第69話:決勝トーナメント開幕!★

 ※「カクヨム」と他サイトに投稿している分で描写、視点を変えております。その部分には「☆★☆★☆」マークが付けてあります。






「これで全部か……よっ!!」

「ガッ!? ……ぐぅぅ」


 食事を楽しんだ『リレーション・チアーズ』からの帰り道……、やはりと言うべきか僕達はこちらをずっと伺っていた刺客から強襲されていた。尤も予想通りであり、襲撃を警戒していたこちらにしてみれば驚く事なくただ淡々と相手をしているだけだったが……。


「……死ねっ!!」

「…………甘いよ」


 不意をついたつもりらしい刺客からの攻撃を余裕をもって避けると、すれ違いざまに峰打ちで相手の背中へと強烈な一閃をお見舞いする。……他の連中同様、その一撃で崩れ落ちると……、そのまま衣服を残して溶けるように消えて行ってしまった……。


「師匠の方に行った奴で最後だったみたいですね……」

「後処理はこの散乱した武器や衣類を始末するだけだから楽っていっちゃ楽だが……、なんか味気ねえな」


 ……刺客は全員で10数人といったところか……。僕はしゃがみ込んで人の姿をとっていたモノを確認する。


「用済みとなったらすぐさま消す、か……。先程まで飲み食いもしていた普通の命だったのに……いや、ホムンクルスだっけ……?」

「そうみたいだな。正直俺も見たのは初めてだ。しかも、ここまで精巧にヒューマンの姿に模したモノってのは……聞いたこともねえ」

「錬金魔法自体がとても希少レアなものですからねえ……。初歩中の初歩……ってレベルの魔法ならセシルさんが使えたって話だったかな? でもその時話に出てきたホムンクルスは明らかにソレとわかるモノらしいですよ? こんな一見するとヒューマンそっくりっていうのは……」


 アルフィーの言葉を聞き、改めてホムンクルスの残骸を調べると……、ちょうど液体のようになっていたモノが蒸発するように消えてしまうところだった。僕はその光景に何ともやるせない思いを抱く。


(どうやって創り出しているのかはわからないけど……、『生命いのち』を冒涜しているような嫌悪感、かな? 物凄く胸糞悪い……。まるで命を使い捨ててるみたいだ。これを行っているのはやっぱり……)


 今のところ証拠はないから決めつける事は出来ないけれど……、現状一番怪しいのは例の皇太子だ。例のダグラスはこの国ではかなりの権力を持っていた……。やはり屑を束ねるトップも……。


「……大丈夫か? あまり背負い込むしょいこむなよ。コイツらがこうなったのはお前のせいじゃない。お前、変なところで抱え込みそうだからなぁ……」

「…………ああ、僕は大丈夫さ。有難う、レン。まぁいずれにせよ……明日にはわかると思うよ。恐らく僕の相手は……」


 間違っていなければ自分の対戦相手はアイツ・・・だ。僕を消そうと画策しているなら、確実にアイツを差し向けてくるだろう……。表向きは事故を装いつつ、確実に抹殺する為の刺客として、ね……。


「今日はもう休みましょう、師匠。……まぁ、明日試合なのにこんな時間まで吞んでいた自分たちが言う事じゃないんでしょうけど……」

「何だぁアルフィー……、なんか俺がお前らを付き合わせたみたいに聞こえるぞぉー」

「うわっ……と、付き合わせたも何もその通りでしょう!? レンさん、ちょっと呑みすぎですよっ! アンタも明日試合でしょうに……っ!」


 アルフィーに肩組んで絡みだすレンに苦笑しつつ、彼の言う通り気にしていても仕方ないかと頭を切り替え、僕達は滞在場所へと戻っていくのだった……。






 ☆ ★ ☆ ★ ☆






(……いよいよ今日から始まるのね。何事も起こらなければいいのだけど……)


 何故か色々なトラブルに見舞われてしまう彼の事を想いながら、ままならない状況に思わず溜息が漏れてしまう。


「レイファニー様、もう会場へ向かわれますか?」

「……そうね、コンスタンツ。手伝って貰えるかしら?」


 自分専属の筆頭侍女であり、有事の際には影武者としても動いてくれる彼女の言葉に従い、その準備を整える。王族として着る外交用のドレスから外出用の衣装へ……。傍付きの侍女たちに整えて貰った私はコンスタンツを伴い、少し早いが大会が行われる会場へ向かう事にした。


(それにしても……、どうして彼に対してこうも色々と不吉な動きが出てくるの……?)


 向かう道中で、私は疑問に思っていた事を考える。今までの歴代勇者を見てみても、ここまでの異常事態イレギュラーが果たしてあったのだろうかと……。


(最初は『招待召喚の儀』が不完全な形で成立してしまった事からくるものと思っていたけれど……。儀式に干渉してきた贋勇者トウヤを始め、『伝承の系統者レジェンド・クオリファイダー』であるシェリルの事も関りがあるのかしら? 過去の歴史を紐解いてみても、勇者と『伝承の系統者レジェンド・クオリファイダー』が接触したという記録はなかったし、それが原因で勇者が狙われるという事がありえるの……?)


