第67話:大会開催! バトルロワイヤル……!

※流血、人が死んでいくといった描写があります。苦手な方はご注意下さい。






『お集まりの皆さま……っ! 大変長らくお待たせ致しましたっ! これより天下無双武術会の開会を宣言させて頂きます……っ!』


 たくさんの観客が詰め寄せた会場にて、そのアナウンスが流れると同時に興奮の坩堝と化していた。


「あらあら、凄い活気ですわね。流石はイーブルシュタイン国、といったところでしょうか?」

「そうね……。残念ながらヴァナディースでは、こんな規模の催し物もないし、あったとしてもここまでの活気に包まれる事もないでしょうし……」


 軽く一万人は越しているだろう観客席からはそれぞれ4つに分けられた試合会場を見る事が出来る。アナウンスによると、最初はバトルロワイヤルによる勝ち抜き戦で、最後まで残っていたそれぞれの会場の4名がトーナメントに進めるという事らしい。


「それにしても……、こんな極めて粗野な催しの何がいいのかしらね。少なくとも、ワタシは御免だわ。アナタはどうかしら? 力のある者からみたら、また変わってくるのかしらね、神楽天女様?」

「…………あら」


 私の呼び掛けがお気に召さなかったのか、薄いピンク色の長い髪をかき上げつつ、抗議するかのようにして、


「それは何ですの? もしかして、ワタクシの事を仰ってますか? それを他人行儀に、しかも『様』付けして呼ぶなどと……………怒りますわよ?」

「怒るも何も……事実じゃないの。対外的にはワタシが代表って事になってるけど、ヴァナディースではアナタの方が立場は上なのだから……。何と言っても国の要なのだし、ね……」


 ……そう、共和制をとる我が国では、議長たる私が代表となってはいるが、いざ魔王軍を相手に戦うとなると……、天使たちの声を聞き、先頭に立って指揮を執る彼女の方が重要人物である。幼馴染であり、対外的には自分の補佐として付いて来ていて、軽めの『認識阻害魔法コグニティブインヴィテイション』と『日陰者魔法インコンスピキュアス』を重ねがけした、お忍びのVIP待遇の人物でもあるのだ。


「…………それならワタクシは今後、貴女の事を『代表様』と呼ぶ事に致しますわよ。二人の時だろうと何だろうと……、そのように呼びますわ。それでよろしいでしょうか?」

「…………悪かったわよ、レナラクス……。これでいいでしょう?」

「はい、ニルフレア……! でも、そのような事を言われるのはお止め下さいな。ワタクシ、悲しくなってしまいますわ……!」

「……二人とも、その辺にしておけ。全く、どうしてこんな所で揉める事が出来るんだ……?」


 そんな時、私達に苦言を呈すように窘めてきたのは暗い藍色の髪を短くした青年……、二人のボディガード役を担っているオースラン・アークラインだ。


「周りに誰がいるかもわからないんだ。レナラクスは周囲の状況を把握していてやってるんだろうけど、少しは自重してくれ」

「まあ、オースラン……! また、そんな疲れたような顔をなさって……。そんな事だと幸福の青い鳥が逃げていってしまいますわよ?」

「誰のせいだと思っているんです……っ! はぁ、もういい……、ニルフレア代表も、その辺にしておいて下さい」

「ええ、苦労を掛けますね、オースラン。ところで……改めてアナタの目から見てどうですか? 昨日の勇者候補である、彼は……?」


 レナラクスと同じ制服を身に纏い、私達を護衛してくれている彼にそう聞いてみると、


「昨日話した通りですよ……と言いたいところですが、明らかに様子が違いますね。付け焼刃的な印象が強かったんですけど、今は自身の実力として大分染みついてきている……といった感じですね。今の彼にだったら簡単には勝たせて貰えないでしょう。流石は勇者候補殿、といったところでしょうか」

「ストレンベルク王国には空間能力スペーススキルのエキスパートがいらっしゃいますもの。グラン様と仰いましたか、あの方の持たれる空間能力スペーススキルに時間を圧縮して特訓に打ち込めるようなものがあったのでしょう……。あくまでワタクシの私見ですけど、恐らくはあの方こそが勇者様として召喚された人物なのだと思いますわ」

「へえ……、二人とも結構評価が高いのね。尤も、もう一人の勇者候補がアレだったから、当然と言えば当然だけど……。でも、随分な状況よね。あの人以外、多分全員イーブルシュタインからの出場者でしょう? 他の会場には色んな国の出身者が入り混じっているようなのに……」


 おまけに司会者の紹介を聞く感じだと、わざわざ彼の事を必要以上に注目させている印象を覚える。あれではまるで……標的に仕立て上げようとしているようだ。


「恐らくそう言う事なのでしょう。昨日の話から推察するに、イーブルシュタイン国はもう一人の勇者候補を推しているようですしね。しかし、本当に私が潜入しなくて良かったのですか? 本当ならば私を出場させて和の国の方へ恩を売るよう考えておられたのでは?」

「……そうね。あの人が出場する話にならなければ……お願いしていたと思うわ。レナラクスと一緒に、ね……。今年の大会は女性の出場は認められなかったという事だから、結果的にはアナタに出場して貰うつもりだった……。世界同盟で『勇者召喚インヴィテーション』を行えるストレンベルク王国に密接に関わりのある和の国と接点を作る事は非常に意味のある事だったから……」


