第37話:デート?




「有難う御座います、リムクスさんっ!流石はストレンベルク一の鍛冶師ブラックスミス!いい仕事されてますねっ!」

「……おだてても何も出んぞ、コウよ。……今回は鋼鉄も加えて補強しておいた。全く、普及品の鉄の胸当てを短期間でここまで使い込んで、あまつさえ鉄以上の素材を加えて補強するなど……。最も、すぐに使い捨てて新しい物を求める輩よりは全然いいがのう」


 最初にこの世界に来た時にユイリより支給された鉄の胸当てをずっと治して使っていたのだが……、そろそろ限界のように感じていた僕にとって、きちんと補強されて戻ってきた事はとても嬉しい出来事だった。鍛えて貰った鉄の胸当てを身に付け、その上に使い込んでいる旧鼠のマントを纏う。旧鼠は僕の世界でいう伝説の火鼠のようなものらしく、燃えないという特性がある毛皮で編まれたマントで、鍛えられた胸当てと相まって安心できる羽織り心地に、ついホクホクしてしまう。

 そこにシェリルのところに居たぴーちゃんが再びパタパタ飛んできて、僕の肩にとまる所までが何時もの流れだ。そんな僕達を見て、熟練の鍛冶師ブラックスミスにしてドワーフ族でもあるリムクスさんがフッと笑いながら、


「しかし、よくここまで鍛えられたものじゃ。普通は壊れるかして使い物にならなくなってしまうものじゃが……」

「それはリムクスさんのお陰ですよ。リムクスさんがこうして鍛え直してくださったり、簡単なメンテナンスの方法を教えて貰いましたし……。まぁシェリルにも随分助けられてますが……」


 僕がそう言うと、シェリルも少し嬉しそうにしてリムクスさんに軽く会釈する。僕らの様子にリムクスさんも仏頂面ながらも何処か機嫌が良さそうに感じた。

 ……僕も知らなかったのだが、このファーレルにおいてエルフ族とドワーフ族はあまり仲は良くないらしい。とは言うものの、出会ったらいがみ合うというようなものではなく、出来るだけお互いを避ける程度のものであるようで、最初はシェリルをエルフ族と察していつも以上に素っ気ない態度を隠そうともしなかった。それはシェリルも同様で、幾度となくリムクスさんの元に足を運ぶ僕を遠目で見守るといった感じだったのだけど……、いつの間にか今の様に打ち解けているようになっていたのだ。


「……儂よりもそこのエルフの娘に感謝しておけ。お主のその胸当ては、もはや普及している鉄の胸当てでは無い……。お主の身を守るよう魔法で強化されておったので、ここまで壊れる事なく原型を保っておられたのじゃ。儂の技術だけではここまで鍛える事は出来んかったじゃろう……」

「それでも、リムクスさんがキチンと整えてくれたから、この胸当てがあるんです。勿論、彼女の力も大きいとは思っておりますが……」

「そうですね……。そちらの剣に施されている魔力付与エンチャントといい……、正直自信が無くなってしまう程素晴らしいものですよ、彼女の魔力付与魔法マジックコーティングは……」


 そこにストレンベルクで唯一の魔力付与士エンチャンターでもあるセオドラさんが感嘆するように話に入ってくる。


「ここまでの魔力付与エンチャントを施せる者は、この国はおろか……私が魔法を学んだ国で、ファーレル最大の魔法大国である『魔法学園都市ミストレシア』でも中々お目に掛かれないのではないですかね……。古代魔法文明アルファレルにあった失われた魔法、『永続魔力付与魔法エターナルエンチャント』にも匹敵するかもしれませんよ」

「そんな……、買い被りすぎですわ、セオドラ様……。本来ならばわたくしごときが出しゃばらずに、本職であられるセオドラ様にお任せするのが一番ですのに……。本当に申し訳御座いません……。ですが彼の……コウ様の物に関しては、どうしてもわたくしの手で施して差し上げたくて……」


 今度はすまなそうにするシェリル。そんな彼女を見て、セオドラさんが慌てた様に、


「とんでもない!私よりも貴女の方が質が高いのは事実なのです!……お恥ずかしい話、むしろ私の方が貴女に教えを請いたいと思っているくらいですから……」

「……本当にシェリルは凄いよ。魔法使いとしても、ボクよりも優れているんじゃないかな?正直、羨ましいよ……」


 続く様にレイアも加わり、シェリルの事を褒め称える。それを聞いてシェリルはますます恥ずかしそうにするのだが……、そんな彼女の姿も可愛いと思ってしまう僕も大分やられてしまっているのかもしれない……。


 ……ここは、職人ギルド『大地の恵み』。僕は何時ものように、自分の武器や防具の具合を診てくれるリムクスさん達の仕事ぶりを見せて貰いながらも、別の用件も抱えてやって来たのだ。最初はぶっきらぼうだったリムクスさんだったが、足繁く通って武器や防具を短期間に痛めつけては、鍛えて貰うのを繰り返す内に、色んな事を話す間柄となった。

 そんなだからこそ、トウヤとの間で色々揉めているらしい事も段階的に聞いてはいたが……、職人ギルド『大地の恵み』全体を巻き込んでいるとはユイリに聞くまでわからなかった。それも……、相当無理難題を押し付けているとも……。


 何時だったか、この鉄の胸当ての扱い方ひとつとっても、お主と奴とでは雲泥の差じゃ、などと言われた事もある。何でも彼はどんなものも余り長く使う様な事をせず、より良い物ばかりを追って、一つの物を長く使い続けるという概念がないらしい。それについては、ガンブレードのチェーンソー部分……、いわゆる振動する刃の部分を使い捨てのように扱うところからも現れている。

