第32話:王女殿下の来訪
「……まさか、本当に手に入るとは」
レイアより白金貨の希少性と秘められた絶大な魔力を聞いて以来、リスクはあれど使用してきた運命技『ハイ&ロー』だったが、今しがた手に入った貨幣に僕は戦慄していた。
『白金貨』
形状:貨幣
価値:SSS
効果:失われし古代文明『アルファレル』にて使用されていたとされる最高位の硬貨。その素材は未知の金属で作られており、膨大な魔力を秘めた
「はは……、何なんだろうね、この運は……」
とんでもない価値のある星銀貨の……、20枚分の価値だって……?大金貨にすると、大体幾らの価値になるんだろうか……?そして思った通り、未知の金属となっている以上、プラチナで作られたものではないという事もわかった。金に似ているが、金ではない。それでいて確かな光を放っており、手に取っただけでも、有り得ない程の魔力が感じられる硬貨だ。これぞまさしく、『アンオブタニウム』とでも呼ぶべきだろうか。
そして、白金貨が手に入った事にも驚いたが、驚愕するのはそれだけではない。僕の目の前にある、何かしらの機械。この世界でこんな物は結構珍しいと思うが、昨日ぴーちゃんが
『輝石創造器』
形状:
価値:SS
効果:魔力を溜め込む事で、様々な用途を持つ『輝石』を作り出す事が出来る。
但し、作り出す事が出来るのは1日最大で1個まで。時間を掛ける程、効果の高い『輝石』を作り出しやすいが、最大で30日分までしか魔力を溜め込む事は出来ない。
(『輝石』って、あの火を出したり、水を出したりする不思議な石の事だよね?そんな物を作り出す
朝、『清涼亭』の部屋にて繰り広げられている光景に、僕だけでなく傍らにシウスを伴わせていたシェリルも半ば呆然としてしまっていた。
「……信じられません。わたくし、白金貨なんて初めて拝見致しましたわ……。コウ様の
「僕だって正直、信じられないよ……。それに、この輝石創造器だって、普通の
自分で言うのも何だが、僕自身の強運が怖い……。ただ、どうしてこの強運が、自分が帰還するという事に使われないのかと不満に思ったりもする。まぁ、白金貨に関しては、帰還の一助になるかもしれないが、如何せん『???からの呼び声≪1≫』から戻って来てからの数日、これといった変化はない。
(ニックからの情報にも、新しい進展は……ないな)
僕に情報を送ってくれているホビット族の闇商人、ニックには『魔王』の件についてと、自分と共にこの世界にやってきたトウヤについて判明している事を教えて欲しいと伝えた訳だが……、
(現在『魔王』が封印されているところが、ストレンベルクより海を挟んではるか西にある『魔族領ロウファーライン』という場所という事と、大分封印が解けてきている事くらいしかわかっていない……。そして、世界の各地で『魔王』の直属の部下とされる『十ニ魔戦将』と呼ばれる者たちが侵攻している、か……)
ニックの話によると、シェリルの故郷であったメイルフィード王国を襲い、滅ぼしたのもこの12体いるという『十ニ魔戦将』が絡んでいるらしい。何でも、ここ最近で『十ニ魔戦将』に選ばれたとされる女のダークエルフが主導したという事だけど、詳しい話まではわかっていないようだ。
よくファンタジーの小説やゲームなんかでは、エルフ族とダークエルフ族は対立しているなんて話はよく聞いていたものの、この
(だけど、ニック達に依頼してきた『十ニ魔戦将』とされる人物は間違いなくダークエルフだった、か……。そもそも、その『十ニ魔戦将』っていうのも、いまいちわかっていないんだけどね)
もうひとつ依頼していたトウヤに関する情報は、僕が掴んでいた彼の印象を変える程のものは伝わってこず、それこそ僕と一緒に召喚されてきたという事と、あの『竜王』をストレンベルク山中から追い払い、稀代の勇者として認知されている事、最後に先日のピストルやガンブレードを量産しようとしているくらいだろうか。
それゆえに、未だトウヤとの接点を見い出せないでいる。下手に動けば警戒させるだけだろうし、慎重に動かなければいけないのはわかるけど、それでもあまり悠長に構えていられない事も事実だ。いつ『魔王』が完全に復活し、自らが侵攻を開始してくるかもわからない中、何時までも手をこまねいている訳にもいかない。
いっその事、この首飾りでも贈るかと思い、自分の首に掛けられたペンダントを見る。
『神威の首飾り』
形状:
価値:SS
効果:全能力+10、専用装備化:コウ
この首飾りを身に着けている限り、状態異常に罹らない。
装備者の攻撃に『神属性』を付与する事がある。
あの魔神、パンドーラに貰ったペンダントだったが、これもまた規格外の性能を誇っている。ただ、この
自分の『自然体』と何処か被っているところもあり、出来れば僕ではなくシェリル達に身に着けて貰いたいところではあったが……。
何とかこの専用装備というものを解除する事が出来ないかと思っていたところに、
「おきてましゅかぁー!おにーちゃん、おねえちゃんも!」
ノックと共にこの『清涼亭』の看板娘、ラーラさんの妹であるリーアちゃんが、ユイリと一緒に入ってきた。
「ああ、お早う、リーアちゃん!今日も元気いいね!」
「フフッ、お早う御座います、リーアちゃん」
「うん!おはよーございますぅ!」
ああ……、朝から癒されるな。このリーアちゃんは、自己紹介をすませて『知らないお客さん』から『知り合い』に変化すると、僕の事を『おにーちゃん』と呼んでくれる天使である。決して『おじさん』ではない、『おにーちゃん』なのだ。
リーアちゃんがそう呼んでくれるようになったその時から、僕はこの幼女を溺愛するようになり、今ではこうして起こしに来てくれる程にまでなった。……今日は何をあげようかな……?
