第62話:因果応報
※流血、人が死んでいくといった描写があります。苦手な方はご注意下さい。
「ぐうぅ……っ! 拘束を解けっ! 誰にこんな事をしているのか、貴様らわかっているのか!? イーブルシュタインにおいて知らぬ者はいない大名家……クローシス家の嫡男だぞ!? 今ならまだ許してやる……、早く拘束を解きやがれっ!!」
「まだ、立場がわかっていないようね……。貴方が仕掛けた小競り合いの結果……、負けて捕虜となったのよ。それなのに……どうして私達が敵を解放しないといけないのかしら?」
既に大勢は決し……、クローシス家の連中はダグラス以下、私兵に至るまで全て制圧された。『七天将星』と名乗る者達も、一人はレンに討ち取られ、僕達を襲ってきたキルパートという暗殺者も倒れた。最後の一人黒騎士も、増援が現れた時点で持ち直し……最終的にはクインティスさんらによって取り押さえられたようだ。
「クソッ……、キルパートは何をしてやがるっ!? 他の『七天将星』はどうした!? ……どいつもこいつも肝心な時に役に立たない奴らめ! 俺様を拘束するなど……父上が知ったら只では済まないぞ! わかっているんだろうなっ!?」
「……君こそわかっているのかい? 皇都イシュタリアにいて、レイファニー殿下を護衛している筈の僕がどうして軍を率いてやってきたと思う……? まさか、イーブルシュタインの天皇陛下が自領において他国の軍が動くのを知らないとでも……?」
「貴様らの行軍が……天皇陛下の承認を受けているとでも言うのか!? この国の名家である……、俺様を害する為に!? 馬鹿も休み休み言いやがれっ!」
「馬鹿は貴方よ。……私は何度も伝えたわ。もう、これ以上話したくないくらいに、ね……。貴方はこの
現状を認めずに憤るダグラスに、グランとユイリが呆れまじりにそう対応する。すると、ちょうどその時小鳥のような何かが飛んできたかと思うと、ユイリの所に来るのと同時に手紙へと変化した。……あれは確か……使い魔、と言ったっけ……?
「……ちょうどいいタイミングね。レイファニー様のお手紙と一緒に、貴方の国の陛下からの通達も同封されていたわ。読み上げましょうか?」
「な、なに……? 陛下からの……通達、だと……?」
そう告げるとユイリが書状を読み上げていく。その内容だが……、レイファニー王女が今回の『招待召喚の儀』においてイレギュラーが生じ、二人も呼び出されてしまった事を認め、僕を正式に勇者
最初は自国に対し強硬にそう主張するストレンベルクに難色を示していたイーブルシュタインだったが、ユイリより次々と報告とその証拠が寄せられ、明確に世界の敵と定められる前に選択する事にした。曰く、この度の勇者候補を害そうとしたのはクローシス家の独断であり、イーブルシュタイン本国として関わるものでは無いという事。とはいえ、本国の名家が引き起こした事は認め謝罪するとともに、クローシス家にも責任を取らせる事とする。また、クローシス家としても今回の出来事は思ってもみなかった事であり、ダグラスをクローシス家から廃嫡させ、その処遇については此方に一任し正式に謝罪するという事だった。
それを聞いたダグラスはポカンとした表情を浮かべた後、みるみる顔色が悪くなっていった。それでも、今言われた事が認められないのかダグラスは、
「ふ、ふざけるなっ! そんな事が……有り得るかっ! 大方貴様らが捏造したものだろうが!? 本当に陛下が……そんな判断を下される筈がないっ!」
「あら? 勅令を疑うの? ちゃんと貴方の国の玉璽も押印されているようだけど? ……まぁ、すぐにイーブルシュタインの勅使も来られるでしょう。貴方が彼を何時殺してしまうかもしれないから、王女殿下が使い魔という形で遣わせたのよ。実際……、『地獄に繋がる墓所』へと送り込んだばかりか、世に聞こえた暗殺者まで差し向けたんだから、その懸念は正しかったわね」
「……『地獄に繋がる墓所』? それって
「ああ……、最初コウがこの腐れ名家の屑に送られちまったのさ……。何でもコイツ、任意に『
……実際問題、『地獄に繋がる墓所』に送られてあのカオスマンティスが冒険者達を斬り裂きながら現れたのを目にした時は、レンの言う通り「死」が脳裏を過ぎった。死神を連想させる佇まいに加え、周りを次々と殺戮していくその姿は皆の心を折り、絶望させるのに十分な存在感だった。
いや、この世界に来る前の僕だったら、あんな化け物を目の前にして平静でいられる筈がない。レンやユイリでさえも現在苛まれているという後遺症を負わなかった事からも、勇者独自の
「だ、大体……そいつが、勇者だと!? そんな弱そうな奴が……、おまけに
「勇者候補と……そう言っているでしょう?
