第55話:陰謀




「……結局、魔物の討伐はやらないといけなくなった訳だけど……」


 シュライクテーペの町を出て、魔物氾濫モンスターフラッドとやらによって溢れでた魔物を討伐する為に、他の冒険者たちに追いつくべく街道越しに広がる平原を進むさなか……、僕は傍らにいるユイリに問い掛ける。


「……聞きたい事が多すぎる、って顔ね?」

「ああ……、正直言って何から聞けばいいのやら……」


 出来ればあの名家の連中について聞きたいのだが……、ダグラスとかいう奴の傍に付き従っていたローブ姿の魔術師風の女性と一部の私兵と思われる連中が少し後ろを付いて来ている。……無論、僕達……というよりもシェリルを逃がさない為だ。シェリルを渡すように迫ってきた奴らと一触即発になっていたが、このまま睨み合っていても始まらないという結論となり、取り敢えず魔物を討伐後に出頭するようにという事となった。僕らとしてはそのままバックレてしまいたいところだったものの……、そうはさせないとばかりにお目付け役として送り込んできたのが彼女たちだった。


「そうだね……、『魔物氾濫モンスターフラッド』について教えて貰えるかい?」


 『聞き耳』みたいな能力スキルで盗み聞きされている可能性もあり、僕としては無雑な質問を切り出した。言葉からして何となく想像はつくが……。


「まあ、言葉通りの意味だけど……、通常ダンジョン内に留まっている筈の魔物たちが外に出て来てしまう事を言うのよ。別名『スタンピード』とも呼ばれるわね。ただ、それにも二種類あってね……」

「二種類? どういう事?」

「ダンジョンにはそのコアから生み出されているとされる魔物と、ダンジョン内に自生している魔物と二種類いてね……。自生していた魔物が暴走して外に出てきたというのであればまだいいのよ。……問題はもうひとつの、ダンジョンコアから生み出された魔物が『魔物氾濫モンスターフラッド』によって出てくるケースね。普通、ダンジョンコアから生み出された魔物は、そのダンジョン内から外に出てくるなんて事はないの。だから……、もしそちらのケースだったとしたら異常事態という訳ね」


 成程……。確かにそのダンジョンで活動させるべく生み出された魔物が外に出てくるってのは可笑しな話だ。さて、今回の『魔物氾濫モンスターフラッド』はどちらかという事だけど……、


「見えてきたぜ……、先に行った連中が交戦してる」


 レンの言葉に見てみると……、大勢の魔物が押し寄せてくるのを留めようと戦っている冒険者達の姿があった。だけど、気になるのは……、


「……結構な数ですね。でも、戦ってるのが冒険者達だけっていうのは……」

「……町の衛兵みたいなのはいねえな。ホント、俺達だけに押し付けたって事か……」


 フォルナの疑問にジーニスが苦虫を噛み潰したように答えるのを見て、僕もまた同じような気持ちになる。町を管理するトップがあのダグラスだとしたら……、まあ考えられる事だが……。


「わたくし達も早く加わりましょう……、大分苦戦されていらっしゃるようですわ……」

「そうですね。あの数からして、間違いなく自生していた魔物って事ではなさそうですし。……ですが、姫は出来るだけ私から離れないようにして下さいませ。敵は魔物たちだけ、という訳でもなさそうなので……」

「……そうだね、後ろの衛兵たちに隙を見せたらその時点で拘束されるかもしれない。レン、ジーニス。僕は今回はシェリルの傍についていたい。前をお願いしてもいいかな?」


 本来なら彼らと共に敵に斬り込むのが僕の役割だとは思うけど……。僕がそう提案するとレン達は、


「ああ、お前はシェリルさんに付いてろっ。いきなり上級魔法をぶっ放してくる連中だ。警戒しすぎる位で丁度いい!」

「俺とレンさんで全部倒し尽くしてやるから安心しな、コウッ! ウォートル、いくぜっ!」

「……うむっ!」


 その言葉と共にレンがスケートボードを疾走させ、それに続くジーニス達。それにしても、本当に魔物の数が多いな……。見た事がある蝙蝠や猪の魔物……、それに豚の顔した人型の魔物まで……って、


「あれがもしかしてオーク……? 豚の亜人で魔物でなくとも凶悪な種族っていう……」

「そうね。だけどアレは恐らく『ダンジョンオーク』よ。ダンジョンコアによってオークを模して作り出された意思なき魔物……。だけど、その習性はオークとほぼ同じだから、精霊魔法は使わないで。エルフがいるって本能で向かってくるかもしれないから」


 ……この世界の常識の一つとして、僕はオークやゴブリン、そしてオーガ種などは雄しかいないと教わった。奴らは異種族の雌を襲い、孕ませて種の存続を図るそうだ。ゴブリンなんてゲームでは序盤に登場する魔物で雑魚敵という認識でいたけれど、本物のゴブリン、小鬼種と呼ばれるそれはかなり厄介な種族であるらしい。

 そして、目の前に見えるオーク種は一体一体が手強く、その習性もなかなか邪悪なもので、質の悪い事にエルフを付け狙うとも聞いている。エルフが特に使用する精霊魔法もどういう訳か効果も薄く、まさにエルフの天敵といってもいいようで……、全くをもって迷惑すぎる存在だ。


「でも……、そのオークの一団が此方を目掛けてやってくるようだけど。シェリルの事、気付かれたのかな……?」

「……申し訳御座いません。あの種族は鼻が利くと聞きますから……。例えダンジョンコアに産み出された紛いの魔物であろうとも、恐らくは……」

「不覚は取らないと思うけれど……、気をつけてよ? さっきも言ったけれど、結構強いからね?」


 そのオークの一団の敵意を感知して、僕の敵性察知魔法エネミースカウターが反応する。




 RACE:ダンジョンオーク

 Rank:55


 HP:254/298

 MP:7/7


 状態コンディション:暴走




(ユイリの言う通り……、強いな。『暴走』っていうのも怖いし。興奮状態が進むと『暴走』になるんだっけ……? 理性を失う代わりに戦闘力を上昇させるっていうアレか……?)


 此方に来られる前にウォートルが盾を構えて立ち塞がり、そこをレンとジーニスが斬り込んでいく……。事前にシェリルの各種補助魔法のお陰で、危なげなく戦えているようだ。僕も援護するべく、氷のブーメランを取り出し……、


「……これでも喰らえっ!!」


 スローイングされた氷のブーメランが交戦しているダンジョンオークたちを次々と傷付けていき、その個所を凍らせていく……。『大地の恵み』が誇る熟練の鍛冶師ブラックスミス、リムクスさんの力作の逸品の効力を存分に発揮させ、明らかにダンジョンオークたちの動きが鈍っていった。


「この、豚の化け物がぁ! 『三段斬りトリプルスラッシュ』!!」

「へっ、やるじゃねえか、ジーニス……。だが、まだまだお前らには負けらんねえな……。『天地返し』!!」

「……むう、此方もただ壁役になっているだけというのはな……! 『しっぺ返しリベンジアタック』!!」


 レンやジーニスだけでなく、ウォートルまでもが攻撃に転じて敵を減らしていく中で、焦りながらも此方の隙を伺っていたダンジョンオークに気が付くと、




 RACE:ダンジョンオーク

 Rank:55


 HP:71/298

 MP:3/7


 状態コンディション:暴走、焦燥




(……大分弱ってきている。これなら試せる……か?)


 1体のダンジョンオークに狙いを付けて、懐から1枚のカードを取り出すと、


「……『魔札召喚魔法コールカード』! 行けっ、『名も無き訪問者』!!」


 生活魔法として落とし込まれたソレは詠唱を必要としない。すぐにカードに魔力を吹き込んだ時点のミスリルソードを携えた『僕』が具現化し……、号令に応じて狙い定めた魔物へと飛び掛かっていった。


「ぐぎゃあぁぁっ!!」

「……よし、これ位弱っていたら問題なく倒せるみたいだな。この調子で……むっ……」


 僕の分身たる『名も無き訪問者』が次なる敵へと向かっていこうとしたところで、蝙蝠の魔物達が死角から襲い掛かってきて……、


(……攻撃を受けて、『名も無き訪問者』がそのまま魔力を四散させてしまう、か……。『魔札召喚魔法コールカード』で呼び出したソレは敵の攻撃を察知して避けるなんて芸当はまだ難しい……。単純に召喚のベースとなった僕が未熟だったという事もあるだろうけど……、その辺は今後の課題という訳だな……)


 一度呼び出したカードはやられた時点で魔力を消失し只のカードへと戻った。まさに一回きりの使い捨てだが……、これらは魔札作成魔法カードクリエイションによって再び使えるようになる。

 この簡易召喚術が広まれば……、戦う術を持たない人の貴重な護衛手段にも成り得ると僕は思っていた。この世界には生まれつき魔力が少ない人物も多く存在するようだけど、元々生活してゆく為の簡単な生活魔法は使っている。それならば生活魔法となり大して魔力消費も少ない、この魔法を知れば誰でも使えるようになる『魔札召喚魔法コールカード』は、画期的な発明という評価を受けた。

