第61話:コウの覚悟

※流血、人が死んでいくといった描写があります。苦手な方はご注意下さい。






「な、何故貴様らが……!? おまけに……どうしてあのエルフ達まで帰還してきた!? い、いや……そんな事は今はどうでもいい……」


 僕らがこの場に現れた事に気が動転しているようだな。……まあ、殺したと思った人間が現れたらそのようにもなるか。僕はその様子を冷めた目で眺めつつ、次にこの屑ダグラスがなんて言い出すのかと構えていたら、


「ボスは!? 『沈鬱の洞窟』のボスはしっかりと仕留めたんだろうな!? ボスを倒すまでがこの緊急依頼プレシングクエストの契約である筈だぞ!!」

「……よくそんな滅茶苦茶な事が言えるな。そのボス部屋の前で……『地獄に繋がる墓所』に転移させたのはお前だろうに……」

「そして、あそこからフォルナを攫っていち早く脱出したのがテメエだ! ……そこに彼女がいる事自体、俺らを嵌めてくれた張本人であるという何よりの証だ! テメエ……本当に覚悟は出来てんだろうな!? さっさと、フォルナを解放しろっ! この屑がっ!!」


 僕に続いてジーニスがいきり立ちながらダグラスにそう言い放つ。……フォルナを連れ去った元凶を前に、かなり熱くなっているようだ。一見すると彼女は無事なようだが、上半身は衣服を剥ぎ取られたのか、下着を身に付けているだけだ。……結構ギリギリのところだったのかもしれない。そんな状況を目の当たりにして、ジーニスが殺意を向けるのは当然の事だろう……。


「……彼らを『地獄に繋がる墓所』へと転移させた証拠はあるわ。実際に、数多くの冒険者が命を落とす中で、コウ達が無事だったのは奇跡とも言えるかもしれない……。貴方は……一線を越えたのよ」

「何を訳のわからん事を……! 兎に角! さっさとダンジョンに戻ってボスを倒してこいっ! ああ……、そのエルフは預かっておく! 契約を違えようとするばかりか、クローシス家の俺様に意味不明な因縁をつけようなど……! 今回は見逃してやるから、女を渡してとっとと行けっ! 今度この緊急依頼プレシングクエストを放棄しようとしたら……わかってるだろうな!?」


 ユイリの呼び掛けに被せるかのように自分勝手な理屈を押し付けてくるダグラス。……まるで別の生き物を相手にしているようだ。全く話が繋がらないばかりか、そんな理屈が通るとこの屑は本気で思っているのだろうか……?


「……ロレイン、君の元婚約者があんな事を言ってるけど……、君はどう思う?」

「……あの人は自分の都合の良い事しか理解しようとしないのよ。何でも自分の思い通りにしてきた人だから。……今だから話すけれど、相当無茶な事を押し通してきたわ。何度か実家の力を使って揉み消した事もある……。私のような格の落ちる家の女を婚約者としたのも、魔女の力を利用する為よ。……色々と脅されたりもしたわ。まぁ……貴方も知っている通り、あの場で切り捨てられた訳だけど……」

「き、貴様……ロレイン!? 何故生きて……っ! 確実に致命傷だった筈……!」


 ロレインの姿を認めて、わなわなと指を突き付けながら叫ぶダグラスに僕は、


霊薬エリクシールによって、命は取り留めたんだよ。因みに彼女はお前の悪事を明らかにしてくれると約束してくれている」

「ふざけるなっ!! おい、ロレイン! さっさと戻ってこいっ!! 貴様は俺の婚約者だろうが……!」

「……元、でしょう? 貴方が勝手に破棄してきたじゃないですか……。私の姉や……妹を奴隷にして、家族を滅亡させるなどと息巻いて……! 絶対に、許さないわ……!」


 拘束されながらも、ロレインはそう言ってダグラスに殺気を放つ。


「……もしも、拘束されていなかったら……『氷河地獄魔法コキュートス』をぶつけてるところよ……!」

「貴様……! 誰に口を聞いているのかわかってるんだろうな……!? いいから……、こっちに戻って来いと言ってるんだ!! 『拘束解除魔法リストレイントスルー』を使えるだろうが! 早く戻ってこないと、本当にテディーレット家を滅ぼすぞ!?」

「見苦しいとは思わないのか? ……もう彼女がお前の味方をする事はないと理解できないのか? ここにいる僕達が……今更お前の名家の権力とやらを怖がっているように見えるのか……?」


 見かねて僕はダグラスに対しそのように言葉を突き付ける。ここまで言ったら……次にコイツがどう反応するのかは大体予想がついていた。わなわなと怒りを震わせながら鬼のような形相をしていたかと思うと、フォルナを前面に出して何やら豪華な鞘から剣を抜き放ち、


「いちいち五月蠅えっ!! いいから貴様ら下民共は俺様の言う事を聞いてればいいんだよっ!! 言う事を聞かねえんなら、この女を豪華絢爛宝飾剣ごうかけんらんたからかざりつるぎの試し斬りにして……!? き、消えた、だとっ……!?」

「…………射程範囲よ。彼女は返して貰うわ」

「フォルナッ!!」

「っ……ジーニス!!」


 能力スキルでダグラスの下からフォルナを取り戻し、開錠の能力スキルで戒めを解くと、マントのようなものを羽織らせたユイリ。すぐにジーニスがやって来て、その姿を認めたフォルナが彼の胸に縋りつく。彼女を抱き留め安堵した様子のジーニスを見て、最悪の事にはならなかったみたいだと、僕は密かに胸をなで下ろしていた。


「ぬぬぬ……っ! 何処までも俺様に逆らうか! ……おい! コイツらに思い知らせてやれっ! クローシス家に歯向かったらどうなるかを……徹底的になっ! それと……あのエルフを捕まえて俺の下に連れて来いっ!! 邪魔する奴はぶっ殺せっ!!」

「「「オオォォ――ッ!!!」」」


 ついに部下たちに号令をかけるダグラス。僕達を取り囲むクローシス家の兵たちが怒号をあげて襲い掛かってくる……。


「……もう少し時間を稼ぎたかったな」

「コウ、貴方……ちょっと挑発しすぎたんじゃない? フォルナを取り戻す為に相手の冷静さを削る為とはいえ……」

「だが、警戒される前にフォルナを助け出せたんだ。……どの道、こうなる事は既定路線だろ? 後は……適当に時間を稼ぎながら暴れるだけだぜ……!」


 僕が溜息交じりに漏らした言葉にユイリがややジト目になって僕に言葉を掛けてくる。そんなやり取りにレンが武器を構えながらそう締めくくり……、


「ヒャッハーーッ!! 大人しく女を渡せっ!! ダグラス様のご命令だぞっ!!」

「ダグラス様に歯向かう愚か者共がっ!! 死にやがれぇっ!!」

「……ハッ! テメエら雑魚どもに俺を殺れるかよ……っ! 『回転斬りローリングスラッシャー』!!」


 人数を頼りに此方を舐めてかかってくる敵を高速回転しながら一瞬の内に斬り裂くレン。出鼻を挫かれて怯んだ隙を見逃さず、他の面々も一斉に迎撃を開始する。


「名家の威を借る卑怯者共が……! 図に乗ってんじゃないよ……っ! 『旋回斬撃スイングブレイク!!』

「喰らって吹き飛びな……っ! 『粉砕骨断』!!」

「俺も続くぜぇ……っ! 『小転円舞』!!」


 クインティスさんをはじめ、シクリット、セカムもそれぞれ大技を繰り出し敵を圧倒する中で、援護とばかりに冒険者達の魔法攻撃も降り注いでいく……。完全に先程までの勢いは殺され、人数の優位性が発揮しきれない状態となった。