「なんだと、このアマ……っ! クソがっ、いい加減拘束を解きやがれ!!」
「……ホントに学習しねえ野郎だな。おい、ユイリ! コイツの事、どうすんだ? 正直もうこれ以上、こんな頭のおかしいヤツなんかに関わっていたくねえぜ?」
肩を竦めながらレンが呆れたように僕らを見ながらそう話す。……彼の気持ちは分かる。僕も状況もわからず喚きたてる屑に貴重な時間を使いたくはない。……さっさと終わらせたいところだけど……。
「黙れ下民がっ! この大名家たる俺様に何という口の聞き方をっ! これだからものの分からぬ平民は嫌なんだ……! 万死に値する行為だぞ!? ……今だったら聞かなかった事にしてやるから俺様を解放しろっ!」
「……平民、ね。さっきユイリが読み上げた事を忘れているようだけど……、お前はもう名家の人間じゃないみたいだぞ? 廃嫡されたって事は、平民に墜ちたって意味だ。お前が蔑む下民にさ」
「さっきのは貴様らがでっち上げた話だろうがっ! そもそも……俺が貴様らを害そうとしたって証拠が何処にあるっ!?」
…………は? コイツ、言うに事を欠いて……何をほざいているんだ? もしや聞き間違いかと思い、再度ダグラスの言葉に耳を傾けると……、
「俺は貴様らが『沈鬱の洞窟』のボスを討伐するという契約を守らなかったから、それに対して履行するよう差し向けただけだ。そんなチンケなヤツの暗殺など……なんで俺様がしなければならない? 眼中にすらなかったぞ」
「……どうやら聞き間違いじゃなかったみたいだね。本当に……お前は一体何を言ってるんだ……? 『地獄に繋がる墓所』へ送り込んだ際に、僕らに何を言ったのか忘れたのか? 『今までにも、俺様に逆らう馬鹿な連中をここに送り込んだが……、生きて帰ってきた奴はいねえ』とかほざいていたじゃないか。それを無かった事にするのは流石に無理があるだろう? ……もしかして、それは冗談で言っているのか……?」
「う、うるせえ! それは貴様の聞き間違いだろうがっ!? 『地獄に繋がる墓所』へ自在に送り込むだと!? ダンジョンに纏わる伝説とも云われる所にどうやって転移させんだよ! 第一、それを俺様が主導させただぁ……!? そんな証拠が何処にある!?」
うわっ……! この屑、正気か……!? この期に及んで開き直りやがった!? 戦慄する僕を尻目に、ユイリが呆れた様子で切り出す。
「……証拠も無くイーブルシュタインの天皇陛下がそんな事を決断すると思う? 昨日からの私達に対する所業や、ほぼ強制的に『沈鬱の洞窟』のボス討伐を迫るなど……、それらは全て『
「あの状況の事を……スフィアにした、だと……? 『
「それだと『
「シ、
「これは……これから送る予定のスフィアよ。被害に遭った彼の視点から見たものを『
『地獄に繋がる墓所』から此方に戻る前にシェリルが使ったアレか……。その時の状況を再現させるというだけでも充分反則級の魔法だというのに、他人の体験すらも精彩に再現、復元できるというのは……、本当に恐れ入った。
ユイリが再生させたスフィアには、ダグラスが意図的に僕らを『地獄に繋がる墓所』へと送り込んだ事、今までにも幾人もの人物をここで抹殺してきた事、そしてロレインを切り捨て、フォルナを連れ去る様子が鮮明に映し出され……、顔色を無くしていくダグラス。
「こ、こんなのは反則だっ! おまけに
「……この映像の人物が貴方であると、認める訳ね」
「っ!! ……これがストレンベルクのやり方か。裁判では違法な証拠と糾弾してやるぜ」
「…………裁判だぁ?」
訝しむレンにダグラスが馬鹿にしたような表情を浮かべ、
「ふん、ストレンベルクには裁判もないのか? それとも平民だから知らんのか……。我がイーブルシュタインには司法って制度があるんだよ。特に名家のような高貴な者には……」
「いや、レンはそんな事を言ってるんじゃないよ。そもそもお前…………
「…………は?」
何を言っているのかわからない、というような顔をしているこの屑に僕は溜息を吐きながら答える。
