第58話:敗北が定められた戦い
※流血、人が死んでいくといった描写があります。苦手な方はご注意下さい。
「よし、そこだジーニスッ! シウスは離脱しろ! 粘らなくていいっ!!」
僕の掛け声に応じてジーニスが背後から斬り込み……、引き付けていたシウスがバックステップで敵から身を退いていく。……巨大な体躯で圧倒的な殺気を巻き散らすカオスマンティスを翻弄するように、僕らは分散しながら戦っていた。一人が注意を牽き、攻撃対象にされたら別の者が逆方向から攻撃を加える……。そうしてその者に意識が向いたなら今度はさらに別の者が……。そういった、いつ終わるかも分からない戦いを強いられていた。
「! うわっ、と……あぶねー……」
「気を付けろ! そんな攻撃でも当たったら致命傷になるかもしれないぞっ!」
「わかってるっ!」
煩わしさを隠さず、その鋭利な鎌でもってゴミを払うかのように振り払う。慌てた様に身を躱すジーニスに僕はそう叫んだ。……こちらの攻撃は殆どダメージは与えられないが、敵の攻撃はほぼ一撃必殺……。掠っただけでも致死毒のようなものに犯され、満足に戦えなくなってしまう。
「……全く、どうしてこんな絶望的な状況になっているんだろうね……。おっと、今度は僕の番だな……」
僕はボヤキながらも愛刀を構えると、次々とジーニスに鎌を振り下ろすカオスマンティスの死角より疾風の如く飛び込んだ。
ガキンッ! 刀はカオスマンティスには突き刺さらず、弾かれるような格好となる。ダメージは……相変わらず1しか与えられていない。
「……『イチかバチか』を試してみるか? 失敗したら瀕死になるみたいだけど……」
それ相応のダメージを与えるというのだから、流石に1ポイントしかダメージがないなんて事はないだろう……。どの道普通に戦っていてもいつ死ぬかもわからない状況だ。それならば少しでも可能性のある手段は試していきたい。
そうと決まればとばかりに、僕は『イチかバチか』を発動させて攻撃に添加する。
「!? コォォォォォッッ!!」
「成功したか!? って、うわあっ!」
カオスマンティスが奇声をあげたところで……、僕に対してその強烈な殺気が向けられた。ジーニスに移っていた注意は完全に僕の方へ向き、血祭りにあげるべく左右の鎌を交互に振るってきたのだ。
「『
ご丁寧に発動していた『叡智の福音』が敵の攻撃に対して説明が表示されるも、間断なく攻め立てられている身としてはそれどころではない。一太刀ごとに鎌居達のようなものを発生させ、それが少しずつ僕に裂傷を施していく……。
「『致死毒』は……、直接カオスマンティスの攻撃を喰らわなければ大丈夫か……? いや、僕の『自然体』が防いでいるのか……」
裂傷を負う度にステイタス画面が注意を呼び掛けている。恐らくは致死毒を無効にした等と表示されているのだろう。ならば、この攻撃は……僕以外が受ければそれだけでジエンドという事だ……。
「コウッ!!」
「大丈夫だ、
せめてこの鎌居達のようなものだけでも何とかなれば……。シルフに助けを求められたら良かったのだが、生憎この『地獄に繋がる墓所』ではシルフを始め、精霊の力は感じられなかった。幸い『
「コウ殿っ、援護するぞ! ……我に歯向かいし愚かなる者よ、凝縮されし焔によりて地獄の炎に包まれよ……『
そんな中で生き残っていた冒険者がカオスマンティスに向かって炎の攻撃魔法を放つ……。『炎』はこのカオスマンティス唯一の『弱点』だ。改めて『
数人の魔法使いたちによる炎の魔法がカオスマンティスを包み……、敵を焼き尽くそうとするが、
「! 魔法が弾かれる……っ! 皆っ、備え……っ」
「こちらの事はいいっ! それよりもコウ殿、今のうちにそこから退避するんだっ!!」
カオスマンティスの特性らしく、一定時間が経過すると魔法を弾いてしまうようで、燻っていた『
「有難う、助かったよ……」
「よくあんな出鱈目な攻撃の中で生きてたな。絶対死んだと思ったぜ」
「暫定的にとはいえ、アンタがリーダーなんだ。リーダーが死んだら、またさっきまでの状態に逆戻りだぜ? 頼むから少しは自重してくれよ」
そんな風に話しかけてくる二人の戦士……、青系統で短髪の彼がセカムで、黄色だか黄土色っぽい髪を伸ばしているもう一人がシクリットというらしいが、彼らが窘めるように言ってきた。僕がジーニスとシウスと共に前に出た時、このままだとなし崩し的に壊滅すると判断し、生き残っていた冒険者たちにそれぞれ指示を出したのだったが、そんな僕にいち早く協力してくれたのがこの二人だった。
傷付いた者や僧侶、神官といった冒険者たちにはウォートルのところまで退く様に伝え、魔法使い達には敵の弱点を話し、攻撃や援護の魔法を掛けるように頼み、まだ動けて敵の攻撃を回避できる者には僕らと共に戦うように要請した結果、僕やジーニス達を含めて10人がカオスマンティスを相手に陽動を務めてくれている。
「おい、コウッ! お前は一度下がって治療して貰って来いっ! 取り敢えずここは俺達に任せろっ!」
「何を……! 僕はまだ大丈夫だ! 致死毒も受けていない! 先程の攻撃もある、僕はまだ下がる訳には……」
「だったら尚の事休めっ! あのジーニスってヤツの言う通りだ。このまま無理して戦い続けて、死なれても困る! いいから回復してこい!」
「そうだぜ、さっきも言ったが皆を纏めてるアンタが死んだら色々終わっちまうんだよ! 万全の状態になってからまた俺らを指揮してくれ! ……敵の先程のような攻撃が何時来るかもしれねえ。現状、あれを受け止められるのはアンタしかいないかもしれねえだろ!?」
だから一度下がれと半ば強引にウォートルのところまで戻らされる。すぐに神官風の女性より神聖魔法を掛けられ……、徐々に体力が回復していく。ぴーちゃんも僕の肩に止まると、元気づけてくれるかのように囀ってくる。すると……、
「……随分と無茶をするのね。先程の攻撃、運が悪ければ死んでいたわ」
「確かに、ね……。それよりも、君はもう大丈夫なのか? 大分顔色も良くなったみたいだけど……」