 だけど、それならばシェリルが狙われる事があっても、勇者……、対外的には候補としてはいるが、コウが狙われる事に繋がるのだろうか……? などと疑問は次から次へと出てくる。それとも、『伝承の系統者レジェンド・クオリファイダー』云々は関係なくて、メイルフィード公国の姫君としての高貴さ、若しくは彼女本来の魅力から、そんな美女に想われている事の嫉妬から騒動が起こっているのか……、と考えればキリがない。


 明確にシェリルの存在によってコウが被害を被っているのだとわかれば、いくら人道的立場から彼女を保護しているのだとしても、彼からは離す事も考えていたのだ。ストレンベルク王国にとって何よりも優先すべきは召喚された勇者である。尤も、シェリルは色々と弁えてくれていて、公の場は勿論、彼と同行する場合においてもきちんと『認識阻害魔法コグニティブインヴィテイション』でぼかしてくれているので、無用な騒動には極力なっていないと思う。……まぁ、勇者云々は関係なく、彼がその立場を然るべき人物に引き継いで元の世界に帰還する際には、迷うことなく付いて行くと表明している彼女を……立場のある自分では出来ない事を躊躇なく選ぶことが出来るシェリルを羨ましく感じてはいるけれど……。


「……確かにシェリル彼女はお淑やかで、高貴な者が持つ気品を持ち合わせながら、それを鼻に掛けない慎ましさもあって……ってあら? コンスタンツ……?」


 考察していたらいつの間にか、専属侍女コンスタンツが私の傍からいなくなっている……? それに廊下じゃなくてここは……、何処かの、部屋……? 戸惑っている間にキィーっと扉を閉められてしまう。えっ……? どういう事なの……!?


「コンスタンツ!? 何処に居るのですかっ!? ここは、一体……っ」

「これはこれは……我が婚約者殿。ようこそいらっしゃいました」

「!? ……アーキラ、皇太子……殿下っ!」


 奥からイーブルシュタインの皇太子が現れた瞬間……、自分がここに誘い出されたのだと知った。『呼び寄せ草』でも使われた……? でも、私は王室御用達の『抗魔のアミュレット』を持っている筈……。その効力を打ち破る何かが使われたのか、それとも別の要因なのかはわからないけど、何はともあれ……私は密室に彼と二人っきりにされてしまったのだ。


「何を……されたのです? いくら考え事をしていたとはいえ……、伴っていた侍女をも振り切って一人で部屋に入るなどとは考えられないのですが……」

「別に何も? 貴女が入ってきた時は驚きましたが……これもある意味運命とも言えますしね」

「っ! ……運命などと、何を勝手な事をっ……!」


 突如として現れたアーキラに慄きながらも、私は毅然として言い返す。でも彼は意に介していないかのように、ゆらりと自分との距離を詰めてくる……。後退るものの……やがては壁の方に追いやられ、目の前にはニッコリとした笑みを浮かべる皇太子がいる状況に……。


「……これ以上、近づかないでっ! わたくしは勇者様に仕える身なのですよっ! それに婚約者となった覚えもありません! それに、万が一許嫁フィアンセとして契約を交わしていたとしても……、『招待召喚の儀』を行った時点で、それらの契約は自動的に解消されている筈ですっ! 貴方がしている事は、世界同盟の最重要事項に違反されている行為なのですよ!?」

「確かにその通りではありますが……、例外もあるでしょう? 例えば……、肝心の『勇者殿』が認めていらっしゃる、とか……」

「な、何を言ってっ……!?」


 こ、この人は一体何を言ってるの!? そんな事、あのコウが認める訳が……! 有り得ない事を言われて戸惑う私はその隙をつかれ、無防備な自分の両手をとって、それぞれ壁に押さえつけられてしまった。


「は、離して下さいっ! こんなことをして……外交問題に発展させたいのですか!?」

「婚約者同士の語らいで問題になると? まして、こうでもしないと貴女はすぐに逃げてしまわれるでしょうに……。まぁ、ご安心下さい。先程も言った通り、トウヤ殿の許可は得ておりますから……」


 何とか拘束から逃れようとするも、悲しいかな私の力ではどうする事も出来ない。気を良くした様子で私を覗き込もうとするアーキラ皇太子に、


「ト、トウヤ殿って……っ! いやっ、やめて……っ!!」

「嫌よ嫌よも好きの内……との言葉もありますが、これ以上婚約者としてのスキンシップも断ると言うのであれば、いくら同盟国とはいえ此方に思うところがあると判断せざるを得ませんよ? それが分からない貴女ではないでしょう? 安心して下さい、あくまでこの場では婚約者としての証を頂くだけですから……」


 そのような事を言われ、私は硬直してしまう。……万が一皇太子の言うように、お父様も了承している国同士の約束事があったとしたならば……、ここで下手な事をしてしまうと大きな問題に発展してしまうかもしれない……。混乱し抵抗がやんだ私の様子を是と捉えたのか、アーキラ皇太子は徐々に顔を近づけてくる……。反射的に顔を背けると、そのまま両手首を頭の上で一纏めにされ、空いた手が私の顎を捕らえて上向けにし、動かせなくなってしまった……。思わずギュっと目を瞑るもそのまま吐息が掛かるくらいに距離を詰められ……、唇と唇が今にも触れそうになったまさにその瞬間、バタンという大きな音とともに部屋の扉が開かれた。


「なっ……!?」

「え……コウ、様……?」


 突然乱入してきた彼らに驚いたのか、手首を掴んだ拘束が緩んだのを見逃さず、私は上手く彼から逃れると、すぐさまコウの元へと向かい……彼の背に隠れる。危うく唇を奪われるところだったとブルっと身体を震わせながらも、愛しい人の温もりを彼の背中から感じとり、少しずつ自分の心が落ち着いていく……。


「これはこれは……、勇者候補殿とシラユキ公爵令嬢ですかな? どうしてここに? 一応、婚約者同士の語らいを邪魔してほしくなかったので、彼らに申し付けていたんですがね」