 『魔力素粒子マナ』を宿す者には危害を加えられないという点もある種の防衛機能にもなっている。尤も、それは野盗や悪人には効果を発揮できないという事でもあるが……、人類と敵対する『邪力素粒子イビルスピリッツ』を源としている魔族や魔物には効力があるのだ。……悪人どもに関しては今まで通り護衛に排除して貰うか、大元を絶つようして貰うしかない。


 僕の隣で詠唱していたシェリルが、『魔札召喚魔法コールカード』で呼び出した『名も無き訪問者』がやられたのを見て、彼女としては珍しく僅かに怒りを含ませた気配を滲ませ……、そのまま魔法を完成させた。


「……今こそ我が魔力によりて大気中を変化させ、我らが敵を絶対なる破壊作用に巻き込まん……『瞬間爆発魔法エクスプロージョン』!!」


 シェリルの魔法により、辺り一面が激しい爆音と爆風に包まれる……。彼女の魔力が大気に直接干渉させ大爆発を引き起こしたのだ。魔物のみに絞ったその大魔法によって、ダンジョンオークをはじめとした魔物たちがバタバタと倒れていった。




 RACE:ヴァンパイアバット

 Rank:33


 HP:0/155

 MP:24/28


 状態コンディション:暴走




 RACE:グレートボア

 Rank:41


 HP:56/243

 MP:9/17


 状態コンディション:暴走




 生き残った魔物に対し、周りの冒険者たちが確実に止めを刺していく……。ダンジョンオークも未だシェリルの下に来ようとして、今まさにジーニスがその一体に止めを刺したところだ。


「随分広範囲の魔法だね。粗方の目に見える魔物に爆発が行き渡ったんじゃない? おまけに魔物にだけ作用するって……」

「……事前に『対象標記魔法マーキング』も使いましたわ。流石に他の方を爆発に巻き込んでしまう訳には参りませんし……」

「それでもかなりの数が削れたんじゃ……ん? 何だ……?」


 蝙蝠の魔物に混じってキラリと光る何かが見えた気がする。その方向に視線を向けると、敵性察知魔法エネミースカウターがその正体を導き出した。




 RACE:黄金バット

 Rank:77


 HP:78/213

 MP:54/69


 状態コンディション:暴走

 備考:希少レアモンスター




「黄金バット、レアモンスター……?」

「レアモンスターはその名の通り、滅多に出ない魔物の事よ。魔石もそうだけど、もし拾得品ドロップアイテムを入手出来たら、それだけで一財産築く位出来るかもしれないわ。尤も、貴方にとってはあまり響かないかしら?」


 他の皆もあの金粉をまき散らしながら飛び惑う蝙蝠に気が付いたようだ。仕留めようとして中々攻撃が当てられないようで、気が付くと僕らの方に逃げてきているように思える。


「レアモンスターは早い者勝ち……。どうする? 貴方がやる?」


 やらないなら私がやるけど……。ユイリの言葉に僕はもう一度逃げ続ける黄金バッドに視線を向けると、


「……いや、僕が行く。……我に歯向かいし愚かなる者よ、凝縮されし焔によりて地獄の炎に包まれよ……『焔霊魔法フレアリング』!」


 詠唱と共に僕の手に高温の球体が魔力素粒子マナによって錬成されてゆき……、それが僕の掌から勢いよく放出される。火球魔法ファイアボールより格段に威力が上がり、溶岩灼熱魔法バーニングラヴァに比べれば劣る……、言ってしまえばドラ〇エのメ〇ミだ。

 そのメ〇ミが黄金バットに迫るも、あと少しのところでヒラリと回避してしまう。当たれば完全に焼き尽くす程の威力はあっただろうが……、避けるのも予想通りだ。


「!?」

「お前の動きは見ていたからね」


 ……散々魔法や飛び道具による攻撃を避けてたから、シェリルの様に『対象標記魔法マーキング』を使わない限りは当てられないと踏んでいた僕は魔法を避けた瞬間を見越して、一瞬で黄金バットに詰め寄り自分の射程範囲上に捉えていた。流石の黄金バットも今のバランスを崩した状況で攻撃を躱す事は出来ない筈だ。


「…………『立木打ち』」


 振り被っていた愛刀、左文字を黄金バットに向けて袈裟斬りに一閃させると、狙い違わず両断された。その瞬間周りの冒険者から感嘆の声が上がる。


「お見事ですわ、コウ様!」

「流石師匠っすね! 黄金バットの魔石、ゲットっす!!」


 野生の魔物と違い、ダンジョンで生み出されたとされる魔物は魔石のみを残して他のものは消え失せてしまう。本来ならば黄金に輝く本体も貴重な品となるようだが、残念ながら消滅してしまうのだろう。そう思っていた僕だったが、予想に反して黄金バットは魔石以外にも何かを遺していった。




『五色の卵セット』

形状:その他

価値:SS

効果:それぞれ虹、金、銀、灰、黒色の有精卵。もし孵化させられればその卵を産む事が出来るヒヨコが孵るが、孵化させる事は困難を極める。




(な、なんだコレ!? 卵!? ぴーちゃんが時々産む、アレか……!?)


 思わぬ拾得品ドロップアイテムに驚いていると、ユイリがすぐに回収し僕に押し付けた。


「出現した拾得品ドロップアイテムは早く回収しなさい! 誰かに取られるだけじゃない、下手にアイテムを詮索されて面倒毎に巻き込まれる事もあるのよ!」

「わ、わかった……!」


 慌てて収納魔法アイテムボックスを起動し、そこに手に入れた拾得品ドロップアイテムを放り込む。収納魔法アイテムボックス内は時間経過を抑える効果があるらしいから、卵の鮮度が落ちる事はないだろうけれど……。でも、何人かには拾得品ドロップアイテムがあった事を見られたな……。


「お前らっ! 呆けてんじゃねぇ! まだ戦闘が終わった訳じゃねえんだぞっ!」


 そんな時、レンから怒号が飛び僕はハッと我に返る。見てみると確かに新たな魔物が此方に押し寄せてこようとしていた。


「うへぇ……! グレートボアを先頭にまたダンジョンオークも……!」

「泣き言言ってる場合じゃねえぞ、アルフィー! だが、C級ダンジョンのモンスター……! 厄介極まりねえ……」

「……お前も気を抜くな、ジーニス。来るぞ……!」


 百を超える魔物たちに傷付いた冒険者たちが後方へと下がり、僕達を含めて戦闘に備えるべく構えていると、後方より魔法の詠唱が聞こえてくる。シェリルじゃない……、他の冒険者の誰かが魔法を唱えようとしているのか……? そう思って振り返ると、僕らのお目付け役であった魔術師風の女性がローブの下に着込んだレオタード姿を晒しながら、強大な魔力素粒子マナを操っていた……!


「……地獄の奥底に眠りし暗黒の絶対零度、今此の地へと顕現させん……『氷河地獄魔法コキュートス』!!」


 彼女が魔法を完成させた瞬間、前方の魔物たちが一瞬のうちに氷漬けになる……! 押し寄せようとしていた足も止まり……、まだ距離があるというのに此方にも冷気が伝わってきた。まさに銀世界と呼ぶべき光景が目の前に広がり……、半ば呆然としていた僕達を我に返したのは、その状況を作り出した彼女の言葉だった。


「……これで終わりですね。先程、今回の『魔物氾濫モンスターフラッド』の件で『沈鬱の洞窟』の異常解決までの緊急依頼プレシングクエストを正式に冒険者ギルドへ依頼したそうです。一度、シュライクテーペに戻るとしましょう」

「戻るも何も……、アンタらに言われた通り、魔物氾濫モンスターフラッドで溢れたモンスターは討伐したじゃないかっ! あんな町、もう戻りたくもねえ! ほぼ強制的に討伐に駆り出されて……! やってられるかっ!」

「そもそも……、本当に全て片付いたんですか? また続けてモンスターがやって来ないですよね……?」


 クローシス名の代理者として現れた彼女の宣言に、周りの冒険者が騒めき立つ。大体、緊急依頼プレシングクエストって……。これ以上僕達を巻き込まないで貰いたいんだけど……。


「……取り敢えず魔物に関しては問題ないでしょう。『氷河地獄魔法コキュートス』を唱える前に予め『追跡連鎖魔法トラックリンク』を使っておきました。もし、これ以上の魔物が襲来して来ようとしていたとしても、悉く全滅する筈です。戻りたくないと言うのなら止めません。この程度で泣き言を言っているようでは、足手纏いになる事は目に見えていますから。尤も……、その場合は今の戦闘分については全くのただ働きという事になりますが……」

「は、はぁ!? 無報酬で俺達をこき使おうってのか!? アンタら、言ったよな!? 戦闘に駆り出される以上は名家で報酬を出すってよ……!」

「……頭が悪いですね。先程、正式に緊急依頼プレシングクエストを出したといったでしょう? 今回の分も含めて、緊急依頼プレシングクエストを解決した際にギルドから報酬が支払われる筈です。……途中で投げ出される事は考慮してません。むしろ、依頼放棄の違約金を支払って貰う必要があります」

「じ、冗談じゃありませんよっ! 強制的に駆り出しておいて……依頼放棄って……! こんなの、詐欺だ……!」


 負傷し後ろに下がっていた冒険者たちが不満を言い募る。それは他の冒険者にとっても同じみたいで、やはり不満を口にしていた。でも……それはそうだろう。僕達も含めて、無理矢理魔物と戦わせられたんだ。C級のダンジョンだった事もあり、ダンジョンオークをはじめ、それなりに強力な魔物もいたし……、下手したら命を落とした可能性だってある……。


「……ダグラス様の名代である私に歯向かうという事は、クローシス家に弓を引く行為だとわかっているんですよね? 覚悟は出来ているのですか?」

「「「う……!」」」


 彼女のその一言で騒がしかったのが嘘のように静まりかえる……。


「……私はロレイン・テディーレット。『魔女』にしてダグラス様の婚約者でもあります。私の言葉はダグラス様のお言葉と知りなさい! ……それでも不満があるならばどうぞ。私の魔法で返り討ちにして差し上げましょう……」


 そう言って持っていたロッドを再度構える彼女に、周りの冒険者は一様に怯える。先程の出鱈目な威力を誇る魔法をこの目で見ているからだ。あれは下手するとシェリルの魔法を超えているかもしれない……。さっき言っていた魔女という言葉といい……、何か特別な力でもあるっていうのか……?

