第38話:シェリルへのプレゼント




 商人ギルド『人智の交わり』を出て、いざシェリルへのプレゼントを探しに行こうとしたのだったが……、


「欲しい物、と言われましても……」


 ジェシカちゃんに聞いておいた、ストレンベルクの貴族御用達のオートクチュールや高級宝飾店に彼女を誘ったものの、シェリルはいまひとつ乗り気ではなく、


「……もし、わたくしに何かをと考えていらっしゃるのでしたら、かまいませんわ。唯でさえコウ様は先日、あの方に多額の金貨をお支払いになったのです。わたくしはこうして、貴方と一緒に居られるだけで十分ですから……」

「いや、シェリル、そういう事じゃなくてね……。あくまでこれは僕の気持ちというか……」

「……それでわたくしの為に散財して頂いても、嬉しくありませんし困ります。どうか御自重なさって下さいませ」


 取りつく島もなくピシャリと撥ねつけられ、それ以上何も言う事が出来なくなってしまう。僕も頑固な方かもしれないが……、シェリルも一度決めたら中々折れてくれない強情なところがある。ましてや自分自身の事となると……。


(散財……ね。仮にも元お姫様だったのだろうに……、高価な物は受け取りたくないって……)


 僕が苦笑しながら「わかったよ」と折れると、シェリルはニコッと漸く笑ってくれた。

 高貴な身分の女性らしく、美しく品があり為政者としての知性を持っている事は疑いようがないものの、一方でそんな方に見られるような世間一般にズレがあるという様子も見受けられない。メイルフィードという国で培われたエルフ族独特の感性なのか、はたまたシェリルが特別なのかはわからないが……、金銭感覚は普通であるように思えるし、僕のような一般人の知性も理解しているように感じる。

 それでいて、高価なドレスや宝飾品に理解が無いという訳でもないのだ。むしろそれが分かっているからこそ、こうしてプレゼントしたいというのを断られてしまっている。改めてシェリルの多才さを知ると同時に、何でも出来る彼女らしいとも思ってしまう。これも、『伝承の系統者レジェンド・クオリファイダー』とかいうものの片鱗なのかもしれない。


 それならば色々掘り出し物が出品されるバザー会場を見に行こうと伝えるたところ、それには了承してくれて僕の腕を取ってくる。彼女の胸が当てられ、思わず感情が高ぶってしまうが、気にしないように努めた。シェリルのこのようなスキンシップに未だ緊張してしまうものの、漸く思考停止しないくらいには慣れてきたのかな……。

 そんな僕たちの様子を見てレイアがあっと声を上げたのがわかったが、彼女もそれについて口出してくる事は無かった。レイアも今日がシェリルと約束している日だというのはわかっていて、こうして自分も付いて来ている事を気にしていた風でもあったからだろう。


 まさか異世界に来る事になり、複数の女性に好意を持たれるなんて日が訪れるなんてと思わなくもない。シェリルといい、レイアといい……、もしかしなくてもあの王女殿下も自分に気があるように感じる。僕にどんな魅力を見出したのかはわからないけれど……、嬉しく思う反面、自分の複雑な立場を考えると……。


「ほら、行くわよコウ。何時までも固まってないの。姫もお困りになっているでしょう?」

「固まってなんて……!ハァ、わかったよ」


 考えている事を中断し反論しようとして思い直す。今そんな事を言い合って貴重な時間を失わせる事も無い。ユイリに揶揄われながら僕はシェリルを伴い、『人智の交わり』で教えられた蚤の市のようなバザー会場へ向かっていった……。






「へぇ、ここがバザー会場か……」


 屋台の出店のような出で立ちで其処彼処に商売を展開しているのを見て、軽く感嘆の声が漏れる。商人ギルドが提供している市場であり、身元を明らかにしその人物に応じた手数料を支払えば誰でも利用できる設備になっているようで、様々な種族、人物が利用しているようで、それを見て回る人達も含めて大いに賑わっているようだ。


「この紙に書いてあるのが値段……ってあれ?消されて上から上書きされてる……?」

「その上書きされているものが今の値段よ。最初に書かれている最低金額から購入したい金額を入札していって、既定の時間で最新の値段が落札金額という事になるわ。『白蛇』の刻で一度締め切る筈だから、もう一刻もないわね」