 リムクスさん曰く、物を大切に扱えない者に自分が何かしてやろうとは思えない、との事だ。そろそろもう一つの用件について話をしようかというところで、今まで黙っていたユイリが僕の胸当てについて話し掛けてきた。


「でも、この胸当ても貴方に使って貰えて幸せだと思うわよ?リーチェから聞いた話だと、貴方と来たもう一人の方は、初日に胸当てを売ってしまったらしいから……」

「それはあのトウヤとかいう男の事か?あの男は……、勇者だか何だか知らんが物の大切さが分かっておらん!毎回毎回、無茶な事をほざいていきよるし……、そこまで言うのなら自分がやれと突き付けると役割放棄だ等とぬかしよる……。本当にどうしょうもない男だ……!」

「……彼には参りましたね。おまけにガンブレードというものを提案するのはいいものの、その動力に魔力素粒子マナで補えと言って方法はこちらに丸投げなんですから……。でんりょく?というエネルギーに還元しろと言われても、何をどうすればいいのかわかりませんよ……」


 わーお……。これはまた、随分と無茶を言ったみたいだ。リムクスさんとセオドラさん、それぞれこの職人ギルド『大地の恵み』の中でも中核を担う方達から不満の声が次々と出てくる。しかもリムクスさん達だけではなく……、


「……わたくしもあの方とコウ様が接触を持たれる事は反対です。コウ様を使ってやるなどと……、それに言動もその……、ケダモノのようで、とてもコウ様が付き合われるような方では……」

「ボクも正直なところシェリルと同意見だよ。何度か会った事があるけれど……、とても勇者とは思えない。むしろ、勇者だと触れ回ってそれを免罪符に好き勝手しているようじゃないか。もし彼が本当に勇者だとしたら、世も末だよ……」


 ……まさか狙った訳では無いだろうけど、ユイリの一言が切欠でトウヤから預かってきたガンブレードの件で話すタイミングを失ってしまう。でも、シェリルといい、レイアにまでここまで言わせるなんて……。一体何をやらかしたんだ、あの男は……。こんなの普通有り得ないぞ……。


「ん……?なんじゃ、その武器は……?まさか、あの男のガンなんたらとかいう奴か?」

「……ええ、彼がリムクスさん達に随分と迷惑を掛けているようですから。少し見かねて僕の方で折衷案を探そうとした訳なんですけれど……」


 余程トウヤが嫌なのだろうか、彼の考案したガンブレードを見るなり、最初の頃のような仏頂面に戻ってしまうリムクスさん。一緒にいるセオドラさんも微妙な表情をしている。僕は内心溜息をつきたくなる気持ちを抑えながら、


「……リムクスさんがこの武器に嫌悪感を示されるのは、この使い捨て感が溢れる点ですよね?その改善策ですが……、替え刃にするという方策を出来るだけ取らなくて済むように強化するよう魔力付与魔法マジックコーティングするのはどうでしょう?それにマルクスさんなら、出来る限り刃こぼれするのを防ぐべく、ストレンベルク一と言われる技術でその問題を解決する事も出来る筈です。そして、恐らくセオドラさんに押し付けられていたエネルギーの問題ですが……」


 こうして僕は、ひとつひとつリムクスさん達と折り合いをつけながら、先日トウヤにも伝えた電力を産出できる輝石を渡し、自分の知る限るの電気の知識を伝え、その上で輝石を装着して生活魔法で上手くコントロールする方法を模索してゆく……。


 この国で一番の技術を誇るドワーフ族のリムクスさんに、シェリルを除けば唯一魔力を付与できる王国付きの魔術士にして、狼の獣人族であるセオドラさん。元々優秀なお二人には僕が提案した話でその完成形が見えてきたのだろう。漸くその重い腰をあげて、その改善に動いてくれる。


 他の職人も呼び、作業を開始し始めた彼らの邪魔にならぬよう、そっと出ていこうとした僕らに、


「……これでも持って行け。どうせ儂らが持っていても、使う機会もないからの」

「まぁ……作業の切欠をくれたお礼と思って受け取って下さい」


 そう言って渡してきたいくつかの券を受け取る。それを見て僕は、


「『PT変換券』……?これは……」

「魔法屋や商人ギルドにあるポイント交換屋ショップで使えるものじゃ。お主もギルドに席を置いている以上、カードを持っておるじゃろう?そのギルドカードに記録されたポイントに追加させる変換券じゃよ」

「本来、我々にも付帯されるものなのですけれど……、あえて他の方に渡せるようにこうして変換券にして貰っているのです。ポイントは中々貯まるものではありませんし、少しでもその足しにして頂ければと……。ポイント交換屋は利用された事はありませんか?普通の交換屋はこの『大地の恵み』にもありますけど、アイテムのラインナップは比べ物になりませんからね……」


 ギルドのポイントって、確かお金では購入できないんだっけ?中にはそこでしか手に入らない貴重な武具やアイテムもあるって話も聞いた事もある。何年ギルドに席を置いていても購入できないって嘆く人もいるらしいし、あくまでこれはリムクスさん達の気持ちだろう。


 因みに……、セオドラさんの言う交換屋は職人さん達が使われなくなった武具を鍛え直し、独特の改良をしたアイテムを、自分達の持ち込んだアイテムとを交換してくれるところだが……、その交換には倍の価値があるものとでしか交換する事が出来ない。ただ、その価値を決めるのは職人さんであるので、要はその人に気に入られれば交換は簡単に成り立つ。


 僕の壊れた銅の剣に価値を見出したとして、リムクスさんとセオドラさんの作品でもある『氷のブーメラン』を代わりに渡された時は内心戸惑ったりしたものだ。『こんな短期間に何年も使い込んで壊れたような味を出した剣など中々お目に掛かれない』だなんて言っていたが、実際は彼らに援助して貰っているようなもの。

