第66話:女神の眷族




「大丈夫ですか? コウ様……」


 『天下無双武術会』を明日に迎え、特訓していた僕が与えられた自室へと戻る際中、心配そうな顔をしてシェリルが訊ねてきた。


「いてて……、大丈夫、と言いたいところだけど……、正直今日はこのまま休みたいよ……」

「約3時間とちょっと……、という事は大体3ヶ月程は経過していたのかしら? リスクもあるのによくもまぁ……」


 正直大丈夫じゃないがシェリルにそう返すと、呆れた様子でユイリが溜息をつきながらそんな事を漏らす。


(向こうでは時間の感覚がおかしくなっていたからな……。まぁ、強くなった実感はあるっちゃあるけど……)


 大会に臨む僕に対し、ガーディアス隊長より打診を受け……、グランが立ち上げた空間にて特訓を積んでいたのだ。そこは『時間と空間の間』という少々特殊な……、言ってしまえばある漫画に登場した『精〇と時の部屋』に似た場所で、時間の進みが異なる空間であり、ガーディアス隊長とグラン……、そして僕に置いていかれたくないというジーニスと4人で篭っていた。

 先程のユイリの言葉の通り、こちらの世界では僅かな時間でも向こうではそれなりの時間を強くなる為の訓練に費やしていたのである。尤も、僕の居た世界とこの世界も時間の進みは異なるので、結構ややこしくはなるけれど……。何れにしても、向こうに篭る前と比べたら強くなれたとは思う。


「……まぁ万全を考えたら、ディアス隊長の気持ちもわからないではないけど……。確かグランの『時間と空間の間』には結構なリスクもある筈よ。使用した時間に応じて本来の寿命から差し引かれる……だったかしら?」

「それはまぁ……、甘んじて受け入れるしかないよ。僕の為にディアス隊長や能力スキルを使用するグランにも付き合って貰ってるんだし……。ジーニスは自分の意思で入ってるから文句もないだろうしね」


 何時死んでもおかしくない世界にいる以上、強くなるのは必要な事だ。弱い人間には選択肢自体用意されない……。いつかの……助けたかったのに救えなかった魔物の命……。自分の腕の中で死んでいく子供の魔物の事を思いだし……、改めてあの時の何とも言えない無力感を内心で胸に刻む。


「……私は貴方が大会に参加する事を今でも反対してるんだからね? 下手したら命も落とすかもしれないのに……、態々出場しなくてもいい大会に出る必要がどこにあるというのよ……」

「わたくしも同じ考えですわ。いくら和の国と接触を図りたかったとしても……他に方法はあった筈です」


 僕の決意とは裏腹に、出場に納得していなかったユイリだけでなく、シェリルにまでそう反対されてしまう。……確かに他にもやりようはあったかもしれないけれど、恐らく遠回りになってしまった筈だ。和の国むこうが国宝として取り返したいと願っている『正宗』を手に入れる事が最善であるのは間違いない。問題は優勝できるかどうかだが……、ある程度自信を持てるくらいには強くなったと思ってもいる。


(だけど、こうしてユイリと普通に話せるくらいにはなったな……。尤も、僕の中ではあれから大分時間が経ってるからという事もあるだろうけど……)


 少なくともあの後一睡も出来なかった時に比べれば、以前と同じくらいにはユイリと接していられている。彼女がどう思っているかはわからないけど、僕への接し方は変わっているようには見られないしね……。

 まぁ、あまり深く考えないようにしよう。でないと彼女の柔肌とか……色々と思い出してしまう。また顔も見れなくなってしまうなんて事は避けたい。


「おいっ、邪魔すんなよブスッ!! テメエ、誰に意見してんのかわかってんのかっ!!」


 そんな怒声が轟き、考え事をしていた意識がこちらに戻ってくると、何やら揉め事が起きている方を窺うと、


「俺様はこのに用があるだけだって言ってんだろうがっ! テメエはただ分かりました、と言ってればいいんだよっ!!」

「い、いえ! 百歩譲って彼女が了承しているならまだしも……、納得していないモニカを連れていこうなど許される筈がありませんっ。彼女はシャロン様に選出された皇室付のメイドで……アタシの大切な後輩なんです! そんなご無体な真似は止めて下さいっ!!」

「ブ、ブーコ、先輩……っ!」


 ……どうやらまたこの国でお馴染みの事態に陥っているようだ。如何にも貴族だか名家だかの人間が可愛らしい女の子を連れて行こうとしてトラブルになっているらしい。


「貴様っ! ティーン様は名門、ノラセーバー家のご令息でいらっしゃるのだぞっ! それを貴様のような平民の、しかもそれほどまで悍ましい人間がたてつこうなど……っ!」

「そうだぞっ! どれだけ有り得ない事をしでかしてるのかわかってんのか!?」

「平民であろうとなんだろうと……、ここにいる以上みんなシャロン様に認められて、宮殿で働かせて頂いているんです! その娘も同じです! 彼女だって拒んでいるんですから、どうかお放し下さい……!」


