第31話:真実




「……俺はもう、長くない」


 少し話があると言って2人部屋へと入り……、言われた言葉がそれだ。

 何を馬鹿な……、と言って笑おうとするも父の顔を見て、それが冗談の類や気弱になって言っているのでは無い事がわかった。


「……どういう事?」

「言葉通りの意味だ。この間の精密検査の結果、医師に余命半年と宣告された。他の家族には黙っておいてくれと言ったから、直接聞いた母さん以外で話したのはお前が初めてだ」


 ……余命告知。まさか、家族でそんな話を聞く時がこようとは……。勿論、いずれは起こる事かもしれないが……、それは思ったよりも早く訪れてしまった。

 何かハンマーか何かで頭をぶん殴られたような……、目の前が真っ暗になるというのはまさにこの事だ。


「それで……、どうして家にいるんだよ!!体は……大丈夫なのかっ!?」

「もう手の施しようがなく、出来る手術も無いらしくてな。入院したまま延命処置をして、薬があえば少しは寿命も延びるのかもしれないが……、今更バタバタしたくないと断ったよ。最後は自宅で過ごしたいとな」


 力なくハハッと笑う父に、僕は憤りを禁じ得ない。何故……、どうしてそんな簡単に諦めてしまうんだ……っ!新入社員として、今年社会人となった弟は兎も角……、妹はまだ学生なんだぞっ!?それなのに父親がいなくなるなんて……!それに、漸く自分も仕事に慣れ始め……、これから少しは家計の助けになるかと思ったこの時に……!

 そんな風に自分の感情が抑えきれない僕に……、父が言い聞かせるように話してくる。


「それでな……、俺がお前を呼んだのは……」











「……夢、か……」


 数ヶ月前の事を思い出し、僕はひとりごちる。夢、といったが、今いるここは清涼亭のベッドの上という訳ではない。

 ……例の能力スキル、『???からの呼び声≪1≫』を使用した瞬間に自分の視界が歪み、先程の光景を思い出して、気が付いたらこの不思議な空間にいるという訳だ。


「何故こんな時に、あの時の事を……」


 あまり思い出したくない事であると同時に、僕があの世界に何としても帰らなければならない理由でもある。しかし、何もこれから謎すぎる自らの能力スキルについて確認しようという時に思い起こさなくてもいいだろうに……。


「まぁ、嫌な予感しかしないからだろうな……」


 ここから先に進むことは正直言うと憚られる。でも、何時までも目を背け続ける訳にもいかない。

 意を決して前に進むと、何やら開けた空間へと出る。そう、まるであの魔法屋に入った時のような、そんな印象をそこから感じた。


(……何かがいる)


 その開けた空間の中心に、何者かの気配がする。そう意識すると、そこにいる気配が強くなっていき、やがて黒い人影のようなものが集まっていった。僕の視線に気付いたのか、そこにいる存在は笑いかけるかのようにして声を掛けてきた。


「……随分と遅かったね。待っていたよ、今代の勇者君」











「……ふぅ、今日は……、本当に色々あったわね……」


 大賢者ユーディス様より与えられた屋敷の一室にて、私は今日の出来事を振り返っていた……。


 彼に帰還手段の伝達という名目で会いに行ったところ、思わぬイレギュラーにより一緒にダンジョンに潜る事となって……、その最下層で魔神と交戦する事になってしまったのだ。

 正直、今こうして何事もなく戻ってこれたのは奇跡に等しい。特に、魔神に目を付けられてしまったシェリルを救い出せたのは、他ならぬ彼がいたからだ。


(そして……、彼が勇者である事がわかった日でもある)


 私自身は既に確信していた事ではあるが、魔神の言葉により、図らずも明るみとなったコウの勇者としての資質。最も、ユイリから『自然体』の能力スキルを保有しているようだという報告があった時点で、私たちの間では確定的な事実として、既に周知されていた事であったが。

 彼からしてみれば、突然に、しかも敵である相手から勇者である事を突き抜けられた形となってしまった訳である。


『自分がこのファーレルにいる理由すらも知らないときている。何故、汝がこの世界に呼ばれた理由を知らぬのか』


 ……そうよ、意図的に、彼には伝えないようにしていたのだから。

 今まで彼が、勇者と呼ばれる事を快く思っていなかったから、こちらからその理由を伝えるのが憚られた事もある。同時に召喚されてしまったトウヤが、こちらに来た時点でストレンベルクの中でも最強と言っても差し支えない程の強さを持っていた事も、彼が勇者であるのを否定させる要因となってしまったのかもしれない。


(だから、彼が強さを求めて自ずから修練に励んでくれたのは、私たちにとっても有難かった……)


 彼に自信をつけて貰えれば、自分を勇者として受け入れてくれるだろうと踏んで、如何にしてそう思って貰うかを思案していたところに、コウの方から打診があったのだ。

 元から強くなれる才能もあったのだろうし、また彼をみている王城ギルドの面々が優秀な事もあり、メキメキと力をつけていく彼を見て、勇者の件を切り出すタイミングを図っていたのも事実ではある。そして、彼が勇者である事を認めてくれた時に、改めて『界答者』の件や、何と戦わなければならないか、この世界の危機を救うにはどうすればいいのか等を伝えようと思っていた。

 ……そうでなければ、その事実は彼の重荷にしかならないと私が考えていたからだけど……。


 だからこそ、今日突き付けられてしまった事実に、彼がどう思っているのか、気になるところである。魔神が話していたところによると、彼にも既に自らが勇者であると告げる何らかの変化が訪れているという事だが……。


