第64話:世界同盟会議




「……漸く全員が揃ったようですね。長らくお待たせ致しました。それでは……世界同盟会議の開催をここに宣言致します……!」


 やや急かされるようにやって来た会合の場……。そこに到着するなり早々に席に着かされ……、議長を務めるらしい開催国の皇太子、アーキラ・リンド・イーブルシュタインによって冒頭の宣言が為される。


 ……世界同盟会議。この異世界ファーレルにおいて最大の脅威である存在……魔王に対抗するべく国同士が連携する為に組まれた同盟。それについて国の代表が集まって話し合う場が、この同盟会議であるという……。


(よく見たら……本当に色んな人たちがいるな……)


 先日ストレンベルクで行われた会議よりも多くの国が参加しているようなので、リムクスさんと同じドワーフ族や獣人族と思われる人種も見受けられた。……前にも感じたことだけど、見るからにお偉い方が揃い踏みというこの場に自分のような凡人がいるのは……やっぱり場違いに感じて恐縮していると、


「早速ではありますが……、議題に入る前に勇者候補の方々、一言ずつお言葉を頂きたいのですが宜しいでしょうか?」


 ……なんで態々意見を求める? そりゃあこの世界において『勇者』という存在が特別であるという事は理解はしているけど、居心地の悪さを感じているこの場で……? あまり勇者として認知して欲しくないなと思いつつも、今回の元名家、ダグラスが起こした事件のせいで今までの様に出来るだけ目立たないようにというのは無理があるかと独りごちていると、


「トウヤ・シークラインだ。俺としては勇者としての使命を受けてこの世界に召喚されたと思っているが……、よろしく頼む。必ずやこの世界の危機を救い、勇者としての責務を果たす所存だ」

「先に到着されていたトウヤ殿からは色々伺っていますよ。立ち入る事も禁忌とされた『竜王の巣穴』でバハムートをほぼ単身で追い払ったばかりか、他国への救援を成功させ、そこに向かう際に立ちはだかった海の悪魔で知られるクラーケンも討伐されたとか。歴代の勇者殿と比較しても頭一つ飛びぬけた実力をお持ちでいらっしゃる……!」


 徐に立ち上がりやけに尊大な様子で自己紹介をしたかと思うと、そんなトウヤを持ち上げるようにするアーキラ皇太子。話を聞いてどよめきが起こる中で、やりにくいなと思いながらゆっくりと席を立つ。


「……コウと申します。先に紹介されていた彼とは異なり、僕はあくまで勇者候補・・としてこの地に召喚を受けました。非才の身ではありますが……少しでもこの世界に貢献できればと思っております。何卒よろしくお願いします」


 そう言って頭を下げる。願わくばこのまま自分の事はスルーしてくれれば……。そんな事を考えつつ席に着こうとして、


「コウ殿、お待ちを。貴方はまだ到着されたばかりなので、もう少しお付き合い頂けますかな?」


 ……まぁ、無理だろうとは思っていたよ。内心溜息が出そうになるのを堪えつつ僕は、


「皇太子殿下、お付き合いも何も……僕はただの勇者候補・・です。何かを成し遂げたとか誰かを倒したとか……そんなものもありませんよ」

「ご謙遜を……! あの画期的なカードシステム……、あれは貴方が開発なさったのでしょう? 流石は勇者として召喚されただけありますね……!」


 ……一見僕を煽てて持ち上げているようにみえるけど、なんだろう? 何か裏があるような気もするけど……。


「アーキラ殿下、勇者殿も困っていらっしゃいますわ。カードの件は後の議題であがると聞いております。……先に話を進めませんか?」

「……同感だな。ただでさえ時間が押しておるんじゃ。さっさと本題に入ってくれ」


 そこにレイファニー王女が助け舟を出してくれて、同意する形でドワーフと思わしき人物が続く……。他の参列者も追随する様子を見て、アーキラ皇太子が肩を竦める。


「せっかちですね。折角各国の代表が一堂に会しているのです。もう少し交流の場を持ってもよろしいかと存じますが……」

「……それは到着してすぐに会合に出席するよう促された貴国の言葉とは思えませんが? まして、会議が遅れたのは貴国のトラブルが原因です。……交流の場を考えていらっしゃったなら、それなりの対応があったと思いますけど?」


 ピシャリと毅然とした態度を表すレイファニー王女。トラブルの内容はイーブルシュタインを慮ったのかこの場で公表は避けたものの……、どうやら彼女自身思うところはあるみたいだ。

 国力的な関係をあのダグラスの言動から顧みたらイーブルシュタインの方が上でありそうであるし、立場的にもここまで手厳しく非難してしまって大丈夫かとヒヤヒヤしていたが、幸い相手の皇太子から反感を買っている様子はなさそうだ。……流石に面白くなさそうではあるけれど。


「……まさにその通りだ。耳が痛いよ。我が国の者が大変失礼した。其方についても改めて正式に謝罪しよう……。その上で話を進めさせて頂きたい。よろしいかな、レイファニー王女殿下?」

「……わかりました。わたくしとしても会議の進行を妨げる事は本意ではありません」


 そう非を認めて謝罪と同時に話を促すアーキラ皇太子の言葉を受けて、レイファニー王女が立ち上がると、


「まずはこの場をお借りして皆様に謝らなければなりません。この度、わたくし共が行った『招待召喚の儀』において、不規則イレギュラーな事態が起こりました。……本来ならばただ一人召喚されるべき勇者様が複数人、この地へと呼び寄せてしまったのです。さらには……此方の世界へ赴く意思確認も取れないまま招いてしまう結果と相成ってしまいました……」


 そこでチラリと僕の方を見て……申し訳なさそうな顔をみせる王女殿下。そんな時、トウヤが口を挟む。


「王女殿下、前に話したと思うが……オレはちゃんとこの世界に来ることを了承してやってきましたよ。それは即ち、オレこそが勇者であるという証左なんじゃないか?」

「……わたくしも以前にお伝えしたかと思いますが、勇者様を導きお支えするのは『時紡の姫巫女フェイト・コンダクター』であるわたくしの役目です。トウヤ様の実力は十分承知しておりますが、それでも勇者様と確定する事は出来ないのです。……勇者様はこの世界ファーレルにおける最後の希望、魔王の脅威に唯一対抗する事が出来る存在なのです。間違いは許されませんし、万が一の事が起きれば……この世界ファーレルはお終いですわ……」