 顔に布で隠した先輩らしきメイドさんが彼らに縋ろうとしたところで……、


「触るなっ! 気持ち悪いっ!!」

「あっ!」


 女性の手が取り巻きの男達の身体に触れたところで、そんな言葉と共に突き飛ばした。さらにその取り巻きの一人が手を武器にかけると……、


「汚らわしい汚物が……っ! そこの女は平民といえどティーン様の目に留まるという価値があるが……貴様のような見るだけで吐き気を催してくるドブスが、よりにもよってオレに触れやがったな……っ!」

「貴様のような奴が生きているだけでも虫唾が走るっ! ここで始末した方が世の為だろう。何かが間違って貴様のような遺伝子が出回ってしまっては大惨事だ。ここで死ねっ!!」


 そう言って剣を抜き放つと、男に掴まれている女の子が悲鳴を上げる。


「やめてっ! 止めて下さいっ!! わたし、行きますからっ!! だから、ブーコ先輩を……っ」

「お前が俺様についてくるのは当然だろ? シャロン付きのメイドだか知らんが、所詮皇太子殿下に婚約を破棄された女だ。大体、宮殿に詰めていようが平民が名家の要求を拒めると思ってんのか? まして、お前が俺様に従おうと話を聞いてやる必要も無い。お前はあのブスがくたばるのを大人しく見ていろ」

「おらぁ! 惨たらしく死にやがれっ!!」


 あわや大惨事……というところで間一髪で彼らの間に割って入り、僕は女性を庇ってその斬撃から救った。


「……そこまでだ。まさかこのような場で刃傷沙汰を起こそうとするとは思わなかったけど……、やっぱりこの国の連中は頭がどうかしているのかな? 本当に正気とは思えないね」

「な、なんだ貴様!? オレ達の邪魔をするのかっ!?」


 すんでのところで攻撃を外されるとは思わなかったのか、些か戸惑いつつも僕に対して怒声を浴びせてくる。それにしても……前の僕からは想像もできないよなぁ……。まさか、刃物が振り下ろされようとしているところに自ら飛び込んむだなんて……。昔の自分だったら咄嗟の判断だったとしても、実行した以上無事では済まないだろうし……、と少々場違いな感傷に耽っていると、自分たちを無視されたと思ったのだろうかその取り巻き達が、


「何でそのブスを庇う!? 貴様も男ならわかるだろうがっ! こんなのが存在するだけで、世界に悪影響を与えているんだぞ!? まかり間違ってそこの汚らわしいドブスの遺伝子が後世に伝わったりしたらどうするんだっ!?」

「流石にそんな心配はいらんだろう。そのクソブスを相手にする物好きなど存在はしないだろうからな。だが、俺達の邪魔をしたのは問題だ。むしろ、コイツを始末するのは世界にとっても俺達にとっても理に適っている筈だ。それなのに貴様……どうして邪魔をする?」

「ブスブスと……本当に喧しい奴らだ。お前たちの方がよっぽど悪臭を放つ、糞みたいな存在じゃないか。醜い自分たちを棚に上げて……よくもまぁ、他人をそこまで貶められるものだよ」

「「な、何だと貴様っ!!」」


 ……少し煽ってやったらすぐこれだ。相手の調子を狂わせてこちらのペースに持ち込むのは全てにおいて基本であると学んだ僕としては、取り敢えず対立した者には挑発するように心掛けてきた。その結果、『心理掌握術』なんて大層な能力スキルまで習得してしまったのには恐れ入ったが……、相手がどうすれば怒るのか瞬時に判断できるようになったのだ。

 案の定、敵意を剝き出しにしてきた連中に心の中で失笑する。


「テメエ……誰に喧嘩売ってんのかわかってるんだろうな? 俺様はノラセ……」

「お前たちの名前に興味はない。家柄にもね。今だったら見逃してやるから、そこの少女も解放してさっさと失せろ」


 相手の言葉に被せてそう言ってやると、美少女を捕まえていて男は分かり易く顔を真っ赤にした。その心中を察した取り巻きが改めて僕に対し剣を構える。


「ティーン様に対してまでそんな口を聞くとな……! 万死に値するっ!」

「これが最後の機会チャンスだ。貴様の後ろにいる女二人を俺達に差し出せば……命だけは助けてやる。代わりに……そんなに気に入ったのなら、そのブスは貴様にくれてやってもいい。ティーン様もそんなゲテモノを相手にされる趣味はないからな。……どうだ? 流石にどうすればいいか、頭の悪い貴様にもわかるだろう?」


 殺気立つ二人の口から飛び出した言葉を受けて、僕は彼女らの方を窺う。ユイリは経緯を見守る事にしているようで、干渉してくる様子は無い。この騒動をどのように収めるのか、僕が困らない限りは口出ししないと決めているのだろう。そしてシェリルだが……、彼女には出会った時と同様に『認識阻害魔法コグニティブインヴィテイション』の魔法を掛けて貰っていた。彼女の母親が掛けていたような、常時解けないレベルの強いものではないが、それでも相手の認識を逸らすには丁度いい魔法だ。……尤も、その『認識阻害魔法コグニティブインヴィテイション』を掛けてなお、彼女の美しさまでは隠し切れないようではあるが……。