「コイツら……! クローシス家に逆らうというのかっ!?」

「正気か!? この国で、いや何処だろうと生きてられなくなるんだぞ……!?」

「そんな事をテメエらに心配される謂れはねえよっ! くたばりなっ!!」


 レンが狼狽える兵士の中に飛び込み、一人二人と斬り捨てていく……。袈裟斬りにし、続いて薙ぎ払い……、返り血が舞い一方的に蹂躙していくその姿は戦鬼を思わせるようだ。

 さらには別の場所でクインティスさんも暴れ出し、セカム達の援護の元、連携して蹴散らしていった。


「てめえら、何をやっている!? 少数相手になんてザマだ!! どれだけ使えねえんだ、糞共が……っ!!」


 計算が狂い完全に僕達のペ-スとなった戦場に憤るダグラス。とりあえず今のところは想定通りだ。大分頭にきてるみたいだし、そろそろ次に備えるか……。


「思うようにいかないからって喚くなよ。……弱く見えるぞ?」

「があああぁーーっ、うざってぇ!! キルパートッ!! そして他の『七天将星』もこの場にいる者は全員でかかれっ!! 奴らに思い知らせてやるんだっ!! 特に……その生意気な糞下民は生まれてきた事を後悔するくらい念入りにぶっ殺し……、何があろうとそこのエルフの女だけは確実に俺の下に連れ攫って来いっ!!」


 ぶちギレしたらしいダグラスが奥の手を切ってくる……。数は多いが実力はまちまちで、基本的には問題なく対応できる私兵達とは違い、大名家というクローシスに仕える実力者……。ついにそいつらを駆り出してきたのだ……。


(……問題はカオスマンティス戦の後遺症が残っている中で、僕らで相手に出来るくらいの強さであればいいんだけど……)


 魔女であり僕達に敵対していたロレインは強力な魔法を使いこなす、かなりの強敵だった。恐らくは同じかそれ以上の強さを持っている実力者が出て来る筈だ。……問題は強すぎなければいいんだが、いくら何でもあのカオスマンティス並みの化け物が出張ってくる事はない……と思いたい。


「……んっ!? んむっ……ん゙ーっ……!!」

「コラコラ……、抵抗しても無駄ですよ、大人しくしてなさい……」

「!? な、何だと……っ!?」


 咄嗟に僕の背後を振り返ると、シェリルの口を塞ぎ両腕を封じるように拘束する壮年の黒ずくめの坊主のような男が立っていたのだ。気配を感じさせずに僕らから少し距離をとり、シェリルを捕らえている男に、僕はすぐさま『評定判断魔法ステートスカウター』を使用する。




 RACE:ヒューマン

 JOB :暗殺者アサシン

 Rank:118


 HP:242/264

 MP:92/108


 状態コンディション:不動心、潜伏ステルス(解除状態)




(……強いな。それに警戒していた筈なのに、僕とユイリに気付かれる事なくシェリルを捕まえるなんて……!)


 僕達の警戒網に引っかからなかったのは、『潜伏ステルス』という名の能力スキルに関係しているみたいだけど……。そう思いながら僕は彼女を取り戻すべく距離を詰めようとすると、同じだけ敵が後ずさる。


「……私の『槍衾』を抜けて彼女を捕まえるなんてね。同じく隠密系の職業ジョブ……という事かしら?」

「貴女もそこそこの使い手のようですが……、この国でも伝説と謳われた『暗殺者』である拙僧の敵ではありませんな。『惨劇のキルパート』と名乗れば少しは理解出来ましょうか……」

「! さ、惨劇のキルパートだって!? あの、歩けば血の雨が降り、狙われた奴は必ず死ぬという……、伝説の殺し屋か!? 御伽噺だと思ってたぜ……」

「そういえば……イーブルシュタインに伝わる話だったわ……! それが、この人だとしたら……、ジーニスッ!」


 ……伝説の、暗殺者……! これはまた、御大層な奴が出てきたな……。恐れ戦くジーニスにフォルナがぎゅっと彼にしがみつくのを尻目に、僕は背筋に冷たいものが流れるのを感じつつも、その暗殺者に向き直る。……相手が何処の誰だろうと関係ない……。何としても、シェリルを助け出さないと……!


「……コウ!」

「シェリルを……離せっ!!」


 僕はアイコンタクトでユイリと頷きあうと、一瞬で距離を詰めるべく勢いよく地を蹴りシェリルを捕らえている男へと肉薄する。しかし……、


「!? 消えた……!?」

「っ……上よ、コウッ!!」


 ユイリの声に見上げると、再び消えたと思っていた男が空中に浮いていた……!


「ン――ゥ、ㇺ――ッ!!」

「……『空中移動スカイウォーク』です。では……この娘は頂いていきますよ」


 パタパタと両足をすり合わせながら自分の場所を知らせようとするシェリルに構わず、そのまま彼女を連れ去ろうと歩を進めようとする男。……そうはさせるかっ! このまま此方が手を出せないと思うなよ……!


「……逃がすかぁっ!!」

「何……っ!? は、離せっ! 離さぬか……っ!!」


 僕はすぐさま男を目掛けて飛び上がり……その脚を掴む事に成功する。そして、『詠唱破棄』の能力スキルで持って『重力魔法グラヴィティ』を自分に掛け、移動が出来ないように重しに見立てた。

 暗殺者はそんな僕を掴まれていない方で足蹴にして引き離そうとするが……、離す訳が無い。そして、少しでも時間を稼げればユイリが……!


「…………『転身再起』」

「!? 娘が……奪われた、だと!? 先程の……あの女子おなご能力スキルか……っ!?」

「そぉりゃああぁぁ……っ!!」


 ユイリがシェリルを取り返したのを見届け、僕は暗殺者をジャイアントスイングよろしく、空中で振り回して投げつけた。そのまま叩きつけられると思いきや、男は上手く体勢を立て直し、ふわりと着地する。……僕も『重力魔法グラヴィティ』で調整して地面に降り立つと、先程までの冷静だった男が苛立ったかのような形相を見せ、


「……些か侮りすぎましたか。坊ちゃま……失礼、我が主がそのエルフの娘を特に御所望されておるので、其方を先に優先させようとしたのですが……、どうやら余程死にたいとみえる……」

「コウ様……っ」


 ユイリによって助け出されたシェリルすぐさま僕の方に駆け寄ってくる。僕は彼女を後ろに隠すようにして、ウォートルに呼び掛けた。


「ウォートル……、悪いけど先程の能力スキル、お願いできないか……? 流石に秘技術能力シークレットスキルなら、奴もすり抜けてはこれない筈だから……。シェリル、ここは彼のところまで下がってくれ」

「……うむ、任されよう」

「……わかりましたわ。……お助け下さり、有難う御座います。コウ様もどうか、お気をつけ下さいませ」


 僕は徐々に強くなってくる敵の殺気を受け流し、彼女を『ソウル.トランス.フィールド』を張ったウォートルのところまで下がらせる。それを見届けたところで、僕は目の前の男に備えた。


「ほう……、そんな能力スキルを使用できますか。確かに拙僧の潜伏ステルスでも、あれを正攻法で突破するのは難しいかもしれません。……あの『地獄に繋がる墓所』から帰還するだけの事はある……という事ですかな。不倒の存在であるカオスマンティスからどう時間を稼いだのか疑問でしたが……、あれなら確かに耐えられる……か」

「……まるでそこにいたみたいな言い草だな」


 僕のその言葉に、キルパートという名の暗殺者はクククッと嘲笑し、


「拙僧もあの場に居たのですよ。……潜伏ステルスも看破できない程の実力差があるので仕方ないかもしれませんがね。拙僧は坊ちゃまの護衛として、影として同行するのです。其方の裏切り者の魔女から聞いていませんかな?」

