第29話:最奥で待ち受けし者は……




「……今、何層だ?色々ありすぎて、何階層降りたかも分かんなくなってきたぜ……」

「……14階層だよ、レン」


 ウィル・オ・ウィスプの助けを借りてもなお、何処か薄暗いような印象を受ける回廊を進みながら、前を歩くレンがぼやく様に呟いた言葉に対して答える僕ではあったけど、彼がぼやきたくなる気持ちはわかる……。新しく出来た6階層に降りて早々に、あのスケルトンたちに襲われて以来、ありとあらゆる仕掛けで、この『泰然の遺跡』の探索を阻もうとしてきているのだ。


 あのスケルトンたちの襲来に続いて、如何にも幽霊といった感じの、白い霧のような魔物である『ホワイトレイス』や、邪悪な意思の集合体であるという『邪霊の群集イービルボイス』、異臭のする腐乱死体のようなものが徘徊している『動く死体リビングデッド』と、実体が無かったり、既に生物の活動を終えたような魔物たちに襲われ、どうにか対処したかと思えば……今度は動く死体リビングデッドどもが勝手に起動させたトラップによって、大量の水を浴びせられそうになったり、猛毒の瘴気や沼を発生させたりと、他にも散々な目に合わされたものだった……。


(続行しようなんて言っておいてなんだけど……、やっぱり戻っておけば良かったかな?)


 階層を降りるにつれて、ダンジョン内の雰囲気も一段と禍々しくなっている様にも感じ、6階層での判断を後悔する気持ちも僕の中で出始めている。


 7階層以降も同様にアンデッドモンスターに至る所で遭遇し、そんな中で発見した宝箱は、『ミミック』と呼ばれる宝箱に擬態した魔物だったのだ。新たな階層以降に見つけた初めての宝箱という事で、何かいい物でも入っているのかと期待した僕たちの心を見事にへし折ってくれた。

 そんな働きをしてくれたミミックだが、その1体だけとは留まらず、なんと見かける宝箱全てがミミックという何とも言えない嫌がらせ仕様で、もう宝箱を見かけても心躍るどころか、無表情でそれを探り、先手を打ってユイリが仕留めるといったシュールな光景が展開される事になっている。


 挙句の果てには、9階層で次の階段を見つけた際に、『目的地探索魔法ナビゲーション』を使用していたレイアが、おかしいと指摘し……、調べてみたところ『カイダンモドキ』という階段に化けたモンスターだと聞かされた時には、肉体的にも精神的にもヘトヘトになってしまっていた。


「……やっぱり、10階層に降りてもまだ先があるとわかった時点で、戻るべきだったかしらね」

「どうだろうね……、むしろここまで降りたからには、体力が続く限り探索しようってなったし。だって、またこんな思いするのは御免だよ」


 幸い、レンやユイリ達がそれらの仕掛けに対応できていたので、その時はそのまま進もうという事になったが……、むしろ、レン達が居なければ、間違いなくここまで降りられなかった事もまた事実である。


 レンの今までの経験則に基づく判断や、出てきた魔物を的確に倒していく戦闘力は、これまで幾度となく僕たちの危機を救ってくれたし、ユイリの固有技である『槍衾』……、別名『ファランクス』は、動く死体リビングデッドが自沈覚悟で起動させた、殺傷効果の高そうな矢がフロアの四方より満遍なく飛んでくるというトラップに対して瞬間的に障壁を張り、僕たちを守ってくれたり、宝箱がミミックかどうかや、フロア内にトラップがあるかどうかを判断してくれていた。

 実際のところ、僕たちが起動してしまったトラップは、ここまで1つも無く、全て動く死体リビングデッドたちが起動させたものだけである。……本当に、余計な事をしてくれる忌々しい魔物だ。


 さらにレイアだが……、そもそもな話、彼女の『目的地探索魔法ナビゲーション』が無ければ此処までダンジョンを降りる事自体出来なかっただろう。最短距離で階段までの道筋を探り、導いてくれる事に加え、途中で毒の沼地を切り抜ける際に使用した『浮遊魔法フローティング』や、魔物たちを撃退する数々の攻撃魔法は、流石は大賢者の弟子というべき強力な物で、厄介なアンデッドモンスターを倒す一助となっている。

 彼女にはシェリルと共に、模擬戦や戦闘訓練、依頼クエスト等の合間に、魔法について色々学んでいたから、レイアの魔法の凄さは知っていたつもりだったものの、かなり高等な炎系統、氷系統、光系統と、様々な属性の古代魔法を使いこなし、さらに使おうと思えば他の属性の魔法でさえも一通り使えるという事で、とても頼もしく思ったものだった。


 最後にシェリル……。彼女の存在もまた非常に大きかった。恐怖や毒、呪いといったあらゆる状態異常にすぐさま対処、治療出来る事は勿論の事、ホワイトレイスや邪霊の群集イービルボイスが使用してきた『ランクドレイン』という、自分たちからランクや経験値を吸収する非常に厄介な特殊能力に対し、神聖魔法で無効化してくれた事は、レン達がとても感謝していたのを覚えている。

 さらには『破魔の祈りシャットアウト』によって、魔物に襲われにくくしてくれたり、大地の精霊であるノームに命じて、トラップを発動させようとする動く死体リビングデッドの動きを封じてくれたりとこれだけでも十分すぎるくらいに活躍してくれていたが、シェリルの一番のファインプレーは『魔物襲来モンスターインベイジョン』を回避してくれた事だ。

 12階層にて、フロアに出た途端に次々と魔物たちが湧き出すのを見た瞬間、僕たちを通路まで戻るように伝え、すぐさまその出入口に『土塊魔法アースウォール』を掛けて僕たちを追って来れなくしてくれた。壁をすり抜けて襲ってきたホワイトレイスには別途対応する必要があったが、無用な戦闘をする事なく、回避してくれていなかったら、今頃どうなっていた事か……。


「……この分じゃボスモンスターは『首無し騎士デュラハン』辺りじゃねえのか?とても『泰然の遺跡』の延長上のダンジョンとは思えねえよ」

「あと、何階層まであるのかも問題ね……。15階層に降りてもまだ続くようなら、一度戻った方がいいわ。間違いなく、ここはコウ達が降りちゃいけない類のダンジョンだから……」


 レンとユイリのやり取りを聞いて、確かにそうだ、と思う。いくら今、対応できていたとしても、今後も対処し続けていけるかどうかはわからない。ユイリの言う通り、僕やジーニスたちが対処できるレベルはとうに越えていて、いつ最悪な事が起こってもおかしくない状況である。


「……一応、次の階段は近いよ。次のフロアに出たら、多分すぐの筈だから」


 レイアも疲れた様子でそのように告げてくる。疲れているだろうな、そんな事を考えながら彼女の方を伺うと、その視線に気付いたのか、


「ん?どうしたんだ、コウ?今、ボクの方を見ていたか?」

「いや……疲れてそうだなって思ってさ。レイアだって、今日こんなダンジョンに挑む事になるなんて思ってもいなかっただろう?」


 レイアが僕たちに会いに来たのは、とどのつまり、僕の帰還に関する事を伝えに来たのが目的だった筈なのだ。


「まぁ、確かにね。でも、何時ボクたちにどんな依頼が来るかもわからないからさ。それこそ、王宮の騎士たちだったり、今回のようにギルドからだったり……。いつでも対応できるようにしておかないと……、って、そうだ!色々あって忘れてたっ!」


 そう言ってレイアは収納魔法アイテムボックスを操作して、何やら料理を入れたタッパーウェアを取り出し、その蓋を開ける。これは……、唐揚げ?