 ……本当にこのお二人には、世話になっている。


「有難う御座います、リムクスさん、セオドラさん!」

「……これは上手く仕上げて置いてやる。じゃがこれはお主の為では無い、少し儂の気が変わっただけじゃから思い違いはするでないぞ」

「相変わらず素直ではありませんね……。しかし、ここまで改善策を示してくれたのです。貴方の顔も立てて、しっかりと仕事させて頂きますよ」


 まるで一昔前に流行った特定の性格のテンプレートのような事を言うリムクスさんに苦笑しつつも、有難くそれらを受け取って『大地の恵み』を後にした……。











「そういえば……先日はコウを随分と追い詰めてしまったようだな。王女も随分気にしてたよ。本当にすまなかった……、ボクからも謝らせてくれ」

「……レイア、君が謝る事じゃないよ。勿論、王女殿下にもね。あれは……自分の問題で、僕が割り切れなかった事が原因さ。だから、僕の方こそ謝らなければならない……」


 本来この世界を救うべく召喚された僕が、勇者になる事を拒んでいる事も含めて……、レイア達には謝らないといけない。最も、僕も自分の意思でファーレルに来た訳ではないし、元の世界に戻りたいと願う事は可笑しな事ではないとも思っているが……、ここまで世話になっている王女殿下やシェリル、ユイリ達に何も返すことも出来ずに帰還するというのも違うと感じている。

 ……それに、もしこのまま元の世界に戻ったとしても、一生後悔する事になるだろう。


「……まだ気持ちの踏ん切りがつかない僕を慮ってくれているのもわかってる……。深く聞かないでくれている君たちの気持ちに甘えてしまっている事も……。だから、それについてはちゃんと話すから……、もう少し待っていて貰えると有難い……」

「……それは別にいいわよ。でも、この間の件だけははっきりさせておいて欲しいわね。貴方、あの勇者と触れ回る男に力を移す云々言っていた事……、あれはどういうつもりなの?貴方のどんな力を彼に移そうとしているのかは聞かないけれど……、それだけはこちらとしても看過できる事ではないから」


 ユイリはそう言うと僕の方をジッと覗き込んでくる。……余程トウヤとの話が彼女の中で引っかかっているのだろう。

 あのトウヤという人物は想像以上に評判の悪い人物だった。初対面の、それも男性不振ぎみであるシェリルに迫ったり、強引に自分のものにしよう等と……。僕が向こうの世界に戻っていた時も、色々とやらかしていたようであるし、僕もいい加減に覚悟を決めなくてはならないのかもしれない。


「彼との話の件についても……、君達に悪いようにはしないから。今、僕がやっている事だって、別に彼の為にしている訳じゃないしね」

「……あら?そうでしたの?わたくしはてっきり、あの方の手助けをされているように思えたのですが……?」


 若干トゲのあるようなシェリルの物言いに苦笑いする。恐らくは僕がトウヤに使われているような形で動いているように見えるのだろう。そして、彼女はそれを快く思っていない……。実際に僕がトウヤの発案した問題点を改善している事は間違ってはいないが、それが全てという訳ではなく……、僕はシェリルの言葉を訂正するように続ける。


「……正確には彼のやった事の尻拭い、かな?あの『ガンブレード』は、彼の持ち込んだチェーンソーに、元々この世界に伝わっていた技術を組み合わせた物だったけど……、拳銃ピストルの方はそうはいかない。あれは……この世界の技術を数世代進んだ物だったから……」


 このストレンベルクでは余り普及してはいなかったみたいだが……、『銃』という技術、概念はこの世界にあったらしい。この国より北に位置する大国、イーブルシュタイン連合国には、日本にいた際に歴史で習った火縄銃、それもフリントロック式に近い銃が使われているらしく、それを知っていたリムクスさんがトウヤの注文に対し、その銃に振動する刃を組み込んで上手く一つの武器に仕立て上げたようだ。

 だが、トウヤの持ち込んだ拳銃ピストルはオートマチックの自動式拳銃だ。この世界には存在しない、数世代先の技術である為、その取り扱いには注意を払う必要がある。便利だからと段階を超えて技術等を伝える事は、この世界にとって必ずしもプラスになるとは限らないと思うからだ。


(全く、リムクスさんは天才だよ。一を聞いて十を知るではないけれど、彼らにとっては数世代先の技術を、見ただけで理解してしまったようだからね。だけど、それが良かった事かどうかはわからないけど……)


 もっと言ってしまえば……、僕たちの世界が歩んできた歴史だって、正しく進歩してきた結果とも思えないのだ。いずれ開発されてしまうかもしれないとはいえ、核技術といった世界を滅ぼしうる力を人が手にする事は果たして良かったのかと思わずにはいられない。


「……彼はその辺を勘違いしているみたいだけれどね。あの拳銃ピストルやその弾丸一つとっても、今までこの世界に存在していた銃の常識をひっくり返してしまうくらいの技術の結晶なんだ。一足先にその技術が伝わってしまった以上は、正しく出来る限る混乱が起こらない様、僕が知る限りで周知していかないと駄目だと思うから……」

「ですが……、それをコウ様がなさるとしても、今の時点でされることはないではありませんか?このままでは、コウ様が考えておられる事も含めてあの方の功績となってしまいます。……このような時は、まず問題を提起させて、どうにもならなくなった後にコウ様が介入なされた方がよろしいのではないでしょうか?」

「……そうね、これも何回も言っている事だけど……、誰が何を成し遂げたのかを正確に伝えるのはとても大事な事なのよ。今のままなら貴方が何をしたとしても、全て彼がやった事になってしまうわ。それはこの国にとっても、そして彼にとってもいい事だとは思えないけど……」