「あの場に護衛でいた……だと? じゃあ……何故主の危機に出て来なかったんだ……? あの時、彼女を身代わりにしていなければ、アイツは……」

「身代わりにしていた事を知っていたから放置したのです。主のご期待にも沿えず、任務ひとつまともにこなせぬ者が婚約者ヅラする程滑稽な話もありません。切り捨てるには丁度良い機会と思い、あえて防がなかったのですよ」

「……私の事を、そのように捉えていたんですね。取るに足らない……何時でも切り捨てられる存在だと……」


 仮にも嫁ぐ予定だった家の者から残酷な事実を聞かされ、ロレインが悲痛な面持ちで呟く。そんな彼女に暗殺者は、


「ククク……、まさに名家の端くれとも言うべき没落名家……、確かテディレット家、でしたかな? そんな三流名家が偉大なるクローシス家の血族となる等……、有り得ると思いますか? 利用できる内は上手く使い、然るべき時がきたら大名家に相応しい家柄の令嬢を迎える事になっていたのですよ。……まぁ、貴女は見栄えは悪くありませんから、クローシス家の慰み者としては囲って貰えたのではありませんかな? ククク……ッ!」

「……どうやらお前も屑のようだな、この生臭坊主め……。命令で使われているのなら……と思っていたけど、お前は違うようだ。それなら遠慮は要らないな……」

「遠慮? 全く……実力差もわからぬ愚物はこれだから嫌になる。遠慮しようが何しようが、貴方が死ぬのには変わらないんですよ。そんな事もわからないとは……、今すぐ細切れにして差し上げたいところですが、まずは我が主を裏切ったその女から始末するとしましょうか……!」


 そう言って何処からともなく短剣を取り出したかと思うと、ロレインに向かって音も無く投擲した……! 防ぐ間も無く一直線に彼女に向かって意思を持つかの如く短剣が飛んでいくも……、ガキンという音と共に弾かれ地面に落ちる。しかし、弾いたウォートルだったが、それを受けた時苦痛に歪む。


「グッ……!」

「……成程。どうやらそのバリアは貴方の命に直結する類のもののようですね。ならば、ひたすらバリアを攻撃すれば貴方の命が尽きてそれも解除されるというのが道理……。再びエルフの娘を奪う為にも、まずバリアを排除しますか……むっ!?」


 先にウォートルに狙いを定めたらしい暗殺者にやらせるかと飛び掛かろうとした矢先、巨大な斧を模ったような魔力の塊が男の下に投げ込まれる。いち早く気付き難なく避けるも、それを放った人物は……、


「チッ……、流石にあんな『闘斧爆撃ウォーボンバー』では倒せないか」

「姉さん……! 無茶ですよっ! コイツを前に他のところに気を回すなんて……っ!」

「そうですよっ! 普段の姉御なら、喰らう事のない攻撃でしょう!? コウ達のところはアイツらに任せて……!」

「ふむ……、アリストを相手にしながら拙僧に攻撃を仕掛けてくると……。彼相手にそんな隙を晒して生きていられるとは、貴女も中々の強者であるようだ……。ですが、もう一度試す事はお薦めしません。次は流石に死ぬことになりますよ……?」


 さっきの攻撃はクインティスさんだったか……。しかし腹に傷を負ったようで、血が滲んできている……。セカム達が応急処置をしているが、大丈夫なのか……?


「クインティスさん……! ここは僕らが防ぎますから、貴女はそちらに集中して下さい……!」

「……だが、ヤバかったじゃないか。そこの……ウォートルの能力スキルが無かったら、彼女は殺されていたんじゃないかい?」


 それは……その通りだけど……。でも、どうしてクインティスさんが……? 彼女なんて殺すなり犯すなりした方が後腐れがないなんて言っていたのに……。やっぱり……、それが彼女の本心ではなかったか……。


「……ふん、助けると決めた以上はね、アタイだってそれなりには扱うさ。このセカム達を守ってくれたウォートルにも借りがあるし、ね……。だが、まさかアンタがパートン家に嫁いできたウェディ様の妹とは思わなかったけど、ね……。先程は悪い事をしたかね……」

「……気にしておりません。まして私は捕虜の身です。ですが……そう、でしたか……。私はウェディ姉さんが嫁いだパートン家のゆかりの方々を……」

「おやおや……、妙なところで繋がりがありますね……。アリストッ! 此方は拙僧で充分です。貴方はそちらを確実に始末なさい!」

「……クインティスさん。僕達を信じて下さい。一度シェリルが敵の手に落ちそうになるなど、不覚をとりましたけど……これ以上はやらせません。だから貴女は其方をお願い致します」


 確かにシェリルの件は計算外だったが……、奪われる事なく取り戻し、ある意味万全の体勢を敷く事が出来た。敵の切り札というべき戦力は、僕らの前にいる暗殺者と、クインティスさんのところにいるアリストと呼ばれた黒騎士、そしてレンとアルフィーが相手にしてくれている冒険者崩れのような戦士の3人だけのようだ。それぞれ強敵だが……、これなら想定の範囲内。後は打ち合わせ通りに動いていくだけだ。


「……わかったよ。アンタにも借りがある。ここはアンタの言う事を聞いておくよ。……確かにコイツは他事を気にしながら相手に出来る奴じゃないようだし、ね……」

「ひとつ確認しておきますが……、貴方、頭は大丈夫ですかな? もしかして、拙僧達を相手に生きていられるとか思っておられる……? 『七天将星』が3人も出張って……、まして拙僧はここにいるアリスト、バンケーシよりも強いのだぞ……? それを……何とかできるとでも言いたげな物言いは、一体何なのですかな……!」


 プライドに障ったのか、一層殺気を膨れ上がらせる暗殺者を前にしても、僕のする事は変わらない。


「聞こえなかったのかい? お前なんて僕達で充分に対応できると言ったんだよ。その潜伏ステルスという能力スキルは凄いけれど……、一度姿を現した以上、もう不覚は取らない……」


 姿を消したままシェリルを連れ去るなんて事が出来たらやっていた筈なのに、それが出来なかったのには理由がある筈だ。……ある意味、いきなりシェリルを狙った事は僕にとっては幸運だったのかもしれない。最初に僕の暗殺に使われていたら、『敵性察知魔法エネミースカウター』で殺気を拾えたかどうかは正直わからなかった。


「……シェリルを連れ去る事に失敗したお前もロレインさんの事を笑えないよ。お前の言葉を借りるなら……、主の期待に沿えない、任務ひとつまともにこなせないお前がロレインさんと何が違うんだ? 伝説の暗殺者などと大層な渾名が付けられている割には大した事ないな」

「…………この青二才がっ! いいでしょう、少し本気を出す事と致します。自分の命を守り、その娘をどこまで拙僧から守り切れるのか……、お手並み拝見といきましょうか。口だけは減らないようですが……拙僧の動きにはたしてついて来られますかな!?」

「来るわよ、コウッ!! わかっているわね!?」


 ああ、わかっているさ! 未だ致死毒から回復しきれていないジーニスには、流石にコイツの前には出せない。シウスはアルフィーにつかせてレンと共に戦っている。クインティスさん達と生き残った冒険者達で、あのアリストとかいう黒騎士に当たっている。だから……、このキルパートとかいう暗殺者には、僕とユイリで相手取る。ユイリは反対していたけど、状況を考えるとこうするしかないんだ。