 ユイリの説明によると、店主との折り合いがつけばその場で売買成立という事にもなるようだが、基本的には競売の体を保っているらしい。僕が目についた商品にも『銅貨10枚』と書いてあった表示が消され、新たに『銅貨30枚』と名前が書き加えられているようだった。勿論、店主自らがその商品の良さをお客さんに訴えかけているところもあるし、逆に今すぐ売ってくれと店主に掛け合っているところもある。

 中には『銅貨1枚』から『銀貨5枚』に書き換えられ、さらに多くの入札が続いている物なんかも見られ、所謂掘り出し物なのだろうかと評定判断魔法ステートスカウターを発動させてみたところ、




『ストレンベルク発行の広報カード』

形状:魔法紙(カード)

価値:F

効果:ストレンベルクが作っている広報用のカード。静止絵抽出魔法ピクチャーズによって綺麗に絵柄がカード内に施されていて、その独特の技術と同時に絵柄の人物によって価値が異なる。表記された価値はあくまで技術と魔法紙によるもの。




 絵柄は女性士官のものであるみたいだけれど、僅か銅貨2枚で手に入るカードも人物によっては価値があるって事か……。もしそれが先程のユイリ達のカードだったなら、どうなるのだろう?この国でも1、2を争う人気のカードらしいし、そういえば商人ギルドの長であるマイクさんが金貨10枚出すとか言っていたっけ……?


(……それにしても、今まで何気なく使用してきたけれど、この『評定判断魔法ステートスカウター』ってかなり便利な魔法だよな)


 考えてみると『評定判断魔法ステートスカウター』は、索敵から始まってその情報、さらには人物、アイテムを問わず鑑定する事が出来る。通常、人物の鑑定には相手の了承が必要とも聞いているし、この『評定判断魔法ステートスカウター』の有用性は明らかだ。人物の鑑定はシェリルも行う事が出来ず、この国でも王女殿下とごく一部の人しか使用する事が出来ないので、その点から考えても、ぶっ壊れチートな魔法と言えるのかもしれない。


(『評定判断魔法ステートスカウター』を駆使したら……、このバザー会場の掘り出し物を完璧かつ確実に見つけ出せそうだよ……)


 最も、そんな事をするつもりはないけどね。そうひとりごちつつ、シェリル達とともにバザー会場の喧噪を見て回っていたら、


「……お花、要りませんか?お花を買って下さい……」


 か細い声で話しかけてきた方に振り向くと、姉妹らしい少女らが花籠を片手にこちらを伺っていた。頭に動物の耳がある為、ヒューマン族ではないようだけど……。

 姉妹は設置されている屋台を利用してはおらず、直接僕たちに話しかけてくる。


「如何でしょうか……?1本、銅貨1枚ですが……」

「それなら……」


 そう言って僕がお金を取り出そうとしたところで、


「貴女たち……、もしかしたらラーラの……」

「え……、あたし達を知っているのですか……?」


 驚いたように答える少女。獣の耳がピコンと反応したところからも、ラーラちゃんの知り合いである事は間違いなさそうだ。

 この耳は……、犬の獣人族?彼らの事は見かけた事はあったけれど……、少し違和感があるかな?そんな事を考えている間に、ユイリが姉妹の獣人族について話してくれた。


「清涼亭で働いている狼の獣人族の従業員、その娘さんね。貴女は……イレーナかしら?ラーラとリーアのお友達とも聞いているわ。王都で住むのは大変だから、清涼亭の従業員専用の一室にと勧めているけれど断られているとも……」

