第40話:神々の調整取引
「なんてものを……なんてものを食べさせてくれたんだ、レイア……!これこそまさに至高の味、僕が向こうで食べてきた白米だ……、白いご飯だぁ……っ!」
清涼亭の食堂にて、レイアから齎されたご飯に、夢にまで見た白米に僕は感無量になっていた。思わず涙まで出て来てしまう程に……。
「これと比べてしまったらユイリが用意してくれたお米はカ……コホン、こう言ってしまっては悪いけれど、口には合わなかったから……」
危うく某漫画のように暴言を吐いてしまいそうになったが、寸でのところ思い留まる。そんな事を口に出してしまったら、折角和の国から取り寄せてくれたユイリ達の苦労を嘲笑う事となり、彼女との関係にも影響が出てしまうに違いない。
「……悪かったわね、口に合わなくて。ただ、貴方のその様子からも、満足度が違うのはわかったわよ。味に関しても、全然違うしね」
「多分、ユイリの用意してくれたお米は土器で煮てあったんだと思う。このご飯は蒸しているんだ。それも鉄釜で、電気というエネルギーで一気に炊き上げている……。レイア、このお米はどうやって……」
この世界にあるお米は恐らくユイリが取り寄せたようなものが主流であるといえる。しかも、お米自体がこのストレンベルクでは殆ど食されていないときている。じゃあどうやって入手したんだろうと考えて……、ひとつ思い浮かんだ事があった。
「……王女から貰ったんだ。正確に言うと、トウヤが王女に献上してきたものだったんだけど、コウが食べたがっていたと知って、私に持っていくように頼まれたんだよ。まさか、そんなに喜ぶとは思わなかったけど……」
「……成程ね。まぁ、そうじゃないかとは思ったよ。電気のエネルギーを活かす技術が存在していないのに、どうやってこんな風にお米を炊けたんだろうってね……。でも、何日ぶりだろう、こうしてご飯を食べられるのは……、しかもまさに炊いたばかりって感じだし」
恐らくはこのご飯は、炊きたての物をトウヤの例の
「それはボクの『
「むむむ……、それは凄いな。この世界の技術、いや魔法かな?本当に万能の力って感じだよ……」
元の世界の技術と比べると、まだまだ発展途上な面も否めないが、それを補って余りある程に優れた魔法が存在している。如何なる病、仮に腕などを無くしたとしても、再現させてしまう神の奇跡といい、場合によっては使命のある者ならば死者すらも蘇生させる神聖魔法もあると聞くし、まさに一長一短といった形と言えよう。
いや、僕としては此方の世界の方が良かったかもしれない。この世界だったら、幼馴染や友人を亡くさずに済んだかもしれないからだ……。しかしながら、神聖魔法を使って貰うのもタダという訳ではない。それに、その場に聖職者がいなくて、神聖魔法をかけて貰えずそのまま……ということだってあり得る。それも全て踏まえて、人の運命という事か。
そう一人納得しつつ、僕はご飯を頂きながら今や清涼亭の定番になりつつある唐揚げを頬張る。やはりお米と肉は良く合う。この肉もまた新鮮だ。新しいお肉でも手に入ったのだろうか。そんな僕を見て、レイアはひとつ息を吐くと、
「……そんなに気にいったなら、また王女に頼んでおくよ」
「いや、王女殿下だってあまり彼には頼み事はしたくない筈だ。遠慮しておくよ」
「だけど……」
僕とお米を見やりながら何か言いたそうに渋るレイアに、
「……本当に大丈夫さ、お米自体はこの世界にも存在しているんだし、改良していけばいずれは……」
そう彼女に語り掛けたその時……、自分のステイタス画面より何やら通知が入る。それも……、携帯電話の如く現在進行形で呼び掛ける何かが……。
(……?何だ……!?