そんな時に声を掛けてきたのは魔女であるロレインだ。ボヨよんから身体も起こし、先程よりも回復したみたいだが……、
「……元々『魔女』は死ににくいのよ。『HPMP変換』といった
「……込められてたよ。だからもう一度アレが来たら……皆危ない。僕は
僕の話を聞き、驚いたように目を見張る彼女。……そう、あの『
「だから早く戻らないと……。ロレイン、もしも動けるようになったのなら……、僕に補助魔法を掛けられないか? 君の高威力の攻撃魔法でも……、アイツに与えられるダメージは知れている。それよりも魔法を弾かれた時の方が怖い」
「……できるけど、まさか『時間切れ』まで粘るつもりなの?」
何を今更……と思ったが、あのカオスマンティスのHPの事は皆に伝えていなかったか。
「皆が絶望するだけだと思ったから言ってなかったけど……、アイツのHPは百万近くある。それでいて此方の与えられるダメージは僅か1ポイント……。弱点をついた炎属性の魔法でも百ポイント前後だ。……こちらが全滅する前に削り切れると思うかい?」
「……ひ、百万……? それは、流石に……」
因みに、先程の『イチかバチか』で与えられたのは1000ダメージだ。固定されたダメージなのかは分からないが、通常の敵ならこれで充分倒せるダメージだが、カオスマンティスを倒すには至らない。奴を倒すには後千回は繰り返さないといけないけど、その前にこちらが瀕死になるのは確実だ。
奴のHPを聞いて、ロレインだけでなく僕を回復してくれた女性神官も、近くにいた冒険者達も絶望の表情を浮かべている。ボヨよんなんか、あわあわ言ってクッション状になったまま震えだしてしまった。
「だから、時間切れまでこうやって凌ぎきるしかない。1刻は長いけど……、僕はこんなところで死ぬつもりはない。必ず耐えきって生きて帰る……。これ以上誰も欠ける事無く、ここにいる全員で……!」
「…………わかったわ。少し待ってて……」
ロレインはそう言うと……、彼女の掌が何回か光り、それに応じて自分に何かしらの魔法が掛けられる。詠唱はしていなかった……。『詠唱破棄』だ。
「……貴方に『
「大丈夫、シェリルの魔法で慣れているよ」
「……魔女の掛ける魔法と一緒にされても困るわ。といっても……、彼女の魔法もかなり精度が高そうだったわね。まあ……詮索は今する事じゃない、貴方が向こうに戻ったら、入れ替われで誰かを戻らせて。また補助魔法を掛けるわ」
確かに最初に補助魔法を使える冒険者に掛けて貰ったものよりも数段効力が大きい。いきなりこんな状態で戦場に戻ったら慣れないだろうけど、掛けていないよりは全然いい。
「……わかった。じゃあ僕は向こうに戻る。君達も気を付けて! ウォートル、頼むぞ!」
「……うむ、任せておけっ!」
出て行く前にポンとウォートルの肩を叩くと、そのように答えてきた。頼りにしてるけど、無理するな……、そう言って僕はぴーちゃんを促してボヨよんのところに戻らせると、カオスマンティスと戦っているジーニス達の下へと駆けていった……。
「も、もう、やめっ……ギャッ!」
「知ってる事は、全て話した……! だから……グェッ!」
半泣きになりながら許しを請う名家の私兵共に……ユイリは手を緩める様子はない。
「……何を言っているの? 貴方達、まだ肝心な事を話してくれていないじゃない……。コウを、何処にやったのかを、ね……。これ以上苦しい思いをしたくないのなら……早く話しなさい? ほら、は・や・く……!」
「だ、だから、俺達も知らなっ……ぎゃああああ……っ!!」
俺も散々コイツらに拷問をかましていたからユイリの事を言えた義理ではないが……、えげつないな。まぁ、それだけ頭にきているって事なんだろう。実際に可哀想だとは思っていない。例え、コイツらが知っている事を全て話していると
既に私兵達は一人も逃がさずに拘束し、先程フロア内の魔物どもも全て討伐し終えたところだ。一足早く私兵を拘束し終えたこっちは、シェリルさんや他の連中に拷問の様子を伝えぬよう、ユイリの『槍衾』の
ユイリの所有していた『真贋の
「貴方達の上司でしょ? 直属に雇われているのよね、貴方達。彼らが消えたら……間髪おかずに姫を襲ったじゃない。つまり……どうなるか聞かされてたんでしょう? 何で知らないなんて嘘をつくの? ……ねえ?」
「ヒッ……! ほ、本当に知らないんだ! 聞いているのは、『俺達が消えたら速やかにエルフを捕らえろ。可能ならあの生意気な公爵令嬢もな。先に捕らえたエルフを人質にすればどうとでもなるだろ。後は……使えそうな女がいたらお前らの分で捕まえておけ。そうしたら沈鬱の洞窟を出て、他の奴らと一緒に待っていろ』と……! それだけしか……俺達は聞いてないんだよ……! 信じてくれっ!」
……ま、本当の事を言ってるのはわかってんだけどな。俺は腕組みしながらその様子を眺め続けていると、
「……貴方達、
「た、確かにこういった事は初めてじゃない……! 俺の知る限り、前にも同じような事があった……。俺達の目の前でダグラス様達が消えて……、戻ってきた時にはダグラス様だけで……、他の消えた連中は帰ってこなかった……」
「だ、だけど、何処に行っていたかまでは知らねえよっ! まぁ、ダグラス様が戻ってこられた後、暫く待っていたが……、誰も戻ってこない事を確認されてそのまま引き上げる事がざらだった。どっかに転移して、始末してたんじゃねえのか!?」
「だから……
ぎゃあああ……、と屑共の悲鳴が鳴り響く。八つ当たり気味にまさに身体に聞いていくユイリにおお怖っ……、とばかりに視線を『槍衾』の外へと移す。既にフロアに出現した
(その中でも……、あの女戦士は別格だな。見たところ、何処かのお偉いさんのボンボンのような冒険者の付き添い……ってところか? ま、そんなでもそこそこ戦える奴みたいだが……、回復役の嬢ちゃんと3人のパーティーか? ……ランクもバラバラでパーティーとしてはどうかとも思うが……)
何処かの村娘のような、殆ど素人の僧侶見習いに熟練の女戦士……、そして身分のありそうな冒険者ね……。余りにアンバランスな組み合わせだから、恐らくは他の仲間もいたのだろう。……多分、コウと同様に消えちまったってところか。あの女戦士がいて、ゴブリンに不覚をとるとは考えづらいしな。