「最近、カラアゲっていう食べ物が一部の店で流行りだしているんだ……。ボクもちょっと作ってみたんだけど、一つどうだ?」

「ゑっ!?ちょ、ちょっと待って下さい!貴女が……作った!?」


 レイアの話を聞いて血相を変えたようにやって来たユイリが、レイアに詰め寄ると、


「……何だ?ユイリ、いきなり……」

「急に何を言っているんですか!しかも、こんなところで……っ!」


 ……何やら揉めているな。そういえばレイアとユイリは前にもこのようなやり取りをしていたっけ……。単なる知り合いといった風でもなく、結構親し気な雰囲気も感じられるし、今度聞いてみようかと思っていたのだったが、


「先日も水を差してくれたよね、ユイリ……。何かボクに思うところでもあるの?」

「そんなものなんてありませんけれど……!ただ、貴女は普段料理なんてしないじゃないですか!何もこんなダンジョンで出さなくても……っ!」

「いいじゃねえか、ちょうど小腹もすいたし、1つ、いいっすかねぇ、レイアさん?」


 2人のやり取りを聞いてきたのか、ヒョイっとレイアの持つタッパーから唐揚げ?を摘まむとそれをそのまま口に放り込むレン。


「あっ……!」

「ちょっと、レン!!勝手に何をっ!」


 もぐもぐと咀嚼するレンに、ユイリだけでなく耄けていたレイアもハッとしたように詰め寄ると、


「こらっ、レンッ!食べるなとは言わないけど、いきなり食べる奴があるかっ!!」

「そもそも、まだ食べられる物なのかもわかっていないのよ!?今、ここで食べて、もし何かあったら……っ!」


 聞いていると結構失礼な事を言っているユイリ。最も、さっきチラッと見かけた感じだと唐揚げなのかなって思う物でもあったのだけど……。


「……ん?それって何か、ボクが作ったカラアゲに問題があるというのか!?」

「い、今はそんな事を言っている場合では……っ!」

「モグモグ……いや、ちゃんと食べらるっす……ゴホォ!?」


 急にゴホゴホとむせ返すレンに、周りはシーンと静まり返る。み、水……、と呻きながら咳き込むレンとこのダンジョンの雰囲気がどうもアンバランスで……、ってそんな事を言っている場合ではないか。

 慌てて、持ち込んだ水を取り出して、レンに飲ませる。念のため、シェリルも食中毒や腹下しにも効果のあるという『解毒の奇跡デトックス』の神聖魔法をレンに掛けたところで、


「ふぅ……、口ん中が火傷するかと思ったぜ……」

「ゴ、ゴメンな、レン……、でも、何が悪かったんだろう?」

「……そもそも、ちゃんとレシピを知っていて作ったんですか?『唐揚げ』は誰かさんのせいで、レシピが公表されていないので、まだ『清涼亭』と『天啓の導き』でしか出されていない物なんです。見様見真似で作ったのなら……こんな風にもなりますよ」


 ジト目で僕を見ながらユイリがそう説明している。はいはい、僕のせいでしたねと心の中で彼女に応えながら、レンの様子から察するに原因は恐らく……、


「サ、サーシャからある程度は教わったぞ!?ま、まぁ少しはボクもアレンジをしてみたが……」

「それが駄目だったんじゃないんですか!?あのレンが・・・・・料理の事で撃沈するなんて普通じゃないんですよ!?」

「……多分、胡椒の使いすぎで噎せたんだよ。もしかしたら、それ以外にも辛みの元があったのかもしれないけれど……」


 ユイリ達の話に入り込みながら、僕も彼女のタッパーからそれを摘まみ、驚く2人を余所に口に入れてみると、


(辛っ!!予想以上に、激辛だ……。衣にする小麦粉に胡椒を満遍なく加えてもこうはならないぞ……)


 すぐさま水を飲み、口の中を綺麗にしながら僕はそう考える。これでも辛い物は比較的食べられていた僕でも、これは結構キツイ。おまけに唐揚げに使った肉も火が通りすぎてウェルダンというよりも焦げ付いてしまっている。……まぁ、食べられるだけマシといえるかもしれないけど。


「だ、大丈夫か……?別に、無理して食べなくても……」

「……食べ物を食べられない物にする必殺料理人とかに比べたら、君のは普通に食べられるよ、レイア。調味料とかがほとんど料理に使われていなかったこの世界で、手探りで作ったのなら、コツを掴めばすぐ上達するんじゃないかな?」


 ……元はといえば、ユイリの言う通り、面倒くさがってレシピを公表していない僕にも責任はあるかもしれない。この件について、何時までも放置しておくと、僕の知らないところでややこしい事になるかもしれないから、そろそろ真面目に考えるか……、そう考えていたらレイアが何やら感激したようにこちらを見ていて、


「じ、じゃあ、コウ!これから毎日作ってくるから、お昼時にでも味を見て貰えないかな!?」


 ……どうしてそうなった?あれ?僕、何かレイアからそんな事をして貰えるようなフラグって立てていたっけ……?確かに彼女とは魔法の事や、学者の延長上で就く事が出来るようになった研究者の件などで色々話す事はあったけれど……。そもそも20数年生きてきて、異性から誰彼構わず好意を持たれる能力なんて、持ち合わせていなかった筈だ。


「……まぁ、レイアがいいなら、僕は別に……」

「お、お待ち下さい!レイアさん、お昼は何時も、わたくしがコウ様にご用意させて頂いているんです!偶にと仰るのならばまだしも、毎日というのは……っ!」


 了承しかけた僕に、珍しく慌てた様子でシェリルが会話に割り込むように入ってくる。


「……いいじゃないか、シェリルはシェリルで作ってくればいいだろう?そこにボクが入るというだけで……」

「駄目です!唯でさえコウ様は小食ですのに、そこにレイアさんが入って来られると、間違いなくお食事が進まなくなってしまいます!もし、それでコウ様がお身体を崩されたとしたら、どうなさるおつもりなのですかっ!!」


 ……仕事していた時は、忙しすぎてお昼を食べない事が多かったからな……。漸く、今の生活に少しずつ慣れてきたとはいえ、食事に関しては白米が食べられていないせいか、さらに小食になりつつある事もまた事実。

 ユイリが取り寄せるよう手配してくれている、和の国の『米』というのが、果たしてどういう物なのか、期待半分諦め半分で待っているという状況ではあるけれど……。


「まあまあ……、シェリル、何をそんなに熱くなっているんだ?別にそれ位の事……」

「良くありませんっ!その位だなんて、仰らないで下さいっ!貴方とのそういった時間を、わたくしはとても大切にしているんですっ!!」

「は、はいっ!ごめんなさいっ!!」


 こ、怖っ!?いつも優しいあのシェリルが……、どうしてこんな事に!?っていうか、この2人、実はあまり仲が良くなかったのか!?