中途半端に話を遮った僕に訝しむレイア達を尻目に原因を探ってついに、その正体を把握する。それは、先日使用した『
「神様からの啓示だとでもいうのか……?はい、僕はコウですが……」
『……おお、やっと繋がったか!?其方っ!!どうして『
僕が『
「もしかして、ソピアー様ですか……?ご無沙汰しておりま……」
『そんな形式ばった挨拶など如何でも良いっ!今すぐ『
有無を言わせずそのように高唱してくる女神様の勢いに戸惑いつつも、言われた通りに僕は『
――初回起動特典として、此方が付与されます。
『叡智の福音』
消費修練値:0
分類 :
概要 :『叡智』を司る女神、ソピアーからの加護でもある
「な、何だ、この出鱈目な
『……何とか間に合ったか。折角加護を与えたというのに、危うく付与が立消えとなるところであったのだぞ、全く……。その
ソピアー様はそう話すと『
「……!コウ様、此方は……!」
『其方たちはこの者の仲間じゃな。少なくとも、厚い信頼を寄せておる者たちのようじゃし問題もなかろう。わらわは女神ソピアーである。この者と、問題となっておる愚か者に力を与えた神じゃ』
「あの報告にあった女神様!?でも、どうして私たちにもその声が聞こえるようになったの……!?」
急な出来事に戸惑いを隠せないシェリル達。かといって他のお客さんには普通にしている事から、声が聞こえているのは僕の他には、シェリル、ユイリ、そしてレイアの詰めている3人だけのようだが……。
ユイリの挙げた疑問に応える形で、ソピアー様が続ける。
『……それは簡単じゃ。この者だけに伝えてもそれを実行するかわからぬ故、仲間である其方たちにも知っていて貰いたかったのでな。折角わらわが与えた加護も、危うく台無しとなるところだったのじゃ。其方たちはこの者からあのトウヤとかいう者に対抗できる手段を与えた件について、どのように聞いておる?』
「それは……、コウからは単純に対抗処置のようなものを得たとしか聞いていないな。少なくとも、ボクはそう聞いてる……」
「……私も同じですね。それについても、トウヤ殿を無効化できるものではないから、あくまでコウが彼と同じかそれ以上になるまでは待つ必要があるともリーチェから聞いていますが……」
レイア達が答えた事に対し、ソピアー様が、
『それについては間違ってはおらぬかもしれぬ。しかし、わらわがどんな力を与えたのかは聞いておらぬのか?わらわはそのトウヤに与えたものと同じ、『
「同じ力、ですか……?いえ、わたくし達もそこまでは……」
「ちょ、ちょっとコウ……ッ!そこまでは私も聞いてないわよ!?それって少なくとも、彼が力を得ている根源の
「……だから、対抗手段でしょ?後は何だったか……、彼が『
「コウッ!?それがあるのだったら……、今すぐにでも彼を抑える事だって出来るんじゃないか!?」
レイアの言葉に、ユイリやシェリルまでも同調するように頷いている。
『そうだろう?なのにこの者ときたら……』
「……いや、ちょっと待って欲しい。確かに僕が得た対抗手段がこの『
僕がそう話すと、ソピアー様の様子が変わる。流石にそこまでの力を得ているとはわからなかったのだろう。
「女神様であれば……ご存じですよね?僕のいた世界での悪魔と呼べるあの兵器……。それを、あの男は魔法にして使えるようです。初期の原子爆弾のようなものなのか、それとも進化した水素爆弾並みの威力があるのか……。少なくとも放射能まで実装化はしているみたいですね。そんな相手に軽々しく挑んで、全てを剥奪する前に核を放たれてやられました、では困るじゃないですか……」
『なんと……、あの男、そんなモノまで……!しかし、どうやってそれを得たのだ!?あの男の魂の修練はまるで足りていなかったのだ。だからこそ転生を命じたというのに、どうしてそこまでの力を得る事が出来る!?いくら『業』を重ねても、寿命から差し引いたにしても不可能な筈……。後はその世界の……!そうか、ファーレルの貨幣!奴がその貨幣を得る機会があったか?それも大金を得る機会というのは……?』
「それならば勇者として召喚された際に……。あと、我が国の貴族を排してその後釜に加わったともリーチェからは聞いております」
「……それにバハムートを退けた際にも、財宝の一部を掠め取っている可能性もあると思う。ボク……というより王女殿下から聞いた話によるとだけど……」