 ……彼女達の言う事は尤もだ。本当ならばシェリルの言う通り、トウヤでは改善できないとはっきりした時点で介入すべきだとも思う。今の僕は単純にトウヤからの依頼というか、その延長線上で対応している為、改善したとしても全て彼の功績となってしまう。それが、シェリル達にとっては容認できない事なのだろう。


 なによりも、トウヤの功績になるという事がかなりネックになっているようだ。ユイリを始め、フローリアさん達から聞いていたけど、実際に会ってみて関わり合いになりたくない人物という事はすぐにわかった。1回会っただけのシェリルがこんなに拒絶反応を示している事からも伺えるように……、権力を持たせたらとんでもない事になりそうなのは目に見えている。


 ……そんな男であっても繋がりを完全に断絶できないのは、元の世界に帰還する為の僕の事情によるものである。嫌いな相手であろうと上手く付き合っていかなければならない事なんて生きていく中では普通にあるものだし……、もしかしたらトウヤが勇者に相応しいような人物になるかもしれない。まぁ、今のところはその兆しは見られはしないが……。


(僕だって……、アイツの事は嫌いだよ。初対面だったシェリルを抱き寄せて無理やりキスしようとした時、思わず剣に手を掛けてしまったし……。バレなかったから良かったけど……)


 シェリル達に同調し、トウヤを拒絶したい気持ちはあるけれど、グッと我慢して僕は彼女たちに答える。


「……君たちの言う事はわかるよ。それが間違っていないという事も……。だから、彼の事については慎重に見極めるよ。勝手に自分で判断する事もしない。ちゃんと君たちの話は聞く様にするから……、今は僕の行動を見守っていてくれないかな……?勝手な事を言っているのは承知しているんだけど……」

「……そこまでおっしゃられるのでしたら、わたくしはかまいませんわ。ただ……コウ様、先程も申し上げたが、彼は貴方の付き合うべき方ではないという事だけはご承知おき下さい」

「そうですね……。姫の仰る通り、彼が勇者に相応しくない人物という事も断言できるわ。だから、もし彼が本当に勇者だったらと思うとゾッとするし、力を彼に移そうとしている事も看過できないのよ」


 ユイリにここまで言わせるなんて……、アイツは一体何をやったんだ……?もしかして、まだ僕の知り得ないトウヤの悪行でもあるとでもいうのか……?何か知るのが怖くなってきたんだけど……。

 ユイリ達の物言いに対して戦慄している僕に、レイアが気を紛らわせるように声を掛けてきてくれた。


「ほ、ほら!そうこう言っている内に着いちゃったぞ!コウ、ここが商人ギルド、『人智の交わり』だ!」


 助け舟を出してくれたレイアに感謝しつつ、僕は向かっていた目的地である商人ギルド『人智の交わり』を眺める。闇商人であったニックとのやり取りの為に、王城ギルド所属の自分の名で色々便宜を図って貰っていたのだが……、こうして訪問するのは初めてだ。

 建物は冒険者ギルドと同様に一際大きな造りとなっており、その入り口には人々が商談しているような様子が描かれた看板が掲げられている。レイアが僕に代わって扉を開けてくれたところ、


「いらっしゃいませ、『人智の交わり』にようこそお越し下さいました!」


 ギルドに入るとすぐに受付のカウンターがあり、入ってきた僕たちにそのように気持ちのいい元気な声が響く。それぞれギルドとしての役割が違うからなのか、若干ギルド内の間取りも異なっているようだけれど、それにしても……、


「……?どうかなさいましたか、お客様?」

「……コウ、初対面の女性をそんな風にまじまじと見るのは感心しないわよ?」

「え……、ああ!ごめんなさいっ、そんなつもりは……!」


 つい声を掛けてくれた女性に見入ってしまっていたようだ。慌てて謝る僕に、


「……最近よくこんな事がありますね。女性に見惚れてしまう事がいけないとは申しませんけど……」

「……そうなのか?コウ、いくら彼女が可愛いとはいってもだな、流石にボク達もいる中であからさまに……」

「ちょっ!?違う違うっ!僕が気になったのは……!」


 シェリル、レイアにまでジト目で見られ勘違いされている事に気付き、あたふたしながら弁解する。

 僕にだってシェリル達と一緒にいるのに他の女性に目移りするなんて事はこの上なく失礼だってわかっているし、そんな事をするつもりは毛頭ない。何とかわかって貰えるように必死になっていると、僕の肩にとまっていたぴーちゃんが静かに飛び立ち、パタパタと受付の彼女の所に羽ばたいていき……、


「わぁ……、可愛い小鳥ちゃん!フフフッ……」


 ぴーちゃんが自分の指にとまって嬉しそうにする受付の彼女に、僕の感じていた違和感の正体がわかったような気がした。そこで受付の彼女に向き直り、コホンと一息つくと、


「……間違っていたらゴメン。君はまだ中学生……というか、子供じゃないの?随分大人びているようだし、成人しているように見えなくもないけれど……」


 ……そう、僕が気になったのは彼女の年齢だ。大人っぽい雰囲気があるし、大学生といっても通用する体型もしているけれど……、どこかまだ子供っぽいあどけなさも残っているようにも思える。受付嬢としても美人というより、可愛いと言った方が似合う事もあって、まさか子供がこのように働いているのかと思わず凝視してしまったのだ。

 ついジッと顔を見入ってしまって、恥ずかしそうにしている彼女に申し訳なく思いながらも、僕がそのように問い掛けると、


「は、はい……、私はまだ14ですので、子供と言われてしまうとそうだとしか……。男性ならギリギリで大人と認められる年齢かもしれませんが、私は、まだ……」


 やっぱりそうか……。彼女の言葉を受けて、間違ってはいなかったとホッとするも、この国では子供でもこうして働くものなのかと内心では驚いていた。

 元の世界でも昔は元服といって、11~16歳位で一人前の大人として扱われる風習があったようだけれども……。そんな感じで驚いていた僕に、


「うん?コウの居た世界では子供が働く事はなかったのか?少なくともこのストレンベルクでは、その才能に応じて職に就く事は普通の事なんだけど……。ボクも彼女位の年齢で魔法の研究職に就いていたし……、ユイリだってそうだろ?」

