第56話:死の罠




 ――イーブルシュタイン皇都、イシュタリアにて――


「……全く、アーキラ殿の誘いを断るのも一苦労ね」

「心中、お察し致します、レイファニー様」


 皇都で私に宛がわれている部屋で専属の侍女であるコンスタンツが淹れてくれた紅茶を飲みつつ一息つく。ほぼ強制的にといっていい位に飛行魔力艇に乗せられて、一足早く会合のある皇都を訪れた私だったが、まだ各国からの招待客も到着していなかった。そこで許嫁のよしみといっては皇都の案内を打診されていたのだ。


「漸くストレンベルクの者もこの皇都に到着したと報告もありました。尤も、まだ数名との事でしたが……」

「……彼らはきっと強行軍で来てくれたのだわ。本来であればどんなに急いでも後2日は掛かるでしょうに……、悪い事をしたわね」

「それはレイファニー様が気にされる事ではありません。殿下の意向も無視して、強引に此方に連れられたのですから。苦情は殿下の婚約者様に言って頂かないと……!」

「……その婚約者と言うのは止めて、コンスタンツ。それはあくま『勇者召喚インヴィテーション』を行う前の話であって、『元』婚約者というのが正しいのだから……」


 そもそも婚約者という話にしたって、水面下でやり取りしていた結果、暫定的に許嫁となっていたのであって、それといった交流をしていた訳ではない。まして、魔王が復活するにあたって『勇者召喚インヴィテーション』が行われた今となっては、完全に白紙になった話である筈だ。

 それをあのような場で婚約者であると公言し、そのような振舞いをされる謂れは無かった筈なのだ。それを……! よりにもよって、彼の前で私を……っ!


「レイファニー様のお気持ちはわかります。ですが……、大臣殿の名を出された以上は……」

「そうね……、私は何も報告を受けていないけれど……。流石に『通信魔法コンスポンデンス』も王国までは届かないし、確認はさせているけど……、返信は時間もかかるしね。本当にアルバッハは何を言ったのだか……」


 溜息を零しながら私は窓の外を眺める。絢爛豪華の限りを尽くした庭園が広がり、世界でも有数の素晴らしい景色が目の前にあったものの……、私の心は晴れなかった。


「……ユイリ達からの連絡は無いの?」

「現在のところは報告にありません。むしろ……ユイリ様からの報告ならば、レイファニー様に直接入るのでは?」

「……未だ入ってこないのよ。まだ『通信魔法コンスポンデンス』が使えない程のところに居るのかしら……。尤も、盗聴傍受魔法インターセプションを警戒してるのかもしれないけど、それにしたって彼女なら何らかの手段で報告してくる筈なのに……」


 もしかしたら、また何か面倒な事に巻き込まれているのかもしれない。良くも悪くも、コウには巻き込まれ体質のようなものがあるような気がしていた。若しくは彼女シェリル……? いずれにしても、似たような二人がいるのだ。ただ皇都まで来るという事でも、平穏無事とはいかない可能性も……。


「やっぱり……、多少強引にでもコウを勇者候補の一人として、重要人物とさせておけば良かったかしら? 国の最重要機密事項ゆえに、軽々しく手紙などで各国に伝えられなかった事情があったとはいえ……。でも、コウは自らが勇者であるとは認めたがらないだろうし……」

「! ……レイファニー様」


 そんな時、遥か向こうからキラキラと光る何かがやって来たかと思うと、窓をすり抜けて私達の前に現れた。一瞬警戒したコンスタンツだったが、直ぐにそれが何かを察知して警戒を解くと、小鳥のような何かに模したソレは私の手に止まると手紙へと変化する。……そう、ちょうど今話題に出したユイリの使い魔だ。


「……レイファニー様、ユイリ様からはなんと……?」

「……なんてこと!? まさかそんな事になっているなんて……! コンスタンツ、直ぐにお父様に向けて特速便を……! 私も速やかに此方の天皇陛下に奏上しなければ……っ!」


 ユイリからの手紙を目に通し、そのあまりの内容に私は驚愕する。これは下手をすれば……、いえ、下手をしなくても報告にある名家が暴走し、シェリルだけでなくコウにまで危害を加えようとしている可能性が高い……。それでもしも、コウが命を落とす事となれば……? 恐らくは蒼白になっている私の顔を見て、コンスタンツも事態を把握したのだろう。すぐに準備致しますとレターセットの用意をしてくれていた。

 ……場合によっては、此方の国に対して強く出なくてはならないだろう。何にしても、最悪の事が起きればこの世界は……! まだ勇者として覚醒していない彼が死ねば、『天命蘇生の奇跡リザレクション』も意味を成さない。

 私は彼女が用意してくれたレターセットに向かい、筆を進めていった……。











「勇敢なる冒険者諸君! 我がクローシス家の呼び掛けに応えてくれた事、有難く思う! 諸君らがいれば、シュライクテーペの町に危機に陥らせかねない『沈鬱の洞窟』の問題を解決し、此度の緊急依頼プレシングクエストを成功に導くであろう!」


 『沈鬱の洞窟』の前で今回の依頼クエストを発布した名家、ダグラス・クローシスが集まった僕達を含む冒険者たちにそのように声をあげる。その声に併せて俄かに歓声が巻き起こり、同調するかのように囃し立ったが……、当の冒険者たちは極めて落ち着いていた。……いや、落ち着いているというよりも、冷淡にその茶番劇を見ていた。


「ダグラス様! 貴方の為なら何だってしますよっ!」

「そうさっ! 何だってシュライクテーペの町の英雄なんだぜっ!? 当然だよ!」

「ここに居る一同、何処までも貴方に付いて行く覚悟だっ!」


 ……ダグラスの私兵がそのような事を言っている中で、それ以外の冒険者たちは皆一様にこのように思っている事だろう。……一緒にするな、と……。


(どうしてこんな恥ずかしい真似が出来るかね……。ほぼ無理矢理に集めた冒険者たちがどうしてお前のような横暴な奴に無条件で従うんだよ……)


 昨日の魔物氾濫モンスターフラッドで駆り出された連中もチヤホヤ見かけるし、新たに依頼クエストを受けたと思われる冒険者もいた。そしてその中には見た顔もいる。ストレンベルク王国の職人ギルド、『大地の恵み』で出会った人たちだ。確か……カートンさんといったか。

 ちょうど目が合い苦笑しながら軽く頭を下げる彼に対し、此方も同じようにする。ギルドで見かけた彼と戦士風の女性、そして兎耳バニーレイス族の女の子の他に3人を加えた6人パーティで結成されているようで、名家の話を何処か疲れた様に聞いているようだった。