「散々僕達を殺すような事を息巻いておいてさ、いざ自分が危うくなったら裁判? ……そんな虫のいい話がまかり通る訳ないだろ。人を殺そうとした以上、当然自分が殺される事も想定していたんだよな?」
「ふ、ふ、ふざけるなっ! 俺は名家だぞ!? クローシス家の人間だぞっ!? その俺を殺す、だと……!?」
「……何度も同じことを言わせるなよ。お前はもう名家の人間じゃない。お前が蔑んでいる『平民』になったんだ。第一、裁判したところで死刑は免れないさ。……僕がいた世界に照らし合わせても、自らの意思で何人もの人間を死に至らしめているお前は死刑になる。間違いなく、ね……」
コイツが今までやってきた事は計画的な殺人だ。動機もシェリルを手に入れる為に邪魔な僕を殺そうとして、何の罪もない冒険者を巻き込むという……、本当に救いようのないものだ。減刑など適用される筈もない。
「そんな訳あるかっ!! 平民どもを酷使したところで、それが国の為になるならば名家の立場で命じる事は許されているっ! 今回は手違いで他国の貴賓を巻き込んだかもしれないが……、
「お前の処遇については僕達に一任されているとユイリが言っただろ? 本当に物覚えの悪い奴だな……。まして、手違いじゃなくお前は故意に巻き込んだよな? おまけにちゃんとダンジョンを攻略させたいなら……ゴブリンの王が巣食っている情報を秘匿したり、『地獄に繋がる墓所』へ人を送ったりしない筈だ」
「ぐっ……! だ、だが、名家であった者が裁判を受けられないなど……、聞いた事もないぞ!? 魔族共との戦いで戦死したというのならいざ知らず……、人間の、それも他国の人間によって殺されるなど……!」
「それはお互い様だ。お前の言葉を借りるなら、一応、僕もストレンベルクから貴賓として扱われている人間だというのに、裁判を受ける事無く殺されそうになったぞ? まして……僕には殺されるような事をした覚えは全くないというのにな。大体……、あの時僕は言った筈だ。『受けた借りは百倍にしてきっちり返す』……ってね。殺そうとしてきた借りを百倍にしたらさ……死ぬ以外ないと思うよ?」
……そう、僕はあの時決意した。コイツを野放しにしたら……いずれ僕達に、シェリルに牙を剥く。だから何としてもこの場で仕留める、と……。正直、このイーブルシュタインという国に対する僕の印象は最悪だ。今はこの屑を切り捨てて、僕達にその処遇を任せるなんて言っていても……、生かしておいたら何か理由を付けて取り返されるとも限らない。その為にも後腐れがないように、キチンとここで……この手で、殺す。
「そうね、正当防衛という言葉もあるし……、向こうが何か言ってきたらそう伝えるわ。既に何人もの冒険者を自分の都合で殺めてきたし……何も問題はない筈よ」
「問題ねえ訳あるかっ!! おい、ロレイン! テメエ……婚約者だったら何とか言ったらどうなんだ!? それでも俺様の……」
「……元、婚約者よ。先程の映像で、貴方が私を切り捨てた時の様子にもあったじゃない。私も裁きを受ける事となるわ。そこで私は何もかも話すつもりよ。どうして私がクローシス家の婚約者になる事となったのか、今まで貴方にどんな事を命じられてきたか……。その全てをね」
「テ、テメエ……! だ、だけどいいのか!? このまま俺様を殺せば……、国から預かった重要なアイテムも失われる事となるぞ!? 中には陛下からクローシス家に預けられた物もある……! それを、テメエらの都合で失われてもいいのか……!? だから俺は言ってるんだ! 名家が裁判を受けられないなんて事はないとなっ!!」
そういえば、ユイリから聞いた事があったな。生活魔法である『
だけどこれは……、もしかしてこの場でトドメをさせないのか……? そう危惧してたところにユイリが、
「……何も、問題ないわ。勇者候補であるコウを殺そうとした時点で……王女殿下はイーブルシュタインを同盟から追放し、世界の敵と認定する覚悟があるわ。だから……」
「……ユイリ、大丈夫さ。レイファニー王女はその為に僕を派遣させたんだ。……今回は緊急処置という事で、使用許可を頂いたからね。さて……、元クローシス家のキミ……。ちょっと立ちあがってくれるかい?」