(それにしても……、この女性ひと、何か気にかかるんだよな。何て言ったらいいのかわからないけど……)


 相手の凶刃から庇い、現在腕の中で震えている女性……。ベールで顔を隠した彼女だが、心無い奴らの言葉とは裏腹に何か感じるものがある。そんな印象を覚えた僕は、不躾とは思いつつも『評定判断魔法ステートスカウター』を発動してみると、




 NAME:ブーコ

 AGE :20

 HAIR:腐ったちゃ

 EYE :濁澱色


 RACE:ヒューマン

 Rank:19


 身長    :160.1

 体重    :63.9


 JBジョブ:メイド

 JB Lvジョブ・レベル:18


 HP:44

 MP:427


 状態コンディション:神憑き(醜の神、貧乏神、厄病神)

 耐性レジスト:恐怖耐性、睡眠耐性、呪い耐性、病気耐性、ストレス耐性


 力   :66

 敏捷性 :66

 身の守り:44

 賢さ  :99

 魔力  :666

 運のよさ:1

 魅力  :0




(な、何だ、このステータス!? 色々とツッコミたいところだけど、特に……神憑き!? え? この子に憑いているって事!? 貧乏神!? 厄病神って!?)


 彼女のまさかの状態ステータスに僕が混乱していると、無視されていた男達が激昂すると共に怒声が飛んできた。


「聞いているのか貴様っ!? 我々を馬鹿にしているのか!!」

「あー……ハイハイ。聞いてる聞いてる。そうだね、彼女の事は僕が引き受けるよ。君達が拘束しているその女の子と一緒にね。勿論、後ろにいる彼女達もお前らに渡すつもりはない。……これでいいか?」


 僕の返答を聞き……堪忍袋の緒が切れたのか、先程武器を振るってきた取り巻きの一人が血走った眼を向けながら再び剣を握り締め、奇声を上げながら襲い掛かってくる。


「二人纏めて逝ってこいやっ!!」


 一瞬反応しようとしたユイリを視線で制すると、女性を背後に庇い戸惑う事なく僕は相手に向き直る。……相手は決して強くはない。ただ怒り狂うだけの人間の動きを読み取るなど容易い事だ。僕は冷静に剣の軌道を見切り……白刃取りの要領で獲物を受け止めると、そのまま相手から奪い取ってしまう。『無刀取り』……。『無形の位むぎょうのくらい』を突き詰めて、極めた先で辿り着いた極意だ。




『高級ダイアの剣』

形状:武器<長剣>

価値:A

効果:素材は鉄の為武器として特筆すべき点は見られないが、ダイヤモンド等が散りばめられているので価値は高い。




「あまり武器としての価値は無いみたいだけど、高く売れる、か……。一応貰っておくか」

「なっ!? ああ!? なぁっ!?!?」


 武器の情報を確認してそのまま『収納魔法アイテムボックス』に放り込むと、手元から剣が無くなってパニックになっていた男が状況を理解すると、


「か、返せっ!! オレの、オレの剣を……よくもっ!! それはオレの物だぞっ!?」

「……お前、馬鹿か? どうして自分に危害を加えようとしてきた奴の言う事なんか聞かなきゃいけないんだ?」


 全くこの国の連中はどうかしているな、とそう言ってやるとワナワナとしていた相手が掴みかかってくる。


「ふざけるな貴様っ!! さっさと返……ぶべっ!?」

「やれやれ……頭の悪い奴だな。僕を殺そうと攻撃してきた奴の武器を無効化したっていうのに……、また攻撃させる為に武器を返す馬鹿が何処にいるんだよ? ……ああ、無造作に近づいてくるなよ? 敵意を持って間合いに入ってくる奴を見逃してやるほど、僕は甘くないからな?」


 武器を取り返そうと思ったのか、相手の手が僕に触れる直前に軽く撃退してやると……、阿呆みたいに吹き飛び壁に激突して、そのまま昏倒してしまった。


「き、貴様……、こ、こんな真似をしてタダで済むと思っているのか!? ティーン様程の家柄ではないとはいえ、アイツもテノセン家の子息なんだぞ……!?」

「家柄を語らなきゃ何も出来ないのかお前らは……? 大体先に仕掛けてきたのはお前らだ。この皇居に招待されている身とはいえ、降りかかってくる火の粉を払ってはいけないとは言われた覚えはないけどな。それとも……僕が彼女達同様にメイドや使用人のように見えるのか?」


 こいつらの感覚なら平民には何をしても許されるという感覚なのだろう。このイーブルシュタインに入国して以来、よく見られる兆候だ。だったら……、僕達がただの平民ではないという事を刷り込ませてしまえばいい。