……財宝を得たら何だっていうのだろうか?そんな僕の疑問に応える形でソピアー様は語りだす。
『ううむ……、其方たちの勇者を迎える礼が仇となった訳じゃな。最も、それを言うなら『
「……言い訳のように聞こえてしまうかもしれませんけれど、この『
「コウ様のお気持ちはわからなくもありませんが……、此度の件に関してはすぐに確認為されるべきだったと思いますわ。あの方の本性をお知りになられ、いつコウ様に牙を向くともしれぬ者を何時までも放置しておく事は、余り宜しい事では御座いません。すぐにでも、対策を講じておくべきです」
「そうね……、貴方が彼と同じ力を得たというのであれば、相談して貰いたかったわ。女神様、彼のその『
僕を気遣うようにそのような提案をするユイリの言葉に、ソピアー様は少し考えた後、
『ふむ、そういう事であれば……これで良い。これで、其方が心を許した者であれば『
ソピアー様のその言葉に、僕は『
「……やっぱりこの
『それは別に存在する
レイアの言う通り、いくつかの項目に『例外あり』の単語が表記されており、ソピアー様に指摘されてその拡張項目とやらを確認してみると、
『女神の寵愛』
消費修練値:0(習得済み)
分類 :
概要 :
『
消費修練値:0(習得済み)
分類 :
概要 :
『権限の代行者』
消費修練値:0(習得済み)
分類 :
概要 :
成程な……、これが通常の
そこで僕はシェリル達と一緒になってトウヤが現在持っていると思われる
因みに僕に表記された魂の修練値は『389247』とあり、『女神の寵愛』の効果で消費修練値も『300000』となっているから習得しようと思えば覚えられるが、抑止力にはならないだろうし無駄に世界を荒廃に導くだけだ。
また……、彼が僕を元の世界に戻した魔法も出てきた。
『
消費修練値:600000
分類 :独創魔法
概要 :この魔法は大量の魔力を消費する為、習得とは別に使用するに際して魔力が溜め込まれた媒体等を消費する必要がある。その為間違いを起こさないよう600秒間お試しで視察する事が可能。その視察に関して特に条件はないが、1人1回までで対象者が思い描く次元軸に波長を合わせた世界となる。細かな調整は魔法の使用者の力量に応じて変化する。
……この魔法の概要を見た時、シェリルとユイリはトウヤに対して怒りを隠し切れなかったようだ。僕が使用されたものもこの魔法のようで……、大金貨100枚を丸々ボッタくられたも同然である。仮にこの『
大金貨1枚は魂の修練値1500に相当する事から、僕は彼に15万もの修練値を与えてしまった事になる訳だ。レイアによれば一時的にでも対象を跳躍させる事自体出来る訳では無いという話だったが、シェリル達の憤りを和らげるまでには至らなかった……。
「大体、こんなところかな……?これ以上のトウヤの手出しを防ぐ為にも、一度ベアトリーチェさんと被害に遭ったオリビアさんに会う必要があるな……。ユイリ、お願い出来るかい?」
「わかったわ、グランやリーチェには話しておくわ」
『あの男め……、思った以上に好き勝手しておったようじゃな。まあ良い、一先ずわらわの用は済んだ。あの男の動向は知る事が出来たし、危うく宙に浮くところであったわらわの加護も与えられた。コウよ、其方を通じて今後もこのファーレルの行く末を見せて貰おう……』
そう言い残しながらソピアー様からの接続が断たれる。今後も定期的に接触を取ってきそうだな、あの女神様……。しかしながら、この『
試しに
……元の世界でも
こういう力を持っている人間が天才と呼ばれるんだろうな……、なんて感傷に耽っていたら、、
「……一通り、彼に対する対策は済んだことだし、少しは自分の為にでも使ってみたらどうだ、コウ。ソピアー様も仰っていただろう?」
「いや……、こういうのは私事で使わない方がいいと思う。『女神の寵愛』のお陰で様々なものを適正な修練値で購入、習得出来るみたいだけどさ……」
「そうかしら?使えるものはキチンと有効活用するのはいいと思うけど。それこそ貴方が泣いてまで食べていたその『お米』の事とか、ね……」
ユイリにお米の事を言われ、思わず息を吞む。確かにこの