「き、貴様っ! 一体何をする気だ……!?」
ユイリの肩に手を置いてそう言うと、拘束されているダグラスを強引に引き立たせる。そして、喚きたてる屑にも気にした様子も見せず、その顔面を鷲掴みすると、
「……成程。君は『
「な、何だと……? それに何故俺様の
何やら焦り出したダグラスだが……、グランは粛々と作業を進めている様子だった。暫くすると、用済みとばかりに掴んでいたダグラスを離し、
「ふぅ……、これで全部かな? 僕の『絶対空間』で君が異空間に収めていた物は全て没収させて貰った。空間スキルに至ってはその
「お、俺様の空間スキルが……発動できないだと!? ま、まさか……本当に俺の
「……僕の家は代々『絶対空間』という一子相伝の
これはまた……、恐ろしい
「……尤も、この使い方は禁忌とされていて、ストレンベルクの王族の許可をなくしては使用できないようになっている。何て言ったって……死んでいたとしても肉体が残っていれば干渉できるとも云われているくらいだしね。つい最近では……、ある人物から妻のスフィアを抹消する為に使って以来か。……本当はその人物の
「……まさかグランの『絶対空間』にそんな効力もあったなんてね。恐らく隠し持っていた筈のスフィアをどうやって回収したのか不思議だったのだけど……、そういう事なら納得だわ。……国で秘匿しなければならない
「ふふふふざけんじゃねえっ!! 返せっ! 返しやがれっ!! 人の
グランと子供の頃から付き合いがあるらしいユイリすらも知らなかった
「…………さて、これで懸念は何も無くなったって事かな? 覚悟は……出来ているよね?」
「っ!! き、貴様……本当に俺を……っ!?」
僕は鞘に納めた愛刀に手を掛け、蹲る
「や、やめろっ!! 来るんじゃねえっ……!! 俺を殺したら、本当に取り返しがつかない事になるんだぞ……!! は……離せっ、この、クソアマが……っ!!」
「……動くな。狙いが狂うだろ……。そうしたら無駄に苦しむ事になるのはお前だぞ……?」
今……この手で人を……殺す。その意味を噛みしめつつ、僕はその頸を飛ばすべく何時でも柄を握れるように集中していく……。その手に汗が滲むのを感じながらも、僕は意を決して柄を握り締めると、
「ハッ!!」
「よせっ!? か、がひゅ……っ!?」
……天神理念流、神速抜刀術……『居合一閃』。鮮血が飛び、斬った感触は確かにあるものの……、そう感じた僕はダグラスの様子を確認する。
「ガハッ!? き、斬りやがったな!? この、俺様に向かって……、グッ……! 殺そうと、しやがった……っ!」
「……浅かったか。おかしいな……、ちゃんと斬れるように踏み込んだ筈なんだけど……」
寸でのところで迷いがあったかな? ……いや、しっかりと覚悟して刀を振るった。この手で命を奪う事を理解して振り切った筈……。そういえば何かで、実際に刀で首を斬り落とすっていうのは難しいとあった気もするけど……まだまだ僕も未熟という事か。まあいい、次こそは……そう考えながら再び刀に手を掛けると、
「いや、アンタは確かにコイツを斬っていたよ。あの太刀筋なら、まず間違いなく斬り飛ばす事が出来ていたと思うよ。……コイツが今もこうして首と胴が繋がっているのは、そこの隠密の貴族令嬢が上手く首の皮を一枚斬らせるくらいに導いたからさ」
「ユイリが……? 一体どうして……」
「……コウ、貴方がこんな男の為に無理して手を汚す必要はないのよ。ディアス隊長もいざという時の覚悟を説いただけで、人を殺める経験を積んで欲しいだなんて思っていないわ。勿論……私もね」
ユイリの言葉に僕はディアス隊長に言われた事を思い出す。……確かに、覚悟はしておけとは言っていたけど、人を討つ事に慣れろみたいな内容は教えられていなかったか……。仮に殺してしまったとしても、気にしすぎる事はない、とも言われていたけれど……。
そんな事を考えていると、ユイリが僕の肩を軽く叩き告げる……。
「……人を殺す事は貴方が思っている通り、とても重いものよ。私だって人を初めて手に掛けた時、3日はその感触が消えなかったわ……。コウは、全てが終わった暁には元の世界へ戻るのでしょう? なら、無益な殺生はやめておきなさい。……その為に、私がいるのだから……」