 そんな事を思っている間にも、彼女たちの会話はますますエスカレートしていく……。


「……これまでは君の境遇もあったから、ボクも大人しく見てたけど……!これからは言わせて貰う!」

「その仰り様はズルいです……っ!わたくしだって、レイアさんには遠慮しておりましたけれど、言わせて頂きますわっ!この間だって『近くに来たから……』等と偶然を装って、清涼亭までいらしたじゃありませんかっ!折角、コウ様には穏やかに寛いで頂いていたのに……!!」

「それ位はいいだろう!?そういう時間は、今までは全部シェリルが独占していたんだからっ!!」

「そうでしょうか!?前々からよく、わたくし達の間に入ってくる形で、レイアさんがいらしてらっしゃいましたよね!?独占なんかじゃありませんわ!!」


 頬を膨らませながらお互いを睨み合うその姿も何処か可愛いと思ってしまう僕も僕だが、いつ何が起きるかもわからないダンジョン内で、こんな事をしている訳にもいかない。

 固まっていたレン達を促し、ユイリの力も借りて2人を説得し、後で話し合いの下、僕も出来る限り協力するという形で一先ず落ち着きを取り戻したようだった……。











「とりあえず、魔物襲来モンスターインベイジョンはないようですね……」


 俺の隣を歩く僧侶服に身を包んだフォルナが、ホッとしたように声を漏らす。同じ村出身の幼馴染でもあるフォルナは、見ただけでわかる程疲労困憊しており、そろそろ限界も近いのだろう。かく言う俺も、似たようなもので、10階層を越えた辺りからもう碌に身体も動かなくなってきていた。


「まだ、気を抜くのは早いわよ、フォルナ……。何も魔物襲来モンスターインベイジョンはフロアに入った瞬間に発生する訳ではないわ。フロアに入って暫くした後に発生する事だってあるし、通路でいきなり魔物襲来モンスターインベイジョンが起こったという報告もあるの」


 すると一番後ろに控えていたユイリさんがそっと前に出てくると、フォルナに対しそう話しかけてくる。

 そろそろ15階層への階段も近いという事で、新しいフロアに出た俺たちだったが、そのフロアは入ってきた出入口以外に他の通路は見当たらなかった。そのフロアのど真ん中にはこれ見よがしの宝箱が置いてあり……、その宝箱を今までの様に探る為にユイリさんが向かう中で、先程の言葉を続ける。


「このダンジョンでは今まで見られなかったけれど、一応覚えておいて貰えておいてね……?そういう想定が出来ていないと、何時かは命を落とすわ。常に何が起こるかわからない、そんな緊張感だけは、無くしちゃダメよ。無茶させているのは私たちだから、あまり大きな声では言えないけれど……、あと少しだけ頑張って貰えるかしら?」

「は、はいっ!わかりました、ユイリさんっ!!」

「ありがとう、この依頼クエストが終わったら、私が『天啓の導き』でご馳走するから、好きなだけ食べていいわ。さっき、私たちが食べていたケーキでも何でもね」


 本当ですかっ、と目を輝かせるフォルナに笑いかけるユイリさん。俺たちの所属する冒険者ギルド『天啓の導き』で自分たちを担当してくれている、俺の憧れの受付嬢、サーシャさんの親友との事だが、フォルナはすっかりユイリさんを尊敬し、憧れを抱いているようだ。


 普段は俺のライバルで……、メキメキ腕を上げていっているコウと同じく王城ギルド『王宮の饗宴ロイヤルガーデン』のメンバーであり、立場的にはコウの先輩らしいのだが……、傍から見ているとコウやレンさんといった人たちに色々と振り回されている苦労人というようなイメージが強い。このストレンベルクでは珍しい、流れるような長い黒髪を一纏めにしている綺麗なお姉さんといった感じで、遥か遠方にある和の国の女性を指す、『大和撫子』といった言葉が似合うくらい綺麗な人だ。


 結構面倒見が良く、姉御肌といったところもあり、俺たちのような新米冒険者にも色々良くしてくれて、サーシャさんと同じくらいに憧れている人でもある。そんなユイリさんが、中央にある宝箱の近くまで歩を進めると、今までと同じようにトラップがないかどうか、ミミックではないかを確認していく……。


「……どうせミミックでしょ?このダンジョン、嫌がらせの如くミミックしかいなかったし……」

「冒険者としてはあるまじくだが……俺は宝箱を見ただけでトラウマになりそうだ……」


 うんざりしている様子のコウに同調するように、もう一人の幼馴染であるウォートルが続く。キラリと光るスキンヘッドのその頭は大量の汗が滲んでおり、ずっとレンさんの隣で壁に徹し続けたウォートルは、俺たち幼馴染の中でも一番消耗しているように思えた。そんな時、一人宝箱を調査していたユイリさんが、自身の見解を述べる。


「……ミミックではなさそうね。私の罠探知サーチトラップのレベルはそこまで高い訳じゃないから、絶対とは言えないけれど、宝箱にもトラップはかかっていないようだわ」

「まさかっ!?あれだけ事ある毎にミミックで、僕たちに宝なんて渡すつもりないんだと思っていたこのダンジョンで!?」


 驚愕したようにそう叫ぶコウに、ユイリさんの報告を聞いて自分でも調べていたレンさんが、


「……俺の罠探知サーチトラップでも、同じだな。ここにペの奴か、若しくはシーザーがいりゃあ確実に分かったんだが……」

「だけど、全く安全な宝箱とは言い難いわね。もしかしたら、先の通路を暴くスイッチ的な役割を果たしているのかもしれないし……」


 ユイリさんと同じように罠探知サーチトラップを使って、判断するレンさんに、成程と思う。


 ……トレジャーハンターのジョブ・レベルがある程度上がると身に着ける事が出来る能力スキル罠探知サーチトラップ……。俺もこの間漸く覚える事が出来たのだが、この能力スキルは使えば使う程熟練度が上がる。

 基本職に就ければ誰でも習得できる『収納魔法アイテムボックス』と同じように、その能力スキルや、魔法自体にレベルが設定された特技があるが、彼らのような一流の冒険者を目指すには、それらの熟練度も鍛えていく必要があるという訳だ。


 それにしてもさっきのお二人の話だと、このフロア内に隠し通路でもあるみたいな話だが……。


「先の通路、ね……単なる行き止まり、という事はないの?」


 コウが俺と同じ感想を抱いたのか、そう呟くとコウの傍にいたエルフ族の中でも特に美しい容姿をされているシェリルさんが応える。


「……いえ、恐らくこのフロアの何処かに、階段へと繋がる通路が隠されていると思いますわ」

「ああ、そしてその先に15階層へと降りる階段がある筈だ。大まかにはそこら辺が怪しいと思うけど……」


 先程までの様子を感じさせずに、そう話すシェリルさんとレイアさんにそっと視線を向ける。あれだけ熱くなっていたのに、今はその軋轢のような物は全く感じられない。元よりお互いを嫌い合っている訳ではない、その雰囲気からそういった印象を受ける。


 ……それはそうだろう、シェリルさん達とは何度も会っているが、俺も彼女らがあのように感情をぶつけ合う姿なんて、見た事も無かったのだから。さっきのだって、仲が悪い、というよりはむしろ……。


「……隠蔽されし存在よ、今こそ白日の下に晒せ……『看破魔法インサイト』!」

「私もさっき調べてみたけれど、魔法で隠蔽されている様子はないわ。となると何か仕掛けがあるんだと思うんだけど……」


 軽いような様子で魔法を唱えるコウを見て、内心で俺は舌を巻く。コウが『招待召喚の儀』によってこのファーレルに呼ばれた勇者候補の一人という事は、王城ギルドの方たちの他では、俺たちやレンさんの仲間の人たちしか知られていない真実だ。

 初めて会った時はコウも戦闘の経験すらなかった新米冒険者だったのにも関わらず、今となっては先程の様に数多くの魔法も習得し、模擬戦においてもレンさん達ともいい勝負が出来ているらしい。

 コウが重力魔法グラヴィティという、己に制限をかけた状態であるならば、互角以上に戦う事も出来るが、ライバルと自称している自分にとっては今の状況はあまり好ましいものではない。


 特に驚きなのが、コウの魔法習得に対する才能で、火球魔法ファイアボール石礫魔法ストーンショットといった魔法を、俺が使っているのを見てあっさり覚えてしまったのだ。

 古代魔法を使える才能があった俺だが、その魔法を覚えるには『魔法大全』を読み、言霊を理解して、自分がその魔法の性質、例えば火球魔法ファイアボールであれば、自分の掌の上で炎が球体状になっているというイメージを持てなければならない。