「……ラーラ達の負担になる訳にはいきませんから。父もそのように話しておりますし、あたし達狼人ライカンスロープ族の矜持でもあります」


 ランカンスロープ……、他者から施される事を良しとしない……、それが彼女たちのプライドという事か。ただ、もし彼女たちがあの人の子供であるとしたら……、


「でも、貴族や名のある商人でもなくこの王都に住むのは色々大変な筈よ。清涼亭の従業員であればそこそこの給金は貰っていると思うけれど、それでも……」

「……清涼亭の雇主様には色々良くして貰ってます。だから、これ以上の事をして貰う訳にはいかないんです。ラーラは……、大切な友人です。妹のイヴ共々、彼女には……」

「……君達の事情はわかったよ。だったらせめて、その籠にあるお花を買わせて貰えないかな?」


 イレーナさんに、その妹のイヴちゃんか……。彼女たち狼の獣人族の誇りなのだろうか、『施し』といったものは受け付けられないという事なのであれば、こうするしかない。


「あ……、はい!有難う御座います!」

「じゃあ、その花籠のお花、全部買わせて貰うよ。これで……いいかな?」


 そう言って僕は金貨を数枚、彼女の手に握らせる。それを見てイレーナさんは、


「こ、これは……っ!言った筈です、あたし達は施しは受けないと……!」

「施しなんかじゃない、これが君に支払うべき正当な金額だよ」

「これの何処が……っ!1本銅貨1枚の花を籠ごと買って貰っても、この金額にはならないじゃないですか……!」


 憤りを隠さずにイレーナさんが食って掛かる。そんな思った通りの様子の彼女に苦笑しつつ、


「君は……、ライホウさんの娘さんだよね?」

「!?ち、父を知っているんですか!?」


 やっぱり彼女はあの人の……。イレーナさんの反応に間違いないと確信した僕は彼女の言葉に頷くと、


「……君達獣人族の郷土料理なのかな、『波浪焼き』……、生か丸焼きの二通りしかなかったこの世界の肉料理に、僕の葛藤にライホウさんは応えてくれた。本当に感謝しているんだ。これは、そのお礼の分も含まれている」

「で、でも……!それでもこの金額は……!仮にお花を1万本お売りしたとしても、金貨には届かないものです!それを……」


 それでも受け取るのを戸惑うイレーナさん。そんなお姉さんの様子を見つめるイヴちゃんをチラッと見て、僕は説得の方向性を変える事にする。


「……こうやってバザー会場に居ながら設備も使わずに、妹さんと二人で道行く人に話しかけていたんだ。随分苦労しているという事はわかる。だから……、せめてこれは受け取ってくれないかな?君と一緒にいる妹さんの為にも……」

「……イヴ……」

「お姉ちゃん……?」


 僕の言葉にイレーナさんが妹を見て考え込むようにしていた。この機会を逃す訳にはいかない……!


「君だって別にラーラさん達と居たくない訳じゃないんだろ?そうであるなら、わざわざこうしてここに居る理由もないしさ……」

「当たり前ですっ!あたしだって、ラーラと一緒に居たい!ラーラは、種族の隔たりもなく、あたしとイヴを受け入れてくれて……、仲間や家族の様に接してくれる掛けがえのない娘なんです……!だからこそ、施しは受けたくないんです。狼人ライカンスロープ族の誇り、という事もありますが……、あたしには返せるものもないので……」

「……別に何かを返して貰いたい訳じゃない。僕だって全然関わりのない人に情けを掛けるほどお人よしでもないつもりだ。……でも、だからこそ関わりのある人たちの事は助けたいとも思ってる。君達のお父さんの事もあるし、僕もラーラさん達にはお世話になっているんだ。だからこそ、その友達でもある君達の事をこのまま放っておくなんて事もしたくない」


 ……僕の自己満足かもしれないけどね。そう説得したところで漸くイレーナさんが金貨を受け取ってくれた。彼女だって、自分だけでなく妹にも大変な思いをさせたくはないだろう。僕たちの会話を少し不安そうにしていたイヴちゃんに、「大丈夫だよ」と笑い掛けながら頭を撫でてあげると、少し緊張が解れたようだった。


(これ、獣人族の、ランカンスロープの耳なのか……。動物みたいにモフモフっとしてて……、撫でている僕も気持ちがいいな)


 頭のすぐ傍にある黄色い髪がかかった獣人族特有のふわっとした耳の感触にそんな感想を抱きながらも、僕は考えていた。

 ……正当な理由を付けて、その狼人族の誇りを刺激しなければ落ち着くところに辿り着く筈……。そのように考えていた訳だけど、なんとか上手くいったみたいだ。

 イレーナさんが抱えていた花籠を受け取ると、それを無駄にしないように、僕はシェリルに花籠ごと預けて部屋に飾っておいて貰えないかとお願いする。


「あ……、はい、畏まりました!」

「……?どうしたの、シェリル?」

「いえ、何でもありませんわ、コウ様。このお花は、わたくしが責任を持って飾らせて頂きますから」


 何処か呆けたように僕たちのやり取りを見守っていたシェリルに声を掛けたが、今ひとつ反応が鈍い……?ハッとしたように僕に笑いかけてくれたけれど……、何かに気を取られる事でもあったのか?


「ま、まあいいじゃないか、話もうまく纏まったようだし……!」

「あ、ああ……」


 レイアに促されるものの……、何だろう、彼女の反応も何処かぎこちないというか……。二人とも、どうしたんだ……?何かを誤魔化そうとしているように思えるが、そんな僕の思いとは裏腹にレイアがイレーナさんに訊ねていた。


「それにしてもいい花だ……。これ、もしかしてパラミスの花か?」

「……ええ、そうです。私たちにとっても大切な花ですから、パラミスは……」


 そう言ってイレーナさんは自分の腕に着けていた花の飾りを外す。彼女の話すパラミスという花を紡ぎ合わせた腕輪を手にすると、


「祈りを込めながら紡いでいく事で願いが叶うと云われているパラミスの花……。あたしは、自分の人生全ての運を使っても巡り合わないような人たちに会う事が出来ました。獣人族と差別する事も無く……、ありのままのあたし達を受け入れてくれる人を……、掛け替えのない友人を……」

「それが、ラーラさん達なのか……」


 僕の言葉に頷くと、イレーナさんは話してくれた。このストレンベルクは、他のヒューマン主体の国で見られるような異種族の差別、迫害は少ない。それでも、全て平等かと云われると残念ながら違うのだという。異種族に対し入国税を割り増しにする事も無く、他の徴税に関してもヒューマン族と平等ではあるが、そもそも流れ着いた異種族がその徴税を納める事自体が難しい。地方の開発が進み、自然の森や草原といった住む場所を追われ……、同族達は散り散りになっていったようだ。


 幸い彼女たちの父、ライホウさんの料理の腕を見込まれ、ストレンベルクが誇る高級料亭と宿屋を兼ねている『清涼亭』の一コック雇われたという事だ。あまり『食』において重要視されていないこの世界ファーレルの中でも、貴族御用達とでもいうような清涼亭に拾って貰えたのは幸運であったといえるのだろう。狼人ライカンスロープ族の仲間たちの中では『裏社会の職郡ダーク・ワーカー』の手にかかり、奴隷に堕とされた者もいるらしく、


「……あたし達も森でパラミスを探している時に、襲われそうになった事がありました。その時は何とか撃退し逃げられたのですが……」

「……だから私は『裏社会の職郡ダーク・ワーカー』達は根絶すべきだと思ってるのよ。か弱き者たちを搾取し、魔族とも繋がりをもっている彼らは決して私たちとは相容れないから……」


 ユイリがそう吐き捨てるように呟く。そういえば彼女は最初に闇商人のニックに出会った時から裏社会の職郡ダーク・ワーカーに対して否定的だったな……。


「あいつらは貴族の子女にも手を出そうとするのよ。この国では一応正規な手続きでなってしまった奴隷を扱う事自体は合法ではあるけれど……、違法な事にも平気で手を出すわ。彼女が言った異種族狩りもそう……、私たちも隙あらば攫おうと狙っているでしょうね。実際に行方不明になった貴族の子女はいるから……」

「……何処の世界も裏社会の人間は同じって事か……」


 僕自身の感情で言えば、やはり違法な事に手を出す人とは付き合いたくはない。奴隷の事にしたって、元の世界に住んでいた自分としては人権を無視したとんでもない事だと思ってもいる。だけど、それはあくまで僕個人の感情だし、自分の正義をこのファーレルという世界にまで押し付けようとは思わない。

 ニックとの付き合いにしても、僕が元の世界に帰るには必要だと思った訳だし、彼らと出会わなければシェリルとこうして一緒にいる事もなかっただろう。まぁ、ストレンベルクと契約をしている間は、完全に黒とされるような事には手を出さないらしいし、裏の情報を得て、他の闇の組織を牽制するという意味でもそれは必要だとも思う。