「先程から何度も申し上げているではありませんかっ! わたくし達が婚約者となった覚えは無いと……!」

「……王女殿下はこう仰ってますが?」


 私の言葉を受けて、すぐにコウがそのように返してくれる。


「全く……先程もお伝えしたでしょう、レイファニー王女。既に外交ルートを通じて契約が成された事柄である、と。むしろ、どうして貴女が知らないのです? いくら政略結婚となろうとも、それらを知らないというのは些か問題なのではないですか? おまけに他国に来ておいてルールも守らず……、このような暴挙に打って出るなど、一体どういうつもりなのかな?」

「そ、それは……! ですからそのような事、報告があがってきていないどころか、書類を見たことも……」

「ですから……、それはそちらの問題でしょう? 此方には重要書類として保管しております。当然、そちらの玉璽も押されたものですよ。貴女の父君も了承されているという事ではないですか、レイファニー王女?」

「…………その件については此方でも調査致します。ですが……貴方が専属の侍女すらも押しのけて強引に王女殿下を連れ出されたのでしょう?」

「連れ出したとは穏やかではありませんね、シラユキ公爵令嬢。むしろ、彼女が自ずからこちらに参られたので、それを迎えただけです。まぁ、婚約者同士で交流を持ちたかった事は否定しませんがね。なのに貴女は止める彼らを振り切り、強引にこの部屋に乗り込んできた……。彼らが私の命に背いて迎え入れる事はないでしょうからね。これは問題ではないですか?」


 ……恐らくは『呼び寄せ草』を使ったのだろうけれど、今の時点でそれを証明する手立てはない。このままだと、乗り込んで来てくれたユイリ達が悪いという事になってしまう……。一体どうすれば……、と必死に思いを巡らせていると、


「……王女殿下が自らこちらに来られたという話だけど、それはおかしくないですか? 一国の王女がお付きの者も伴わずにやって来る訳がないでしょう。貴方は迎え入れたと言いましたね? では、どうして王女付きの侍女がこの部屋に入ろうとするのを足止めしたんですか? 正式に招待したのであれば、迎え入れたのちに婚約者と語らいたいと伝えればいいじゃないですか」

「それは……、だから婚約者同士で交流するのに邪魔されたくなかったからですよ。なので……」

「だから、どうして部屋に通さなかったのです? 部屋に招いた後でそう説明すればいいでしょう? まして……、この部屋に入った時、すぐに王女殿下は貴方を押しのけて此方に来られました。明らかに貴方と一緒に居たくなかったという事ではないんですか? それでいて良く交流を深めていたなどと言えますね。一国の皇太子ともあろうお方が他国の王族に対して一方的に語らいあうなんて許されるんですか? 例え貴方の主張通り婚約者同士であったとしても、節度は守るべきでは? 王女殿下は嫌がっているように見えましたけど? 一方が拒絶しても許される契約となっているんですか、その婚約者云々とやらは。別にストレンベルク王国は貴方の国の属国という訳ではないんですよね? それなのにそのような応対をなさるなど……、その契約とやらにはイーブルシュタイン側が有利とでも記載されているのですか? もしそうならば王女殿下の父君が納得されるとは思えないんですけど」


 ……なんとコウがアーキラ皇太子に対し怒涛の勢いで論破してしまったのだ。流石の皇太子も彼の論調に対しぐうの音も出ない様子だった。彼の言葉に勇気づけられた私は、


「……彼の言う通りですわ。それに……わたくしはお離し下さいと申し上げましたわよね? それなのに強引に迫ってきたばかりか、外交を盾に破廉恥な事をされそうになりました……。彼らが乗り込んで来てくれなければ、そのまま押し切られるところでしたわ」

「百歩譲って婚約が事実なのだとしても……、強引に事を進めようとするのは如何なものかと思いますけど? それに、臣下としては王女殿下の身の安全が最優先事項です。それを押しのけておいて勝手に入ってきたのは問題だと言い張るのは無理があるのでは?」


 ユイリもその後に続いて言葉を投げかける。そして私たちは押し黙った皇太子の様子を窺っていると、やがて大きく溜息をつき肩をすくめ、


「……ふう、まあいいでしょう。些か口の利き方が気になるところはありましたけど……、彼は異世界から呼ばれた勇者候補殿という事ですからね。まぁ、貴方の弁達者さに免じて許しましょう」

「…………はぁ、そうですか」


 形勢の不利を認めたのか、そう言って話をやや強引に打ち切るアーキラ皇太子。……彼のお陰で助かったわ……。いずれにしても、皇太子との婚約の件に関しては、今まで以上に早急に事実確認をする必要があるわね……。ユイリ経由で王家に仕える影に命じて確認させてはいたけれど……、事は我が国の公爵家が絡んでいる可能性もある。そんなことを考えていると、


「こんな状況では最早交流も望めないですね……、ここは此方が退いておきましょう。気分を害してしまったのならばお詫びしておきます。ご無礼をお許し下さい、レイファニー王女」

「……いえ、こちらも確認不足でしたわ。本国に問い合わせてはいたのですが……、至急確認致します」


 ……多忙な彼女にこれ以上面倒な要件をお願いしたくはないのだけど、仕方がない、か……。早くこちらに来訪できるよう、過密なスケジュール調整しているであろうソフィに申し訳なく思いながらも、現在ストレンベルク向こうで任せられるのは彼女が適任と判断して直通の連絡手段を飛ばそうと決めたその時……、


(え……?)