 それにもかかわらずに、コウがすぐに魔法の性質を覚えて使用できるようになるというのは、アイツの頭の中で完全に理解しているからだと考えられるが、普通そんな事はあり得ない。


(最も、コウが異世界からやって来た勇者であるから、と言ってしまえばそれまでだがな……)


 『招待召喚の儀』にて召喚された勇者として、こちらは既に国中に公表されているトウヤ殿は、長年絶対不可侵アンタッチャブルとされていた竜王『バハムート』を見事ストレンベルク山中から追い落としたとして、これまた絶対的な強さを示し、いまやストレンベルクの希望の星として、皆に周知されてきていた。

 ……まぁ俺としては、普段の様子のコウを知っている分、雲の上の存在って感じのトウヤ殿よりは、コウの方が親しみを感じてもいるが……。


「それでどうする、コウ?宝箱、開けるか?」


 俺がそんな考えに耽っていると、レンさんがコウに対し、判断を委ねていた。最初の第5階層までの指示といい、今回のダンジョン探索はコウの勇者としての成長を促す一環として捉えているのだろう。ユイリさんたちも、コウの判断を尊重しているようだった。


「……トラップの可能性が低いのなら、開けた方がいいのだろうけど。何か嫌な予感がするんだよなぁ……」

「気持ちはわかるけどね。でも、開けないならそれでもいいわ。とりあえず、フロア内をもう少し探索してみて……、通路が見つかったのなら別に無視してもかまわないだろうし」


 コウの言葉にユイリさんが肩を竦めるようにそう答える。すると、フォルナがユイリさんに気になっていたであろう事を訊ねていた。


「ユイリさん、もし宝箱にトラップが仕掛けられていたとして……、一体どんな種類のトラップが存在するのでしょうか?差し支えが無ければ教えて欲しいのですが……」

「そうね……、ミミックもトラップの一種と考えられているけれど、他には『中身紛失』、『大爆発』、『瓦斯噴出』……、後は『毒針掃射』、『警報発動』……。『強制転移』なんてモノもあるわね……。後は宝箱そのものにトラップは無くても、宝箱を開ける事でフロア内に設置してあるトラップが連動するって事もあるわ。この宝箱の場合、怖いのはそっちね……」


 ……成程な。因みにユイリさんの罠講座はまだ続いており、『瓦斯噴出』にも色々あって、中には年齢をも変化させてしまうガスもあるのだとか、『強制転移』はフロアの何処かに移動させてしまうトラップだが、下手をすると壁の中に転移させられてしまい、そうなってしまうと行方不明扱いとなり、救出できなくなるという、最も恐ろしい罠である等……、一刻も早く罠探知サーチトラップの熟練度を上げる必要があるなと思ったところで……、


「きゃあ!!」

「な、なんだ、これ!?」


 突如、後ろにいたシェリルさんとレイアさんから悲鳴が上がり、慌てて振り返る。一見変わった事はなさそうに見えたが、悲鳴を上げたシェリルさん達は苦悶の表情を浮かべ、まるで何かに抗うかのような、俺達には見えない何かに捕まっているかのような印象を覚える。


「シェリル!?どうしたっ!!」

「コ、コウさまっ!!何かが、わたくしの足元に……!両手にも……っ!!」

「ボクの身体にねっとりと絡みついてくる……っ!ぬるぬるした粘着性のある、まるでスライムのような材質の……っ」


 ス、スライム!?あの1階層で見たような、あのスライム!?すぐさま駆けつけたコウがシェリルさんの容態を確認し、


「……クリアスライム。ランクが、88だって……!?おまけに、シェリル達を襲っているのは、元々1体で……今は分裂しているみたいだ。さらには、今までは通路を隠す壁として擬態していたらしい……」

「クリアスライム!?そんなスライム、聞いた事ねえぞ!?しかも、ランクが88もあるスライムだぁ!?」


 恐らくコウが使えるという鑑定の魔法を唱えたのだろう、信じがたい言葉がコウの口から飛び出してくる。ふと見ると、確かに先程まで無かった、奥に続く通路が自分たちの前に新たに出現していたが……、この、クリアスライムっての隠していたっていうのか!?


「う、嘘っ!私にも……!?どんどん這い上がってくるっ!?」

「くっ……、接近の気配に、気付かないだなんて……っ!!」

「フォルナッ!?ユイリさんまで……!!」


 クソッ、と舌打ちして俺もフォルナの下に駆け寄る。同じく駆け付けたウォートルと共に、杖を握り締めたまま小刻みに震えているフォルナを確かめると、先程レイアさんが言っていた、ぬるぬるした感触のものが、彼女の膝元まで上がってきていくのがわかった。

 ユイリさんも両手にそれぞれ長めの小刀を持って、なんとか逃れようともがいていたが、彼女の力を持ってしても振りほどけない様子だった。


「……『蒼炎衝斬フレイムインパルス!!』


 裂帛の気合と共に、レイアさんを襲っているスライムに向かって炎を纏った斬撃を振り下ろすも、余り効力があったようには見受けられない。

 一瞬透明になっていたところが浮かび上がったくらいで、それもすぐに元に戻ってしまう。

 レンさんの攻撃、それも焼き尽くそうと炎を纏わせたにも関わらず、それでも駄目なのか……!?

 おまけに、その一瞬浮かび上がった光景も、俺たちを驚愕させるものだった。


「こいつ……装備を、衣服を溶かしている……!?」

「……とんだエロスライムだな」


 女性陣だけを捕えている事から考えても、このスライムの目的は……っ!


 シェリルさんのところで色々試しているコウとアサルトドッグと同様に、俺たちも何とかフォルナを救おうと見えないスライムに攻撃を加えるが、全く効いている様子はない。

 斬撃は下手したら囚われている彼女たちを傷つけかねないと積極的に仕掛けられず、スライムの本体を探しているが、何処がそうなのかもわからず、こうしている間もフォルナ達がどんどんスライムに侵食されていっている……。


「炎で効果が無いなら……、コウ!レンもいいか!これからボクは、氷属性の魔法を使ってボク達ごとスライムを凍らせる!流石に凍ってしまったら、浸蝕も止まるだろうから……、その隙にボク達からスライムを引き離してくれ……っ!!」

「ッ……仕方ねえか、頼む、レイアさん!なるべく傷つけねえよう、早く助け出す!!」


 焼き尽くせないなら凍らせるまで、か……!彼女たちまで凍らせる事はリスクもあるが、とりあえずこのスライムを何とかする事が先決だ。フォルナたちも覚悟しているようだし、そうするしか……。レイアさんの詠唱が進む中、コウがハッとした様子で声を掛けようとする。


「ま、待って、レイア!!クリアスライムの状態コンディションに、気になるところが……っ!」

「……大気に満ちたる水の粒子よ、凍れる結晶となりて我が敵を蹴散らせ……!『細氷降屑魔法ダイヤモンドダスト』!!」


 コウの呼び掛けもむなしく、レイアさんは魔法を完成させ、彼女らを凍り付かせようとダンジョン内の空気が冷えていくのを感じる。やがて、小さな氷の結晶が生まれ、それがスライム目掛けて降り注がれようとしたその時、透明状態だったスライムの表面にキラリと輝く、鏡のような薄い光が現れたかと思うと、その氷の結晶を次々と俺たちに向かって反射させていった。


