第59話:不可能を可能にする者

※流血、人が死んでいくといった描写があります。苦手な方はご注意下さい。






「シェリル! レン! ユイリ! アルフィーも……!」


 ボヨよんがピョンピョンと飛び跳ねながら喜びを露わにする中、僕は一瞬目の前の事が現実なのかわからなくなってしまった。……何故、ここにシェリル達が……!? 実際にぴーちゃんやシウスもシェリルに駆け寄ったから現実だとは思うけど……! 僕はハッと我に返ると、


「ど……どうしてここに来たんだ!? ここがどういう場所か、わかっているのか!?」


 自分を追ってここまでやってきたであろうシェリル達に、僕はそう言い募る。


「……恐らくは大変なところにいらっしゃるのだろうという事はわかりましたわ。貴方への『通信魔法コンスポンデンス』が全く届かない事から考えても、強制転移テレポーターの罠によって『地獄に繋がる墓所』へと転移させられたのでは……と」

「それがわかっていたのなら何故……っ! 事実、ここは『地獄に繋がる墓所』だよ! あそこでジーニス達が時間を稼ぐ為に戦っている、カオスマンティスとかいう化け物が待ち構えていて、何人もの冒険者がやられたっ! ……『地獄に繋がる墓所』に落ちた以上、アイツを倒すか一定時間生き延びるかしないと、ここからは出られない……!」

「……あのねえ、貴方がそんな場所へ転移させられたと知って、私達が何もしないと思うの? 貴方はまだ認めていないのかもしれないけれど……、コウ、貴方が死んだら全てがおしまいなのよ……? だけど、姫がいて下さって本当に良かったわ。彼女が居なかったら……、こうして貴方の下に来る事も出来なかっただろうからね……」


 僕の言葉をそのように受け流すユイリ。そしてシェリルも怒ったように反論してきた。


「そもそも……どうしてコウ様に非難されないといけないのです? 貴方がどんな場所へ行かれようと、そこにわたくし達が向かうのはいけない事なのですか?」

「いやだから……、ここに来たら死ぬかもしれないんだぞ!? どうして君まで……」

「……そのまま放置していたら、貴方が死ぬかもしれないのですよ!? 放っておける訳ないではありませんか! わたくしの事を心配してくれているのでしょうけど、わたくしだって貴方の事を心配しているのです! ……前々から申し上げようと思っておりましたけど、コウ様はご自分の御命について、蔑ろにされすぎです! もっとご自身を労わって下さい!」

「シェリルさん! 説教は後にしてくれ! 取り敢えず俺はジーニスあいつらの所へ行くから……、あの化け物についてわかってる事を教えろ!」


 憤るシェリルをそのように宥め、レンがカオスマンティスの事について聞いてくる。……確かに、これ以上ジーニス達に負担を掛ける訳にもいかない。僕は彼らにわかっている限りの情報を伝えると、


「……どちらにせよ、アイツを足止めする必要があるって事だな? 攻撃を受け止めるのが難しいってんなら……シェリルさん、俺に加速系統の補助魔法を掛けて貰えるか? それで何とかあの化け物を抑えてやる」

「それならアタイにも頼むよ。……全く、セカムとシクリットはまだ生きているようだが……、あれじゃ何時死んでもおかしくない。それに、人数が合わないようだし……、まぁそれは後でアイツらから聞かせて貰うしかない、か」


 レンと前に職人ギルド『大地の恵み』で出会った女戦士がそう言うと、シェリルがわかりました、という言葉と共に『全体加速魔法アーリータイム』を唱えた。そうしてレンがそっちは上手くやってくれと言い残し……、女戦士と共に前線へと加わっていく。あの二人が入った事で、危うかった前線が少し安定していくのがわかった。


「師匠! レンさんはあのように言ってましたけど、自分も加わって……」

「……いや、アルフィーはここで待機していてくれ。レンが言っていた通り、あのカオスマンティスの前に立つのは熟練した者達でないと何時どうなるのかわからない。彼らも動きを見て……、危うい何人かの冒険者は下がらせるだろう」