 どちらにしても、もうこの場で彼女に逆らおうという人はいないだろう。その事を彼女自身もわかったのか、


「……わかったらシュライクテーペに戻って下さい。なお、魔石や取得物があったらギルドか我々に提出するように。全てはダグラス様にその所有権がありますから。まあ、その殆どは私が仕留めましたし……、文句はありませんよね?」

「くっ……、ギルドに提出すりゃいいんだろっ! 行くぞ、野郎どもっ!!」

「……我々はもう貴方方に関わりたくありません。依頼放棄って言い張るのならギルド経由で請求するなり、勝手にやって下さい。皆さん、行きますよ」


 冒険者たちはそれぞれ思うところを残しながらこの場を離れていく……。それに紛れてこの場を離脱しようと試みたが……、そうは問屋が卸さないようだ。


「……他の面々には緊急依頼プレシングクエストを放棄する事も黙認しましたが……、貴方方は別です。放棄する事は許しません。私達と共に来て頂きます。理由は……お分かりですよね?」

「……シェリルに対してどうしてそうも拘るんだ? まるで指名手配犯を前にしたような対応だよな? 彼女が何をしたっていうんだ!」


 憤りを隠せずにそう言い放つと、周りの私兵の顔色が変わるが……、そんな事は知った事じゃない。シェリルを守る様にレンやジーニス達も庇うように僕たちの前に立つ。


「……何も疚しい事が無ければ大人しく検査を受ければいいじゃないですか。町の検問を強引に振り切ったと報告を受けています。我々も気になる所を見逃すわけにはいきませんから」

「それでシェリルを一人、別室に連れて行ってちゃんと僕たちの下に帰すって保証は? 護衛ユイリを付ける事も許さない時点でアンタ達の事は信じられないんだよ。大体、気になる人物を町に入れる訳にはいかないって事なら、このまま立ち去ってもいい筈だよな? 何故それを拒むんだよ。まるでシェリルを捕まえたいって言ってるようなものじゃないかっ!」


 僕の言葉に一層雰囲気が重くなる。私兵の一部は今にも此方に襲い掛かってきそうだ。それを制したのが、魔女とよばれた彼女だった。


「……それについてはダグラス様に聞いて下さい。どちらにしても、シュライクテーペにまで同行頂く必要はあります。彼女についても落としどころは『緊急依頼プレシングクエストを解決する事』になるでしょう。……こちらとしては、大人しく彼女を引き渡された方が話が早く済むので助かるのですけどね……」

「それで? 僕たちにはどんな利がある? クエスト云々はそちらの都合だろう? ユイリも言ったと思うけど、僕達は一刻も早くイーブルシュタインの首都に行かなきゃいけないんだ。それについても当然、そちらで考慮してくれるんだよな?」

「……そもそも、貴方は一体何なんです? ストレンベルク王国で公爵令嬢でいらっしゃるシラユキ嬢から指摘を受けるのならまだしも……。あまり上位ではないとはいえ、私も名家なのですよ? クローシス家の名代でもある私に、そのような口の聞き方は……」

「私も言った筈よ? その人もストレンベルク王国・・・・・・・・・で一二を争う賓客であると・・・・・・・・・・・・……。彼の素性でいえば、貴女の方が失礼に当たるわ」


 彼女の物言いにユイリがそう反論してくれた。それを聞き彼女は一瞬顔をしかめるも、すぐに平静さを取り戻し、


「……それは失礼しました。彼からは正式に名乗って頂けてなかったもので……。もしよろしかったら、お名前を頂戴しても?」

「悪いけど、信用できない人たちには名前は教えない事にしているんだ。正直関わり合いにもなりたくないんでね」


 名前についてはシェリル達にも伝えていないのだ。尤も、彼女らには教えてしまってもいいとは思っているものの、タイミングを逃し続けてしまっているが……。


(……僕も自分らしくないな……。普通、こういった権力をふりかざしてくる連中に対して刺激しないようにやってきたのが僕の処世術だった筈なのに……)


 そんなのに波風立てたら大抵碌な事にならないとわかってはいるのだ。だけど、今回は僕個人というよりシェリルに対して言ってきている。幸い権力を持っている仲間もいるので、一方的に搾取される事にはならないだろうし、もし実力行使してきたとしてもこの世界ならまだ戦える。


 ……これも元の世界にシェリルを連れて行けないという大きな理由のひとつだ。シェリルを見て同じように扱おうとする連中は何もこの世界だけではない……。


「……嫌われたものですね。ですが……、ご同行頂く事に変わりはありません。大人しく従って頂けないと……強制的に従って頂く事となります。あと、利はあるのかと訊ねられましたが……、本日限定ですがダグラス様は貴女方に『神湯泉』を開放するとおっしゃってました。現在、『神湯泉』を関係者以外に開放するのはまず有り得ない事です。……これでも利が無いと仰せられますか?」


 しんとうせん……? 聞いた事もないけれど……、何だそれは……? だけどそれを聞いたユイリの反応は明らかに何時もと違っていた。


「っ……、それは彼らにも使わせて貰えるという事かしら? 私や彼女だけでなく?」

「……本当はユイリ嬢とそこのエルフの女性だけと仰せられておりましたが……、こうなった以上は貴女方の関係者も認めるという事です。……まぁ、エルフの女性を引き渡す事を前提に話されてらっしゃいましたけど、そこは先程もお伝えした通りダグラス様と交渉されて下さい。……私はそちらの女性はお連れするよう、最低限の条件と共に命じられただけですので……」

「……繰り返しになるけれど、彼女もまた我が国にとっての賓客の一人ですので、引き渡しに応じる訳にはいかないわ。それでもいいなら……、貴女とダグラス殿の顔を立ててシュライクテーペまで同行しましょう……。コウ、ここは私に任せて貰えるかしら……?」


 ……あのユイリがそのように言うんだ。彼女の中で様々な事を想定し、応じる事にしたのだろう……。今更彼女の判断について疑問の余地はない。僕が頷くとシェリルは元よりレンやジーニス達も追随する動きが見えたところで、クローシス家の名代である女性に従って町まで戻ろうとした時、私兵の一人が僕の方へやって来ると、


「……その前にお前たちが入手した希少レアモンスターのドロップアイテム、此方に渡して貰おうか? いや、今の戦闘で入手したものは全てダグラス様に所有権がある」

「断る。自分たちで倒して手に入れた物に対してそんな権利なんて聞いた事がねえ」


 僕が答える代わりにレンがにべもなく相手の要求を突っぱねる。そう言われた私兵は真っ赤な顔をして、


「貴様っ!! これは正式にギルドを通しての依頼だぞ!! ここにいるロレイン嬢も言われた通り、全ては名家で依頼主であらせられるダグラス様に所有権があるのだっ!!」

「俺達はギルドを通して来た訳じゃない。テメエらに言われて仕方なく来てやったんだ。それを後付けでギルドの依頼にしやがって。俺たちはなあ、自分で依頼を受けるか決める権利があんだよ。他所の国だろうと、それは共通のルールだ」


 凄む私兵に動じることなくそのように答えるレン。ふと見ると私兵の幾人かが彼女ロレインが倒した魔物たちの残した魔石などの回収に動いている。だが、レンの言葉じゃないけれど……、自分が倒して手に入れた物まで相手に渡す必要があるのか……?