「なっ!?なんだ、何が起こったんだっ!?」

「ま、魔法を……跳ね返しやがった、だと……!?」


 レイアさんの唱えた『細氷降屑魔法ダイヤモンドダスト』がそのまま俺たちに降りかかってきて、その激しい凍気が身体の隅々まで覆い尽くしてくる……。その結果、スライムを凍らせる筈が俺たち4人を凍り付かせる事になってしまった。


「……このクリアスライムの状態コンディションのひとつに……、『反射』というものがあった。それが、何を指しているのかはわからなかったけど……、魔法を撃つのはマズイと思ったんだ」


 コウが精霊魔法でサラマンダーを呼び出したのか、凍り付いた俺たちの身体を小さな炎が灯り、徐々に極細の氷を溶かし始める……。その上でコウは、先程止めようとした理由を話し始め、


「……『反射』の他には、『透明化』、『すり抜け』という項目がある……。このままシェリル達を自分と同じ透明にして……、壁や床をすり抜けて連れ去ろうとしているのかもしれない……」

「た、対策みたいなモンはないのか!?弱点とかよっ!」


 凍傷を負った身体を何とか動かして、コウのところへ詰め寄るも、小さく首を振りながら、


「物理攻撃無効みたいな表記はないけれど……、レンの攻撃を受けてもピンピンしてるんだ。スライムの弾力じみた身体のせいで、攻撃が効きにくいんだろう」

「お前っ!なんでそんな冷静でいられんだよ!!フォルナが、シェリルさんだってヤバいんだぞっ!?」

「っ……冷静なんかじゃないっ!!」


 声を荒らげるコウを見て、ハッとする。よく見ると、コウの両手の拳から血が滴り落ちているのがわかった。

 血が滲むほど拳を握り締めているのを見て、コウも冷静を装っているだけで、目の前の何も出来ない状況をどうとかしようと、必死に考えていたのだ。そんなコウに詰め寄った自分を恥じ、俺も少し冷静さを取り戻す。


「す、すまねえ……」

「……皆、気持ちは一緒だ。諦めないで、方法を探そう……」


 ああ、と頷き俺とウォートルはフォルナのところまで戻ると、何とか彼女からスライムを引き離そうとする。しかし浸蝕は既に下半身を覆い尽くし、手にしていた筈の杖もスライムに埋め尽くされて、時折溶かし尽くされた杖の残骸が浮かび上がっている状況だ。そして、そうこうしている間にも……、


「ッ!あぁ……っ!」

「シ、シェリル……ッ!!」

「ううっ……ボクの肩の方まで、スライムが……っ!」


 シェリルさん達は両手を頭の上まで引き上げられて、最早自身の足で立っているというよりも、スライムによって立たされているような格好となっている。一段と浸蝕が進み、拘束されている彼女たちを一箇所に引き寄せ、徐々にその姿をスライムの身体で消してゆく……。フォルナ達の悲痛な声に、もう猶予は残されていないという事をわからされるも、一体どうすればいいのか皆目見当もつかない……!


「ッ……コウ、さま……聞いて、下さい……」

「シェリル!?どうしたんだっ!?」


 そんな時、息も絶え絶えな中で、シェリルさんがコウに話しかける。


「一か八か……、ある魔法を試してみます……。このスライムに効果があるのか、わたくしたちに影響が出ないか不透明な部分も多いのですが……、このままですと、全身をスライムが覆ってしまう事になってしまいますから……」

「それは……確かにね。もう、時間の問題だと思う……」


 スライムはもうシェリルさんの上半身も覆い尽くしてしまうような状況だ。シェリルさんとレイアさんは、フォルナ達よりも早く捕えられてしまっていたから、スライムの浸蝕も彼女たちより進んでいた。


「そうなる前に……これからわたくしは詠唱に入ります……!ですので……コウ様はそれまで、スライムに詠唱を邪魔させないよう、抱きしめて頂けませんか……?もう、ほとんどスライムに覆われてしまって、貴方の温もりも感じられないのは残念ですが、わたくしの口元までスライムが覆うのを何とか防いで下さい……!」

「わかったよ……!任せて、シェリル……!君の魔法を、スライムなんかに決して邪魔させないっ!」


 そう言ってコウは、スライム越しにシェリルさんを抱き寄せ、顔まで迫ろうというスライムを排除し続ける。目を瞑り、嫌悪感を耐えて必死に詠唱を続けるシェリルさんを守ろうと、スライム相手に格闘を続けるコウを、見守り続けるしか出来ない……。シェリルさんの魔法が不発に終われば……、もう俺たちにはなす術もないのだ。

 結構詠唱の長い魔法を使おうとしているようで、幾度となく彼女の口を塞ごうとするスライムをコウが抑え続け……、やがてシェリルさんの魔法が完成する……!


「……創造の原理を超越させし力の根源、我が魔力にて反転させ全てを暴走なさしめよ!発生させし力にて、光もささぬ無の彼方へと消し去らん……!『絶対消滅魔法エクスティンクション』!!」


 次の瞬間、フロア内を目も開けていられないような激しい光が包み込む……!スライムの声なき断末魔が聴こえたような錯覚を覚えつつ、光が収まるまでその場にて目が眩まぬように立ち尽くしていると……、やがて目を開けれるくらいまで視野が回復してくる……。そこには、スライムから解き放たれた、フォルナ達がその場へと座り込む姿があるのだった……。











「…………ッッ!!」


 クリアスライムが断末魔をあげたような気配を感じると同時に、評定判断魔法ステートスカウターで確認した情報も一緒に消えていく。シェリルの放った魔法の力で、クリアスライムを消し去ったと確信すると、僕はシェリルの感触を確かめる。先程の様にぬるぬるとしたスライム越しではなく、生身のシェリルの温もりを感じ、彼女も一緒に消滅していない事に安堵した。

 ギュッと抱きしめると、微かに彼女の反応を返すのを感じる。その事にホッとしつつも、僕はシェリルに話し掛けた。


「……大丈夫かい?シェリル……」

「コウ……さま……?ええ、わたくしは、大丈夫です……」


 凄く疲れた様子で、それでもシェリルは目をうっすらと開くと、傍にいる僕を見て儚くも笑う。ふと彼女の姿を見て、思わず顔を赤らめつつも、僕はこの世界にやって来て以来、身に着けていた毛皮で出来ているマントをそっとシェリルへと羽織らせる。

 クリアスライムによって溶かされてしまった彼女のローブ等は、衣服の体を成すかどうかわからず、とても際どいものとなってしまっていたのだ。同様に、ユイリやレイア達にもレンらが代わりの外套やらを纏わせているようだった。


「なんとか、あのスライムだけを消し去る事が出来たようですね……」

「……今は何も考えなくていい、ゆっくり休むんだ」


 疲れているであろうシェリルにそう言うと、そういう訳には参りませんわ、と彼女が返してきて……、


「……大いなる神の御力にて、凍り付きし者に暖かな温もりを与え給え……『凍傷改善の奇跡デフロスト』」


 すぐさま唱えた神聖魔法により、僕の身体に残っていた凍傷が解消されていくのを感じた。少し失礼致しますと、まだ本調子でないのにも関わらず、シェリルは名残惜しそうに僕から離れると、マントに包まりながらレイア達のところまで歩いていくと、


「……人によりて生み出されし錬金の深奥にて、元の形へと錬成し修復を願わん……『装備修理魔法リペア―ド』!」


 続けて詠唱したシェリルの魔法は、スライムによって溶かされたレイアの衣服や装備品を、元の状態へと戻していった。

 そんな魔法もあるのかと、半ば呆然とした僕を余所に、シェリルはユイリ、フォルナと次々と装備を修繕していき、レン達の凍傷も神聖魔法で癒した後、僕の元へと戻ってくる。

 そこで初めて自身の衣類を直していない事に気付き、顔を赤らめながらも先程の魔法を唱えてローブ等の衣類を整えていく……。


「お待たせ致しました、コウ様。ご心配をお掛けしたみたいで……。あと、こちらのマント……、有難う御座いました。見苦しいものをお見せしたみたいで……」

「いや、そんな……」


 見苦しいだなんてとんでもない!むしろ、目の保養になったというか、他の人に見せたくなかったというか……、いや、何を考えているんだ、僕は……!