 そう言ってやると流石に分が悪いと思ったのか、ティーンと呼ばれた男が残った取り巻きに対し、


「ペーテ、この場はお前に任せる」

「ティーン様!? 一体何をっ……」

「……どうするつもりだ? 逃げるならその娘を解放していけよ」


 この後ティーンという男がどういう行動をとるのか薄々わかっていたが、あえてそのように忠告すると、


「い、痛いっ! は、離して……っ!」

「いいから来いっ!! おいペーテッ! ちゃんと時間を稼いでおけよっ!!」

「そ、そんな……! 俺だけでどうやって……っ!!」


 もう一人の取り巻きを囮に少女の腕を強引に引いてこの場を駆け出すティーン。……本当に予想通りの行動だ。


「防げなかったらテメエのシタクス家には今後、明るい未来が望めると思うなよ!! あの野郎には後でノラセーバー家が後悔させてやるから安心して捨て石に……」

「…………逃がす訳ないだろうが、馬鹿が……っ!」


 一瞬の内に男の下へ肉薄すると、少女を掴む腕を捻り上げる。痛みに少女を解放すると、すぐさま足払いを仕掛け、転倒した隙に素早く少女を抱えユイリ達の下へと舞い戻る。


「……モニカッ!」

「あ……、ブーコ、先輩……っ!」


 腕の中でぼーっとしていた少女だったが、先輩のブーコさんに呼び掛けられ、ハッとしたように身じろぎしたところで彼女を下ろすと、すぐに二人は無事を確かめ合う。……まるで仲の良い姉妹のような二人を見やりつつ、僕は名家の人間らしき連中に対して呼び掛ける。


「これ以上騒ぎを大きくしようって言うんならもう容赦はしない……。さっさとそこで伸びている男を回収してこの場から失せろっ! ……それとも手っ取り早く始末してやろうか? その方が後腐れもなくていいしな」

「グッ……! く、くそっ! 覚えてろよ……っ!!」

「ま、待って下さいよ、ティーン様っ!!」


 僕にそう言われて睨みつける様な形相で見ていたが、やがてそんな捨て台詞と共に這う這うの体で去っていく……。倒れていた男を連れた取り巻きの姿も見えなくなったところで、


「……前のダグラスの時も思ったけど、名家めいかって何なんだ? 何となく貴族と同じような連中ってのはわかるんだけど、いまいちパッとしないんだよな……」

「まぁ、貴族と違って爵位があるわけではないからね。代々続いている伝統のある家のことで、名族、名門とも呼ばれているわ。財を成した影響力によって爵位も決まってくるのだけど、この間のクローシス家で言えば大公家と同じような扱いなのではないかしら?」


 ユイリの説明を聞いてもやっぱりピンとこない。……確かに僕の元いた世界でも旧家きゅうかといった、古くから続く由緒ある家系を持って……、財閥なんていうのも存在していたけど……。


「……別にいいか。アイツらがどれだけの家であろうと既に名家の連中とは揉めているんだ。こちらから仕掛けた訳でもないし、放っておこう。……君達は大丈夫かい? 怪我はなかった?」

「あ……は、はい! 大丈夫です!」

「……助けてくれてありがとう御座いました。危うく殺される所でした……。でも、アタシたちの為に名家を敵にまわしてしまって……、大丈夫なんですか? ノラセーバー家だけでなく、気絶させたテノセン家もそれなりの影響力を持った名家なんですけど……」


 少し惚けたように答える少女とは別に、心配そうにそう述べてくるブーコと呼ばれた女性。それに対し僕は、


「構わないよ。さっきも言ったけど、名家と事を構えるのは初めてじゃないし……。滅茶苦茶な事を言ってきたのもアイツらだ。君なんて殺されかけたんだしね。……本当にこの国の連中って人の命を何とも思ってないんだな……。いや、平民を人間と捉えていないのか……、本当に見ていてイライラする……!」

「でも……、アタシなんかを助けて良かったんですか? この通りアタシは不細工だし……、周りの人たちからは生きている価値もない存在だと口を揃えて言いますし……。まぁ、このコやシャロン様みたいに気にかけてくれる人もいますけど、それでも……」


 ……これは、大分根が深そうだ。尤も、彼女の子孫を残すのも許さないとばかりに殺害も厭わないと今まさに殺されそうになっていたんだし……、無理はないと思うけど。


「そんな……! 先輩は素晴らしい方です! 先程だってわたしのせいであの人たちに……!」

「それにしたって……アタシのせいかもしれないんだよ。モニカも知ってるだろ? アタシは昔っから運が無いというか……、色々厄介事を持ってきてしまうんだよ。あの連中だってアタシが呼び込んでしまったかもしれないのさ」


 ……もしかしたら、自分でも気づいているのかもしれないな。そうじゃなくても、何か感じている事もあるんだろう。元気づけるにしても口先だけでは駄目だろうな……。それならば……、


「君、僕達の専属になって貰えないかな? 勿論、シャロンさんには許可をとるし、君さえ良ければ……だけど。ちょうど、シェリル彼女の専属の侍女を探していたんだ。もし引き受けて貰えるのなら、君の事は僕達が後ろ盾になるよ。僕にも出来る事があれば……、責任を持って協力する事を約束する」