「せめて此方で量産できるようになさったら如何でしょう?一度そのような体制を整えてしまえば、コウ様も気兼ねがなくなるでしょうし……、あんなに幸せそうにお米を頬張われる貴方を見せられたら……、何時でも食べて頂きたいと思いますわ」
「シェリル……、そりゃあ、お米は僕にとって切っても切れないものというか……、毎日食べ続けたものでもあるけれど……」
「折角、あのトウヤに関わることなく仕入れられるようになったんじゃないか。それに元の世界でずっと食べ続けたものであるんだろう?それなら遠慮する事じゃない……、コウの当然の権利でもある」
シェリル、それにレイアにまで説得されて、僕は……。
「……わかった。正直なところ、僕もここでお米を食べさせて貰って……、これでまた食べられなくなるっていうのは耐えられそうにない……。でも、生産するとなると大変だよ?僕も知人のところで農業を手伝った事もあるけどさ……。それに、僕らで作るにしたって、何処で作るんだ?」
「そこは私に任せて。……イレーナ、いるかしら?」
「……はい、ユイリ様。あたしはここに……」
ユイリの言葉に反応する形で、先日出会った
「……コウ様、先日は有難う御座いました。お陰様でこうして妹と一緒に、ラーラのところでお世話になっております」
「良かった、元気そうだね。ユイリは厳しくない?」
「とんでもない、ユイリ様にはとても良くして頂いております」
そう言ってイレーナさんが微笑ましそうに視線を奥に向ける。僕もその方向に目を遣ると……、シウスとぴーちゃんを相手にキャッキャと戯れているリーアちゃんとイヴちゃんの姿が見えた。
イレーナさんがユイリ直属の部下に就く事となり、それに喜んだのは彼女の父親ライホウさんだけでなく……、ラーラさん達一家も歓迎してしてくれていた。特にラーラさんはいつも固辞していたイレーナさんが清涼亭の一室に滞在するのを承知してくれた事に自分の事のように喜び、僕に対しても礼を尽くしてくれたものだ。
彼女と話している僕らに優し気な眼差しを送りつつ、
「……イレーナ、悪いけれどこれを私の父に至急渡して貰えるかしら?そして、そのまま向かって欲しいところがあるのよ。お願いできる?」
「お任せ下さい、それではすぐに向かいます」
ユイリから何らかの指示を受け取ると一礼して再びその場から姿を消す様に居なくなってしまう。そしてユイリは僕に振り返ると、
「さて、と……、それでは行きましょうか?多分、気に入って貰えると思うわ」
ユイリに連れられる形で馬車に乗り込み、ストレンベルクの城下町を離れ、街道を進んでゆく中で、僕は前に座るユイリへと話し掛けていた。
「馬車か……。此方の世界に来て初めて馬車に乗ったけど……」
「……乗り心地はどうかしら?一応、すぐに出せる馬車で一番良いものではあるけれども……」
そう問い掛けてくるユイリに凄く良いよと告げると、少し上機嫌な様子に見える。実際、僕の知る馬車よりも広く、楽に7、8人は乗車出来る構造になっていて、ゆったりと寛げる造りとなっていた。一緒に乗っているシェリルの足元にはシウスが丸くなっており、ぴーちゃんも今はシェリルの肩に止まって鳴いている。
馬車を引く馬も4頭いて、一見しただけで偉い人が乗っているとわかるだろう。流石は貴族様というところか、と一人納得していると、
「そういえば、ユイリは確か公爵家のお偉いさんだったね。公爵って貴族の中では1番爵位が高いんだったっけ?」
「ストレンベルクでは公爵の上に大公という爵位が存在するわ。大公を戴く家は2つだけで、その大公家が実質ストレンベルクの貴族を纏める立場を担っているの。知っていたかしら?グランは若くして大公であるアレクシア家を任された当主なのよ」
「特にアレクシア家は有事の際、王国防衛の任も与えられているからな。とはいっても、もう数百年は他国とも戦争は起こっていないから、実質的には魔王率いる軍勢や魔族たちからの侵攻を防ぐ役割といった方がいいか。ボクも……というより王国だけど、グランには本当に助けられている」
彼は竜騎士でもあるからね、と一緒に乗車していたレイアも何処か誇らしげに答える。そういえば、グランは街の人からも英雄だとか呼ばれているとも聞いたかな?ユイリ達の話を聞く限り、その内容は大体辺境伯のような役割も担っているという……。