「まぁ、そうですね……。でも、彼女のような年齢でギルドのコンセルジュを務めるというのは異例な事だとは思いますよ。仕事内容を理解していなければとても就く事が出来ない職業ですからね、コンセルジュは……」


 ……成程ね、ここでは割と自然な事だったか。しかし、こんな子供の内から働いているなんてな……。一見すると、彼女は子供には見られないかもしれないし、体付きはもう大人と言っても過言ではないけど……。そんな事を考えていると、僕を伺っていたのかシェリルより苦言を呈してきた。


「……コウ様、女性は視線には敏感ですから……、何を考えていらっしゃるかわかってしまいますからね。……申し訳御座いません、彼に代わってお詫び致しますわ……」

「えっ!?いや、ちょっと待って!?僕、別に変な事は考えていないよ!?」


 そりゃあ少しは年齢に似合わない彼女の体付きにセクシーさを感じていたのも事実だけど……!だけど、それはあくまで少しではあるし、男としてそれくらいは仕方がないというか……!

 ……なんかシェリル、今日は珍しく僕に厳しくないか?最も、本当は先日の『泰然の遺跡』でシェリルと約束した買い物に出ようと誘って出てきていたのだけど、ついでに済ませてしまおうと職人ギルドや商人ギルドに寄った結果、レイアとも合流した事により何時もの外出と変わらなくなってきているのもあるかもしれないが……。ん?もしかして、それが原因か……?


 そんな僕たちの様子を見て、クスクスと笑っていた受付の女の子が、


「フフッ、いいんですよ。年齢に似合わない事をしてるなぁって自覚はありますしね。たまに余所の方から『ガキの癖に』とか『いい体してるじゃねえか』等と不埒な事を言われる事もありますから……。それでも私にこんな素敵な仕事を任せて頂いているこの国には感謝しかありません」

「何を言っているんだ!君の歳でそこまでしっかり仕事をこなしてくれている人は中々いないんだ!こちらこそいつも助かってる!そんな事を言うヤツはボクが……!」

「落ち着いて下さい……。でも、貴女が立派に仕事をされているのは皆が認めるものです。このレイアの言葉ではありませんが、貴女を誹謗中傷するような輩がいたら仰って下さい。……コウ、貴方も気を付けなさい?女性に年齢を訊ねるのは、基本的に失礼に当たるからね」


 うぅ……、わかっているよ。僕とした事が、かなりの失態を晒してしまった……。シェリル達からの視線を痛く感じていると、


「これこれ、ジェシカ。その辺にして差し上げなさい。彼はこの『人智の交わり』で多大な貢献をして下さっている方なのだぞ」

「あ、お父さん……いえ、ギルド長、申し訳御座いません。それではこの方が……」


 髪をオールバックにして背広のような物を着こなした壮年の男性が奥からやって来ると、そう言って彼女を窘める。その男性を父と呼び、話を聞いて何処か尊敬するように僕を見てくる少女だったが……、正直なところピンとこない。

 そもそも、僕がこの商人ギルドにやって来たのは初めての事だ。彼らとも初対面であるし、貢献なんてしている筈も無い。誰かと間違えているのではないかと思ったところに、ギルド長と呼ばれた男性は軽く一礼してきたのだ。


「直接お会いするのは初めてですな、コウ殿。わたしは商人ギルド『人智の交わり』の責任者をやらせて頂いております、マイクと申しますぞ。娘が何か失礼をしてしまったかと慌ててこちらに参りましたが……、ホッと致しましたぞ」

「……ご丁寧な挨拶、痛み入ります。私はコウと申しますが、そちらに何か貢献したとの事……。正直、身に覚えがないのですけど、他のどなたかと勘違いをなされているのではないでしょうか?」


 そのように答える僕にギルド長であるマイクさんが笑みを深めると、


「いえいえ、貴方様で間違いありませんぞ。裏社会でも名の通っている闇商人に表の流通経路を荒らされぬよう間に入って上手く調整して頂いているばかりか、貴方が考案された数々の特許やレシピの公表も特に条件も付けず、ほぼ我々に委ねて下さっているではありませんか!貴方のお名前は『人智の交わり』において知らぬ者はおらぬほど、広く知れ渡っておりますぞ!」


 ……フローリアさん、だな。色々と便宜を図ってくれる白髪の女性の姿を思い浮かべ、苦笑するしかない。気が付くとジェシカと呼ばれた目の前の少女だけでなく……、ギルド内に居た他の職員も僕らの方を見て「あの方が……」なんて言っているのが聴こえてくる。

 王城ギルドに登録させて貰っている僕は、この国にある冒険者ギルド、職人ギルド、そしてこの商人ギルドにおいて、ある程度の顔が利くようになっているらしいが……、どうも僕の想定以上に利きすぎているようだ。


 最も、顔が知れ渡っている方がこれから進めなければならない職人ギルドとの橋渡しについて、円滑に行えそうであるから都合がいいのかもしれないけれど、何処かやりすぎのような気もしないでもない。


「……むしろ、こちらが貴方方にご迷惑を掛けてしまっていると思いますよ。闇商人が表の世界に介入してくる事は、商人ギルドにとっては死活問題になりかねないのではないですか?それを……」

「なに……、今までも介入自体はあったのですよ。王国で目を光らせて頂いているお陰で表立ったものはありませんでしたが……。コウ殿がそこに手綱を握って下さったので上手く線引きは為されておりますし、本当に感謝しております。それに、新型の武器の件で職人ギルドとの兼ね合いも担って頂いているとか。あの気難しい事で知られるリムクス殿にも一目置かれているという事で、頼もしい限りですぞ!」