「お早う御座います、姫。コウも起きているわね」
「ああユイリ、丁度いい所に……。ちょっと見て欲しいんだけど……」
リーアちゃんにあげようと
「コウ、悪いんだけど……、すぐに来て貰えないかしら?姫も申し訳御座いませんが……」
「ん?今日はもう少しゆっくりでいいって言ってなかった?確か大した
僕から飴ちゃんを受け取り、「わーい、ありがとー、おにーちゃん!」と喜ぶリーアちゃんを撫でながら、何処かせわしない様子のユイリにそう答えると、
「実は、先日貴方がレンと一緒にお忍びで参加した演習での件で、騎士団長が話を聞きたいそうなのよ。多分、貴方がトウヤさんについて知りたいと言っていた事も踏まえての話だとも思うわ。それに……、王女殿下も一緒に同席したいという事だから……」
「王女殿下が……?」
トウヤ絡みとなったら行かない選択肢はないけれど、王女様も参加されるって……。
このストレンベルクの国の王女様というと、一人しかいない。僕をこの
そう思って僕は、王女様の顔を思い浮かべる……。初めてお会いした時は自分も余裕がなかった為、綺麗な人だなくらいにしか思わなかったけれど、改めて思い出すと……、
『たとえ貴方がおっしゃられたように勇者様でなかったとしても、その時は王族であるわたくしの名の下に、責任を持って対応させて頂きます。お望みがあれば、出来る限りの事はさせて頂く所存です。ですから……せめて貴方様のお名前を教えて下さいませ』
『コウ様の帰還の方法につきましてはわたくし、レイファニー=ヘレーネ=ストレンベルクの責任を持ちまして研究させて頂きます』
『その星銀貨は魔術の道具としても使用できますので、いくつか持ち歩いていたものではありますが……、貨幣としての価値も御座います。それに、勇者様を一文無しでこの城から送り出すなんて事をする訳には参りませんし……、返却なんてなさらないで下さいね?』
笑顔でそう対応してくれた王女様の事を思い出し、どうしても顔が赤くなってしまう。とても気品に溢れた魅力的な方で……、何より自分の言う無茶も聞いてくれた人なのだ。実際に彼女がくれた星銀貨がなければ、シェリルの事も助けられなかったし、今もなお僕の帰還の為に心を砕いてくれていると聞いている。……とても足を向けて寝られる人ではない。
「そ、そうなんだ。それなら、急いで支度しないといけないな」
「……コウ様、何を考えていらっしゃるのです?そのようにお顔を真っ赤にされて……」
その言葉と共に、隣にいたシェリルが少しジト目になって僕を見ていた。だ、だって仕方がないじゃないか!あんな綺麗な王女様が会いたがってくれているなんて言われて気にしない方がおかしい!
