第39話:女神ソピアー




「わざわざご足労頂き申し訳ありません。トウヤは少し外出しておりまして……、私が代わりにご対応させて頂きます」


 何時もの如く職人ギルドや商人ギルドとの橋渡しを果たしてその報告にトウヤの下を訪れたのだったが……、対応してくれたのは彼のお付きの女騎士、ベアトリーチェさんであった。


「いえ、構いませんよ。むしろ、僕としてはそちらの方が有難いかもしれませんし……」

「だよなぁ?誰が好き好んで野郎に会いに来たいかってんだよ……」


 ユイリの代わりに僕に付いてくれているレンが溜息交じりにそう答える。でも、トウヤが居ないのであれば、シェリルが来ても良かったかもしれないな。

 今、シェリルは『王宮の饗宴ロイヤルガーデン』の部屋でユイリと共に待ってくれている。というよりも、彼女にしては珍しく付いてくる事を拒絶したのだ。あまり拒否する事のないシェリルがそこまでするという事に、余程トウヤは嫌われているんだなと苦笑するしかない。


「それにしても、トウヤ殿もお目付け役の貴女を置いて外に出るんですね……。まぁ、ユイリを置いて来ている僕が言う事でもありませんが……」

「……コウ殿とは少し事情が異なると思いますよ。貴方の場合はシェリル様に考慮したユイリが代理としてレンを付けておられますけれど……、あの人はほぼ勝手に出歩いてしまっているだけですから」


 何処か吐き捨てるように話すベアトリーチェさんにトウヤ達の関係性は自分のものとは違うのだと理解する。すると彼女はハッとして、


「御免なさい、しんみりさせてしまいましたね……」

「いや……、なんか今日のベアトリーチェさん、新鮮っすね。ほら、そんな殊勝な様子なんてベアトリーチェさんには似合わないっすよ!」


 次の瞬間、大きな音が轟いたかと思うとその場にレンが倒れ込む。……全く、余計な一言を言わなければいいのに……。沈黙してしまったレンは取り合えずスルーし、彼女へと話し掛ける。


「えっと、どうなされたのですか?少しお辛そうにされているようですけど……」

「…………コウ殿」


 ベアトリーチェさんは最初僕を見ながら何か迷っているようだったが、やがて意を決したような表情を浮かべると、


「……コウ殿、すみませんっ!貴方にご事情がある事はわかっていますっ!王女殿下からも伏せておくよう伺っておりましたが、お許しください……っ!勇者様!!」

「!?……ベアトリーチェさん、それは……」

「……流石に、どういうつもりなんだ?コイツに勇者ソレを押し付ける事は控えるよう言われてる筈だぜ?」


 あのレンも先程までの飄々とした態度は鳴りを潜め、どこか咎めるようにベアトリーチェさんに問いただす。しかし、彼女は続けた。


「……わかっているっ!でも、これだけは……、これだけは聞かずにはいられないんだ……っ!勇者様っ!いえ、勇者様でなくてもいいんですっ!ですが!」


 そう言って彼女は僕に縋りつく様にして、訴えかける。


「先日、貴方は能力スキルの譲渡の事をあの男に話してらっしゃいました。貴方の持つ力を……あの男に譲渡するような趣旨の話も……!お願いです、どうか、どうかトウヤにだけは……、あの下衆にだけは力を渡さないで下さい……っ!」

「それは……、仮にも貴女は彼のお目付け役でしょう?僕にとってのユイリのような存在の筈……。その貴女が、何故そのような事を……?」


 宥める様にして僕はベアトリーチェさんに伝える。確かにトウヤは勇者にして大丈夫かという不安は隠しきれない男だ。いや、今の時点では間違いなく勇者の力を移す訳にはいかないとも思っている。シェリルがここまで徹底して避ける事といい、問題だらけの人物という事はわかっているが……、それにしてもお付きの彼女に下衆とまで言われるというのは……。


 しかし、次の彼女の言葉に僕は凍り付く事となる……。


「……私の親友は、オリビアはあの男に手篭めにされたんです……っ!!勇者だからと無理矢理に……抵抗できないよう魅了までかけて……!あまつさえ今後も付き合うように誓わされ、さらにはその時の様子を画像等に納められたようで……。彼女は、自殺未遂までしました……。ですからお願いです、勇者様っ!あの男に貴方の力を渡すという事だけは、止めて貰いたいのです……!!」


 涙を浮かべながら訴えてくる彼女の告発に、僕は全身の血液が沸騰するような錯覚を覚えた。手篭めって……レイプって事か……!?それを、トウヤが……!?