 実際のところ、魔王に施されていた封印はかなり解かれているのだろう。最近の邪力素粒子イビルスピリッツは魔王の影響を受けてか、より濃く世界に反映されているようにも感じる。魔王が定めし十二魔戦将もその力を発揮し始め、至る所で侵攻をしているという話も聞いている。

 シェリルの祖国であるメイルフィードも、公国から王国になってそう間を置かずして滅ぼされてしまったが、それを指揮した者も十二魔戦将と言われているのだ。それに続く第二のメイルフィードがいつ起こっても不思議ではない……。


「……世界の事を考えるのなら、もっと強引にでも彼に勇者として促さないといけないのだろうけど……」


 ストレンベルクは代々、勇者を召喚する術を持った唯一の国であり、延々と継承し続けてきた『時紡の姫巫女フェイト・コンダクター』を有する、世界最後の希望と称されてきた国である。それ故に、各国からは一日も早く勇者を迎え魔王に備えて欲しいという旨を、様々な手段を用いて情報と共に救援が送られてきていた。


 普段、ストレンベルクはそれゆえに優遇され、世界会議の中でも特に発言権、決定権が強いという事もあり、その要請については応えなければならない義務もある。ただ、今の状況が特殊であり、勇者の召喚には成功したものの、未だ覚醒するには至っていない、覚醒には時間が必要と伝えてはいるのだが……。

 その点では、自身が召喚によりこの世界に現れた勇者であると自ら宣伝しているトウヤが、上手くコウの事を隠すカモフラージュとなっていた。強さの面も、あの『竜王』バハムートを追い払ったという話が広まっているので、覚醒は時間の問題と向こうは思ってくれているらしいのも、こちらとしては助かっている事でもあった。


「あら?これは、ユーディス様が置いて下さったのかしら……」


 そこに、開けられていたユーディス様宛の封書が自分の机に置かれていた事に気付き、内容を確かめる。宛て先は魔法学園国家ミストレシア。コウを元の世界に帰還させるのに必要な魔力を補う為に、ユーディス様にお願いして、『賢帝の研究院』があり、このファーレルで最も魔法技術が進んでいるミストレシアに親書を送って貰ったのだ。そして、その返答は……、


(……現存している三枚の白金貨の他に、もう一枚秘匿していた白金貨がある、ね……。それを譲ってくれるかどうかは不透明であるけれど……)


 他ならぬストレンベルクの、しかも大賢者として名を馳せているユーディス様の頼みとあっては、それをお譲りするのも吝かではない。しかし、当然タダという訳にいかないので、それに見合った報酬は頂きたいという事だった。

 白金貨といえば、あの星銀貨の数十枚分の価値があるとされ、硬貨にして最も高価な代物ともいわれている。当然と言えば当然の話だが、そんなものの対価といわれても果たして用意できるかどうか……。一時期は私が『賢帝の研究院』の有力な魔導士に嫁げば、ストレンベルクに白金貨をなんて話もあったようだ。


 ……別にミストレシアに限った話ではなく、ストレンベルクとの血縁を望む国は他にもある。世界的にも一番発展している大国のイーブルシュタインでは、そこでしか生産する技術が確保できていない為に、ほぼその国でしか存在していない飛行魔力艇を進呈すると言ってきたくらいで、順当にいけばその流れで話が進んでいたのであろう。

 ……魔王が復活する兆しを見せたことで、それらの全ての縁談は白紙に戻ってしまったが……。


 勇者を召喚した『時紡の姫巫女フェイト・コンダクター』には、その者に仕える義務がある。勿論私自身も、その事については何も異存も無く、むしろ望んでいるくらいだったけれど……。それにも関わらず、彼を元の世界に返す手助けをする私を見て、代々『時紡の姫巫女フェイト・コンダクター』として勇者を支えたご先祖様方は何ておっしゃるだろうか……。


「……どうして、こんな事になってしまったんでしょうね……」


 コウから貰った『山彦の指輪』をそっと握り締めながら、ひとりごちる。本来、『時紡の姫巫女フェイト・コンダクター』の求めに応じてこの世界へと召喚される勇者……。私を含め、歴代の『時紡の姫巫女フェイト・コンダクター』であるストレンベルクの王女が執り行った『勇者召喚インヴィテーション』、通称『招待召喚の儀』。これは異世界より、勇者に相応しき器の人物にして……、『時紡の姫巫女フェイト・コンダクター』の運命の相手を呼び寄せるものであり、私も例外ではなく召喚されたコウを見て、一目で心を奪われた。


 ……記録に残っている勇者様方は、助けを求める『時紡の姫巫女フェイト・コンダクター』の姿に魅せられ、運命を感じ、自らの意思にてこの地にやってきたとあった。それなのに、どうして私の時はそうならなかったのか……。何故、コウの他にトウヤがこの地に呼ばれたのか……。勇者を無事、この地に召喚できた事で、失敗したわけではない筈なのだ。……コウが、自らの意思でこのファーレルにやって来たわけではない事を除けば……。


「まして……、彼には既に、大切な人がいるみたいだし、ね……」


 そう呟きながら、私は滅ぼされてしまったメイルフィード……、エルフの国のお姫様であるシェリルと彼のダンジョンでのやり取りを思い出す……。




『それでも、僕は本当に感謝しているんだ。だからさ……、ここから戻って、シェリルさえ良かったらさ、一緒に買い物にでも行かないか?それで、日頃のの感謝も込めて、君の気に入ったものをプレゼントさせて欲しい……。だから、僕に付き合ってくれないかな?』

『ええ!わたくしでよろしければ、喜んでお供させて頂きますわ!有難う御座います、コウ様……!ですが、わたくしは貴方と一緒にいられるだけで十分なのです。付き合って頂けるだけで、わたくしは……!』




 コウとシェリルの関係は、少しずつ進んでいるように思える。シェリルは今日以降、一層その想いを深めていくだろうし、コウはコウで距離を置こうとしながらも、彼女をとても大切に想っている事は伺えた。魔神に捕まったシェリルを助け出そうと、勝てそうもない相手に必死に立ち向かう姿は、見ていて清々しい程だったし、かっこいいとも思ったものだ。そして同時に、そうして貰えるシェリルを羨ましく感じた。


(いずれは元の世界に戻るという彼を……、私は諦めるしか出来ないから……)


 そんな思いとともに彼から貰った山彦の指輪を己の左手の薬指にはめ直し、それを包み込むように胸に抱きしめる。

 ……何の事は無い、私はシェリルが羨ましいのだ。私と違って、コウにストレートに想いをぶつける事が出来る彼女に……、ずっと一緒にいる2人の事を思うだけでも、胸を締め付けられるような感覚が襲ってくる。


 ただ同時に……、シェリルが素敵な女性であるという事も、心の中で認めてもいる。

 シェリルの事はメイルフィードが公国から王国に変わる以前から、どういう方なのかは知っていた。過去の『勇者』にエルフ、ダークエルフ族ともに救われたという事で、その『勇者』と関係していたストレンベルクは、他種族と関りを持とうとして来なかったメイルフィードと唯一交流があり、王族やグラン、ユイリのような高位の貴族たちは、どこか秘匿されるように庇護されていたシェリルと何度か会っていたのだ。

 公主の令嬢として気品に溢れ、それでいて慎み深く、見る者を惹き付けるようなカリスマ性を秘めた女性……。それは現在でも変わることなく備わり続けていて、コウと共にいる今では、彼に心を許し、良く笑顔を見せ、自身の持つ溢れんばかりの才能を遺憾なく発揮してコウを立てて支えるようになっていた。

 彼の事に関しては譲れないところもあるようで、あのように言いあう事になったのは、正直私自身も驚いたものだ。とても感情を露わにしてまで自己を主張する人には見えなかった為、彼女に対する印象を変えざるを得ない程であったが……、私の心を汲み取り、指輪を譲ってくれる気遣いや優しさも変わらず残ってもいる……。


 いずれにしても、色々あってこのストレンベルクに身を寄せる事となり、コウと出会い彼に想いを寄せていっていると聞いた時は複雑な思いが沸き上がったものだった。容姿は非の付け所がなく、そのプロポーションは女性から見ても羨ましいと思ってしまう。数多いる殿方を夢中にさせてしまうような天性の美貌に加え、心までも美しく、才能も様々な事に通じていて、挙句にはあの伝説の『伝承の系統者レジェンド・クオリファイダー』であるというのだ。……今は亡きメイルフィードの王が、シェリルを出来るだけ秘匿しておこうとした心情が推し量れるようであった。

 ……シェリルの事を知れば、時の権力者も含め、挙って彼女を手に入れようとするのは間違いないだろうから……。


「……いけないわね。もうこれ以上集中できそうにないでしょうし、今日は戻った方がいいかしらね……」


 軽く頭を振って意識を切り替えると、私は重い腰を上げ立ち上がる。もう何時間も魔力を錬成するのに集中していた為、若干立ち眩みを起こすも、慣れたように自分に掛けられていた『姿変化魔法イリュージョン』を解除すると……、大賢者様の弟子としての『レイア』の姿から、王族としての『レイファニー』の姿へと戻っていく……。ウェーブがかかった銀色に極彩色のライトブルーが加わったような見事な髪をかき上げつつ、しっとりと汗をかいている己を自覚する。

 いったい何処の王族がこんな日付が変わるような時刻まで、愛する者との離別の為に、体力、魔力共に消耗させているのだろうかと苦笑しながら、その彼の事を想う。

 戻って欲しくない、ここに居て欲しい……、そう縋る事が出来ればとも思うが、他ならぬコウと交わした約定を違える訳にもいかない。でも、そうだとしても……、


「いつか、帰ってしまうとしても……、私も貴方に想いを伝えるべきなのかしら……?彼は、多分困ってしまうでしょうけれども……」


 まぁ、ただ振られてしまうだけかもしれないけれど、と寂しく笑う。私にとって彼は運命の相手であるけれど……、彼にとっての運命の相手はシェリルなのかもしれないからだ。

 しかし正直な所、明らかに関係が変わってくるだろうコウとシェリルに、今まで通り接する事は出来ないかもしれない。そう考えると、今日彼が『勇者』について触れる事になったのは、いい機会かもしれなかった。


(そうね、いつまでも、このままという訳にはいかないし……)


 そのように考え、私専用に設けられたユーディス様の屋敷の部屋から、王城へ戻る為の『帰還魔法リターンポイント』を詠唱し始める。光と共に、私の周りに転送陣が形成してゆく中、そろそろ彼に『勇者』の件を話す事を検討しつつ、私は魔法を完成させるのだった……。











「……僕だって、来たくて来た訳じゃない」

「フフッ、今まででそんな事を言った者は一人もいなかったよ?本当に面白いね、君は……」


 不思議な空間の中で、そこにある存在よりそんな言葉が返ってくるのを聞き流しながら、僕は本題を切り出す。


「世間話をする為にこんな所に来た訳じゃないんだ……、僕を呼んだ目的は何?」


 淡々と僕は目の前の存在にそう突き付ける。僕の言葉を何処か楽しそうに、


「目的?今更何を言っているんだい?君もこの世界に来てある程度、時も流れた。いい加減わかっている筈だよ、この『世界ファーレル』の事を……」

「そんな事が聞きたいんじゃない!何故、あんな能力スキルを発現させてまで、ここに僕を呼んだのかを教えてくれと言っているんだ!」


 苛立ちながら僕は目の前の存在に答えた。

 ……いや、本当はわかっている。あの魔神『パンドーラ』に言われるまでもなく、この『『???からの呼び声≪1≫』とやらが発現した時点で、これから言われるであろう事はわかっているのだ。


「それなら『界答者ファーレル・セイバー』……、この世界の勇者の事について聞かせようか。今日、あの魔神パンドーラに遭遇して気になっている事だろうしね。……今までの勇者は皆納得してここに来るというのに、君は違うようだしさ。本当に面白いよ」

「……僕はちっとも面白くないよ。それで?そんな話をするって事は、僕が勇者……っていうのは間違いない事なのか?」


 僕の言葉にそこから?っというような反応が返ってくる。溜息でもつくような感じで、


「……酔狂で君をここに呼んだとでも思っているのかい?そうだとしたら随分とおめでたい頭をしているね」


 何処か揶揄う様な調子で話してくる目の前の存在に、僕はグッと自分を抑えつつ、


「……何故、僕が勇者なんだ?一緒にこの世界に呼ばれたのは2人。僕と一緒に召喚されたトウヤは勇者ではないというのか?彼は既に自分が勇者だと名乗っている。実際に強いし、勇者と名乗れるくらいの実力もある!」


 彼の強さは、あの演習の際に既に確認している。あの強さを見て、自分も強くならなければ何も得られはしない、元の世界に帰るという僕の目的すらも叶えられないと知る程に、それを持つトウヤの力に羨ましいと思ったものだ。だというのに、


「勇者は、今まで一人しか現れないとも聞いた。……ということは、彼はここに呼ばれていないという事だよね?一体何故……、僕が勇者としてここに呼ばれる?彼ほどの力も持っていない、この僕がっ!」

「そのもう一人……、トウヤといったかな?彼こそが今回のイレギュラーの原因と言ったら……君はどう思う?」


 …………は?今、なんて言ったんだ……?トウヤが……原因……?

 戸惑う僕に対し、目の前の存在がゆっくりと語りだす。


「『招待召喚の儀』……。このファーレルの地に勇者を迎える為の儀式……。この世界ファーレルでは、決して勇者が生まれる事はない。世界ファーレルを救うためには勇者の力が必要不可欠であるにも関わらずに、その資質を持つ者は異世界にしか現れない……。そんな資質を持つ者に、『時紡の姫巫女フェイト・コンダクター』が意識を繋げて、この地に来て貰うよう助けを請う……」


 『時紡の姫巫女フェイト・コンダクター』……、確かあの魔神も言っていたな。この世界に僕を召喚した人物という事は……、レイファニー王女の事を言っているのか?


「大抵の場合、『時紡の姫巫女フェイト・コンダクター』の運命の相手である為、勇者の資質を持ちし者も運命を感じ、その求めに応じてこの世界ファーレルへとやって来る……。それがこの世界ファーレルに代々伝わる……、『招待召喚の儀』だ」

「……それは既に聞いているよ。そして、今回の『招待召喚の儀』では、何故かそのくだりが省略されて強制的にこの世界ファーレルに召喚されてしまったという事も……。なんで、今回はその大事な意思確認がなされなかった!?もし、それがあれば……、例え助けを請われるのが自分の運命の相手だったとしても……、僕は向こうの世界を捨ててまでこの地にやって来る事はしなかった……っ!!」


 いくら困っていると言われても、いきなり他の……、自分となんら関わりのない異世界に行こうとは思わない。両親家族……、知人、友人をおいて、戻ってこれるかもわからない異世界に行くだなんて、いくら何でも馬鹿げている!


「……意思確認が行われなかった理由、それこそが此度のイレギュラーの原因なのさ。『時紡の姫巫女フェイト・コンダクター』が資質を持ちし者を探っている最中に、別のところからの干渉を受けた」

「干渉……?」


 な、なんだそれ……。干渉って、一体誰が……。ま、まさか……!


「察したようだね。そう……、君の言っていたトウヤこそが、『招待召喚の儀』に干渉してきたんだよ。よりにもよって、『時紡の姫巫女フェイト・コンダクター』が君へと意識を繋げようとした時に、割り込むかたちでね。そのせいで、繋げようとされていた君の意思を無視して、召喚が発動されてしまった。それが今回のイレギュラーの詳細という訳さ。わかったかい、今代の勇者君?」


 …………まさか、そんな事が……。


「そ、それじゃあ、トウヤは……」

「当然、そんな奴に勇者の資質の有無なんて聞くだけ無意味だろ?資質があれば、干渉するまでもなく『時紡の姫巫女フェイト・コンダクター』である彼女と意識を繋げられた筈なんだからね。ま、あったらあったで面白いかもしれないけど……」


 可笑しそうに笑っているような印象を目の前の存在から感じながら、僕は茫然としていた。そんな僕に、話を続けてくる。


「勇者の資質を持つ者を召喚した際には、『時紡の姫巫女フェイト・コンダクター』との間に絆のような繋がりが生まれるんだ。だから、『時紡の姫巫女フェイト・コンダクター』である彼女にはわかっていた筈だよ。自分が呼んだ勇者は、どちらかという事はね」


 な、なんという事だ……。じゃあ、この世界に来た時点で……、僕が勇者という事は決まっていたというのか!?


「で、でも、どうして『勇者』でないといけないんだ!?この世界ファーレルを救うための力なんて、ただの一般人だった僕にはないぞ!?それこそ、トウヤの方が……!例え、正式に呼ばれた勇者ではないとしても、それに相応しい力は持っているじゃないか!!その力を持ってすれば、世界を救う事だって……!」

「……出来ないよ」


 ……な、なんだって……?僕の言葉を遮るようにして、目の前の存在が話を続ける……。


「出来ないんだよ。確かに彼は、この世界ファーレルをみても異常なくらいで、神が持っているような力もあるようだね。だけど、それだけだ。それだけで、この世界の危機は救えない……。まして、『魔王』と対峙する事すらも出来ないよ」


 『魔王』、か……。それらしい言葉が出てきたな。そういえば、この世界ファーレルの危機ってどういうものなのか、聞いた事がなかった気がする……。

 今までユイリ達にこの世界の危機に対して、自分の出来る事をすると言ってきたけれど……、具体的に何をすればいいのかまでは、考えてこなかった。

 そんな僕の思いを汲むように、目の前の存在が話し始めた……。


「この『ファーレル』は、他の次元、他の世界と比べても神格の高いところでね……。今では凍結されてしまったけれど、昔は『神の生まれし世界』なんて呼ばれていたんだよ」

「神、ね……。随分とスケールの大きな話だな」


 何やら始まった話に茶々を入れるかのように呟く。正直、そうでもしなければ受け止められそうにない。先程の話で既に頭が混乱しているというのもあるが……、どうにも嫌な予感がする。そんな僕の葛藤をよそに、目の前の存在は話を続けていた。


「……ある時、『神』となるのに相応しい候補者が、他の神になった者と同じように『神になる試練』に挑んだ。その者は他の候補者よりも抜きん出ており……、まさしく神になるのに何の不足もないと思われた者だったよ。誰もがこのファーレルに新たな神が誕生する……、そう信じてやまなかったけれど……」


 ……しかし、その『神になる試練』に失敗し……、その候補者は邪神となってしまったという。そのように、目の前の存在は話す。


「その……、試練に失敗して、邪神となった者って……」

「……そう、それが現在もこの世界ファーレルに存在する……、世界ファーレルを破滅に導こうとする『魔王』そのものさ」


 そして目の前の存在によると……、神になれず邪神になってしまったその者は、そうなってしまった原因は他の神々によるものだと考えた。自らを邪神としたのは、自分を陥れたのは、神になられては困るだろうからと……、そう考えたらしい。

 そこでその邪神は『魔王』となり、神格が高く、神を生み出せるこの世界ファーレルを直接支配して、その力を持って神々の住む神界に攻め込もうと企んだのだそうだ……。


「ちょっと待ってくれ。その話が今とどう繋がるんだ?『勇者』がこの地に召喚されたのは僕が初めてではなく、これまでずっと召喚されてきたんだろ?過去の勇者が、その邪神となった『魔王』を討伐なりしたんじゃないのか?」

「……『魔王』は邪神だよ?『神』と呼ばれし者が、死すべき定めの者に討伐されるなんて事があると思うのかい?『神』は君たちがどうこう出来るほど矮小な存在ではないんだ。例え勇者が覚醒して『界答者』となったとしても、神に対抗する事が出来るようになったとしても、討伐するには至れない……」

「な、なら、僕たちは何の為にこの世界に呼ばれるんだ!?倒す事が出来ないんじゃ……っ」


 意味が無い、そう言おうとした僕に突然変化が訪れる。自分の体から、淡い光が溢れだしたのだ。それを見ながら、目の前の存在は、


「『界答者』、ファーレル・セイバーと呼ばれしその者は、この世界ファーレルと神を繋ぐもの。それになる資格があるのは、勇者として呼ばれた者たちだけ。今、君の魂がその片鱗を見せているそれが、勇者としての証。……ゆえに、『界答者』と覚醒すれば、『魔王』とも対峙する事が許される。でも、邪神である『魔王』との力の差は歴然。単純な力は勿論、霊格、神格ともに、比べるべくもない……。そこで、この地に呼ばれた歴代の勇者たちは、常世より『魔王』を封印していったのだ。『界答者』に与えられた、特別な力によってな……」

「この光が……、そうだというのか……」


 この光は、僕自身から発しているものだ。今は淡い光であるけれど……、何処か温かみを帯びた、優しい光のように感じる。


「君はまだ『界答者』として目覚めていないから、今は弱い光であるけれど……。覚醒した『界答者』となれば、『魔王』と対峙するのに相応しき光となるよ。……これでわかったかな?君は、間違いなく勇者としてこの地に呼ばれたという事が……」

「……認めたくないけど、ね。こんなものを見せられたら信じざるを得ないよ。……それで?仮に僕が『界答者』とやらに覚醒したとして、その『魔王』を封じるのには命と引き換えにしなければならないとか言い出す訳じゃないよね?」


 目の前の存在の話を聞けば聞くほど、その途方もない力を持った『魔王』を封印するのには並大抵の事では出来ないように感じる。それこそ、自身の命を持ってしなければ封じられないとか……。


「フフッ、そうなったらこの世界ファーレルに来てくれる勇者が居なくなっちゃうじゃないか。強制的に連れてこられた君は別として……、いくら運命の相手から頼まれたとしても、自分が死んじゃうのにそれを承知で来る人はいないよ。『招待召喚の儀』は古より神が『時紡の姫巫女フェイト・コンダクター』の祖先より伝えてきた神聖な儀式なんだよ?勿論、そんな事はないよ。君の先代……、歴代の勇者たちは、紆余曲折はあったようだけど、皆『魔王』を封じていったよ。勇者によってその封印の期間はまちまちだけど、次の危機に備えるべく、この世界ファーレルの地で生を全うしていった。それは誓って言える事だよ」

「……そう、か……、じゃあ一つ心配事が減ったかな……」


 大切なシェリル達のいる、この世界ファーレルを救う為とはいえ、自分の命を犠牲にして『魔王』を封印するなんていうのは論外だ。僕はそこまでお人良しではないし、自己犠牲の精神に目覚めている訳ではない。

 ……うん、わかった。取り合えず心配事の一つは消えた。それなら次は……、もう一つの心配事を解決しよう。


「……聞きたい事がある。『魔王』を封印するのに、僕の命をかける必要がないという事はわかった。歴代の勇者たちも、魔王を封印したその後も、この世界で生を全うしていったという事も信じるよ……。それなら、勇者となって、『界答者』に覚醒して、『魔王』という脅威を治めたあとは……、元の僕のいた世界に帰る事は出来るのか……?」

「先程も言ったけれど、『界答者』とは世界ファーレルと神とを繋ぐ力を与えられた、特別な存在なんだ。それこそ、死すべき定めを一時的に曲げる程強い力を与えられた特別な、ね……」


 僕の問い掛けに対し、明言を避けるように伝えられたその返答を受けて、先程から感じている嫌な予感が一段強く僕に警鐘を鳴らし続ける。僕は覚悟を決めて、目の前の存在に改めて問い掛けた。


「そんな事は聞いてないっ!!元の世界に帰れるのか!?それとも帰れないのか!?それだけを答えろっ!!」

「…………『界答者』に覚醒すれば、君はただの死すべき定めの者ではなくなる。『神』とまではいかなくとも、特別な存在になるんだ。この世界ファーレルの一部となり、『魔王』の脅威を祓うまでは死をも遠ざける存在となる。『魔王』が封印され、それらの力が薄れたとしても……、一度世界ファーレルの一部となった事まで消える訳じゃない……。君は、死ぬまでこの世界ファーレルの地から離れる事は出来なくなり……、一時的に他の次元、他の世界に赴く事すら出来なくなる……」


 ………………それは、つまり、


「……『界答者』に覚醒すれば、僕は二度と元の世界に帰れなくなる……という事か?」

「そういう事になるね、残念だけど」


 その言葉を最後に、僕の中で全ての音が消え失せたように感じる。長く、重苦しい沈黙が支配する中で、僕は先程言われた事を反芻していた……。

 ……もう二度と、元の世界には帰れなくなる……かえれなくなる……かえレなくナル……カエレナクナル……カエレナク、ナッテシマウ……。

 永久に続くと思われた絶望の中で、やり場のない怒りが僕の中で沸き上がり、やがて沈黙を破ってその思いが爆発する。


「……ふざけるなっ!!なんだそれはっ!?僕は、今まで元の世界に戻る……帰る事を目的に、死にそうな目に遭いながらもやって来たんだぞ!?わかってるのかっ!?」


 怒鳴るように目の前の存在に訴えながらも、先程見た夢の続きを、父親とのやり取りの事が僕の脳裏をよぎる……!






『それでな……、俺がお前を呼んだのは……、お前に後の事を全て任せる。遺産の相続も、親族一同の関連も、お前を中心に盛り立ててくれ。ウチは本家だからな……、まだまだ未熟なお前に色々任せるのは悪いとは思うが、母さん達の事も……』

『そんなこと……っ!だからなんでもう生きる事を諦めてんだよっ!親父が言っていた事だろ!みっともなくとも、最後まで諦めるなって、ずっと親父が言っていた事じゃないか!?』

『……それでも、どうにもならん事もある。まして、俺の体だ……、自分の体の事は、俺が一番よくわかっている』

『だからって……っ!でも、延命も出来るんだろっ!?今ここで、親父に倒れられたら……っ』

『それにしたって金は掛かる……。治る可能性があるというのならば別だが……、殆ど望みもないのに延命の為だけで金を使う物じゃない。それにな……、俺は決めていたんだ。そうなった時は、綺麗に死のうとな』

『そんな……そんなの……!』

『お前が人一倍死に敏感なのはわかっている……。兄や幼馴染……、親しい友人と近しい者たちの死を目の当たりにしてきたんだからな……。それで今、俺も死の列席ソレに加わるというんだ、お前の中で納得など、出来る筈もないだろうな……』

『それなら……!もっと生きる努力をしてくれよっ!!母さんは!?妹だって、雅だってまだ学生だぞ!?ここで大黒柱の親父にいなくなられたら……どうするんだっ!?』

『だから……後の事を任せると言ったんだ。そこまで大した物は残せないかもしれないが……、当面はしのげる。遺言も用意した。親族一同を纏めるには大変だろうが……、母さんは勿論、俺の兄妹、叔父さん達も力になってくれるだろう。俺のいなくなった後の事を……どうか、宜しく頼む……』






「僕には……、僕には絶対に帰らなければならない理由があるんだぞっ!?それなのに、帰れなくなるって……!そんなことってあるかっ!?」


 涙ながらにそう訴える僕に掛けられた言葉は、酷く無慈悲なものであった。


「それはこちらの知るところではないよ。それに嫌なら帰ればいい。この世界ファーレルの事など何もかも忘れて、ね……。こちらとしては、何も勇者になるよう強制している訳ではないんだよ?」

「なら、帰るさっ!!冗談じゃない!元の世界に帰れないとわかって、『界答者』なんかになるもんかっ!!」


 自分の激情を叩きつけるようにして、その空間から去ろうとする僕に、後ろから冷めた言葉が投げかけられる……。


「それなら、そうするといいよ。別に止めはしない。この世界ファーレルが『魔王』に支配され……、やがて世界ごと消滅する、それだけの話だし」

「なっ!?し、消滅!?どういう事だ!?」


 な、何で『魔王』が世界を支配する事が消滅に繋がるんだ!?一体何を言ってるんだコイツ!?

 投げかけられた言葉に驚愕しながら振り返った僕に、


「何を驚いているんだか……、少し考えたらわかる事だろうに。さっき言ったよね?この世界ファーレルは『神の生まれし世界』とも呼ばれていたって……。別に、その機能自体は『魔王』が誕生した時以降、使用されていないだけで、失われた訳じゃないんだよ?そんな世界ファーレルが邪神に支配されて、神々がそれを黙って見ているだけだと思うの?」


 そ、そんな……!それじゃあ、僕が『界答者』として覚醒しなければ、この世界は……シェリル達は……っ!か、かといって、『界答者』として覚醒すれば、二度と元の世界に戻れなくなる……!?そ、そんな事、どちらも選べる訳が……っ!!


「別に難しい話でもないと思うけど?君が『界答者』として目覚めるか、目覚めないか……、2つに1つでしょ?」

「ほ、他に選択肢はないのか!?そうだ、例えば……僕を元の世界に戻した後で、新たな勇者を呼び寄せるとか……!」


 そんな僕の提案に対し、目の前の存在は、


「無理だね。此度の『時紡の姫巫女フェイト・コンダクター』である王女は、既に君を『勇者』として絆を感じている。それに、魔力の問題もあるからね。どちらにしても、『魔王』を何とかするまでは、新たな勇者を召喚する事は出来ない」

「な、なら、『界答者』にならないで『魔王』を封印するとか!?資質はあるんだろ!?今の僕にだって!!」


 自分で言っていて滅茶苦茶だとも思うが、問わずにはいられない。そんな僕に冷めた様子で、


「……資質があるだけで、『界答者』に覚醒していない君が、強大な『魔王』を封印する?……そんな事、笑い話にもならないよ。いい加減、諦めてどっちにするか決めなって。先程も言ったじゃないか、2つに1つだって。何度も言わせないで欲しいな」

「ふ、ふざけるな!!そんな話を聞いて、どっちか選べだと!?2つに1つ!?僕の選択によっては、世界が消滅して、かといって『界答者』になれば二度と帰れない!?え、選べる訳ないじゃないか、そんな二択!!」


 ……何なのだろう、この状況は。どうして自分がこんな目にあわなければならないのか……。一体、僕が何をしたっていうんだ……っ!!

 僕の葛藤にどこ吹く風といった様子で、目の前の存在は語り掛けてくる……。


「どちらかを切り捨てればいい事じゃないか。この世界ファーレルを放っておけないなら、『界答者』に覚醒すればいい。皆きっと君に感謝するだろうし、英雄と称えられると思うよ。逆に帰りたいのであればこの世界ファーレルの事は忘れてしまえばいい。最初から関わらなかったものとして」

「……本当に、何も無いのか……?他の人に、この勇者の資質を移し替えるとか……?正直、僕より勇者に相応しい人物はたくさんいる……。レンとかグランとか……、ジーニスだって勇者として器は兼ね備えているんだ……」

「君もしつこいね……、見てて面白くもあるけど。まぁ、結論から言うと無理だよ。勇者はこの世界ファーレルから生まれる事は決して無い。仮に勇者の資質を移し替える事が出来たとしても、『界答者』として覚醒する事は絶対に有り得ないのさ。……もう、諦めなよ。言い忘れたけれど、『界答者』となる事で、君の願いを可能な限り一つだけ叶えてあげる事も出来るよ?選択の考慮に入るかもしれないし……、あ、でも可能な限りだからね?『界答者』に覚醒しても元の世界に戻れるようにしろとか無茶苦茶なものは無理だからね?」


 そんな事、帰れないんならどうでもいい……、他に何か無いのか、そう考えて僕はある事に気付く。


「……この世界ファーレルの住人には勇者の資質を移せない……、ならば、この世界ファーレルの住人でなければ移せる、そういう事だよね?例えば、この世界ファーレルにイレギュラーで現れたあのトウヤになら、可能性はあるって事か?」

「そもそも……勇者の資質自体を移す事が出来るか甚だ疑問だけどね。だけど、それも先程言ったはずだよ?彼には勇者の資質は無かったってさ?」


 確かにもし資質があれば、王女と意識を繋ぐ事が出来た筈だと、そんな事を言っていたのは覚えている。だけど……!


「質問に答えていないよ……。どんなんだ?勇者の資質自体を移す方法があったとしたら……、異世界から来ているトウヤには、移せるのか?」


 自分で言っておいてなんだが、これならばとも思う。恐らく僕と同じ世界からやって来ているトウヤ。どうしてあんな力を持っているのかはわからないが、むしろ神が伝えたとされているらしい『招待召喚の儀』に干渉できるくらい規格外の彼ならば、『魔王』を討伐する事すら出来るのではないか?トウヤに勇者の資質云々を移す方法はこのあと考えればいいし、とにかく今はこの《ファーレル》を破滅へと導こうとしている『魔王』を何とかし、かつ自分が元の世界に戻れる可能性を残す……、その一転に希望を見出す事が最優先だ。

 そんな僕の問い掛けに溜息をつくかのように、


「……まぁ、確かに君に備わっている資質云々全てをそのまま彼に移行できさえすれば……、万に一つの可能性くらいはあるかもしれないね?今まで試そうとしてきた人もいなかったし、断言なんてとても出来ないけど……」

「それなら僕が見つけてみせるさ……。トウヤにも上手く話を持っていって見せる。彼だって……、自分が本当の意味での勇者になれるとわかれば、嫌とは言わないだろうし……」


 取り合えず目の前の存在から否定されなかった事に安堵しながらも、どのようにトウヤに話を持っていくかを考える。下手に接触しようものなら排除される可能性もあるから失敗は出来ない。彼を上手く立てつつ、それでいて自分が彼にとって有用と思われなければならないから、蜘蛛の糸を辿るが如く厳しい道のりであるかもしれない。

 それに、目の前の存在が言うように、僕の勇者の資質ごと彼に移して、『界答者』に覚醒して貰わなければならないのだ。本当にそんな事が出来るのかについても、全く手掛かりが無い状態から始めないといけない。


 そんな無い無い尽くしの状況ではあるものの、それを言い出したらこの世界にやって来た時だってそうだった。何もわからない状態から始まって、手探りで探っていき、漸く今の状況まで持っていったのだ。

 帰還の手段は王女殿下たちが見つけてくれた。問題の魔力に関しても、星銀貨や白金貨という解決策がある。あとは、この勇者の、『界答者』の問題をクリアすればいいだけなのだ。それがどれだけ厳しい状況であったとしても、これまで通り乗り越えていってみせる……!


「じゃあ、そういう事だから……。僕は戻るよ。今度、僕の代わりにここを訪れるのは彼だから、その時にはちゃんと『界答者』として導いてくれ。多分、彼ならば喜んで『界答者』に覚醒しようとする筈だからさ」

「……好きにするといいよ。でも、これだけは言っておくよ?君は何としても方法を探してみせるっていうけれど、そんなに時間が残されているという訳ではないからね?もう、既に『魔王』の封印は解けかけている。これ以上遅くなれば、普通の方法じゃ封印すらも出来なくなる。そうなったら、例えその後で『界答者』に覚醒したとしても、消滅の道を歩むしか出来なくなるかもしれないから、そうなりたくなければ急ぐ事だね?」


 ……時間は、あまり残されていない、か……。わかったよ、そう目の前の存在に伝えて、僕はこの不思議な空間を後にする……。

 元の世界に戻るという当初からの目的を遂行しようとする僕としては、自分が勇者として、『界答者』に覚醒するという選択肢が消えた今、なんとしてもトウヤへ僕のそれを移さなければならない。だけど、また新たな目標が生まれた。僕の希望は、まだ失われてはいない……。

 そう思いつつ、僕は決意を新たにするのだった……。











「……随分と無駄な希望を抱くものだね、まぁ、だからこそ面白いのかもしれないけど」


 彼が自分の管理する、この魔法空間マジックスペースから去った後、ポツリとそう呟く。今、自分の顔を誰かが見れるとしたら……、その顔はひどく歪んでいるのかもしれない。


「……他の者に自らの勇者の資質を移行する?成程、普通の能力スキルやら魔法やらだったらそんな事も可能かもしれない……。若しくは、勇者としての資質だけを移行するというのは、もしかしたら叶うのかもしれない……。だけど、君は忘れている事があるよ……」


 ククッと笑いつつ、彼が残していった消え入りそうな淡い光を眺めながら、言葉を続ける……。


「勇者の資質……、それは君の魂から来るものだ。それを移すという事は、君の魂そのものを彼に移行する事に等しい行為だ。それが出来たとしても、どちらも自分を保っていられるかもわからないというのにねえ……」


 そう言ってさらに、彼の残光が何処かへと向かっていくのがわかる。恐らくは主人である彼の元だろうが、もう一箇所別の所へと向かっていこうとしていた。


「君は自分の勇者としての資質を移行出来るかもしれない可能性は考えられたようだけど、君を呼び込んだ『時紡の姫巫女フェイト・コンダクター』である王女の気持ちまでは考えられなかったようだね……。『招待召喚の儀』……、勇者の資質を持ちし運命の相手を受け継がれし召喚師が呼び寄せる、『神』が伝えし『勇者召喚インヴィテーション』……。そんな君の一時的な感情で覆せる程、『招待召喚の儀』は甘くはない。まぁ、精々足掻いてみるがいいさ……、そっちの方が面白くなりそうだしね」


 あの様子だと、この世界ファーレルを忘れて、一人元の世界に戻るなどという事は出来ないだろう。となると、彼の辿るべき道のりは既にわかっている。


「……君はまた、此処に来る事になるだろう……。その時まで、こちらを退屈させてくれるなよ?」

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