「……以上だ。それでは速やかに『沈鬱の洞窟』を攻略してゆこう……! それぞれのパーティーに我がクローシス家の精鋭隊を数人ずつ派遣するので、安心して挑んで欲しい。後はギルドで説明があった通り、アイテムや魔石等の緊急依頼プレシングクエストにおいて入手したものの所有権は全てクローシス家にあるが……、それに応じて報酬にも加算させるつもりだ。ダンジョン内のボスを討伐したパーティーにはさらなる報酬も用意してある。……場合によってはクローシス家のお抱えの冒険者に選ばれる事もあるだろう……!」


 それを聞いて一段と歓声をあげる私兵サクラたち……。どうせお前らは見張りのつもりであって、戦闘には加わらないのだろうに……。僕は人知れず溜息を吐くと、名家の指示に従って1組ずつ『沈鬱の洞窟』へと入っていっていた。


 ……大体1グループ程が入っていっただろうか。ここに残っているのは僕達と名家の人間たちだけとなったところで、


「さて、後は君達だが……、君達には私と婚約者であるロレインに、数名の者が護衛として付いて行く事となる。ここにいる彼女の力はもう知っての通りだと思うが……、他の者も皆優秀だ。光栄に思いたまえよ?」

「……クローシス家のご厚情、我が公爵家と致しましても肝に銘じますわ」


 そんなダグラスにユイリが社交辞令のように言葉を返す。付いてくるのが数名という事は……残りの私兵達はここに待機するという訳か。数十人もこの『沈鬱の洞窟』の前でクローシス家の者が待機するという状況……。もしもの為に備える……というにしては仰々しい気もする。


(……中に入った冒険者達を逃がさない、という意味合いもあるんだろうな。特に、僕達……というかシェリルを……)


 僕の傍を離れないようにしているシェリルを見やり、昨日のユイリの話を思い出す……。あの『神湯泉』から宿に向かうまでの間、シェリルの誘拐未遂騒動があったとユイリから齎された時は一瞬何を言われたかわからなかった。話を把握し今すぐにでもその首謀者をとっちめてやろうと意気込んだが、彼女によると完全な証拠には成り得ないのだと言う。何を馬鹿なとも思うが、そこまで強引な手を使っても現行犯でない限り追及するのは難しいとするユイリに、権力者たちの縮図が見て取れた僕は今後の対策を話し合った。


(結果的には『プライベートルーム』でなく、『趣味部屋休憩処コレクションレストスペース』で良かったな。『趣味部屋休憩処コレクションレストスペース』なら余り広くはないけれど、それぞれ個人の休憩場所を空間に作り出せる能力スキルになっている……。シェリルも居心地は問題なかったと言っているし、場合によってはユイリ達のスペースだって確保できるだろう……)


 まあ、僕の護衛も兼ねているユイリはそれを受け入れそうにはないけれど……。僕がそんな事を考えていた時、傍に居たシェリルがぎゅっと自分の服を握った事に気付く。それで僕はダグラスが此方に歩み寄ってくるのがわかり、


「……そこで止まって下さい。彼女が怯えています」

「全く……下々の者は口の聞き方も知らないようだな。ユイリ殿、ストレンベルク王国では貴族のお付きがこんな礼儀知らずだと拙いのではないか? よく君のような者にも務まるものだ……、理解に苦しむよ」


 両手を広げて呆れる仕草をとるダグラスに、周りの私兵たちも同調する。……お前らの方が余程理解に苦しむよ。こんな連中と共にダンジョンに潜らなければならない事に、今の内から憂鬱になってくる。


「……あまり同じことを言いたくはありませんが、彼らは我が国でも一二を争う賓客です。彼らへの無礼は、我が国への無礼とお取り下さい」

「彼女については……まぁわかる。『暗幕ブラックアウト』も施されているようだからな。だが……彼はそうじゃない。その事が全てを物語っているんじゃないか? ……我がクローシス家を侮辱しているなら……わかっているよな?」


 ……『暗幕ブラックアウト』? また知らない言葉が出てきたな。『叡智の福音』による簡易解説によると、この世界で高貴な者に掛けられるセキュリティ上の処置って事だけど……。そういえば『泰然の遺跡』でレイアが敵の千里眼を逸らす為に『暗幕魔法ブラックアウトカーテン』という魔法を使用していたっけ……。要はそういった類のものを常時掛け続けるみたいなものだろう……。でも待てよ? コイツは今……。


「待って下さい。ここにいる彼女については賓客だとわかったって事ですよね? ならば彼女に掛けた疑いは晴れた事になる……。これ以上の執拗な干渉は不要になったという訳ですよね? ならば……」

「……全く、本当にいちいち癇に障る。この屑は……泣く子も黙るという我がクローシス家の力がわからないのか……?」


 あ……本性が出てきたな。先程から被っていた猫の皮を自ら剝ごうとするかのように、プルプルと怒りに震えている名家のボンボンが、そのままの勢いで僕を指さし、


「調子に乗ってんじゃねえぞ、この屑がっ! 俺様を……っ」

「……どうか落ち着き下さい、ダグラス様。お気持ちはわかりますが……、そのままお怒りになられても話が進みません。ここは私にお任せ下さい……」


 随分と怒りの沸点が低いな、と呆れ半分で見ていたら今度は彼女か……。


「……ダグラス様を侮辱する事は許しませんよ」

「もしかして……、本気で言ってるの? 一体今のやり取りの何処に侮辱する要素があったんだ……? ひょっとしてギャグで言っている訳じゃないんだよね……?」


 貴様っと騒ぎ立てようとする馬鹿を宥めながらも、ロレインが続ける。


「……兎に角、私達も同行する事になりますので。……フォーメーションについては任せますが、後列になられる方には私達のところまで下がって頂く事となります」

「……お前、馬鹿だろ? それでわかった、と答える馬鹿がいると思うか? ダンジョンでの行動に口出しされるつもりはねえ。それが冒険者としてのルールだ。貴族だ名家だと騒ぎ立てるようなら俺たちは降りる」