「……いくぞっ! お前が侮った僕の力……! 本当に取るに足らないものなのか見せてやるっ!」

「面白い冗談ですね! 拙僧の手で細切れに斬り刻んであげますから、覚悟して貰いましょうかな……っ!!」











「へっ……、誰かと思えば……テメエ、レンだろ!? Aランククラン、『獅子の黎明』の団長だったレンだよな!?」

「……そう言うお前のツラも見覚えがあんな……。確か、バンケーシっていったか? 何だ? 冒険者から足を洗って、名家サマのお抱え用心棒にでもなったってか?」


 俺はアルフィーを庇いつつ、相手の手にした斧矛を捌きながらその呼びかけに答える。


「それはテメエにも言える事だろ? テメエの方こそストレンベルクの用心棒みたいなもんだろうが。ま、テメエが抜けた途端にSランクに上がった『獅子の黎明』を見る限り、能無しだったようだがな!」

「……俺が能無しかどうかは俺が決める事だ。テメエにとやかく言われる筋合いはねえ。確か何処かの貴族を襲おうと計画して、それがバレてストレンベルクからは追放されたって事だったか? そんな真似をしでかしておいて、冒険者を続けていられるとは思ってなかったが……、辿り着いた先がクソ名家の犬ってか? 笑えるじゃねえか、今度はその名家に何れ牙をむこうってのかい?」


 蔑んだようにそう嘲笑してやると、奴はフンとひとつ息をつくと斧矛を肩に担ぎ、


「いや……、オレの目的は復讐だ。ここに居れば……何れオレの復讐は叶う。あの方自身、オレと考え方もそう変わらないし、言う通りにしてればそれなりに恩恵は預かれる。実力を示せばこうして『七天将星』という立場も頂ける……。何より……、あの方はストレンベルク如き小国の事など、何とも思っていない。それが、貴族であろうと何だろうと……、歯牙にもかけないって訳だ。そうなれば、やがて貴族にも手を入れていく事だろう。そう、オレが追放される切欠となった、あの女の家にもなあ……!」

「女……? 確か、お前が襲う計画をしていた貴族って……、まさか……」

「……そうだ、あの女だよ。あの冒険者ギルド『天啓の導き』において受付嬢をしていたサーシャの事だ! 一番人気で数々の男に言い寄られて調子に乗ってやがったあの女を手篭めにしてやろうと狙ってたってのに……、何故かオレの計画は明るみに出ちまった……。実行に移す直前で破綻しちまったばかりか、オレは国からも追放処分となっちまった……」


 憎悪をむき出しに俺を睨みつけてくる相手に、俺は静かにレイヴンソードを構える……。そして、アルフィーに対しこう告げた。


「……コイツは俺が殺る。お前は下がってろ。屑とはいえ、コイツの実力は確かだ。基本的にソロで活動していたが……、たまに大規模依頼レイドクエストで一緒になった際は目を見張るくらいの成果をあげていた。俺がコイツを覚えていたのは追放されたからってだけじゃねえ。単純に将来を渇望された、冒険者だったからってのもある」

「それなら尚の事、レンさん一人じゃキツイじゃないですか……! そりゃあ、自分では足手纏いかもしれませんけど……」


 その意気込みは買うけどな……。俺はアルフィーの肩に手を置きながら、


「……お前を死なせる訳にはいかねえ。コウだけじゃなく、シーザー達からも託されてんだ。お前の気持ちだけは貰っておく。……おいワン公、お前もシェリルさんからコイツの事を任されてんだろ? だったら……、ここは俺に任せてお前も下がれ……」

「…………ガウ」

「シ、シウスッ!? ちょっ……引っ張るなよっ……!」


 俺の言った事を理解したのか、アサルトドッグはアルフィーの腕を咥えて後方に下がるよう促していく……。それを見届けると、


「……相変わらず甘い奴だ。アイツを捨て石にして戦えば、少しはテメエにも分があったかもしれないのにな。これで……テメエが死ぬ道しかなくなった」

「そいつはどうかな? お前は勝つためには手段を選ばねえ奴だ。……下手に人質に取られた方が面倒だと思っただけさ」

「だから甘いんだよ。人質にされようが切り捨てちまえば良かったんだ。……本当にテメエはイラつく奴だった。仲間に甘く、だからなのか仲間から慕われやがる……。サーシャからも慕われていやがったな。テメエの事はずっと気に入らなかったぜ……!」

「……アイツはガキの頃からの腐れ縁だったからな。それに、気に入らねえのはお互い様だ。他人を平気で捨て石にしたり、手柄を奪って自分のモノにしたりと、本当にいけすかねえ奴だった。そのツラを見なくなってせいせいしていたのに……、こんなところで再会する事になるとはな。……アイツの為にも、ここでお前は仕留める。確実にな……!」


 そう言って俺はレイヴンソードを水平に薙ぐ。その剣圧より発生した真空の刃がつむじ風となってバンケーシに襲い掛かる。


「……へっ! こんなもん、躱すまでもねえなっ!」


 あっさりと俺の『鎌居達』を手にした斧矛でかき消してしまうと、今度は相手が武器を突き付けながら疾走してくる。……槍技の基本のひとつ、『追突槍撃チャージング』だ。俺はそれを自分のレイブンソードで受け止めるも、瞬間嫌な衝撃が全身を駆け巡った。


「ぐっ……!?」

「馬鹿がっ! オレのフレンジーハルベルトをまともに受け止めるとはなっ! この武器には敵の精神を撹乱する魔力が掛けられている! ……まさかこんな呆気なく幕切れとはなぁ……、ええ? ストレンベルクの英雄候補にまで祭り上げられていたレンさんよぉっ!!」


 続いてバンケーシはその斧矛を振り被り勢いよく斬撃を放ってきた。袈裟懸けのようなその一撃を数歩下がって躱したものの……、先程の衝撃はまだ自分から抜けてはいない。……あの化け物カオスマンティスと対峙していた時の副作用であろう『死の錯覚』と相まって、俺の精神を蝕んでくる……。


「……さあて、折角の機会だ。じっくりと甚振ってやるとするかぁ! ……せいぜい楽しませてくれよ?」

「レンさんっ! 自分も加勢をっ……!」

「来るなっ!! お前ではコイツの相手はまだ無理だ……!」


 ヤバい状況を察して駆け寄ってこようとするアルフィーらに、俺はそう叫んで制する。ピタリと足は止まるものの……、アルフィーは食い下がった。


「それでもっ! このままじゃアンタが……っ!」

「……心配すんな。こんな状況、屁でもねえよ……! それに……俺にも考えがある」

「こんな状況で何言ってんだか……。じゃあ聞かせてくれよ……その考えってヤツをよぉっ!!」


 俺の言葉を受けて癇に障ったのか、再びバンケーシが襲い掛かってくる……。先程同様、斧矛で突きを繰り出してから、斬撃に繋げる戦法なのだろう。今度は受け止めないようパリィで躱すべく、斧矛の軌道を避けようとするが、


「オラッ! 武器をいなすのに集中しているせいで、脇ががら空きだぜっ! ……『飛燕爆裂脚』!!」

「ガハッ……!」


 それを読んでいたのかバンケーシは回し蹴りを放ち……、続いて隙だらけとなった腹に向けて体技の能力スキルを叩きこんできたのだ。その衝撃に俺は吹き飛ばされながらも、何とか倒れる事は避けた。そんな中で、攻撃の手を緩めることなくバンケーシの猛攻は続く……。『二段突き』から『旋風槍』……、瞬間的に音も無く攻撃を加える『夕凪』に、『地烈振』や『覆地翻天』といった斧技まで、間断なく攻め立ててくる……。

 何とかここまでは凌いできたが……、俺はレイブンソードを地に突き立てながら、自力で立っている事も容易ではなくなってきた。


「……無様だな。これがあの国が誇っていた『獅子の黎明』の元団長とは思えねえな。貴族であったオレを追放して……、テメエのような平民からの成り上がり野郎を国の中枢に据えるとは……、ストレンベルクも長くはねえな。そしてあの女も……、オレを受け入れていれば良かったものを……。まぁ、拒絶した代償はあの豊満なカラダで払って貰うがな……! あの男好きする顔と、その下に備えている魅力いっぱいに育った立派な体でなぁ!!」