 今……一瞬シェリルを見た……? 彼女はこの瞬間も認識阻害が掛けられていて、あんまり気に留められづらくなっているのに、明らかに彼女を認識して笑ったような……? シェリルも身震いして彼に寄り添ったから何かを感じ取ったみたいだし、気のせいじゃ、ない……? ニヤリと笑ったようだったアーキラ皇太子だが、今はそんな様子もなくそのままコウへ話しかけている。やっぱり、私の勘違い、かしら……?


「いやぁー見事見事! もしお役御免になったら我が国に来ませんか? 例のカードダスの件もありますし、便宜も図りますよ?」

「……遠慮しときますよ。ストレンベルク王国に不満はありませんし、何よりこの国に居たら命がいくつあっても足りなさそうですから」

「ハハハッ、これは手厳しいですな。一部の馬鹿が暴走した事が悔やまれますよ。まぁ、心の片隅にでも留めておいて下さい。試合、応援してますよ。それでは……グッドラック! レイファニー王女殿下にシラユキ公爵令嬢も御機嫌よう……」


 飄々とした感じで、何処か彼の事を侮っているような印象を残しながら出ていくアーキラ皇太子……。終始そんな様子だったあの人の評価を心の中で一段階下げつつ、胸に沸いた怒りの感情を整えながらコウへと向き直り、


「…………こほん。コウ様、先程は助けて頂き有難う御座いました。踏み込んで来て下さらなければ間違いなく、唇を奪われておりましたわ……。もしかしたら、もっと大変な目に遭っていたかもしれません……」

「それよりも王女殿下……っ! どうしてコンスタンツ嬢も連れずに、お一人で行動なんて……っ!」


 コウへそうお礼を述べると、彼が答える前にユイリが血相を変えて問い詰めてくる……。彼女がコウを遮ってまで詰問してくるとは余程心配させたのだろう……。同じく心配かけたであろうコンスタンツにも申し訳なく思いながら、


「……恐らく、呼び寄せ草のせいね……。気が付いたら私はこの部屋に誘い込まれていて、そうしたら扉が閉まってアーキラ殿下が現れたのよ」

「よ、呼び寄せ草!? で、ですがどうして……! 王女殿下のアミュレットが働かなかったの……!?」

「……そうね。私の持つ『抗魔のアミュレット』があれば無効にできる筈だけど……。呼び寄せ草が改良されていたのか、それとも……何かしらの能力スキルを使われて一時的にアミュレットを無効化されたのか……、いずれにせよ、危ないところだったわ」


 コンスタンツにも話を聞いてみると、気が付いたら私は彼女の下を離れて一人部屋に入って行ってしまったらしい。慌てて駆けつけようとして、守衛たちに止められてしまい……、問答している内にユイリ達がやってきた……、との事だった。いずれにせよ……、対策は立てないといけない。


「…………私が護衛に就きますか?」

「いいえ、ユイリは今まで通りコウ様達の身の回りを警戒していて。私の方は……暫くの間グランにお願いするわ。……グランには負担を掛けてしまうけど、空間系能力スペーススキルにも対処できる彼以上の適任者はいないし、ね……」


 ただ、私の事よりも彼だ。先程のアーキラ皇太子の態度といい、明らかにコウを軽視するばかりか、あれは……。私に迫ってきた時も勇者はトウヤ殿と断定しているような様子だったし、予選の時もホムンクルスまで動員して彼を襲ったと聞いている……。正直、嫌な予感しかしない……。


「今日から本戦が始まりが……、くれぐれも無理はなさらないで下さいね! ユイリ達からも報告を受けてますが……、どうもイーブルシュタイン側で何かしら画策しているのは、まず間違いないと思いますわ。ですから……勝敗などは気にせず、危ないと感じたらすぐに棄権して下さって結構です。本当は……貴方にこんな大会などには出て頂きたくなかったのですけど……」

「それはもう仰らないで下さい、レイファニー王女様。この大会に出場すると決めた以上、優勝するつもりではおりますが……、貴女のお言葉は肝に銘じておきます」


 今のところ、彼から貰った『選択の指輪』は発動していない……。未だ指輪の効果自体を良く把握できていないからかもしれないが、少なくともここで私がどのように行動したとしても、変わらないという事なのかもしれない……。私はそっと溜息を洩らし、本音を告げる。


「…………貴方には危険な目に遭わせてばかりで、『時紡の姫巫女フェイト・コンダクター』として不甲斐なく思いますわ。こんな事態となるのなら、怪しげな動きを見せていたイーブルシュタイン主催の会合を、何としても回避するように働きかけるべきでしたわ……。全く私を婚約者だなんて……、同盟間の条約でも謳われている通り、儀式によって『勇者召喚インヴィテーション』を行った時点で私は貴方と……!?」

「王女殿下? どうかなさいました?」


 い、いけないっ!! 私ったら一体何を言おうとしているの!? つい心に秘めておこうとした想いをそのまま伝えようとしてしまった……! 恐らく真っ赤になっているだろう私は何とか誤魔化すべく、


「な、何でもありませんわっ! ……こほん、私は勇者様をお呼び出しした以上付き添う使命を帯びているので、今更婚約者云々という話が持ち上がるのはおかしいのです。仮にその前に政略婚などの話があったとしても、一部の例外を除き全て白紙に戻る筈ですから……」

「成程……、召喚した責務として傍で支える、と……。そう言えば、先代の勇者は召喚した姫巫女様と一緒になられて王位に就いたとの事でしたっけ? 確かディアス隊長がそう言っていたような……」