「……わたくしも出来る事ならばお願いしたいですわ。貴女にはどこか……、わたくしと近しいものを感じます。どうかお引き受け頂けないでしょうか……?」

「ど、どうして……アタシなんかを……? アタシを雇い入れたところで……あなた達に不幸を招くだけかもしれないのに……」


 僕だけでなくシェリルにもそう請われ、戸惑う彼女。そんなブーコさんを畳みかけるように、


「お二人もこのように仰っている以上、悪いようにはしないわ。私達はストレンベルクの者だけど、貴女さえよければ国としても迎え入れるよう手配してあげる。……勿論、裏取りはさせて貰うけれど、ね……」

「す、凄いじゃないですか、ブーコ先輩っ! 勧誘ですよ! 引き抜きですよっ!?」

「あら? もし良かったら貴女にも来て欲しいと思っているのよ? そちらのブーコさんも貴女の事を気にかけているみたいだし……、どうかしら?」


 そう言ってユイリは金色に近い髪をポニーテールで背中まで伸ばした、モニカと呼ばれた少女にもそう勧誘する。……正直なところ、アイツらに目を付けられるのもわかるくらい、何処か惹き付ける魅力を持った美少女だ。むしろ、彼女こそシェリルに近しいものを感じるような気もする。


「え……? わ、わたしも、ですか……?」

「……そうだね、その方がいいかもしれない。またアイツらみたいのに狙われるかもしれないしね……。無理にとは言わないけど、考えてみて欲しいかな?」


 少なくとも僕達と居ればあんな連中たちからは守ってあげられるだろう。国の所属すら変わるかもしれないから、この場では決められないだろうし……、あとはユイリが上手く進めてくれるに違いない。シャロンさんも事情を話せば反対はしないだろう。


(これでシェリルの侍女関連については落ち着くかな……? 彼女たちについては色々気になる事もあるけれど……、こうなればあんな連中に絡まれた事も災い転じて福をなす、というものだ)


 取り敢えず、ユイリは戸惑う彼女たちを促しシャロンさんへ話をする事にしたようだ。さっきの名家の奴らの事も報告しておかなければ、後々面倒な事になりかねない。


「……私はこの達を連れて話を付けに行くわ。コウはそのまま部屋に戻るのでしょう?」

「ああ、流石にこの後はゆっくり休みたいしね……。シェリルの事、頼んだよ」


 護衛の観点からも僕の予定を訊ねてきたユイリにそう答える。……『時間と空間の間』での特訓もあったし、今更ながら催してきた眠気に欠伸をかみ殺すと、そんな僕の様子を見て苦笑しながらユイリが、


「フフッ、眠たそうね。明日から試合も始まるし……、今日はゆっくり休んで頂戴」

「少しお話したかったのですが、仕方ありませんわね……。お休みなさいませ、コウ様」

「……ああ、お休みシェリル……。ユイリ、後は任せたよ」


 そんな挨拶を交わし、僕はアルフィーが待っているであろう自分の宛がわれた部屋へと戻る事にした……。











「やぁっ! はっ! ていっ!」


 アルフィーが部屋で自主トレーニングに励んでいるのを尻目に、寝台に横たわりつつ僕は本日の出来事について考えていた。


(……こんなにゆったりと過ごせるのは久方ぶりだな。尤も、体感時間は何日も経っているという感覚だけど、実際には今日起こった事なんだよね……。正直信じられないけど……、今更か)


 どんなに奇天烈な出来事が起こったとしても、僕が異世界転移を果たした時点で最早それ以上の衝撃インパクトはない。例えそれが漫画のような空想の物語でしか起こり得ないような事でも……だ。この世界に来る前の自分が今体験している事を語ったとしても、有り得ない話だと一笑に付すことだろう。


「ピィー……」

「うん? どうした、ぴーちゃん? 眠れないのかい?」


 近くに置いた止まり木より僕の傍にパタパタと飛んできた小鳥が構ってくれと言わんばかりに這い寄る。少し身体を起こした僕にアルフィーが気付き、


「すみません、師匠……。やっぱり煩いですよね……」

「いや、構わないよアルフィー。ここは君の宛がわれている部屋でもあるんだ。何をしていてもいいさ」


 まぁ、こんな時間夜更けに訓練する事はないと思うけど……。ただ、彼の気持ちを考えたらわかるような気もする。……結局、例の大会にストレンベルク側より参加するのは、僕を含めジーニスと……今はいないこの部屋のもう一人の住人であるレンの3人だけとなった。上手くこの国に潜り込んで身分を誤魔化せたレン以外は……やはり兵役に就いている者達を送り込むのは難しかったらしい。


(ウォートルと同じく未だ負傷していたジーニスの参加は認められて、どうして自分は参加出来ないのかって憤っていたからな……。でも、危険とわかっている大会にアルフィーを態々出場させるのもね……)


 彼に万が一の事があったらジェシカちゃんに顔向けが出来なくなる事もあり……、まだまだ子供で実力不足という点をあげて参戦を認めなかったのだが、彼は納得できなかったらしい。おまけに例の『時間と空間の間』にもリスクを理由に連れて行かなかった事も一因となり、ずっと部屋で特訓を重ねていたのか戻った際に部屋全体が随分と汗臭かったな……。