「俺たちに逆らう気か。それは即ち、ダグラス様に逆らう事になるのだぞ!?」

「やれるもんなら力づくで来るか? ここはもう街中じゃねえ、襲ってくるつもりなら返り討ちにしてやるぜ?」

「貴様っ!!」

「……やめておきなさい、貴方達では彼らには勝てません」


 ……一触即発という雰囲気の中、それを破ったのは彼女ロレインだった。


「ロレイン嬢! 何を言っているのですか! 貴女もダグラス様の命に逆らう気なんですか!? 貴女も奴らから道具を押収する責務があるでしょう!?」

「……私がダグラス様に命じられたのは彼らを……というより、彼女を連れてゆくという事だけです。それに……、そうなると先程の者たちにも同様に問わなければなりませんが、それで彼らが正直に答えると思いますか……? それを確かめる為に一々真贋の道具アイテムなどに頼るのも非効率です」

「だが、我々がみたものだけでも……! 希少レアモンスターの拾得品ドロップアイテムの価値は貴女もよくご存じでしょう!?」


 確かにあの拾得品ドロップアイテムの効果は計り知れない可能性を感じたものだ。しかもそれを『珍現象遭遇率UP』や『アイテムの入手確率UP』といった能力スキルもなしに希少レアモンスターの遭遇に加え、拾得品ドロップアイテムまであったのだから僕自身も吃驚したけど、奴らにとっても見逃せないところなのだろう。尤も、僕も奴らに渡すつもりはないが。


「……ならば彼が言ったように力づくで試したら如何ですか? 私はこの件については関知しませんよ」

「グッ……! ならばダグラス様には報告させて貰いますからねっ!」

「……ご自由に。さて、それでは参りましょうか? そこの者達については私は関与しませんので、もし襲ってきたら各々の判断で撃退されて構いません」

「っ……! ロレイン嬢っ!!」


 彼らの中で一番の戦力であるだろう彼女がそう言う以上、勝ち目がないと食い下がっている私兵も悟ったのだろう。悔しそうに僕らを睨みつけるだけで、実力行使には出て来なかった。


「……本当に質の悪い私兵ね。こんなのを雇っているようでは名家の底が知れるというものだわ」

「……言ってくれますね。まあこんな事を言いだす以上、質の悪い……というのは正直否定は出来ませんが……。全く、先程の手並みを見て、どれ位の力量があるかも理解していないのですから……。もし全面的に対立となったらどうなるのか、想像も出来ないのですかね……」

「私達にしてみれば全面対立でも構わないけどね? 態々彼と彼女を危険に晒したくもないし……。魔女である貴女は確かに脅威だけど、勝てないとは思わないしね。そう言ったら……、貴女はどうするかしら?」

「……貴女方にとって為にならないと忠告しておきます。クローシス家の影響力を舐めないで下さい。……いくら貴女がストレンベルクの大貴族といっても知らない訳ではないのでしょう? ……仮にここを切り抜けられたところで、次々と追手は放たれるでしょう。最悪、貴女方の家族にまで累が及ぶ事になるかもしれません。……クローシス家は皇家にも連なる家柄ですので……」


 ユイリの挑発にそのように返してくる彼女。……やっぱり彼女は一筋縄ではいかない相手のようだ。彼女ロレインはそこで溜息をひとつつくと、


「……繰り返しになりますが、そちらのエルフの女性にお越し頂くのが一番円満に解決する秘訣だと思いますよ? そうすれば他の方達には色々便宜も図りますし、緊急依頼プレシングクエストも免除となるでしょう。『神湯泉』も貴方方には関係者扱いで使えるようになるかもしれません。……色々考えてもそれが最善となる事は間違いないでしょうが……、従う気はないのでしょう?」

「当たり前です。そんな事をするくらいなら……、ここで事を構えた方がマシだ」

「……では、町まで一緒にご同行下さい。そして貴方達も……、ここで彼らと事を構えたら、逆にダグラス様の不興を買う事になると知りなさい」


 有無を言わせぬよう私兵達にそう述べると、こちらへと僕らを案内する彼女ロレイン。僕は通信魔法コンスポンデンスでユイリに疑問を投げかけたら、


<……今はやめましょう。もしかしたら盗聴傍受魔法インターセプションを使われている可能性もあるし……。後で貴方の疑問には答えるから……>


 そう返ってきたユイリの通信を最後に、僕達はロレインという女性に促されるままシュライクテーペの町に戻る事となった……。











 ……そうして現在、僕達は……彼女らの言っていた『神湯泉』とやらの前にいた。シュライクテーペの町に戻り、その中でも一際立派な囲いのある門を潜って通されると男女をわける仕切りがあり……、ユイリ達と別れると簡易の小さな個室が幾つもある、言ってしまえばトレーラーハウスのような建物でそれぞれ着替えるように言われた。


(それで『水服』という名のぶっちゃけ海水パンツに着替えて『神湯泉』とやらの前に来ている、と……。これ、もしかしなくても『温泉』だよね? 何でこんなものを特別がっているんだ……?)


 その造りといい、雰囲気といい……、まさしく僕の世界の露天風呂と言ってしまっていいと思う。そりゃあ温泉は気持ちいいし、リラックスできるから入れるものなら入りたいけれど……、それでもユイリがあそこまで拘る意味まではわからない。


 ……確かにこの世界には風呂桶にお湯をためて浸かるという習慣がなかった。少なくともストレンベルク王国では水温調整魔法アジャストシャワーで湯浴びするか、若しくは洗浄魔法クリーニングで身を整えるのが普通であり、時間を掛けてゆったりと湯につかるなんて文化は存在しない。……まあ自分も忙しさにかまけてシャワーで済ませる事が多かったから、この世界に来ても食事程不満に思う事はなかったものの……、少し物足りなく感じはしていたものだ。


(だけど、あのユイリが態々自分が把握できていない町に僕やシェリルを連れてきたがるかなぁ……? 只の温泉じゃないって事か……? おまけにシャワーを浴びるにしても何にしても、『水服』と言うの名の水着を一々着るのが普通だとか……。やっぱり考えられないよなぁ……)

「あー、待ち遠しいっ! 楽しみだなぁ、おいっ!」


 考え事をしていた僕を我に返したのはレンのそんな一言。


「……どうしたの、レン?」

「なんでそんなに冷めてんだ、コウ!! ユイリ達が……、いや、シェリルさんが水服姿で俺達の前に出てくんだぞ!? こんな事でも無ければ絶対に有り得ねえ事だぜ!? 興奮すんに決まってんじゃねえかっ!」

「お、落ち着いて下さいよ、レンさん!! 声が大きいって! 少しは、ホラ……、ウォートルを見習って……」

「……う、うむっ!」

「ウォートルさん、鼻血出てるじゃないですかっ!! 興奮しすぎですよっ! あわわ……、拭くものなんてないぞ……!」


 ……何だ、この女湯を前にしてソワソワと落ち着きを無くした思春期男子みたいな連中は……? 尤も、女湯自体この世界では浸透してないから、覗く云々という話までは出て来ないようだけど……。


「大体お前は……って、来たみたいだぜっ! さあ、シェリルさんはどんな姿でやっ……て、くる……のか……」 


 レンの言葉が擦り切れ蜻蛉のようになる中で、果たして彼女らはやって来た。彼の言葉が途切れた理由は……直ぐに分かった。


 ユイリはトップとボトムにわかれたセパレートタイプの、一般的に『ビキニ』と呼ばれた水着を着ていた。水色のストライプ柄になった上品な造りの水服を纏った姿はよく似合っており、彼女もまた途轍もない美女だという事を実感させられる。

 連れられるようにして現れたフォルナもまた、自分に合った水服を選んでいた。ユイリと異なり、ワンピースタイプの水着を着用し、花柄のシックでありながらも彼女を魅力的に拵えてあった。


 二人の美女がこうして現れたのだ。男としては鼻の下が伸びてしまっても止む無しと思われなくもないが……、そんな彼女たちよりも強烈に惹き付けてしまったのがシェリルである。彼女はフォルナと同じくワンピースタイプに属する水着だ。しかもフォルナが選んだものよりも胸元の開きも小さく……、言ってしまえば3人の中では一番露出が少ない水着だとも思う。……だけど、シェリルが着用しているからなのか、彼女らの中では一番エロ……、いや一番色っぽく艶麗に感じられた。その理由は……、


(な、なんで……、よりによってそんな水着を……! あれはまるで……スクール水着じゃないか……っ!)