「先代勇者様だけでなく、歴代の勇者様は皆、一緒になっているようですわ。そもそも、儀に応じてお呼びする勇者様の候補は姫巫女と波長のあう者という事ですからね。本来の召喚ではお呼びする際にお互いに納得されて来て頂く訳ですからね……。謂わば自身の理想の相手を……っ!?」


 だ、駄目っ! 今は何を言っても藪蛇になってしまう! 少なくともこんな形で自分の想いを吐露するのだけは避けたい。そう判断した私は無理矢理にでも話を打ち切る事にした。


「…………王女殿下?」

「い、いえ! お気になさらずに! と、とにかく試合、頑張って下さいね! 心より応援しておりますわ……っ!」


 そう言って私はコンスタンツを伴った部屋を後にする……。我ながら、悲しくなってくるヘタレ具合だ。穴があったら入りたいぐらいには……。


「……レイファニー様」

「何も言わないで、コンスタンツ……」

「いえ、恐れながら申し上げます。王女殿下はもう少し我儘になられてもよろしいのでは? レイファニー様が己を殺し、勇者であるコウ殿は全てに優先する……、そのようにお心を砕いてこられた事は臣下一同存じ上げております。ですが……」

「…………駄目なのよ。それは、彼を追い詰める事になってしまうから……」


 コンスタンツから出てくるであろう言葉の先じて制する。私が想いを告白することは勇者としての責務を強要してしまう事に他ならない。すると、どうなってしまうかは……以前に『選択の指輪』の効力で見た結果の通りだ。そうなってしまうくらいなら……自分の想いに蓋をした方がいい。……とても、本当に自分の身をすり減らすくらい苦しい事だけれど……。


 『招待召喚の儀』は時紡の姫巫女フェイト・コンダクターたる自分と波長が合い、なおかつ全身全霊をかけて仕えるに相応しい、いわば理想の相手を呼び寄せる儀式……と後世には伝えられている。勿論、勇者となる資格がある人物というのが前提ではあるが……、彼の人柄や性格に人物像……、そして先程のように、自分が危機に陥った時にスッと救い出してくれる、物語で言うところの白馬の王子様みたいな人であるのだ。『勇者召喚インヴィテーション』の際に、一目見ただけでこの人が自分の運命の相手であると確信できるくらい大切な相手なのに、想いを伝える事が出来ないというのは……なんて残酷な事なのだろう。


(……仮に彼が勇者の力を誰かに譲り渡す事が出来たとして、私がその人物に捧げる事が出来るかも正直わからない……。けれど、もしその時が来たとして、コウが自らの世界に帰還する際にシェリルのように彼に付いていくという選択は出来ないわ……。姫巫女としての役割を放棄することは、決して許されないから……)


 全てを捨ててコウを選択できるシェリルの事を羨ましく思うと同時に、少しくらい彼女に嫉妬してしまうのは許して欲しいと思う。とはいうものの、彼女の事が嫌いという訳ではないし、同じく王族だった者としても尊敬できる人物で、今は友人であるとも思っている。シェリルが自分と同様にコウを愛しているのは疑いようがないので、自分の分も彼を支えて欲しいと今は願うしかない。


 だからこそ、『招待召喚の儀』に干渉し、本来の儀式の形を歪めてこのようになってしまった元凶のトウヤには嫌悪感しか湧いてこない。彼に便乗して自分に詰め寄ってくるアーキラ皇太子も同様だ。二人とも見た目は世の中の女性が持て囃すほどの美男子であるから、そんな人たちに望まれている自分は羨ましいと思われるかもしれないが……、私にとっては路傍の石程の価値も見出せない。


「……ですが、あまりにも王女殿下が報われないではありませんか! レイファニー様がご自分の責務を果たすべく、日夜励まれている事は王宮で知らぬものをおりません! まして、有事となり、『勇者召喚インヴィテーション』が必要とされ、コウ殿を召喚された後はまともに睡眠もとれぬほど重責を担っておられます! そんな王女殿下が……、一番大切なものを諦めなければならぬなど……」

「……言わないで、コンスタンツ……。貴女の気持ちは嬉しく思うわ。でも、私の感情を優先する訳にはいかないのよ……。それが、代々ストレンベルクの姫巫女が担ってきた責務なの。世界ファーレル中が認め、同盟国の中でも重要視されているのは、唯一我が国だけが『勇者召喚インヴィテーション』を執り行う事ができるから……。だから、勇者である彼の心を乱す行為は絶対に避けなければならないの……」


 私の言葉を聞き、俯く侍女に「この話はお終い!」と極力明るく話しかける。とりあえず今は危険な試合に赴くであろうコウの事を応援しましょう、と……。そしてこれ以上コウに被害が及ばぬよう、自分の出来る事をすると気を取り直す。


(……まずはソフィに連絡入れるのが先かしらね……)


 多忙な彼女に厄介な仕事を振る事を心の中で謝りながら、私たちの間での直通の連絡手段である式神をソフィへと送るのだった……。






 ☆ ★ ☆ ★ ☆





『……さて、それでは盛り上がって参りましたところで、第一試合……勇者候補として出場してくれたコウ選手と、我らがイーブルシュタインが誇る絶対能力者アブソリューション・ホルダー、シームラ選手に入場して頂きましょう……! 昨日の総当たり戦バトルロワイヤルからの因縁をすぐさま解消する事となりましたが……、果たしてどのような試合展開となるでしょうか……!』


 仰々しいトーナメント開幕を伝える司会の言葉を冷めた形で聞き流しながら、僕は武舞台にあがると待ち構えていたシームラの前に対峙する。


(やっぱり……アイツと当たる事になったか)