「……お前のような屑をアイツが受け入れる訳ねえだろうが。だが、そうだったのか……。襲われる計画の対象になっていたのが……サーシャだったんだな。……アイツ、貴族絡みの内容に関しては迷惑を掛けまいと俺に弱みを漏らす事はなかったから……、まさかそんな危うい状況になっていたとは思わなかった……」


 ……一時期、明らかに様子がおかしいと思った事はあった。アイツが他の男どもに言い寄られるのは日常茶飯事だったから、うまく切り抜ける事に掛けては全く問題なかったんだ。だけど、ある日……アイツの同僚で、仲の良かった友人が俺に相談してきたんだ。貴族関連で何やら面倒な事になっているのと、どうやら誰かにストーカーされているという事を……。


「……計画は完璧だった。既に女の行動パターンは検証済みで、野盗の仕業に見せかける為の工作も、その為の人員も……、攫ったアイツを性奴隷に堕としてオレの下へ連れてくる手筈も……、そしてその後の根回しも全て整っていたんだ。後は実行に移すだけだった……。それがどういう訳か計画が発覚して、雇った人員もオレを裏切りやがった……! 結果、俺は冒険者の資格も貴族籍からも抹消され……、犯罪者として国から追われる事になっちまったのさ……! 尤も、オレを裏切った野郎どもはもう既にこの世にはいないけどな……!」

「お前は……サーシャの事をなんだと思ってやがる……! 性奴隷だと!? ふざけた真似を……! アイツは良く笑い、たまには怒り……、悲しかったり辛い事があったら涙を見せる……、そんな普通の女なんだ! アイツの事なら……ガキだった頃から知ってる。努力家で、辛い仕事にも人前で弱音を見せず、貴族でいながらも平民を絶対に見下さない……、俺の、自慢の幼馴染だっ! そんなサーシャを……テメエなんかの慰み者にさせてたまるか……っ!!」


 俺は気力を振り絞り、地面から剣を抜き放つと無造作に構える。アルフィーは何か言いたげな様子だったが……、黙って俺の言いつけを守っていた。だけど本当に危ない時は駆け付ける……、そのような意思が見て取れて俺は小さく苦笑する。そんな俺の様子を冷たく見据えながら、バンケーシは言葉を吐き捨てた。


「……ハッ、笑わせやがる。そんな満身創痍なテメエに一体何が出来るってんだ? ……テメエみてえな幼馴染がいたせいで、アイツは男からの誘いを断り続けた……。そこら辺にいるような屑共のものだけなら兎も角、オレのような貴族の誘いも、な……。断れないよう上手く貴族の伝手も使って話を持ち込んだってのに……、アイツは結局あしらいやがったんだ……! この屈辱が、テメエにわかるか……!?」


 そう言うとバンケーシもまた斧矛を俺の方へと向けると、先程の様に突進して来ようと態勢を整えだした。


「テメエをいたぶんのも飽きた……。これで終わりにしてやるぜ。テメエはあの世から……サーシャがオレに嬲られてよがる様を見ていればいいさ。……あの女がベッドでどんな鳴き声をあげて、どんな風に乱れるのか……、クククッ楽しみだぜっ! 想像するだけで生唾が出ちまう……!」

「……無駄な事だな。そんな想像が叶う事は有り得ねえ……。テメエは死ぬ……! 今日、ここで……!」


 俺もまた奴の動きに合わせるべく、霞の構えとも呼ばれるソレで、自身の剣をバンケーシの顔へと向ける……。バンケーシの言葉じゃないが、俺としてもこれ以上戦いを長引かせるつもりはなかった。

 ……負けたら今すぐではないにしても、何れサーシャが躯を奪われる事を意味する……。まさか、こんなところでアイツの貞操を賭けた戦いに興じる事になろうとは思わなかったが……、逆に言えば俺が把握する形で露呈した事は幸いだったともいえる。何故ならば……。


「……くたばりやがれっ!! 『裂駆突槍』!!」


 バンケーシは『追突槍撃チャージング』の体勢から槍を押し出すように突き出してくる……。俺は剣を構えたままでいると、「諦めたかっ」と勝利を確信したかのように吠えるバンケーシ。俺は最大限引き付けて、最小限の動きでその攻撃をレイヴンソードでいなし…………、奴の顔を掴むようにして技を繰り出した。


「…………『リベンジバースト』」

「ぐわああぁぁっ!?!?」


 能力スキルを発動させた瞬間、バンケーシはそのまま倒れその場でゴロゴロと転がり続ける。


「お前も冒険者をやってたんなら知ってるだろ? ワイルドドッグって魔物モンスターが使う魔技のひとつで、自身が受けたダメージを相手にも味わわせる能力スキルさ。……『頸刎斬ネックチョンパー』で一撃必殺を狙ってもよかったんだが……、外したら面倒だし、警戒されちまうからよ? ……確実に殺せる手段を選んだって訳だ」

「ぐぅぅ……っ、ど、どうして、テメエがそんな技を……!? がはっ!? グググッ……、身体が、動かねえ……!? それ程のダメージを……、受けちまったってのか!?」


 ……この技は俺がまだ冒険者になって駆け出しの頃、群れで出てきたワイルドドッグに何故か執拗に『リベンジバースト』を仕掛けられ……、指一本動かせないくらいの瀕死のダメージを負った時に、そのトラウマから学習ラーニングしちまったものだ。あの時は本当に死ぬかと思ったし、その技の使用頻度も決して多くはないといわれていた事に加え、他にも仲間がいたのにどうして俺だけ……なんて思ったものだ。


(まぁ、ここでゴチャゴチャ愚痴る事もねえか。そういえば、サーシャを初めて泣かせちまったのもその時だったかな……?)


 瀕死で運び来られた俺を見て、取り乱したように縋りつき、動けるように回復するまでずっと傍に居てくれたんだったか……。同じくらいの年頃だった事もあり、気軽に接していた事もあってそれなりに話すようになっていたんだが……、その後で本気で怒られたのもその時が初めてだった筈だ。……と、いけねえいけねえ。回想に耽っている間に、モゾモゾと逃げようとしているじゃねえか。


「おいおい、何処へ行こうっていうんだ? 逃がす訳ねえだろ?」

「た、頼む……! 見逃し、てくれ……! もう二度と、テメエたちに……関わろうとしねえ……!」

「そんな話が通る訳ねえだろうが。さっきまで俺を殺そうとしていた奴が、いざ自分が殺されそうになったら命乞いだと? 馬鹿も休み休み言え……! いや、馬鹿は死ななきゃ治らねえって聞いた事もあるな。……という訳で、死ねや」


 俺はバンケーシを踏みつけると、レイヴンソードを振りかざす……。


「オ、オレはストレンベルクから持ち出した……ある重要な道具アイテムを、異空間に隠して、ある……! オレを殺せば……それは失われることに、なるぞ……!」

「あー……、それはお前が死んでても問題ねえ。余計な心配せず、安心して死んでくれ。……サーシャを手篭めにしようと虎視眈々と狙ってるゴミを……、俺が見逃すと思うか? 俺も舐められたモンだな……!」