「……これも貴方に差し上げます。あたしにとって大事な物ですけど、他に渡せるものもありませんから……」

「それはいいよ、さっきも言ったろう?これはライホウさんへのお礼でもあるんだって……」

「それでも、貰って下さい。それくらいしか、あたしにも出来ないんですから……」


 折れる様子のないイレーナさんにどうしたものかと考えていたが、ユイリを見て解決策を思いつく。


「……わかった。ならこれを……ユイリ!」


 そう言って僕はユイリにこの花のお守りを渡す。


「……私に?コウ、貴方、何を……」

「ラーラさんから聞いた事がないかな?清涼亭に支援してくれる、ラーラさん達が姉の様に慕っている人がいるって話を……」

「……それならラーラから聞いています。あたし達の事にも気に掛けてくれてるって……。まさか、その方が……!」


 僕は頷きユイリを紹介しつつ、


「君の大事なパラミスのお守りは彼女に持っていて貰う。そうすれば、ユイリにも君達を支援する切欠が出来るだろう?そして、それは君達が懸念するような施しにはならない……。大切な物を贈ってくるような知人を助けたいと思う事は、至極当然のことだし可笑しな話じゃない」

「……そういう事ね。だけど、それならいいわ……。イレーナに、イヴちゃんだったわね、この素敵なお守りのお礼に、私にも何かさせて貰えないかしら?ラーラ達から貴女たちの事は聞いていたんだけど……、どうしたものかと思っていたの。獣人族の中でも特に誇り高い狼人ライカンスロープ族である貴女たちやお父様が、簡単に首を縦に振る訳がないし、私の支援も受け入れて貰えないだろうと思っていたから……。私は誰にでも支援をする訳ではないわ。自分の知人や、関わりのある人じゃないと助けようなんて思わない……」


 ユイリはそのように優しく話し掛けながら、イレーナさんを覗き込むようにして目線を合わせると、


「幼い時から清涼亭には色々関りがあってね……、私にとってラーラ達は妹のようなものよ。そのラーラを、貴女が色々助けてくれているとも聞いているわ。本当に有難う……。それでも貴女がもし、支援に納得できなければ、私を助けて貰えないかしら?貴女のその狼人ライカンスロープ族特有の能力スキル職業ジョブでもって、助けて欲しいの。身元の保証人なんかは要らないわ。何よりこのパラミスのお守りが、貴女がどういう人なのかを語ってくれているようにも思うから……」

「……ユイリ、様……っ!」


 こうしてユイリの説得にイレーナさんが心動かされ、やっと心から受け入れてくれたようだった。イヴちゃんも姉の様子に安心したのか、笑顔を見せてくれるようになり、シェリルやレイアより可愛がられている姿に上手く話が纏まって良かったと一人安堵するのであった……。











(……コウ、貴方は……)


 あの後、ユイリが狼人ライカンスロープ族の姉妹を受け入れるべくいくつかの指示を出した結果、彼女たちはコウ達の滞在する清涼亭にて住まいを移す事となった。また、姉のイリーナに関しては獣戦士の素質を有していた事を活かす為、自身の直属の部下とするよう王宮にも手配をしている。

 私自身、彼女の人と成りについては見させて貰った事もあり、後で承認しておこうと思う。そして……、




『花のお守り』

形状:装飾品

価値:C

効果:運のよさ+5

   パラミスの花を紡ぎ、腕飾りとしたもの。深い祈りに包まれたパラミスの花は持ち主に幸運をもたらすとされている。




 ユイリの腕に飾られた花輪に『物品鑑定魔法スペクタクルス』を使ってみて驚いた。イレーナが紡ぎ、お守りとしたパラミスの花が、一種の貴重なアイテムとして成立させてしまっている事実。たまたまかもしれないが、道具創造アイテムクリエイト能力スキルも有しているのかもしれない。


 そして何より……、先程のコウの姉妹たちとのやり取りには心を奪われてしまった。あの誇り高い狼人ライカンスロープ族を納得させてしまったのだ。恐らくシェリルの様子から考えるに、私と同じだったに違いない。優しさだけでは絶対に説得できなかった筈である。不安そうにしていた妹も警戒心を解いて撫でられるがままだった事は、コウの持つ裏の無い態度、雰囲気に当てられたのかもしれないが……、それにしたって、このように話が纏まるというのは一種の才能なのかもしれない。


 そっと私はコウの様子を伺う。あれから場所を移し、『人智の交わり』の主催している競売会場に来ていたのだったが、少し落ち着かない様子のシェリルに話しかけているコウの姿が写った。


(……シェリルは少し居心地が悪そうね。まぁ、無理もないかしら……、彼女は自分自身が商品として、闇商人主催の奴隷オークションで出品されてしまった過去があるから……)


 掘り出し物が見つかるかもしれないと誘った競売会場だったけど、少し軽率だったかもしれない。


「さて、お待たせ致しました……。いよいよ本日最後の商品になります」


 競売を取り仕切るオークショニアの言葉に、壇上に置かれていた商品に被さっていた布を取り去る。そこに置かれていたのは……、ケースに納められていた指輪だった。


「これは最近、自由都市ディアプレイス連邦のダンジョンにて発掘された至高の逸品、『障壁の指輪バリアリング』です!魔法も込められていて『魔法工芸品アーティファクト』としての価値も高く、滅多にお目に掛かれないアイテムで御座いましょう!本日の目玉商品で御座います……、それでは、金貨1枚から参りましょう!!」

「金貨2枚!」

「金貨3枚!」

「なんの、こっちは大金貨で1枚じゃ!」


 開始の言葉より次々と入札の声がする中、私は魔力を集中させる……。


「……物の声に耳を傾け給え、我はその言葉を掬い上げし者也……『物品鑑定魔法スペクタクルス』」


 私の魔法ならギリギリあそこまでは射程範囲になる。壇上の指輪に焦点を当てつつ、小声で魔法を詠唱すると次の結果が出た。




障壁の指輪バリアリング

形状:魔法工芸品アーティファクト

価値:A

効果:身の守り+15

   身に付けるとあらゆる衝撃を和らげる事が出来る指輪。装着者の身を守るよう魔法が込められている。




(中々良い品物アイテムのようね……。これなら結構な値段になりそうだけど……)

「大金貨で3枚!」


 近くで発せられた言葉に振り向くとコウが手元の端末を操作して入札をしているのがわかった。それにしても……、


「コ、コウ……キミ、お金大丈夫なのか!?」

「……ああ、正直あんまり手持ちは無いけれど、ね……」


 話している間にもコウが『貨幣出納魔法コインバンキング』を駆使してお金を下ろしているようだったが、それを見てシェリル達も止める。


「待って下さい、コウ様っ!そ、それは持っていらっしゃる全財産では……!?」

「コウ!?貴方ねえ……、いくら何でも……!」

「……こういうのは後で買うとか出来ない物だ。今、この時を逃すと永遠に手に入らないかもしれない……。勿論、競り落とせなかったら諦めるけれど、そうでないのなら……!」


 そう言ってまた「大金貨5枚!」と新たに入札するコウ。大金貨1枚で金貨5枚分程の価値があるから、金貨25枚で入札している事になる。金貨1枚からスタートしているのにも関わらず、既に20倍以上値が高騰しているのだ。それでもまだ競っている人もいるから、何処まで金額が上がるかわからない。


(……ユイリの話では、コウは先日あの偽りの勇者殿に大金貨100枚も支払ったと聞いているけれど……。シェリルの言う通り、本当に全財産……!?)


 他の国では兎も角、ストレンベルクでは次点の入札者にも、入札した額の10%が諸経費等で支払わなければならない決まりがある。料理レシピの権利やら『王宮の饗宴ロイヤルガーデン』の給金等があったとしても、全てのお金を使い切ろうなんて――!


「金貨28枚っ!」

「ッ……なら大金貨で6枚だ!!」

「ちょっと……!本気で使い切ろうっていうの!?貴方、一体何を考えて……!」


 チラッと伺った限り、コウの大金貨は10枚で最後の筈……。後は細かい金貨や銀貨が数枚あるだけだろう。


「も、もし……プレゼントにと考えていらっしゃるのでしたら、わたくしは……!」

「……これで駄目なら……、大金貨で10枚っ!!」


 恐らく勝負に出たのであろう……、現在の金額から吊り上げる形でコウが入札する。急に相場が跳ね上がり静まり返る会場……。


「……他にいらっしゃいませんか?……それでは、大金貨10枚で落札となります!!」


 オークショニアが手槌を叩いて、そのように宣言する。すると会場から拍手が沸き起こった。


(ら、落札しちゃった……)