「まぁそういう訳だから……、今日は此方で食事する余裕はないわよ。姫、お支度の方、手伝わさせて頂けますか?」
「……そうですね、お願いしますユイリ」
そう言って、シェリル達が着替えの為に部屋を出ていく。それを見ていたリーアちゃんが、
「んー?おねえちゃん、なんかごきげんななめだったぁ?」
「……うん、そうだったかもしれないね」
僕は苦笑しつつリーアちゃんに答える。もしかしたら嫉妬してくれたのかもしれないけれど、と内心嬉しくも思いつつ、流石にそれくらいは許してほしいとも思う。別にシェリルと恋人同士という訳ではないのだからと思わなくもないが、そんな事を言えない程僕は彼女に助けられ続けている。むしろ、そんな寝言を言おうものなら天罰が下ってしまうかもしれない。
ピィッ!と元気よく起きてきたぴーちゃんにリーアちゃんが喜ぶのを見ながら、僕は彼女たちの支度が整うのを待つのだった……。
「お呼び立てして申し訳ありません、勇者様。ご足労頂き、感謝致しますわ」
「……ご機嫌麗しゅう存じます、王女殿下。ですが……、前にもお伝え致しましたが、私は勇者という訳ではありませんよ」
王城ギルド内の一角を会議室の様にしたところに呼び出された僕は、笑顔で声を掛けてこられた王女殿下からのお言葉に際し、苦笑しながらそう答える。……こう何度も勇者勇者と言われると流石に諦めたくもなってくるが、勇者となった際に生じる事実を知った今となっては、なおの事認める訳にはいかない。
……ユイリもそうだが、この『
今この部屋には、レイファニー王女をはじめ、ギルドマスターであるガーディアス隊長以下、僕を含めた『
僕の視線に気付いたのか、騎士団長らしき人物が会釈しながら、
「初めまして、コウ殿。私はこのストレンベルクで騎士団長を務めさせて貰っているライオネル・ペネストルと申します。以後お見知りおき頂けましたら幸いです。勇者殿……、失礼、コウ殿でしたね、本日は貴方にご教授願いたくお越しいただいた次第です」
「……コウ、と申します。此方こそよろしくお願いします。ですが……、ご教授、ですか?」
挨拶もそこそこに、ライオネルさんの言葉に疑問に思う僕。……僕に教えられる事なんて何もないけれど。
すると、フローリアさんが引き継ぐように、
「先日、コウ様がトウヤ様のストレンベルク山中への演習にお忍びで同行された際の報告は受けております。その際にコウ様は、彼の戦術、陣形略等にご自身の意見を持っておられたという事ですが……、その件に関してお伺いしたいのです」
そう言ってフローリアさんは紙のような物の束をバサッとテーブルに乗せると、その一枚を僕の方へ送ってくる。
「これは……」
「それはトウヤ様が命名した『窮鼠の背陣』の用兵について記載されております。グランからの報告によると『背水の陣』とコウ様は話されていたようですが、それについても思うところがあったとか……。ここにある書類は全て、トウヤ様が考案された陣形、戦術、新しい武器における意見書なのですが……」
それらの書類も僕にまわされ、パラパラと目を通していく。よくもまぁ……、こんなに伝えたものだ。その陣形も僕の世界の過去の歴史において、至る所で使われていたようなものばかりであったが、ご丁寧に自分こそが考えたオリジナルであると言わんばかりに独特の命名がなされている。
そんな書類を少し溜息をつきながら見ていた僕に、ライオネルさんが話しかけてきた。
「如何ですか?是非、コウ殿の忌憚ない意見を伺いたいのですが……」
「い、いきなりそんな事を言われましても……。まぁそうですね、強いて言うとすれば……」
ライオネルさんにそう返答しつつ、僕はその書類の中から1枚をとり、
「……この書類には、駄目な見本としての陣形が描かれています。『山頂に位置取ってしまった為、補給路を断たれ、結果大敗する事となる、陣形において最も駄目なもの。因みに考案者は処刑された』……みたいな事が延々と書かれてますけど……」
「……その陣形がどうかなさいましたか?」
怪訝そうに訊ねてきたフローリアさんに僕は、
「僕が説明するよりも……、レン、君はこの陣形についてどう思う?」
「ん?俺か?俺に聞かれても、陣形云々といった難しい話はわかんねえぞ?」
急に質問が飛んできて、困惑した様子で答えるレンに、
「別に難しい話じゃないんだ。この陣形は、見晴らしのいい山頂に陣を置き、攻めてくる敵を上から勢いに乗って迎撃する為のものなんだけど、これについてレンの意見を聞かせて欲しい」
「……皆、俺じゃなくてコウの意見が聞きたいんだと思うんだがな。まぁ、駄目って書いてあるし、駄目なんじゃねえのか?」
そう答えるレンに窘めるようにして、再度問い掛ける。
「……この用紙に書かれている事はこの際無視してくれ。要は山頂という高いところから低いところに攻め込むのはどう思うかって事なんだけど……」
「……じゃあ別にいいんじゃねえか?そっちのが勢いづくだろうしよ、正直それが駄目って言われる理由も俺にはわかんねえ」