 こちらの事情により、今まで加入してこなかった世界同盟に参加する運びとなって、一番接点を取りたかったのはその中でも重要な役割を担うストレンベルク王国だった。オースランは表向きには国に仕官している訳ではないので、大会に出場する事は容易であったが……、彼の国が擁する勇者候補が出場を決め、優勝賞品を和の国へ返却する話を聞いた為、取り敢えず様子を見ることとなったのだ。


「あらあら……、本当にあの勇者の方に思うところがあるようですわね。皆さん、意識しておられるようですわ。この様子ですと、開始と同時にあの方に殺到する事になりそうですわね……」


 まぁ、やられる勇者様でもなさそうですけど、とレナラクスが話す。こちらが出場を見合わせた以上、彼には勝って貰いたいところだ。そして出来る事ならストレンベルク王国と接触を図りたいが……、


(……取り敢えず状況を見守るしかないわね。一応、勇者の彼とは少し話が出来たし、例の件を伝えるのも急ぐことはないか……)


 そう思い、私達は試合開始のアナウンスが流れるのに任せて、それぞれの試合を観戦するのだった……。











(全く、本当にイーブルシュタインの奴らは僕を排除したいみたいだな……っ! あの紹介の仕方といい、僕だけレン達と離されて別な会場にされた事といい……、おまけにコイツら、全員この国の連中なんじゃないのか……!?)


 次から次へと襲い掛かってくる出場者をいなしながら、僕はそう愚痴らずにはいられなかった。試合開始の宣言よりほぼ自分だけに狙いを定めているんじゃないかという状況に、流石にウンザリしてくる。


「くたばれやーっ!!」

「……おいおい、最早取り繕うつもりもないのか……」


 あらたに得物を突き付けてきた相手の攻撃を受け流すと、そのすれ違いざまに峰打ちにて自分の武器である宗三左文字そうさんさもんじを叩きつけた。さらに返す刀で殺到してくるもう一人にも、薙ぎ払うようにしてその急所に剣戟みねうちを加えて戦闘不能に追い込む。……幸い、現在襲ってくる連中はそれ程強くはない。敵性察知魔法エネミースカウターの数値からもそれは物語っている。そう言ってる傍から再び斧を持って音を立てないように忍び寄ってくる敵に気付くと、




 RACE:ヒューマン

 JOB :斧戦士

 Rank:35


 HP:130/137

 MP:47/56


 状態コンディション:普通




「なっ……! どうして俺の死角からの『アクセルターン』を……っ!」

「……そんな殺気を振りまいておいて、気付かれないとでも思ったのかい?」 


 敵性察知魔法エネミースカウターからの反応に頼るまでも無く、攻撃してきた相手に備えるとその一撃を躱しつつそのまま斬り上げた。そして、そのままステップを踏むかの如く寄りかかる様に肘打ちを喰らわせ、その流れで相手の身体を蹴り倒す……。自分が昔プレイした某格闘ゲームで『ハリケーンソバット』と呼ばれた技だ。それで別の敵を巻き込ませながら倒れ込むのを確認すると、すぐに体勢を整える。


「くっ……、流石は勇者って事かよ。そう簡単にはやられねえってか……!」

「おい、勇者『候補』だ。勇者を殺っちまったら拙いだろうが。言葉には気をつけろ!」

「どっちにしろ同じだろ! どうせ『事故』に遭っちまうんだ……。それで俺たちには褒賞が貰えるって訳だ」


 ……成程、やっぱりこの状況は故意に創り出されたって事か。まぁ、コイツらも殺気を隠すつもりもないみたいだし、驚くつもりもないけれど……。しかし、これでイーブルシュタインの皇太子サマの思惑はハッキリした。


(……僕を事故に見せかけて排除して、トウヤを勇者として認知させるつもりか。あの偽者をねえ……。僕が思うのも何だけど、そんな事をして大丈夫かね? 昨日も話してたけど、勇者の責務って偽者でも務まるのか……? 態々異世界から勇者を召喚しなければならないんだろ? ……そこのところ、どうなんだろう?)


 僕への殺意を口にした槍戦士、剣士らがじりじりと距離を詰めてくるのを迎撃しようとしたその時、


「君達、一体何をやってるんだっ! いくら勇者殿と腕試しが出来るからと言って……、こんな寄ってたかって攻撃を加えるのはおかしいだろっ!」


 そう言ってこの状況に待ったかける人物が現れ、僕と連中の間に割り込んでくる。その人物は……、


「貴方は……カートン、さん……?」

「先日振りですね、コウさん。まさかこんなに早く再会するとは思ってませんでしたが……、それを喜ぶのは後にしましょう」


 先日のカオスマンティスとの戦いで共闘したセカムやシクリット、それにクインティスさんとパーティーを組んでいた……、カートン・パートンだった。彼は僕に対して苦笑するようにそう言うと、再び敵対する連中の方を見て、


「君達は恥ずかしいと思わないのか? こんなリンチするように一人を取り囲むなど……、恥を知れっ!」

「なんだぁテメエ!? まさか邪魔しようってのかぁ!? テメエもこの国の冒険者の端くれだろうが……。こんな真似して、どうなるかわかってんだろうなぁ!?」

「コイツはギルドからの依頼でもあるんだぞ? それとも依頼とは別にこんな大会に出場したってのか? そんな訳ないよなぁ!? ……あんな大金が掛かってんだ、命の危険もある以上、参加するなら依頼は請けてくる筈だ。馬鹿じゃなければなっ!」