……大なり小なり仲間を失っているのは他の冒険者のグループも同じだ。もし、こうなる事がわかって今回の
「シェリルさん……、大丈夫っすか……?」
そんな時、アルフィーが傍に居るシェリルさんを気遣う声が聞こえてくる。そちらを見てみると……、目を瞑り集中している様子のシェリルさんと、そんな彼女を心配しているアルフィーの姿があった。
「……ええ、わたくしは……大丈夫ですわ。心配は、無用です……」
そう言ってアルフィーに応えつつも集中を解く様子は見られない。最初はコウと連絡が取れなくなり、何時ぞやの海賊のアジトの時のように動揺を隠せない様子だったが……、今はコウの行方を探るべく何らかの魔法を行使しているようだ。
(……
ダンジョン内で
「……ダンジョンの壁から呻き声が聞こえてきた、なんつぅ話もあるからな。まさかとは思うが……。おい、コウ……! このまま帰ってこないなんて言ってみろ、俺がシェリルさんを貰っちまうぞ? それでもいいのかよ……!」
苛立ち半分でそんな事を誰にも気付かれないくらいの声でぼやく。再びシェリルさんを見やると、薄っすらと汗を滲ませながらも小声で魔法を詠唱しているようだった。……こんな時でも彼女の美しさが損なわれる事は無い。少し疲れも見られ、苦悶の表情を浮かべる姿すらも何処かに色っぽさを滲ませ、悩まし気な様子と映ってしまうぐらいだ。
……魅力溢れる彼女を手中に納めんと画策する糞ったれ名家や盗賊共の気持ちも全く分からない訳では無い。男であれば誰しも自分の女にしたいと願うだろう。……俺だって勿論例外ではない。昨日の水服姿に悩殺されたというだけでなく、この腕でシェリルさんを……、と妄想した事もある。それをしないのは彼女が既に相手を想っているのと、強引にモノにしてしまえば苦しめ悲しませてしまうと理性が働いているからだ。……コウはよく自分を律していられるものだとある意味感心してしまう。
(ソフィさんの様に、貴族云々の絡みで一人の女を共有して高貴な血筋を残させる……って考えは全く理解できなかったが、シェリルさんを合法的にとなったら俺は……!? いやいや、何考えてんだ……。そもそもエルフっつう種族は誰かを愛したら添い遂げるって話だぞ。いくら彼女が公女で貴族的な考えを身に付けてるとはいえ……)
ん? 大体俺はどうして彼女をって事を考えてんだ? 色気にやられるほど耄碌したつもりはなかったんだが……。それに、貴族階級の女をっていうんなら、今までアイツの事を考えないようにしていたのはなんだったんだよ……。俺はそう思い直し、出立の前日に幼馴染のような関係であるサーシャから貰った『
『ここで大丈夫ですよ……』
清涼亭からの帰り道……。もう夜も更けたという事で、俺はサーシャを家まで送っていた。あと少しというところで、彼女からそう呼び掛けられる。
『……今日は何時もより遅いぜ。門の前までは送ってやるよ……』
『ううん、ここで大丈夫。気を遣ってくれるなんて珍しいじゃない。何時もだったらそんな事言わないのに……』
フフッと笑いながら砕けた様子で言ってくるサーシャ。
『私の家に来るのを憚って、この辺りで別れるのに……。今日はどうしたの?』
『……流石の俺もこんな夜遅くに女を一人で帰らせる事はしねえよ。お前こそどうした? 遅くなるときゃ執事だかが迎えにくんじゃなかったのか?』
『…………今日はいいって言っておいたのよ。貴方だったら、一人で私を帰らせる事は無いだろうから……ってね』
そこまで話して俺の事を若干熱のこもった視線で見つめてくる彼女に、
『……サーシャ。さっき貰ったレリーフだが……、アレは只のお守りっていうには貴重なモンの筈だ。『
『……何となく胸騒ぎがしたの。貴方の言う通り……、それは
『はぁ!? ……それはつまり、お前んちの『家宝』って訳じゃねえだろうな!? 俺は『お守り』というから受け取ったんだぞ!? 本当に家宝だってんならっ……』
父親……、貴族の家の当主から許可が必要な物となったら……、ソイツは家宝級に大事な代物だ。そんなモノ、受け取れる筈がない。慌ててレリーフを取り出したところで、
『……一度受け取った物を返そうとしないでよ。それは本当に『お守り』よ。きっと、貴方の身を守ってくれる筈だわ。……確かに貴重な物だけど、ね……。もし、どうしても受け取れないというのなら……、イーブルシュタインから戻ってきた時にちゃんと貴方の手で私に返しにきて……』
『いくら平民の俺でも……、そんな貴重な物を渡してくるって意味はわかってるつもりだ。だが……俺は……』
『レン』
俺の言葉を遮り、サーシャがレリーフを持つ俺の手を両手で包み込むと、
『今は……何も言わないで。……お父様からも条件を出されたの。何れにしても……、私もそろそろ答えを出さないといけないわ……。だから……』
『サーシャ……』
答え……。今まで棚上げにしていた、俺と……サーシャの……。潤んでいるような彼女の瞳を、俺はただ茫然と見つめ返す事しか出来なかった。
『……貴方が戻ってきた時、答えを聞かせて欲しいの。それがどんな答えでも……受け入れるわ。出来る事ならずっと待っていたかったのだけど……、状況がそれを許してはくれなさそうだから……』
『……俺は、お前を……』
『レンさん、貴方の葛藤は理解しているつもりです。先程も伝えましたが、今ここで答えは出さないで下さい……。お願い、だから……』
懇願するようにそう口にされて、俺は何も言えなくなってしまう。そして手を離しながら笑顔を見せて、
『今日は有難う御座いました。また戻って来られるのを、お待ちしていますね! レンさん……!』
『……ああ。戻ってきたら……真っ先にお前に会いに行くよ』
ニコッとサーシャが笑い、そうしてその場で別れたのだ。……彼女に見送られるようにしながら、俺は来た道を戻っていく……。なんとしても、俺はサーシャの下へ帰らなければ……。例えどんな結末を迎えようとも、俺は……!