うん……、君の、その飾らない意見が聞きたかった。
答えてくれたレンに感謝しつつ、僕はフローリアさん達に向き直ると、
「有難うレン、……僕もそう思うよ。こちらの世界ではどうかはわかりませんが……、私のところでは『高きから低きを見下ろせば勢い破竹の如し』という有名な言葉があります。ですから、その陣形自体が駄目という訳ではないと思うんです」
「……トウヤ殿の陣形には承服できない、という事でしょうか?」
承服できないというか、なんて言ったらいいんだろう……。
「……この書類には窮鼠の背陣でしたか、この山頂の陣も含めて使える戦術、使えない戦術みたいに分けられているようですけど、そもそもの話、そんなものなんて無いと僕は思うんです。これらの陣形は、その独特な名前以外は見覚えのあるものばかりですが、その状況に応じて過去の偉人が考え編み出したものだと思います。これを使えば絶対に勝てるなんて陣形もなければ……、逆に使ったら必ず敗北するなんて陣形も存在しない筈です」
「それは、どういう意味です?事実、先程の山頂に布陣するというものも、コウ様の世界の過去において失敗したものなのでしょう?」
そんなフローリアさんの意見に対し、僕は自分の考えを伝える事にする。
「失敗した、というのは事実です。歴史書に残されていましたからね……。ですが、それはその陣形自体が悪かったというものではありません。僕はあくまで、敗北した人物が相手の思考を読み切れなかった事にあると思っています」
「相手の、思考ですか……?」
思わず呟いた王女殿下に対し、僕は軽く頷くと、
「自分が行動した結果、相手がどう考えてどうしようとするのか……、それに対して自分はどう動くのか。相手の思考を読み解き、それに備える事が出来れば、僕はその陣をとっていても負けなかったと思います。先程の有名な言葉を残した人物はこうも言っていました。『彼を知り己を知れば百戦危うからず』と……」
そこで僕は皆に伝える……。物事において一番大切なのは、相手の思考を把握する事であると。相手がどうすれば嬉しいと感じ、何をすれば怒りを覚えるのか。また普段どのような行動をとっているのか。そして、それに付随する未来の行動はどうなるのか。その相手の考えを読み、場合によって自分の都合の良いかたちへと誘導し、有利な展開へと持っていく……。それこそ相手の吐く息遣い、呑み込む唾の音、流れる血液の循環音すらも聞こえてくるような位、相手の思考を読み取る事が出来さえすれば、それも可能となる筈なのだ。それさえ出来れば、どんな相手であろうと負ける事はない。……勿論、人知を越える存在についてはその限りではないが……。
僕の話を聞いて、皆静まり返ってしまったのを見て、
「そ、そんなに大した話をしている訳ではないんですけれど……。概念自体は、皆さんお持ちだと思いますし、ほら、レンやグラン達と模擬戦する時だって、基本的に相手がどう動いてくるかを読み合う訳じゃないですか!それと同じ事だと思うんですけど……」
「……そりゃあ戦闘とかになりゃ考えるけどよ、少なくとも俺は意識して考えてる訳じゃないぜ?せいぜい、多分こうしようとしてんな、とかそんくらいで、後は相手が動いた後に対処してる事が多いっつうか……」
「ええ……、考えたとしても、無意識レベルの話だと思いますよ。貴方が話した事は、それこそ相手の思考を全て読み取って、それに合わせて行動するといった、戦術を専門に研究する者や大軍師の考えすらも超越するようなものだと思いますが……」
レンとグランがそう返答してきた事に、僕は内心驚いてしまう。これは、この
動揺している僕に応えるかたちで、フローリアさんが話しかけてくる。
「『彼を知り己を知れば百戦危うからず』……、似たような文言は、過去にこの
……それにしたって、相手の事を考察するというのは別段珍しい話ではないと思うけれど……。こうして、フローリアさんが僕の心情を推察しながら話している事だってその一部であるし、それこそ相手を理解しようとする感情だって『彼を知る』という事である。レンとサーシャさんのような恋愛事情だって、無意識で考えている訳ではない筈だ。
そう考えていたところに、フローリアさんの話が続く……。
「……いずれにしても、コウ様が話されていた事は我々にとっては思いもよらなかった事です。他者の考えを全て予想し、場合によってはその思考を縛り、自身のやりやすいかたちに持っていくとも話されてましたよね……?そんな事が出来れば確かに負ける事はないかもしれませんが……、コウ様は、貴方にはそれが出来るというのですか……?」
「まさか!僕には無理ですよ。そういう事が出来た人物こそが、数々の戦術、陣形を編み出していき、先程のような言葉を残したとされているんです。言うなれば、将棋などの戦術ゲームで何百手も先を見据える事が出来るような天才的な人物であれば、それも可能かもしれませんが……」
「ショウギ?戦術のゲーム?」
うん?なんだ……?もしかして、この世界にはそういったものはないのか……?
