間違いねえ……。だとしたら……どうして目が覚めねえんだ!? 痛みは感じているから感覚がイカれてやがる訳じゃねえだろうに……っ!)
考えている間にも奴の攻撃が飛んでくる。とても瀕死の重傷だった人間に出来る事ではない。いちいち対処するのも面倒だし、こうなったら……。
「ならば『絶対颶風』で結界を……ごふぇ!?」
敵の攻撃が届かないようにすればと思い、自身に絶対防御の壁を展開しようとしたらすり抜けるように袈裟懸けに斬られた……。もう、何がなんだかわからねえ……。今まで同様意識が遠のいてゆき、そして…………、
「…………またこの状況、だと? ハハッ、笑えねえぜ、全く……」
気が付けば先程と同じ光景。またもや倒れていた奴が起き上がり、笑みを浮かべながら刀を俺に向けてくる。それを見た俺は絶望を感じながら、同じく武器を構え……、
「一体どうしたら終わるんだ、この悪夢はよぉぉぉぉ!!」
襲い掛かってくる敵を迎撃しつつ、俺はそう絶叫する。その後何度も同じ状況を繰り返し、精神が徐々に疲弊して何も考えられなくなっていくのだった……。
「…………天神理念流、禁中秘技……『景王幻魔剣』」
既に『絶対颶風』を解除し、力なく倒れこんだ敵、シームラに対しそっと告げる……。司会や観客は目の前の光景が信じられず、困惑ぎみに騒めいていた。それはそうだろう……。自国の英雄とされた者が前触れもなく倒れてしまったのだから……。それも、相手からは何も攻撃を受けた形跡もないのに……である。尤も、わからなかっただけで攻撃はされていたのだが……。
(……あいつは僕に明確な殺意を持っていた。ダウンしたカウントも取らず、起き上がるのを待っているようだけど、恐らくあいつが自力で立ち上がる事は出来ないよ……。あれは
何でも先代勇者が
(技の性質は相手が僕に向ける敵意や殺意を、幻を見せる事によって自分へと向けさせるものだ……。初見で回避することは難しいだろうし、何より一度でもその殺意によってループを体験すれば、例えそこが幻であると気付いても、自力で正気に戻る事は出来ないとされている……)
こいつは有り余る殺気を僕に向けてきていた。
「っ……シームラ選手、戦闘不能っ! この試合、コウ選手の勝利です……っ!」
ついに審判が試合終了を宣言する。それにより会場内は悲鳴と怒声に包まれた。金返せだの何だのと聞こえるが、賭博でも行われていたのか……? いずれにせよ、僕の知った事ではない。あいつがこんな結末となったのだって、先程言ったようにこいつの自業自得。まして、殺そうとしてくる相手に対し死なずには済ませたのだから感謝して欲しいくらいだ。……だから、自分の中のこの感情は気のせいだ。僕がこいつに対して責任を感じる必要なんて……絶対に無い筈なんだ……!
ふと観客席のシェリル達と目が合った。周りを他所に僕の勝利を喜んでくれている仲間たちに……心配そうに僕を見つめているシェリル。……なんか無性に彼女に会いたくなってきた。そうしたら、このやるせないモヤモヤした感情も癒してくれそうな気がする……。そうと決まればいつまでもこんな罵声の飛び交う会場に居たくはない。
「あっ、コウ選手! 待ちたまえっ! まだ検証が終わってないっ! 一体何をしたんだ!? どうして彼が、こんな……」
「……わかりませんよ。彼が終始仕掛けてきて、それでいきなり倒れたのは貴方も見ていたでしょう……? 僕に聞かないで下さい。……彼が目覚めたら聞けばいいのでは?」
まぁ、彼が正気を取り戻すかどうかは知らないけどね。そう言って僕は踵を返し武舞台を後にする……。そして、僕を待っていてくれるシェリル達の下へと戻るのだった……。
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