「……確かにそうね。見たところ、レンとクインティス以外は動きが何処かぎこちないわ。さっき聞いた致死毒がまだ抜けきっていないという事もあるけれど……、単純に戦っちゃいけないクラスの魔物という事もあるわね。そういう意味ではアルフィー、貴方もカオスマンティスと戦うには荷が重いわ」


 逸るアルフィーを僕とユイリがそう宥める。……先程の状況なら兎も角、レン達がやって来たのであれば態々アルフィーまで投入して危険な状況に放り込む事は無い。


「そうね……、もし貴方が戦線に行くとするならば……、それはレンか彼女のどちらかが負傷した時になるわ。だからアルフィー……、貴方はここで集中していてちょうだい。何時でも前線に加われるように……ね」

「……わかりました、ユイリさん、師匠……」


 取り敢えず納得するアルフィーを見て、ユイリが話を変える。


「それでさっきの話に戻る前に……、コウ、彼女は本当に大丈夫なの? ある意味、その女も貴方をこんな状況に追い込んだ元凶の一人なのよ? 拘束しておいた方がいいと思うけど……」

「……ユイリの言う事もわかるけど、彼女は彼女であのダグラスに裏切られている。言い方を変えれば、彼女も被害者のようなものさ。それに、あのカオスマンティスを倒すには、彼女の力も必要になる。……その件については、アイツを倒してからにしよう」


 僕がそう言うとユイリは取り敢えず了承してくれた。……尤も、ロレインに対し警戒は崩していないようだが、それについては仕方ないだろう。ユイリに警戒されるロレインもそのように言われる事は当たり前だろうとばかりに受け入れていた。


「何はともあれ……、僕の魔法を試すにはまず、アイツの魔法を弾く特性を何とかしないといけない。そして、僕の魔法を掛け続けている間、カオスマンティスの動きも封じる必要がある。最低でも、魔法陣から出さないようにしないと駄目だ」

「それなら私がカオスマンティスの動きを抑えるわ。問題は私の術が掛かるかどうかだけれど……多分大丈夫だと思う。あのクラスの魔物を抑えるには骨が折れるだろうけど……」

「でしたら、わたくしは魔物の特性を無効化させますわ。耐性についても、『弱耐化魔法ウイークネス』並みとはいかなくとも、少しは下げる事も出来るでしょう……」

「……なら私は、貴方達の魔法を支援するわ。魔女にはそういう魔法も使う事が出来るから」


 ……よし、取り敢えず方針は決まった。後は試してみて、その流れに応じて調整していくしかないだろう。シェリル達が来た時点で、完全に時間を稼いでここから脱出するという選択肢は消えた。いち早く僕らがここを脱出し、その後でシェリル達が戻ってこれない等という事になったら、後悔してもし足りない。


「……アルフィー。僕らはこれから魔法を詠唱し続ける。無防備になるだろうから、それまで君に僕らの周辺を警戒していてくれ。ウォートルの結界があるから、カオスマンティスの攻撃までは届かないとは思うけど、念の為に頼む」

「わかったよ、師匠! 任せておいてくれ!」


 アルフィーが意気込んで返事するのを見て、まずシェリルが詠唱を始めていく……。


「……天が定めし掟の法、その全てを否定する力にして、汝の加護を掻き消さん……『無効結界呪法ヴォーテクス』!」


 彼女の魔法が完成し、カオスマンティスの居る空間が歪みだす。恐らくはそれによって奴の特性は失われた事だろう。僕はそれを見届け、自分も詠唱を始めていった。……そう、ある国民的漫画で出てきたトラウマレベルの結末を迎える、ある秘密道具を応用した魔法……それが、


「……増大する速さは増大する数値に比例せん、我の引き起こす不可思議な現象、その身に刻め……『指数関数攻勢魔法バイバイマホー』!!」


 ……ネーミングについては一切苦情は受け付けない。だけどその効力は……えげつないの一言に尽きる。あの有名な無限増殖を栗饅頭からダメージへと切り替えた独創魔法だ。カオスマンティスを包むように出現したあの魔法陣に留まり続ける限り、100秒毎にダメージを与え続ける……。最初は1、次に2と……指定関数的増加を続けていく方式だ。早い話がダメージが倍々に膨れ上がっていくという事であり、計算では2000秒に到達した時点に524,288ダメージを与えて倒せる筈だ。