「ユイリ……、だけど、この男を殺すのは僕が決めた事だ。それを……ユイリや他の人に委ねるのは違うだろ? ……自分の手を汚さず、他人にやらせるなんて事はしたくない。だから……」
「……アンタの覚悟はわかったよ。今の一撃が物語っている。アタイが保証してやるよ。アンタは口だけの男じゃないとね。だから……この場はアタイ達に任せな。なーに、アンタが一瞬で終わらせようとした時は勿体ないと思ってたんだよ。……この屑には、パートン家を侮辱されたばかりか、仲間も一人失う事になっちまった……。この落とし前は、付けさせて貰う。他の連中も、今までの恨みを晴らしたい奴はいるだろうしね」
そう言ってクインティスさんが冒険者達を見やると、呼応するかのように次々と彼らが殺気立ってやって来る……。
「なら俺もやらせて貰うかな。コイツにゃ散々苦渋を吞まされたからよ……」
「レンさん、俺も……やります。フォルナに舐めた真似をしてくれた事は……、あの地獄に叩き落された分も含めて倍返ししてやらないと気が済まねえ……!」
「……うむ、そうだな……。あの局面で婚約者を捨てる様な男だ。ジーニス、つきあうぞ……!」
そこにレンやジーニス、ウォートルと続き……、クインティスさんが喚く屑を引きずりまわすと、そこに冒険者達が殺到した。思い思いにダグラスに対して拷問のような暴行を加えていく一同……。
「ぐぎゃっ!? ぐはっ!! や、やめっ……ギャッ!! ぐわあぁぁっ!!」
「オラッ! こんなんで痛がるんじゃねえよっ!! 死んだ仲間は……もっと辛かった筈なんだっ!!」
「こんなんで楽になれると思うなよ……! そんな簡単には死なさねえ……、
うわぁ……これは……。まさしく死んだ方がマシと思えるような光景が繰り広げられ、如何にこの男が恨みを買ってきたのかが伺える……。最初は横柄な態度を崩さず、コイツらを止めろだの相変わらず訳の分からぬ血迷い事を宣っていたが……、すぐに命乞いをし始め、挙句の果てにはその口も喋れないように縫い合わされたみたいだ。
……みるみるうちに目を背けたくなる程悲惨な状態となっていく
(まさに因果応報、だな……。人の恨みを買えばここまでやられるものなのか……。よく、胸に刻んでおこう。……間違っても、アイツのようにはなりたくないからな……」
出来る事なら僕としても眼を背けたくなるような光景だったが、奴を始末する事を決めた自分が何時までも蚊帳の外という訳にもいかない。僕はシェリル達をグランに任せ、今も尚復讐されているダグラスの下へと向かう……。
「あ……う……」
「これはまた……、見るも無残な姿になったね……」
手足は切断されたのか、最早五体満足ともいかない状態となっていたダグラス。まさに血達磨という言葉に相応しく、こんな状態でも生きているのは偏に延命処置をされた為だ。特に局部に至っては念入りに潰されたようで……、それだけその方面でも恨まれていたという事なのだろう。……正直同じ男としては寒気を覚える光景だった。
「……たしゅ、けひぇ……きゅれぇ……」
「……こんなになってもまだ生きていたいのか、お前は……」
万が一僕がコイツの立場だったら、早く楽になりたいと思いそうなものだけど……。そう思っていると僕がやって来た事に気付いたユイリが駆け寄ってくると、
「死にさえしなければ、回復させる手段があるのよ……。名門クローシス家なら完全回復させる秘薬、『
「おや、アンタも来たのかい? ……じゃあこんなところにしておこうさね。もう充分憂さ晴らしは出来ただろうしね……。後はきっちりトドメをさしな。間違っても蘇れないようにしておくれよ?」
……僕の居た地球では禁忌とされていた死者蘇生の手段だが、この世界では少数ながらも存在するという。神より使命を帯びた者を蘇らせる『
「……確か首を切り離すのも有効とかいったっけ? 元々コイツの首は飛ばすつもりだったんだ。折角だし、そうするか」
「!! ま……まっへひゅれっ……ほんひょうに、おれふぁ、ふぁるふぁ……った……! りょうか……いのひ、だへは……っ!!」