 …………つまりはこの国の冒険者ギルドぐるみの蛮行という事、か。ここもストレンベルクのように国が主体となってギルドを管理しているのかまではわからないが……、要するに僕は懸賞首扱いされているという訳だ。


「……あの妙な依頼クエストはそういう事だったのか。よくもまぁ、あんな金額しか提示されていない怪しい依頼クエストを請けようだなんて思ったものだ」

「何だとっ!? コイツ……!」

「…………待て」


 カートンの言葉に激昂しそうな男を押し留める槍を持った人物。この中では比較的実力はありそうな奴だったが、僕達に向き直ると、


「……どうやら貴様は名家の人間か? 如何にも金には困っていません、なんて抜かす甘ちゃんが言いそうな事だな。だが……、だからと言ってオレ達が手を引くと思ったか? この依頼を受けた以上、邪魔する奴は排除する。それが名家の人間であろうと、な……」

「わかったら怪我しない内に引っ込んでおきな。俺らは勝ち上がる事は考えていない。……ただ依頼・・を果たすだけだ」

「……話しても無駄、ってヤツだね。なら仕方ない……、コウさん、僕も加勢しよう。流石にこの状況を見過ごせないし、知り合いを見捨てるのも御免だ。……君はセカム達の恩人でもあるしね」


 彼がそう言うと、話は決裂したとばかりに相手の殺気が膨れ上がる……! まぁ、仕方が無いか。どうせ戦闘は避けられ無さそうだったしね。


「……だったらテメエも敵だな。纏めて始末してやるぜ……!」

「バカなヤツだぜ。今までは名家の肩書が守ってくれていた事も知らずによ……!」

「……心外だね。僕は今まで実家から離れて冒険者を続けていたんだ。少なくとも、そんな肩書を振りかざした事はなかったよ……!」


 カートンも相手の言葉に臨戦態勢をとる。こうなった以上は多勢に無勢だけど、共に戦うのが一番だろう。


「……巻き込んでしまったようで申し訳ないけれど、助かるよ。一人で相手するにはちょっと面倒だと思ってたんだ」

「気にしないでいいよ。僕が放っておけなかっただけだから。……ほら、来るよっ!」


 警戒の声に合わせる形で、先程槍使いに止められた男がカートンに対し突っ込んできた。ワ―ソードと呼ばれし長剣を振りかざし、疾風突きチャージスラストを繰り出してきた相手をカートンは冷静に受ける。そして、自身の持つ剣で敵の武器を弾くと、隙だらけとなった相手に向けて、


「……『氷結剣ブリザーブドセイバー』!!」

「ぐはっ!? こ、このやろ……っ」


 斬りつけると同時に傷口ごと凍らせる剣技でもって、相手を返り討ちにして戦闘継続が困難な状況へと陥れる。そしてさらに……、


「……『エイミングスライサー』!!」

「なっ……!? その間合いから何故攻撃が……!?」


 彼の掛け声と共に剣が槍の様に伸びて……、様子を伺っていた槍使いに攻撃を届かせる。不意を突かれる格好となったが、カートンの攻撃を自身の槍で受け止め、


「伸縮自在の魔法剣、という訳か! チッ……、苦労知らずの名家のボンボンがっ……!」

「……別にパートン家から持ち出した訳ではないさ。この『イラスティクセイバー』はある依頼クエストをこなしていた過程で入手した代物だ。そんな風に親の七光りみたいに言われる筋合いはないぞ……!」


 そう言ってカートンは武器を剣に槍にと上手く使いこなし、自身のペースで相手を圧倒してゆく。……コイツら相手に遅れはとらなさそうだな。まぁ、あのセカム達のリーダーという事だし、大丈夫だろうとは思っていたけど……。だけど、それなら僕は自分の事だけを考えればいい。カートンのお陰で敵も少し分散させられたし、これなら何も問題はなさそうだ。


「クソッ、テメエらは予定通りに勇者そいつをやれ……っ! 間断なく攻めかかれっ! そうすれば……」

「そうすれば……何だい? まさか、お前ら如きの実力で僕をどうにかできるとでも……?」


 僕は先程と同様に剣の舞ソードダンスの姿勢をとる。一対多数で戦うには、一番適した戦い方だ。さらに一手はカートンが担ってくれたお陰で状況も良くなっている。何も問題はない。


「……断言してあげるよ。力量差も満足に図れないお前たちでは間違っても僕に勝つ事は出来ないね。怪我したくなかったら大人しくしてなって。……僕は結果の分かってる事はしたくもないし、弱い者苛めは嫌いなんだ。無駄な時間を取られる事もね……」

「き、貴様ぁーー!!」


 僕のあからさまな挑発にカッとなった連中が何も考えずに此方へと向かってくる……。その動きは一挙手一投足、全てがスローモーションのように僕の目には見えていた。『重力魔法グラヴィティ』での制御を開放した僕にとって、格下相手では最早相手にもならない。


「がっ……!」

「うわっ……!」

「何!? ……グッ!」

「ほら、どうした!? そんな動きで僕を捉えられると思っているのかっ!?」


 隙の無いダンスのようなステップで相手の攻撃を躱しつつ、逆に次々と無効化していく僕……。時折飛んでくる魔法は『零公魔断剣』にて斬り裂き、反撃とばかりに『鎌居達』や『掃射魔法エネルギーショック』なんかをお見舞いする。……そうしている内に僕の前に立つ相手はいなくなっていた。