 僕の代わりにレンがそう答えると、案の定周りの連中が騒ぎだす。……コイツら、本当にシバいてやろうか……? そんな喧しい連中を制しながら、


「……それでしたら約束を違える事となりますね。簡易的にも契約も交わし、あまつさえ『神湯泉』を使用を許可したというのに……」

「契約は今回の緊急依頼プレシングクエストを請け負い、その際の同行を許すという事だけよ。フォーメーション云々に口出しされる等という事は契約には含まれていないわ」


 ユイリがその際の契約書を取り出しながら指摘する。それを取り交わす際も念入りに不正が無いか調べて小細工を看破していたから問題ないであろう契約書を突き付けると、


「……それでも、そちらは我々の依頼クエストに関して可能な限り、従って貰う義務も有している筈です。後衛がより安全な場所へ移す事が、受け入れかねない程の提案とも思えませんが?」

「だったらハッキリ言いましょうか……? 私達は貴女方の事を信用できる者達とは捉えておりません。そんな人たちの居場所に大切な仲間を配置するなんて有り得ないのですよ。私達がこのように感じている理由は……今更言う必要はないですよね?」


 昨日の件も含めてユイリがそう宣言すると、流石の彼女も顔を顰めた。再び激昂しそうなダグラスを押し留めつつ、


「……仕方ありませんね。ならば好きにするといいでしょう。そのように言われるのは心外ですが……、私達としても緊急依頼プレシングクエストを解決して貰えればいいですから。此方の好意で提案しましたのに、無下にされたのは其方ですから……、その点は覚えておいて下さいね?」

「おい……っ! 何故奴らの意見を尊重しなければならないんだ……っ! 貴様、勝手な真似をしたら……っ」

「……ダグラス様。ここで一番大事な事は、緊急依頼プレシングクエストを完遂して貰う事です。このまま放っておけばダグラス様の統括するシュライクテーペの町に少なくない影響を与えかねませんので。その為には、彼らに『沈鬱の洞窟』に入って頂き・・・・・、無事にボスを討伐して貰う必要があるのです。……お分かりですね?」


 ……? 今一瞬、含みを感じたような気がするけど……。ダグラスはそう彼女に説得されて面白くない様子ではあったが、渋々受け入れたようだった。


(……何か企んでいるな? いずれにしても、気を許す訳にはいかない。この手の奴らがそんな簡単に一度手にしようとしたものを諦める筈がないからな……)


 名家の人間たちの動きにはちゃんと目を光らせておかないと……! ユイリも警戒しているだろうけど、僕自身シェリルに付いて安心させてあげる必要もなる。ボスの討伐だって僕らが主体となって行う事もないのだ。

 どちらにしたって色々面倒な依頼クエストとなりそうだ。最後のパーティである僕らも『沈鬱の洞窟』へと足を踏み入れていく……。











「……漸く地下19階か。結構深くまで下りてきたな……。余り他のパーティーも見かけなくなってきたし……」


 各パーティーの合流地点であるボス部屋前のフロアが地下20階層だから、あと一つ下りたら目的の階層に入る事となる。しかしながら、10階層を越えた辺りからダンジョン内が複雑化して階層自体も広くなってきた気がする。最初は別通路を進んだ他のパーティーと遭遇したりと思った以上に軽く攻略できるかな、と思っていたのだが……、魔物も低階層では出現しなかったものが襲い掛かってきたり、罠も一層増えてきた。


(『目的地探索魔法ナビゲーション』がないから探索するのも大変なんだよな……。どうせ没収されるから魔物を討伐したり宝箱からアイテムを回収する旨味も無いし、出来るだけ避けるようにしてきているけど……)


 いっその事、『目的地探索魔法ナビゲーション』を『神々の調整取引ゴッドトランザクション』で習得するのも考えたが……、僕らの背後にはダグラス以下名家の人間が監視している。迂闊な真似はしない方がいいと思い直し、1層1層確実に攻略していった。


「また現れたぜ……ん? コイツらは!? ……違えっ! コイツらはダンジョンの魔物じゃ……!」

「ゴブリン族! こんな深層階に巣食っているというの!? 気を付けてっ! 奴らは女性を攫うわっ! コウッ! ジーニスッ!!」


 レンとユイリの叫びに応じてやって来る連中を見定めると……、その輪郭がわかってきた。




 RACE :ゴブリン

 TITLE:小兵ポーン

 Rank :19


 HP:82/85

 MP:8/9


 状態コンディション:普通




 RACE :ゴブリン

 TITLE:小兵ポーン

 Rank :24


 HP:101/103

 MP:8/11


 状態コンディション:普通




 RACE :ゴブリン

 TITLE:斥候スカウト

 Rank :37


 HP:186/186

 MP:24/33


 状態コンディション:普通




(それぞれにおいて個体差がある! タイトルっていうのは……職業か!? もしかしてコイツらは……魔物じゃない……!?)


 相手の情報を敵性察知魔法エネミースカウターで感知し、その事に戸惑いを覚える僕とは逆に、徒党を組んで押し寄せてくるゴブリン達にまずウォートルが壁となるべく立ちはだかると、ジーニスとレンがその左右に構える。


「フォルナ! 俺のすぐ後ろにいろっ! 離れるなよっ!」

「わ、わかったわ!」


 ……こういう時は余りバラけないように一箇所に固まっている方がいいか。頭を切り替えてそう判断すると、僕はシェリルを促して戦線を上げつつ敵に備えた。


「グギャギャッ!! ニンゲンダッ! オンナダッ!!」

「オンナハ、ウバエッ! オトコハ、コロセッ!!」

「……うぬっ! ここは通さん……っ!」


 ウォートルが盾で押し返す中、明確な意思を持って襲い掛かってくるゴブリンに僕は先程の感覚が正しい事だと確信した。


(やっぱりコイツらには意思や感情がある……! という事は……亜人族の一種!? クッ……! それなら殺してしまう訳には……!)


 間隙を縫って攻撃してくるゴブリンに対処していたレン達だったが、そこに炎が飛んでくる。……『焔霊魔法フレアリング』だ。見てみるとロッドを構えた魔法使い風のゴブリンが複数控えていた。




 RACE :ゴブリン

 TITLE:魔法士メイジ

 Rank :48


 HP:147/147

 MP:65/73


 状態コンディション:普通




 RACE :ゴブリン

 TITLE:魔法士メイジ

 Rank :50


 HP:160/160

 MP:77/82


 状態コンディション:普通




 RACE :ゴブリン

 TITLE:闘士ウォーリア

 Rank :73


 HP:320/325

 MP:0/0


 状態コンディション:普通




「クソッ……、ゴブリンウォーリアだと……!? ジーニス、アイツには手を出すな! まだお前らが戦える敵じゃねえ! ユイリッ! お前も狙われてるとこ悪いが……っ」

「わかってるわっ! ゴブリンメイジの方は任せてっ! コウッ! それにジーニスッ! 貴方達は今のまま散らばらないで戦ってっ! 絶対に隙を突いてくる部隊がいるから……!」


 そう叫ぶと同時にレンは闘士ウォーリアという一際大きい体格のゴブリンの前に躍り出ると、ユイリはサポートするかの如く周りの魔法士メイジ達を蹴散らしていく……。僕も呆けている場合じゃない……!