「……わかってはいるつもりなんです。オレの事を思ってくれた結果だって……。でも、どうしても除け者にされたような気がして……」

「君だって一流クランの『獅子の黎明』にいたんだし、実力不足とは思っていないよ。レンは兎も角、そんなに実力も違わないジーニスが良くて、アルフィーは駄目だなんて……納得も出来ないだろうしね」


 正直、アルフィーは僕やジーニスと同じくらいの実力がある。ある意味『獅子の黎明』での経験も含めれば、僕はおろかジーニスよりも上なのかもしれない。『時間と空間の間』での経験によって漸くその差を埋められた、といったところだろうか……。


「明日は予選……、バトルロイヤルって事らしいからね。大会前に少し付き合って貰いたいんだ。だから、今日はアルフィーも休んだ方がいいよ。ぴーちゃんも眠れないみたいだしね」

「…………わかりました。お休みなさい、師匠」


 うん、お休みとアルフィーに返すと漸く特訓を切り上げてくれるようだ。これで漸く休めるかなと内心思ったところで、


『……やっとコンタクトがとれるニャ。全く、あんなトコロに篭られるなんて聞いてなかったニャー……』

「!? 誰だっ!?」


 何の脈略も無くふいに響いてきたその声に咄嗟に警戒する僕だったが、


「……ピィ?」

「どうしました? 師匠……?」


 アルフィーもぴーちゃんも僕を怪訝そうに見つめてくるだけで、特段変わった様子はない。何だ? 疲れからくる幻聴か……?


「……いや、何でもない。今日は色々あったし、僕も疲れてるんだろう……」

『ミーの声は兄サンにしか聴こえないニャ。ミーはソピアー様の使いだニャ! ソピアー様より伝言を預かってきたんだニャ!』


 め、女神様の使いだって……!? すると声の主と思われる白い子猫が現れ、僕の目の前に降り立った。


『声を出す必要はないニャ。兄さんの脳内へ直接話しかけているから、思った事が伝わる様になってるのニャ!』

(……成程ね。確かに誰にも見えないのなら一人で話しかけるヤバい人って思われる訳だ。それで……ソピアー様は何て?)


 僕の声に反応して左肩へと止まったぴーちゃんを優しく毛繕いするように撫でながら、心の中で語り掛ける。


『兄さんからちっとも報告をよこさないとソピアー様は大層おかんむりニャ! 折角能力スキルを授けたというのに上手く活用してないばかりか、その後も全くそちらから言って来ないからちょっと様子を見てこいと、そういう事でソピアー様はミーを兄さんに遣わしたんだニャー』

(報告をよこさないと言ってもね……。そもそもソピアー様にはほぼ強引に能力スキルを渡されてトウヤをどうにかしろって言われただけで……、こまめに連絡しろだなんて約束させられた覚えはないよ……)


 その後の『神頼みオラクル』からの接触で『叡智の福音』を授けられた際にも文句を言われたけど……、その時たしか動向に関しては把握できるようになるとか言っていた気もするし、一々報告する必要もないだろうに……。


『人間の世界には報・連・相という言葉もあると聞いたニャ! ソピアー様の使徒となった兄さんにはその義務があるニャ!』

(えっ!? いつ僕がソピアー様の使徒に……!? 僕、了承した覚えなんてないけど……??)


 どうやらいつの間にか女神の使徒という扱いになっていたらしい。吃驚だ。


『あんな神々の能力スキルを授けられておいてそれは通らないニャー。まあ、今後は気を付けることニャ! ミーが来たのはこれを言いたかった訳ではないニャー』


 そう言って女神様の使いはあれから何をやってきたかの詳細と、現況について聞いてきたのでひとつひとつ伝えていく……。特に昨日はトウヤとの諍いから戦闘寸前にまでいった事を話すと、


『……被害の事を考えるなら、その時に戦闘にならずにすんで良かったと思うニャ。兄さんはまだまだトウヤの事を軽く考えているニャ』

(そうかな……? 僕としては慎重に考えて行動しているし、核の力も用いる事が出来るトウヤを過小評価しているつもりはないけれど……)


 僕はそのように答えたのだが、子猫は首を振る。


『トウヤはほぼ毎日神々の調整取引ゴッドトランザクションを起動させているニャ! 色々制限もある筈なのに、この世界の希少性を利用して次から次へと修練値を確保して日々強くなっていってるのニャ! ある意味ではトウヤの方がしっかりと能力スキルを使いこなしているとソピアー様もお嘆きになっているニャー』

(…………それは)


 確かにこの『神々の調整取引ゴッドトランザクション』を使いこなせれば、効率よく強くなれる万能性を秘めている事はわかっている。それをしないのは……僕のエゴだ。今後の自分の人生を考えたらという……僕の我儘だ。


『兄さんも強くなっていっているのは認めるニャ。だけど、相手はそれ以上に強くなっていってるのニャ。同じ神々の調整取引ゴッドトランザクションを、しかも優遇されて渡されている兄さんがそれを活用しないでいるが故に、どんどん差が開いていく事にソピアー様は危惧されておられるのニャ。……だから、ミーが遣わされたのニャ』

(…………ゴメン。そう、だね……。僕の考えが甘かったよ。凄い能力スキルだと言うのはわかってた。でも、トウヤには制限を設けられているから……、そこまで使いこなせないだろうと判断していたんだ)


 本日『神々の調整取引ゴッドトランザクション』によって習得した、テーブルマナー等の技能。それを習得した際の修練値は決して安いものではなかった。もしそれが『女神の寵愛』を与えられてないトウヤであったなら、さらに膨大な修練値を求められていた事だろう。

 ……僕はトウヤに対して役目を与えられている。ソピアー様から能力スキルを授けられた事もそうだし、アルフィーやグラン、被害に遭ったジェシカちゃんやオリビアさんの為にも、アイツには報いを受けさせなくてはならない。その為には……自分のつまらないプライドは、捨てる……!


『わかってくれたのならいいニャ。ミーは神々の調整取引ゴッドトランザクションのアドバイザー的な扱いでソピアー様から遣わされてきたんだニャ! これからはミーが兄さんをサポートするから大船に乗ったつもりでいてくれていいニャ!』

(うん……、よろしく頼むよ。出来るだけ意識を変えるつもりだけど、いきなり神々の調整取引ゴッドトランザクションを使いこなすなんて出来る筈もないし、ね……)


 神々の調整取引ゴッドトランザクションに追加された新たな拡張項目に『女神からのアドバイザー』というものがある。これがこの白猫の事に違いない。


『ところで……折角兄さんの下にやってきたのだから、ミーに名前を付けて欲しいのニャ!』

(名前……? だって君、神々の調整取引ゴッドトランザクションのいわば、助言ヘルプ機能なんでしょう……? 名前なんて、要るの?)

『それはそれニャ! ミーはソピアー様の使いなのニャ! だから名前を付けてくれニャ!』

(じゃあ…………『ぬこ』で)


 取り敢えず思い浮かんだ名を伝えると、子猫は……、


『酷いニャ! 安直だニャ! センスの欠片も感じないニャー!』

(ええ……? 分かり易くていいじゃないか。どうせ僕にしか見えないんだしさ……)


 断固拒否するといった感じで受け入れてくれる様子はなさそうだった。……そこまで言わなくてもいいじゃないか。どうせ、ユイリにも……あのシェリルにさえも、名付けネーミングのセンスはないと言われているんだし……。


『猫の姿だからぬこって……兄さんはピーピー鳴いたらピーちゃんとか、ワンワン鳴いたらワンちゃんとか、そんな名前を付けるのかニャ!? それはあまりニャも……』

(ああそれ、いいじゃないか。よし……、君の名前は『ニャーニャー』だ!)

『ウニャ!?』


 信じられないといった感じで僕を見てくるニャーニャー。その後納得できないと喚きたてるニャーニャーだったが……、適当に名付けた訳ではない事と、可愛い名前だと説得した結果、何とか了承させるに至るのだった。

 僕はニャーニャーと情報共有を図り、今後の事を話していく……。そして、『天下無双武術会』の当日を迎えるのだった。











 コウと別れて私は同室となっているシェリル様と話し合っていた。


「今、我が公爵家の影の者に彼女達の背後関係を洗わせてますが……、恐らくは問題ないでしょう。シャロン嬢にも既に経緯について報告を送っておきましたので、早ければすぐに伝達が返ってくる事になります。そうすれば晴れて彼女達はストレンベルクにてお預かりする事となりますが……、本当に宜しいのですか? その……、ブーコという女性を姫様の専属になさるというのは……」

「ユイリが仰りたい事はわかりますわ。でも、大丈夫です。彼女は私の方で引き受けますから」


 シェリル様は先日保護した子兎を自身の膝下に抱きながら優しくその背を撫でる。警戒心が強く、私が近寄ってもビクビク震える程人見知りが激しい子だけれど……、姫にはしっかり心を許しているようだ。少し羨ましく思いつつも、私は少し気になっている事を伝える。


「……姫が専属になさろうとされている彼女は……、もしかしたら何らかの問題があるかもしれません。それは彼女自身というよりもむしろ……何かに憑かれているというか、そんな印象を覚えました。色々厄介事を引き寄せてしまうと言っていた通り、彼女には何かがある可能性があります。それでも……姫はお気持ちは変わりませんか?」

「そうですね……。ユイリの仰る通り、ブーコさんは何か強い……悪霊というよりもむしろ、それよりも影響力の強いものに取り付かれていると思います。それが何かまではわかりませんでしたが……、それでもわたくしの気持ちは変わりませんわ。彼女にはどこか親近感を覚えるのです」


 親近感、ね……。そういえば彼女に出会った時も近しいものを感じると仰ってたかしら……?


「私はむしろ……モニカという少女の方が姫のお持ちになっている雰囲気に近いものを感じましたけど……」

「……その感覚も間違ってはいませんわ。あの少女の事は……一目見てわかりました。影響力の大小はありますけれど、わたくしと同じ『美の女神の祝福』を……、『美』と『愛』を司るという女神、ヴィーナス様の寵愛を受けていると思います」


 …………だから彼女に目を惹く何かを感じたのね。ということは……ブーコという女性の影響を受けたというより、彼女モニカ自身の生まれながら持っている魅力によって、あの連中に目を付けられてしまった……という事? そうだとしたら、必要以上に彼女ブーコを警戒する必要はない……かな?


「ブーコさんのあの目……、わたくしがコウ様と出会う前に感じていた、絶望を体現するかのようなあの瞳……。とても他人とは思えないのです。わたくしはコウ様とお会いして、死んでいた感情が蘇りました。ですから……、彼女の事を放っておけないの。だからユイリ……、お願い、彼女を……!」

「……わかりました。姫がそこまで仰るのであれば、私が申し上げる事は御座いません。でしたら……、もう一人の少女については、私にお任せ頂けないでしょうか? 本来は二人とも姫に付けるつもりでしたが……、姫がそこまでブーコ彼女に思い入れがあるのなら、少女の方はコウに付けようと思っているのです」

「コウ様に……? それは構いませんが……、どうしてそのように思い直したのです?」


 シェリル様は少し驚いたように私にそう問い返す。侍女としての能力スキルは見たところブーコの方が優れているだろう。それでもまだ未熟と感じたら、その時は私の乳母として公爵家に仕えているジャクリーン侯爵夫人にお願いするという手段もあるが……、恐らくは大丈夫だと思う。でも少女モニカの方は如何にも新米といった感じだし、コウには既にシャロン嬢が補佐役を担っている。今更そんな新米の侍女をコウに充てる必要性は薄いかもしれない。


「メイドとしてコウを補佐する役目を期待している訳ではありません。シャロン嬢もいらっしゃいますからね。あの少女には……今の状況に一石を投じる、そういった役割を担って貰えないかと考えてます。……ああ、勿論無理に強要させるつもりはありません。シャロン嬢もずっとコウに付いている訳にはいかないでしょうし、そういった際に彼を支える侍女をおく事は必要だと思ってましたから、彼女が新米として精一杯出来る事をして貰えればいいのです」

「……この国に参るまでにわたくしがしていた事を彼女に担って貰うという訳ですね。……流石にこの国に密入国扱いで入っているわたくしが出しゃばる訳にもまいりませんし……、少し複雑ではありますがコウ様の為には良い事だと思いますわ。ですが……ユイリ? 何かわたくしに隠しておりませんか? 強要というのも些か……」


 ……流石はシェリル様ね。私の話の裏を、彼女なりに感じとったみたいだ。でも、はっきりと申し上げる訳にもいかない。言えばシェリル様は……反対するだろうから……。


「……特に深い意味はありません。申し上げるとすれば、モニカ彼女というよりもコウの方の問題になります。その問題を解決させる為に、彼女に協力を依頼する……といったところでしょうか? それについて無理強いはしないという意味で申し上げたのです」

「…………ユイリに任せますわ。ですが……、あまり無茶な事はなさらないで下さいね? コウ様の為にもモニカさんの為にも……、そして何より貴女の為にもです。わたくしの為に陰ながら無茶を強いている自分が申す事ではありませんが……、どうか……」


 そう懇願するように私を見つめて訴えてくるシェリル様に私は会釈して応える。……こんな慈悲深いシェリル様に想われているコウの問題……、それは彼がその想いに応えることなく自分の世界へ帰ろうとしている事だ。


(いくらコウに事情があるとはいえ、今更そんな事が許される訳ないでしょうに……!)


 最早シェリル様にとってコウが全てなのだ。それなのに、コウは彼女が一緒に連れて行って欲しいという願いを拒み続けている。……万が一彼がこのままシェリル様を置いて帰ってしまう事になれば……! せめて彼との子供、愛の結晶すらも残していかなかったとするならば……! 恐らく、シェリル様は……。


(そんな最悪の展開を覆し、姫の未来を残して差し上げる為にも……! 姫とどこか似たような面影を持つモニカちゃんの事は上手く活用したいわね……。それが大切な人達の為になるのなら、私は誰に恨まれても成し遂げてみせる……! 幸い……あの子は助けられた事もあってか、コウにある種の一目惚れみたいな感情を持っていたように感じたわ。そこも上手く使って……この状況を好転させるわよ……!)


 あの少女に起爆剤の作用を期待しながら、私は明日からの大会の事を心配するシェリル様にもう休むよう促し……、彼女の足元に丸くなって休んでいたシウスを起こさないように寝台までエスコートする。コウの方はまだ起きている気配を感じているが、何処かに外出する様子はなさそうだ。レンは戻ってきているようだし、私も久しぶりに休もうかな……。


「お休み、ユイリ……」

「はい、姫もお休み下さい……」


 これなら私が休んだとしても何かあれば対応できる……。『自動警戒オートヴィジランス』もしっかり発動している事を確認し……久方ぶりに寝台に横たわるのだった……。



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