 決勝トーナメント第一試合、僕は昨日戦ったシームラと戦う事となった。よりにもよって第一試合、それも明らかに僕を殺そうとしている相手をぶつけてくるなんて、ね……。こんなあからさまな展開に苦笑していると、奴は僕を見るなり不敵な笑みを浮かべ挑発するように言葉を投げかけてきた。


「1日の猶予があったんだ。心残りが無いよう満喫できたか?」

「満喫だって? ……一体何を言ってるんだ?」


 その言葉の裏側は理解しつつ、僕はそう相手に返す。


「勿論……これから不幸な事故が起こってしまうからよぉ……、この世からおさらばする前に満喫できたか、と聞いてるんだ」

「不幸な事故、ねえ……。逆に聞きたいんだけど、そう言うお前こそ覚悟は出来ているのか?」

「覚悟? 何の話だ?」

「その不幸な事故とやらが……お前に対して起こってしまう覚悟さ」


 僕が逆にそのように言葉を投げかけると、シームラは一瞬ぽかんとしたようだったが……やがてその意味を理解したのか、ククッと笑って馬鹿にするような笑みを向けてきた。


「クックック……。何を言うかと思えば………面白い冗談だっ!」

「っ!!」


 そう言うや否や……、奴は恐ろしいスピードでこちらに対し武器を突きつけようと迫ってきた! 間髪入れずに襲い掛かってきたその一撃を身を翻して辛うじて回避する。


『おおっと、シームラ選手、いきなり瞬天衝を放ったぁー! それを躱すコウ選手!』


 疾風突きをさらに鋭くしたような、そんな技か……。アナウンスが流れてくるのを他人事のように感じながら、次々と繰り出される攻撃に対処していく。


「おらおらおらおらおらっ!!」

『止むこともない怒涛の攻勢を仕掛けるシームラ選手を、コウ選手は躱し続けているーっ!! これは……いつまで躱せるのかーっ!?」


 幸いにして……奴の攻撃は全て見えている・・・・・。血塗られた長剣を僕に突き立てようとする一撃一撃を、躱したり受け流したりして対処していくと、瞬間シームラの姿がぼやける……!


「――っと!!」


 ピピピッという『敵性察知魔法エネミースカウター』の警戒音アラートに、咄嗟に死角へと回り込んだシームラの剣を己が左文字で受け止める。ギリギリと鍔迫り合いになった際にシームラが言葉を投げかけてきた。


「中々やるじゃねえかっ……! 俺の動きに反応できるとはよっ!!」

「そっちこそ随分余裕を見せつけてくれるじゃないか……っ! 先日のように風の力に頼らなくていいのかい?」

「あの力を使ったらすぐに終わってしまうだろっ!? それじゃあ面白くないんだよっ! この魔剣、ダーインスレイブが……貴様の血を吸わせろと荒ぶってるんだよぉ……っ!!」


 そのまま力任せに押し切ろうとしてきたシームラをいなし、すぐさま奴からバックステップで距離をとる……。力の方向をずらされたシームラだったが、体勢を崩すことなく無造作に剣を肩に担ぐようにしてゆらりと僕の方へと笑みを向ける。


「まさかここまでやるとは思わなかったぞ? 一瞬で俺の前にひれ伏させ、観客の前でせいぜい痛ぶってやるつもりだったが……」

「……お前さ、仮にも強者と名乗るなら相手の力量くらいは推し量れないと不味いんじゃないの? 少なくとも、お前を殺せるくらいの力はあると思ってるんだけど?」


 グランや本気になったレンにはまだまだ敵わない僕だけど……、以前のように瞬殺されるような事はなくなったんだ。隊長からの地獄の特訓の件もあるし、目の前のシームラに圧倒されるような事も無くなっている。そんな僕の言葉を聞いた奴は嘲りの表情を浮かべ、


「ふん……、相変わらず減らず口は健在のようだな。まぁ、予想以上に楽しませてくれそうな貴様に免じて、今は・・俺の『絶対颶風』は使わないでおいてやるよ」

「『今は・・』、ね……」


 無防備であるかのように両手を広げながらそう挑発してくるシームラ。僕は慎重に奴との距離を取り警戒したまま構えていると、


「どうした? 今が千載一遇の好機なんだぜ? 俺が『絶対颶風』を発動させたら貴様に勝機はな……」


 余裕そうな奴に対して鎌居達を放り込んでやると、当たる寸前で真空の刃が何か・・によって激しい衝突音をかき鳴らしながら消滅してしまう。言葉が途中で中断されるもシームラは、


「人の話は最後まで聞くものだぞ? 全く、のこのこ貴様がやって来ていれば、今のちんけな技と同じ運命を辿ってたというのに……」

「なんでお前の茶番に付き合ってやらないといけないんだ? ……時間の無駄だ。さっさと掛かってこいよ……きちんと粉砕してやるからさ」


 僕は誘うように刀を相手に向けて構える。『霞の構え』……というやつだ。それを見たシームラは舌打ちしつつ、


「全く、相変わらず人をイライラさせるのが上手い奴だぜ……。コイツはあっさりと死なせてやろうっていう俺の慈悲でもあったんだぜ? そんな人の好意を無に帰すとは……余程死にたいらしいな」