「……オリビアさん?まさか、シュテンベリル家の公爵令嬢!?貴族でありながら侍女として俺にも分け隔てなく接してくれる彼女の事だろ!?そして先日グランと婚約した……あの!?マジなのか!?」

「…………本当だ。大公家の彼が秘密裏に入籍を済ませた事も、その件が絡んでいる。結婚式なんかあげて、あの男が邪魔をしてくる可能性もあるから、それを避ける為にも……」


 レンもそれは知らなかったらしく、血相を変えてベアトリーチェさんに詰め寄っていた。しかし、事実であるらしい。本当に……、あの男がそんな事をしでかしたというのか……。


「……レン!?何処に行こうとして……!」

「決まってる、その屑野郎のところに決まってんだろ!?このままにしておけるかってんだっ!!」

「そのように突っ走りそうな者がいるから、表立って公表できなかったのがわからないのかっ!このままあの男の下に行ったとしても、返り討ちに遭って終わりだっ!悔しいが……あの男の力は本物だ!下手をするとレン、貴殿だけでなく……コウ殿にまで危害が及ぶ可能性も出てくる……。それでもいいのか!?」

「グッ!?だ、だけどよ……!このままでいい訳ねえだろっ!?そんな屑がお咎めなしで、今だって好き放題やってるかもしれねえじゃねえか!!」


 憤るレンをベアトリーチェさんが抑えながらやり取りしている傍らで、僕は呆然としていた。同じ世界の、恐らく同じ国の人間のやらかした行為に、僕は怒りやら悲しみやら、恥ずかしさやらで自分がどんな顔をしているのか分からずにいたのだ。


 婦女子への強姦という、最悪の行為をしでかしたトウヤに怒りを覚えると同時に、そんな人間である事を見抜けなかった自分に対しても腹立たしくあった。そして、そんな人物が自分と同じ世界の出身であるというのも恥ずかしい。そう、思っていた。


 ふと我に返ると、レンとベアトリーチェさんが僕を伺っている事に気付く。


「大丈夫か?何時かのように、少し危うかったぜ、お前……」

「……申し訳ありません。コウ殿に、負担を与えるつもりはなかったのですが……。どうしてもその件だけは、確認しておきたくて……」

「いいんです、それよりも……不安にさせてしまったようですね。それに、気を遣って頂いたみたいで……。本当に、すみません……」


 今までその事を僕に伝えてこなかったのは、先日の王女殿下たちとのやり取りにあるのだろう。あの時、僕は勇者として逃げられないプレッシャーと、二度と向こうに戻れなくなるかもしれないという絶望感に押し潰されそうだったから……。自分が壊れそうになったあの時の事もあって、僕にトウヤの件を伝えるのを躊躇われたに違いない。


 ……これで元の世界に戻る為の1歩である、自分の『勇者』としての力をトウヤへ移行するという話は完全に潰えてしまったが……、とりあえず今はその事は考えないようにする。今までの話から考えて、彼以外にも僕の力を移せる可能性は僅かながらもある。今、僕がしなければならない事は、あの似非勇者トウヤをどうするかだ。


 ベアトリーチェさんが無言で僕の腕を取ると回復魔法を掛けてくれた。いつの間にか握り締めた拳から血が滴り落ちていたらしい。治療してくれた後、彼女は僕をジッと見て、


「……コウ殿が謝る事は何もありませんよ。むしろ、私こそ出過ぎた真似を致しました。後で、ユイリに怒られてしまいますね……」

「いえ、貴女が懸念されていた事は当然の事です。ですので……安心して下さい。あの男に僕の力を譲渡する事は、今後一切起こり得ない事は約束致します。貴女のご親友に伝えておいて下さい。彼が今後、真の『勇者』となる事は絶対に無い・・・・・、と……!」