 この世界での1刻、つまり1時間とは100分の事であり……、さらに秒に換算すると10000秒という事になる。既にどれ位の時間が経過したかは感覚的なものとなってしまうが、時間切れまでには充分間に合う筈だ。……こんな事を攻撃の手段として、まして魔法にまでする奴なんてそうはいないだろう。


「クッ……! 思った以上に魔法陣を維持するのがキツイ……!」


 シェリルの魔法のお陰で弾かれてしまうという事はないみたいだが、少しでも集中が解けたら一気に瓦解してしまうような感覚を覚える。1秒経過するのも地球時間と比べて心なしか遅めにも思えるので、余計に気が滅入ってしまいそうだ。


「……数え魔術マスマジックの一種、という事かしら? 何れにしても拘束をかけるわね……。『影縫い』、『金縛り』!!」


 魔法陣から抜け出ようとするカオスマンティスを見て、すぐさまユイリが術を施す。その瞬間、カオスマンティスの足元は縫い付けられたかのようにその場から動かなくなる。さらに身じろぎすらも取れなくなるも……、今度はユイリの表情が苦痛に歪む。


「っ……! これは、想像以上に……!」

「ユイリ、無理するな……! アイツの足さえ止めてくれればいいっ! 魔法陣を維持させるだけでも相当辛いんだ……! 全身の動きを止めるなんて無茶過ぎる……!」

「……そうね、無理して足止めも出来たくなったら元も子もないし……、『金縛り』は解除するわ……。『影縫い』に関しては私の命にかえても維持し続けるから安心して……」


 命って……! とはいっても、それに関しては条件は一緒か……。僕達の中で誰が失敗しても、恐らくは死ぬこととなる。時間までにアイツを倒すには、魔法陣を解除される訳にはいかない……! うん……、最初の100秒が経過した。……よし、ちゃんとダメージは入ったようだ。利かなかったらどうしようと不安だったが、ちゃんと次のダメージがきちんと作用して貰えれば……!


「……支援魔法を使うわ。これで貴方達の負担も少しは少なくなると思う」

「私には結構よ。信頼できない人の援護は受けないわ。使うのなら……私以外にしなさい」

「ユイリ……、今はそんな事を言っている場合じゃ……」

「……そう、ならいいわ。……使命を帯びた我らの理、その片鱗に触れし時、汝は魔女の力を知るだろう……『同調幇助魔法フォースオブウィッチ』!!」


 彼女の詠唱が完成した瞬間、僕に対して伸し掛かっていた重圧が軽減されていくのを感じる。まるで誰かがそっと手助けをしてくれているかのように……。


「こ、これは……!」

「……凄いですわね。大分楽になりましたわ……」


 ……これが魔女の力ってヤツか。これならユイリも彼女の支援を受けた方が……。そう思い、僕はユイリを説得しようとするも、


「ユイリ、悪い事は言わない。君も掛けて貰え……。この支援があるのとないのでは全然……」

「生憎だけど……、私の背中を任せられるのは最低でも『仲間』までよ。それ以外の人の手を借りたら、逆に『影縫い』が弱まる結果となるわ。……コウはそれでも、いいの……?」

「……強情ね。でも、貴女が限界だと感じたら『同調幇助魔法フォースオブウィッチ』を勝手に掛けるわよ? あのカオスマンティスを彼の魔法陣から離さない事は必須条件のようだし、貴女の影縫いソレが消えて貰っては困るから……」


 「なんですって!?」と反論するユイリを宥めるも……、この二人、相性は最悪のようだ。尤も、ユイリとしてみれば、あのダグラスの手先であった彼女を敵視するのは当然だし……、シェリルの誘拐にもロレインが関わっていたというのだから、共闘しようという僕の方がおかしいのかもしれない。