「……見つけましたわ! きっと、同じようにすればコウ様の下へ……!」
そんなシェリルさんの声に俺は回想から現実へと戻ってくる。……今はそんな事を考えている場合じゃねえな。俺は頭を切り替え、ユイリと共に彼女の下へと急ぐと、
「他言無用でお願いしたいのですが……、『
「……古代に失われたとされる伝説の『
「少なくとも、この『沈鬱の洞窟』にはいねえ……、って事だな。通信不能の場所に行ったというならわかるが、ここまでにそんな部屋はねえし……、考えたくはねえが噂に聞く『地獄に繋がる墓所』に落ちた可能性がある。意図してそこに転移する方法ってのは聞いた事がねえがな……」
ユイリの言う通り、彼女が規格外なのは今に始まった話じゃねえ。俺の言葉に薄く微笑みながら頷くシェリルさんに、先程まで感じていた劣情を今一度引き締めると、
「なら……急がねえとな。どちらにせよ、あの名家の野郎が絡んでんだ。碌な事になってねえ筈だ。折角アイツの所へ行けたとしてもくたばってましたじゃ……洒落にならねえ」
「……その通りですわ。ですから、すぐにでも向かいたいところなのですが……」
「……取り敢えずこの場をどうにかしないとですね。まあ、今の
「そ、そうですよ! 師匠だけでなく、ジーニスさんらも付いてる筈……! あの人たちがボンクラ名家の陰謀なんかに屈する訳ないっす!」
……そう願いたいものだな。だがアルフィーの言った通り、コウは俺から一本取れるくらいには成長しているし、ジーニスらも今や新進気鋭の冒険者だ。どんな状況に置かれようが、一瞬で全滅……なんて事には流石にならないだろう。
「……君達は、居なくなった仲間の居場所が分かるのか……?」
そんな時、他の冒険者達が遠慮がちに話しかけてくる。魔物どもの処理も済ませ、一通り体制を立て直した彼らが俺達の下へとやってきたのだ。
「あのクローシス家の御曹司と共に消えた者達は……、それぞれのグループで大小あるがそれなりの人数がいる。僕らの仲間も……3人消えた」
「俺達の仲間も……2人居なくなっちまった! 場所が分かるんなら……俺達も連れて行ってくれ!」
「…………それが『地獄に繋がる墓所』だったとしても、向かうつもりはある?」
ユイリが告げようとした俺に代わって冒険者たちに伝える。その地名を出した瞬間、彼らの表情が変わった。そりゃあそうだろうな。そもそもの話、『地獄に繋がる墓所』へ通じる可能性のある
目の前の冒険者達もそれなりの場数は踏んできているのだろう。『地獄に繋がる墓所』というワードは相当な衝撃だったのかもしれない。
「……知る事になった経緯は他言無用でお願いするつもりだけど、私達は彼らが意図的に『地獄に繋がる墓所』へと転移したとみているわ。消えた人達については、恐らく目標にされた人物の巻き添えになったのだと思う……。付いてきたいのであれば、当然覚悟して貰うわよ。私達だって……、そんなところに行って帰って来られる保証はないんだし、ね……」
「ユイリの言う通りだぜ。それに助けに向かったところで、そいつらが無事かという事だって分からないんだ。……付いてきたところで死の道連れ、なんて事もあるかもしれねえ。……個人的には、ついて来ねえ方がいいとは思うがな」
「…………それでも、セカム達を見捨てる訳にはいかない。僕は……貴方達に付いて行きたい」
他の冒険者達が尻込みする中で、一人がそう告げてきた。コイツは……あの凄腕の女戦士のパーティーか。先程も思ったが何処か貴族のような雰囲気も感じられるが……、茶色っぽい髪を靡かせる優男風の戦士が続ける。
「セカムとシクリットは……殺したって死ぬような奴じゃない! フレイだって……!」
「カートン、アンタ……自分が何を言ってるのかわかっているのかい? 『地獄に繋がる墓所』という場所の事も、聞いた事が無いとは言わせないよ」
カートンと呼ばれた戦士に待ったをかけたのが……、あの女戦士だ。ビキニアーマーを纏ったその女が、カートンという奴の肩に手を置き、
「クインティス……ッ! 止めないでくれっ! セカム達は今も危機的な状況に陥っているかもしれない……! ここでじっとしているなんて、僕には……!」
「だからといって死地に向かおうってのかい? 仮にもアンタはリーダーなんだよ? リーダーが死んだらそのパーティーがどうなるか、教えてきた筈だよねえ?」
「……勿論、貴女やジェニーまで巻き込むつもりはないよ。まして、貴女はパートン家に雇われているんだ。……もし僕が戻ってこなければ、父には愚かな三男坊は身の程を弁えずに命を落としたと……、そう伝えて欲しい」
……コイツもやっぱり貴族か。いや、聞いてる感じだと名家か? 尤も、あのクローシス家とやらの屑よりは真面そうな奴みたいだが……。
「……そうかい、それがアンタの出した答えなんだね?」
「……ああ、僕には……シクリット達を、仲間を見捨てる事は出来ない。兄さんたちとは違い、うだつが上がらないこんな僕に付いてきてくれた彼らやフレイを……、放っておくなんて出来る筈がないんだ……! だからクインティス、僕の最後のお願いだ。ジェニーだけでも、あの村にまで送り届けて貰いたい……」
「そんな……! カートン様! 私も、一緒に……っ!」
……なんか始まっちまったな。明らかに力不足な僧侶の嬢ちゃんが駆け寄り、そう訴える。残念だが嬢ちゃんが……、いや、この名家のせがれも同じか。もし本当に『地獄に繋がる墓所』に転移させられていたとしたら、俺達と来たところで命を落としにいくようなモノだ。少なくとも、コイツら以外の冒険者は既に俺達に付いてくる事は諦めている。その判断は……正しい。
「ダメだっ! 君を巻き込む訳にはいかない……! もし命を落とすのだとしても……、それは僕とフレイ達だけでいい……! 皆さん、どうか僕を……っ!?」
「なっ……!? カ、カートン様……!?」