 お互いに顔が赤くなりつつ、シェリルからマントを受け取って羽織り直すと、微かに彼女の温もりを感じたような気がした。


「でも、無事でよかった……。ユイリ達も、大丈夫のようだし……」

「姫、それに……」


 よろよろとユイリが僕とシェリルのところまでやって来ると、頭を下げる。


「申し訳御座いません……!私まであんな醜態を晒してしまい……、お守りすべき姫様方を危険に晒してしまうなど……!」

「……あれは仕方がありませんよ、ユイリ。まさか、あんなスライムがいるなんて、想像できませんから……」

「ボクこそ済まない……。ボクの魔法のせいで、逆にコウたちを……」


 ユイリが自責の念に苛まれているようで、かなり参ってしまっている様だった。しかし、まさかあのユイリでさえも、なす術もなく拘束されてしまうとは……。

 実際、もしシェリルがあの魔法を使わなければ……、今頃彼女たちはここにはいないだろう。スライムによって、何処かに連れ去られてしまっていた筈だ。

 レイアもレイアで、彼女の魔法によって味方である僕たちを傷つけてしまった事を気にしているようで、


「気にしないで、レイア。僕がもう少し早くスライムの特性がわかっていればよかったんだ。すぐに対処できなかった僕の責任だよ」

「しかし、どうする?スライムが塞いでいた通路の先に……、恐らく階段があると思うがよ」


 ユイリ達と一緒にやって来たレンがそう言ってくるも、既に僕の答える言葉は決まっている。


「……撤退しよう。あんな、レン達すら知らないような魔物がいるくらいだ。この先がどうなっているのか、もう見当もつかない。ギルドに連絡して……後日、ちゃんとした戦力を投入してダンジョンに臨んだ方がいい」

「そうね……、いい判断だと思うわ。ギルドだけと言わず、騎士団にも話を通しておくから……」


 僕の判断を支持するように、皆も撤退の準備を始める。特に、フォルナたちはホッとしているだろう。僕と一緒で、彼らも相当辛かった筈だ。まして、フォルナは先程までスライムに囚われていた。精神的にももう限界の筈だし……。


「ありがとよ。正直、俺たちはもう限界だったから、コウがそう言ってくれて助かったぜ……」

「いい経験にはなった……。だが、これ以上は身を滅ぼした筈だ」

「僕も同じようなものさ。さっきだって、危うくシェリル達を失うところだった。ここで、判断を誤る訳にはいかない……」


 無理して挑んだ結果、また先程のような事が起こったら目も当てられない。これは、ゲームではないんだ。駄目だったらリセットボタンを押せば元に戻るというような話ではない。不覚をとったら死ぬし……、死んだら全てが終わりだ。


(元の世界に戻るまで……、親父やお袋たちに会うまで、僕は死ぬわけにはいかない……!)


 死ねない理由を今一度思い起こしていると、レイアより声を掛けられる。


「コウ、一応ここを『目的地設定魔法ダンジョンセーブ』で目印マークを残しておいた。同じ場所とはいかないだろうが、この第14階層には『目的地移動魔法ダンジョンワープ』で戻ってくる事が出来るようにしたよ」

「そんな便利な魔法があるのか……。『目的地設定魔法ダンジョンセーブ』に……、『目的地移動魔法ダンジョンワープ』?」


 レイアの話だと、一度ダンジョンから外に出ると、ボスがいるフロアを除いて、全ての階層がランダムに変化するらしい。だから、改めてこの『泰然の遺跡』に挑んだ時に、変化した後の目印マークした辺りの場所に戻ってくる事が出来るようだ。


「あとは『離脱魔法エスケープ』を使うだけかしら?準備が出来たなら……」

「ちょっと待って、ユイリ。引き上げるなら、この宝箱を開けてみようかと思うんだけど……」


 ダンジョンからの脱出を促そうとするユイリに声を掛け、僕はフロア中央に置いてあった宝箱のところまでやって来る。これからもダンジョンの下層を目指していくのならまだしも、引き上げると決めたのだったら、この宝箱を開けてもいいのかもしれない……、そう思ったからだ。


「ユイリにレンも宝箱にはトラップはなさそうという事だったしね。正直ここまで降りて、何も良い物が見つからなかったというのも癪だしさ。別にいいでしょ?」

「……いいんじゃねえか?まぁ、仮にフロア内のトラップが発動したとしても、何とかなんだろう。また、さっきのスライムが出やがったら、今度は叩き潰してやるぜ」

「確かに6階層以降は全てミミックばかりだったしな。コウ、俺も一緒に開けるぞ。最後くらい、宝物でも見つけねえと今後に影響でちまうからよ」


 僕の言葉にレンが了承し、ジーニスも僕の所までやって来る。それならば一緒にという事で、同時に宝箱に手を掛けたその時、レイアより制止がかかる。


「ちょっと待ってくれっ!その宝箱、開けちゃ駄目だっ!!」

「ど、どうした、レイア?血相を変えて……」


 レイアの剣幕に、宝箱を開けかけた僕とジーニスの手がビクリと止まる。レイアが僕たちのところまでやって来ると、宝箱から引き離し、


「さっきはスライムのせいで、ボクも余裕がなくて視れなかったけど……、コウ、駄目だ。その宝箱を開けたら……大変な事になる」

「……?どういう事?それに、視えたって……」


 彼女の言葉の意味がわからず、レイアに問い返してみると、


「『選択の指輪』の効果だ!この指輪の効力で、『宝箱を開けた時、何が起こるか』について視てみたのさ。どうなるかという結果を話してしまうと、この指輪そのものが効力を失ってしまうから言う事は出来ないが……、ボクたちにとって・・・・・・・・拙い事が起きるのは間違いない。ボクがギリギリ言えるのは、そこまでだけど……」

「そうなのか……。それにしても、随分便利な道具があるんだね。それがあれば、大抵の危機は回避できるっていう訳か」


 さっきのように不意をつかれなければ、ある程度の危機は回避できる事になる。そんな凄い道具がと思っているとレイアが続ける。


「この『選択の指輪』は、魔力が高ければある程度先の未来まで視る事できる……。ボクもまだ力不足で、そこまで先の未来まで視れる訳ではないし、視ようと思わなければ効果がないから万能ではないけど……」

「それでも、十分すぎるくらいの性能さ。でも、『選択の指輪』か、何処かで聞いた事があるような……」


 その名前、何処かで聞き覚えがあるんだけど……。確か、初めに魔法工芸品アーティファクトの事を聞いた際に、そんな名前が出てきたような……!


「そうだ、思い出したっ!あの『清涼亭』に備え付けてあった『ガチャ』を回した際に入手した、あの指輪だっ!確かアレは使ってしまった星銀貨の代わりに、王女様に贈った筈だけど……、そうか、レイアも持っていたのか」

「え!?あ……ああ!!そ、そうさ、結構貴重な魔法工芸品アーティファクトなんだぞ!!そ、早々こんな魔法工芸品アーティファクトはお目に掛れない程の……」


 少し吃っているレイアだったけれど……、そうか、あの指輪ってそんなに凄い道具だったのか。自分の都合で星銀貨を使い切ってしまった事、ずっと申し訳ないと思っていたけれど……、そんな規格外の魔法工芸品アーティファクトだったら少しは星銀貨分の補填になったかな……?