「嫌だ……! 死にたく、ない……! やめろっ! やめっ……ギャッ!!」


 見苦しく足掻くバンケーシの息の根を止めるべく、俺は剣を振り下ろした。鮮血が舞い……、やがて胴から離れた首が無造作に転がる。


「……首が無くなって生きていられる人間はいねえ。終わったのは、お前の人生だったな……、ととっ……」

「レンさんっ!!」


 此方も限界がきてよろめく俺を駆け付けたアルフィーが支えてくれた。……思った以上に消耗しているようで、これ以上戦えそうにない。


「……少しダメージを喰らいすぎたな。もう少し早く仕掛けても良かったか……?」

「まさか……、普段のレンさんと比べて攻撃を喰らっているように見えたのは……、例の後遺症のせいじゃなく、わざとですか……!?」


 わざとという訳ではないが……、必要以上に攻撃を受けたのは事実だ。俺の沈黙を肯定と見たのか、アルフィーは呆れたように、


「ハァ……、シーザーさんが苦労されていた訳ですよ。一歩間違えたら死んでましたよ……? 全く……」

「お前までアイツと同じような事言うんじゃねえよ……、痛っ!」


 やや強引に応急処置を施してくるアルフィーに身を任せつつ、ふと俺はサーシャから預かったレリーフを手に取る。何処か怒っているようなサーシャの顔が浮かんだような錯覚を覚え苦笑しつつも、無性にアイツの顔を見たくなってきた。


(……アイツを狙う奴をここで仕留められてよかった。知らないままでいて、事を起こされたあとに後悔するってのだけは真っ平だからな……。これで、アイツを狙うゴミが一匹減ったぜ……)


 そんな事を思いながら、俺は静かに体力の回復を図るのだった……。











(……どうやらバンケーシがやられたようですね。尤も、彼は『七天将星』の中でも最弱で……、我が主と馬が合うってだけで加入できたような存在でしたが、全く……不甲斐ないにも程がありますよ……)


 まぁ、別に大勢に影響はありませんが……。流石にアリストまではやられないでしょうし、此方の方が人数の差からいっても圧倒的に有利なのです。浮足立っていた兵隊たちも纏まりつつありますし、バンケーシを倒した戦士もどうやら満身創痍のようです。しかし、言ってしまうならば……、


「ほらほら、どうしましたか!? そんな動きで拙僧を倒せるとでも……!? 随分と舐められたものですね……!」

「っ……クソッ、コイツ……!」

「流石に……強いわね。コウ、あまり前に出ないで……っ」


 隠密に特化している貴族令嬢が暗殺対象者である小生意気な平民を庇うように距離をとる。……二人がかりでこの程度ですか。令嬢の方は中々経験を積んできているようで、侮れないところも見受けられますが……、男の方は素人そのもの。付け焼刃のように短期間で冒険者としての心得を叩きこまれたかのようなものだ。そんな程度の実力しかないにも拘らず、私に対して虚勢を張るとは……、まさに愚の骨頂ですね。


(……坊ちゃまからの指令もありますからね。この男は確実に息の根を止めなくてはなりません。とするならば……お遊びはここまでにしますか……)


 私は手にしたサーベルの切っ先を天に向け……、集中して魔力を集め始める。私が誇る暗殺剣のひとつ、『暗黒雷迅剣』……。魔力素粒子マナだけでなく邪力素粒子イビルスピリッツにも干渉し、地獄の雷をサーベルへと纏わせる能力スキルで、掠っただけでも対象を死に至らしめる技だ。……あんな未熟者に使うのは些かプライドに障るが……、エルフの拉致とあの男の抹殺は至上命令である。……確実に遂行しなければならない。


「……大人しく娘を差し出していれば命を落とす事もなかったでしょうに。拙僧のこの技を受けると……楽には死ねません。せいぜい……苦しみ抜いて逝きなさい」


 そう宣言し、私は潜伏ステルスも駆使して音も無く移動する。……先程までの私の動きにもついて来られなかった彼らでは、とても防ぐ事は不可能。一瞬にして男の背後へと忍び寄り、サーベルを突き立てようとするも、


「コウッ!!」

「なっ……ユイリ!?」


 例の貴族令嬢が身を挺して男を庇う。自分の身体を盾にして私のサーベルを喰い込ませていく彼女が吐血するのを見て確信した。……この確かな手応え、間違いなくあの小賢しい隠密の娘は死んだ……。


「……フフフ、声も出ませんか? 貴方が不甲斐ないせいで、ずっと守ってくれていた彼女が死んでしまいましたよ? 即死したようですから、苦しまないで済んだようですけどね……」


 半ば放心したように娘の亡骸を抱く男に、私は血の滴るサーベルを再び向ける。殺してしまうには勿体ないと主からは怒られるかもしれないが……、今は目的を果たす事が第一……。そのまま目的のひとつを片付けてしまおうとサーベルを握る手に力を入れたその時……!


「……!? な、何……っ!!」


 ふと寒気を感じ、その感覚に身を任せると……、先程まで私の居た場所に閃光が煌めいた。完全に躱しきる事が出来ず、左腕に裂傷が刻まれる中、私に攻撃を仕掛けた人物を見て目を見開く。


「何故、貴女がっ!? 先程、確実に殺した筈……!!」

「…………私の『転身再起』にはこういう使い方もあるのよ。自分の現身を創出して身代わりにし……、任意の所へ一瞬で移動し行動する事ができるわ。仕掛けられた方はまさに蘇ったようにみえるでしょう? でも、完全に不意を突いたと思ったのに躱すなんて……、流石は伝説の暗殺者と謳われるだけの事はあるわね……」


 単なる分身や幻の類では無く……、実体の身代わりを作り出しただと……? 私がターゲットを刺したあの感触を誤る筈はない。先程の娘を一瞬にして奪い返された手並みといい……、あれは只の能力スキルではないな……! 門外不出の固有技というのは間違いなく、もしかしたら秘技術能力シークレットスキルか……!?


「……事前にその技については聞いてはいたけれど、いきなり試されるのはビックリするよ……。本当に死んじゃったのかと思ったじゃないか……」

「……それはこちらの台詞よ。先程は一歩間違えたら命を落とす技だったわ。……もし、反応できなかった事を考えると、手を出さない訳にはいかないでしょうが……」

「問題ないよ。奴については既に『把握』している。既に姿を現しているのだから、今更隠れようと意味はないさ。……先程も後ろにまわった事はわかっていたから、残像で躱すつもりだったんだ」

「…………何やら聞き捨てならない事を聞いた気がしましたが、聞き間違いですかな? 拙僧の動きが……わかっていた、ですと? 先程まで全然ついて来れていなかった貴方が、一体何を言っているのやら……」


 切り裂かれた傷を応急処置で塞ぎながら、私は男へと聞き返す……。傷の方は問題はない。刃には毒も施されていなかったようなので、甘いとしか言いようがないが……、毒を使われていたとしてもある程度は対応できる。それよりも……、この未熟で愚かな素人が言い放った事が気にかかった。


「…………もう、充分だろう。思ったよりも敵の戦力は少なかったし、これ以上隠していそうな気配も無い。……シェリルを拉致しようとした不意打ちには驚かされたけど、それも阻止できた。……コイツが僕達を何時でも殺せると完全に侮ってくれたお陰で、時間も充分稼げた」

「……減らず口はそこまでにしておくことですね。身の程も弁えぬ青二才が……っ! そんなに死にたいのなら、今すぐにでも殺してさしあげますよっ!!」


 私はまだ闇の雷を纏うサーベルを手にコウと呼ばれし殺害対象ターゲットへと疾走する。生意気にも私に備えようとしているようだが……、今までついて来れなかった人間が対応出来る筈もない。数秒後には口だけ達者な男の首が飛ぶ……、そう確信して未だ闇の雷を纏わせる愛刀、『マルティンサーベル』を振るおうとその間合いに迫った瞬間、


「僕が今までいた世界を体験するといい……、『環境改変の術チェンジ・ザ・ワールド』!!」

「!? こ、これは……っ!!」


 環境改変の術チェンジ・ザ・ワールドだと……!? だが、ここは一体何処だというのだ……!? 身体が何か負荷が掛かったかのように動きにくくなった上に、大気中に存在する筈の魔力素粒子マナ邪力素粒子イビルスピリッツすらも感じられなくなってしまった……!