 ベアトリーチェさんを真っ直ぐに見つめ返し、そう宣言する。……このように伝えてしまうと、ある意味で勇者は自分であると告白しているのと同じ事であるけれど……、そもそも今回の件は僕が勇者の資質を持っている事実を隠していたから起こってしまった事だ。同じ世界の人間がしでかしてしまった申し訳なさもあり、これ以上彼を勇者と増長させる訳にもいかない。僕はそう決意を込めて、2人に話した。


「……いいのか、コウ?お前、それを認めんのはあんなに辛そうだったじゃねえか……。そりゃあ、俺たちだってお前が勇者と認めてくれんのは有難いけどよ……」

「勇者としてこの世界に呼ばれた、という事は認めるよ。実際に覚醒するかはどうかについては……ゴメン、僕にもわからない事が多すぎる。本来の正規な『招待召喚の儀』で呼ばれた訳じゃないからね。ただ、あの男が『勇者』となる事は無い……。さっきも言ったけど、それは約束するよ」

「……良かった……っ!ずっと、その事だけが、気掛かりで……っ!あの下衆が……万が一『勇者』となってしまったら……、どうしようかと……っ!」


 ベアトリーチェさんはそう呟くとむせび泣きしてしまった……。彼女の中で、色々な思いが渦巻いているのだろう。親友の悲劇に、それを引き起こした者のお目付け役として支えなければならない矛盾……。そして、そんな許せない男が僕から勇者の力を受け取ってしまうかもしれない……。彼女としたら気が気でなかったに違いない。


「だけど、さっきベアトリーチェさんも言っていたけれど……、彼に対して仕掛けるのはリスクが高いよ、レン。残念だけど、今の僕たちの力ではアイツには勝てないと思う。レン、君も見た筈だ。雷を呼び寄せ、魔物たちを一掃した彼の実力を……」

「……ああ、わかってんだよ、それは……。だけどよ、勝てねえから戦わないとかじゃねえんだよ!許せねえ事をしでかしといて、そのまま放っておいたらますます図に乗るじゃねえか!また、そのオリビアさんのような悲劇が起こったらどうすんだ!?」

「なら……もう少し冷静になるんだ、レン。確かに貴殿の言う通り、あの男がまた同じような事をする可能性は高い……。今も部下に監視をさせているが、何らかの空間系の能力スキルを持っているようで、完全には足取りを把握出来ていないんだ……。先日の様子から今狙っている人物は……、恐らくシェリル様だろう……。ユイリもその事はわかってるから、シェリル様の護衛は特に気を遣っている……」


 そう言ってベアトリーチェさんは僕が向こうの世界に帰っていた際に起こった事を話す。口説くにしてもシェリルの心に寄り添ってくれと伝えていた筈だが、どうもそれは軽く無視されていたようだ。シェリルのあの様子・・・・も窺えるようであった。


「おい、コウ……。それなら尚の事、アイツを放置できねえじゃねえか!?もし、シェリルさんの身に何かがあったらどうすんだよ!?やっぱり、俺は行くぜ、止めんなよっ!!」

「だから落ち着いてくれ、レン……。だからこそ、確実にあの男を止める必要があるんじゃないか。中途半端な状態で仕掛ける訳にはいかない。絶対に、失敗できないんだ。失敗したら向こうにも警戒されて、それこそシェリルに危険が及んでしまう。『先に仕掛けてきたのは其方だ。それに対してオレはやり返しただけ。その女はお前の仲間だろうから、オレが預かっておく』なんて言いかねない……。トウヤに免罪符を与える訳にはいかないのさ」

「コウ殿の言う通りだ……レン。現時点で判明しているだけでも、相当規格外な力を持っている事は分かっているんだ。しかも、知られて都合の悪い能力スキルは『隠匿魔法プライバシー』で隠しているとも考えられる……。初日に私に対して禁断の魔技、『魅惑の魔眼』を使ってきた事からも、まず間違いないだろう」