「でも、残念だな。折角ここまで来ておいて、結局何にも無しか……」

「……レイアさん、その『大変な事』ですが、こうする事で対処できないでしょうか……『瞬間耐性魔法インスタントベール』!」


 僕たちの会話を聞いてシェリルがこちらまで歩いて来ると、僕に対して手をかざしたかと思ったら、言霊の詠唱も無しで何かの魔法を使用したのだ。驚く僕の全身に、薄い魔力で出来た膜のようなものが覆われた事がわかり、


「この『瞬間耐性魔法インスタントベール』は、1度だけではありますが……、あらゆるダメ―ジや状態異常を弾く事が出来る魔力の防御膜になります。これを皆さんに掛けておけば、レイアさんの仰る『大変な事』の対処とはなりませんか?」

「それは……」


 成程な……、どんな事が起こるかはわからないけれど、このシェリルの魔法を掛けておけば、それに対処する事が出来るかもしれない。


「レイア、『宝箱を開けたら何が起きるか』、その結果について僕たちが知ったら駄目なんだよね?なら、それについては何も言う必要はないよ。その代わり、このシェリルの魔法でどうにか対処できそうだと思うのなら……、頷いて欲しい」


 僕の言葉を聞いて、レイアは暫く考えた後、僕らの方を向いて軽く頷いた。それを見てシェリルはここにいる一人一人に『瞬間耐性魔法インスタントベール』を掛けてゆき……、全員に掛け終わった事を確認して、僕とジーニスはゆっくりと宝箱を開ける!


「!ガスかっ!?」


 宝箱を開けた瞬間、フロア中から勢いよく瓦斯が噴出されてきて、瞬く間にフロア全体に充満してゆく……。シェリルの掛けてくれた『瞬間耐性魔法インスタントベール』のお陰だろうか、特に変わった事もなく済んでいるが、もしそうじゃなかったらと思うとゾッとする。

 本当にこのダンジョン、たちが悪いな……、そう思っていると瓦斯の方が少しずつ薄れ始めてきて、やがて充満していたガスが雲散霧消していった……。


(!シェリルの掛けてくれた『瞬間耐性魔法インスタントベール』が消えていく……)


 1度きりと言っていた通り、自身を覆った薄い膜もガスと一緒に消滅していくのがわかった。それにしても、シェリルは本当に……。


「コウ様、ご覧下さい!宝箱の中から、こんな物が……!」


 シェリルの言葉に促され、我に返って宝箱を見てみると、中から指輪が入っているようだった。


「これは……」


 取り出してすぐに評定判断魔法ステートスカウターを唱えると、指輪の効力が判明していき、




『山彦の指輪』

形状:魔法工芸品アーティファクト

価値:S

効果:魔力+5、魔法の詠唱速度短縮(小)

   魔法を使用した際、追加で同じ魔法を発動させる事が出来る。(全ての魔法が対象となる訳ではない)

   その際に消費するMPは1回分。




 つ、強い(確信)。これって例えば火球魔法ファイアボールを使ったとしたら、もう一発余分に火球魔法ファイアボールが放たれるって事だろ!?それも、1回分のMPで……!


「……かなり凄い魔法工芸品アーティファクトみたいだよ。リスクを冒してでも、手に入れた価値はあったかもしれない……」


 そう言いつつ僕は指輪をレンに渡そうとするが、

   

「……お前が宝箱開ける判断して手に入れたもんだ。お前が持っとけよ」


 レンは受け取ろうとせずに、何故か僕にその所有権を譲ろうとする。え?どうして?……普通、こういった宝物が手に入った時ってパーティのリーダーが持っておくものじゃないの……?


「えっ?い、いやいいよ。どちらかって言うと魔術士系の職業の人が持っていた方が効果的のようだしさ。僕もそこまで攻撃系の魔法を使う訳でもないし……」

「なら、お前が渡してやればいいだろ。そいつはもう、お前のもんなんだ。誰が使うかもお前が決めればいい」


 ……なんだよ、レン。まぁ、いいけどさ……。


「……というと、これを効果的に使える人物といったら……」


 脳裏に2人程思い浮かべつつひとりごちると、今思い浮かべた人物たちも、ちょうど僕の方を見ている事に気が付いた。


「そうなんだよな、この指輪を使える人物っていったら、君たち2人しか思い浮かばない……、シェリル、レイア。ちょっと来てくれないか」


 こちらを伺っていた彼女たちを呼ぶと、おずおずとこちらへやって来る。それを見て、僕はシェリル達に、


「シェリル、レイア……。どちらでもいいんだけど、この指輪を使わないか?君たちなら間違いなく効率的に使えるだろうし、役に立つと思うよ」


 そう言って彼女たちに差し出すも、2人はお互いを伺うばかりで、手に取ろうともしない。あれ?もしかして……いらなかった?


「えーと、必要なかったとしたらゴメンね?別に無理しなくてもいいからさ……」

「い、要らないって訳じゃないぞ!?むしろ……っ!」

「そう、ですわね……。コウ様から頂けるのでしたら、是が非でも頂きたいものですが……」


 うーん、どういう訳なんだ?欲しくないって訳じゃないみたいだけど……、相手の事を気遣っているのか?まぁ、一個しかないしな……。

 どうしようかと悩んでいる僕を見て、シェリルが小さくため息をつくと、意を決したようにして、


「……コウ様。それでしたら、レイアさんに差し上げられて下さいませ。わたくしはどちらかと言うと、補助系統の魔法を使用する事が多いですから、上手く指輪の効果を使いこなせないかもしれませんわ」

「え!?シ、シェリル!?」

「そうなのか?じゃあ、そういう訳らしいから……、レイア、貰ってくれるか?」


 僕の言葉を聞き、戸惑った様子のレイア。その視線は僕……、ではなくシェリルに向けられているようで、


「いや、でも……、いいのか、シェリル?」

「ええ、わたくしならかまいません。先程、レイアさんが仰っていた通りですわ。わたくしは……恵まれておりますし、コウ様も望まれていらっしゃいますから……」

「さ、さっきのはっ!……ゴメン、ボクも熱くなってしまって……。でも、本当にいいのか?その、ほら……」


 するとレイアは僕の方をチラリと見る。……何なんだ、さっきから……。


「……はい、勿論です。コウ様、そういう事ですので……」

「いいんだね?じゃあ、レイア……」

「…………わかったよ。この指輪、しっかりと役立ててみせる……!有難う、コウ、シェリル……」


 レイアは僕と、シェリルにもお礼を言い、山彦の指輪を受け取る。その顔は渋っていたとは思えない程、嬉しそうに見えて……。なんだろう、どこか照れくさい感じが……。


「あ、ああ!調べてみたところ、呪われていない事はわかっているから、早速、身に着けて……」

「……コウ、ちょっと……」


 レイアに装備してみるよう促そうとした途中で、ユイリに遮られる。何だと思ったら、彼女たちから離れるように、多少強引に連れて来られ、


「な、何だよ、ユイリ……」

「貴方にそんなつもりが無い事はわかっているけど……。コウ、女性に指輪を贈る意味……、貴方はわかっているの?」


 ………………は?はぁっ!?い、いったい、何を言っているんだ!?