 ……なんか、物凄く信頼されているような……。ギルド長自らがここまで褒め称えてくるとむず痒くなってくる。


「まぁ、出来る限り手は尽くしますが……、あまり期待されても……」

「コウ殿ならば大丈夫ですよ!宜しくお願いしますぞっ!いやー、是非ともコウ殿とはお近づきになりたいと常々思っていたのですよ。どうです?ウチの娘を嫁に貰っては頂けませんか?」

「お父さんっ!勝手な事を言わないで!コウさんにも悪いし、それに私には……」

「あの小僧の事か、ジェシカ。幼馴染とはいえ、それ以上の想いを持つ事は止めておくよう常々言っておるだろう!アレは冒険者として生きていく事にしたのだ。お前にはもッと良い男を探してやると……」


 ……駄目だな、これは……。何やら始まってしまった親子の言い争いに、僕は諦めて溜息をつくと、リムクスさん達から頂いた『PT変換券』の事を思い出し、それについて聞いてみる。「それなら……」とジェシカちゃんがぴーちゃんを連れながら案内してくれ、奥に入った先の扉を潜り部屋に入ると、魔法屋に入った時と同じ感覚のする部屋へと通された。


「ここがポイント交換屋ショップです。コウさんはご利用は初めてですか?」

「ええ、そこそこポイントは貯まっていたんですがね……」


 とりあえず貰っていた『PT変換券』をどのように使おうかと思っていると、全部僕のポイントへ加えていいとの事。それならばと視覚化されたパネルのようなものを操作してアイテムを変換すると、『70629 pt』と表示される。なんと、このPT変換券、30000pt分の価値があり、一気に自分のポイントが加算された。


「……かなり良さそうなアイテムがラインナップされてるね。名前を見ただけでも強そうだと判断できるし……」

「その分、高めにポイントが設定されているけどね。魔法空間に納められているものだから、それこそ伝説級の武具が期間限定で現れたりもするわ。そんな時の為にポイントを貯めている人も多い筈よ」


 へえ、期間限定で入れ替わるんだ。一応、自分のポイントでも交換できそうなアイテムもあるけれど、それならばもう少し貯めておいた方がいいかな?

 それならば一通り見てみようかと、僕は武器や防具等をザっと目を通していく……。


三日月刀シミターにカトラス、それにショーテルね……。剣だけでも色々と種類があるんだな……。短剣や両手で扱う剣なんかも何種類もあるようだし……」

「この世界に元々伝わっている物もありますけれど、やはり異世界よりやって来られる勇者様や転移者の方から受け継がれる物もありますわ。様々な技術、思想が混ざり合い、新たな文化として登録される物もあります」


 そうシェリルが補足してくれる。成程、新しい文化か……。その文化が生みだしたとされる数々のアイテムを見て回って、ある高額なポイントとの交換を要求する武器へと辿りつく……。




虹彼方にじのかなた

形状:武器<刀>

価値:SS

効果:虹を構成する七色に輝く成分のある金属で打ち出した日本刀。その美しい見栄えと共に、抜群の切れ味を保証する、名のある刀工が完成させた奇跡の一振り。


交換:77777777 pt




「7千万ポイントって……、こんなの絶対交換できないんじゃ……」

「ああ……、その刀はこのポイント交換屋ショップの目玉になっている武器よ。期間限定で入れ替わる物ではないわ。噂だと和の国にいるという転移者の鍛冶師が打ったとされているけれど……、もう何年も前からこのように展示されているようだし……」

「未だ交換した者はいないとされてますね。でも、短期間に7万ポイント以上集めたコウさんなら、交換も夢ではないかもしれませんよ!」


 ユイリの言葉を受けて、ジェシカちゃんがそのように僕に声を掛けてくる。


(……とはいっても、約千回以上もこのペースでポイントを貯められるとも思えないな。まして、そのポイントの内、3万は貰いものだし……)


 どう考えてもこのアイテムが手に入るとは思えない。それよりも気になるのは、説明に『日本刀』と記載されている事と、ユイリの言った『転移者』という言葉……。

 そういえばフローリアさんも話していたか、「不意の事故か何かでこの世界にやって来られた転移者」と……。まして、日本刀を打ったというくらいだから、その人は日本からやってきた人物なのだろう。


 もし本当に『転移者』という人が居るのであれば……、その人はこのファーレルの住人ではない。それならば、別にトウヤに勇者の力を移したりしなくても、その『転移者』という人を探した方がいいのではないのか……?


「ユイリ、その転移者の鍛冶師って……、今もその和の国というところにいるのかな……?」

「え?うーん、どうかなぁ……。さっきも言ったけれど、その『虹彼方にじのかなた』って刀がここに登録されたのは相当昔の事なのよ。だから、今も居るかどうかはわからないわ。ただ、和の国では伝説とも云われる鍛冶師ブラックスミスがいるという噂は聞いた事があるわね」

「……和の国が秘匿しているっていう人物の事?ボクも聞いた事があるなぁ……。だけど、誰も見た事が無いんだろ?あの国に詳しいユイリがわからないんなら、多分眉唾物なんじゃないかな……」