 ……そう、シェリルが着ていた水服はスクール水着だったのだ。『しぇりる』という名札があったらまさに完璧というか……、その真っ白な水着は彼女の肌にマッチしていて自然に感じられたが……、彼女の体型が『自然』という言葉を許さない。出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいるという、まさにボンキュッボンな体付きは最早鼻の下を伸ばす程度で済むとも思えない。思わず生唾を呑み込む……、それは僕だけではなかった。長いサラサラとした髪は他の2人同様にアップにしており、何処か恥ずかしそうにユイリに伴われて現れたのだ。


「……セクシー……ダイナマイトッ!!」


 ……へー、この世界にもダイナマイトってあったんだぁ……。そんな場違いな事を考えつつもそう呟いたレンに全力で同意しながら、それでも僕はシェリルから目が離せなかった。他の人に見せたくないという感情も沸き起こったが……、そもそも僕にそんな事を言う権利も資格もない。すると、隣にいたレンから軽く肘打ちされ、


「……お前に任せる。これ以上彼女を見てたら色々と洒落にならねえ……」

「は、はぁ!? レン、何を言って……」

「……俺にはジェシカがいる、俺にはジェシカがいる……。何してんすか、師匠! 早くシェリルさんのところに行って差し上げて下さいよ!」


 後ろにいたアルフィーがポンと僕を前に出す。突き出される形で僕はシェリル達の前に……。


「……え、と……、あっ! に、似合っているよ、その姿っ!」


 取り敢えずこういう時褒めるべきだったと思い直し、焦りながらそう口にすると僕の言葉を聞いてかあっと朱くなるシェリル。そんな僕を見てユイリが呆れ顔で、


「……あのね、コウ。水服姿の女性にそんな事を言うのは犯罪だからね? ……言われた本人がそれを許さなかったら、衛兵に突き出されても文句は言えないんだから……、気を付けなさい?」


 ……そうなんだ、この世界では水着姿を褒めるだけで犯罪なのか……。尤も、よく考えたら水着って下着の延長のような気がしなくもないし、そもそも海水浴という風習すらもこの世界にはないようだから、そう言われても仕方ないのかもしれないが……。

 気付けばレンだけでなく、ジーニス達も眼を背けている。……ウォートルなんて鼻血がドクドク出てるけど、大丈夫か? あ、フォルナさんが何か魔法を唱えて……、「デレデレしないの、失礼でしょ!」とジーニスを窘めている様子を現実逃避のように眺めていると、ユイリが苦笑しながら話を進める。


「……普通、水服姿を異性に見せるって事は下着姿を恋人以外に見せるのと同じくらい有り得ない事なのよ。だから……、レン? 姫たちの姿を見て鼻の下伸ばしてるんじゃないわよ?」

「……んな事言われてもしょうがねえだろ……。だが、本当にずっと見てたら洒落にならねえ事になりかねねえから……、少し離れてくれ。ほら、コウ! 何してんだよお前。早くシェリルさんをエスコートしろ!」

「痛いってレン……! いや、それよりも……ユイリ! だったらどうして温泉……じゃなかったっけ? お湯に浸かるのに一緒に入る必要があるんだ!? 有り得ないって言うなら男女別々で入るなりすれば良かったじゃないか……!」


 どうせ混浴なんて風習もないのだろうし……。僕は最初から気になっていたこの温泉もどきについても疑問を投げかけると、


「……説明するより浸かって貰った方が早いわね。きっと驚くと思うわ……。レンやジーニス達も初めてでしょう? 特に効能が凄いとされるイーブルシュタインの『神湯泉』……。たっぷりと堪能しなさい……」


 ……どういう事だ? ただ気持ちがいいだけの温泉って訳じゃないのか……?


「コウ様……、ゆっくりと、浸かって下さい。身体が吃驚すると思いますから……」

「シェリル……? ――うん、わかったよ……」


 シェリルに付き添われる形で僕はゆっくりと『神湯泉』に浸かってゆく……。すると……!


(な、なんだ!? この身体の内から湧き上がってくるような感覚は……!? ――気のせいなんかじゃない、ステイタス画面まで出てきた……!)


 自分のランクが上がった訳でもないというのに……、『HP』や『MP』等の数値が変動したのだ。おまけに幾つか能力スキルまで備わったぞ……!? こんなの只の温泉で得られる訳がない。これは、一体……!?


「……噂に聞いただけの事はあって、随分すげえな。『力』なんて随分前から頭打ちだったのによ……、上がってやがる」

「初めて『神湯泉』に浸かった時は皆そう言うわ。繰り返しとなると効力は限りなく薄くなるらしいけれど、私もかなり久しぶりに浸かったら……、やっぱり凄いわね。どう? コウ……『神湯泉』の浸かり具合は……?」

「……これに浸かっただけで……数ランク上がった位ステイタスに変動があったよ。……こんなの、反則だ」


 ……確かにユイリが勧めるだけの事はある。世界でも数ヶ所しかないという『神湯泉』……。何でもある程度の権力のある者が独占していて、何時でも誰でも使えるという訳ではないらしい……。ユイリの話だと、イーブルシュタインのここシュライクテーペの町にある『神湯泉』は特に効能が良いとされているとの事だ。


「……俺たちなんかが浸かっても良かったんですか? 浸かっただけで、俺なんてメチャクチャ強くなったんすけど……」

「……う、うむ。…………うむ」

「大丈夫なの、ウォートル……? もう一度気付けの奇跡レリーフを掛けた方がいい?」

「いいのよ……。迷惑かけられているのは此方だし……、まだシェリル様の件が片付いた訳じゃないからね」


 少し疲れた様子でそう言うユイリ。……ここに来る前にあの名家と交渉した結果、例の緊急依頼プレシングクエストを解決するのは勿論、その様子をしっかり監視するから疑いを晴らしてみろと言われたのだ。疑いも何も無いのだがそこについては引く気もないようで、僕達と共に衛兵を伴って『沈鬱の洞窟』に付いてくるっていうのだから相当ご執心である。……全く、厄介な奴に目を付けられちゃったものだ。


「……どう、シェリル。君も初めて『神湯泉』に浸かったのかい?」

「わたくしは……2回目ですわね。以前聖女候補として教国に赴いた際に一度浸からせて頂きましたわ。ですが久方ぶりでしたし……、今回浸からせて頂いた事でかなりの恩恵を受けさせて頂いております。本当に、気持ちいいですわ……」

「そうだね……、僕もだよ……」


 シェリルがそっとその身を寄せてくる。正直色々当たり……冷静でいられなかったりもするが、大きな意味で気持ちいい事には変わりはない。彼女の温もり……、『神湯泉』の湯具合……。本当に何も言う事はないな……。


「あー……、極楽極楽! これで面倒事が無ければ最高なのによ……」

「……そうね、それについてはレンと同意見よ。全く……、失礼しちゃうわ。ストレンベルクを小国だと見下して……! 何より彼女に因縁付けるってどういう事なのよ……! 本当に国際問題にしたいのかしら」

「師匠への態度も酷いですしね。あの……、本当にバックレません? あんな連中の言う事なんて無視して問題ないっすよ! 只でさえ無理矢理Cクラス級の魔物にも当たらされましたし……、それを後付けで緊急依頼プレシングクエストにするなんて聞いた事もありませんよ! ……イレーナ経由で何とか伝わんないんすか? 何か嫌な予感もするし……このままバックレた方が……」

「……それは止めて貰いたいですね。そんな事をするならすぐにでも貴方方を拘束しなければならなくなります」

「!? なっ……! 何時の間にここに……!」


 アルフィーの言葉に被せてきた人物の声に驚いてその方向を見ると……、あのダグラスの婚約者だというロレインという女性が僕らの近くまで来ていた。シェリルに気を取られていたとはいえ……、気配に気付かなかったぞ……!?


「……態々隠蔽魔法バイディングを使ってくるなんてね。敵意を感じなかったから様子を見ていたけど……、監視のつもりかしら?」

「……有り体に言えばそういう事です。貴女方に不満があるのはわかっているつもりですが……、ここで逃げられたら何の為にこの『神湯泉』を開放したのかわからなくなりますから……」


 先程露わにしていた豹柄の蠱惑的なレオタード姿のまま現れた彼女は、その姿のままで僕とシェリルの傍に浸かってくる。水服代わりにもなるって事かもしれないけど、そんなのを人前で晒すなんて彼女に羞恥心はないのだろうか……? ……折角落ち着いていたというのに彼女の姿を見てまたウォートルがのぼせ上がり、慌ててジーニス達が『神湯泉』から上がらすのを視界の隅で捉えつつ、僕は彼女ロレインに話しかけた。


「不満がわかっているなら……、どうして僕らにその理不尽さを押し付けてくるんだ? 彼女に疑いなど……、ある筈もないよね?」

「……貴方は理不尽と言いますけど、それが嫌ならシュライクテーペを避ければ良かったのです。その町に足を踏み入れた以上、町の権力者に従うのは当然の事……。大方、この『神湯泉』目当てで来たのでしょうけど……」


 シェリルを後ろに隠しながら僕は再び彼女へと問い掛ける。


「……確かにこの『神湯泉』は凄かったよ。だけど、僕らは言った筈だ。『神湯泉』には浸からせて貰わなくていいから、このままシュライクテーペを去らせてくれと……。それを拒否したのは……、アンタの婚約者様だ」

「……些か口が過ぎますよ。貴方が何処のどなたかは存じませんが……、アンタなどと呼ばれる筋合いはありません。まして、ダグラス様を皮肉るなど……、身の程を弁えなさい」


 ……駄目だ。このひと、話が通じない……。こうして睨み合っていると、ユイリが仲裁に入ってきた。


「そこまでにしときなさい、コウ……。ロレインさんと言ったかしら? 貴女もここで事を構えるつもりはないのでしょう? 私達はもう上がるわ。明日の緊急依頼プレシングクエストも放棄せずに参加すると約束します。シラユキ公爵家の名に誓ってもいいわ。……それでいいでしょう?」

「……わかりました。私としてもこのまま敵対するのは本意ではありません。ご実家の名を出す以上……、貴女を信用します。それではまた明日、シュライクテーペの冒険者ギルドの前でお会いしましょう……」