「この……っ!」

「ギャッ!?」


 僕はウォートルの横を抜けてきたゴブリンを峰打ちで薙ぎ払うと、状況を見渡してみた。レンが闘士ウォーリアを相手に優勢に戦っており、魔法士メイジを沈黙させたユイリはそのまま通常のゴブリンを次々に倒している。僕の傍に居るシェリルやフォルナは魔法で援護しつつ周りを警戒してくれていた。そして……、


「とりゃあっ!!」

「グべッ……!」


 今まさに目の前で斥候スカウト三段斬りトリプルスラッシュでもって斬り伏せたジーニスが僕と背中合わせになる。


「どうした、コウッ! ボーッとしてんな! ゴブリンを相手にするのは初めてかっ!?」

「……ああ、話には聞いていたけど……遭遇するのは初めてだよ。コイツらは……獣人族、いや亜人族の一種なのか?」

「魔獣族だ……! 魔族ダークヒュームと同様に、人類とは敵対している種族さっ! ゴブリンはその中でも特に人とは相いれない奴らでな……、一体一体は決して強くはねえが、群れて襲ってきたら此方にも甚大な被害が出る事もある。……はぁっ!」


 ジーニスが教えてくれながらも、新たに突破してきた小兵ポーンに対し剣を一閃させ……、血しぶきをあげながら倒れるゴブリン。同時に僕の前にも現れた小兵ポーンを先程と同様に峰打ちで昏倒させた。


「コウッ! コイツらに情けは無用だ! 今ここで仕留めねえと……!」

「……わかってる。そうした方がいい事は……! でも、僕は……」


 ゴブリンが人とは違うという事は頭ではわかっている。ジーニスの言う通り、奴らはどちらかと言えば魔物に分類される。人類の脅威として、討伐の依頼クエストなんかも目にはしていた。だけど、だけれども……!


(奴らは人と同じように生活している、ちょっと見かけが異なる『人間』だ……! 僕たちと同じように意思を持ち、心を持っている、言葉も話す……、種族が違うだけの『人間』なんだ……! それを、僕は討てるのか……? 魔物を討つのだって抵抗があるのに……)


 今もなお際限なく襲い掛かってくるゴブリン達を相手に迷っている場合ではないと百も承知だが……、それでも簡単には吹っ切れないのもまた事実。一体、また一体と無力化してゆく中で、何処かからか強烈な殺気を浴びせられる。


「う、嘘でしょう!? 最悪だわ……っ!」

「マジかっ! あんなのが居るとわかったら普通、すぐに討伐依頼サブデュークエストが出てくんだろ……! 流石はお偉いさんによって隔離されたダンジョンって訳かよ……!」


 その殺気を放っている方を見やり、ユイリとちょうど闘士ウォーリアを倒したばかりのレンがそうボヤく。その姿を現したばかりでかなりの遠方にいるというのに、圧倒的な気迫や殺気がここまで届いているという現実……。たった今、敵性察知魔法エネミースカウターによって相手の情報が僕に齎されていた……。




 RACE :ゴブリン

 TITLE:キング

 Rank :118


 HP:726/726

 MP:69/88


 状態コンディション:普通




キング……、アイツがこのゴブリン達の親玉か! ヤバいな、勝てる気がしない……」

「キ、キングだって……!? そりゃあそうだ! ゴブリンキングの討伐なんて、A級クラスの依頼クエストだぞ!? 高ランクのクランや一流の冒険者たちが事前に討伐計画を立てて、入念に準備して挑むっていう……、そんなヤバい代物なんだ! 間違ってもこんな知らされてもいない遭遇戦で、相手にしていいモノじゃない!!」


 戦慄するように答えるジーニス。レンが倒した闘士ウォーリアをさらに数倍大きくしたような体格で、手にした棍棒を無造作に抱えているが……、その雰囲気は明らかに異様で、見る者を恐怖に陥れるような何かを漂わせていた。そんなキングが突然、僕らに向かって雄叫びを上げる!


「クッ……!? しまっ……、コウッ!!」

「うおっ!? な、何だ……!? 上からゴブリン!?」

「隙を伺っていたのか!? 拙い……!」


 ユイリの警告に対し僕は咄嗟に上を見ると、数体のゴブリンが天上から飛び降りてきたのがわかった。今のキングの雄叫びは襲わせる合図という訳か……!




 RACE :ゴブリン

 TITLE:人攫いキッドナッパー

 Rank :50


 HP:186/202

 MP:40/48


 状態コンディション:普通




 ……恐らくは隙を突き目標を排除、捕獲する為の強襲・拉致部隊なのだろう。まさかの死角からの強襲にジーニスも戸惑いの声を上げていた。奴らは僕らを排除する部隊とシェリル達を捕らえる部隊とにわかれて襲い掛かってくる!


 ……もう、迷っている暇はない……! 僕は咄嗟に刀を納めると同時に、コレを伝授された時の事を思い出していた……。






『はぁ、はぁ……っ』

『流石のお前でも辛かったようだな。いいか? 先程の感覚を覚えておくんだ。さすれば、何時でもお前はソレを使いこなせるようになる……』


 膝をつき全身で息をする僕に言い聞かせるかのように伝えてくるガーディアス隊長。


『……刀は扱うのが難しい。長剣や騎士剣と同じように考えていては使いこなす事は出来ぬし、運用方法も異なる。他の武器よりも綿密な手入れも必要となる上に、刀をメンテナンス出来る鍛冶師ブラックスミスもそう多くない……。場合によっては鞘も刀の運用に一役買う事もある』

『……確かに刀は片刃ですし、剣技の中でも刀で使える技は結構限定されてますよね。僕としては刀は故郷の伝統武器でもあったので、思い入れはそれなりにありましたし……。そもそも、まさかこの世界に日本刀があるとは思いませんでしたけれど……』

『ファーレルでも刀の歴史は浅い……。異世界から転移してきた者が初めに齎したと言われてはいるが……、どちらにせよ刀を使い手、凄腕の『侍』は一握りだ。やはり侍の才能が無いと厳しいのかもしれん。……私に憧れ、使いこなそうと躍起になっていたレンも、結局は刀を使いこなせなかった』