……そんな人物の婚約者を襲ったというトウヤには、最早このストレンベルクでの印象は地に落ちているといっても過言ではないだろう。国民はまだ、あの竜王を追い落とした新たな英雄として期待されているようであるけれど……、確かに彼を知る者からの評判は悪い。ユイリ達、王宮勤めの者だけでなく、職人ギルド『大地の恵み』の人たちからも、彼には協力したくないなんて言っていた始末だ。
今日、ソピアー様も交えて対策を話し合った通り、動いていかないといかないだろうな……。そう思いながらひとつ溜息を吐くと、
「……今向かっているのは、私の家が王国より下賜された領土で、普段は代官の領主に任せているところなの。少し辺境にあるのだけど、シラユキ家で一番農作物の栽培に成功しているから、今回の話には合っていると思う。多分先んじてイレーナが伝えていると筈だけど……」
「そうなんだ……。でも、イレーナさんはどうやって向かっているの?まさか徒歩で?」
こうして馬車に乗るまで、今までの移動は大抵徒歩か、若しくは魔法陣によって決められた場所へ送られるという事が主であった為、そう聞いてみる。
「獣人族、それも
「……魔法で移動するっていうのは高位の魔術師でないと難しいよ。
ユイリの言葉に続いて、レイアもそのように答える。やっぱり、移動には徒歩か馬でとなるみたいだな……。この世界には自転車や自動車が存在する訳でもないし……。
自動車はガソリンや排気ガスの問題があるけれど、自転車くらいならこの世界にあってもいいかな……?でも、あんまり気軽に『
そんな風にひとり悶々と考えていたら、馬を操る馭者より、
「ユイリ様、見えてきましたよ。リンドの町です」
「有難う、このまま向かって」
そのやり取りに、僕は前方に見えてきた長閑そうな町を見やる。何処かログハウスを思わせるような家が所々に点在し、有り余った土地には畑のように耕されているような印象を受ける。町というよりは村に近いかもしれないが、覆われている柵のようなものを見る限り、かなり広大であるようにも思える。
(……町として整備もされているみたいだ。それにあれは……)
ふと町の入口のようなところには、見知った顔の女の子とともに、出迎えようとしてくれているらしい幾人かの姿も見えた。そうしている間にも馬車は町の方向に進んでゆき……、僕も降りる準備と行う事の確認をするのだった……。
(……よかった、これなら上手くいきそうですね……)
彼が出していく指示に耳を傾けながら、私はそう確信していた。ユイリの手配した町長の挨拶をそこそこに、彼はすぐにお米の栽培方法に取り掛かった。
『水田』という、水をたたえる事が出来るようにした耕地をコウの指導の下で作ってゆき、そこに彼が『
『
彼自身、お米作りは多少なりとも経験があるという事で、身をもってそのやり方を実演できたのも大きいだろう。種籾を苗床というらしい所に植えて、そこから育ったものをさらに水田に移し替える際に泥塗れになりながらユイリの領民たちと作業していったのだけど、それも良かったと思う。コウはあえてその水田に足を取られて泥に突っ伏す形で注意を促したりしていたが、それで領民の方たちも命じられてするというよりも、彼と一緒に物を作り出す仲間であるように受け入れられていたのかもしれない。
町の子供たちも大人に混じりながら加わっていき、その場は笑いが絶えずに進められていく……。水田の規模にあわせて発動させた『
鎌を使って稲刈りをしてゆき、それを乾燥させると『臼』という物でお米についていた『籾殻』をすり落とし……、さらにそこから『糠』というものを取り除いて漸く『お米』が完成する。それをコウ曰く飯盒炊飯なるものでお米を調理し、出来上がったご飯は皆に好意的に受け入れられていた。
自分たちで作ったというところもあるし、炊きあがったばかりのお米は、先程レイアから頂いたものよりも美味しかった事もある。私も今後、自分で作れるようになる為にやり方を覚えていたけれど、特に難しそうな内容でもなく、それも受け入れられた理由といえるかもしれない。
(不思議と後を引く味ですし、毎日食べ続けても飽きないというのは魅力的ね……)
エルフはあまり肉を食べる種族ではない。私がメイルフィード公国に居た際も、殆ど口にする事はなかったし、そもそも食自体も最低限しか食べない。いえ、それは別に私のいた公国だけという訳でなく……、このファーレルに住む者は皆、食に対し生きる上で必要な分しか関心が無かったのである。