「……先程も言った。何度も言わせるな……、いいから掛かってこい! 返り討ちにしてやるよっ!」

「っ! 調子に乗ってんじゃねえぞ! この糞虫がぁっ! ……そんなに死にてえなら今すぐブッ殺してやるよっ!!」


 遂に怒りが頂点に達したのか、何やら詠唱を始め出したシームラを注意深く伺いながら自分も精神を集中させる……。 相手に合わせるように詠唱破棄にて唱える魔法は……、


「……大いなる奔流、疾風の渦を重ね合わせ、彼の者の前にその暴力を示せ……『竜巻魔法トルネード!』

「……『対抗魔法カウンタースペル』!!」


 シームラの魔法が完成した瞬間、僕の『対抗魔法カウンタースペル』を炸裂させ、立ち消えとなる。その事実に奴はかなり驚いたようだ……。


「な、何だとっ!? 俺の魔法がかき消されっ……!?」

「天神理念流、攻めの一閃……『天明神風剣』!!」


 愕然とするシームラの隙をつくように、はやての如く距離を詰め闘気を纏った一撃を放つ。流石のシームラも虚を突かれたところに、天神理念流の中でも最速の突撃術の前には避ける事は出来なかったようだ。急所は外したものの……、左肩を撃ち抜かれた後、すぐに僕から離れて怒りの表情を浮かべる。


「き、貴様……っ! この俺に、傷を……っ!!」

「……油断しているからだ。そのくらいで済んだんだからラッキーだったと喜ぶべきだろ?」


 ……尤も、命にかかわるような場所は狙っていなかったが……、上手くいけばそのまま戦闘不能に追い込めないかなとは思っていたんだけどな。シームラはワナワナと血走った眼を僕へと向けていたが、


「……魔法を破った事が自慢のようだが……、何か勘違いしてねえか? 俺は別に魔法に頼る必要はねえんだよ……!」

「クッ……、周囲を風が……!」


 これは……魔法じゃない! 奴の絶対能力か……!? 疾風の刃が常時僕に対して襲いかかってくるようになる……。この状況では再び詠唱を始め出した奴を止める事は難しくなったな……。自分の首元を狙い澄ましたかのような鎌居達を躱した瞬間、シームラの魔法が完成した。


「……苦しみを齎す暗黒の風よ、命奪う猛毒となりて我が敵を蝕まん……『猛毒旋風呪法ベノムウインド』!!」

「痛っ――!」


 ……暗黒魔法ってやつか! 阻止できなかった敵の魔法が疾風の刃と共に僕に向かって放たれる……! 例によって異常を無効化したという報告を感じ取っていると、続けて詠唱を唱え終わったシームラが勝ち誇ったように、


「猛毒で苦しむところに更にコイツを叩きこんでやろう…………呪縛を宿せし闇の旋風よ、我が前に立ち塞がりし全ての者を巻き込まん……『麻痺旋風呪法パラライズウインド』!!」

「うぐっ! くぅぅぅ……っ!!」


 何時か喰らった時と同様の暗黒魔法が傷ついた部分を容赦なく斬り刻んでいく……。確かこの魔法を受けたシェリル達は全身が痺れて身動きが取れなくなっていたっけ……? それらの魔法をまともに喰らった僕に勝利を確信したのか、


「ククク……、これで貴様は猛毒に蝕まれたまま身動きも取れなくなった訳だ……。さあて、どうやって料理してやろうか……」

『ああっ! 何とかシームラ選手の猛攻を防いでいたコウ選手だったが、どうやら致命的なダメージを喰らってしまったようだーっ!! これは絶体絶命かぁー!? もう降参してしまった方がいいのではーっ!?』


 ……ダメージは負ったが毒や麻痺などの異常は既に『自然体』の効力で無効化している。どうやら奴はその事に気づいていないらしい……。僕はそれを利用し倒れこんだまま相手を窺う事にした。


「さて、どうしてくれようか……。四肢をひとつひとつ剥いでいって達磨にしてやるってのはどうだ? いいアイディアだろう? なあに、俺の『絶対颶風』ならば正確にその部分を削り取ることが出来るぞ?」


 ……タイミングを合わせて『刃傷流にんじょうながし』を繰り出すか? いや、斬撃とは訳が違うから上手くいかないかもしれない。失敗したら手足が無くなるギャンブルに挑むのは嫌だな……。どうしたものかと思っていたら、ふとあるモノを持っている事を思い出し、ソレを数枚取り出すと……、


「よし、まずは腕からだ! 得物を持っている利き腕から切断して……」

「…………いでよ! 魔札召喚サモン!!」


 僕は『魔札召喚魔法コールカード』を使用し、普遍コモンカードとして印刷プリントされた僕自身のカードを複数枚召喚させる。本来、詠唱も必要ない生活魔法に落とし込まれた『魔札召喚魔法コールカード』を格好つけて呼び出したソレらの分身は、使用者に敵対する者を察知し一斉に襲い掛かっていく……。


「なぁっ!? 分身、だと!? あの状況でそんな真似が出来る訳……っ」


 咄嗟に能力スキルを使用したのか、2体程は風の刃に切り裂かれるも……、残りはシームラに向かって突進する。その内の一体の攻撃は受け止めるも、死角からもう一体が剣を振りぬき……躱しきれずに掠った傷口から鮮血が迸った。


『こ、これは……っ!? コウ選手が持っていたカードのようなモノから分身を作り出したかと思いきや……、それがシームラ選手に襲い掛かり負傷させた……!? も、もしやこれがストレンベルク王国が各国と共同で誕生させたトレーディングカードダスシステムなのかぁ!? 魔物との戦いでも有用だと聞いてはいたが……、まさか対人戦闘でも効果があるとは!?』