 まだ言いたい事はあったが……、ユイリが話を収めた以上、ここで蒸し返す訳にはいかない……。それに、一番問題なのはあの名家のボンボンなのであって、魔女としていいように使われている彼女でもない……。


 ユイリに聞いたところ、『魔女』というのは『聖女』と同じように後天的に選ばれる特殊な職業ジョブとして扱われているらしい。その名の通り女性だけが就ける職業ジョブであり、先程の魔物との戦闘でも見せた圧倒的な魔法を使いこなす事が出来るという。魔法を使うだけなら魔術師や賢者でもいいが……、魔女の最大の特徴は『MP』に制限が無く、『魔力素粒子マナ』を無尽蔵に扱える点が挙げられる。しかもそれを生命力に変換出来たりと、聞くところによれば『魔女』に選ばれた女性は寿命はあってないものとされているらしい……。


 世界に一人しか就く事の出来ない『聖女』と違い、『魔女』にその制限は設けられていないという話だが……、それでも片手で数えられる位しか確認はされておらず、彼女のように新米の『魔女』というのは珍しいとの事……。そんな彼女と一戦交える事になったら、きっと苦しい戦いとなるだろう。出来る事なら戦いたくないが……、恐らくは戦う事になる……。そんな予感を感じつつ、僕はシェリルを伴い『神湯泉』から出るのだった……。











(やっぱり、神湯泉は素晴らしかったわね)


 最後に例の者たちから横槍が入ったが……、私がこの町に立ち寄った本来の目的が概ね達成された。『神湯泉』は通常王族や皇族、それに連なる者や高位の者にしかその身に浴びる事を許されない。レン達がどんなに強く、浸かるだけでどれだけの力が引き出されるのだとしても……、平民である彼らが『神湯泉』を使わせて貰える事は通常有り得ないのだ。


(それは本当の勇者である事を隠匿しているコウも同じ事……。あちらはコウがストレンベルクの賓客である事にも疑いを持っているしね……)


 あの名家ダグラスの婚約者だという魔女ロレインの対応からもそれは伺える。だけど、コウも含めてレン達も『神湯泉』を使う事が出来たのは重畳だった。尤も……、使わせた理由がシェリル様を引き合いに出されているのは問題ではあるが……。


「……問題は、クローシス家が姫を『沈鬱の洞窟』のボスの討伐で諦めてくれるかどうかなのよね……」


 魔物氾濫モンスターフラッドが起こったダンジョンを元の状態に戻すには、一度そこのボスを討伐してリセットするしかない。シュライクテーペの町にとっては、魔物氾濫モンスターフラッドをそのまま放っておく訳にはいかないし、そこを治めるクローシス家にとっても最優先に解決しなければならない事でもある。だからこその緊急依頼プレシングクエストだろうし、今も尚有力な冒険者や強者を募っている事だろう。


(まぁ、そこはなんとしても解決するしかないのよね……。最悪、フローリア様に働きかけて王直々の書状を作って貰うのが一番かしら……?)


 一時的に魔物討伐の為に町の外に出た際に一つ、手は打っておいたものの……、つくづく安穏にいかない状況に苦笑してしまう。コウのお目付け役になって以来、想定外の出来事が多々起こり、その都度処理に追われているのだ。全てがコウによって引き起こされた訳ではないが、その源は彼にあるといっても差し支えは無い。


「……これでも私、貴族の中でも位の高い、公爵家の令嬢なんだけどね……。与えられている顕現の事を考えると仕方がない事だけど……」


 はぁ、とひとつ溜息をついたところで、私は微かに異常に気付く。


(? 今……一瞬、魔力の流れが……?)


 微かに魔力が使われた形跡を感じ取り警戒するも……、これといった異常は見られない。それに、あれくらいの微量の魔力が使われたくらいなら、特段警戒する事もないけれど……、それでも何か気になる。


「姫! そちらは問題ありませんか?」


 水服から着替える為に使用されている個室をノックするも……姫からの反応がない。ますます嫌な予感が脳裏を過ぎりドアに手を掛けて、


「姫……? 失礼致しま……!?」


 小部屋には姫の着替えが置いてあるだけで……、彼女の姿は何処にも見られなかった。


「一体どうして……!? 部屋に仕掛けが無かったのは事前に無確認済み……。これでお姿が無いというのは……」


 密室になっている部屋から彼女だけを攫うなんて事、出来る筈がない。転移させるくらいの魔力が使われたとしたら、流石に私が気が付くし……。


「先程の魔力の流れ……。微量の魔力で出来る事といったら何……? 『底抜魔法オトシアナ』でも使われた……? あれなら大して魔力も使わないし、先程の件も説明できる。……何れにしても、他に考えられる事は無いわね……!」


 この部屋、仕掛けはないけど……防音仕様にはなっているようだ。更衣室という性質上、特に気にしていなかったが、もし地下だけが作られていてそこに落とす為に悲鳴を聴かせないようにしている可能性も……!


「……『通抜き』!」


 障害物を通り抜ける事が出来る能力スキルを床に向かって発動させると思っていた通り、地下に空洞が広がっていた。すぐさま地下に下りるとスライム……いや、クッションが敷き詰めてあり、私は姫がここに落とされた事を確信する。真っ暗な空間に出たところで、夜目に利く『暗視ダークサイト』の能力スキルを使用したところで、漸く状況が見えてきた……。


「むぅっ! ンー……ッ!!」

「へへっ、大人しくしな、可愛いちゃん!」

「騒いでも誰も来ねえよ! 何たって秘密の場所・・・・・なんだからなぁ! まんまと罠にかかってくれたぜっ!」


 姫は暗闇の中で3人の男に捕まり……、口を塞がれながら、ちょうど今両手も後ろ手に手錠を掛けられたところだった。男たちは皆ゴーグルのようなものを掛けており……この暗さに対応しているのだろう。……初めから姫を拉致誘拐すべく仕組まれていた訳だ。こんな事、準備していなければ出来る事じゃない。当然、あの女が『神湯泉』に入って来たのも監視云々というだけではなかったのだ。


「……よっと、後は……魔法防止の為にその口も塞いでおくか。ここは防音仕様になってはいるが……、魔法を使われたら厄介だしな……」

「っはぁ! ――だ、だれか……んむぅっ!? ――っ! ~~ッ!!」


 手を離したかと思うと、姫の口にすぐさまテープのようなものが貼られてしまう。ちょっとやそっとでは剝がれないものなのだろう、それだけで姫は喋る事が出来なくなり……手を使えない今の状況ではどうする事も出来ない……と。


「よし、籠に乗せて……っと! 後はあの方の下にお届けすれば終わりって訳だ! 地下でこの暗さじゃ何もわからないだろうが……一応、感覚封じも兼ねて目隠しもさせておくか」

「待てよ! このまま連れて行く気か!? これだけの上玉、滅多にお目にも掛かれねえんだぞ? 目隠しなんかさせたら、表情がわからなくなるだろ!?」


 籠車に押し込まれた姫にアイマスクを掛けさせたところで、他の男から物言いが入った。……下衆の考えそうなことね。まあ、揉めるならば都合がいいけど……。私はそう思いながら『忍び足』を使って、音も無く男たちの傍へと忍び寄る……。


「馬鹿言うなっ! 名家に睨まれたら俺たちなんて一瞬で消されるぞ! ましてや、クローシス家はかなり高位な名家だ。命が幾つあっても足りねえよっ!」

「だったらお前は指くわえて見てろよっ! ぐへへ……、このお嬢さん、どこぞの令嬢か知らねえが、ホントいいカラダしてるよなぁ~! まさにダイナマイトボディってヤツだぜ……!」

「ダイナマイトってお前……、確か近年ドワーフの連中が作り出したっつう出鱈目な破壊力のある爆弾ってヤツかか……? それをこのカラダに例えるとは……お前センスあるなぁ」


 ……そう言えばレンもそんな事呟いていたわね。ダイナマイト……、流行っているのかしら……? 尤も、姫のお躰は同性の私から見ても羨ましいくらい豊満で、まさに完璧パーフェクトというか言う事が無いって感じだし、男としてみれば堪らないんでしょうね……。

 ……イーブルシュタインに入国して、彼女が危険な目に遭うのはこれで2度目だ。しかも、現在進行形で恐らくはクローシス家であろう権力者の下へ連れていかれようとしている……。少し別の対策を考えなければならないわね……。


「……この暗さも暗視ゴーグルで問題ねえし、少し愉しませて貰おうぜ……! こーんなワガママボディ、俺たちで好きに出来るんなら、死んだって本望ってもんだ! ほら、お前は加わらないんなら一応見張ってろよ! 大体、目隠しなんていらねえだろうが……。仮に道筋を覚えられようと、感覚で位置を掴まれようと……、助けを呼ぶ手段がなければどうしょうもねえ……!」

「通信関係は全て遮断してあるって話だしな。どうせ、このもお偉いさんの慰み者として、肉体を弄ばれながら一生を終える事になるのさ……。その前に……俺たちでこのグラマラスなお嬢さんの味を見て確かめるってだけだぜ? どうせ後でヤられる事になる。それが早いか遅いかの違いってだけさ」