そう言って俺達に付いてこようとしたカートンとかいう奴は、言葉を最後まで続ける事なくその場に昏倒する。その背後には……、
「ク、クインティスさん!? ど、どうして……っ」
「……すまないねえ、ジェニー。その馬鹿の事を頼むよ。……仲間思いなのは結構だが、名家の一員として、パーティーのリーダーとしてはダメダメだね……。こう見えてアタイはコイツの父親から頼まれてる。ここで死なせる訳にはいかないのさ……」
気を失ったカートンに寄り添い驚いているジェニーと呼ばれた僧侶を尻目に、女戦士がやるせない様子で答えていた。そして、俺達の方を見ると、
「……とはいっても、このまま何もしない訳にもいかないさね。目が覚めた時に何もしなかったと後悔させてしまう事にもなる。だから……アタイを連れて行ってくれないかい? 一応、アンタらの足手纏いにはならないつもりだと自負しているんだけどね」
「まあ、アンタなら問題ないだろうな。そこの坊っちゃんと嬢ちゃんじゃ死にに行くようなもんだが、な……。しかし、いいのか? 俺らでも生きて戻って来れるかはわかんねえぞ?」
「言われずともわかってるよ。全く、アタイもヤキが回ったかね……。冒険者として自ら死地に飛び込むなんざ、絶対にしちゃならない行為だってのに……。ま、そうは言っても、ここまで一緒にやってきた奴らだからね。このまま見捨てるのも夢見が悪くなる」
「……確かに貴女なら大丈夫そうね。今は少しでも腕の立つ人が欲しいから……。万が一……彼がこのまま死ぬなんて事になったら、本当に世界の終わりだから……。他に私達と共に来る者はいないわね?」
他にユイリの呼び掛けに応える者は居なさそうだな。……よし、それなら……、
「じゃあ、シェリルさん。お願い出来るか?」
「ちょっと待って、レン! その前に……、彼らに伝えておかないといけない事があるわ……」
ユイリはそう言うとこの場に残る冒険者達に向き直り、
「……このまま外に出たら、クローシス家の連中が待ち構えているわ。だから、今から1刻位ここで待機してからここを出なさい。そうしたら、ストレンベルク王国の者達が増援に来てくれる事になってるわ。この国の名家に逆らって……個人レベルで対抗するのは難しいでしょうしね」
「ああ……、それとこのカートンは一応名家パートン家の血を引く者だ。アンタらの事も悪いようにはしないだろう……。だから、もしもこのカートンとジェニーに何かあったら只じゃおかないよ? ……そこの屑共と同じ運命を辿る事になる。ちゃんと覚えてな……」
クインティスと言う女戦士はそのように口にすると、両手で扱う様な
「な、何をする気だ……!? こっちに来んな……っ!」
「お、俺達に手を出そうってんじゃないだろうな!? そんな事してみろ!? 本気でクローシス家を敵にまわ……ぎょえ!!」
妙な強がりを口にした屑を途中で一閃し、顔の半分が消えると同時にそのまま息絶えたようだ。血を噴出しながら倒れる兵士を目の当たりにして、捕虜たちの間に恐怖が走る。
「アンタらを残していって……、何かの間違いで解放されてカートンを害されても困るからねえ……。どうせアタイらの事も消す気だったんだろ? だったら、アンタらも同じ目に遭っても問題ないって訳だ……! 折角だし、アンタらには見せしめになって貰うとするよ」
「き、貴様……! こんな真似が許され……ぐぎゃ!?」
「や、やめろっ……! 殺さないでく……ぎゃあ!!」
女戦士は次々とクローシス家の者達を始末してゆく……。俺達によって殆どの捕虜は動けない位に拷問されていたから、逃げようにも逃げられないようだ。強がりも最初だけで、やがて命乞いをしていく屑共にも目を暮れず、情け容赦なく
「お、お願いです……! どうか、どうか命だけは……っ!」
「……そう言って命乞いした者も、お前らは殺してきたんだろう?」
「俺達は、命令されてただけなんです……! 全てあのクローシス家の屑が……!」
「その屑の命令に従って、アンタらも恩恵を受けてきたんだよねえ? ……だったら自業自得だ。あの屑に仕える事にした、自分の選択を恨むんだね」
「やめてくださっ! 斧を振り下ろさな……くぺぇ!?」
……今のが最後の連中だな。この捕虜たちをこのままにしておくのもどうしたものかと思っていたから、纏めて一掃する手間も省けた。……女戦士の言った通り、俺らを殺そうとしておきながら自分の身が危なくなったとたん命乞いをするなんて話は通らない。そんな風に考えたのは別に俺だけではなく、ユイリやアルフィーは勿論、シェリルさんでさえも一見残虐な行為に見えるソレを止める様子は見られなかった。
「……わかったかい? こんな目に遭う事になるからね……。ま、アンタ達も散々な目に遭わされてんだ。今更裏切るとかは思っちゃいないけど、ね……」
「……ああ、わかっている。戦士の彼と僧侶の彼女は丁重に扱うよ。裏切るような真似はしない……。だから……此方からもお願いしたい。もし、消えた仲間がいたら……一緒に連れ戻して欲しい……」
「それに……、ゴブリン共に攫われた仲間もいるんだ。恥ずかしい話だが、俺達だけではどうにもならない……。かといって、クローシスの連中にも頼めない。どうか、もしアンタ達が戻って来れたなら……頼む! 仲間たちを助けるのを手伝ってくれ……!」
「……約束するわ。ストレンベルク王国からの増援には、影の部隊の他に会合に向かう為に個々に入国を果たしていた近隣の者達も含まれているから、十分討伐できる戦力は集められると思う。この事は既に我が国の王女殿下にも報告してるから、私達に何かあっても対応できるようにしておくわ」
流石はユイリ……。既に状況は報告済みか……。そう言えば、先程シェリルさんが『
(……今からそっちに向かうから待ってろよ、コウ……! 本当に、死んでんじゃねえぞ……! ジーニス、フォルナ、ウォートルも……、無事でいろよ!)
シェリルさんが奴らが行った事をなぞる様に状況を揃えるべくそれぞれに指示を出してゆく……。そして、
「喰らえ……! 『風林火山』!!」
風と弱点である炎を刀に纏わせてカオスマンティスに叩きつける。
RACE:カオスマンティス
Rank:999
HP:997806/999999
MP:9804/9999
(これでも百ポイント前後しかダメージは与えられないのか……。やっぱり、倒すというのは現実的じゃないな……)
弱点を突いてこれだ。とてもじゃないがHPをゼロにするというのは不可能に近い。今までで最高のダメージは『イチかバチか』を駆使して与えた999ポイントだ。恐らくは固定ダメージのようなモノで、失敗した時の事を考えると多用するのは難しい。
すぐさま技を放った僕にターゲットが向き、再びカオスマンティスの猛攻に晒される。
「今度はこっちだ! 炎を
「ガアアアアッ!!」
恐らくは誰かに
「おらおらっ! 俺の攻撃も喰らいなっ! 『廻転削撃』!!」
「いやいや、俺もいるぜっ! 『
しかし、その攻撃が振り下ろされる前にセカムとシクリットがそれぞれの獲物を手にカオスマンティスへと技を繰り出す。……絶え間なく攻撃を繰り出して狙いを絞らせない作戦だ。最早囮として前面に出て戦えているのは僕の他にはこの3人、そしてシウスしかいない。それ以外の冒険者はカオスマンティスの攻撃を受け、致死毒の解消に向けて後方で治療に専念していた。
(……致死毒か。『毒』の中でも極めて厄介なものらしいな。まさにその名前の通りだ……)
自分自身、毒というものに侵された事がないから何とも言えないが、体力を消耗させて死に近付ける現象を指すという認識はある。僕の世界で言えば、毒蛇や毒蜘蛛なんかの毒であったり、有名な青酸カリなんかの毒物、そして毒キノコを食べたりして食中毒を誘発させるといった事があるが、対策しなければ激しく死に近付けてゆく。即効性や遅効性、色々な種類とその強さから弱毒、猛毒などと分類されるものの、致死毒はそれらの中でもトップに君臨する毒であるらしい。
掛かったらまず、自分の意思で身体を動かせなくなる。著しくHPが無くなっていくのに自分では何も出来なくなってしまうのだ。だから、致死毒に侵されたら誰かが助けるしかない。
(おまけに致死毒を受けたらすぐには回復しない。毒消しを接種したところで病状を和らげるだけ。その人の熟練もあるんだろうけど、『
さて、今度は僕が攻撃を加える番だ。シウスとアイコンタクトを取り、前に出てきたところでカオスマンティスが今までにない動きを見せた。
「なんだ……!? 拙い、皆避けろ……っ!!」
僕はすぐさま受け流しの体制で敵の攻撃に備えると、カオスマンティスが自分の鎌に真空の渦を纏わせ、それを勢いよく振りかざしてきたのだ。――『
「くっ……!」
自分に斬撃が届く前に『
持ち前の身軽さを活かして何とか躱しきったシウスと、近くにいたセカムは僕の後ろに下がった事で難を逃れるも、ジーニスとシクリットは回避しきれずカオスマンティスの斬撃を受けてしまったようだった。例に漏れず致死毒に侵されてしまったようで、武器を手放しその身を痙攣させていた。
「セカムは彼を連れて下がれ! 戦線は僕が何としても維持させておく! シウス! お前はジーニスを……っ!」
「無茶言うなっ! お前ひとりでアイツを抑えるなんて……!」
「放っておいたら死ぬんだぞっ! いいからさっさと行け! 心配してくれるなら出来るだけ早く戻ってきてくれっ!」
「ぐぅっ、死ぬんじゃねえぞっ!」
シクリットに肩を貸し、彼の棍を回収して下がっていくセカム。シウスもワウッと一吠えすると、ジーニスを器用に咥えてウォートル達の所まで戻っていった。それを確認し、僕はカオスマンティスの注意を自身に向けるべく『
「さて……、最早出し惜しみは無しだ。存分に暴れさせて貰うぞ……! 天神理念流、攻ノ太刀……『乱れ突き変化』!!」
平晴眼と呼ばれる、刀身をやや右に傾けた体勢から一気に突出し、カオスマンティスに肉薄すると一瞬で複数回突き入れる。残念な事に全て1ダメージずつしか与えられないが……、間髪入れずに回し蹴りを入れ、連続して拳打を叩きこんだ後に立木打ち、薙ぎ払いと繋げた。
「ギャララララァッ!!!」
流石に怒らせたのか、目を血走らせるように両方の鎌を振り上げると、あの『
「あの技か……! 相変わらず追加の風刃がまた厄介な……っ!」
「キルキルキルキル……!!」
妙な奇声と共に猛攻を続けるカオスマンティス。こうなると僕の攻撃の手は止まり、防御に専念するしかなくなる。通常であればここで仲間の援護が望めるのだが……、戦線を維持するのが僕だけとなっている以上、自分で切り抜けるしかない……!
「……ここだ! 『
敵の攻撃は突き詰めれば強力な技をただ無造作に繰り出し続けているだけだ。一発でも真面に喰らったら終わりだけど、その分隙も大きい。やや強引に攻撃に合わせて受け流し……カオスマンティスの体勢を崩す。
「キル……!?」
「はあぁぁー……っ!!」
その隙を逃さず、僕は
全く、一人で引き付けるってのは想像以上に骨が折れる……。何せひとつでも間違えたら、あっという間にあの世行きだ。集中力を切らした時が……自分の最期となってしまう。
「ガルルルルッ!!」
「待たせたなっ! 今度はこっちだ! クソカマキリがぁ……!」
そこにジーニス達を送り届けたセカムとシウスが戻ってくる。……よし、これで少し楽になるか……。そう思ったのも束の間、カオスマンティスの構えは……先程と同じ『
「しまったっ! セカム、シウス!! その技を受けるなっ!!」
「え……?」
「キールキルキルキル……!!」
容赦なく『
「が……っ!? そ、そんな……! 敵の攻撃は、避けた筈なの、に……!?」
「キィールゥー……ッ!!」
息も絶え絶えといった感じで身体を痙攣させるセカムに狙いを定めたのか、カオスマンティスがトドメを刺すべく鎌を垂直に振り上げる……! だ、駄目だ! とても、間に合わない……!
まさにその鎌が振り下ろすべくピクリと反応したその時、
「ヴィーッ!!」
「…………キル?」
なんと小さな兎がカオスマンティスに飛び掛かったのだ。一緒にこの『地獄に繋がる墓所』へと落ちてきたマーダーラビットかと思ったが……、大きさ的にも小さすぎるし、魔物特有の殺気なんかも感じられない。どういう訳か冒険者の誰かに連れられてきて、この騒動に巻き込まれた小動物といったところだろうか。
小さい躰を震わせながらも何度も引っ掻く兎に煩わしくなったのか、狙いをセカムからその兎に移し替え……、
「グガァッッ!!」
「ブイッ!? ブイブイッ!」
飛び上がってその攻撃を躱し、カオスマンティスの足元をちょこまかと走り回る兎……。躍起になって兎を狙い続ける敵を尻目に、今のうちにとばかりにセカムとシウスを抱えてその場から連れ出す。
「うぅ……、すまねえ、な……」
「無理して喋らなくていい! それに……お礼ならあの兎に言ってくれ。シウスも大人しくしているんだ!」
自分はまだ動けるとばかりに悶えるシウスを宥めながら、兎が囮になってくれている隙にウォートルのところまで戻ってくる。すぐにセカムとシウスを僧侶や神官に就いている冒険者に任せ、自分は前線へと戻ろうとすると、
「コウ……、俺も、戻る……!」
「……ジーニス、無理するな。まだ致死毒は抜けきってないのだろう? いいからここでジッとしてろっ! こっちは任せておけ」
「任せると言っても……、もう、お前しかいないじゃねえか……! いくら何でも……無茶だ……!」
するとシクリットまで出張ってくる。しかし、どう見ても二人の様子は何とか動けるようになったというもので……、とても本調子とはいえない。こんな状態で前線に立っても、すぐにやられてしまうのがオチだ。
「ジーニス……、生きて戻るんだろ? フォルナをあの屑から取り戻すんだろう? だったら……しっかりと休んでいてくれ。シクリットだって、こんな所で死んで満足なのか? このままカオスマンティスと対峙したら無駄死にするだけだ」
ぐぅっと唸る二人をそう言って押し留め、僕は急いで前線に戻る。あの兎は……、カオスマンティスの相手をして貰っていた小さな生物を探すと、
(……大分追い込まれているようだな。いやむしろ……、よくここまで粘ってくれた。半泣きで逃げ回っているけど……拙いな、徐々に逃げ場を塞がれていってる……)
そう思っている傍から、兎は死んだ冒険者が残したらしいヘルメットのような物に顔を突っ込んでジタバタと暴れまくっていた。漸く逃げ足が止まった兎に対し、カオスマンティスは狙いを定めて……!
「!? イブッ! イブーッ!!」
「……キィールゥー……ッ!!」
「クッ……! 間に合うか……!?」
ある意味ではあの兎のお陰で新たに犠牲者を出さずにすんだのだ。そのまま隠れていればあそこまで狙われる事も無かっただろうに……、勇気を出してカオスマンティスに向かってくれた。どうしてそんな事をしたのかはわからないが……このままあの小さな勇者を死なせる訳にもいかない……!
飛び込むように兎を保護すると次の瞬間、その場所に激しい衝撃音と共にカオスマンティスの両鎌が振り下ろされていた。
「ブ、ブイ……!? ブイ、ブイッ!!」
「落ち着いてくれっ! こっちは味方だっ!」
パニック状態に陥った兎に対し何とか宥めようと試みるも、そんな時間を敵は与えてくれないようだ……。
「クガァァッッ!! ……キルッキルッキールッ!!」
「っ……一段と攻撃が激し……あっ!?」
カオスマンティスの猛攻に気を取られ、暴れる兎を御しきれず僕の手元から離れてしまった。分断してしまった僕たちに敵が改めて狙いを付けたのは……兎だ。
(どうする!? 刀で受け止めるのは無理だ。武器ごと破壊されるだけ……! かといって……無理な体勢で『
……見捨てるしかないのか? ……うん、それが一番だ。流石に兎の為に自分の身を危うくするのは間違っている。……第一、折角保護したのにそれを払い除けたのはあのコの方だ……!
「ピッ!? ヴィー……ッ!!」
「…………クソッ!!」
……恐れおののく兎を前に、決断した筈の僕の身体が勝手に動いてしまう。覆い被さる様に兎を庇い……、そして……、
「がはっ!? グッ、うぅ……!」
「……ッ!? ブ、ブイ……ッ!」
背中に強い痛みを覚えると同時に転がる様にして敵の下から少しでも離れるようにする。直撃だけは避けられたようだが……、それでも完全には回避しきれずかなりのダメージを負ってしまった。
(……この身体から生命力が失われていくカンジ。ヤバい……、意識を、保たないと……!)
そう思って奮い立たせようとするも……、身体の自由が利かない……。このままだと、拙い……! 頭ではそのように理解しているものの、致命的な一撃を受けてしまった身体から血が流出していっている感覚を覚える。正気に戻ったらしい兎が僕の容態に必死に呼び掛けているようだけど、それに応える余裕も今の僕には無かった……。
「――コォォォ……ッ!」
動けなくなった僕にトドメを刺すべく、何処か嬉しそうな様子で鎌を振り上げた。……この攻撃は……躱せない……。ここで、死ぬのか……? 最早身体を動かせそうにもない。どうしようもない状況に、何処かぼんやりとその時が来るのを待つ事しか出来ないでいた……。
ガキィィーン……! 激しい不協和音が響くのを僕は何処か他人事のように感じていた……。あれ……? 僕はまだ、生きて……?
「……マグマが如き紅蓮の業火よ、命じられるがままに全てを焼き尽くす裁きとなれ……『
「……我に歯向かいし愚かなる者よ、凝縮されし焔によりて地獄の炎に包まれよ……『
「!? クァァァー……!!」
「オラッ! この化け物がっ!! テメエの相手はこの俺だっ……!!」
「何時までも寝てはいられん! 貴様の相手は我々がしてやる……っ!!」
そしてすぐさま炎系統の攻撃魔法がカオスマンティスに殺到する。炎に包まれる敵に接近するのは……後方に下がっている筈のジーニス達、か……? そもそも……どうして僕はまだ生きている……? それに、目の前にいた筈のカオスマンティスが、移動した……?
「クゥゥ! クゥンッ!!」
「…………シウス? どうして……」
傍にやって来たらしいシウスは僕の疑問に応える前に、器用に僕をその背に乗せるとすぐさま駆け出す。そのままウォートル達の下へと戻ってゆき、僕は誰かに下ろされて……、
「ひ、酷い傷……! 良く命を繋げて……っ!」
「……致死毒には侵されていないようだな。それが、命を救ったのか……? それよりも早く治療をっ! ……清らかなる生命の水よ、大いなる祝福でもって彼の者を癒せ……『
後方に待機していた冒険者達によって、傷を塞ぐべく僕に回復魔法を施してゆく……。少しずつ、身体の感覚が戻ってくるような印象を受けていると、
「……貴方、わかってるの!? 『
「…………そう、か。死なずに済んだのは、君が……」
魔法を使える者と共に、『
「……我が活力を彼の者へと分け与え、その身を救わん……『
「……! これは……!」
何やら魔法を使用すると僕の意識は一気に覚醒し、徐々に戻っていた感覚も蘇る。これも回復魔法なのか!? どうしてこんなに早く回復して……!