 ……対人というよりも、使用者に・・・・敵意を持った者・・・・・・・に対して効果があるんだよ。目の前のコイツは僕を殺す気満々だから……、明確に敵と認識し攻撃したという訳だ。製作者として周知させる為の措置と、使いやすいものとする為に一番手に入りやすい普遍コモンカードとなっているから、大した耐久性はないし強い魔物なんかにはすぐにやられてしまう面はあるが……、他ならぬ自分の分身として目くらましに使う事も出来る。……アイツの能力スキルも僕と分身を見極められなかったようで、攻撃を仕掛けている分身の方を優先して狙ってしまっていた。


「くそったれがっ!! こんな子供だましなモンで『絶対颶風』を翻弄させるだとっ……!? 巫山戯ふざけた真似を……一匹残らず吹き飛ばしてやればいいんだろうがっ!!」


 よし、僕から注意がそれたな……! 僕はすぐさま大勢を整え、再び飛び出していけるように構えを取る。


「ば、馬鹿なっ!? 奴は今、身動き一つ出来ない筈っ……!!」

「――――……『天明神風剣』」


 先程傷付けた方とは逆の右肩を狙い、戦闘力を奪う……。その目的の下に繰り出された僕の技は、今度は寸分の狂いもなく硬直していたシームラの右肩を綺麗に撃ち抜いた。奴は手にした魔剣も地面に落とし、これで終わりかと左文字を引き抜こうとして、


「っ……!」


 何とも言えない嫌な感覚に刺さった刀をそのままにそこから瞬時に離れると……、さっきまで居た場所を竜巻のような暴風が包み込んでいた……!


「……はっ、ははははっ……! まさか俺をここまで虚仮にしてくれるとはな……。より惨たらしく、悲惨な惨殺体オブジェになりたいらしい……!」

「!? ……空気が、変わった……!」


 奴の底知れない悪意と殺気が僕に向けられると同時に、武舞台全体を得体のしれない何かに覆われたのがわかった。これは、大気の結界……!?


「……こいつは『大気抑留魔法アトモスフィアスタック』にさらに改良を加えたものだ。俺が解除しない限り、この結界から出ようとしたものは完膚なきまでに粉砕される……。貴様が生きて武舞台を下りるには俺を何とかするしかないが……、この通り俺にはもう指一本触れられないだろうよ」


 ……そもそも『大気抑留魔法アトモスフィアスタック』から分らんわ。というよりも、そんなモノにまで魔法は干渉できるのか……。最早何でもありだな……とまぁ、重力に干渉させたりしている僕が今更何を言っているんだってなりそうだけれども……。そんな場違いな事を考えていた僕だったが、流石にこの状況は看過できるものではない。試しに新たに魔札を召喚して武舞台の外へ向かわせたが……、奴の張った膜に触れた瞬間、ズタズタに切り裂かれてしまった……。おまけにシームラの周囲にも風の防御壁のようなものが展開され……、よく見てみると徐々にそれが広範囲に広がっていっているようだ。


「ククク……この『絶対颶風』の防風壁が先に仕掛けた結界と重なり合った時の様子は圧巻だぜ? 貴様が昨日使っていた小賢しい防御法ではどうにもならんだろうな。さっさとくたばっていれば良かったものを……、粘りやがるからこんな目に遭うんだよ! 後悔しやがれ、馬鹿がっッ!!」


 ふむ……、奴が重力の事をどう解釈しているかはわからないけど、『重圧魔法ジオプレッシャー』で防げるかどうかは微妙なところ、かな……? 勝利を確信したように高笑いをしているシームラを無視して、僕は色々と試してみるべくさらに数体の魔札を『魔札召喚魔法コールカード』にて呼び出す。それらが呆気なく切り裂かれるのを見て、さらに馬鹿みたいに騒いでいるが……、とりあえず現状は理解した。


「どうする!? どうするんだよ!? もっと足掻いてみろよっ!! 若しくはどうしょうもないと悟って命乞いでもしてみるかぁ!? みっともなく頭を擦り付けて懇願すれば、もしかしたら俺の気が変わるかもしれねえぞ~~!?」

「…………全く、みっともないのはどっちだか。まだ勝った訳でも無いのに、馬鹿みたいに大騒ぎして……、当初の冷静キャラのツラも剥がれてきてるじゃないか。大体……どうするもこうするもないんだよ。ただ……、勝つだけさ」


 僕が溜息をつきながらそう答えてやると、奴の思った通りにならなかったのが気に障ったのか、


「減らず口は死ぬまで直らないらしいなっ! 俺に指一本触れる事も出来ないこの状況でっ! どうやって俺に勝つっていうのか……っ! ハッ、勇者候補って奴は頭も悪いようだなっ!」

「その言葉はそっくりそのまま返してやるよ。頭が悪いのはお前だろ? 指一本触れられないというのなら……、触れないで勝てばいいだけの話だ」


 出来れば使いたくはなかったが……、最早そんな事を言っていられる状況でもない。仮に『重圧魔法ジオプレッシャー』で防げたとしても、大気まで操れてしまうシームラがその気になれば、空気なんかにも干渉出来てしまうかもしれない……。今だって奴が殺し方を拘っているだけだ。すぐにでも僕を殺そうと思えば、出来てしまうポテンシャルが、シームラの『絶対颶風』は充分あると判断する。ほんの少し感じる良心をきちんと押し殺し、僕は静かに刀を抜き放つとシームラに向けて無造作に構える。


「……何の真似だ?」

「わざわざ敵であるお前に教えてやる義理はない」


 僕は奴の問いかけを切って捨てると、手にした左文字をシームラに向け、そっと×の字に印を切る。そして胡散臭く僕を窺うシームラの前で、そのまま剣舞を踊るかのように静かに舞っていくのだった……。



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