 トウヤの物言いに対し、レイファニー王女は静かに首を振りながら答える。そして、さらに続けるように、


「話の秘匿性ゆえに皆様方にはしっかりとお伝えする事が出来ず申し訳御座いませんでした。もしも魔族の者達に知られでもしたら、これ幸いとばかりに勇者の抹殺を試みてきたでしょう。事実、陽動とばかりストレンベルクの王城に直接攻撃も仕掛けてきました。尤もあの時は勇者様では無く、わたくしが目的だったようですが……」

「トウヤ殿の力に関しては、先日の救援やバハムートといった存在を蹴散らした事で示されておると思うのじゃが、姫巫女レイファニー殿はまだ何か懸念があるのか?」


 そこに長い黒髪の女性が問い掛けてくる。身なりからして何処かの女王様、といったところだろうか……。王女はその問い掛けを受けてひとつ頷くと、


「その通りですわ、和の国の女帝……セリカ殿。わたくしの『時紡の姫巫女フェイト・コンダクター』としての感覚を信じるならば、お二方とも未だ『覚醒』までは為されてないように感じるのです。それは魔王はおろか、その直属の部隊である『十二魔戦将』に対しても万全に戦えないでしょう……」

「ううむ……、そなたが言うのであればそうなのであろうな。既に魔王は封印から目覚めておるようじゃし、既に一国……メイルフィード公国も滅ぼされてしまったしな……。あれも『十二魔戦将』が直々に攻めてきたんじゃったか」


 魔王に、十二魔戦将か……。そういえば、勇者の役割についてあまり具体的に話を聞く機会ってなかったな……。勇者の力をいずれ誰かに継承させてこの世界を去ろうという自分があまり首を挟むのもどうかと思っていたし、レイファニー王女たちも一方的に召喚してしまった手前、帰還を考える僕に遠慮していたというのもあるんだろうけど……。


「……まあようするに、その魔王ってのを倒してしまえばいいんだろ? オレなら多分楽勝だぜ?」

「罰当たりな事を申すな! 『魔王』は神の如き力を持っておるとされるんじゃぞ!? 歴代の勇者殿も彼の者を抑えて聖女に封じるまでが精一杯なんじゃ。ワシは先代の勇者を知っとるが……少なくともお主よりは強者であったと断言できる。それでも、魔王を倒す事は出来んかった。それを……!」


 空気の読めない発言をするトウヤに対して先程のドワーフ族の方が一喝するように怒鳴りつける。


「何だとこのジジイが……っ! オレに向かってそんな口を叩くとは……死にたいのか!?」

「ほう、貴様のような青二才がこのワシを殺すじゃと!? 面白い、やれるものならやってみよっ! 屈強なるドワーフの戦士達を率いておるこのワシを……地底国シュヴァルツァーの王ベルト・ガン・シュヴァルツァーを、貴様如きにやれると思うなよっ!!」


 沸点の低いトウヤの恫喝に屈することなくそう言い返すドワーフ族の王様。ギロリとトウヤを睨み返すベルト王にアーキラ皇太子が慌てて、


「お、お待ちをっ! ベルト王、どうか冷静におなり下さい! トウヤ殿も……! ここは争いの場ではありませんぞっ!」

「先に喧嘩を売ってきたのは向こうだぜ? まして、この勇者たるオレに対して礼儀ってものもなってねえ……。そんな奴は粛清されても仕方ねえだろ……!」

「フン、礼儀がなってないだと? 笑わせおる! 例え貴様が勇者であろうと王達が集うこの場において、貴様の発言は不敬以外の何物でもないわっ! さっきからオノレが勇者などと息巻いておるが、レイファニー王女も言っておったろうがっ。貴様はあくまで候補・・であって、勇者と確定された訳ではないのだろう!? 貴様などが勇者であろう筈も無いっ!!」

「糞ジジイ……本当にぶっ殺されたいようだな……! オレは神によって選ばれた人間だぞ!? 止めるなよ、皇太子サンよぉ……。こういった馬鹿には分からせてやるしか……!?」


 殺気を滲ませつつ一歩足を踏み出そうとしたトウヤだったが……、次の瞬間彼の姿が消える。いや、正確には……、


「一瞬で移動しやがった、だと!? ……いや、まさか移動したのは、オレ……?」

「……トウヤ殿、会合の前にお伝えしていた筈だよ。無用な諍いは起こさないようにしてくれ、とね。……君はあくまでストレンベルク王国の預かりなんだ。これ以上問題を起こす様ならこの場から立ち去って貰うよ。……ベルト王、我が国の者が無礼を働き申し訳ありません。どうかご容赦の程を……」

「……ストレンベルク王国の英雄、グラン殿、か。ワシも些か熱くなり過ぎたようじゃ。レイファニー王女も、貴殿らの国が騒動を起こしたとは考えぬゆえ、ご安心なされよ」

「寛大な対応、感謝致しますわ、ベルト王。……トウヤ様、いい加減になさって下さい。これをお話しするのも何度目かもわかりませんが……仮に勇者様であっても何をしても良いという事にはならないのですよ」


 グランの力だろう、トウヤはドワーフの王様に詰め寄ろうとして、彼の『絶対空間』の力で強制的に移動させられる。レイファニー王女が溜息をつきながら、トウヤへと語り掛けた。


「……少なくとも歴代の勇者様方は皆、節度を弁えていらっしゃったと聞いております。どうしてトウヤ様は……いえ、これもこの度の『招待召喚の儀』に不手際があったという事なのかもしれません。いずれにしても、これ以上は許しません。まだ続けると仰るのならここから出て行って貰いますわ」

「ぐっ……!」


 流石に王女にここまで言われてぐうの音も出なくなるトウヤ。全く、何が神によって選ばれた……だよ。ソピアー様を出し抜いて『招待召喚の儀』に干渉したのがお前じゃないか……。今までの『勇者』という人物がどうだったのかはわからないけど、話を聞く限り皆立派な人たちだったようだし……。ひとつ言えるのは、トウヤが『勇者』ではないし、今後も『勇者』になる事は有り得ないという事だ。


「で、でも、いいのか!? オレをこんな風に扱って!? 王女様も知ってるだろ!? オレには……神の能力スキルがあるっ! そうでなくとも勇者であるオレが協力しなければこの世界は終わりなんだろ!? このままオレを追放するのならオレは……っ!」