「コイツ……、これでも喰らえっ! 『突拍子』!!」

「甘いっ!! ……『反転風車』!!」


 ……どうやらカートン達の方も終わったようだ。槍使いの渾身の一撃をカートンが返し技の如く武器を回転させて……、見事に相手を屈伏させていた。


「ゲホッ、ク……クソがっ……!」

「……やめておけ。無理をすると命にかかわるぞ。僕があと一歩踏み出していたら……、それはお前が一番分かっている筈だ」


 蹲る槍使いにカートンがそう声を掛ける。これで大方片が付いたかな……? 後は途中から尻込みしだした連中と……、様子見とばかりに静観していた奴らだ。ただ、此方に干渉しない……という訳ではなく、むしろコイツらが親玉って感じがする。


「おやおや……、腐っても勇者、という訳かい? 簡単に終わるかと思ったのに……随分と粘るじゃないか?」

「……お前たちも来るかい? いい加減にこの茶番劇も飽きてきたところだ。……覚悟が出来た奴からかかってきなよ?」


 とりわけ一人、雰囲気が違う奴が周りの連中を制しながら語り掛けてきたところを、僕はそのように答えを返す。同時に僕はその男に対してこっそりと『評定判断魔法ステートスカウター』を発動させてみた。




 RACE:ヒューマン

 JOB :邪剣闘士

 Rank:125


 HP:296/298

 MP:148/155


 状態コンディション:冷静、戦闘時自動回復バトルヒーリング




(こいつは……厄介だな。頭一つ跳び抜けている……。レン並みの実力者、か……。一筋縄ではいかなさそうだ)


 内心どうしたものかと考えている間に、向こうも方針が決まっていく……。


「シームラ様……」

「お前たちは行け。そして……、そこで腰が引けてる奴らもな」

「お、おれ達は……っ!」


 シームラと呼ばれた男はもう戦意がなくなった者達を睨みつけると、


「貴様らは依頼クエストを請けてここにいるのだろう? さっさと行け」

「おれは……依頼クエストを放棄するっ! だ、だからもうお、ぺっ」

「なっ……!?」


 拒否した人の首から上が一瞬にして無くなる。……アイツが、やったのか……? 速すぎて連中もパニックになってしまっていた。


「……依頼クエストの放棄は死を意味する。その男みたいになりたければ、そうするといい……。最近伝えられてきた『将棋』という遊戯にもあるだろう? 『歩』という前にしか進めない駒がな。貴様ら雑兵はそれと同じだ。……わかったならさっさと行け」

「う……、うわぁぁぁっ!!」


 血しぶきをあげながら倒れる音と共に、他の連中が恐怖に駆られながら此方へとやってくる……。平常心を失った奴らを相手にするのは容易いけど……さて、どうするか。


「……相手は既に戦意もないみたいだけど、どうする?」

「どうするも何も……、ああして襲い掛かってくる以上は仕方が無いさ。降りかかる火の粉は払わないと、ね!」


 そう言うなリ僕は奴らを迎撃する為に刀を正眼に構える。カートンもひとつ溜息を吐くと、やれやれとばかりに敵に備えた。


「パニック状態になっている連中にまみれて、腕利きの奴が紛れているようだから……気を付けてくれ、カートンさんっ!」

「そちらもねっ! 打ち漏らしは僕に任せてくれていい。だから、目の前の敵に集中してくれ! 不覚を取ればすぐに死に直結するぞっ!」


 その掛け声と同時に戦闘態勢に入る。多数を相手にするのに有効な『剣の舞ソードダンス』を踊りつつ、先程と同じように襲い来る相手を捌いていく……。時折影からの攻撃が合間に入るも、それらは全て投擲のようなもので、注意していれば自分の間合いに入った時点で対応は出来た。撃ち落とすなりしながら、このまま……とそのように考えていた時、ふと嫌な予感が全身を駆け巡る。


(な、なんだ……!? この感覚、目の前の奴らからじゃない、何処か別の……っ!!)


 そのように感じた次の瞬間、いずこから何かが飛んでくる。咄嗟に受け止めるとチクリと痛みを感じ……、すぐに『評定判断魔法ステートスカウター』で確認してみると、




『紡錘の針』

形状:道具

価値:F

効果:糸車で糸を紡ぐ為に使用する針。武器として使用される事もある。




「針……? 一体どこから……っ!? カートンさんっ!」


 傍で膝をつくような気配に目をやると……、カートンや彼と戦っていた冒険者達も一様に蹲っていた。僕は慌ててカートンに近寄り介抱しながらその症状を確かめる。




 NAME:カートン・パートン

 AGE :21

 HAIR:茶艶色

 EYE :千草色ちぐさいろ


 身長:176.2

 体重:69.9


 RACE:ヒューマン

 JOB :魔法戦士マジックナイト

 Rank:99


 HP:201/244

 MP:143/168


 状態コンディション:猛毒、麻痺、戦闘時自動回復バトルヒーリング




(猛毒……! それに麻痺だって!? HPの減りも早いし、このままだと拙い……!)


 僕は躊躇なく『神々の調整取引ゴッドトランザクション』を起動させると、すぐに神聖魔法の項目を確認する……。











 ――時刻は少し遡り、天下無双武術会・応援席にて――


「わぁ……! 凄い凄いっ!」


 正式にコウ様専属のメイドとなったモニカちゃんが「ご主人様、頑張れ~」と無邪気に応援しているのを見て、思わず苦笑してしまう。一見すると微笑ましい光景……、しかし今の状況を考えると素直に状況を見守る事はできない。


「ユイリ、これは……」

「……明らかにイーブルシュタイン側の陰謀ですね。彼がいる武舞台だけ、全員イーブルシュタインの人間のようです。おまけに……事故を装って彼を亡き者にしようとしています……」


 試合が始まる前、司会の進行役は彼をまるで標的ターゲットのように紹介していた。あの勇者候補・・・・・・と戦える機会など滅多にある事ではないので、是非胸を借りるつもりで挑んでみて頂きたい……、そう前置きして試合開始の合図と共にコウ様へと殺到していく様子は……もう最初から示し合わせていたとしか思えない。


「先輩っ! 凄いですよっ! あんなに大勢の人たちをっ!」

「そう、ね……。アタシが思った以上に……強いようだね」


 興奮気味に話す彼女にブーコさんも同調する。次々に襲い掛かる者達を軽くあしらっている彼の姿を見れば、そんな感想が生まれてくるのも仕方がない。……私にしてみれば、とても看過できる状況ではなかったが。


(……いけませんね。少しピリピリしているのでしょうか……? 何も知らない彼女達……いえ、モニカちゃんに対して感じているのかしら? 影響力の大小は御座いますが……、わたくしと同じ加護を持つ者に対し、同族嫌悪……とまではいかなくても意識はしているという事なのかもしれませんね……。いずれにしても、この状況は放ってはおけませんわ。今は余裕がありますけれど、いつまでもこのままという訳にはいきませんもの……。外部からのさらなる干渉もあるかもしれませんし……)


 心配のあまり、膝元に乗せた子兎……、兎耳バニーレイス族のフレイをギュッと抱く様にすると、私を窺うように見上げ、


「ヴィー……?」

「……ああ、ごめんなさいねフレイ。力を入れてしまいましたか……」


 私はすぐにフレイのモフモフした毛並みをとくように撫でると気持ちよさそうに目を瞑る。その様子を見たぴーちゃんも私に頬づりするように身を寄せてきた。このコもコウ様より預かった大切な小鳥だ。手を差し出すと肩から指に移り、一緒に彼の健闘ぶりを見守る……。


「アイツら……! 寄ってたかって師匠を……っ!」

「落ち着きなさい、アルフィー。今はまだ大丈夫よ。あんな連中に不覚を取るコウじゃないわ。それよりも……周囲を警戒しておいて。観客席からも妨害があるかもしれないから……!」


 ……そうですね。今のコウ様なら襲ってきている方々に遅れは取らないでしょう。ですが、武舞台の外からともなりますと……。本当にどうして彼に対して次々と災難が襲い掛かってくるのか……。もしかすると、私のせいで……?


「……姫、これは『勇者候補』と知りながら仕掛けてきているのです。貴女が責任を感じられる事ではありませんよ」

「ユイリ……」


 私の心情を慮ってくれるユイリに苦笑しながらも感謝する。そう言ってくれたお陰でモヤモヤしていた気分が少し晴れてきた。


「大丈夫ですよっ! ご主人様、あんなにお強いのですし……!」

「まぁ……見ている限りは大丈夫なようですけど、ね。えっと、お嬢様……とお呼びするのでしたっけ……?」


 そこにモニカちゃんやブーコさんも加わってくる。特にブーコさんは顔を覆った布ごしに私を窺うように話しかけてきたので、


「フフッ……そう固くならないで下さいな。立場上、公の場で呼び捨てにされるのは不味いでしょうけれども、侍女の件はこちらからお願いしているのです。いえ……、わたくしが望んだ事なのですから」

「ええっ!? あ、あの、それは……」

「…………このように仰られていらっしゃるけれど、弁えて貰えると助かるわ。姫もそのような事を仰られると逆に彼女が困ってしまいますよ?」


 ……少し性急すぎましたね。彼女を困らせるつもりはなかったのですが……。困惑する彼女に申し訳なく思っていると、同じく一緒に観戦していたロレインさんが呆れたように口を開く。


「……もう、いいかしら? そんな建設的でない話をしている場合ではないと思うけど……」

「……貴女ねぇ! そんな口を聞くなんて……自分の立場をわかって言っているのかしら?」


 ユイリの言葉にロレインさんは肩を竦めると、


「……それがお姫様の仰っている事でしょう? 使用人と雇い主、その関係性を破綻させてしまうのは、必要以上に距離を詰めすぎる事……。それがわからない方ではないでしょうに……」

「黙りなさいっ! これ以上は不敬として扱うわよ……!」

「うむ……、もう止めておくのだ。シェリル様を愚弄しようと思っている訳ではないのだろう?」


 お目付け役とされたウォートルさんもそう言ってロレインさんを窘める。これ以上彼女としてもこの話を引っ張るつもりはないみたいだ。私も少し迂闊だったかもしれない。ただ、ブーコさんとの事は口先だけの関係にしたくはないし、私にもある考えはあるが……。

 それは取り敢えず後で考えましょう、と気持ちを切り替え、私はジーニスさんの応援の為に同席していたフォルナさん達に話を振った。


「そちらは如何ですか? レン様と同じ武舞台に振り分けられておられるようですけど……」

「ジーニスは大丈夫そうです。尤も、レンさんも一緒ですからフォローして貰って何とか……というのもありますけど……」

「……もう殆ど終わったようなものです。見たところ、彼らを脅かすような人も残っていなさそうですし、トーナメント進出の4人の中には入るでしょう。だからこちらは特に見るべきところも無いと思い、話しかけようとしたところで……そのような話をされていたものですから……」

「む……、コウのところでも動きがあったようだな。一人で戦い続けていたのが、いつの間にか味方になってくれている者が……」


 そう言われて視線を戻すと、確かにコウ様を支援するように立ち回っている人物がいた。彼は、確か……。膝の上にいたフレイが反応している様子から私は思い出す。


(例の洞窟でご一緒した、このコフレイの仲間の方でしたかしら……。その時の御縁からコウ様にお味方して下さっているというのでしたら僥倖ですわね)


 見たところそれぞれを補い、死角を無くすように立ち回っているようで、これで万が一にも不覚を取る事はなくなっただろう。……彼にはどんな苦境に陥っても状況を好転させるような何かを持っているようだ。そうでなければ『沈鬱の洞窟』での死闘を乗り越える事は出来なかったに違いない。


(ですが……そもそもそんな状況になったのもわたくしのせい、な訳ですから……。もしかしたら、わたくしがいる限りコウ様や周りに悪影響を齎してしまっているやもしれません。彼の事を考えれば、距離を置く事こそ正解なのかもしれませんが……、それでもわたくしは……!)


 ……やっぱり一人で抱え込むのはいけませんね。つい物事を悪い方へと考えてしまいます。嫌な考えを振り払いコウ様のいる武舞台に視線を戻そうとしたその時、


「ピッ!? ブイッ! ヴィ―ッ!!」

「!? どうしましたか、フレイ? どうして急に……っ!」


 突然腕の中で暴れ出したフレイを慌てて宥める。そしてその原因は……すぐにわかった。


「ユイリさんっ!」

「わかっているわ、アルフィー。あそこと……あそこね。他にも何箇所か怪しい動きもみられるわね……」

「……目印を付けておきましょうか? ま、貴女なら見落とす事はないでしょうけれでも……」


 ……そう、武舞台外からコウ様達へ向けて狙撃が行われたようだ。幸い彼は大丈夫なようだが……、コウ様に味方してくれていたフレイの仲間や、交戦していた者達も一部狙撃を受けて蹲ってしまっている。状況から見て毒に冒されているのだろうか……。


「ブイ―ッ!! ブイ、ブイッ!!」

「落ち着いて、フレイ! 大丈夫です、コウ様がいらっしゃいますから……!」


 何とか宥めようとするも、パニック状態になってしまったフレイは半狂乱になりながら腕の中で暴れてしまっている。そこで私はフレイに対して神聖魔法、『鎮静化の奇跡カームス』を施す……。気付けの効果があり、恐怖や混乱、暴走状態の他、幻覚症状や魅了、洗脳されても元の正常な状態へと戻す、高等魔法だ。すぐに効力を発揮し、フレイは落ち着きを取り戻すも……その表情は不安そうだった。


「あの場にはコウ様がおられるのです。お味方下さった方をみすみす見捨てるような事はなさいませんわ」

「……ブ、ブイ……」


 そうしている内にユイリ達は対処すべく動くようだった。


「……軽く魔力を目印の様に添付するだけだから簡単に出来るわよ。言ってくれたらすぐにでも行えるけど?」

「……貴女の力を借りたくはないけれど、お願いするわ。会場に詰めている他の者たちにも指示するから、もし新たに別の所からも動きがあったらその都度教えて貰えるかしら?

 そしてアルフィーは姫に付いていて。万が一、妙な連中が手出ししてきたら……その時は容赦は要らないわ。……フォルナ達も良かったらそのサポートをお願いしてもいい? 特にウォートルには例の能力スキルもあるし、助けて貰えたら心強いわ」」

「わかりましたっ! お任せ下さい!」

「うむ……!」

「シェリルさんには指一本触れさせませんから、安心して下さいっ!!」


 ユイリは彼らに一通り指示を出すと、最後に私の方に向き直り、


「彼に手出しした者達に対処して参ります。ご安心下さい、コウはこの程度で如何にかなる人ではありませんから」

「わたくしは大丈夫ですわ。それより、ユイリこそ気を付けて下さいね。こんな観衆の目があるところで、このような暴挙を行う方々です。何か裏があったとしてもおかしくはないのですから……」


 この世界ファーレルに召喚された勇者を殺害する事は重罪……。それも最も重い罪とされ、それは世界共通のものである。少なくとも勇者の存在を疎む魔王配下の魔族達でもなければ……、勇者を攻撃する理由はない筈なのだ。世界の滅亡を望む……というのであればその限りではないかもしれないが、考えも無しに勇者を除こうとは普通は思わない。……気を付けるにこした事はない。


「……『目標捕捉魔法ターゲティング』を掛けたわ。淡く魔力を発光させてあるから分かり易いと思う」

「一応、礼を言っておくわ。それでは姫、失礼します。……アルフィー、頼んだわよ」


 そう言って私に一礼した後、ユイリの姿が消える……。すると直ぐに彼方此方あちこちで騒動が起きる気配が感じられた。ユイリだけでなく、部下も総動員しているらしい。そんな中で、私はギュッと傍のフレイを抱きしめる。


(……コウ様、お気を付け下さい……。神様……どうか彼にご加護を……)