「これ、おいしーね!たべることがたのしみになるかも」
「うん、そーだねっ!」
町の子供たちがそう話しているのを聞き、コウ様がそうだろー、と嬉しそうに話し掛けていた。その様子をユイリや、彼女を手伝っていたイレーナさん、そして町の皆さまも微笑ましく見ているのを目にする。たった数時間で彼が町の人たちから受け入れられているというのを私は改めて感じていた……。
「コウ様、此方は如何なさいますか?」
「ああ……、発電機とその電子ジャーは閉まっておいてくれるかい、シェリル。一応準備しておいたけれど、今の時点ではお米は
彼の言葉にわかりましたと伝えて、それらを自分の
このでんりょく、というエネルギーについても、彼が陣頭指揮をとって研究開発に乗り出せば、付いて行く人も多いだろう。私もトウヤの手柄になる恐れも無くなり、気兼ねなく彼をサポートする事だ出来る。
彼は不思議と人を惹き付ける何かがある。コウを知る王宮の人は勿論、清涼亭のラーラさん達や冒険者ギルドの方達も、そして職人ギルド、商人ギルドの方達に至るまで、彼を悪く言う人を私は知らない。あのケダモノのような男とは大違いだ。
(むしろ、あの人の存在がコウ様と対比されているのかもしれませんけど……)
少なくとも、コウがトウヤの事を完全に切り捨ててくれたのは何よりである。気難しいリムクス様たちも彼からの案件であれば身骨を砕いて下さるに違いない。
その時、あの男の……トウヤの自分を舐めまわすような欲望に満ちた視線を思い出しゾクッとする。私は胸の辺りを両手を組むようにして隠し、視姦されたような感触を振り払い、体裁を取り繕おうとしながら助けを求めるようにコウの方を見つめる。それと同時に、おぞましい記憶でもある、奴隷商人たちによって囚われていた時の事が脳裏に過ぎった……。
「……誰にも見られてないな?」
「ああ、大丈夫だ。早く済ませようぜ」
私の囚われている個室の前で、誰かの声がしたかと思ったら、また男達が入ってきた。そして私の方を見ると、もう何度目になるかもしれない欲望に満ちた目を向けられる。
……私は両手を鎖で拘束され、万歳の姿勢で繋がれていた。自殺防止の為か口には猿轡を噛まされ、完全に自由を奪われており、魔法や
「ほんと、いい女だな。手を出そうとしたアイツらの気持ちも分かるぜ」
そう言って一人が私の頬に手を掛け、そのまま顎を上向けられる。相手を見ないようにしていた私を強制的に自分の方に向けさせ下卑た表情を見せつけられると、
「美しいエルフの処女を奪った男には幸運が与えられるって話だがな。そんな事は関係ねえ、これだけの上玉はもう二度とお目に掛かれねえだろうからな」
「へへっ……、全くだ」
男たちの言葉についに体を奪われるのかと悲しみと諦めの感情に支配される。現にここに連れて来られてより、何度そんな貞操の危機を感じたかわからない。男たちの親玉は、手を出さないよう言っていたが……、私の元々持つ
「さて……、時間もあまりねえぞ。流石に処女を奪う訳にはいかねえし、その猿轡を外して死なせたとあっちゃ目も当てられねえぞ?」
「心配ねえよ、コイツの立派なおっぱいを使わせて貰えばいいじゃねえか。アイツらのミスは最上を求め続けた事だ。そんな事したら抱くのに成功したっていつかバレちまう。だからよ……、バレねえように上手くやるのよ……!」
もう一人男が私の胸元に手をやり……、衣服越しに撫でながら軽く揉みしだいてくる……。
「むぅっ……!」
「いいねぇ……感度もいいようだし、それでは早速、始めるとするか」
そして男がそのまま私の胸を露出させようと衣服に手を掛けたその時、鍵を掛けられていた筈の扉が開かれ、数人の武装した者たちが不埒な真似をしようとした男2人を取り囲む。
「貴様らっ!そこで何をしているっ!!」
「その場から動くなっ!!抵抗は無駄だっ!!」
「なっ!?一体どうして!?気配は無かった筈……っ!!」
「余りにも彼女のところに侵入する輩が多いのでな、此方で
「……ワテの方でハロルドダックに掛け合うで。放置しとったら、ここの部下共、皆居なくなってまうがな……」
(っ……コウ、さま……っ!)