 侍、か……。それを言ったら僕も刀なんて学校の授業でしか扱わなかったし、才能だってあったとも思えない。あくまでこの世界の補正によるものだろう。まあ、もしかしたら戦国時代の侍の血を引いていたかもしれないが……、どちらかと言えば農民だった可能性の方が高い。


『でも、不思議です。ディアス隊長の刀にせよ僕の刀にせよ……、この世界で作られてますよね? それも、専用の玉鋼を作る過程でミスリルや特殊な金属も使われているようですし、何より『宗三左文字そうさんさもんじ』や『陸奥守吉行むつのかみよしゆき』は僕の世界でも知られる名刀です。大量に作られている束刀たばがたなならわかりますけど、それらの名刀を一体どうやって……』

『これらの名刀をどうやって作っているかはわからん。何せ和の国における最重要機密となっているようだからな。ただ、それを打っているとされる人物は、お前が会いたがっている者と同一人物だ』

『それって……、この世界に転移してきた人物という事ですか? だから日本刀を……、いやもしかしたら、僕と同じ日本から……? だけど、色んな名刀を現在に生み出し続けているのはどうして……』

『……話が逸れたな。ま、その件については世界同盟会議で和の国と交渉して聞くなりしてくれ。コウ……、今お前に伝えたのは私の先祖で先代の勇者が編み出した流派、『天神理念流』の技のひとつだ。常日頃よりお前には『五行の構え』をはじめ、『無形の位むぎょうのくらい』といった、それぞれ相手に併せて構えを取る『受けの基本』を教えてきた。相手の攻撃を察知し、その前に神速で持って有無を言わさず斬り伏せる……。予期せずそれを喰らった相手は一溜まりも無いだろう……』


 ……言われるがままに発動したその技は、確かにガーディアス隊長の言う通り、瞬く間に相手を戦闘不能に陥れるに違いない。いや、戦闘不能というよりもむしろ……、


『お前が考えている事はわかる。本来、お前が刀を使おうと思ったのは、相手を死に至らしめる事無く、その峰にて行動不能に陥れる技を得ようとしたからだ。あるいは、私の刀と呪いを組み合わせた『峰打ち・極』を体得しようとしていた事も知っている。……この間の海賊の首領との戦いの時も、相手を殺さないよう立ち回っていたしな』

『……すみません。でも、僕は……』

『責めている訳では無い。お前はソフィ嬢を救出し、ユイリ達の危機も救ったのだ。また、お前が元いた世界は平和だったと聞く。少なくとも死と隣り合わせというような事はなかったのだろう。そんな世界から望んでもいないのに召喚されたお前に強制できる問題でも無い事もわかっている。……だが』


 ガーディアス隊長が膝をついていた僕に視線を合わせ、何時もの威厳に満ちた表情とは違う、何処か済まなそうな顔で僕に言い聞かせる。


『……この世界にいる以上、何時いかなる時に命の危機に晒されるかわからん。だから……、その時は躊躇うな。躊躇えばお前だけではない、ユイリ達や……お前の大切なシェリル嬢にも危害が及ぶかもしれんのだ』

『ディアス隊長……』

『魔物を殺す事すらも躊躇するお前だ。そう言われたところで中々納得など出来んだろう……。今は心に留めておくだけでいい。そうしておけば、いざその時になった際に頭を過ぎるだろうからな……』


 ……僕は、出来る事なら誰も殺したくなんてない。殺してしまったらきっと、自分が変わってしまうだろうし……、仮に元の世界に帰れても、何時もの生活に戻れるとも思えない。

 だけど……、ガーディアス隊長が言った通り、仲間たちや……何よりシェリルに危険が迫ったら……、その時はこの手で相手を……。

 チラリと修練を見守っているシェリルを見ながら思いつめる僕に対し、ガーディアス隊長が続けた。


『……誰を殺めたとしても、その後の事は気にする事は無い。お前が相手を死に至らしめたとしたら……、そこには相応の理由があるのは間違いない。……この世界において、本来それだけの権限が与えられているのだ。ある意味であの偽物の勇者が言っている通りな』

『偽物……、トウヤの事ですか……?』

『この世界を救うべく異世界より召喚される、姫巫女に選ばれた高潔なる魂を持つ勇者……。その者は経緯を持って扱われ、全てにおいて優先される。もし、お前がトウヤと同じ事をしていたのだとしても……、それは肯定されるのだ。尤も、今までに召喚された勇者の中で、トウヤが起こしたような事をする人物はいなかったと聞いているが、な……』


 ……そうか。召喚される人物は皆、姫巫女とされる『勇者召喚インヴィテーション』を行う歴代のストレンベルクの王女によって選ばれる者達だ。レイファニー王女を見ればわかる通り、慈愛に満ちて気品のある立派な人物。そんな魅力あふれる王女に相応しい人物となれば……、変な者が呼ばれる筈もない。

 ……自分に関してはそんな立派な人物とは思っていないが、そこに関しては今回の『招待召喚の儀』にイレギュラーが生じたせいで選ばれてしまったのだろう。本来の『勇者召喚インヴィテーション』と違って自分の意思も反映されなかったようだし……、本当にアイツは余計な事をしてくれた。


『……さ、大分休めただろう。そろそろ続きを始めるぞ。出立までもう時間も無い以上、詰め込めるだけは詰め込んでやろう……。お前の望む『峰打ち・極』までは習得は難しいだろうが……、今までの基本の構え、型に準じる技については覚えられる筈だ。……ガンガン行くから覚悟しておけ?』

『…………お手柔らかにお願いします』


 そう言われ特訓を継続する。言葉通りにみっちりしごかれる事となったが……、その時の事は僕の脳裏に刻まれる事となった……。






「……天神理念流、受ノ太刀……『慶応・斬鉄剣』!!」


 最早峰打ちにするなんて余裕もなく、僕はディアス隊長に伝えられたままに範囲に入ったゴブリン達を纏めて斬り刻んでいた。目にも止まらぬ神速でもって抜刀された刃が雷の如く縦横無尽に駆け巡り……、襲ってきた人攫いキッドナッパーを目にも止まらぬ早業で斬り伏せ……、シェリルを捕まえようと密かに動いていた名家の私兵の首筋に刀を突き付ける形となったところで、斬られたゴブリンが声を上げる間もなく崩れ落ちていった。