 だけど、ここは協力してカオスマンティスに備えないと、生き延びる事は難しいだろう……。わだかまりを捨てろとは言わないが、少なくともここで敵対し合うというのは止めて貰いたい。


「……次のダメージはしっかり倍になって入ったな。これだったら……今後もきっちりと作用していく筈だ」


 一応リスク等も上手く織り交ぜて完成させた独創魔法だったが……、即興で作った事もあり、『死神』とも称されるカオスマンティスに利くかどうかがネックだった。定数ダメージは入っているようだったから、大丈夫だろうと踏んではいたけれど……、後は奴を逃がさないように確実に魔法陣内へ留めておかなければならない。……この魔法は、同じ対象に二度掛ける事は出来ないという条件のもとで作り出されているからだ。

 だからこそ、動きを封じる事が出来るユイリの存在が重要になってくる訳だが……、出来る事ならユイリにも万全の状態で臨んで欲しいところなんだけどね……。


「あの方のお陰で、わたくしも少し余裕が出来ましたわ。これでしたら……」

「……? シェリル……?」


 シェリルはそう言うと、小声で何やら詠唱し始める。……え? まさか新たに魔法を使うつもりなのか……!? 既に敵の耐性を無効化してる魔法を使っているというのに……!?


「……二重詠唱デュオ・チャント! 彼女は……私が想定した以上に優秀な魔術師だったという事なの……?」

「シェリル!? 無茶はしなくていい! このままでいけば、奴を倒せる筈なんだ!」

「……それでも、この魔法を使用した方が貴方と……ユイリの負担も抑えられる筈ですわ。……我が魔力よ、全能の力で持ちて創業支ゆる輔佐と為せ……『効能増強魔法オーグメント』!!」


 そしてシェリルは詠唱し終えると、『指数関数攻勢魔法バイバイマホー』の魔法陣にある変化が現れた。これは、一体……。


「……『効能増強魔法オーグメント』は対象の効力を増大させる魔法ですわ。今回はコウ様の魔法の性能に対象を併せました。わたくしの見立てでは、恐らく時短の効果が現れるかと……」

「! た、確かに……予定よりも早くダメージが入ったよっ! これなら……!」


 これなら大幅に時間を短縮してアイツを倒せる筈だ……! 引いてはユイリの負担も減らし、カオスマンティスの前に詰めているレン達の危険も抑えられる……!


「ガアッ!? クオオォォ―ー……ッ!!」


 普通は入らないような想定外のダメージを受けて、カオスマンティスの様子が変わりだした! ユイリの『影縫い』によって魔法陣から離れられないまでも、注意を引き付けているレン達に対し、より一層攻撃の激しさが増してきたようだ。


「っ! 全く、この一撃一撃が全て致命傷レベルの攻撃とはな……! やってらんねえぜっ!!」

「全くだねっ! アイツら、こんな化け物を前にしてよく生きてたもんだよ……! いい加減ひよっこ扱いは止めてやるべきかねぇ……」

「俺らをひよっこ呼ばわりするのは姉御くらいだろっ! カートンだって何時だったかぼやいてたぜっ」

「セカム! レンさんにそっちの姉さんもっ! あの化け物は攻撃の余波にまで致死毒を纏わせてんだ! 無駄口を叩くのは後にしてくれっ!!」


 攻撃を受けないように躱し続ける前線の様子はまだ余裕がありそうな感じだが、何時敵の攻撃が変化するのかはわかったもんじゃない。かといって戦線を下げれば奴は間違いなく僕らを狙ってくるだろう。先程飛ばしてきた『死神の斬撃デス・レイン』と呼ばれる攻撃の他にも、もっと容赦の無い遠距離攻撃も持っているかもしれないし……。


(何とかレン達に引き付けておいて貰うしかないか……! そろそろダメージも五桁へと突入する……。アイツの途方もない生命力も、1万の位にまでダメージが達したら、討伐が見えてくる筈だ……!)


 『16384』ダメージを与えたら、次は『32768』ダメージだ。さらに倍のダメージを与えれば次はいよいよ6桁に突入する事となる。今のところは、まだ劇的に攻撃が変化した訳ではないようだが……、僕はロレインが言っていた事も思い出していた。


「もしもアイツに此方を全滅させるような技があったとしたら……、生命力が半分を切ったとかで仕掛けてくるとかいう可能性もあるかな……?」

「……考えたくもないけど、そういう事もあるかもしれない。兎に角、あまり刺激しないようにしたいところだけど……!? 貴方達、何を……!?」


 そんな時、ロレインが驚いたように声を上げる。見てみると……、戦線に加わらずに憤っていた先程の冒険者達がそれぞれ武器を構えてカオスマンティスに遠距離攻撃を加えようとしていたのだ……!


「何をしようとしているの!? 駄目よっ! 今攻撃してアイツを刺激しないで……っ!!」

「うるせえっ! 折角アイツが弱ってきてそうなのに、テメエらだけで止めを刺させてたまるかってんだっ!」

「何たって、今まで誰も倒した事がないとされる『死神』だぜ!? トドメは俺が刺すっ!!」

「何れにしてもここで参戦しねえなんてありえねえっ! オラッ! 今までよくも好き勝手やってくれたな……!」


 ユイリが止めるのも空しく……、冒険者達が思い思いに攻撃していく……。炎の力を纏った矢を乱れ打ち、『火炎投槍ヒートランス』と叫びながら炎を纏った槍を投げ、さらには火炎草に火を灯してカオスマンティスに投げつけていった。……そんな攻撃手段があるならさっきやってくれよ、と心の中で思いつつその後の成り行きを見守る。


(……一見すると特に変わった事は無さそうかな……? 正直、カオスマンティスの生命力から考えたら、コイツらの攻撃なんて微々たるモノだから当然と言っちゃ当然だけど……うん?)


 甘んじて彼らの攻撃を受けていたカオスマンティスだったが……、不意に奴の纏う雰囲気が変わったような……!?


「シェリルッ! ユイリッ! レン達も気を付けろ! 何か様子が……!」

「………………『魂削りソウルスラッシュ』」


 次の瞬間、カオスマンティスから何かが放たれたかと思うと、僕達を守っていたウォートルの『S.T.F』が強い衝撃と同時に激しく歪む。


「グッ……! うぐぐぐ……っ!」

「ウォートルッ!? 大丈夫か!?」


 ガクッと片膝をつくウォートルにそう呼び掛けると、彼はその口元から血を流していた。……今の得体のしれない攻撃の影響か、何とかウォートルは『S.T.F』を維持していたが、先程までの頑強な様子と異なり今では何処か頼りない感じの結界となっている。


「ウォートル!!」

「……コウ、こっちに、構うな。お前は……その魔法陣を維持する事だけを、考えろ……! ゴホッ……言ったろう? 命にかえても、S.T.Fこいつを維持する、と……!」


 すぐさま術師が駆け寄りウォートルに回復魔法を展開するも……かなりの重傷を負ったようだ。彼のS.T.Fそれは詳しくはわからないが……、その名称から多分自らの魂を具現化し、相応の対価を差し出して防御膜を展開しているのだろう。敵の『魂削りソウルスラッシュ』なる攻撃は、ちょっかいを出した冒険者と僕やシェリル達に向かって放たれていた。一陣の閃光とも言うべき光線が幾つも駆け抜け……避けられないくらいの速さで対象へと向かってきたのだ。

 僕達への攻撃は全てウォートルが盾となって防いでくれたが、カオスマンティスを攻撃する為に結界の外に出ていた冒険者達は……、


「が……はっ!? ぐっ……がっ……!?」

「痛え……痛えよ……たす、け……っ」


 ……どうやら一人は既に事切れているようで、壊れた弓を抱えた者と投げ槍を使ったもう一人は地面に倒れ、呻いていた。見たところ外傷は無さそうだったが……どう見ても助かりそうにない。そう思う何かが、彼らからは感じられた。


「……『魂削りソウルスラッシュ』とか言っていたな。魂……というようなものに直接干渉する攻撃、って事か……?」

「その様ね……。それより……明らかにカオスマンティスの様子が変わったわ。コウ、気を抜かないで……!」


 確かに……、奇声を発していたカオスマンティスが……僕達に通じる言語を発した……? むやみやたらにレン達を殺そうと振り被っていた両腕もだらんとさせている……。レン達も先程のカオスマンティスの攻撃を警戒して、注意深く様子を伺っているみたいだった。


「無駄かもしれないけど……、今のうちに生きている二人を……」

「……止めておいた方がいい。何時またあんな攻撃をしてくるかもわからないし、私が言えた義理じゃないけど……自業自得よ。そちらの隠密の彼女が言っていたように、気を引き締めなさい……」


 ロレインの忠告を受け、チラリとそちらを見ると事切れていた一人がダンジョンに吸い込まれるかのように消滅していった。……今までにも何度も見た光景だ。呻いていた冒険者も身動き一つ取らなくなり……、痛い痛いと繰り返す男の声も徐々に小さくなってゆく……。

 割り切りなさい、と言うユイリに僕は唇を嚙みしめる。……彼らに対してあまり良い印象は持てなかったが……、それでもここで死ななければならない程の事をしたとも思えない。勿論、普段の彼らがどうやって過ごしてきたかまでは知る由もないが、言ってしまえばあのダグラスのせいでほぼ強制的に招集させられたのは間違いない。


(……この『墓所』に転移させられて命を落とした人も、ゴブリン達に被害に遭った人たちも……、皆、アイツのせいで死ぬことになったんだ……! こんなこと……絶対に許せない……っ!)


 改めてダグラスへの怒りを覚えるも、すぐに現実に引き戻す声が轟く。


「………………『魂削りソウルスラッシュ』での損害は軽微。此方の被害想定を大幅に超える負傷を確認……。これより時間経過での必殺手段の前倒しを行い、標的を抹殺を試みる……」

「な、なんだってんだ……!? いきなり雰囲気が……!?」

「奇声を発していた先程までとはまるで違うね……っ! なんかヤバい感じしかしないよ……」


 こ、この感じは……! レン達の言う通り、さっきまでは魔物そのものという佇いだったのに対し、今は生物という括りには当てはまらない印象を覚える。どう言ったらいいのか……、そうだ……まるで機械のようなイメージだ……!


「………………最終手段、『強制終焉魔法バッドエンディング』の発動を承認。詠唱開始…………」

「な、何か拙い雰囲気ね? あれが発動されたら……全てが終わっちゃうような……」

「……実際そうなのでしょうね。ここに墜とされた人たちが戻ってこれない訳だわ……」

「くそっ、ここまで来て……! だけど今なら奴の耐性はかなり失われている筈だ! 魔法が完成する前に……魔法を封じるしかないっ! 『沈黙魔法サイレンス』やそれに付随する能力スキルを持っている人は皆、アイツに叩きこめっ! 決して、魔法を唱えさせるなっ……!!」


 僕の叫びに応えるかのように、一斉にカオスマンティスに向かってレンが、ジーニスが、女戦士が、生き残っている冒険者達がそれぞれの持つ魔法封じの技を打つべく殺到してゆく。同時に魔法を使える人は皆、一斉に詠唱し始め……、


「……この世は全て音無き世界、沈黙こそが答えなり……『沈黙魔法サイレンス』!!」


 まず複数の術師が完成させた『沈黙魔法サイレンス』がカオスマンティスに包まれるが……、敵の詠唱が止まる気配が無い。続いてレン達が武器を構えて敵に向けて攻撃を繰り出す。


「喰らいやがれ……『術師封じメイジスラッシャー』!!」

「レンさん! 俺も続きます……! 『術師封じメイジスラッシャー』!!」

「まるで利いてる感じがしないね……! 本当にコイツに通用するのかい!?」


 レン達の攻撃もほぼ無防備で受けるカオスマンティス。脅威と判断していないのか、反撃しようという気配も感じない。……それだけあの魔法を放つ事に集中しているという訳だ。


「姉さん! おい、誰か俺に向けて『沈黙魔法サイレンス』を使ってくれ! こっちで上手く小剣に魔力付与エンチャントさせるから早く……!」

「そ、それなら、自分が……!」


 その光景を目の当たりにし安静にしていたセカムがそう叫び、再び『沈黙魔法サイレンス』を使おうとしていたアルフィーが彼に対して掛けるべく魔法を使う。……魔法剣、いや魔法小剣というべきか……。武器に魔力付与エンチャントさせるのは非常に高等な技術との事だが、一時的に纏わせるのはコツを掴めばそんなに難しくはない。ただ……、それでもカオスマンティスには通用しなかったようだ。


「シェリルの魔法は利いてる筈なのに、どうして……」

「……わたくしの『無効結界呪法ヴォーテクス』はあくまで状態異常を利く状態させるだけですわ。耐性を下げる『弱耐化魔法ウイークネス』も使えれば違うかもしれませんが……、わたくしもこれ以上魔法を使う事は……」

「……生憎『弱耐化魔法ウイークネス』は私も使えないわね。でも、『妨害魔法ジャミング』は使った。……残念ながら敵の詠唱は続いているみたいだけど……」


 申し訳なさそうに話すシェリルにロレインがそう続ける。実際にロレインも二重詠唱デュオ・チャントで色々と試していたみたいだ。だけど……状況は変わらない。そんな時、集中していたシクリットがカオスマンティスに対してある能力スキルを展開する。


「……『無音の世界ミュート』!! グッ……駄目だ! とても、維持する事が出来ねえ……!」

「……! 貴方、今の能力スキルをもう一度使って! 同時に私が『同調幇助魔法フォースオブウィッチ』で……」


 しかし、その言葉は最後まで続かなかった。ほんの一瞬だが敵の詠唱を阻害した瞬間、カオスマンティスが先程の『魂削りソウルスラッシュ』を放ってきたのだ。間一髪、近くにいたシウスがシクリットに体当たりを仕掛けるようにして躱す事に成功するが……、無事だったのは奇跡に近い。


「ダ、ダメだ……! アイツの魔法を防ぐ事なんて出来ないんだ……!」

「っ! もう、どうしょうもないの……?」


 ……どうやってもカオスマンティスを止める事が出来ず、絶望に支配されたかのように諦めつつある冒険者達。そんな彼らの様子を見て、僕は決断する。こうなったら……一か八かだ。……やってみるしかない!


「……今こそ終幕の時、全ては泡沫の夢となりて在りし者を幻とせよ……『強制終焉魔法バッドエンディング』」

「……『対抗魔法カウンタースペル』!!」


 カオスマンティスの一挙手一投足を伺い、魔法が完成するのを見計らって僕は集中していた魔力を一気に解き放つ。見様見真似で詠唱破棄と二重詠唱デュオ・チャントを駆使して敵の魔法の無力化を図ったのだ。短いとはいえ詠唱が間に合わず敵の魔法を許したと言ったら意味が無いし、二重詠唱デュオ・チャントに失敗して『指数関数攻勢魔法バイバイマホー』が解除されてもジ・エンドだった。

 尤も……、『対抗魔法カウンタースペル』は掛け終わっていない。今も尚発動されようとする『強制終焉魔法バッドエンディング』を必死に抑えようとしているのだ。


「ぐぅ、うおおおぉぉ……っ!!」

「……………………? 何故? 何故『強制終焉魔法バッドエンディング』が不発? 意味不明、理解不能……」


 気を抜いたらすぐにでも発動されそうなカオスマンティスの魔法に対し、僕は自分の魔力でもって懸命に抑えつける。今までだったらすぐに魔法を立ち消えに出来るというのに……、アイツの魔法はそれだけ特別という事なのだろうか……? 只でさえこっちは『指数関数攻勢魔法バイバイマホー』の維持にも神経を尖らせているというのに……!


「コウ……ッ!!」

「……コウ様っ!!」


 僕の様子を見守っていたユイリとシェリルが思わず声を掛けたという悲鳴にも似た叫びに、今一度意識を集中させる。……押し切られたら、全てが終わってしまう。僕の魔力で発動を強引に抑えつけているカオスマンティスの魔法……。あれを完全に無効化する光景を思い浮かべるんだ……!


(……『対抗魔法カウンタースペル』だけでは駄目だ! それに『零公魔断剣』を乗せて……! 心の中で作り出した剣で……完全に敵の魔法を斬り裂き、雲散霧消させる、そんなイメージを想像する……!)


 そう念じるようにしていると、その意思が形となって俄かに剣のようなモノが具現化したかのような錯覚を覚えた。だけど、最早自分には余裕がなく、現実だろうが幻だろうが構わないとばかりに、イメージの中で膠着しているカオスマンティスの魔法の前へとその空想の剣を操作すると……、それに向かって『零公魔断剣』を叩きつける。すると、拮抗していたものが……、


「!? 『強制終焉魔法バッドエンディング』が破壊!? どうして? 何故?? 有り得ない、ありえない、アリエナイ……!」

「……これで終わりだっ! 間もなく最後のダメージが……50万以上のダメージがお前に降り注がれる……! 僕たちの……勝ちだっ!!」


 魔法を搔き消し壊れたコンピューターのようにおかしくなったカオスマンティスに向かって僕がそのように宣言すると、やがてその時が来た……!


「グギィ!? ガアアアアァァァッ!!」

「……じゃあね、地獄で裁きが待ってるよ……。『死神』カオスマンティス……!」


 途中から魔物モンスターという感じがあまりしなかったが、何人もの冒険者の命を奪った……いや、今までに殺害したであろう人たちを考えたらとても許せるような相手ではなく、同情の余地はない。絶叫と共にカオスマンティスが崩れ落ち……、やがてその体躯が死亡した冒険者と同じように吸い込まれる様にして消えていく……。やがて、最初から何もなかったかのように消滅すると同時に、この『地獄に繋がる墓所』内にアナウンスのようなものが響き渡った。


『――――Congratulation! 部屋の主の消失を確認、これより500秒後に滞在していたダンジョンへと強制送還が為されます。速やかにお宝を回収し、転移に備えて下さい。……繰り返します、部屋の主の消失を確認――…………』


 音声合成技術ボーカロイドのような機械的な声でそのようなアナウンスが為され、ヒュッと誰かが息を吞んだ気配がしたかと思うと張り詰めていた空気が破られ、次々と歓声が上がった。


「うぉ―ーっ! やった! やったんだっ俺達!!」

「生きて……、生きて帰れるのね……っ!!」


 やった、のか……? すると隣で力を使い果たしたとばかりにシェリルがぺたんとその場に座り込む。続いてユイリが、そしてロレインも同じように息をつき緊張を解いていく……。ウォートルも『S.T.F』を解除するとすぐ、やりきったというように大の字にひっくり返っていた。


「師匠っ! 凄いです! あの化け物を……やっつけましたよ!!」

「やったな、コウッ! 流石に今回ばかりは死ぬかと思ったぜっ! 良くやってくれたなっ!!」


 アルフィーとジーニスが駆け寄ってくるのを認めて、僕もそこで大きく息を吐きだした。ぴーちゃんも僕の肩へと止まり、ボヨよんもぴょんぴょんと嬉しそうにこちらに飛び跳ねてくる。


「クゥン……!」

「……シウス、貴方もよくやってくれました」


 疲労で立てないと恥ずかしそうに笑いながら、寄り添うシウスを撫でるシェリルを見て、何とか守る事が出来たんだと改めて実感が湧いてきた。ジーニスに肩を組まれ、笑顔を浮かべるアルフィーに自分も笑い掛けながら僕は思う。


 ――普通、堕とされたらまず生きては帰れないという『地獄に繋がる墓所』――。どうしてそんな場所が出来たのか、あのカオスマンティスとは何だったのか等、色々と疑問も尽きないが……、今は取り敢えず生きて戻れる事を喜ぼう。


(……待ってろよ、屑野郎ダグラス。宣言通り、この礼は百倍にして返してやるからな……。首を洗って待っていろよ……!)


 レン達もゆっくりと此方にやって来るのを視界に捉えつつ、僕は密かに決意を固めていた……。



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