 結局、全ての大金貨をはたく形で落札する事になったようだが、本当にこれで良かったのだろうか。シェリルだって、きっと……。






「う、受け取れませんわ!わたくしはお伝えしていた筈です!そのような物を頂くのは申し訳ないと……!」


 落札した商品を受け取り、それをシェリルにプレゼントしようとして……、案の定そのように切り出される。拒否されたコウは苦笑すると、


「そんな事を言わずに受け取って貰えないかな?今日だって君に日頃の感謝を伝えたくて、こうして出て来ている訳なんだからさ」

「その事でしたら一緒にいられるだけで良いとお伝えしたではありませんか!それに、わたくしの為にこんな高価な物を……!」

「高価かどうかなんて関係ないさ。この指輪を見た時、ピンときた。これならきっと、君を守ってくれるって……。結果的に大金をはたいてしまったけれど、別に後悔はしていないよ。お金はまた手に入るけれど、この指輪はもう手に入らないかもしれないから……」


 コウはそう話すと、シェリルをしっかりと見つめ直して自分の気持ちが伝わる様に語り掛ける。


「……僕、知っていたよ。毎日君が魔力付与エンチャント出来ない防具に対しても、僕の無事を祈る様に祝福を与えてくれていた事は……。そんな君の想いに応える為にも、何かしてあげたいとずっと思っていたんだ」


 ……シェリル、そんな事を……。彼女のコウに対する愛情が垣間見えるような話に、改めてシェリルの想いが伝わってくるようだった。


「だから、この指輪が……、少しでも君の身を守ってくれるよう、僕の祈りも込めてシェリルに渡したいんだ。日頃の感謝の意も込めてね……」

「コウ、様……」


 そこまで言われてしまっては、シェリルも受け取るだろう。彼女だって、嬉しくない訳ではないのだ。自分の為に大金をはたいてまで手に入れてくれた物を、大好きな人から贈られて……。

 そこでシェリルはコウよりバリアリングを受け取り……、「有難う、御座います……!」と咲き誇るような笑顔で応えていた。指輪の入ったケース毎大切そうに抱きしめながら、幸せそうに笑うシェリルを見て、


(……いいなぁ、シェリル。でも、彼女は決めているから……。私には、出来ない事を……)


 彼女は、シェリルは決めている。もし、このファーレルからコウが出ていく、つまり元の世界へと戻る際に、シェリルも一緒に彼に付いて行こうとする覚悟を……。ストレンベルクの王族として、このファーレル存続の為に『時紡の姫巫女フェイト・コンダクター』を継いでいる私には決して真似できる事ではない……。

 でも……、それでも……!私は……。


(彼への想いは……、私もシェリルに負けてない……!何時か離れる運命にあったとしても、せめてその時までは……!)


 私は、私の出来る事をしよう。そう決心する。チラッとシェリルを見てみると、ケースから障壁の指輪バリアリングを取り出すと迷うことなく自分の左手の薬指にはめていたところだった。コウは気付いていないようだったけれど、それが何を意味するのかわからない私ではない。

 無意識に私も自分の左手にはめた2つの指輪に右手を当てていた。それは2つともコウより貰った指輪……、『選択の指輪』と『山彦の指輪』だ。私の……宝物。特に山彦の指輪は彼から直接貰った物で、一番大事にしている指輪である。


 因みに……、『大宇宙の指輪コスモスリング』は身に付けていない。あの人から貰った物を、持っていたくなかったからだ。

 あの人のオリビア公爵令嬢への不埒な行いについては、到底許される事ではない。そして、報告を受けている限り、被害に遭ったのは彼女だけではないようで、禁忌とされる魅了を受けてしまっている人がいるという事もわかっている。

 本来であればすぐさま勇者としての資格も貴族の称号も剥奪してしまいたいところだったが、彼の力は本物であり、下手な事をすると国民は元よりコウにまで何をするかわからないという事もあって、今は手出し出来ない状況でもある。


 もしもコウがトウヤの行いを知っていれば、恐らく今やっているような橋渡し的な事もしたくなくなるに違いない。本来ならば彼に接触を試みようとした際に伝えていれば良かったのかもしれないけれど……、コウの切羽詰まったようなあの様子に断念したのだ。これ以上コウに負担を強いる事は、自分の本意では無かったから……。


「さ、競売も終わった事だし、次のところに行こうよ。ボクもこうやって出歩くのは久しぶりなんだ。ほら、シェリルも、ユイリもさっ」

「レイア……そうだね。折角だからレンやジーニスたちのお土産でも探そうか。最も、僕もそんなに手持ちは無くなってしまったけれど、ね……」


 私の提案にコウは頷くと、競売所を後にしようとする。シェリルとユイリも続き、この後もバザー会場を見て回った。自分の決意を胸に、私はコウたちと今を楽しむのだった……。



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