「そうそう! むしろ、お偉いさんに不確かなモノを献上する訳にもいかねえしなっ! しっかり隅々まで確認しねえといけねえよ! ……本当ならその声を封じているテープも取り払って可愛い悲鳴も愉しみたいところだが……、流石に魔法を唱えられちゃ拙いからよ。あの『魔女』みたいに詠唱破棄して魔法が使えるってんならとっくに使ってるだろうし、勿体ねえがこれが最善だ……。さあて、じゃあお愉しみといこうぜ……!」


 下衆め……。ただ先程からコウやこの町に滞在中の者に通信が送れないのはそういう事だったのね。全く、えらく仕掛けが施されている事……。さて、準備も整ったし……そろそろ姫を救出しましょうか……。

 姫に不埒な事をしようとしている二人がそう言うと、この場で襲う事に否定的だった男を押しのけ、厭らしい笑みを浮かべながら二人が姫の乗せられた籠車に足を踏み入れる……。


「ッ! ――っ!!」

「へへっ、俺たちだってヤバい橋渡ってんだっ! ちょうどこのボインちゃん、おあつらえ向きに水服なんだし、脱がす手間も省ける……。見てみろよ、このきめ細やかな柔肌を! 場末の娼婦じゃこうはいかねえ……。おっぱいもでかいし顔も体付きも俺好みだし……くくっ、堪らねえぜ……! なあっ! これくらいの役得があったっていいよなぁ?」

「ああ! 失敗したら命に直結するんだから少しくらい良い目もみせて貰わなきゃやってられんよ! 黙ってればバレないんだから、お前もわかってるよなっ!? ……さて、そろそろ可愛い顔をちゃんと拝ませて貰おうか? それを見ながら、そのけしからん魅惑の肢体を存分に味わわせて貰……」

「けしからんのはどっちだか……。ま、危ない橋だとわかっているならいいわ。そのまま……死になさい」


 震える姫の前で舌なめずりしながらいやらしく見つめ、姫のアイマスクを外そうとした男にそう言葉を投げかけると、私は小太刀をゆっくりとその男の背中に沈めていく。


「ガッ……!!」

「な、なんだ!? 一体何が……!?」


 返す刀で姫を襲おうとしたもう一人の首筋を一閃し、血しぶきをあげながら力なく崩れ落ちるのを一瞥すると、


「わわっ!? ど、どうしてここに……!?」

「……貴方にはこんな事を依頼した黒幕を吐いて貰いましょうか? まぁ、想像はつくけど……」

「お、俺はっ! ぐはっ!?」


 動揺する男の首筋に衝撃を与え昏倒させると、私は手錠の鍵を奪い籠の中で囚われていた姫を開放した。


「っ……ユイリッ!!」

「ご無事で良かったです、姫……」


 拘束を解くと同時に縋ってくる姫を優しく抱き留めながら、彼女に掛かった賊の返り血を洗浄魔法クリーニングで消し去る。そうした後で二人の死体を籠の外に押し出した。……彼らの死は自分たちが話していた通り覚悟の末だろう。私も姫を襲おうとしなければ、命までは取らなかったのに……。

 彼らの事は自業自得だとして……、私は町に潜伏中の者とコンタクトを取る方法を考えるも、


「……わたくしも攫われそうになる中で、通信を試みようとしましたが……」

「さっき彼らも話してましたが、どうもここでは使えないようですね。……色々と小細工が施されているみたいです。何時からこんな事をしているかは、想像がつきますけど」


 どうせ、今のダグラスに代わった頃からだろうとあたりをつけ応援を呼ぶ事を諦めると、この場は自分で後始末をする事にする。姫の拉致に使おうとしていた籠車は没収する事に決めた。何れこれも証拠の一つとなる筈だ。


「ユイリ、わたくしが収納魔法アイテムボックスを使用しますか? 一応、容量については無尽蔵になっておりますので、収納には問題ありませんが……」

「これくらいならば私の収納魔法アイテムボックスでも問題ありませんよ。ですが……、姫はこの者達を収監できる『罪人達の牢獄シナーズプリズン』のような空間能力スペーススキルはお持ちですか?」


 問題は姫の拉致に関わった者達をどうするかだ。死体に関してもこの場に捨て置くよりは連れて行った方が都合がいい。態々奴らに殺したと思われるより、行方不明として扱われた方が後々の事を考えても……、その方がいいに決まっている。


「……ごめんなさい。わたくしの使用できる空間能力スペーススキルは『美容の真髄ビューティーサロン』と『秘密の場所シークレットルーム』というもので……、コウ様の『趣味部屋休憩処コレクションレストスペース』のように彼らを収監できるというものでは……。事切れた方は最悪、収納魔法アイテムボックスでも収容できますけれど……」


 ……『美容の真髄ビューティーサロン』の事は存じ上げている。未だ姫に専属の侍女を付けなくても問題ないのはこの能力スキルによるところが大きい。ここで結論を出す事ではないが、侍女の件もやはりこのままにしてはおけない。今までは私が侍女の代わりを務めてはいたが……、本職でない以上万全とは言えないからだ。……尤も、その所為かはわからないけれど、先程の『神湯泉』で侍女の職業ジョブを得てしまったのは余談ではあるが……。


(シラユキ家から出す事も考えたけれど……、彼女達なら侍女としては務まるでしょうけど、専属というのは難しいでしょうね。ここぞの時は姫より私を優先してしまうでしょうし……。ニックに候補になりそうな女性をコウの要望と一緒にお願いしているとはいえ、中々当てはまる人を見つけるのは難しいわよね……。本当にままならないわ……)


 思案に暮れていると、姫が心配そうにこちらを伺っている事に気付き、私は安心させるように彼女に笑いかけると、


「……いえ、詰まらない事を伺いました。……私の『拷問室』を使用します。これなら簡易の牢獄となるでしょう。ここに入れられた者は正気を保ちづらくなる後遺症が現れるかもしれませんが……、御身をかどわかさんとした者です。案ずるには及びませんでしたね」


 申し訳なさそうにする姫を制し、私は能力スキルを発動させると男を逃げられぬよう拘束し、死体ごとそこに押し込めた。……最初からこうしていれば良かったのだ。私達に敵対する者に一々情けを掛けている余裕はない。籠車も鹵獲、回収し……、後はここから脱出するだけだ。


「この地下通路の先は……恐らくクローシス家に繋がっているのでしょうけど、そこに向かうのは態々捕まりに行くようなものですね。脱出するならば私が通って来たところからでしょうが……」

「……わたくし、『飛行魔法フライイング』が使えますわ。わたくしと一緒であればユイリも飛ぶことができますので……。それでユイリが通って来たところまで参りましょう……。灯りはウィル・オ・ウィスプにお願いしますから……」

「『飛行魔法フライイング』……。浮遊魔法フローティングの発展形で、現在では既に失われてしまった魔法ですか……。本当に貴女は……いえ、今更ですね。どうか宜しくお願い致します、シェリル様」


 かしこまりましたわ、と姫が魔法を詠唱したかと思うとふわりと身体が浮かび上がる。……本当に規格外の女性だ。流石は伝説と云われる『伝承の系統者レジェンド・クオリファイダー』……。尤も、一々驚いても居られない。彼女が色々優秀なのは今に始まった事ではないしね……。


 取り敢えず、戻ったらコウと打ち合わせなければならないだろう。宿をとっても、こんな真似をする以上再び姫を攫おうとするかもしれない……。ここは、彼がこの間習得した『趣味部屋休憩処コレクションレストスペース』が頼らなければならないという結論になるに違いない。……同時に、彼が姫を自分の世界へ連れて行けない理由について、改めて思い直していた。


(……貴方の言う通りよ、コウ……。姫は恐らく、何処に行かれても様々な者達に狙われてしまう宿命でいらっしゃるわ。既に滅びたメイルフィードでも彼女は極力表舞台には出さないようにしていた……。それでも一国の姫として、最大限警戒されてもいたのに……、今では私達でお守りしないといけない。もしも、彼が姫を連れて行ったとしたら……、彼だけで守らなければならないのよね……)


 それで、彼女を幸せに出来ないと思っているのだろう。勿論これは彼の理屈で、それだけが絶対であるとは思えないのもまた事実ではあるけれど……。少なくとも今は私達で姫に降りかかる火の粉は払わなければならない。

 最近ではもう一人の妹のように思えてきているシェリル様の横顔を眺めつつ、私はそう決心していた……。











「なにぃ~!? 失敗した、だぁ……!?」

「…………はい」


 目の前の映像スフィアから齎された、神湯泉でのエルフのエロい水服姿をアップで眺めながら、屋敷に到着したという報告を今か今かとワクワクしながら待ちわびていたというのに……、入室してきた婚約者からの報告は俺を激怒させた。


「態々愚民どもに『神湯泉』を使わせて……っ! 肝心要のエルフの拉致誘拐に失敗したっつうのは一体どういう了見だぁ!? 失敗しようがねえだろうがっ!! ちゃんと作戦通りにやってればよおっ!?」