 未だブルブルと震えているフレイを宥めつつ、心配して寄り添ってくるぴーちゃんやシウスにも気を配りながら、私はひたすら彼の無事を祈るのだった……。











「『麻痺治療の奇跡アンチパラライズ』と……、毒の治療は『解毒の奇跡デトックス』か。麻痺の方は痺れが取れればいいとして、毒の方は最低でも猛毒を解除するものでないと意味がない、と……」 


 『神々の調整取引ゴッドトランザクション』で該当する神聖魔法を確認した僕は、未だ毒で苦しむカートンさんの様子を窺う。


(猛毒は恐らく強毒に分類される筈だ。すると熟練度はある程度高くする必要があるな……。修練値の消費をケチっている場合じゃない、か……)


 ……毒にも色々な種類がある。聞き覚えのある食中毒から、先日の致死毒といった非常に強力なものまで……。その分習得に必要な魂の修練値はそれだけ多くなってしまうが……やむを得ない。ここで惜しんで僕に味方してくれたカートンさんを死なせでもしたら、取り返しのつかない事になる。


 勿論魔法を習得するという事では無く、毒を治療する薬を取り寄せるという手もある。しかし、毒消しにも下級、上級と毒の種類によって分類されているらしく、症状に効く薬に当たるまで無駄にアイテムを購入し続ける可能性もあり、それだったら魔法を習得する方が効率的だと判断した。……ただ、魔法の習得に関して『神々の調整取引ゴッドトランザクション』を使用する事は最善とは限らない。


(勇者の持つ特性なのか、はたまた異世界に召喚された際の僕固有のものなのか……、僕が使いたいと願えば古代魔法だろうが独創魔法だろうが関係なしに習得してきたんだ……。もしかしたら『解毒の奇跡デトックス』だって都合よく覚えられるかもしれない……)


 ……まあ、今までの経験上、回復系の……いわば神聖魔法と呼ばれるものとの相性が極めて悪いのか、自力修得が叶った試しはない。神聖魔法の初歩といわれる、体力を回復させる『治る奇跡ヒールオーラ』にしても、結局は『神々の調整取引ゴッドトランザクション』にて覚えたのだ。『解毒の奇跡デトックス』だけ都合よく使えるようになる等という事が起こり得るとは思えなかった。


「……よし、念の為こちらは熟練度を最大にしておこう。……神よ、その偉大なるお力により、彼の者を蝕みし毒素を取り除き給え……『解毒の奇跡デトックス』!!」


 僕は該当の魔法を得るとすぐにカートンさんへと『解毒の奇跡デトックス』を施した。続いて『麻痺治療の奇跡アンチパラライズ』も掛けると漸く彼の息が落ち着いたものになる。ひとまず危機は脱したかとホッとしたところで、様子を窺っていた男から揶揄うように話しかけてきた。


「おや? 他の連中は助けてやらないのか? 放っておいたら死ぬかもしれんぞ?」

「……そいつらを介抱している時に彼がやられたら目も当てられない。まして……、僕達を襲ってきた奴らだ。僕が助けてやる義理はない」

「こいつは驚いた。とても『勇者』候補とは思えん言葉だな。ま、だからこそ偽者と判断されたんだろうな、貴様は」

「どんな人間でも手を差し伸べるような人物が勇者だというのなら……、そうなんだろうね。他を当たってくれとしか言えないよ。それより……お前が助けてやったらどうなんだ? お前がけしかけた奴だし、何より仲間もいたんじゃないのか?」


 相手の言葉を聞き流しつつそう言ってやると、男はハンッと馬鹿にするようにしながら、


「仲間だと? ハッ……馬鹿も休み休み言え。何故、俺がそいつらを助けてやらなきゃならないんだ? まして満足に任も果たせず、俺の手を煩わせる奴らを何が悲しくて介抱してやらねばならん」

「……僕には助けない事を非難しながら、自分もやらないのか。他人にはアレコレ言いつつ、自分はやらないって奴か。お前が単に恥知らずなだけか、それともお前の親玉・・がそう命じているのか……。いずれにせよ、常識知らずの愚か者には違いない」

「フン……何とでも言え。だが、俺から何かを探ろうとしても無駄だ。貴様に教えてやる事は何もない。どうして殺されるのかもわからぬまま……、そのまま死ぬがいい」


 チッ……、挑発には乗らない、か……。あわよくば色々と口を滑らせてくれないかとも思ったが、思ったより冷静らしい……。冷徹、といった方がいいかもしれないが、コイツから聞き出せる事は無さそうだ。


(尤も、コイツが親玉という訳ではないだろう……。勇者を襲撃するリスクは先日のダグラスの件で理解したし、行き当たりばったりで僕を殺そうとする訳が無い。まぁ……僕を試合に出場させた経緯等を考えれば、十中八九例の皇太子が元凶で間違いなさそうだけど……)


 実際に彼が企てているかまではわからないが、タイミングといい全く無関係とも思えない。それは今後明らかになっていくだろうが……。そう考えていた僕に、男が話を続ける……。


「それに……助ける意味も無い。介抱したところで、どうせ死ぬことになるんだ。遅いか早いかの違いでしかない」

「……? それは、どういう意味だ……っ!?」


 次の瞬間、僕とカートンさんを目掛けて一斉に何かが飛んでくる気配を感じる。恐らく先程と同じ毒が塗られた針だろう。僕は先程の襲撃の際に精霊魔法で呼び出していたシルフに改めて命じた!


「……シルフ! 頼むっ!!」

(まかせて……! きみたちには、なにものもふれさせない……!)