 彼女の話を受けて、僕は気になった事を聞いてみる。


「ベアトリーチェさん、其方ではトウヤの使える魔法や所有している能力スキルを把握しているんですか?あと……僕に対してもレンと同じように接してくれて構いませんよ」

「……すまない、では失礼して……。コウ殿とあの男がこの世界に現れて……、王女殿下が『生物鑑定魔法エキスパートオピニオン』を使用しただろう?王女殿下はその時に診た奴のステイタスを全て覚えていて、それは既に共有されているんだ。後は私が直に見た能力スキルや魔法、特技を報告していっている」


 ……あの時一瞬診て知ったステイタスを全て覚えていたって訳か……。王女様、凄いな……。俗にいう、瞬間記憶能力って奴かな……?そう感心している僕を尻目に、ベアトリーチェさんが収納魔法アイテムボックスを発動させ、何やら紙束を取り出すとそれを僕に見せてくれる。


「勿論、ここに記載されていない能力スキル等もある。持っている事がほぼ確定的な『魅惑の魔眼』や、オリビアの証言から『プライベートルーム』という空間拡張系の能力スキルも習得していると思われるから、一応記載はしているが……」

「…………この『ニュークリア』って……、魔法なんですか……?」


 ザっと目を通して、独創魔法という分類のところにあった『ニュークリア』という項目に、嫌な予感がしながらも聞いてみると……、


「ああ……、あの竜王バハムートに瀕死の傷を負わせた魔法だ。今まで見た事が無い程の凄まじい威力だった……。不覚にも戦慄したよ……、こんなもの、人の手で使える魔法なのか、とな……」

「……その時の状況を詳しく教えて頂けませんか?」


 僕の願いに応えてくれる形で、ベアトリーチェさんは教えてくれた。それを聞いて、僕は確信する。


「……核兵器、という訳か。それを魔法として使っている、と……。それでさしずめ『核魔法ニュークリア』、と言ったって訳か……。思った以上に恐ろしい力を持っているようだな、トウヤは……。いや、正直人の手で勝てるってレベルじゃないぞ……」

「コウ、そのカクヘイキって奴は……、どういうものなんだ?」

「わかりやすく言えば……、世界を滅ぼす事が出来る爆弾という武器だよ。その爆発に巻き込まれれば黒焦げになって、まず死は免れない。奇跡的に死ななかったにしても、その爆発には放射能という強力な猛毒があってね……。爆死しなくても結果的には死ぬこととなる。彼はそれを小範囲限定とはいえ、何時でも自由に使えるという事だ。先日見た『雷鳴招来魔法ライトニングレイン』とは比べ物にならないくらい驚異的なものなのは間違いない」


 僕の説明を聞いて黙り込む2人。しかし、何てものを覚えてしまったんだ、アイツは……。そもそも普通、核なんて物を魔法にして習得できるなんて……、そんな事可能なのか……?

 疑問に思っていた僕に応えるように、ベアトリーチェさんが口を開く。


「その用紙に書かれている『神々の調整取引ゴッドトランザクション』という能力スキルがあるだろう?それが恐らくあの男に力を齎す恩恵を与えているようだ。能力スキルの名前から判断できるように、神から与えられているかのような特別なものであるようだが……」

「神様から、ね……。そういえば転生した云々を言っていたかな……。確か、女神ソピアーとかなんとか……」


 一時的にとはいえ僕を元の世界に帰した事といい、特別な何かを持っている事は事実だ。もう神様という存在がいる事や転生云々についても、今更疑うつもりはない。まぁ、どうしてトウヤにそんな凄い力を授けて、この世界に送り込んだのかは聞いてみたい気もするけれど……。


「……ん?聞く方法は……あるか?確か僕の能力スキルに……」


 僕は確認魔法ステイタスを発動し、自分の能力スキルを確認していき……、目的のものを見つける。


 『神頼みオラクル


 本来は神の啓示を受けられるという能力スキルらしいが……、此方から神様を指名してコンタクトを取る事は可能なのではないだろうか……?最も、やってみなければわからない事ではある。今まで発動した事は無かったが、1日3回しか使えないらしいし、ダメもとでやってみるのもいいかもしれない。