「な、なんの真似だ……!?」

「……それは此方の台詞だ。何をどさくさに紛れてこんなところにいる……? 貴様らには最低限、僕らから離れるように伝えていた筈だが……? 取り敢えずシェリルから離れろ」


 僕に刀を突き付けられた男がシェリルへと伸ばした手を引き、少しずつ距離を取ると弁明するように、


「か、彼女がゴブリンどもに捕まりそうになっていたからこそ手助けに来たのだっ! 事実、危ないところだったではないか!」

「……だとしても貴様らには関係のない事だ。第一、みすみす彼女を奪われるような真似をすると思うか? ……見ての通り、あんな奴らに不覚を許す程、僕らは耄碌していない。このまま貴様を斬っても良かったんだが……、今回は警告で済ませてやる。もう二度と僕らに近付くな……!」


 そう言って僕は男を蹴り飛ばし、尻餅をつかせる。……こうしている間にもゴブリンの第二陣、第三陣があるかもしれないのだ。警戒は怠らずに敵の様子を伺っていると、ゴブリンのキングは再び雄叫びを上げると此方には来ないで退却していった……。すぐに他のゴブリン達も引き上げていく……。


「……強襲が失敗に終わり、手強いと踏んだんだろうな。正直助かったぜ。襲って来てたら相当厳しい戦いになっただろうからな」


 レンが警戒しながらも此方に戻ってくると、そう呟く。同じくユイリも彼女の方へいった人攫いキッドナッパー達の後始末をしながら僕の方へやって来ると、


「コウ……、大丈夫なの?」


 小声で話しかけてくるユイリに何が、とは聞かなかった。……ゴブリン達をこの手で刻み、殺した感覚が未だ僕を燻っていたからだ。アイツらは『人』じゃない、まして襲ってきたのだから返り討ちにしたところで何になる……! そう言い訳したかったが、あの肉を斬る感触、『人』を模した生物が血しぶきをまき散らしながら崩れ落ちた姿を目の当たりにし、今更ながら如何ともし難い感覚が自分を襲ってくる。そんな時シェリルが静かに言霊を紡いでいたかと思うと僕に触れて魔法を完成させた。


「…………シェリル」

「気休めにしかならないかもしれませんが……、『気付けの奇跡リマインダー』を掛けましたわ。これでも引きずるようなら、後で聖女様にお願いして『心的外傷収去の奇跡トラウマアウト』も掛けて頂きましょう」

「……ゴメン、有難うシェリル……」


 小声で話す彼女にそうお礼を述べると、守って下さり有難う御座いますと小さく微笑む。そして同じく話しかけてきたユイリが薬草のような物を僕に手渡すと、


「……『リラックスハーブ』よ。まだ辛いようなら、これも後で試してみなさい。少しは楽になる筈だから……」

「……助かるよ。今はシェリルのお陰で少し楽になったけど……、有難たく頂いておく……」


 ユイリの気遣いに感謝しつつ、それを収納魔法アイテムボックスに納めると、例のごとくダグラスが喚く。


「貴様……! 俺の部下にそのような真似をして、只で済むと思ってんのか……!? 部下に対する無礼は、そっくりそのまま俺への無礼となるんだぞ……!」

「……ダグラス殿、今のは明らかにそちらの過失であったと思いますけど? 仮に彼によって斬られていたとしても、最初の取り決めを破られた貴方方に問題があります」

「またお前か……! 大体、危なくなったから手助けしてやろうという此方の配慮だろうが! あの状況、下手したら女たちは丸ごとゴブリンどもに囚われていたかもしれなかった! だから……!」

「それこそ先程彼が言ったでしょう。仮にそうなったとしても私達の問題で……貴方方には関係ない、と。……そもそも、ここ『沈鬱の洞窟』は名家であるクローシス家が管理するダンジョンですよね? 先程のゴブリン達がキングを戴いて巣食っている事はご存じなかったのですか? ゴブリンがこんな下層に巣食っていた事もイレギュラーですが……、それにしたって情報位は掴めますよね? ……もしも意図的に情報を隠蔽して、そんなところに私達や冒険者を派遣しているとしたら……大問題ですよ?」

「ああ。ましてゴブリンのキングがいるとわかれば、直ぐにでも討伐部隊を編成して潰しておかないと後々大変な事になる……。どんな新米冒険者でも分かっている事だ。知らねえとは言わせねえぞ……!」


 ユイリとレンが怒気を持ってダグラスと対峙する。歴戦の兵である2人に凄まれて流石に余裕ではいられなくなったのだろう、若干取り乱すようにして、


「う、五月蠅いっ! 兎に角ゴブリンの事は後で別にギルドに討伐依頼サブデュークエストを出しておくっ! さっさと行くぞ、下民どもがっ! 一々口答えしやがって……っ」


 そんな少数でレンとユイリを相手にするのは憚られたらしい名家のボンボンは、肩を怒らせながらさっさと進むよう急かしてくる。……屑め、権力を盾に好き放題言いやがって……! こんな状況でもシェリルを狙うのかコイツらは……!

 ……ガーディアス隊長が話していた通り、今ここでコイツらを始末した方がいいんじゃないか……? 隙あらばシェリルを手中に納めようとしてくる名家の奴らに対し、そんな物騒な考えが浮かび……慌ててそれを否定する。恐らくは人型のゴブリンの命をこの手で直接奪った事で、僕自身正常な状態ではないのだろう。


 ……さっさとこの依頼クエストを終わらせよう。泣いても笑っても合流地点は後1層下りるだけだ。またゴブリン達に襲われぬよう警戒し、僕達は再び探索に戻るのだった……。











「我々の仲間が……ゴブリンに攫われちまった! 頼む、手を貸してくれ……っ!」

「俺のところもだっ! 嫁も連れて行かれたっ! クソッ、どうしてこんな階層にゴブリン共が……!」


 集合地点で待っていたのはそんな冒険者たちの声だった。……朝の時と比べて合流した冒険者たちのチーム数が少ないのは決して気のせいではない。恐らくは……あのゴブリン達にやられたのだろう。ここにいる冒険者たちも仲間を奪われ、救援を呼ぶ為に合流してきた者達が多い。

 焦燥し懇願するように名家に訴えかける彼らに、ダグラスは……、


「それは後だ。まずはボスを討伐し、ダンジョンを正常に戻す事を最優先に……」

「ふざけんなっ!! そもそも……俺達はゴブリンの王がいるなんて聞いてねえぞ!? ここは、お前らが管轄してるダンジョンだろうが!! 一体どうなってんだっ!!」

「ああっ! あんなゴブリンがいるって知っていたら……、対応のしようはいくらでもあった!! 貴様らのせいで……仲間がっ!」

「そうだそうだーっ!!」


 非情にも攫われた者は切り捨てるような発言をした直後、冒険者たちの怒号が飛び交った。ザっと見渡したところ、僕達以外に一人も減らずに合流地点に到着したグループは数える程しかいない。殆どの冒険者たちが名家に詰め寄る中、ついにダグラスの堪忍袋の緒が切れた。


「っ……調子に乗ってんじゃねえぞ、この下民共がぁ!! 貴様らの一人や二人、居なくなったところで何だってんだっ!! 大名家である俺様の言う事を、貴様らは大人しく聞いていればいいんだ!!」


 逆ギレぎみに怒り出したダグラスに僕達を含む冒険者たちは皆呆気にとられ……、此方が状況を把握する前にさらに続ける。


「これ以上歯向かうようなら覚悟は出来てんだろうな……? 貴様らを一人残らず無礼打ちにしてやってもいいんだぞ!? 分かったらさっさと言う事を聞け、この屑共がっ!」

「な、なんという言い草だ……! 名家だか何だか知らねえが、テメエなんかにここまで言われる筋合いはねえぞ!?」

「そ、その通りだ! 我々は貴様ら名家に仕える領民でも何でもないのだぞ!? それどころか、他国から来た者もいる……! たまたま町に滞在していたという理由で、ほぼ強制的に依頼クエストに駆り出されて……! その挙句がゴブリンキングが巣食っている事も把握出来ていないダンジョンを攻略しろだと……!? 我々を舐めるのも大概にしろ……!!」

「そうだそうだーっ!!」


 ……あんな言い方されて、わかりましたと素直に頷く者がいよう筈がない。暴言を吐かれた事に気付き殺気すらも漂い出す中でダグラスは、


「……もういい。ならば望み通りにしてやろう……。どの道、ここで一網打尽にするつもりだったのだ。……やれ」

「…………はい」


 その言葉と同時に私兵達が前面に押し出てきて、魔女ロレインがある巻物を取り出す。そして、すぐさまその巻物を読み出すと……、なんと出入口が塞がれた!


「な、なんだ!?」

「あれは……! 『魔物部屋モンスターハウス巻物スクロール』……!!」


 ユイリの叫びと共に部屋はみるみる内にその模様を変化させ……、魔物たちが次々と出現し始めたのだ!




 RACE:ダンジョンオーク

 Rank:55


 HP:298/298

 MP:7/7


 状態コンディション:普通




 RACE:蝙蝠魔人

 Rank:66


 HP:280/280

 MP:45/45


 状態コンディション:普通




 RACE:マーダーラビット

 Rank:63


 HP:150/150

 MP:18/18


 状態コンディション:普通




「クッ……! いきなり魔物たちが……!」

「コウッ! 陣形を崩さないでっ! 部屋の至る所に罠も発生している筈よっ!」

「名家の奴らも本性を表しやがったぜ……! コウッ! ジーニスも……、魔物だけでなく奴らにも注意しろっ!」

「り、了解ですっ!」


 僕らはすぐさま固まり……、出現した魔物や名家の私兵達に備える……! 周りの冒険者たちもこのままでは拙いと、あちこち団結しながらこの場の危機を乗り越えようとしていた。しかし……、そんな時にあの魔女から強大な力を感じたかと思うと、


「……貴方方に恨みはありませんが、覚悟なさい……! 『爆裂煙幕魔法バーストスモーク』!」


 彼女の魔法が完成し、辺り一面を激しい爆発が襲う……! 魔物毎こちらを薙ぎ払おうとするのに加え、爆発後に漂う煙によって周りの視野が著しく悪くなってしまった。


「ゴホッ、煙幕か!?」

「毒……ではないみたいですけど、気を付けて下さい! ジーニス! ウォートルも煙を吸わないでっ!」

「……うむ、とは言うもののこの状況では……」


 ウォートルの言う通り、僕らに出来るのはせいぜい口元を抑えるくらいしか出来ない。シェリルがすぐさまシルフに命じて煙を吹き飛ばそうとするが、そんな状況の中で『敵性察知魔法エネミースカウター』が反応しそちらに備えると……、マーダーラビットが足元に飛び掛かってきた。


「っ! この魔物、速い……っ!」


 僕は咄嗟に身を翻すも、完全には躱しきれず傷を負ってしまう。噛み付いてきたのか、掠ったところがパックリと裂け、血が滲みだす……。僕は応急処置ですぐに対処するとシルフの風が周りの煙幕を吹き飛ばした。しかし……、


「……『爆裂煙幕魔法バーストスモーク』」

「あ、あれは『詠唱破棄』……! コウ様……っ!」


 連続して魔女の魔法が完成し、再び爆発と共に煙幕が包み込む……。シェリルの叫びと共に彼女が僕を庇おうとして出てくるが、


「僕に構うな、シェリルッ! この兎の魔物が絶えず僕らを狙っている! 前に出てきちゃ駄目だ……!」

「ですが……! コウ様はお怪我をされて……! わたくしには魔法の耐性があります! 少なくとも爆発のダメージは軽減をっ……」

「いけませんっ! 姫は名家の連中に狙われていらっしゃいますっ! 隙を見せてはなりません! ここはどうか私達にお任せ下さい……! コウッ! 宙を舞う蝙蝠魔人は爆発に巻き込まれているけど、地を這うマーダーラビットは自由に動けてしまってるわ! 貴方の『重力魔法グラヴィティ』でまず魔物たちを封じ込めてっ!」


 ユイリの言葉に僕はすぐに魔力を集中させた。詠唱と同時に敵性察知魔法エネミースカウターに反応する周囲に狙いを定めて……、やがて魔法は完成した。


「……此の地に宿りし引き合う力、その強弱を知れ……! 『重力魔法グラヴィティ』!!」

「!? キィィ……ッ!!」


 ちょこまかと動き回るマーダーラビット達に重力の楔が穿たれ、その戦闘力を激減させる。反応が鈍くなったところで、ユイリ達が次々とマーダーラビットを仕留めていく……。


「よし……、シルフ、僕の呼び掛けに応えてくれ。もう一度風を……」

「……『無作為移動魔法ランダムムーブ』」


 煙幕を晴らそうと今度は僕がシルフに命じようとしたところで、あの魔女ロレインが新たな魔法を完成させた。すぐさまその効力が現れ……、気付いたら僕はシェリル達から離され、別の場所へと移動していたのだ。


「上手く奴がエルフから離れたな……。いまだ、ロレイン。今こそ罠を発動させろ。例の場所へと繋げるようにな……!」

「……畏まりました、ダグラス様。……『罠作動魔法トラップアクチュエーション』」


 そんな声が聞こえてきたかと思うと、僕の身体に変化が起こる。まるで、この場から消え去るような……。そう……、これはあの変態魔神が使用した『強制退去魔法リーブアウト』の時の感覚と……!


「なっ……!?」

 

 そして次の瞬間、僕の視界が歪み……真っ暗闇となってしまったのだ……。











「目が慣れてきて……! ここは……」


 いきなり闇に包まれて何も見えなくなってからまだ幾ばくも時間は経っていない筈だ……。漸く視界が回復し始め、周りの状況を把握しようとして、すぐそばにジーニスが倒れているのが見えた。


「ジーニス、起きるんだ! 倒れてる場合じゃないぞ!」

「う……、コウ、か……? 俺は……確か……」

「妙な魔法に巻き込まれたらしい。早く状況確認するぞ……! うん? あれは……ウォートルか!?」


 すぐ近くにウォートルも発見し、ジーニスを促しながら彼の事も目覚めさせる。


「……う……む、ジーニスに……コウか……? 一体、何が起きた?」

「起きたか、ウォートル! それは、僕にもわからない。大分目も慣れてきたし、他の皆を……」

「いねーよ! 間違ってもあのエルフを巻き込む訳にはいかなかったからな。ここに来たのはテメエと……その付近にいた不幸な連中だけだ」


 その声にハッと振り返ると、あの憎き名家の屑の姿があった。その傍にはあの魔女と……!? ダグラスに誰か捕まっている……? あれは……!


「フ、フォルナ!? テメエ、フォルナに何をしてやがる……っ!」

「……全く、どいつもこいつも口の聞き方がなってねえな……。フォルナというのか? この女は……」

「むーっ! むぅぅーっ!」


 何時捕まったのか、ダグラスはフォルナを拘束し、もう一方の手でその口を押さえていた。彼女も逃れようとしているが……、自力では逃げられそうにないだろう。ジーニスはそれを見て激昂し、さらにダグラスに詰め寄ろうとする。


「フォルナをどうする気だっ! はやく離しやがれ!」

「折角捕まえた獲物を手放す馬鹿がどこにいる? この女は下民にしては中々見れた顔だったからな。死なすにしては勿体ないかと思い、性奴隷にする事とした。ま、部下たちの慰み者としては丁度いい」

「むうっ!? んんんっっ!!」


 こいつ……っ! 僕が刀に手を掛け、抜き払おうとするのを見て、


「おっと! 俺に攻撃を加えようとしたら……、この女がどうなるかわかっているのか? 別に勿体ないと思うだけで、殺してしまってもいいんだぜ? 女なんてそのカラダで男を暖め慰める為のモノにすぎないからな」

「クッ……! キ、キサマ……ッ!」

「まして……、すぐにあのエルフも手に入るんだ。この女はあくまでついで・・・にすぎない……。ま、最初は俺が味見する予定だが」

「……下衆、が」


 ウォートルが吐き捨てるようにダグラスを睨む。エルフ……、シェリルの事か……! やっぱりコイツは野放しにはしておけない! ……一瞬で距離を詰めて、コイツを……!

 今にも飛び掛かろうとしているジーニスに注意がいっている隙に、じりッと一歩、すり足をしたところで、そこに掃射魔法エネルギーショックが飛んできた。軸足の数ミリのところで焦げた煙が立ち上る中、それを放ったのは当然……、


「…………アンタか」

「……馬鹿な事は考えない方が宜しいですよ。ダグラス様は……本気です」


 次は当てます……、そう警告してくる魔女ロレインにも殺気を飛ばすと、


「おいおい、俺たちばかり相手にしていていいのか? そら、もうすぐ目覚めるぞ……。貴様らを死へと導く死神がな……」

「……何だと?」


 そう言い放ったダグラスに訝しむも、すぐにその言葉の意味に気付いた。……いや、気付かざるを得なかった。


「うわあああ……っ!!」

「なんだコイツはーっ!?」


 耳障りな奇声と共に冒険者の絶叫が聞こえてくる。僕らが振り向いたそこには……巨大なカマキリのような化け物が圧倒的な威圧感と殺気を携え、絶叫していた冒険者を切り裂く姿が目に飛び込んできた。


「……うっ、むぐ……この、化け物は……!?」

「まさか……、まさかコイツは……! ダンジョンに纏わる伝説の……!? まさか俺達は『地獄に繋がる墓所』に転移しちまったのか!?」

「『地獄に繋がる墓所』……?」


 ジーニス達が戦慄した様子で絞り出した呟きに、僕は戦闘態勢をとりながら問い返す。


「聞いた事が無いか? 冒険者なら聞いた事くらいあるだろう? まぁ、冥途の土産に教えてやろうか……。そこの下民の言う通り、ここは『地獄に繋がる墓所』だ! 強制転移テレポーターの罠に掛かった時、極稀ごくまれにその部屋に繋がる事がある……。全てのダンジョンに共通し、その何処かにあると云われる『地獄に繋がる墓所』……。そこに転移した者は、二度と生きては帰れないという曰く付きの部屋だ! 貴様らはその『墓所』に落ちたんだよ……!」


 二度と生きては帰れない、だと……? そんな馬鹿なと思いつつ、背筋に汗が伝わるのを感じる。化け物に切り裂かれた冒険者たちはそのまま事切れたように倒れ……、そのまま消滅してしまったのだ。


「あのカオス・マンティスに殺された者は消滅して跡形も残らない……。多分ダンジョンの養分にでもなるんじゃねえか? 俺様は偶然、強制転移テレポーターの罠を利用して、この『地獄に繋がる墓所』へと意図的に送り込むすべを確立させた……! 貴様らは、もう終わりだっ!!」


 そう言ってダグラスの高笑いするのを聞き流しながら、僕は全身を震わせながら絶望感に支配されていた。……自分の目の前で人が死ぬのを目の当たりにしたショックもあるが、何よりどうしようもない相手を前にして放心状態に陥ってしまう。

 隣のジーニスやウォートルも戦意を喪失したかのようにガタガタと震えていた。死……。僕と同様にその一文字が脳裏に浮かんでいる事だろう。再び奇声を発し、それだけで人を殺せそうな殺気を巻き散らしながら鎌を振り上げるのを、僕たちは身動きできずにただ見ている事しか出来なかった……。



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