 不意の環境変化に理性がブレーキを効かせ、すぐさま奴の作り出した有効範囲からの離脱を試みた。幸いにしてその結界の範囲は広くなかった為、抜け出る事は簡単だったが……、何なのだあれは……!


「お気に召さないようだね。この結界を囲う環境は……地球の日本だよ。僕の生まれ育った故郷さ。こう言ったところで、アンタにはわからないだろうけど……」

「チキュウ!? 二ホン……!? 身体を動かしにくくするばかりか、空気も嫌な匂いを感じる特殊な場所が故郷だと!? おまけに魔力素粒子マナを感じられないなど……! ま、まさか……異世界!?」


 聞いた事もない地名に尚且つ特殊な地形……。そんな中で当てはまるといえば異世界くらいしかない。という事は……この男は転移者!?


(只の転移者なら問題はないが……、あのストレンベルク王国が貴賓と称する程の人物……! 転移者ならば……暗幕ブラックアウトが掛かっていない理由も頷けます。何より……、ストレンベルクには例の儀式を擁する唯一の国! ま、まさか……!)


 いや……そんな筈はない。情報によれば、既にくだんの人物は王女と共にイーブルシュタイン皇都、イシュタリアに到着していると聞いている。第一、そんな重要な人物に暗幕ブラックアウトを施さないなど……有り得ない!


「な、何だ!? 何かやって来るぞ……!?」

「まさか、援軍か!? コイツらの……!?」

「俺達がダグラス様の、クローシス家の人間だとわかっているのか!?」


 このままこの男を抹殺してしまってもいいのかと逡巡していると、何やら周りが騒がしくなる……。『沈鬱の洞窟』の前を囲む我々をさらに包囲するかのように、四方から現れた軍隊が殺到しようとしていたのだ……! あれは……ストレンベルク王国の軍か……!?


「……ふぅ、漸くお出ましね……」

「そんな風に言うなよ、ユイリ。想定していた以上に早く来てくれたじゃないか。でも……、これで時間稼ぎも終わりだ」

「…………時間稼ぎ?」


 男の言葉が気にかかり思わず聞き返す。時間稼ぎ、だと? 伝説の暗殺者と謳われた私を相手に、時間稼ぎと言ったのか……!?


「……お前たちがシェリルを狙っているのはわかっている。何を差し置いても彼女を奪おうと総力を挙げて来られたら流石に分が悪い……。実力者であった彼女ロレインをあっさりと切り捨てられる位には、名家の戦力も整っているだろうと思ったしね。だから……、油断を誘う為にこちらを満身創痍に見せて、お前たちを分散させたんだよ」

「だけど……、貴方達は彼の抹殺も企んでいた。何度も言っている通り、彼はストレンベルク王国にとって最重要人物……。万が一の事が起こらないよう、私が彼に付きながら相手に合わせるように戦ってきたのよ。戦力を此方に集中させないようレン達も分散させて、其方にも人員を割くように……、援軍が到着するまで時間を稼いで貰う為にね……」

「…………そんな事を聞いている訳ではありませんよ。雑兵達ならまだしも『七天将星』を相手に、……いえ、拙僧を相手に時間を稼ぐように合わせて戦っていたと……? ふざけた事を……! そんな余裕など無かったではないかっ! 拙僧が遊んでいなければ、息の根を止められていた局面が何度もあったぞ!? それを……っ」

「だから……、お前に遊ばせるように仕向けたんだよ。確かにお前が気配も無くシェリルを誘拐しようとしたのには驚いた。伝説の暗殺者と呼ばれるだけの事はある。だけどそれ故に……お前は油断したんだ。僕達を何時でも殺せる……。その気になればシェリルもすぐに確保できる……。そう思わせる為に、あえて僕達は・・・・・・お前に侮って・・・・・・貰ったんだよ・・・・・・


 侮って貰った……だと!? 私は裏世界と云わず、表の世界でも恐れられた、圧倒的強者なのだぞ!? クローシス家に雇われ一線からは退いたものの……、まだまだ現役である私を相手に合わせていた言うのか……! そんな事が出来るのは余程の実力差がある場合だけだ。百歩譲ってあの貴族令嬢が私に近い実力を持っていたとしても、この男に関しては俄仕込みに鍛えられただけの……明らかに経験不足の青二才にしか見えない。


「侮るも何も……、貴方は弱者に違いありません。多少戦場を経験されたぐらいで一人前の戦士を気取っているつもりですかな? 貴方は人はおろか、ゴブリンを殺すのにも躊躇していたのはわかっているのです。そんな人間が拙僧に合わせるなどと……、笑い話にもなりませんよ」

「経験不足なのは自分でもわかっているさ。何せ、この世界にやって来るまでは戦場なんて体験する事もなかったんだからね。だけど、そんな僕でも出来る事だってある。お前も居たなら知っている通り、あのカオスマンティスを前にどうして僕達が生きて帰ってこれたと思っているんだ? これでも微力ながら討伐に貢献した、と自負しているんだけどな……?」


 な、何だと……!? カオスマンティスを……討伐した……!? 何らかの方法で時間切れまで逃げ回って脱出した訳ではないというのか……!? もしそれが事実なのだとしたら……。


「うおっ!? 『沈鬱の洞窟』からも冒険者どもが出てきただと……!?」

「何でコイツらまで……! ダンジョン内に潜っていた連中は何やってんだ……!?」

「お、おい……、此方にやって来る連中に竜騎士がいねえか!? もし、あれがストレンベルクの奴らだってんなら……、英雄と呼ばれる竜騎士グランじゃねえだろうな!?」

「馬鹿な!? そもそもどうしてストレンベルクの連中が俺達を襲ってくるんだよっ! 友好国で、同盟国だろ!?」

「そんな事俺が知るかっ! こんなのどう見ても勝ち目はねえぞ!? バンケーシ様はやられちまったし、アリスト様も追い込まれちまってるっ! キルパート様だって抑え込まれてんじゃねえか!」


 くっ……、状況はますます悪くなっていく。見ると『沈鬱の洞窟』から脱出してきた連中も加わり、雑兵共が恐れをなして算を乱すように逃げ出そうとする始末だ。最早一刻の猶予も無い。まさかこうして奴と会話している事も……時間稼ぎの一環だというのか……!?


「…………やむを得ませんね」


 私はそう言ってひとつ溜息を洩らすと、ゆっくりとサーベルを構える。


「『瞬間殺戮』……。貴方が本当に拙僧に合わせていたというのでしたら……受けてみるといい」


 ……私の技の中でも最奥ともいうべき必殺剣。これを受けた者は例外なく葬ってきた、まさに死の剣技。どんな馬鹿でもこの殺気を前に平静ではいられないだろう……。受ければ死ぬ……、それがわかって受ける者はいない。


(最早あの男を殺すのはリスクが有り過ぎます……。腹立たしいのには違いありませんが、ここは使命を最優先としましょう……。あの結界を張っている者を殺し、エルフを拐いあげる……。そのまま囲いを離脱してクローシス本宅に帰還しましょう……。坊ちゃまもいざという時の為に帰還の魔法工芸品アーティファクト、『帰投の宝札』を所持している……。拙僧が離脱すると同時に、ソレの効力が自動的に発動し危機を免れる事が出来る筈……。あとはほとぼりが冷めるまで動かず、旦那様に上手く揉み消して頂く……。これしかありませんね)


 何があろうとエルフの娘シェリルだけは連れ攫ってこい……。そう使命を受けている以上、彼女の確保は絶対……。男の抹殺についてはそのリスクを説けばなんとかなるだろう。あのエルフを手中に収められれば大抵の事は許容される筈だ。


「……アンタの方こそ、もしも僕の間合いに入ってくれば……命はないものと思え」

「ム……ッ!」


 コウと呼ばれし抹殺対象だった青二才は、自身の持つ刀を鞘に納め……、その後で右手を刀の柄にかけ、何時でも抜き払えるように構える。……あれは刀という武器を使った抜刀術と呼ばれる構え……、『沈鬱の洞窟』内でゴブリンを相手に使った神速剣、確か『慶応・斬鉄剣』といったか……?