「さっき……詠唱で『我が活力を彼の者に……』って言っていたよね? まさか自分の命を……」
「……『魔女』は特殊なの。先程は致命傷を受けた為にあんな事になったけど……、生命力も魔力ともリンクしているから常人よりは命を落としにくい筈わ。だから気にしないで……。それよりも……!」
今までに見た事も無い程、強い眼差しで回復した僕に詰め寄ると、
「……どうしてあんな無茶を! その兎と貴方では、この場での命の価値は違う……! あのまま貴方が死んでいたら、私達の全滅はほぼ確定的になっていた! 今こうして私達が命を繋いでいるのは、貴方が臨時に皆を纏め上げているからよ。一人でも何とかカオスマンティスを抑えることも出来、毒にも侵されない貴方がやられたらどうなるか、想像できない訳ではないのでしょう!?」
「…………わかってるよ。だけど、身体が勝手に動いちゃったんだ。仕方ないじゃないか……」
……僕とてあの場は見捨てるのも止む無しと思っていたんだ。どうして助けたんだと言われても……。だけど、僕を心配そうにして顔を擦り付けるようにしているこの
「それより、ジーニス達は君が……?」
「……貴方にも掛けた魔女特有の回復魔法を使った。まだ完全に致死毒は抜けきっていない筈だけど、取り敢えず動けるようにはなった筈……」
視線を前線へと戻すロレイン。そこにはジーニスやセカム、早々に前線から下がっていた冒険者達が上手く連携しながらカオスマンティスを翻弄していた。
「よし……、僕も回復したし、前線へ……」
「……でも、このままだと恐らくは全滅する事になる。何となくだけど、私はそう感じているわ……」
体力が回復した僕もそれに加わろうと立ち上がった瞬間、彼女からそう呟かれる。水を差されたかのような状況に僕は、
「な、何を言って……! このまま何とか時間を稼げば……」
「……私はあの男と共に、この『地獄に繋がる墓所』へと置き去りにした人たちを見てきたわ。その中には貴方達のようにカオスマンティスとも何とか戦えるような人たちもいた。倒す事は出来なくとも、時間を稼ぐだけなら達成できそうな人たちも……。その為に先程の様に彼の
彼女の告白に静まり返る一同。それだけ、もしかしたらここから脱出できるかも……という僅かな希望を雲散させるには十分な言葉だった。だけど、それはつまり……、
「アイツには……、カオスマンティスには一瞬で状況をひっくり返すような技があるかもしれない……という事か?」
「……ええ。若しくはある程度の時間が経過したら放ってくるとか、そういう条件もあるかもしれない。強制的に時間を短縮させた場合は発動しないとか、制限はあるかもしれないけれど、少なくとも……このまま時間を稼げれば脱出できるという事は……」
……確かに、あの化け物がそういった奥の手を持っている可能性はある。今見せている技もほんの一部であって、奴にしてみれば何時でも僕達を殺せる……、そんな余裕のようなものもあるのかもしれない。でも、だからといってアイツを倒せるのかと言うと……、
「もう駄目だ……、おしまいだ……。俺達は、生きてここから出る事はできないんだ……」
「あ、諦めちゃダメよ! そ、それだって可能性があるってだけでしょう!? 絶対に全滅すると、決まった訳ではないのでしょう!?」
「……勿論、あくまで可能性にしかすぎない。でも、私は確信に近いものを感じている……。これを考えずして、生きてここから出られるという事は思えない位には……」
「そ、そんな……!」
突き放すようにそう話すロレインに、僧侶として回復役を務める冒険者の顔が絶望に染まる。だけど、これは確かに考えておかなければならない事だ。でなければ……あと少しというところで敵に今言われたような事をされた時、対策しておけばなどと後悔する事となる。しかし対策といっても……、あの膨大な生命力を削り切る手段が……、今の僕達にあるのか……?
「せ、折角芽生えだしていた希望を潰すような真似しやがって……! テメエは悪魔か!?」
「そもそも俺達をこんな地獄に落としやがったのは、テメエのクローシス家のせいじゃねえかっ! 責任をとりやがれっ!!」
「……私はクローシス家じゃないわ。さっきも用済みとばかりに捨てられたばかりよ。尤も……、ここに連れてきたって事は否定できないけれど……」
「何を他人事みてえに……! この場でぶっ殺してやろうかっ!?」
「……やめないか! 少なくとも、今は共闘すべき状況だろっ!? 仲間割れはよせ!!」
魔女であるロレインにそう喰ってかかったのは、カオスマンティスと戦うには力不足で後方にて待機している冒険者達だ。彼らの言う事もまあわからないでもないが……、この状況でやるべき事ではない。
「何を偉そうにっ! 大口叩いて呆気なくやられやがって……! リーダーづらすんじゃねえ、引っ込んでろ!!」
「……やられたのは事実だが、リーダー顔した覚えはないよ。それに、もしリーダーとして行動するのなら……、こうして君達を遊ばせてはいない。囮でも何でも……、して貰いたい事は山ほどあるんだ。それをせずに、あくまで有志に任せているのは強制したくないからだよ。……そちらこそ大口叩くのなら、あのカオスマンティスと戦ってからにしてくれ」
「何だと、テメエ……! 喧嘩を売ってんのか!?」
……全く、この非常時に絡んでくるなんて一体何を考えているのやら……。尤も、仲間では無く一時的に共同戦線を組んでいるだけではあるけれど……。冒険者にも色んなのがいるのはわかっているけど、流石に害になるならその時は……!
「おい、何とか言って……うぉっ!? 何だコイツ!?」
「よ、よく見たらこの犬……アサルトドッグじゃねえか!? なんでコイツに従ってんだ!?」
「グルルルル……ッ!!」
僕の意を得たと言わんばかりに、彼らを威嚇するシウス。……本当にシウスの方が百倍役に立つよ……。口だけの冒険者達はシウスがアサルトドッグだという事がわかり、先程までの威勢は雲散してしまった。……まぁ、無理矢理カオスマンティスの前に立たせても却って足手纏いになるだけだろうし……、戦う気がないならそこで大人しくしていて貰いたいものだ……。
(だけど……どうすればいいんだ? 時間を稼ぐのではなく、アイツを倒すには……、殆ど減っていないあの100万近くのHPを削り切らなければならないんだぞ……? 弱点の炎を用いないと与えられるダメージは1……。弱点を突いても時間内にはとても倒せないぞ、コレ……)
……いや、弱点以外に唯一1以外のダメージを与えた攻撃はある。それを見る限り、固定ダメージみたいな普通に通るという事だ。それを上手く応用する技というか、方法があれば……!
「そうだ! あの漫画で見たトラウマ! アレをダメージに転化させれば……! 条件を設定して、ちゃんとリスクを掛け合わせれば独創魔法として機能するかも……。でも、それをカオスマンティスにぶつけるには解消しなければならない問題が多すぎる……!」
「……? 何か方法でも思いついたの? 援護が必要なら言って。大体の事なら魔法で援助できるわ」
確かに魔女のロレインなら、一通りの事は出来るかもしれない。彼女の援護は必要不可欠だとして……、それでも手が足りない、か……? せめて、奴の魔法を弾く特性を無効化させ、動きを抑えられる人物……、最低でもその二人かがいないと話にならない。
取り敢えず、思い浮かんだ構想を『
「シ、シェリル!? それにユイリ……、レン、アルフィーまで……! 一体どうして……!?」
……そう、この場に新たに現れた者達は……なんとシェリル達だったのだ。
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