 レイアの言葉を受けて、思わず唸ってしまう僕。そう上手くはいかないか……。とりあえず話を切り上げて、この奇妙な感覚のするポイント交換屋ショップを後にする。


「あ……、コウさん、これ使って下さい」

「ん?ジェシカちゃん、これは……」


 戻って来る途中に思い出したとばかりにジェシカちゃんが何やら券のような物を取り出し、僕らに渡してくる。何か職人ギルドでも同じことがあったようなと思っていると、


「福引券です、この『人智の交わり』にいらっしゃった方にお渡ししているものなんですよ。……まぁ、全員に配っている訳じゃないんですけど……」


 それでも皆さんにはとニコニコしながら1人1人に福引券を渡してくれた。どうやら1人1回は引けるらしい。


「福引所もこの『人智の交わり』にありますから……、こっちです!」


 プラチナブロンドの髪を揺らしながら付いて来てと言わんばかりに案内してくれるジェシカちゃんに元気だなぁと思いながら後に続く。同じ受付嬢でも落ち着きのある『天啓の導き』のサーシャさんとはまた別の感想を抱きつつ、年相応の元気良さに僕は微笑ましく感じていた。

 やっぱりギルドの顔というか、華となる看板娘には違いない等と考えていると、福引所のあるところに着いたらしく、そこに戻っていたマイクさんが声を掛けてきた。


「おや、ジェシカ……。コウ殿、ポイント交換屋ショップはもういいのですかな?」

「ええ、元々どんな物があるか確認しにいっただけですので……、それよりこちらで福引が引けるとの事ですが……」

「こっちです、コウさん。ここで引けますよ!」


 これは元の世界にあったものとほぼ同じものだな……。見慣れた福引抽選器、通称ガラポンを見てなんとなくホッとしつつ、それぞれ一人ずつ引いていく。シェリルとレイアが外れ、参加賞として回復薬ポーションを貰い、ユイリが4等の双六券を当てていた。何でもこの双六券、カジノにある等身大の双六で……、参加者が駒のように進めるという、ゲームの世界にあるようなもののようで、今度使ってみたらと彼女が渡してくるのを受け取り、思わずギュッと握り締めてしまう。


 いよいよ僕の番か……。こういうの、あんまり当たった事ないんだよな……。期待しないで適当にガラポンを回すと、何やら銀色に輝く球が出てきて……、


「おおっ、1等ですよ!?おめでとう御座いますっ!!」

「1等だって!?久しぶりだな、凄いじゃないかっ!」


 ……なんか、1等が当たったらしい。前から思っていた事だけど、僕、運が良すぎないか……?これも、絶対強運や運命神の祝福等の効果なんだろうか……?

 そう思っている僕に、職員の人が首飾りのようなものを持ってくる。


「これが1等商品、『魔力素粒子マナのペンダント』です!お受け取り下さい!」

「どうも……」


 受け取ってすぐに評定判断魔法ステートスカウターで鑑定してみると、




魔力素粒子マナのペンダント』

形状:装飾品

価値:B

効果:魔力の素となる魔力素粒子マナが集まって結晶化したものを首飾りにした装飾品。使用すると身に着けた者の魔力を微量ながら回復させる事が出来る。結晶化した魔力素粒子マナが崩れるまで使用する事が可能。




 こんなアイテムが確かゲームの世界でもあったな……。複数回使えてMPを回復させる某指輪なんかが……。

 色々考えた結果、僕はこれをレイアにあげる事にする。


「……コウ、これは君が当てたんだ。君が使いなよ」

「僕が使う事も考えたけど……、あまり使い時が無いと思うんだ。僕の魔力が尽きそうな時は、大体シェリルが魔力譲渡魔法マジックギフトで回復してくれるし……、いざとなったらこのストアカタログから魔法薬エーテルを取り寄せればいい……。それならレイアが持つのが一番良さそうだろ?」


 遠慮するレイアに尚もペンダントを渡そうとするも、


「そもそも……、ボクがここに居ていいのかとも思ってたし……。今日は、シェリルと出かける約束だったんだろ?それなのに……」

「……いいんだよ、君にも本当にお世話になってるんだから。王女様との橋渡しもしてくれて……、有難う、レイア」


 そう言って感謝の気持ちと共に、固辞するレイアの首元にそっとペンダントを掛ける。流石に掛けられたソレを取り外してまで返そうとは思わなかったようで、レイアははにかみながらも受け取ってくれた。

 ただ、今日の本来の目的はシェリルの気に入りそうな物を見つけてプレゼントする事にある。そこで僕はここへ来た用事を済ませるべく、ギルド長のマイクさんと新武器の導入と流通について話をしようとした時、


「これって……、カードダス?隣の筐体はガチャだと思うけど……」

「その通りですな、それはカードダスであっておりますぞ」


 懐かしい筐体に関心を持ったところに、マイクさんが説明してくれる。このストレンベルクの人物たちをスフィアに投影してカード状にしたものを販売しているようだ。1回銅貨2枚で、殆ど僕の知るカードダスと一緒で、それに特別な効果といったものはなく、主に広報活動の一環であるらしい。


「ただそのトレーディング性に、カードを集めている者もチヤホヤおりますぞ。やはり中々出にくいカードとかもありましてな、中には金貨を出してでも手に入れたいカードもあります。何を隠そう、わたしも偶に引いておりましてな、若干中毒性もあるというか……、本当にコンプリート出来るのかも分からない程に種類も沢山ありまして……」

「それは……、なんとなくわかります。僕も中途半端に手に入れてしまうと、全部集めたくなってしまいますから」

「おお、コウ殿もわかりますかっ!気が合いますなあ……」


 どれ、ちょっと僕も引いてみるかな。お金もガチャの時ほど高くないみたいだし、とりあえず3回程……。そうしてガチャガチャとレバーを回しながらカードを引いてみると……、


「なっ……!?コウ殿、そのカードは……、もしかして……!!」


 僕の引いたカードに息を吞むマイクさん。それもその筈、僕が引いたカードは見ただけでどれも当たりとわかる程特別な加工が施されているものであった。


「こ、この国の王女殿下にして、一番価値のあるレイファニー様のカード……!本当に封入されているのかと集めている者達の中では疑問視されていたもので、わたしも見るのは初めてですぞ……!しかも、残りのカードもまた凄い……。大公令嬢でありながら国々を鼓舞してまわるストレンベルクの至宝と呼ばれ、歌姫であるソフィ・カッペロ・メディッツ嬢!さらには、そちらにおられるユイリ殿のカードですか……。彼女のカードにはさらに特殊な加工が施されているみたいで、表面の部分を捲るとその裏面には潜入捜査をする出で立ちのユイリ殿の姿が描かれているとか……」