「ちょっ、何を言って……っ!?今はそういう事じゃなくて、ただ有効的に……っ!」

「ええ、そうなんだろうって事はわかっているわ。勿論、姫もね……。でも、心の方はなかなか誤魔化せるものじゃないの。まして、貴方が指輪を贈るのは2度目だし……」


 そうユイリに言われて、シェリルの方を伺うと、彼女は跪いてシウスのたてがみを優しく撫でている様だった。でもその様子は何処か……。


「な、なら、シェリルに指輪を渡せば良かったと言うの?それに、2度目って……。レイアに贈り物をしたのは今回が初めての筈だけど……」

「ああ、今はその事は考えなくていいわ。それより姫の事を気遣ってあげて……。貴方なら、わかるでしょう?わからないと言うのなら……、これからコウの事を、レンと同じく鈍感男として扱うわ」


 ……それは嫌だな。レンと同じだなんて冗談じゃない……。でも、そうか。今の彼女の様子といい……。


(シェリルは……、本当は僕から指輪を貰いたかったんだ。例えそれが、深い意味なんてなかったとしても……)


 彼女の、僕に対する気持ちは知っている。その想いが、日に日に大きくなっていっている事を……。

 だから、彼女に気にして欲しくなかった。自分が、選ばれなかったなんて事を、考えて欲しくない。いつもお世話になっているシェリルに……、さっきだって……!


 よしっと少し気合を入れて、僕はシェリルの方へ向かい……声を掛ける。


「シェリル……」

「コウ……さま……?」


 真剣に向き合う僕の様子に、シェリルは目をぱちくりさせながら見上げているのを見て、僕はコホンと一息つき、


「ありがとう……、さっきの事もそうだけど、君は常に僕の事を考えて、動いてくれている。ずっと助けて貰っているのに……、僕は君に何も返してあげられていない……」

「それは……わたくしが好きでやっている事ですから……。コウ様からお礼を言われるような事では……」


 ……そう、シェリルはこういう人だ。見返りを求めず……常に僕の事を気遣ってくれている。だから、僕は……!

 と、これ以上はまずい。これ以上想いを高ぶらせると……、戻れなくなってしまう……。

 気を取り直して、僕はシェリルに、


「それでも、僕は本当に感謝しているんだ。だからさ……、ここから戻って、シェリルさえ良かったらさ、一緒に買い物にでも行かないか?それで、日頃のの感謝も込めて、君の気に入ったものをプレゼントさせて欲しい……。だから、僕に付き合ってくれないかな?」


 ……よくよく考えると、仲間たちの面々で堂々とデートのお誘いをしている辺り、相当恥ずかしい事を言っているという自覚はあるが、とりあえずは気にしない事にする。今は、シェリルの事が一番だ。彼女への感謝の思いがあるのは事実だし、プレゼントをしたいと思った事もまた事実。

 そんな僕の言葉を聞いたシェリルは、最初何を言われているのかわからなかったのだろう。しかし、徐々にその意味を理解していき、やがて、ぱあっと嬉しそうに、咲き誇らんばかりの満面の笑顔を僕に向けて、応えてくれた。


「ええ!わたくしでよろしければ、喜んでお供させて頂きますわ!有難う御座います、コウ様……!ですが、わたくしは貴方と一緒にいられるだけで十分なのです。付き合って頂けるだけで、わたくしは……!」


 彼女の笑顔に心を奪われそうになっているのも束の間、僕らの様子を微笑ましく見守っていた面々に気付き、先程までは気にならなかった恥ずかしさが芽生えてくる……!

 他の仲間と同じように微笑ましく、でもどこか羨ましそうに見ていたレイアが、意を決したように、


「話が纏まったようで良かったよ……、だけどシェリル、君に伺いたい事がある……」


 レイアはそう言って、真剣な様子でシェリルに詰め寄り、


「先程、君がスライムを滅ぼす為に使用した『絶対消滅魔法エクスティンクション』といい、『装備修理魔法リペア―ド』といい……、本来エルフという種族が使える精霊魔法だけでなく、数多くの古代魔法や神聖魔法、場合によっては独創魔法も数多く使用する事が出来るようだ……」


 そして、レイアの言葉を引き継ぐようにユイリも続き、


「私も、以前から気になっておりました。姫はそれらの魔法だけでなく、様々な能力スキル、才能にも恵まれていらっしゃいます。特に先程、私にも使って頂きました『装備修理魔法リペア―ド』は、通常『裏社会の職郡ダーク・ワーカー』である錬金術士独特の魔法と聞いております。それも、あそこまで破損の酷い状態から復元される程の威力も持っていらっしゃる……」

「勿論、ボクたちは君が『裏社会の職郡ダーク・ワーカー』の人とは思っていない。それどころか『絶対消滅魔法エクスティンクション』のように、既に使い手が絶えて久しいとされている魔法をも使っているシェリルに、ボクはひとつ思い当たる事がある……」


 ……シェリルの万能性については、今までも思うところはあった。いくら才能と言われても、天才という言葉では表しきれない程の……。

 やがてユイリがシェリルの前に跪く様にして、彼女を伺い、


「……あらゆる才能に恵まれ、今は存在していない魔法や能力スキルをも使う事が出来るという伝説。姫様、もしかすると貴女様は……」

『何だ、スライムが一向に戻らない故、何を手間取っているのかと思っていたが……、まさか蹴散らされた挙句に、罠すらも突破していようとはな。折角、我に相応しき状態に仕上げようとしたものを……』


 ユイリのシェリルへの問い掛けを中断させるように、何処からともなく声が聞こえてきたかと思うと、フロア全体が激しく振動し始めた……!


「な、なんだ!?」

「じ、地面が……っ!」


 ピシピシとフロアに亀裂が入り始め……、騒然とする僕たちに先程の声が響きわたる。


『まあいい、折角ここまで来たのだ……。我の所まで招待しようではないか……!』


 その言葉と同時に、僕たちのいたフロアの床が崩壊し、シェリル達の悲鳴とともに下の階層へと落とされてしまう!床が崩壊する最中に、咄嗟にレイアが唱えてくれた浮遊魔法フローティングのお陰で、地面に叩きつけられる事は避けられたが……、僕は急ぎ状況を確認する。


「み、皆、無事かっ!?」

「え、ええ……、レイアさんの魔法のお陰で、衝撃は少なかったですが……いったい……」

「ふむ、千里眼で分かってはいたが……、中々の上玉がやって来たようだな。我の捧げものに相応しい……!」


 僕はその言葉にハッとする。ここは14階層までと違い、何処か王城のような……、高等な印象を感じさせるフロアとなっていた。そして、その奥の玉座のようなところに優雅に居座っている何者かに気付き……、


「誰だ、そこにいるのはっ!!」

「手荒な招待となってしまったが、歓迎しよう、生きとし生ける者にして、死すべき定めの者よ……。ようこそ、我が城へ……、我は『災厄』の名を頂く魔神である。ククク、侵入者とは何百年ぶりのことか……!」

「ま、魔神ですって!?」


 驚愕し戦慄した様子のユイリに僕は、


「魔神!?魔族のようなものなのか!?」

「そ、そんな生易しいものじゃないわ!魔神は神の次期候補者とも言われている伝説の存在で……、それぞれ役割ともいうべき何かを担っているの!今、この魔神も名乗ったでしょ!?『災厄』って……!!」

「然り……。我は『災厄』の名を担いし王でもある。我を崇めよ、さすれば特別に慈悲をくれてやらんでもないぞ……?」


 な、なんだって……?神の、候補者……?そんな高尚な存在が……どうしてこんなところに……!?


「さて、娘たちよ、汝らは大人しく我がものとなるがいい……!他の余分な者たちには、ここで退場して貰うとしようか……!!」


 そう宣言した魔神から凄まじい威圧感が迸る……!その威圧感に逃げ出したくなるような心を必死に抑えながら戦闘態勢をとるものの……!

 こ、こんなのに、僕たちは勝てるのか……!?

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