……今更命乞いとか、本当に何考えているんだコイツ。こうなった以上、ここで
「何を馬鹿な……。お前は今まで一度でも、そうやって命乞いや拒絶する声を聞き届けた事があるのか? ……ないだろ? 自分の欲望のままに好き放題やってきたんだ。そんな事をする訳もない」
「そ、そんなほひょは、ないっ……! たのみゅ……どうひゃ、おたしゅけを……!!」
「……へえ、本当にそんな事はないの? それなら……試してみましょうか?」
奴の苦し紛れの言葉にユイリがそう答えると、『
「……これは『真実の王剣』と言ってね、ストレンベルクの王家からシラユキ公爵家にお預けさせて頂いている
「……っ!!」
そのように説明しながら唇で薄く笑うユイリに息を吞むダグラス。証拠とばかりに自分の腕を傷付けるようにして……刃がユイリの腕を通り抜ける。まさしく言葉の通り、嘘や偽りに対してのみ作用する特別な武器という事か。……どうやらコイツの行く末が見えてきたようだ。
「機会をあげるわ。もし貴方が先程言った通り、今までに自分の都合で陥れた者達の懇願を一度でも聞き届けた事があるのなら……、今この場で処刑するのは見合わせてあげる。だけど、それが偽りなのであれば……わかるわね?」
「っ!! い、いや……おれわっ……ぐへっ!?」
「もう喋るんじゃないよ。屑は黙ってその結末を受け入れておけばいいんだ。……それで? その剣を振り下ろすのは誰がやるんだい?」
「……俺がやる。コイツには手を焼かされたし……、間接的にだが身内にも害が及びそうになったからな」
何か言う前に物理的にダグラスを封じ込めたクインティスさんの言葉を受けて、レンがそのように答えながら前に出て来る……。グラン達と共に援軍として来てくれたヒョウさんやハリードさんがそんなレンに呼び掛け、
「おい、レン。身内に害が及びそうになったって……どういう事だ?」
「コイツの部下が言うのに従って、危うくサーシャを拉致られそうになったんだ。……この屑が言うには、俺達のような小国出身の人間なんて貴族だろうと恐れるに足らず、慰み者にでも使って貰えれば有難く思え……だとよ?」
「「…………は(あ)?」」
「誠で御座るか!? ……信じがたい程の下衆じゃな」
「……ここまで救いようのない人間なら延命の為とはいえ、神聖魔法は使いたくありませんでしたね……」
ペさんやポルナーレさんもそう言って嫌悪感を露わにする。まさか
「うぐーっ、むぐぐ……っ!!」
「おやおや、いよいよ死ぬかもしれないと元気が出てきたじゃないか? ま、抵抗したところで……今更何かが変わる訳じゃないけどね」
その口には石なんかを詰められ、四肢も無いという状態で……、それでも生きたいのか最後の力を振り絞る様に抵抗している。……本当に見苦しい。
「さて、さっさと済ませちまうか。この剣で斬れなければ……取り敢えずこの場は助けてやる。……万にひとつも有り得ねえだろうけどな。じゃあ、いくぜー……」
「むべっ! ばべもっ!! ば、べっ」
ザンッという切断音と共に鮮血が舞い……ダグラスの首が刎ねられる。案の定、コイツは慈悲もなく被害者たちを蹂躙してきたという事実が今まさに証明された。何はともあれ、これで後顧の憂いは絶つ事が出来たという事だ。……だけど、
(……直接この手で命を絶った訳じゃないけど、ほぼ僕の意思で殺したようなものだ。穏便にするならばコイツが言っていた通り、裁判にかければ良かった。尤も、その際に色々脚色されて公平な裁判となったかは正直わからないから、後悔はしていないけど、それでも……)
どんなに屑だったとしても、それでも人の命だ。……軽い筈がない。僕自身は殺す殺されるとは無縁の……平和な世界から転移してきた只の一般人なんだ。まぁ……、恐らくは勇者の
「コウ様……」
「……大丈夫だよ、シェリル。少し……考えていただけさ」