王女殿下が発したその言葉を聞いて、僕はそのように感じ、
「失礼ですが、この
「……ええ、初めて聞くものですね。ゲームというのは、カジノ等で行われているあのゲームの事を指すのでしょうけれど……、それらは聞いた事がありません」
……そうなんだ。それなら……、
「……先程の紙のようなものと、筆のような書く物はありますか?」
僕の言葉に応じてユイリが持ってきてくれたそれらを受け取ると、将棋における駒の動き方やルールについて彼らに教えていった。僕も囲碁やチェスについては簡単な動き方とか最低限のルールしかわからないが、将棋ならば学生時代にそこそこ家族や友人たちと指していたのでわかる。授業中にボールペンで書いた紙の将棋盤に鉛筆で駒を記入して、動かしたら相手に渡すみたいな事をやっていて、友人の間では比較的強い方だと扱われていたのだ。……それでも家族内において、ルールを覚えた弟には全く勝てなくなったし、母や妹にも勝つことの方が稀だったから、強さとしては井の中の蛙みたいなものだったのだろう。……父?父は会社内で一番強いと豪語していた割に一番弱くて、家庭内ランキングでは最下位を位置しており、コテンパンにされて以来暫くの間、将棋の『し』の字も出す事が憚られるようになった事は今でもよく覚えている。
そうして王女殿下たちを相手に将棋をお伝えした訳だったが、ここにいる全員が覚えたところで軽く総当たりで対局を行ってみようという流れとなった。中々駒の動き方も覚えられなかったレンやガーディアス隊長はやっぱりそれなりで、次にユイリとグラン、王女殿下がある程度指せるようになる。騎士団長であるライオネルさんやフローリアさんは流石で、もう数手先の読み合いが出来るようになり、シェリルに関しては……、次に指したら正直負けるだろうと思う程、僕の伝えた定跡を理解してしているようだ。
……家族内では弱い方であるとはいえ、少し父の気持ちがわかったような気がしていた。
「しかし、面白いものですね……。相手の思考を読み合うとは、こういう事なのですね……」
「……わかれば面白いかもしれないっすけど……、序盤ですぐ壊滅的な状況になる俺らにとっては……、ねぇ、ディアス隊長?」
「…………まさか、俺がレンと一緒にされる日が来ようとはな……」
フローリアさんの言葉にレンが同意を求めるようにガーディアス隊長に話しかけ、それを憮然とした表情で受けるという比較的シュールな光景に苦笑していると、
「でも、面白いと思いますよ。実際に国民にも広めていけば、相手の手の読み合いや、考え方にも変化が生まれてくるのではないでしょうか?」
王女殿下が僕の隣に腰掛け、笑顔でそう話しかけてくる。僕の正面にいたシェリルがそれを見て僅かにムッとした事を感じ、ゴメンと思いつつ、
「そうですね……、もしカジノで行われている闘技場のように誰でも参加できる将棋の大会を開くなどして、勝ちあがった一人に賞金や権利を与えるなんてしたら、効果的に広まると思いますし、王女殿下の仰る通り、国民の意識も変わってくると思います。それと……、折角ですしカジノに行った際に感じた事ですが……」
そう言って僕はトランプの事も話していく。将棋と違い、さらに色々な種類の遊戯が出来る事に王女殿下だけでなく、フローリアさんも興味深く聞いているようだった。……独断と偏見になるが、僕にとってやっぱりカジノといえば、ポーカーやブラックジャックだと思うし、その他にもババ抜きや大貧民といった面白いゲームもいっぱいある。これなら、種目によっては将棋の様に複雑なルールや定跡を覚えなくても出来るので、それこそ誰でも楽しんでプレイする事が出来るだろう。
それらを聞いた後で、フローリアさんは、
「すぐにでも実用化する手配を整えましょう。権利云々はコウ様の名で取り進めますので、出来る事ならご協力頂きたいのですが……」
「それなんですけれど……、ちょっとお願いがあるのですが……」
フローリアさんの要請に対し、僕は逆にお願いしたいとして彼女に返事をする。……これは、いい切欠になるかもしれない……。
少し怪訝な様子で僕の返答を待つフローリアさんに、僕は切り出す。
「その権利云々の話ですけれど……、トウヤ殿の名前で取って頂く訳にはいかないでしょうか……?」
……僕の言葉によって、場が凍り付く様に静まり返った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます