第30話:『災厄』の魔神




「久々に『扉』の結界を解いてみれば、随分と上玉が集まったものよ……」


 独り言のようにそう呟き、『災厄』の王と名乗った魔神は座っていた玉座から立ち上がると、警戒している僕たちに視線を向ける。

 クッ……なんだ、このプレッシャーは……!?相手はただこちらを見ただけだというのに、今まで感じた事の無い程の強烈な威圧感を感じる……!


「我は今機嫌が良い……、そこの娘たちを大人しく我に差し出すならば……汝らは見逃してやろう……」

「へっ、んな事出来る訳ねえだろ?魔神て奴は頭が沸いていても務まるもんなのか?」

「多分、考える脳なんてないんですよ……、出なければそんな世迷言を宣う筈もないですし!」


 魔神の要求を鼻で笑うかのようなレンとそれに続くジーニス。勿論、僕も同じ気持ちだ。ここで、シェリル達をあんな奴に渡せるはずがない……!

 僕達の拒絶を受けても、神徒は特に気にした様子もなく……、


「そうか……残念だ、ならば死ぬしかあるまい……災厄の尖兵たる我が命じる、封じられし禁断の扉よ、今こそここに開かれん……『災厄魔法ディザスター』!」

「!?いけないっ……『瞬間耐性魔法インスタントベール』!!」


 流れる様に言霊を詠唱していく魔神に、何かに気付いたシェリルが焦った様子で一足速く魔法を完成させる。それに少し遅れて魔神の魔法も発動し……、


「がはっ……!な、何だ!?これは……!?」

「うぐっ……、駄目だ、立って、いられん……!」


 魔神の魔法の影響か、ジーニスとウォートルが血を吐きながら蹲まってしまう……!シウスもグルルッと威嚇しているものの、やはりその場から動く事は出来ていないようだ。


「テメェ……、一体、何しやがった……!?」

「ほぉ、まだ動ける者もおるか……。汝がこの中で一番の強者という事かな……?」


 どうやら魔神が放ったのは、何らかの状態異常を引き起こす魔法のようだ……。レンは何とか動けているようだが、何らかの状態異常は受けてしまったようで、膝が震えている。

 魔神はパーティの女性以外に魔法を掛けたようで、僕以外の仲間たちは途端に動けなくなってしまった。

 僕が何ともないのは、先程の14階層でも使ってくれた『瞬間耐性魔法インスタントベール』の影響だろう。咄嗟に僕に対して掛けてくれたあの魔法によって、魔神の力を弾いてくれたという事か……。


「……はあっ!!」


 魔神と正面から対峙していたレンに割り込む形で、ユイリが神徒の背後から小太刀の一撃を入れようとするも、


「汝もなかなか強いな……。女を傷つける趣味はないが、汝にはそうも言ってられんか」


 ユイリからの奇襲も空しく、魔神は一瞬にしてその場を移動すると、


「……『双対の魔衝撃デュアル・ストリーム』」


 再び魔神に迫ろうとするユイリにヤツが手をかざすと、その掌からおぞましくも凄まじい風圧が放たれる……!それによって、ユイリは勿論、辛うじて立っていたレンも一緒に、強い力を浴びた様に吹き飛ばされてしまう。


「きゃああっ!!」

「うおぉっ!?」


 壁際にまで叩きつけられて、悲鳴を上げるユイリ達。何処かを痛めたのであろうか、すぐには動けないようでその場に蹲ってしまう2人に、僕は戦慄する。


(この中でも実力者の2人が、一瞬で……!)


 レンとユイリ……、今までどんな敵でも後れを取った事のなかったあの2人が、戦闘不能寸前にまで追いやられているという事実にゾワッとする感覚に陥るのも束の間、


「汝には我が災厄魔法ディザスターは及ばなかったようだな……。最も、この場合褒めるのはあのタイミングで『瞬間耐性魔法インスタントベール』を使ったエルフの娘だが……」

「クッ!?…………『評定判断魔法ステートスカウター』!!」


 何時の間に背後にまわったのか、声を掛けてきた魔神に対し、振り向きざまに詠唱していた評定判断魔法ステートスカウターを発動させる。




 RACE:魔神

 Rank:249


 HP:1167/1200

 MP:735/800


 状態コンディション:正常




「……発動させたのは分析魔法の類か……。で、どうだ?己との余りの実力差に、絶望を感じるであろう?」

「グッ……コイツ……!」


 圧倒的なステイタスを備えて、余裕そうな様子で佇む魔神に怯みそうになるも、僕は手に持ったミスリルソードを握り締めて臨戦態勢に入る……。


「フッ……、剣を握り締めてどうしようというのだ?今……我が蹴散らした者たちが、汝らの中で一番の強者であった事はわかっておる。あの娘の支援魔法が無ければ、あそこで倒れ伏している者たちと同じようになっていたであろう汝に何が出来るというのだ?」

「う、煩いっ!!黙れっ!!」


 重力魔法を解除し、相手の挑発に乗るような形で突進する僕。魔神に肉薄して剣を一閃するも、


「ッ!手ごたえが無い……!?残像かっ!?」


 僕が払ったミスリルソードは魔神の残像を切り、無防備になった僕に向けて先程の様に掌をかざす姿が視界の隅に捉えられた。


「……受け継がれし禁忌の力にして、氷結地獄コキュートスより呼び出されし凍てつく冷気は、彼の者を終焉へと導かん、今こそここに顕現せよ!……『永久凍晶結界呪文エターナルフォースブリザード』!!」

「む……」


 先程ユイリ達を吹き飛ばした衝撃波が僕に向かって放たれる瞬間、間一髪のところでレイアの凄まじい氷の魔法が割り込んできて、ヤツの身体が大気ごと凍りつかせてゆく……。そして……、


「……我が呼び掛けに応えよ、偉大なる御力をもって今汝を呼び戻さん……『個体召喚魔法サモンクリーチャー』!!」


 続けてシェリルの魔法が完成し、僕の身体が何処か優しい光に包まれたかと思うと、次の瞬間に僕は彼女の下に呼び寄せられていた。そこには、安堵したシェリルと、同じように呼び寄せたのか、傷ついたレン、ユイリの姿もあった。同時に真っ先に状態異常に罹ってしまったジーニス達に必死で神聖魔法を使っているフォルナもいる。すぐさまシェリルは中断していたのであろうユイリへの神聖魔法を再開させていた。


「有難うシェリル……助かったよ……」

「無理をなさらないで下さい、コウ様……!あの魔神は、今のわたくし達だけで倒せる相手ではありません……!」


 レイアの魔法によって凍り付いた魔神から目を離さないように、シェリルはそう答えると、


「同感だね……今のはボクの使える中でも最高の威力を誇る、秘技術能力シークレットスキルの絶対魔法だけど……、それもどれだけ通用しているのかわからない。もし、足止め出来ているなら今のうちに撤退する準備をした方が……」

「……人間が唱えるにしてはとてつもなく高度な魔法ではないか……。いや、その娘の秘技術能力シークレットスキルだったか?並の相手ならば今の一撃で決まっていたであろうが……、相手が悪かったな。そして……、娘たちの方が状況をよく判断しているようではないか」


 レイアの声を遮るように、氷に覆われている筈の魔神からそのような言葉が返ってきた。


「なっ……あの状況でどうやって……!?」


 驚く僕を尻目に、魔神は自身に覆われていた何重にも張り巡らされた氷の結界を弾き飛ばしてしまい……、何事も無かったかのように悠然としていた。呆気にとられる僕を無視して、魔神は独り言のように話しているようだ。


「それにしても、そこのエルフの娘……。汝はただ美しい娘というだけではないようだな。エルフが本来持ちうる精霊魔法とは別に、無詠唱で使える古代魔法に召喚魔法……、さらには我の施した様々な状態異常にすぐさま対応できる聖職者顔負けの神聖魔法まで備えておろうとは……。しかも、先程使用した『個体召喚魔法サモンクリーチャー』はかつて使い手が途絶えて誰にも伝わらない独創魔法に近い召喚魔法の筈。それすらも使いこなすとなると……」


 話を聞く限り、シェリルのその類まれなる魔法の才能について思いを馳せているらしい。それは確かに僕も思うところはあったが、魔神は一人結論を出していた。


「……そうか、まさかと思ったが……、そなたは『伝承の系統者レジェンド・クオリファイダー』だな?既に失われた古代文明の伝承を存続させる為に世界の何処かに一人だけ発現するとされる伝説の継承者……!そしてその継承者はありとあらゆる才能に恵まれ、今は存在していない魔法や能力スキルをも使う事が出来るという……!ハハハッ、まさか実在していたとはなっ!!」


 レジェンド……クオリファイダー……?シェリルが……何だって……?失われた魔法や能力スキルを使う、だって……!?

 視界にうつる片隅でユイリやレイアが「やっぱり……」と呟いているのが見えるも、


「これはまたとない機会だ。エルフの娘よ、そなたを我が花嫁とするとしよう!神に近い存在である魔神の妻となれるのだ、光栄に思うが良い……!」

「何を勝手な事をっ……!謹んでお断り致しますわっ!」


 身勝手な魔神の決定に、即座に拒絶するシェリル。この魔神……!ふざけやがって……!!


「フッ……断るとな。だが、これは懇願や提案ではない、決定なのだ。残念ながら、汝の意思はこの際問題ではないのだよ……!」

 

 そう言うと、次の瞬間に魔神の瞳が怪しく輝き出す……。な、なんだ……!?何か、嫌な感じが……!


「ッ……フォルナさん!?これは……『眠りの魔眼』、ですか……!」

「ふむ……、かなり強めに掛けたから、周りの者に影響がでてしまったか……。しかし、流石は伝承の系統者レジェンド・クオリファイダー。中々高い耐性を持っているようだな。それならば……!」


 シェリルの傍でレンに神聖魔法を掛け続けていたフォルナが意識を失ったように倒れてしまう……!シウスまでも魔神を睨みつけながらもその場に蹲ってしまった。魔神の口ぶりからすると、何やらシェリルに仕掛けようとしたようだ。

 ……こちらを無視して……随分勝手な事を……!!


「お前っ!!シェリルに何をっ!!」

「……雑魚は引っ込んでいろっ……『疾空波』!!」


 自分に出せる最高の速さで、魔神にミスリルソードを突き立てようと飛び出した僕を、今度は先程の様にかわしたり残像を残したりする事なく真正面から迎撃してくる……。『疾空波』と呼ばれたソレは、高速で魔神に迫っていた僕に対して、まるで自動車が高速でぶつかってきたような衝撃を与え、ドゴォッという激しい音を立てて壁に叩きつけられてしまう。

 余りの衝撃に、僕は血反吐のようなものを吐いてしまい、息も出来なくなってしまった……。ぴーちゃんも心配するように僕の近くで飛び回っているが……生憎指一本動かせそうにない……。


「コ、コウ様ッ!?」

「やっと隙を見せたな、エルフの娘よ……光を打ち消しし闇の波動よ、選ばれし者を照らし尽くせ……『弱耐化魔法ウイークネス』!」


 叩きつけられた僕を見てシェリルが動揺した隙に魔神が何らかの魔法を完成させ……、その効果であろう不気味な光がシェリルの身体を包み込む……。


「こ、これは!?まさか……っ!」

弱耐化魔法ウイークネス!?い、いけないシェリルッ!逃げっ!!」


 いち早く魔神の意図に気付き、レイアが注意を促すも時すでに遅く……、


「……呪縛を宿せし闇の旋風よ、我が前に立ち塞がりし全ての者を巻き込まん……!フハハハハッ!もう遅いっ!!『麻痺旋風呪法パラライズウインド』!!」


 魔法が完成し、シェリルを中心にフロア中を巨大な旋風が吹き荒れる……。シェリルやユイリ達の悲鳴が木霊する中、意識を失っているフォルナや、回復途中であったジーニス達、壁際で身体を動かす事すらできない僕にまで、魔神の旋風は容赦なく切り裂いてゆく……。

 ……漸く旋風が止んだ頃には、魔神の他に立っていられる者はいなかった……。レンやユイリにしても、倒れ伏してしまっている。敵の魔法の中心にいたシェリルは旋風による裂傷はほとんど見られず、意識はあるようだが……、その分遠目に見てもわかる程酷い麻痺状態に苛まれているようだった。唯一、座り込んでいるのはレイアだが、旋風に切り刻まれたダメージで戦える状態でないのは一目瞭然である。

 かくいう僕も、呼吸はなんとか出来るようになったものの、先程の『疾空波』なる技のダメージは抜けていない。それどころか、同じく旋風に切り裂かれ、どちらにしろ立ち上がる事さえ出来ない状態だった。


「ククク……伝承の系統者レジェンド・クオリファイダーといえども我が『弱耐化魔法ウイークネス』を受けた後では抵抗できなかったようだな……、魔法使いの娘もなんとか麻痺異常だけは免れたようだが、我が旋風に切り刻まれ、もう戦う事は出来ぬであろう……。さて、我が花嫁の具合は、と……」


 魔神はそう言いつつ、動けなくなった僕たちをゆうゆうと横切り……シェリルの前までやって来る。身体の自由が利かなくなり、ぐったりとしている彼女の腕に何やら腕輪を付けさせられ、そのまま彼女は魔神によって抱き上げられてしまった……。


「は、離して、くださっ……!下ろし、て……っ!」

「フッ……気丈だな、美しきエルフの娘よ。それでこそ我が花嫁に相応しい……。今そなたに着けさせた腕輪は魔力を封じる物だ。もう魔法は使えまい……」


 シェリルをお姫様抱っこで抱きかかえたまま、魔神は笑いながらそのように答えつつ、ゆっくりと玉座のところまで戻ってゆく……。


「……テメェ……!シェリルさんを、離しやがれ……!」

「姫……っ!クッ、身体が……!」


 身体が麻痺しつつも何とか戦闘態勢を取るレンとユイリ。シェリルを連れ、玉座まで戻った魔神は立ち上がった2人を振り返ると、


「我が麻痺を受けて、立ち上がるとは中々の強者よ……。だが、既に目的の花嫁は手に入れた……汝らは見逃してやる故、そのまま消え去るがよい……」


 すると、魔神は再び何やらの魔法を唱え始める……。

 く、そっ……やめ、ろっ……!僕は残された力を振り絞って、何とか立ち上がるように努めるも、


「……許されざりし者全てを元の場所へと帰還させん……『強制退去魔法リーブアウト』」

「……なっ!これは……!?」

「しまっ……!」


 無情にも魔神の魔法が完成し、戦おうとしていたレンとユイリを含めて、この部屋にいた者は魔神に捕まっているシェリルを残して次々と消えていった……。そして……僕にも……。

 自分の体が光に包まれ……意識が真っ白になる……。











「あ、ああ……っ!」


 最後まで残っていた彼までも光に包まれて消失してしまい、この場に残されているのは魔神に捕えられた私だけになってしまった……。


「幾人か惜しい娘もいたが……今はそなたが優先だ、我が花嫁よ。しかし本当に美しいな……、あの『美』と『愛』を司る女神となった、ヴィーナスの化身とも言うべき美しさよ。一先ず、奴らが戻ってこれぬよう、我がフロアへと続く『扉』は遮断しておくとしよう……」


 私を抱き上げたまま、魔神は何事かを呟き魔力を操作し、やがて私の方を見る。


「これでもう邪魔は入らぬ、さぁ花嫁よ……これからゆっくりと契りを結ぼうではないか」

「い、厭ぁ、コウ、さま……!」


 力の入らない身体で精一杯拒絶するも、抱えられた両足を僅かに動かす事くらいしかできない。


「ほぉ、麻痺したカラダでまだ抵抗する気力があるか。ならば……」


 すると、先程の様に魔神の瞳が怪しく光り、その眼に見つめられた途端、意識が遠のいていく……。


「フフフ……『弱耐化魔法ウイークネス』を受けたそなたには最早、我が『眠りの魔眼』の魔力には抵抗はできまい……!抵抗する女の喘ぎ声を聞きながら無理矢理抱くというのも一興だが、ずっと花嫁として手元に置く以上、あまり手荒な事はさせたくない。使い捨てにする娘のように、我の子を産み落としたら死ぬ……などという事にさせる訳にはゆかぬからな。今のそなたには想い人がいるようであるし、情事の際、その美しい声を聞けぬのは残念だが……」


 麻痺して身体が動かせないだけでなく、瞼も開けていられなくなってきた私に気を良くしたのか、魔神の声が続く。


「そなたが眠りに落ちた後で、その美しい寝顔を眺めながら、たっぷりとそのカラダに我が子種を注ぎ込もう!次に目覚めた時には……喜ぶがいい、名実と共に我が妻だ。心の方はじっくりと時間を掛けてそなたの想い人の事を忘れさせてやろう。幸いそなたは長寿であるエルフであるゆえ、時間は無限にあるからな。まぁ、我が子を出産する頃には我の事しか考えられぬようになっているだろうが……」


 そ、そんなの、絶対にイヤッ……!

 でも、既に私は身体を動かす事自体出来なくなり、瞼もどんどん重くなっていく……。さあ、寝床に案内しようではないか、そんな魔神の笑い声と共に運ばれていく感覚を微かに感じる中、意識を闇に落とされそうになったその時、


「ガハッ!?……な、何だとッ!?」


 魔神に大きな衝撃が与えられたのか、私を抱く手が緩んだ隙に、魔神の腕から誰かに救い出される……。

 この気配……、抱き上げられていても何処か安心感を与えてくれるこの雰囲気は……!私は薄れゆく意識を集中させて、重い瞼を開いていくと……、


「コ……ウ、さまっ……!」

「大丈夫か、シェリル!?ゴメン、君を怖い目に合わせてしまって……!」


 霞む視界の中で、私が会いたかった彼の顔が映り込む。抱き着きたいと思うも、残念ながら私の身体は麻痺と眠気の為にもう指も動かす事が出来なかったけれど、愛しい人に抱き上げられている安堵感が私を包み込んでいた。


「グッ、ば、馬鹿なっ!?何故、汝がここにいられる!?確かに我が『強制退去魔法リーブアウト』でこのフロアより排除した筈……!!」


 もう意識を保っていられるのも限界だった。でも、彼になら全て任せられる……。


(あとは……お願い、致します……コウ……さ、ま……)


 彼の雰囲気に包まれながら、私の意識はゆっくりと闇に落ちていった……。











「……お前の魔法に巻き込まれた瞬間、僕は異空間に飛ばされた。でも、シェリルの声が聞こえた気がして、集中してみると彼女を抱いているお前の姿が見えたんだ。そうしたらまたこの空間に戻ってくる事が出来たのさ!油断しているお前に一撃入れる事は凄く簡単だった……」

「馬鹿な……、すると汝は、我が魔法を抵抗しただけでなく、破ったというのか!?麻痺もしておらぬようだし、汝もまた、ただのヒューマンではないようだなっ!先程飛ばした者たちのような実力者ではないようだが……」


 抱きかかえているシェリルの身体が沈み込むような錯覚を覚える。チラリと見てみると、完全に意識を失ってしまったようだ。でも、寝顔は安らかである為、眠らされた以外は何もされていないと思う事にする。


(しかし……どうするか。シェリルを取り戻したとはいえ、相手に致命傷を負わした訳でもないし……)


 あのレンやユイリですら、この魔神にろくにダメージを与えられず、この場から退場させられてしまったのだ。それどころか、まんまとシェリルを奪い、レイアの魔法も無効化して……。僕やジーニス達なんて相手にもされていなかった。そもそも、何とか身体を動かせるようにはなったが、僕自身まだあの強烈な『疾空波』のダメージが抜け切れていない……。

 そんな強敵を……僕だけで何とか出来るのか……?


「ふん……それでも汝はまだまだ私の敵ではない……。大人しくそのエルフの娘を返すのだ。さすれば、我に一撃を加えた事は許し、見逃してやろうではないか。だが、歯向かうというのならば……わかっておろうな?」

「……僕を信じてくれているシェリルを裏切れる訳ないだろ。このまま彼女をお前に渡すくらいなら、死んだ方がマシさ」

「……そうか、なら死ぬがよい。楽には殺さんぞ……!」


 僕の答えを受けて、魔神の殺気が強くなる。一体、どうすればいい……!?シェリルを抱いたまま、ジリジリと後退するしかない現状で、僕は必死に考えていた。

 そもそも、意識のない彼女を抱えたままでは剣を持つ事も出来ず、戦う事すら出来ない。かといって、彼女を床に寝かせたところで、すぐに魔神に何らかの手段で捕らえられてしまうような気がする。

 まさに八方塞がりの状況で、最早笑うしかない。


「ほぉ……この状況で笑う、か……。何か手があるとでもいうのか?」

「さて、どうかな……?」


 唯一出来る事があるとしたら、魔法を使う事くらいだが、果たして奴に通用するかどうか……。まして、魔法を使わせてくれるかもわからない。通用しなかったら万事休す……!

 それならば何処まで逃げられるかわからないが、それが一番最善か……、そう思っていた矢先、


「……まさか逃げられるとでも思っておるのか?唯でさえ、邪魔を入れられぬようこのフロアへと続く5階層の『扉』は既に我の魔力によって閉ざされておる。汝が辛うじて我の前から逃げおおせたとしても、脱出は叶わぬぞ?『離脱魔法エスケープ』も効果はない」

「さいですか……」


 先手を取られて逃げるという選択肢を封じられた。もう、こうなったら戦うしかない……!


「それでもなお、我に挑むか……。死を覚悟してまで、その娘を渡したくないか……。人間は死んだら全てが終わりだろうに……」

「……それでも、人間には譲れないものがある……。ここでお前に屈し、彼女を失ったら……、僕は絶対に自分を許せそうにない……!」


 一か八か、僕は『重力魔法グラヴィティ』を唱え始める。勿論、それを易々と許してくれそうにないみたいだ。


「愚か者め……!支援も無しに、我の前でみすみす魔法を完成させるのを許すと思うたか!」


 ダンジョン中全てが敵とでもいうように、壁から触手やらが次々と襲ってくる。辛うじてそれらをかわしながら魔力を集中させ、魔法を唱え続ける……。


「……此の地に宿りし引き合う力、その強弱を知れ……『重力魔法グラヴィティ』!!」

「……この世は全て音無き世界、沈黙こそが答えなり……『沈黙魔法サイレンス』!」


 僅かに魔神の魔法が完成したようで、僕に何か奇妙な気配が掛けられるも、気にせず魔法を完成させる。果たして……効果は……!


「……なんと、状態異常を受け付けない、か……。それでいて我に奇妙な効果を掛けるとは……!」




 RACE:魔神

 Rank:249


 HP:911/1200

 MP:614/800


 状態コンディション:重力結界




 ……よし、とりあえず重力魔法グラヴィティの効果は掛かったようだ。で、この状態で戦えるかどうかだけど……。


「成程……、汝は『勇者』か……。とすると、先程の魔法使いの娘は『時紡の姫巫女フェイト・コンダクター』という訳か……。どうりで人間にしては強力な魔法を使える訳だ……」

「……ちょっと待て、何を勘違いしているかは知らないが……僕は勇者なんかじゃないぞ?」


 まさか、こんな魔神なんかに勇者だのと言われるとは思わなかった。思わず戦闘中にも関わらずツッコんでしまったじゃないか。


「汝のような者が我が災厄魔法ディザスター麻痺旋風呪法パラライズウインドの効果もなく、今なお継続して戦えておる事も気になっておったが……、今の沈黙魔法サイレンス対抗レジストした事で確信したわ。エルフの娘のように汝に弱耐化魔法ウイークネスを掛けたとしても、恐らく無力化してしまうだろう……。勇者の持つ固有の能力スキル、『自然体』によってな……」

「な、なんだって……?」


 初めて能力スキルの事を知った時、馬鹿にしているのかと思った『自然体』が……、勇者固有の能力スキルだって……!?


「……なんだ?勇者として呼ばれておきながら、未だ『界答者』として目覚めておらんという事か……?であれば、まだ我の力でもどうにか出来るであろうが……、如何せん我の力と汝の『自然体』は相性が悪い……」

「か、『界答者』……?お前は一体、何を言っている……?」


 初めて聞く単語に、僕は敵である事も忘れて魔神に問いただす。そもそも……、もし魔神の言う通り『自然体』が勇者固有の能力スキルだとしたら……、僕がこの世界に呼ばれた『勇者』だと確定してしまうじゃないか……!もしも、そうだとしたら、僕は……!


「……そしてこれもまた、勇者の力……、いや、勇者と結びつきし時紡の姫巫女フェイト・コンダクターの力、か……」

「な、何を、言って……!?」


 魔神がそう呟くのと同時に、奴が見ていた先の空間が歪み始める……!そして、やがて人の姿を形どり……!


「……ここは……、さっきのフロアかっ!?」

「どうやら……成功したみたいね……!」

「コウ……!無事なのか!?」


 カッと光ったかと思うと、その人影が僕の知る人物たちへと変化する……。レン、ユイリ、レイア……!それに、ジーニス達が空間から現れたのだ……!


「コウッ!やっぱりこっちに居たのか……!レイアさんがお前の気配を辿って、封じられたフロアに無理やり繋げて移動魔法でやって来たんだが……、どういう状況だ!?シェリルさんは助け出したようだが……」

「……とりあえず、アイツに『重力魔法グラヴィティ』を掛けたところだけど……、フォルナ、来て貰えるか!?シェリルが麻痺と、睡眠の状態異常にされているんだ……!」

「はいっ!シェリル様はお任せください……!」


 僕は駆け寄ってくるフォルナ達に、シェリルを託す。元気になったシウスもその傍で魔神を威嚇するよう睨みを利かせている。勿論僕もシェリルを任せる間、魔神から目を離さないようにしていたが……、どうも奴の戦意が薄れていっているような……。


「フッ……、仕方がない、今回は諦めるか。彼女を見逃すのは余りに惜しいが……、これ以上刺激して『勇者』が完全に覚醒されても困るし、それ以外に汝らも中々に骨が折れる相手であるからな」

「……それは、私たちをこのまま見逃す、という事かしら?」


 警戒しながらもユイリがそう魔神へと問い掛ける。魔神は小声で何かを唱えると、


「……先程閉ざしたこのフロアへの扉の封印を今一度解いておいた。あと、そのエルフの娘に着けた魔封じのブレスレットも取り外してやった。さぁ、我の気が変わらぬうちに立ち去るがよい」

「……アイツの言ってる事は本当みたいだ……。『離脱魔法エスケープ』が使える気配が戻ったよ。今ならきっと……」


 僕と一緒にシェリルを見守ってくれているレイアがそのように伝えてくる。ふと見ると、確かにシェリルに着けられていた腕輪も消えている。レイアはすぐさま脱出するかというように僕を見てくるけれど……、


「レイア……、『離脱魔法エスケープ』の魔法は少し待ってくれないか……?魔神……さっき言っていた事は、どういう意味だ?『界答者』だと?お前は何を知っている……?」


 僕の問い掛けにハッとしたような顔をしたのは、レイアとユイリだったようだけど、今の僕にはとても気付く余裕はなかった。今はただ、奴の言っていた事を理解するのに精一杯だった。


「……気が変わらぬ内にさっさと立ち去るようにと言った筈だ……。それに、何故それを我に問い掛ける……?そこにおる時紡の姫巫女フェイト・コンダクターの娘に尋ねれば良いではないか。そもそも……」

「フェイトコンダクターだか何だか知らないが、さっさと僕の問いに答えろ!!お前が言い出した事だろうがっ!!」


 煙に巻こうとする魔神を激昂しながらも問い詰める僕。シェリルの事を考えれば、奴の気が変わらない内に直ちに脱出する事が賢い選択だという事は僕にもわかっている。だけど……勇者の事を知る目の前の相手から、はっきりさせておきたかった。

 もしも自分が本来この世界に呼ばれる筈の勇者だったとしたら……、このファーレルで何をしなければならないのか……。それは、果たして自分に出来る事なのか……。そして……もしも僕が勇者だとして……全てを終えて後に元の世界に帰る事がはたして出来るのだろうか……。


「随分と余裕のない勇者だ……。しかも、自分がこのファーレルにいる理由すらも知らないときている。何故、汝がこの世界に呼ばれた理由を知らぬのか……、そして、汝を呼び寄せた者も何故その理由を隠しているのかはわからぬが……間違いなく汝は『界答者』となる器を持ちし者よ。我が数々の状態異常を打ち破りし『自然体』を備えておるのもさることながら、他の者が汝の気配を辿り、封印されたこのフロアへとやって来た事が何よりの証拠……」

「……それが、何故勇者という事になるんだ……。それに、『界答者』とはなんだ……?今まで、聞いた事もないぞ、そんなもの……」


 余裕のない僕を見据えながら、魔神が少し興味を持ったように、


「なればそのエルフの娘を置いていけ、さすれば全てを教えてやろう。貴殿の女ならばと見逃そうとも思ったが、汝が勇者である以上、この娘でなく汝には運命の者がおるはずだ」

「……そんな事が出来る筈ないだろっ!それに、一体何を言っている……!!」


 運命の者!?勇者であれば決まっている!?わからない……コイツは一体何を言っているんだ……!?何がなんだかちっともわからない……!


「その事すらも知らぬか……。まあ良い、我はこれ以上話すつもりはない……。だが、そうだな……もし汝が勇者として、『界答者』として目覚めたならば、もう一度我の元に来るがよい……。少し汝に興味が沸いた」


 すると、僕の前に一枚のカードが出現した。この物が突然目の前に現れるパターンはもう正直見飽きているが……、目の前に現れたそのカードを僕は手に取る。


「……それはダンジョンカードだ。我が管理するダンジョンコアより作り出されし物ゆえ、もし我に会いに来る時、そのカードに念じるがよい。されば我が城までの道が開こう。……汝も少しは気付いているのではないか……?汝を勇者とするべく……既に世界からの呼び声を感じておる筈だ……」


 ……やっぱりこの魔神がダンジョンを管理していたのか……。発見する宝箱が悉くミミックだったり、嫌らしい仕掛けの数々は全部この魔神の差し金で……、千里眼とやらでその様子を見て笑っていたのだろう。

 まぁ、レイアが見られる事の対策はしていたような気もするけれど……。


 それにしても、世界からの呼び声、か……。多分あの、意味不明の能力スキルの事なんだろな……。


「では、もう話す事もない……特別に我自身が出口へと繋げてやろう……」


 魔神はそう言うと先程レイア達が現れた時と同じように空間を歪ませて……、直接ダンジョンの外へと空間を繋げたようだ。歪な空間の先に、外の様子見て取れる……。


「う……っ、コウ、さま……?」


 そんな時、フォルナの神聖魔法を受けていたシェリルが気が付いたのか、うわ言の様に僕を呼ぶ声がする。彼女を安心させる為にも顔を見せると、


「コウ、様……っ!!」


 僕の姿を認めた途端、シェリルが僕に抱き着いてくる。そんな彼女を優しく抱きとめながら、


「シェリル……ユイリ達と一緒に先にここを出るんだ……」

「そ、そんな……コウ様も一緒に……」


 一緒に居たいと訴えてくる彼女に、ゆっくりと首を振りつつ、


「アイツが狙っているのは君だ……。全員出てしまった後で、君だけ何らかの方法でこのフロアに戻されてしまったらもうどうしょうもない。このフロアを最後に出るのは僕だ。皆が出られた後で……僕が最後に出る……」


 そんな僕の言葉にシェリルは何か言いたそうだったけど、流石にここで口論している場合ではないと察してくれたのだろう。その言葉を飲み込んでくれたようだ。


「…………すぐに、戻って来て下さいね……」

「コイツは俺がちゃんと見ておくから安心してくれ、シェリルさん」

「……ボクと一緒に行こう、シェリル……。待ってるからな、コウ……」


 そう言ってレイアが目覚めたばかりのシェリルに肩を貸しながら共に空間を潜っていく。続けてユイリがジーニス達を伴い外へ……。


「……先に行った奴から何も言って来ねえって事は……大丈夫だ、コウ。俺たちもいくぜ」

「……通信魔法コンスポンデンスも入っていないから大丈夫だとは思うけど……、レン、先に出て皆いるかどうか確認してくれ。僕は、最後に出る。それは……変わらない」

「随分と疑り深いじゃないか……。ま、好きにするがいいさ。我は気にしない」


 僕の意思が固いという事がわかったのだろう、レンはひとつ溜息をつくと、


「仕方がねえな、先に行くが……お前もすぐ来いよ。シェリルさんも待ってるんだからな」

「…………ああ」


 そして、レンも最後に僕の方を見て空間を潜っていった。これで、ここには僕と目の前の魔神しかいなくなる……。


「…………」

「先程も言ったが、我はこれ以上何も話すつもりはないぞ。さっさと行くがよい、お前を待っている者もいるだろう?」


 魔神はそう言うが、奴が答えるかどうかは別として、これだけは聞いておきたかった。それは……、


「……お前の口ぶりから、過去の勇者とも相対した事があるんだろう?その勇者たちは最後、どうなったんだ?元の世界に帰れたのか?」

「先程より汝の様子から、恐らくそうなのだろうと思っていたが……汝は元の世界に帰りたいのか?」


 僕の質問に対し、逆に質問を返してくる魔神。


「……ああ、僕は、来たくてこの世界に来たわけじゃない……。だから、勇者だなんて言われても、そんな簡単に認める訳にはいかないし、絶対に元の世界に戻らないといけないんだ」

「それは、汝が勇者として覚醒した時に全てわかるだろう……。まずは、世界からの呼び声に耳を傾けることだな。もう、汝には現れている筈だ……」


 魔神からの言葉に返そうとして、ユイリやシェリル、レイアから通信魔法コンスポンデンスが入る……。いずれもまだ戻らない僕を心配する内容だった。


「……わかったよ。お前の言う通り、確認してみる……。嫌な予感で胸が一杯なんだけど、ね」

「恐らく汝は再び我に会いに来ることになるだろう……。その時は先程のエルフの女のような上玉の娘を一緒に連れて来い。歓迎しようではないか」


 これ以上話していても無駄だと判断し、シェリル達の下に戻るべく出口に向かう僕に、


「おっと、忘れるところだったな……。折角、我のところまで来て手ぶらで帰すのもなんだ、ひとつ褒美でもくれてやるとするか……」

「……褒美?そんなもの……」


 要らないと言おうとした僕に、何やらペンダントのような物を目の前に出現させた。


「……我ら魔神に伝わるペンダント……『神威の首飾り』だ。魔法工芸品アーティファクトの一種でもあるな。呪われているかどうかはお主にもわかるだろう?その評定判断魔法ステートスカウターなるものでも唱えればよかろう」

「……何故、このような物を……?お前にとって、僕は招かざる者である筈だ……。どうして僕に魔法工芸品アーティファクトを渡そうとする……?」


 はっきり言って僕にはこの魔神の事をどうも信用できそうにない。シェリルに手を出そうとした事もさることながら、勇者云々の件にしても何処か僕をからかっているのではないかと勘ぐってしまう……。もしかしたら、この魔法工芸品アーティファクトにも何らかの細工をしているんじゃないのか……?


「そこまで疑われているのは正直心外だな。先程も言った筈だ。我としてみれば汝の事は興味を持っておるのだ。勿論、あのエルフの娘の事は完全に諦めた訳ではないが……、とりあえず今は手を引いたではないか?まぁ、どうしても要らぬというのなら強要はせん。かなり良い魔法工芸品アーティファクトだとは思うがな……」

「………………少しでも妙なところがあったら捨てるからな」


 僕は溜息をつくと、目の前に差し出されていた神威の首飾りなるペンダントを手に取る。確かに、僕でも感じる程の魔力がこのペンダントには備わっているようだ。身に着けるのはとりあえず鑑定を済ませた後にしよう……。


「賢明な判断だ。ではまた会おう、未来の勇者よ。汝に敬意を表して、我の名も伝えておこう……。我が名はパンド-ラ……『災厄』の王の異名を頂く魔神パンドーラよ!」

「……パンドーラ、ね……。僕としてはもう二度と会いたくはないけど……一応覚えておくよ……」


 つれない奴だと嘆く魔神パンドーラを無視し、今度こそ僕は開かれた空間を潜っていく。歪んだ空間の中で前方に広がる出口を目指して歩いていく中、僕は先程言われた事を思い出す……。


『まずは、世界からの呼び声に耳を傾けることだな。もう、汝には現れている筈だ……』


 それは、恐らく今まで見ないようにしていた『???からの呼び声≪1≫』の事を言っているのだろう。もう、現実から逃げ続ける訳にはいかない……。

 僕はそう決心した時、ちょうどシェリル達が待っているであろう出口へと辿り着くのだった……。



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