僕を案じてこちらにやって来たシェリルにそう答えると、すぐにダグラスの後始末を進めた。五体全てが離れた胴体は骨も残さないぐらいに焼き払う手筈を整え、首はシュライクテーペにて晒す事にする。……散々好き放題にやってきたダグラスがあの町で好かれていたようには思えない。ユイリの諜報から得たデータから見ても、恐らく支配から解放されたとして、僕達に敵対視するという事も無い筈だ。
「よし……、じゃあこのクローシス家の残党共は戦犯奴隷と同様に扱うぜ? 冒険者ギルドに行けば専用の牢獄があるだろうからな。だが……少し人数が多いか? ……少し減らすか?」
「『沈鬱の洞窟』に付いてきた連中は全員始末した事だしねえ……。いっその事、全員主人の後を追わせるのはどうだい? どうせそれに近い境遇を辿る事になるんだ。ここで死なせてやるのも慈悲かもしれないよ?」
二人の会話を聞いて、ヒッと恐怖から声があがる。レンとクインティスさんがどうするのかと問うように僕を見てきたので、
「……無用な殺生は避けよう。元凶はこうして排除したんだ。コイツらは……然るべき機関に委ねよう」
……この者達に罪が無いとはいえない。自分であのダグラスに従う事を決め、その傘下といって数々の恩恵を受けてきたのだろう。中には無理に従わされている人もいるかもしれないが……、敵対勢力に敗北した時点でその処遇は勝利した者達に委ねられる。……僕達が負けていたら、相手に蹂躙されて殺されるか捕らえられて奴隷にされるかしていたのだ。此方には全く庇護が無いのにも関わらず……。だから、仮にここで皆殺しにしたとしても……後ろ指をさされる謂れはない。
だけど……、この場で態々手を下す事も無いだろう。コイツらを使って暴虐の限りを尽くしていたダグラスは始末したのだ。今更その部下たちまで僕達が誅殺しなくてもいいと判断する。……もし後で僕達に対し牙を剥く様な事があれば、返り討ちにしてやればいい。尤も……、ダグラスの悲惨な結末を目の当たりにして、それでも僕達に復讐しようとは思わないだろうし、そもそも彼らに今後自由に出歩ける権利が与えられる事もないだろう。
僕の判断に任せてくれている事もあって、奴らの処遇についてどんどん押し進めていった。無残な姿になったダグラスの胴体はバラバラにされた四肢と纏めて焼却処分とし、その首はシュライクテーペの町で晒される事となり、今まで弾圧されていた人々は歓喜すると共に、晒し首とされているダグラスへ今までの恨みとばかりに石なんかを投げつけられていた。
拘束されたアリストという黒騎士の他、生き残ったダグラスの部下たちは纏めて冒険者ギルドに突き出され、全員懲役奴隷となったようだ。……勇者候補を害そうとする罪は余程重いのか、主の命に従っただけだといっても奴隷とされる事は避けられず、その多くはギルド経由でストレンベルク王国へと移され、鉱山送りや治水工事等に駆り出される事になるのだという……。
また、ダグラスの凶行が回収した証拠から次々と明らかにされ……、最早ストレンベルクとイーブルシュタインの問題というだけでは済まなくなった。ダグラスは自国の民だけでなく、他国の民を……、それも貴族といった高位にある者にまで魔の手を伸ばしていたのだ。例の『地獄部屋』での冒険者殺害は勿論、それらの悪事により……ただクローシス家がダグラスを廃嫡させる程度では収まらず、クローシス本家にも捜査が入り、その結果……クローシス家の御取り潰しが決まった。
それでも賠償が追い付かず、責任の矛先が本国に向けられ……イーブルシュタインはその対応を迫られたようだ。この事件はイーブルシュタイン全土にも伝わり、同じように弾圧されていたところは国からの独立の機運が高まる事になる。……その切欠となったシュライクテーペの町が最初に国から独立を果たすのだが……、それは後の話である。
そして僕達はシュライクテーペにてやるべき事を終わらせた後は、昨日の神湯泉に入らせて貰ったのち町の人々の歓待を受け、翌日には援軍に駆け付けてくれたグラン達や親しくなったカートンの一派、そして……一時的にストレンベルクの預かりとなったロレインと共にイーブルシュタインの皇都、イシュタリアに向かう事となるのだった……。
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