「……っ!!」


 怒りのあまりロレインの髪を掴んで罵ると……、女から報告を受ける。何でも『底抜魔法オトシアナ』で拉致対象ターゲットを例の地下に落とすところまでは成功したが……、その後の合流地点で待っていても一向にエルフを乗せた籠車が現れない……。拉致地点に向かっても、そこには何の形跡も見受けられず……、誘拐を請け負った人間も籠車自体も発見できなかったという事だった。


「……実行部隊どもがそのままバックレたという可能性はねえのか?」

「……念の為、彼らの居場所は掴めるようにはしておりました。ですが、合流時点に現れなかったので場所を特定しようとしましたが……、現状彼らの反応は何処にもありません。恐らく殺されたか……、感知できない場所に囚われたか……、私の施した『対象標記魔法マーキング』を解除したのか……。その何れかだと思われます。まして、もし拉致対象ターゲットが彼らの下に戻っていないとなったら、現状宿で休んでいられるとは思えません。あのストレンベルク王国の貴族令嬢が……、阻止したと考えられます」

「居場所特定してんなら……、今すぐにでも拉致部隊送り込んで攫ってこい!!」

「……宿を取った事は報告を受けてますが、そこに拉致対象ターゲットは見えなかったそうです。これも推測にはなりますが……、あの仲間の誰かが空間能力スペーススキルを有しており、そこに匿っているのでしょう。所在のわからない拉致対象ターゲットを誘拐するのは困難かと……そう思われます」


 ……糞がっ! こんな事なら皇都のように空間能力スペーススキル厳禁の法を施行してれば良かったぜ……! 俺は苦しそうにそう報告するロレインを叩き付けたくなる衝動を必死に抑えながら怒鳴りつける。


「だったらあの生意気な貴族令嬢ごと攫えば良かっただろうがっ!? テメエなら出来ただろう!?」

「……彼の国の貴族を誘拐して王国を刺激するのは得策ではありません。この町にも間者は滞在しています。現状ではストレンベルク王国は友好国ですから、妙な真似は見せておりませんが……、公爵令嬢が行方不明となったら軋轢になる事は間違いありません」

「んな事はどうでもいいっ! 問題はあのエルフを俺様の下に連れて来れなかった事だろうがっ!! 頭沸いてんのかテメエ~ッ!!」


 ギリギリと髪を引っ張ってやれば痛そうに口を噤むロレイン。俺は今も尚映し出される映像録画魔法レコーディングのエルフに目を遣る。……このドスケベボディを俺の手で好き放題味わって……エッチしてやって自分のモノにする……。本来ならば今頃には拉致に成功して、連れて来られたエルフと対面していた筈だったのだ……! それを……、この使えない下僕どもがぁ~~!!


 ……要所要所でエルフの女が男に寄り添い、後ろに隠れるのも気に入らねえ。映像録画魔法レコーディング暗幕ブラックアウトが顔に施されている以上、このエルフが滅亡したっていうメイルフィードの上級貴族であったのは間違いない。……暗幕ブラックアウトは王族や皇族、それに連なる高貴な者や上級貴族がプライバシーの為に生まれた時から掛けられる能力スキル外の処置だ。『HPの○○%上昇』や『他職業でも○○装備可能』といったものと同様、暗幕ブラックアウトは高貴なものに与えられる一種のステイタスのようなもの……。俺は勿論、下級の名家でありながら婚約者となったロレインにも後付けでソレが与えられている。


 顔も拝ませて貰いたいのに、暗幕ブラックアウトによって阻まれる事にヤキモキしながら、いっその事暗幕ブラックアウトを突破する機能を『神湯泉』に導入するかと考えて……、思い留まる。……この『神湯泉』には定期的に皇族も浸かりにくるのだ。その際は当然映像録画魔法レコーディングは厳禁で、バレたりしたら俺とて無事では居られなくなる。さらにそんな処置を施したと知られたら……、考えたくもない。


「あああああっ!! イラつくぜっ!! 大体あんな小国を敵にまわした位でどうなるってんだっ!? この映像録画魔法レコーディングを見たところ、賓客だっつうこの男には暗幕ブラックアウトが掛けられてねえじゃねえかっ!! んな事有り得るかぁ!? テメエのような下級名家の人間でさえ、俺様の婚約者になったら掛けられるってのによぉ!! そんな舐めた事言ってくる国を敵にしたからといって、何になるってんだっ!?」

「……っ!! お、お許し下さい……、ダグラス様……っ!!」


 懇願するロレインに、神を掴んだまま顔を引き寄せさせると、


「テメエ……、『魔女』だから俺様の婚約者になれた事……わかってんのか? その『力』が認められて……、その『力』を俺様の為に使うっつう事で、テメエ如きの下級名家が栄光あるクローシス家と縁続きになる事が許されてんだぞ……? だというのに……、何なんだその体たらくはっ!? 今すぐテメエの実家を潰してやってもいいんだぞっ!!」

「……も、申し訳御座いません!! どうかそれだけは……! お許しを……っ!!」


 俺の言葉に目に見えるように怯えて懇願するロレイン。俺はそこで髪を離してやり……婚約者の腰を引き寄せ、


「……っ! ……ぅ」

「拒むんじゃねえぞ? まあ、そんな愚かな事をするとも思えねえが……、大人しくしてろ」


 肩に手を回し……、もう一方の手で女のカラダを愉しむ。……この女も、かなりいいカラダをしているのだ。ローブの下に着させたこの『練磨のレオタード』も、魔力を底上げする貴重な品ではあるが、その加工、装飾が施されている部分は単純に俺の趣味でもある。名家の中では取るに足らんものだが……、『魔女』としての力とこの容貌については一応認めてはいる。

 ひとしきり愛でてやり、そのまま自然な流れで続けようとしたところで、


「……ダグラス様! それ以上してしまわれれば……、私の『魔女』としての力が……」

「……チッ、そうだったな。全く、忌々しい……!」


 女のその言葉に、渋々開放してやる。……『聖女』だけでなく『魔女』も……、純潔を失えばその力もまた失われるというのだ。そうなってしまえば、何の為にこの女を婚約者に据えたのかわからなくなる。婚約者だというのに抱く事もままならない現実にさらに憤るも、流れ続けているエルフの映像と、ロレインを弄んでいた事で俺も色々抑えきれなくなってきた。


「クソッ! 本来ならあのエルフに……っ! 他に誰か居なかったか!? その殆どを『献呈』してしまったが……、確か先日借金の方にして差し出させた女が居ただろっ! 一度ヤって、その後私兵共にくれてやった女だが……、そいつでいい! 今すぐここに連れて来いっ!!」

「…………畏まりました」


 ロレインはそう言ってこの場を辞すると、一人になった俺は改めて映像のエルフを見やる。新たに提出させた報告書にはエルフは処女とあった。こんなエッチな体付きをしているエルフが処女とは俄かに信じがたいが……、お愉しみがひとつ増えたという事だ。


 今は何処に隠れていようが……、明日になれば冒険者ギルドの前に姿を現さざるをえまい。エルフを見張る事を条件に下等な平民にまで『神湯泉』を使わせてやったのだ。これを破ったらどうなるかわからない程、あの生意気な公爵令嬢は馬鹿ではない筈だ。そうして『沈鬱の洞窟』に入ってしまえば……、俺だけが秘匿している必殺の罠で邪魔者を始末してやれる……! 今日のところは叶わなかったが……、明日になればこの映像に映るカラダの持ち主は間違いなく俺のものになっている……! そうしたら今日のお預けを喰らった分もあわせて、あのカラダにわからせてやるのだ…………グシシッ!


「間違いなく始末しなければならないのは、このエルフが寄り添う男……。コイツだけは絶対に殺してやる。あの生意気な公爵令嬢オンナめ……。何が賓客だ。暗幕ブラックアウトも掛けない屑を話に持ち出して国際問題に発展させる……だと? ふざけやがって……っ」


 だが、この公爵令嬢も滅多に見ないくらいの上玉でもある。当然この女にも暗幕ブラックアウトは掛けられており、高位存在なのは疑いようがない。ならばエルフと一緒に理由を付けて捕えてしまって、ダンジョン内における作戦行動中行方不明MIAに仕立て上げ、そのまま上に『献呈』してしまえばいいのだ。素材としては申し分も無く、元公爵令嬢ともなればあの方もお気に召されるかもしれない。そうなれば、俺の覚えはますます良くなり……、その右腕に収まる事だって夢ではない。


(このエルフは上に内緒で俺様が囲う……。この女を『献呈』するのは流石に勿体ない。『献呈』すれば間違いなく気に入られ、俺様の権力もまた揺るぎないものになるだろうが……)


 どうせロレインには手を出せないのだ。ならば婚約者の代わりに、その躰を差し出させ続ければいい。二度と外には出さず、誰にも知られない俺だけの部屋に繋いで、死なせないように注意しながら、気が向いた時に好きなだけ抱ける存在……。さらにエルフともなれば寿命も長く、老いにくいので長く愉しむ事が出来る……。


 何にせよ明日だ。明日になれば全てが解決する。俺はそのように結論づけ、エルフの体を眺めながら、手篭めにする時の事を妄想し……、ロレインが代わりの女を連れてくるまでの間ほくそ笑むのだった……。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る