 僕は2人に簡単に説明し、神頼みオラクル能力スキルを発動する。通常はそこから『神様』の言葉を何処からか受け取るものなのだろうが、今回は敢えて此方から送受信先を指定した。女神、ソピアーへと……。

 本来とは異なる使い方をしているせいなのか、一向に繋がる気配が感じられない。レン達も息を吞むように僕の様子を伺う中、時間だけが刻々と経過していっている。駄目か……、やっぱり僕の方からコンタクトを取るというのは無理なのか……。

 もう諦めようかとそう思った時、何やらノイズのようなものが入りだし、やがて……、


『………………誰じゃ、わらわに直接語り掛けてくる礼儀知らずは……』


 繋がった!?何処か格式の高い女性の声が聴こえてくると、僕は背筋を正してその声へと応える。


「突然に連絡を差し上げる非礼、どうかお許し下さい。わたくしはこの度、ファーレルという世界に召喚された者です。ある者から貴女様の事を伺いまして、このような手段で連絡させて頂きました」

『……何じゃと?ファーレル!?召喚されたと云ったな、まさか……勇者なのか!?』


 ファーレルという言葉に反応したのか、最初の気のない声が嘘みたいに変化した。何時か聞いた通り、このファーレルという世界がそれだけ特別な世界という事なのだろう。


「勇者かと言われれば何とも答えづらいのですが……、まぁ、この世界に伝わる『招待召喚の儀』によって呼ばれた事は事実です。今回は不測の事態イレギュラーが起こったようですが……」

『勇者ではないのか?其方の話す事は今ひとつ要領を得ぬ。初めからかいつまんで説明せよ』


 女神様にそう言われ僕はどうしてこうなったかを話してゆく……。トウヤが干渉した為、強制的にこの世界に呼ばれた事。勇者になれば元の世界には戻れなくなる為、覚醒を拒んでいる事。トウヤが勇者を自称し、好き勝手に悪行を積み重ねていっている事。そして、何故女神様は彼に特別な力を与え、勇者とは別にこの世界に送り込んだのかという事を……。それらを声には出さず、直接訴えるような形で伝えていった。


 一通り説明した後、ソピアー様は暫し沈黙し……、やがて呟くようにして答えた。


『……済まぬ、わらわの不手際ゆえ、其方は勿論、ファーレルの者にも迷惑を掛けてしまっておる』

「不手際、ですか……。何かをお考えになって彼を派遣された訳ではないのですか?彼の持つ力も、神々より与えられた特別なものだとも伺ったのですが……」

『……それ故に、わらわの不手際と言ったのじゃ。確かに『神々の調整取引ゴッドトランザクション』はわらわが与えたものじゃが……、転生させる為に持たせたものではない。まして、あれだけリスクの話をしたのにも関わらず、勝手に『勇者召喚インヴィテーション』に自ら干渉してしまったのじゃ。そこで其方の言う不測の事態イレギュラーが起こってしまった訳じゃな……』

「あくまで……、ソピアー様が彼を遣わせた訳ではない、という事ですか?」


 改めてそのように確認するも、向こうからは肯定の意しか返ってこない。すると、本当に彼が自分の意思でこの世界に来るよう干渉したという事なのか……。そんな事が一個人の意思で出来るものなのか?神が定めたとされる特別な儀式、『招待召喚の儀』に干渉する事など……。


『それを可能としてしまう力を渡してしまったのは事実。本来、あの能力スキルを使い続ける事は、後の輪廻転生を考えた上ではマイナスしかないというのに……、あの者はそのマイナスを受け入れてなお、ファーレルの世界に赴く事を選んでしまった。気付いた時には此方で奴の干渉を打ち消すと、勇者召喚インヴィテーション自体が失われてしまう恐れもあった故に、その場の成り行きに任せてしまった次第である。その時は永らく停滞したファーレルに変化を齎すものになるかと納得もしておったが……、やはり奴を向かわす事を許したのは誤りだったようだな。……許せ』

「……謝らないで下さい。貴女様は……神なのでしょう?僕たちの上に立つ……、絶対的な存在なのですよね?そんな神様が……、ご自身のされた事の不明を嘆くなど、あってはならない事ではないのですか?それこそ、許される筈もない……!」


 この世における全ての現象は皆、人の手を越えた、それこそ神と呼ばれる存在の意思によって、運命という形で進められているものだと僕は一人で納得していた。そうでなければ、とても受け入れられなかったのだ。幼馴染や友人、そして肉親が死という絶対的なもので別離させられる事になったあの時に……。

 それなのに、そんな絶対的な存在である神様から、自分のやった事は間違いだった等と言われて……、はいそうですか等と受け入れられる訳がない……!


『……其方の憤りは尤もじゃ。しかし、神と云っても誤りがないという事はない。何故ならば行った事に対して正しいか否かというものは、此度のように時間が経過して初めて明らかになるからだ。まして、その正否にについても一つの意で決定するものでなく、見かたに応じて変化してゆくものでもある。現時点において奴をファーレルにやってしまった事は、わらわの主観から見るには誤りだった。そう伝えておるまでの事……』

「……誤りだったから、何です?既に、アイツのせいで人生を狂わされているんですよ?このファーレルに住む人はアイツの欲望に晒されて……!僕にしたって元の世界に二度と戻れないかもしれない原因を作られたんですっ!それを……トウヤがこの世界に来ることを許したのは誤りだった……?ふざけないで頂きたい……っ!!」


 何処か他人事のように答える女神様に思わず僕はそう感情を露わにする。そんな謝罪が聞きたかった訳じゃない……!もし、彼がこの世界にやって来た事が何か意味があるのであれば、それを受け入れるつもりでいた。それでいて今のトウヤの愚行を伝え、ファーレルに派遣した張本人にそれを許すのが神の意思なのかと迫り、それによって彼に与えた力を引き揚げさせる等の具体的な話を引き出すのが目的だったのだ。

 しかし、あっさりとトウヤがこの世界に来ることを許したのは間違いだったと云われ……、頭の中が真っ白になってしまった。絶対的な存在であろう女神の謝罪を受けて、今まで漠然と感じていた僕の価値観を崩壊させられて、つい心情を吐露してしまう僕だったが、


『勿論、ふざけてなどおらぬ。誤りだったと思うからこそ、それを正さなければならぬ。しかしながらそのファーレルは、わらわ達神々としても特別な世界。そう簡単に干渉できるところではない。そういう意味では、其方がこうしてわらわに接触をしてくれた事は幸いであるとも言える……』


 ソピアー様はそれを気にした風でもなくそのように話すと、僕は女神様を通じて何かしらの力を感じていた。これは……何だ?


『……それこそあの者にも授けた『神々の調整取引ゴッドトランザクション』じゃ。既に使用限定は外しておる。そこにわらわの権限も加え、あの者が『神々の調整取引ゴッドトランザクション』で得た全てを剥奪する力も与えた。其方には悪いが、それを駆使してわらわの不明である彼の者を無効化して欲しい』

「……何故僕が?僕は力が欲しくてソピアー様に訴えた訳ではありません。彼が使ってきたこの能力スキルが規格外というのはわかります。僕までそれを使えるようにするというのは、第2のトウヤを生み出す事になるではありませんか!?そんな物は要りません、ソピアー様自らが、彼に与えた力を直接没収するとかは出来ないのですか?」


 女神様に与えられた能力スキル、自分のステイタス画面上に現れた『神々の調整取引ゴッドトランザクション』の文字を眺めながらそう訴えかけると、


『言ったであろう?そのファーレルという世界は特別なのじゃ。わらわとて簡単に干渉できる世界ではない。だからこそ、其方に頼みたいのじゃ。勇者としての責務とともに、あの者の対処もこのように任せるしかのぅ……』

「……先程もお話ししましたが、僕は勇者となるのを納得してこの世界に来た訳ではありません。勇者として覚醒すれば、僕はこのファーレルを離れられなくなるのでしょう?僕は元の世界に戻りたいんです。だから僕は最初、この勇者の力を同じく異世界から現れたトウヤに移行しようと考えていた……。まぁ、彼に移したらとんでもない事になりそうだと思い止まった訳ですが、それでも僕は元の世界に戻る事を諦めた訳ではありません」