愛しさと切なさが入り混じったかのような感情に翻弄されつつ、自らの体を抱く様にしながら彼の事を見続ける。あの後、私は魔法の扉が付いている特別室に移され、漸く襲われる事が無くなったが……、私は男というものに対し、トラウマを覚えるまでになってしまった。
コウを見続ける事で、少し身体の震えが治まってきたのがわかり、私はひとつ息を吐くと、その後の経緯も思い出していった……。
そうして私はあの闇のオークションでコウに出会い、彼に購入され……、奴隷から解放されて……。その後も彼の事を見続けると、コウから尊重されて彼の心に触れていく内に、私はいつしか彼を愛するようになっていた。あの日、彼に押し倒された時でさえ、コウに対する嫌悪感は全くわかなかったのだ。
(……わたくしが彼と共に居続けさせて貰うには……、コウ様にはいくつか考えをあらためて頂かなければならないわ……)
コウは頑なに私を彼のいた世界に連れていく事を拒んでいる。それを崩すには、彼の考え、価値観を変えて貰うしかない。そして今日……、彼はひとつ、自分の考えを大きく変えた。
『コウ様のお気持ちはわからなくもありませんが……、此度の件に関してはすぐに確認為されるべきだったと思いますわ。あの方の本性をお知りになられ、いつコウ様に牙を向くともしれぬ者を何時までも放置しておく事は、余り宜しい事では御座いません。すぐにでも、対策を講じておくべきです』
彼は大きな力を持つ事を恐れるかのように、自らが得た
コウの考えも理解はできる。力に溺れていく者を知り、自分がそうならないよう自制しようとする心は立派だとも思える。でも、大きな力を持つ者はその力に対して責任が生じるという事もコウに知って貰いたかった。
私は世界を変える事が出来るほどの強力な力を宿す、『
メイルフィードが滅ぼされ、自暴自棄になった時もあったが、今ではコウに従い、彼の為にその力を揮っていく事に何のためらいも無い。
……このようにして少しずつ、彼の考えが変わっていってくれればと思う。願わくばコウが勇者として覚醒し、この世界に留まって貰えたらとも思うけど、レイファは兎も角、私はそこまでは望まない。ただひとつ、コウがこのファーレルにおいて恋人を作るつもりがない事、いずれ元の世界に帰る彼がそういった人を作る訳にはいかないという考えをあらためて貰えればそれでいいのだ。
「お前も……、美味しいか?」
「ピィッ!!」
彼は以前に食べさせていた小鳥の餌として、「ぺれっと」という物を取り寄せて小鳥ちゃんに与えているところだった。
……実際のところ、私とレイファとは彼を巡って張り合わなければならない理由はない。ファーレルの世界において、少なくともこのストレンベルクにおいては、本人同士が認めれば重婚することが出来る。今は亡きメイルフィードでもそうであったし、他の国においても大体同じだった筈である。ただ……、レイファは私のように、彼に付いていきたくとも、ストレンベルクの王族の立場から……、『
従ってレイファとは関係ないところで、私は彼に対しもう少し積極的に好意を伝えていかなければならないのかもしれない。幸い、彼は私の事を嫌ってはいないと思うし、大事に想ってくれていると考えているけれど……。
それについては清涼亭で、ユイリやラーラさんに漏らした時も、基本的に同意してくれた。独りよがりでなくて良かったと思うと同時に、では彼との距離をもっと縮めるにはどうすればいいのかというところで行き詰まってしまう。
いっその事、色仕掛けでもして落としてしまったらどうですか、とラーラさんに言われ、サッと頬が朱に染まったのを覚えている。あの手の人は深い関係にまでなれば責任をとろうなんて考えそうだけど……。そう言ったラーラさんをユイリが窘めているのを見ながら、流石に自分からそのような事をするのは……と躊躇したが、別にコウとそういう関係になる事についてはむしろ望むところでもある。
彼女には、普段彼と一緒に部屋にいる時の私の装束は、男性にしてみれば結構扇情的なものであるとも指摘され、コウの自制心も並大抵のものではないとも言われていた。どうでもいい相手ならば兎も角、異性として意識する相手がそのような格好で近くにいられたら堪らない筈……。事実ユイリより彼が理性を総動員して堪えていた事も聞き、普通のやり方では彼を動かすのは至難の業かもしれないという事で、はしたないかもしれないけれど、彼を此方から誘惑するのも視野に入れる事にする。
……いくら『
(コウ様、わたくしは……、貴方のいない人生なんて有り得ないのです。ですから、どうか……どうかわたくしを、貴方の傍に……)
自分のただひとつの願いを心の中で呟くと、私は小さく嘆息して意識を切り替える。今はまだ始まったばかりで、彼も少しずつ考えも変えてきている。そう思い直し私は軽く頭を振ると、何時でもコウをサポートできるよう、彼の傍に控えるのであった……。
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