「……ご自身の意見が通らなければ協力しない、と? それなら別に構いませんわ。確かに勇者様が居なくなって困るのはわたくし共ではあります。ただ……ご存知の通り、貴方は勇者候補・・でしかないのです。そして、勇者の候補者様はもう一方いらっしゃいますわ……」


 そう言ってレイファニー王女は再び僕の方に視線を向ける。どちらが勇者かわからない状況ならばトウヤの不興を買う訳にはいかないだろうが……、現時点においてトウヤが偽者である事は判明している。アイツが協力しなくとも、『勇者』としての貢献には一切関わり合いがない。ただ、下手に扱って暴走されると面倒だというだけだ。だから……いざとなれば、トウヤを切る事は出来る。……色々と覚悟しなければいけないが……。


「取り込み中のところ申し訳ないが……、今までのように『勇者でなくとは魔王に対抗できない』という法則ですが、もしかしたら変わるのではないですかな? ……例のカードシステムを使えばですが……」

「……それは、どういう事でしょうか?」


 そこにアーキラ皇太子が割って入ってくる。レイファニー王女が怪訝な様子でそのように問い掛けると、


「勿論、あの『魔札召喚魔法コールカード』の件ですよ。特に『対象の人物の魔力から具現化させて呼び出す』技術ですね。既に貴国でも試されている筈です。それが、どれ程画期的な事かという事を、貴女方が分からない筈がない……! カードシステムが発表されて、既に試している方も多いかと思いますがね……」

「……アーキラ殿? 画期的とは一体……」


 意気揚々と語り出すイーブルシュタインの皇太子に他の国の代表が訊ねる。……画期的? そりゃあ絵札に蓄えさせた魔力から立体映像のように幻を召喚して戦わせるなんて考えは中々生まれなかったかもしれないけれど……。あくまでゲームの延長で考え出したものだぞ? 画期的とまでは……言うか?

 僕がそのように疑問に思っているとアーキラ皇太子は、


「これを画期的と言わずにどう言えばいいのかというヤツですよ、ニルフレア代表。いや、つい最近世界同盟へ加入されたという事ですから、ご存じなかったかもしれませんね……。貴国にも分かるように説明すると、絵札に魔力を込めた者の特徴を再現して召喚されるのですよ。それは血統にまつわる特殊な能力スキルやその者だけが習得している技や魔法をも引き継いでいるようなのです……! 勿論注入した魔力量に応じてのものとなるようですが、ここまで言えば後はもう……お分かりですね?」

「それは……まさか!」


 ニルフレアと呼ばれた人物がそう言って息を吞むと、アーキラ皇太子は我が意を得たりといったしたり顔で、


「そう……勇者殿の力さえもカードに注入する事が出来るという訳です。異世界より『招待召喚の儀』にて呼び寄せるしかない勇者殿の力……、ファーレルの者では得る事が出来ない魔王に対抗するための特殊な能力すらも、残しておける可能性があるという事ですよ……! 皆さんも何とか独自で魔王軍に対抗できないかと研究しているかとは思いますが、まだ実用化に至る程の功績はないでしょう?」

「……ええ、先日も我々が秘密裏に進めていた研究を施設ごと壊滅させられました。教国の張った『結界』を越えて、しかもたった一人の敵によって……ね。まだ詳しい情報は入ってきてませんが……、まぁ十中八九、十二魔戦将の一人でしょうけど」

「教国の『結界』を越えてくるとは……穏やかではありませんね、マンマラーナ高司祭。尤も、我々ヴァナディース共和国にも新たに十二魔戦将に選出されたと思われる『天使』に攻撃を受けましたが……、向こうの陣営でも何かが起こっているのは確かでしょう。そうでなければメイルフィード公国が滅ぼされる、などという事も普通であれば起こり得ない事ですからね」


 この間ストレンベルク王国にやって来ていた、マンマラーナと呼ばれし人物が襲撃を受けた事について口を開くと、相打ちをするニルフレア代表。……急に色々情報を与えられて中々話の整理がついていないものの、シェリルの母国が滅ぼされるなんて事態はかなりイレギュラーな事だったというのはわかった。そういえばユイリがいつだったか、魔王の勢力に国を落とされるのは、ここ数百年無かったとか言っていたっけ……。


(魔王の存在のせいか、団結する為にも人類間で大きな戦争も起こっていない……って話だったか。まぁ、小規模な小競り合いや小国を吸収して統合するなんてのはあったようだけど……)


 いずれにせよ、魔王に対処する為に勇者の力が必要だという事は理解できた。実際、魔王を打ち倒す事は過去の歴史からも出来ておらず、封印するまでが精一杯だったり、勇者だけでは無く、聖女の存在も不可欠であるという事も初めて聞く話だ。……他にもよく話題に出て来る『十二魔戦将』という存在についても、一人で一国を相手出来たりとかなり出鱈目な存在であるようだし……。


「今のお話の通り、魔王軍に対抗するためには勇者殿の力が必須な訳です。何とか代替の力を得ようにも非常に困難かつ、敵の動きも不透明なものになりつつある中で……此度の発明は画期的であると言える訳だよ! 最早これは特定の国だけで扱う技術ではなく、全世界に周知するべき案件で……」

「お断り致しますわ」


 長くなりそうなイーブルシュタインの皇太子の話を途中で引き裂いたのはストレンベルクの王女、レイファニー様だ。


「……レイファニー王女、今なんと……?」

「お断りします、と申し上げました。『魔札召喚魔法コールカード』の技術は我が国と、魔法学園国家ミストレシア、和の国に……教国ファレルム総本山、そしてフェールリンク自治区で確立させた秘匿技術です。カードの提供や使用については容認しますが、その構築技術を他の国へ公開するつもりはありません」


 その為に契約を取り交わしているのですから……、とそう毅然とした態度できっぱりと申し伝えるレイファニー王女殿下。まさか断られるとは思っていなかったらしいアーキラ皇太子は少し焦った様子で、


「王女殿下、此度のカードシステムは決められた国だけで隠匿すべき技術ではない。何せ世界の存続に関わる重要なものだ。その5ヵ国だけで運営していくにはあまりに効率が悪い。勿論、それで得られる資金等についても此方でも補填が利くよう考えよう。だから、この世界同盟会議に参加している国同士で決めてゆこうではないか」

「……それで結局は有耶無耶にしてしまうおつもりですわよね? 第一、幾つもの技術を隠匿しているイーブルシュタイン連合国には言われたくありませんわ。飛行魔力艇の技術をひとつ取っても、それがあったら勇者様方における救援が間に合ったと言える局面がいくつもあったと伝えられております。その事を差し置いて、カードシステムの技術を特別視されるのは如何なものかと思いますけど?」


 レイファニー王女の言葉にぐっと詰まるアーキラ皇太子。……この人、さっきから言い負かされてばかりだな。周りにイエスマンのみを置きすぎてこういった場に慣れていないのかな……?


「それに先程も申し上げましたが、別に使用させないとは言っておりません。ただ、管理はこのシステムを創出させた国々で行うとお伝えしているだけです。……そちらの技術のように門外不出にしている訳ではありませんよ」

「いやはや……何やら我が国に対し誤解があるようですな。まあ仰りたい事も理解は出来ます。ただ、我々の技術は公表してしまうと危険なものもあるので大っぴらに出来ないという事情があるんですが……、ここで言ってもお話は進まないでしょうね。分かりました……と言いたいところですが、創出者の方が納得しているとしたら変わってくるのではないですかな?」


 創出者? それって僕の事だろ? 一体何が言いたいんだ、この皇太子殿下とやらは……。


「……一体何を仰りたいのですか? カードシステムの創出者は……」

「ああ、其方のコウ殿が創り出されたという事は存じ上げておりますよ。ですが……カードシステムはコウ殿だけではなく、彼の手も借りた産み出されたと言うではありませんか? それならば、彼の意思も重要になってくるのではないですかね?」


 …………は? 本当に、何を言ってるんだ? 可笑しな展開に呆気にとられていると、今まで黙らされていたその『彼』とかいう人物が得意げに話しかけてくる。


「そいつはオレの代弁者でもあってね……。オレの発明した拳銃ピストルやガンブレードの調整も任せていたんだが……、そのカードシステムもオレが提案してそいつに開発させたのさ。ま、実質オレが創出者といっても過言ではないかな。……な、そうだよな?」


 コイツ……、もう公の場でも僕を下に見る事を隠す気もないんだな。油断を誘う為とはいえ……少し調子に乗らせ過ぎてしまったか。わかっているよな、と言わんばかりに睨んでくるトウヤに僕はひとつ溜息をつくと、


「そんな事実はないだろ、何を言っているんだ? 確かに拳銃ピストルなんかの調整をしたけど、カードの事に関しては何も関与してないじゃないか。このような所で偽証って……拙いんじゃないの?」

「てめえ……! で、出鱈目言うんじゃねえ! 折角手柄をてめえに譲ってやったってのに……裏切る気か!? どうなるかわかって言ってんだろうな……っ!!」


 トウヤもまさか僕が歯向かうとは思っていなかったのか、そう口にした僕を殺気をチラつかせながら凄んでくる。


「何が譲ってやった・・・・・・、だ。そもそも僕はお前の召使いになった覚えはないぞ。拳銃ピストルなんかの調整をしたのはお前の為にした訳じゃない」

「ふざけんなっ! てめえ、言ったよな!? オレが勇者に相応しいから協力するとよっ! てめえの持つ能力スキルもオレに譲渡するだの言ってたじゃねえかっ!! おまけに、てめえはオレに対して借りがあったはずだよなぁ!? まさか忘れたとか言い出さねえよなっ!?」

「…………僕はお前に能力スキルを譲渡するなんて言った事はない。その自分に都合の良いように解釈する耳は何なんだろうね……。そしてその借りというのは……本来タダで体験できた筈の一時帰還を大金貨100枚と吹っ掛けてきた事を言ってるのか? 借りどころかお前に貸していると思っていたよ。それに……お前が勇者に相応しいだって? 僕がお前をそう認めると? 笑わせないでくれ。第一……このカードシステムを開発していた時、お前が何をやっていたか……、知らないとは言わさないぞ……っ!」


 ……この場にアルフィーが居なくてよかった。そう……、僕がトレーディングカードダスを実用化しようとしていた時、コイツはジェシカちゃんを手篭めにしていたんだ……! オリビアさんといい、ジェシカちゃんといい……、罪もない彼女たちに手を出して苦しめる……。こんな屑が勇者に相応しい筈がないだろうが……っ!

 僕はトウヤからの殺気を受け流しつつ、此方からも殺気を放ってやると、


「!? ……てめえっ!!」

「お前みたいな奴とどちらが嘘をついているのかなんて探られるのも御免だ。……ユイリ、例の剣を使ってくれ。王女殿下も宜しいですよね? それで僕の腕でも叩き斬って欲しい。僕は先程話した事は全て誓える。この男がカードシステムに何ら関係していない事も全て、ね……」


 ダグラスを断罪したあの『真実の王剣』。あれでさっさと明らかにしてくれと僕は頼んだ。確かストレンベルクの王家から預かっているという話だったから、レイファニー王女の許可も得た方がいいだろう。そう判断して僕は彼女たちにそう依頼した。

 いきなりの僕からの申し出に戸惑った様子のレイファニー王女だったが、理解してくれた後は話が早い。剣が自分の腕を通過する感覚は慣れないものだったが……結果として僕の言葉に嘘偽りが無い事がこれで証明された訳だ。


「……さて、そちらはどうする? 僕と同じく試してみるかい? 因みに……この剣は嘘と判断されたらバッサリといくよ? 先日、馬鹿が一人裁かれたばかりだからね」

「……いい度胸じゃねえか。最初に会った時とは大違いだ。しかし、知らなかったな……、まさかそんなに死にたかったとはよぉ……!」


 ドンッとテーブルを叩きつける音が響き渡る。どうやらさっきドワーフ王に絡んでいた時よりもいきり立っているようだ。


「!? トウヤ殿、まさかこの場を戦場になさるおつもりか!?」

「……さっきも言ったが止めんじゃねえぞ、皇太子サン。コイツはあのジジイの時とは訳が違う。偽者の分際でオレを糾弾しようとしたばかりか、オレが掛けてやっていた情けを仇で返しやがったんだ。生かしておくわけにはいかねえ……!」

「…………ならどうするつもりだ?」


 ……いずれは戦わなければいけなかった奴だ。今までの『形象想定魔法イメージシミュレーション』では上手くいかなかったが、流石にこの場で『核魔法ニュークリア』を放つのは躊躇するだろう。それに先日のカオスマンティスとの死闘の際に獲得した詠唱破棄からの『対抗魔法カウンタースペル』もこの男との戦いでは十分生きる筈……。


(コイツが習得してる、威力を下げる事で詠唱しなくてもいい『無詠唱ノンチャージ』に比べ、消費MPは大幅に増えるものの詠唱を省略できる『詠唱破棄』は相性もいい……。それに、条件さえ整えばトウヤが『神々の調整取引ゴッドトランザクション』で得たものは無効に出来る筈だ……。尤も、ソピアー様のお話が確かならだけど……)


 まぁ、そこまで持っていくのは大変だけどね……。それでもついに完全敵対状態となったトウヤと待ったなしで戦わなければならない。覚悟を決めて相手の出方を伺おうと注意深く探っていると、スッと隣にいたユイリが同じく戦闘態勢を取っていた。さらには……、


「……二度目だよ。僕もいい加減同じことを言いたくないんだけど……、しょうがない。トウヤ殿、これが最後の警告だ。これ以上騒ぎを起こすつもりなら……もう容赦はしない」

「……わたくしにも我慢の限界はありますのよ。まして、同じ勇者候補である彼を害そうなど……、そんな事は許しません。もし本気でいらっしゃるのなら、覚悟して頂きますわ……!」


 グランもゆらりと立ち上がりトウヤへ警告すると、レイファニー王女も続く。そのお言葉に彼女の傍に居たガーディアス隊長やライオネル騎士団長……、果てはトウヤのお付きである筈のベアトリーチェまで彼に対し臨戦態勢に入る。


「っ……てめえら、正気か!? 何でオレにだけ……っ! まさか本気で勇者であるオレの事を……っ!?」

「だから言ってるだろう……。お前なんかが勇者だなんて有り得ないと……。まして、騒ぎを起こしているのはお前だ。立場としても僕は同じく勇者候補だというのに、それでどうしてお前の味方をしてくれるなんて考える? ……本当に呆れる程頭の悪い奴だ」

「! て、てめえっ!! マジでぶっ殺して……っ」

「トウヤ殿!! これ以上は止めてくれっ!! わかりました、カードシステムはコウ殿、貴方が開発なさったもので間違いなさそうです。重ねてお詫び致しましょう」


 どうせだったらさらに冷静さを奪ってやろうとトウヤを挑発したところで……、イーブルシュタインの皇太子からストップがかかった。


「おいっ! 何言ってんだっ!?」

「トウヤ殿は自分を勇者であると信じるあまり、どうやら思い違いをなさっていたようですね。ですからその使命感からカードシステムに自分が協力する事が必然であると思い込んでしまわれたのかもしれません……」


 ……どうやらここまでのようだな。まあ、こんな形でなし崩し的に戦うより、しっかりと備えておいた方が確実ではある、か……。警戒態勢は取らないまま、僕は成り行きを見守る事にする。


「……ここは大人しく退室なさって下さい。後で、お詫び・・・に伺いますので。勿論勇者候補であられるトウヤ殿に悪いようには致しません」

「……………………わあったよ。ここはアンタに免じて帰ってやる」


 説得が終わったようだ。不承不承という様子ではあるが、僕の方を殺気の篭った目で一度睨んだ後この場を退出するトウヤ。部屋の扉が閉まったところで、アーキラ皇太子が溜息をつきながらもレイファニー王女へ向き直り、


「やれやれ……しかし随分ですな? 確かに彼は短慮で少々血の気が多いようですが……、それでも勇者候補のお一人なのでしょう? それを排除するかのような動きを見せるというのは……正直どうかと思いますよ?」

「……アーキラ皇太子殿下。ですが、彼の行おうとした暴挙は最早放置しておく事は出来ない状況でした。それはこの場にお集まりの皆様にもお分かりになった筈です」

「彼がやり過ぎたのは分かりますよ。ただ、彼は既に実績も出している勇者候補です。救援に行った際のクラーケンの討伐……、あれは十二魔戦将が一人、ファンディークのしもべとされる幻獣です。それを打ち払ったという事はそれ即ち、トウヤ殿は紛れもなく勇者としての力を持っているという事に他ならないでしょう?」

「……トウヤ殿のお力が本物である事は認めます。ですが、これ以上の詮索と介入は無用に存じます、アーキラ皇太子殿」


 ……まぁ、トウヤあいつが偽者という事がわかっているのは、ストレンベルクの中でも一部の人間だけだ。といっても大っぴらに説明する事も出来ないし……、ホントに厄介な状況にしてくれたものだよ、あの女神様は……。

 それでも一歩も引かないレイファニー王女に、アーキラ皇太子は根負けした様子を見せて、


「……まあいいでしょう。確かにその辺の調整はストレンベルク王国側でなされる事でしょうしね。大事な事はしっかりと魔王を封印してくれさえすれば、此方としても何も言う事はありません。幸い聖女様はイレギュラーなく誕生してくれているようですし……」

「恐れ入ります。未熟な身ではありますが……、精一杯聖女としての役目を務めさせて頂きます」


 そう言って微笑みながら頭を下げるジャンヌさん。彼女も参列していたのか……。ここまで一言も発言する事が無かったから、存在に気付かなかった。僕が見ているのに気が付くと、彼女はニコッと笑う。ジャンヌさんへ会釈し返すと僕は、


(聖女、か……。勇者とは異なり、この世界の人間がある日突然啓示を受け選ばれる……ねえ。どうも魔王は封印するまでしか出来ず、聖女はその時重要な役割を担っている、と……。尤も、勇者の負う責務も明らかになってはいない訳だけど……)


 深く関わってこなかった事の弊害かな……。僕がそんな事を考えていると、各国では色々話し込んでいた。


 それぞれの国の情勢がどのようなもので、今後どういった支援が必要であるか。また、ストレンベルクとしても今後の運営……、勇者の導入とどう覚醒に繋げていくかを伝えていく。実際には覚醒は僕が覚悟を決めれば何時でも可能ではあるから、施策も何もあったものではないけど……、この力を継承可能な人物に移すとなると色々と交流が必要になるのかな……? だから、色んな実力者達と交流を深め刺激し合っていくというのは間違ってはいない。

 勇者だけでなく聖女についても話し合いが行われた。ただ此方は既に使命に目覚めているという事で、その時に備え日々祈りを捧げるとともに己を高めていくのを始め、彼女を守る為の騎士について教国に対し確認するなど……、勇者の事よりは具体的な内容になっていたという印象を受けた。


「こんなところですね……。お陰様で有意義な会合になりました。皆様にはお礼を申し上げます。この後はそのまま会食に移りますので、準備が整うまでの間暫しご歓談を……」


 アーキラ皇太子の言葉と共に会議はお開きとなる……。一通りの事を伝達でき、ホッとしたような表情を見せるレイファニー王女に声を掛けようとすると、彼女は僕に気付き、


「……漸く皆様に勇者様の件を伝える事が出来て良かったですわ。彼の者の暴走は想定外でしたが……、我が国として最低限の責務は果たす事が出来たと思います。これからコウ様の周りが騒がしくなるのは避けられなくなるのは心苦しいですけど……」


 苦笑しながら小声でそう漏らすレイファニー王女。それについては……仕方ないだろう。


「そうしなければ例の名家は抑えきれなかったのでしょう? こうなった以上覚悟はしていましたよ。まあ……覚醒については申し訳ないですけど……」

「わかっておりますわ。ですが、覚醒を促す為にも色々と要請があるでしょう……。また、トウヤ殿のように遠征に……という事もあるかもしれません」

「おやおや、そんな小声でやり取りとは……、何やら怪しいですな。勇者候補殿に一国の姫君なのですから……堂々となさったら宜しいのに……」


 割り込んでくるかのように声を掛けてきたのは……僕達の方にやって来たイーブルシュタインの皇太子だ。


「…………アーキラ皇太子殿下」

「フフフ、冗談ですよ。そんな怖い顔をなさらないで下さい。可愛い顔が台無しですよ?」


 ……やっぱり、この国の人って本当に感じが悪いな。行く先々で人をおちょくってくるようなのばっかりで……、なまじ権力を持っているから始末が悪い。こう言っては何だけど、この皇太子とやらも何処かあの屑ダグラスと同じものを感じる……。


「……お戯れはそこまでにして下さい。わたくし共に何か……?」

「つれないですねえ……、我が婚約者殿は今日は随分ご機嫌斜めと見える……」


 早く用件を言えよ……と、ここまで出かかったがグッと我慢する。レイファニー王女も無言の抗議とばかりにアーキラ皇太子に接していると、


「……全く、レイファニー王女は私の事を誤解してますよ。先程も我が国の技術に関して秘匿云々と仰ってましたが……、我々は飛行魔力艇の技術を公開する準備はありますよ? まずはストレンベルク王国へ一艇……、勇者殿に活かして貰うべく進呈する予定でした」

「……それはあくまでわたくしと婚約している時の条件と仰っておられませんでしたか? ですが、『勇者召喚インヴィテーション』を行い勇者様をお迎えした以上、わたくしは彼に尽くす義務があります。ですので……」

「その点に関しましては後で詳しく説明いたしましょう。そちらの大臣殿には話を通しておいた筈なのですがね……。それにしても……先程のトウヤ殿の殺気を受け止められるとは、コウ殿も中々の実力を隠し持っていらっしゃると見ました。どうでしょう? 余興としてその力をお見せ頂けませんか?」

「……? それはもしかして……私に言っておられますか?」


 僕は警戒しながらアーキラ皇太子を伺う。揚々とした様子で彼は、


「勿論です。先程退出されたトウヤ殿の力は既に示されておられます。この皇都に来られた時にも確認させて頂きました。ですから……コウ殿のお力も拝見したいのですよ。何せ、我々の世界の命運を託される勇者様なのですからな。おっと、今はあくまで候補という事でしたな。失敬失敬……」

「……急に何を仰るのです? 勇者様に関する事は我がストレンベルク王国に……、もっと言えば『時紡の姫巫女フェイト・コンダクター』であるわたくしに一任されている筈ですわ。それを力を示せなどと……アーキラ様は我が国を侮辱されていらっしゃるのですか?」

「何度もお伝えしている通り、そんなつもりはありませんよ。まぁ、我々の希望たる勇者様の力を把握したいと思う気持ちも確かにあります。ですがそれは我が国だけでなく、他の国々の皆さまも一緒でしょう。……おっと、会食の準備も出来たようですね。続きはその席ですると致しましょうか」


 そう言ってアーキラ皇太子は自分の所へと戻ってゆく……。僕も自分の与えられた席に着くと、何やら豪華な食事が用意されている。如何にも高貴な人たちが食すといったフルコースのようで、この異世界ファーレルでもこういった料理もあるのかと思い直す。


(ストレンベルク王国ではあまり『食』に重きを置かれていなかったみたいだけど、国が異なれば変わってくるという事なのかな? まあ、味は兎も角として、僕もこういった場の作法なんて知らないぞ……。あまり相手に付け入る隙を与えたくないし……さて、どうしたものか……)


 王女殿下やユイリ達は流石は王族、高位貴族という事もあり、特に戸惑った様子は無い。各国の代表も似たような感じだ。


(今までは特に問題は無かったけど……、念の為こういった場の儀礼を習得しておいた方がいいかな? ……そうだね、そうしよう。自分の変なポリシーでこれ以上面倒な事が起こるのも嫌だしね……)


 ……ここでボロが出して相手の口実を与える事もないかと思い、そっと僕は『神々の調整取引ゴッドトランザクション』を起動し、テーブルマナーやその他儀礼を習得していく……。けして安くはない魂の修練値を支払って得たそれらは、まるで元から知識としてあったかの如く自然に身に付き、それにより滞りなく食事を進めていると、


「……どうやら作法については問題ないようですね。トウヤ殿といい、勇者候補というのはマナーにも精通しているという事かな? まあ、この場で作法を求めるつもりはありませんでしたが……手間が省けて良かったですよ。本来であれば料理の説明と相成りますが、先にお伝えした件についてお話致しましょうか」

「力を示して欲しい、という事ですか?」


 驚いた様子で仰々しくそのような事を宣うアーキラ皇太子に先程訊ねられた話について問い返すと彼は頷き、


「ちょうど我が国の兵士登用を兼ねた武術大会が行われるのです。もしよろしければその大会にコウ殿も出場して頂きたいのだ。尤も、気楽に出場して貰って構わない。此方としては貴方の力が分かれば何でもいいからね。何だったら、参戦料としてお支払いしてもいい」

「お待ち下さい、アーキラ殿下! その大会というのは、大乱闘バトルロイヤル何でもありバーリトゥードで知られる、あの大会の事ですか!? そんな危険な催しに勇者様を……!」

「仮にも勇者候補を名乗られるのだから、その辺は問題ないでしょう? 何と言っても魔王軍を相手にして頂かねばならぬのだ。それともレイファニー王女殿下は我が国のいち催し事ですらも危ういと仰られるのかな?」

「そ、それは……!」


 アーキラ皇太子にそう説明され、流石のレイファニー王女も言葉が詰まる。……これについてはちょっと分が悪いだろうな。相手の話は筋が通っている。……あの人の思惑に乗るようで面白くないけれど、どうやら参加する事になりそうだ。


「……『天下無双武術会』。イーブルシュタイン国の武芸奨励策であり、かなり荒々しい大会で毎年犠牲になられる方もおられるとか……。また同時に優れた者の囲い込み、スカウトの一環であるとも聞いておりますわ。……まさかとは思いますが、勇者候補であるコウ様を其方の国で取り込もうとお考えなのでは……?」

「そんなつもりはありませんよ。私としては力を示して貰えれば満足なので、優勝して頂く必要もありません。あくまで招待選手という事にし、仮に優勝なされたとしても我が国より登用する事はないと誓いましょう。……まぁ、王女殿下の心配もわかりますがね。『天下無双武術会』は賞品が豪華であるという事で、それを目当てにまだ見ぬつわものが参加するので有名ですからな。それ故に多少荒っぽい大会であるのは否定しません。確か今年の優勝賞品は……幻の名刀で知られる『五郎入道正宗』、でしたかな?」

「ま、『正宗』、じゃと!?」


 驚愕の声を発すると共にガタンと立ち上がる女性。黒髪を棚引かせた高貴な印象を覚える彼女は……確か和の国の……?


「どうかなされましたか、セリカ女帝?」

「……今の話は本当か? 賞品が……『正宗』だというのは……!」

「確か部下がそのように報告していたと記憶しておりますが……、それが如何致しました?」

「『正宗』は和の国の護神刀じゃ!! 数ヶ月前、正宗の守り人だった巫女と共に行方知らずとなっておった……! 何故、その正宗を其方の国が……!」


 鬼気迫るといった様子でアーキラ皇太子に詰め寄る和の国の女帝。対する彼は動じることなくむしろ淡々とした様子で応えていた。


「そうだったのですか? 件の刀は商人からの伝手で入手したものかと思いますがね。なんたって我がイーブルシュタインは世界各国の名品、珍品が集まる最大の商業都市でもありますからな」

「……この際、入手経路の事は問わぬ。じゃが、『正宗』は我が国にとって何ものにも代えられぬ護神刀じゃ。即刻、和の国へ返還して頂きたい。……勿論タダとは言わぬ。其方らが購入した金額の倍……、いや、3倍支払ってもよい……」

「それは無理です。大会の優勝賞品となる前であればまだしも……、既に景品となってしまったのであれば文字通り優勝するしかありません」

「何故じゃ!? 実質、其方らの言い値で買うと言っておるのじゃぞ!? 何が不満なんじゃ!?」


 最早憤りを隠さずにアーキラ皇太子を睨むセリカ女帝。そんな彼女にあからさまに溜息をつくと、アーキラ皇太子は、


「残念ですがお金の問題じゃないのですよ。言ったでしょう、既に景品としてシステムに納めてしまったと。ですから、異空間に収納された『正宗』を取り戻すのは実質無理なのですよ。優勝者に賞品として取り出されるまでは……」

「な、何という事じゃ……。では、ヒジリ達に……」

「ああ、出場資格は名の知られていない者というのが条件ですよ? これは兵士採用も兼ねた実力を見る為の大会なのです。今お誘いしたコウ殿は問題はありませんが、もう一人の勇者候補であられるトウヤ殿は既に実力を示された為、出場できません。そちらにいらっしゃる方も、和の国で既に実力者として知られているヒジリ・ヤマモト殿ですよね? 少なくともここにおられる方々が出場しようとしても恐らく弾かれると思いますよ?」

「!! それはつまり……、貴殿は我が国に対して『正宗』を諦めよと申すのかっ!!」


 殆ど悲鳴のように嘆嗟するセリカ女帝。……『正宗』が護神刀になった経緯とか、和の国って日本と何らかの関連があるのかとか……、そもそもどうして異世界に日本刀が存在しているのかとか色々と聞きたい事はあるが……、彼女の嘆きようから本当に大切なものだったのだというのは伝わってくる。しかしアーキラ皇太子はどこ吹く風で、むしろ薄ら笑いを浮かべながらこう告げる。


「いやいや、決してそういう訳ではありませんが……、ただ現実的に取り戻すのは難しいかと思いますよ。お返ししたいのは山々なんですがね……、皇太子と言えどもおいそれて口出しできないんですよ。権力に任せてしまいたい所なんですが……我が国はそういう国ではないんでね。いやぁ、本当にお気の毒だと思いますが……」

「くっ……!」


 一体どの口が言うんだといわんばかりの白々しい物言いに悔しそうに悲哀の表情を見せるセリカ女帝。まぁ……仕方ないか。どの道参加しないと表明するのも難しいと思っていたし……。僕は軽く頭を振ったあとでコホンと咳払いすると、


「……わかりました、不肖の身ではありますが……私で宜しければ参戦させて頂きましょう」

「コウ!? どうして……っ!?」

「おお! 本当ですか!? それは有難い! 大会も大いに盛り上がる事でしょう!!」


 隣に座っていたユイリから非難の声が挙げられる中、アーキラ皇太子は満面の笑みで僕の出場を了承してくる。さて、ひとつ確認をしておかないと……。


「仮に優勝した場合ですが……、その優勝賞品とやらはどう扱ってもいいのですか? 売却不能、譲渡不可……、加えてイーブルシュタインに仕えなければ返却しろ、などという事はありませんよね?」

「ええ、勿論です。優勝されたら大会の管理システムより速やかに贈られる事になりますから、その後にどうしようと構いませんよ。我が国に仕えなければ没収するなんて事もありません。そのような事をしたら我が国の信用にも関わってきますからな。しかし……コウ殿は優勝するつもりですか。思った以上に好戦的なようですな! いや、これは実に楽しみだ」


 ……よし、言質はとった。これでもし僕が優勝できたなら……和の国へ返却する・・・・ことも出来る訳だ。


「フフフ……、面白くなってきたね。では歓迎を促す意味でも確認しておくとするか……。私はこれにて中座させて頂きます。料理の説明等はこの場に居るシャロン嬢に引き継がせますので、皆様は引き続きご歓談下さい」

「お、お待ち下さい、アーキラ殿下! 会合の主催国である殿下が途中退席するなどっ……!」

「固い事を言うな、シャロン嬢! 元皇太子妃である君ならば上手くこの場を納められるだろう!? 私にはやる事が出来たのだ。この場は任せたぞ」

「そうよ、シャロン! 殿下は色々お忙しいの! 先に退出されたトウヤ様の事もあるし……、わたくしも現皇太子妃としてやらなければならない事があるからアンタが全部やっておきなさい! さあ殿下、参りましょう」

「そうだな、流石はアマンダ嬢だ。きちんと状況も見えているようだな。長年婚約者だったのに全く理解しようとしなかった妹とは違うね。……そういう訳だ、公の場の対応くらいキチンと務めあげてくれ。皇弟殿下の婚約者になったのならな!」

「お姉様までそんな……! 主催国のホストである殿下がこの場を離れる事の意味を分かっておられるのですか!?」


 シャロンさんの悲痛な訴えに耳を貸す事なく……、アーキラ皇太子と彼女のお姉さんらしき女性、そして部下の面々は皆、部屋より出て行ってしまう……。静まり返る一同だったが、やがて『相変わらずあの皇太子は……』なんて声も聞こえてくる。


「皆様……、誠に申し訳御座いません。何があろうと最後まで残るべき主催国の責任者たる者が中座するなど……! ほ、本当になんとお詫びすればいいか……」

「……構わんよ、シャロン皇太子妃。いや、今は皇弟妃……じゃったか? あの男の無礼は相変わらずのようじゃな。あんな者が後の宗主国のトップだというのだから、頭が痛いわい……」


 蒼白な顔で頭を下げるシャロンさんにそう声を掛けたのは……、トウヤと衝突したドワーフ族のベルト王だ。宗主国……という事は、イーブルシュタインの属国という事なのか……? 連合国との話だったから、その辺りに事情がありそうだが、地底国シュヴァルツァーと国として認知はされているみたいだし……。


「ちょっと、コウ……。どうして承諾してしまったの……? 話から大会の内容がわかったでしょう? アーキラ皇太子に乗せられた訳でもないでしょうに、どうして……」

「断るにしてもあの状況からじゃ些か難しかっただろう? 強引に参加しないと押し通したら、ストレンベルクの心証が悪くなってしまう……。まぁ、嵌められたような感じはするけど、此方にも利のある話になった。それなら、大会出場のリスクは置いといてでも、優勝を狙いにいこうと思ったんだ」

「利のある話? それに優勝って、貴方……」


 そう言って僕は戸惑うユイリからセリカ女帝の方へと歩いていき……、


「先程ご紹介に預かりましたが、お初にお目にかかります、私はコウと申します。和の国を統べられるセリカ様でいらっしゃいますでしょうか?」

「……うむ、わらわはセリカ・サクラノミヤじゃ。お主の事はヒジリ達から聞いておる。お会いできて光栄じゃ、勇者殿。いや失礼、候補であったか……」


 先程身に付けた王族儀礼に則り、無礼にならない位置で礼をとると同時に挨拶を行う。そして本題を切り出すべく、ユイリを傍に侍らせたままで僕は、


「このように申し出る無礼、どうかお許し下さい。先程のイーブルシュタインの皇太子が言っていた大会の賞品……、その件について話したく……」

「…………見苦しい様を見せてしまったな。和の国の大君として、この場の者に謝罪する。……あの刀は和の国にとって極めて重要なものであったゆえ……」


 ……セリカ女帝の話によると、厳戒態勢におかれた警備を掻い潜り、守護していた者達を排除した上で奪われてしまったのだという……。実力のある者も居た中での犯行であり、一介の賊のレベルではないという事で、国宝の行方どころか何処の誰が実行したのかも分からなかったところを、あのような形で判明した事に動揺を隠せなかったとセリカ女帝は話してくれた。


「……そうでしたか。セリカ様、私はその大会に参加する運びとなりましたが、もし優勝できたなら貴国にその『正宗』を返却したいと思っております」

「! そ、それは……! 勿論そうして頂けると此方としては有難いのじゃが……、それでは其方が……」

「コウ……。貴方はイーブルシュタインの『天下無双武術会』がどんなものかわかって言っているの?」


 今まで黙っていたユイリがそう口にする。セリカ女帝もどこか戸惑いがちな様子だ。


「コウ様、先程も申しましたが……あの大会は非常に危険なものなのです。アーキラ皇太子はあのように仰ってましたが、いくら力を示すにしても大会に出場する必要など全く無いのですよ!」

「……わらわとて、『天下無双武術会』がどういったものかはわかっておるつもりじゃ。しかし大会の性質上、此方の精鋭を送るというのも難しい……。レイファニー王女の言う通り、勇者候補である其方がわざわざ危険を冒す事はない」

「……勿論、私自身大会のレベルは想像するしかないので優勝を約束する事は出来ません。死者も出る大会と言うのですから相当危険なものなのでしょう。それでも……僕は大会に出るつもりです。そして『正宗』を返却する事で……和の国に対しお願いしたい事があるのです」


 ……そう、それこそが本題なのだ。僕の言葉に怪訝な様子をみせるセリカ女帝だったが、


「それは……本当に『正宗』を返却してくれるのであれば、わらわに出来る事はさせて貰うつもりじゃが……」

「セリカ様にご了承頂ければ叶う願いではあると思います。前にヒジリ殿にご依頼したものでもありますが……、和の国にいらっしゃる他の世界からの転移者に会わせて下さい。恐らくは秘匿されている人物との事ですが……、紹介して頂けるだけで構いません。それ以上は望みませんから……」


 僕の『勇者』の力を引き継いで貰えそうな人物かどうか……、出来るだけ早く会って確かめたい。それが……僕の願いだ。



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