 僕達に向かって放たれた凶器が、直前で向きを変え……あらぬ方向へと飛んでいく。シルフの加護によって、矢や針を防ぐ見えない障壁を作り出したのだ。渦巻き状に束ねる風の盾を見て、男が感心したように口笛を吹き、


「ほう……、そいつは精霊魔法か? ヒューマン族が精霊魔法を使うとは、伊達に勇者候補と名乗るだけの事はあるって訳か」

「……僕達を殺す手段がこれだとしたら、あてが外れたな。飛び道具はシルフが何とかしてくれるし……、何時までも外部の援護があるとは思わない事だ」


 ……会場内にいる刺客はすぐにユイリが排除してくれるだろう。事実、飛んでくる針の数もまばらになっていき……、やがて攻撃自体が止む。


「少し貴様を侮りすぎたようだな。偽者などこれで充分と思っていたが、毒針での攻撃を跳ねのけるとは。……侮った詫びという訳ではないが、貴様には面白いモノを見せてやろう。光栄に思うがいい……、貴様に『絶対』的な力というものを教えてやる……」

「絶対的な……力だって?」


 そう言うや否や……、目の前の男から何かが発せられたような気配に変わる。それは雰囲気から徐々に実際に感じられるものへと移っていく……。そう……目に見えるくらいの風の渦に……!


『おーっと、シームラ選手を中心に風が渦巻いていくーっ!! これは、例の絶対能力アブソルートスキルなのかーっ!?』

(こいつ、シームラというのか……。それに『絶対能力アブソルートスキル』だと……!? もしかして、グランの『絶対空間』みたいな出鱈目な力じゃないだろうな……!? もしそうだとしたら……ヤバすぎるぞっ!!)


 無駄に僕を勇者であるかのような紹介をしていたアナウンサーの言葉より、シームラと呼ばれた男の力を推察していると、僕とカートンさんを守っていたシルフから悲痛な声があがってきた!


(うぅ……だめだ、これいじょうは……っ!)

(無理はしなくていい! 有難う、シルフ。助かったよ……!)


 流石にこの状況で外部からの介入はないだろう。充分助けてくれたとシルフを労うと、消える前に僕に伝えてくる……。


(あれは……せいれいのちからとはべつの……つよいきょうせいりょくをもったなにかだ……! きをつけっ――)

「シルフ……ッ!!」


 精霊は何処にでも存在するという話だから、ここで消えても死んだ訳ではないだろうけど……掻き消えたシルフを案じたところに、シームラという男が、


「俺の『絶対颶風』を前に、たかが下級精霊が存在できる訳もない。そして……貴様もなっ!!」

「くっ……!!」


 するとシームラは竜巻の様に渦巻く膨大な風を一点に収束させたかと思うと、それを一気にこちらに向けて解き放ってきた……! それは鎌居達の如き真空の刃が強風と共に自身に向けて襲い掛かってくる。まともに喰らえば裂傷どころか致命傷にまで達するかもしれない……!


「……壮大なる大地に眠りし力よ、我が言霊に応え給え……『重圧魔法ジオプレッシャー』!!」


 僕は『重力魔法グラヴィティ』を応用した独創魔法を瞬時に自分とカートンさんの周りに展開させる……! 対象ではなく、局地的に高重力の空間を生み出す独創魔法により、鋭き風刃も風圧も無効化すると、


「な、何だと!? 貴様、何をした……!?」

「……教えてやる義理はないな。お前がさっき言ってた事だ。そっくりそのままお返ししてやるよ」

「き、貴様……っ!! ならば纏めて吹き飛ばしてやるまでだっ!! そんな小細工が何時までも通用すると思うなよ……っ!!」


 自分の能力によっぽど自信があったのか、仕留められなかったのがプライドに障ったらしい。何が何でも吹き飛ばそうと、武舞台全体を覆い尽くすかの如く暴風が吹き荒れる。あまりの風量に『重圧魔法ジオプレッシャー』ごと洗い流してくる勢いを感じ、僕は広範囲に高重力の層を展開し対応していく……。最早我慢比べとばかりに耐えて居ると、


『なんとシームラ選手の力によって、殆どの選手が吹き飛ばされて場外になってしまいましたー!! 試合終了です!! トーナメント進出は、シームラ選手にカートン選手、そして……勇者候補とされるコウ選手だーっ!!』

「チッ……命拾いしたな。まあいい、お楽しみは本戦に取っておくか……。おい、そんなチンケなモノで俺の疾風かぜを封じたとは思わない事だな……! 本線で当たった時が……貴様の命日となる……。よく覚えておけっ!」


 そう言ってシームラが踵を返していく……。ふう、何とか凌ぎ切ったか……! 結局本戦出場は各武舞台で4人という事だったが、残った3人以外は何処に行ったのかわからなかった……。少なくとも自分の目の届く範囲には見当たらない……。僕を襲った冒険者風の者達も、シームラの部下らしき連中も……。


「毒で倒れてた連中は助からないだろうな。まあ自業自得、か……。とりあえず彼を医務室に連れて行かないと……。毒は消えたとはいえ、あくまで応急処置だし……早く休ませないとな……」


 肩を貸すようにして支えると、意識が戻ったのかカートンさんは小声で『すまない……』と謝罪する。僕は助けてくれたしお互い様だよ、と彼に返すと応援席からの歓声を聞きつつ、そのまま医務室へと向かうのであった……。



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