『それについても、其方に与えた『神々の調整取引ゴッドトランザクション』が役に立つはずじゃ。見たところ其方には十分に魂の修練を積んでおるようじゃし、わらわも少し設定に手を加えた。其方の把握しておる通り、勇者の力はファーレルの外に居た者にしか機能しないものである。故に、同じく異世界の者であれば、それぞれの意向を組み、お互いの了承の末に譲り渡すのであれば、勇者の力の譲渡は可能である筈……。今まで実行した者は皆無である故、保証はしかねるがな』


 僕の気掛かりにソピアー様はそのように答える。女神様直々に言って貰えると、元の世界に戻れる可能性が存在する事を示してくれているみたいで少しだけ安堵する。先程、神にも間違える事はあると云われたばかりではあったが、やはり神様というのは特別な存在であるという自分の認識がそう簡単に変わるものでもない。


「……わかりました。然るべき時には、この与えられた力で彼を抑えます。有難う御座いました、女神様」

『礼には及ばぬ。まずは『神々の調整取引ゴッドトランザクション』を確認せよ。肝心の時に使えなかったというのでは困るのでな。それに、色々と強いる事になった其方に、わらわからの心付けも添えておいた』

「重ね重ねのご配慮、感謝致します。それでは……」


 そう言って僕はソピアー様との通信を閉じる。ひとつ息を吐くと、ずっと僕を伺っていた2人に対し、


「……トウヤに力を与えた女神様と交信する事が出来たよ。彼の力に対する対抗処置のようなものも頂いた。もしもの時は、抑える事も出来るかもしれない。どういうものかはこれから確認してみてからだけど……」


 彼についての対処手段を得た事がわかり、2人の顔が明るいものになる。


「よっしゃ!これでもう、奴に対処する事が出来んだなっ!」

「……良かった、それでは早速王女殿下に……」

「ああでも、ちょっと待って下さい」


 僕は王女殿下に伝えようとするベアトリーチェさんに待ったを掛けると、


「対抗手段を得たといっても、彼を無効化できるものではありません。既に力を得たトウヤに対し、例えばバハムートを抑えた『核魔法ニュークリア』を使われたとして、それを無効にできるといったものではないと思います。ですので、あくまで彼をどうしても排除しなければならなくなった時の最終手段としてお考え下さい。少なくとも、彼と戦えるようにならなければこの対抗手段は効果が薄いと思います」


 彼の持つ『神々の調整取引ゴッドトランザクション』を得たとしても、トウヤとの間に力の差がある事は事実であるだろう。その力の差についても『神々の調整取引ゴッドトランザクション』を使えば縮める事が出来るかもしれないが……、神々から授けられたという力をそう易々と使っていいとも思えない。


 簡単に説明を受けた時点で、『神々の調整取引ゴッドトランザクション』の効力は今までの生活、価値観を一変するくらい規格外のものであると気が付いていた。一度使えば麻薬のように事ある毎に使い続け……、やがてそれが無い生活は考えられない程になるという事も……。いずれ元の世界に戻り、日常の生活を送るだろう僕としては、いずれは使えなくなる『神々の調整取引ゴッドトランザクション』に依存する訳にはいかない。


 僕の話を受けて、ベアトリーチェさんは頷き、


「わかった、王女殿下にはその旨は伝えておく。コウ殿に強くなって貰うという事も、今まで通りだ。私は基本、あの男に付いているが……、何かあったら知らせて欲しい。私との『通信魔法コンスポンデンス』も繋げておいて貰えると助かる」

「へっ……、じゃあ、コウにはこれまで以上に厳しくしないとな。早くアイツに対抗できるようになって貰う為にもよ……!」

「はは……、お手柔らかに頼むよ、レン」


 唯でさえ、ここ最近の修練では手加減してくれていないようなんだから。僕はそう思いつつ、ベアトリーチェさんに挨拶してレンと共にその場を離れ、シェリル達の待つ部屋へと向かうのであった……。



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