 ふうん、そうなんだ……。ちょっと興味が出て、ユイリのカードを捲ってみようとして……、他ならぬ彼女に止められる。

 

「捲らなくていいわっ!捲ったら……わかっているわよね?コウ……!」

「わ、わかったから、その手に握った刃物は下ろしてよ、ユイリッ!」


 余程恥ずかしい姿でも写っているのか、断固として捲る事を是としないユイリ。いいさ、一人になった時にゆっくり見て……ってそもそも一人になる時なんて僕にあるのだろうか?


「高価なカードが固まっているのか……?なら次のカードは…………やはり何時もと同じく名も知らぬ男の兵士のカード……。な、なぜ連続してそんな伝説級のカードが排出されたのだ?まさか、コウ殿が引いたから……?」

「いや……、流石にそれは無いと思いますけれど……」


 偶々、そんな凄いカードが固まっているところに僕が引いただけだろうとは思う。試しにもう一度カードダスを引くと、次はマイクさんと同様、兵士というか冒険者風の格好をした男の子のカードを引いたようだった。


「ほら、見て下さい……。僕もマイクさんが引いたカードと同じようなものです。見習い冒険者、名前は……アルフィーというのかな?」

「えっ……!?」


 僕の声に反応してそのカードを覗き込んでくるジェシカちゃん。どうしたんだろうと思っていると、


「まさか……、アルフィ―、カード化されていたんですね……」

「……知っている子なの、ジェシカちゃん?」


 問い掛けに頷くと、彼女は教えてくれる。彼は幼馴染の男の子で、冒険者になったばかりだと言う。名前はアルフィ―。冒険者だった父の影響なのか、自分も同じ道を進むと決めたようだった。


「……私たちが10歳の頃に国で行われた鑑定で……、私はコンセルジュ関連の才能に、アルフィーには冒険者としての一通りの才能を持っている事がわかったんです。彼はこの『人智の交わり』で私を手伝ってくれながらお金を貯めていって……、先日ついに念願の冒険者になれたと喜んでおりました」

「わたしも別に彼に含むところがあるわけではない。むしろ、アルフィ―の父とは旧知の仲でね……、色々と頼まれている事もある。まぁ、娘との交際云々は話は別だが……、それでもあの歳で危険な冒険者としてやっていくのはと宥めておったんだが……」


 ……先程、親子で言い合っていたのはアルフィーという少年の事であるらしい。ジェシカちゃんは彼に幼馴染以上の感情を抱いているようだが、マイクさんがそれにストップをかけている、と……。だけど、それも彼の事が憎い訳でもなく、逆に彼を心配していて、もし何かがあった時に娘のジェシカちゃんが傷つかないようにと色々配慮している……。こんなところだろうか。


「ですので、その……、コウさん、もし良かったらそのカード……」

「ああ、いいよ。……大事にしてね」

「あ……、有難う御座いますっ!!」


 お代はというのを、プレゼントすると話したら、そのカードをギュッと大切そうに抱きしめていた。そんな彼女を見て微笑ましく思っていると、


「あの、コウ殿?その3枚のカードもわたしに譲っては貰えないだろうか?金貨を10枚出しますが……」

「それは……、いえ、ちょっと今は考えられないですね。僕にとっても知人ですし、1人は今この場におりますので、本人を目の前にして譲り渡すというのも……」

「そ、そうですな……。しかし、もし考えが変わったら是非教えて下さい。場合によっては、もっと金貨を出しますぞ?」


 あはは……と苦笑しながら、マイクさんに答える。正直、こういうのはお金の問題ではない。それにしても……、良く出来ているな、このカード……。あの王女殿下の魅力をこの1枚に見事に納められているし……。


「……わたくしのカードも作って頂こうかしら?最も、コウ様がそのように心を奪われるものになるかはわかりませんけれど……」

「シ、シェリル……!だから何度も言うけど……、別に心を奪われたとかではないからね!?」


 何処か拗ねたようなシェリルに慌ててそのように弁解する。綺麗だと思ったのは事実だが、今カードを手にして僕が考えた事は、これを何か別のゲームというか、実用性のある何かに変える事が出来ないかという事だ。元の世界では実現しなかった何か、それがここまで出掛かっていたんだけど……。


 ……まぁ、彼女の機嫌を損ねる訳にもいかない。今日はシェリルの喜ぶ顔が見たくて、こうして出てきたのだから……。


「……このカードはシェリルが預かっていてよ。ユイリも余程見られたくない姿がそのカードに納められているようだし、君が持っていた方がいいと思う……」

「そうですね……、コウが見ない様に監視するのも骨が折れますし、お願いできますか、姫……?」


 監視までしても見られたくないのか……。これ以上ユイリの件には触れない為にも、やはり彼女に持っておいて貰った方が良さそうだ。そんな僕たちのお願いにシェリルがカードを受け取りながら、


「……わかりました。ですけどユイリ、カード化の件、お話しておいて頂けませんか?……なんて言ったらいいのかわからないのですけれど、胸がモヤモヤしてしまって……」


 ……余程シェリルにとって、納得できない何かがあったのだろう。ユイリにそうお願いしているシェリルを余所に、僕はマイクさんと今後の話をしつつ、ついでにジェシカちゃんにもプレゼント等を探すのにお薦めの場所を教えて貰ったりして『人智の交わり』での用件を済ませていった……。



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