(技の完成度で言えば粗削り……。技を使いこなすというよりも技に動かされているような未熟なものではあるが……、その殺傷力は本物……。拙僧の『瞬間殺戮』よりも間合いはやや向こうが上、か……。しかし……!)


 奴は肝心な事を忘れている。ほぼ間違いなく、奴には人を殺めた経験が無い。なれば……どうしても抜刀術を繰り出す時に迷いが出る。それどころか、ゴブリンすらも殺す事を躊躇するあの男にはいざ武器を振う場面となった際に必ず隙が生まれる筈だ。そしてその隙は致命的なものとなり……、そのまま結界を破壊される事に繋がる。奴の大切なエルフおなごが奪われる事にもなり、自分の甘さを死ぬほど後悔する結果となるだろう……! 直接殺せずとも、奴に屈辱を味わわせる事は出来る……。ここまで私や坊ちゃまをコケにしてくれたこの生意気な青二才に……!


「……行きますよっ! 死にたくなければ拙僧の前に立たない事ですねっ!!」


 奴の抜刀術はハッタリ……! そのように踏んで私は振り抜けない刀を構える男へと踏み出す。男の間合いを突っ切り、あの結界に『瞬間殺戮』を叩きこむ……。それだけで結界は壊れ、術者は死に……、混乱の中で娘を捕らえ拉致する……! そもそも奴は私の動きを把握できているかも怪しい。いかに奴のチキュウだかの特殊な環境に飛び込み、自らの敏捷さが削られたとしても……、私の足元にも及ばない筈の未熟者に私を阻める筈もないのだ……!


「……っ!?」


 もう少しで奴の間合いに到達する……。高速移動する刹那、私の中で何かが警鐘を鳴らす……! このまま進めば命にかかわる……! 引き返せ! 奴の間合いを避けろ……っ! そんな数々の修羅場を潜り抜けて鍛え上げられた長年の勘が、私に強く訴えかけてきたのだ。


(何を馬鹿な……! 奴は刀を振るう事はない……! 振るったとしても、それが拙僧に届く筈がない……! このまま行くのだっ! そして坊ちゃまからの使命を果たす……っ!)


 責め立てるように鳴り響く警鐘を無視して、奴の間合いと思われる領域に一歩足を踏み入れた時、男から強烈な殺気が放たれる。あの未熟な男から発せられているのが信じられないくらいの殺気……、そして次々に剣閃が煌めき、自身を細切れにしようと迫ってくる。……そこには迷いや躊躇といったものは見られない。


「ぐぅっっ!! ……ガフッ!?」


 強制的に身体を反らして直撃は避けるように動くも、完全には躱しきれずに剣閃を浴びた個所から勢いよく血が噴出する……!


「……『慶応・斬鉄剣』の間合いに入ったのに、そこから強引に躱すなんてね……。流石は伝説と云われるだけの強者という訳か……」

「き、貴様……! 何故、一縷の迷いもなく、剣を振り切れた……!? ガハッ……、グッ……、もし拙僧が避けきれなければ、間違いなく命は無かった……! ハァ、ハァ……! ゴブリンを殺すのも躊躇し、苦しむような貴様が……、どうして……っ!?」


 何とか血を止めようとするも……、かなりの箇所を裂傷している。応急処置では対応できないくらいの重傷だ。まさかあんな青二才に負わされるとは……! 何とか時間稼ぎをしようと奴に問うも、


「ぐふっ……!!」

「……時間稼ぎをしようとしても無駄よ。私は貴方と違って……遊ぶつもりも油断するつもりもないわ」


 音も無く忍び寄った貴族令嬢に小太刀を突き立てられる。私の急所を……狂いも無く……! さらに吐血すると共に、途端に目の前が暗くなってくる……。まさか……ここで、終わるというのか……!? 伝説の暗殺者と謳われた……、私の、人生が……!


「……僕だって人は殺したくない。魔物だって……出来れば傷つけたくないんだ……。例え甘いと言われても……。でも、お前たちのような悪党を野放しにすれば……、いつか僕の仲間や大切な人たちが不幸になるかもしれない。そうなるくらいなら……、人が死ぬことになろうと構わない。そう覚悟を決めただけさ……。まぁ、元の世界に戻れたとしても、どうせ今までの暮らしに戻るというのには無理があるしね。そこに、人を殺した経験というのが加わる……、それだけの、事さ……」

「がっ……! き、貴様ら……、俺様が誰だかわかっているのか!? ダグラス・クローシスだぞ!? こんな真似して……ぐげっ!!」

「……僕が分かっているのは、君がストレンベルク王国の貴賓……、いや、世界中の希望を断とうとした極悪人という事だけさ。後は同じく我が国の貴賓であるシェリル嬢を誘拐しようとした罪も加わるかな? さぁ、無駄な抵抗は止めた方がいいよ。この僕を相手に……、グラン・アレクシアを相手に逃れられるとは思わないで欲しいな」


 ……どうやら事態は最悪の状況を迎えてしまったようだ。坊ちゃまもまさか私が敗れるとは思わなかったのか、この場より撤退するタイミングを逃し……、あのストレンベルクの英雄で知られるグラン・アレクシアに制圧されてしまったらしい……。だんだん耳も遠くなっていく……。最早、何も見えなくなってしまった……。


(い、言われて、みれば……、あの男は『地獄に繋がる墓所』でも……、坊ちゃまを殺そうとしていた、な……。身代わりに、していなければ……、間違いなく命を、落としかねない攻撃を……繰り出して、いた……。見誤った……というの、か……。拙僧、が…………!?)


 仕上げとばかりに倒れ伏す私の傍を通り抜けて、捕まった坊ちゃまの下へ向かおうとするのを最後の感覚で悟る。……私は、何処で間違えた……? 一線を退き、クローシス家に仕える事になった時か? 旦那様より坊ちゃまにつくよう命じられ、従った時か……? 己の欲するままに行動し暴虐の限りを尽くす坊ちゃまに対し、諫めずに付き添った事か……? それとも、そもそも暗殺者として名を上げた事自体が間違いだったのか……!?

 ……いや、一番の失敗は……勇者と思わしき一行に手を出してしまった事だ……。このファーレルに住む人間なら、勇者に敵対する意味を知らない者はいない……。もし現役の暗殺者であった私であったならば、勇者を害しようとする依頼など、絶対に受けなかっただろう……。例え魔族と水面下で組していようとも、勇者を害して魔王を止められなくなった場合、世界の崩壊に繋がる事となる……。だから……小国であるとはいえ、唯一『勇者召喚インヴィテーション』を可能とするストレンベルク王国が……尊重されているのだ……!


(もっと……、ストレンベルクに、手を出す事の、リスクを……主張していれば……! こんな、結果には……ならな、かったの、に……!)


 もう手足の感覚も失われてしまった……。これが私が数多くの者に与えてきた……死の感覚というもの、か……。私は最後にそんな後悔を抱きながら……、二度と覚める事のない闇へと意識を手放してゆく……。


 それが伝説の暗殺者と謳われた、キルパートの最期だった……。




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