第27話:ダンジョン探索




「ここが、『泰然の遺跡』か……」


 一見すると崩壊寸前の廃墟、といった印象を受ける初心者ダンジョンとも云われる建造物の前で、僕はそう呟いていた。だが、一歩ダンジョン内へと入れば出口がなくなり、挑む度にとフロアが入れ替わるという事で、まるでゲームの不〇議なダンジョンだなと思ったものだ。皆の話だと、ダンジョンは生き物であり、コアという存在があるとの事だったが……。


(物に魂が宿る付喪神というのは聞いた事があったけれど、まさか建物自体が生きているなんてな)


 そんな事を考えながら『泰然の遺跡』の前で頬けていると、この大所帯パーティのリーダーを務めるレンが皆を纏めるように、


「よし、みんな揃ってんな。それじゃこれからダンジョンに挑む訳だが……コウッ!」

「え……、僕……?」


 いきなりレンに名前を呼ばれ、何だろうと思っていた矢先、彼の口から爆弾が投下される。


「5階層のボスを倒すまで、お前が一人で攻略しているつもりになって進め」


 …………はい?今、なんて……?






(全く、いきなり何を言い出すかと思ったら……)


 こうして僕は松明を片手に掲げながら、薄暗いダンジョンを先頭に立って進んでいる。石造りになっているここ『泰然の遺跡』は、松明をつけないと見えにくい程暗く、中々に雰囲気のあるダンジョンとなっていた。


「おい……、そんな風に一人でどんどん進むなって……」


 僕に少し遅れる形で、ジーニスが僕に話しかけてくる。基本的に僕と彼が先行する形で進んでおり、シェリル達は少し離れて付いて来ているようだった。


「だってさ……、レンが僕の思った通りにやってみろって言うんだよ?それなら兎に角進んでみないとわからないじゃないか」

「だからといって考えなしに進むのは危ないだろ……。不安は無いのか?いくら強くなってきているとは言っても、お前、ダンジョンに挑むのは初めてなんだろ?」


 ジーニスの言葉に肩を竦めながら、先程のレンとのやり取りを思い起こす……。基本的にこの『泰然の遺跡』の5階層までにボスモンスターも含めて、僕に勝てない魔物はいないらしく、命にかかわるような罠も無いという事で、僕が考えて行動してみろといきなり無茶振りをされたのだ。

 それに対して流石に無茶なのではと、つい先程このダンジョンを攻略していたジーニスたちと、シェリルから反対意見がでるも、それならば助言役としてジーニスだけを僕に組ませる形で基本2人だけで5階層のボスまで倒せと言われてしまった。

 それによって目的地探索魔法ナビゲーションを使おうとしたレイアや、灯りを灯そうとウィル・オ・ウィスプの助力を求めようとしたシェリルをレンが抑えて……、今の状況となっているという訳である。


(まぁ、レンも考えての事だろうからな)


 ユイリが特に反対意見を出さなかったというのは、そういう事なのだろう。最も……仮にも俺を模擬戦で破ったんだから、これくらいはやって貰わないとな、というレンの妙に突っかかるような科白には苦笑せざるを得なかったが。


「あ、そうだ、あの魔法を試してみるか……」


 そう思い、僕は魔法の詠唱を始める。その魔法の特性を考えると、まさに今使うべきであると確信しつつ、それを完成させ……、


「……現状の認識に努めよ、己の置かれし状況を知れ……『知覚魔法プレイスラーン』!」


 知覚魔法プレイスラーンを唱えた瞬間、僕の魔法空間というか、ステイタス画面になにやら文字と表示が現れた。



 ―― 泰然の遺跡 B1F ――



 そしてそのメッセージとともに、何やら地図のようなものが現れる。今進んできた道が表示されており、黄色いマークがあるところが自分のいる場所を表すようだ。


「……どうした、コウ?」

「いや、これで不安なく進めるようになったよ。行くよ、ジーニス……って早速、魔物が現れたかな?」


 これで迷う心配が無くなったと思った矢先に、小さな部屋のような場所に出ると、奥の方から魔物が次々と出現し出した。


「……『評定判断魔法ステートスカウター』」


 すぐさま僕は魔物たちにそれぞれ評定判断魔法ステートスカウターを発動させ、そのステイタスを確認してゆく。




 RACE:ブルースライム

 Rank:2


 HP:15/15

 MP:5/5


 状態コンディション:正常



 RACE:ヒュージバット

 Rank:5


 HP:28/28

 MP:9/9


 状態コンディション:正常



 RACE:ダンジョンラット

 Rank:4


 HP:20/20

 MP:4/4


 状態コンディション:正常




(……確かに、今の僕の敵ではなさそうだけど)


 問題があるとすれば、部屋を埋め尽くす勢いで魔物がこちらに向かって来ているのに、未だに奥から魔物が次々に湧き出ているという事だろうか。青いゼリーのような物質のものがブルースライムで、僕の知る蝙蝠を大きくしたのがヒュージバット、そして、見たところほぼドブネズミだろとツッコミを入れたくなるような大きな鼠が、ダンジョンラットという魔物であるらしい……。


「呆けている場合じゃないぞ!これは『魔物襲来モンスターインベイジョン』だっ!!アイツらは大して強くはないが、早く片付けないと際限なく魔物が出現してくるから……俺達も初めて遭遇した時は倒しても倒してもキリがなくて引き上げる事になったんだ!!」

「……そうなのか、じゃあ、魔物が出なくなるまで蹴散らそう!僕一人だと流石に手に余りそうだから……ジーニスも手伝ってくれっ」


 そうジーニスに呼び掛けると、僕は疾風突きチャージスラストを発動させ、魔物の群れの中に飛び込んだ。それにより巻き込まれたブルースライムとダンジョンラットが数匹、その突撃だけで掃討されて動かなくなり、魔石を残して消滅してゆく。


「脆いな……っと、今度は蝙蝠もどきかっ!」


 取り合えず倒せるだけ倒してしまおうと、その場でブルースライムやダンジョンラットを相手どって戦っていると、今度はヒュージバットが僕に向かって飛びかかってきた。ほぼ反射的に手にしたミスリルソードを振るい、見事にそのヒュージバットを真っ二つに両断するも、他のヒュージバットたちも次から次へと僕に向かって襲い掛かってくる。


(結構速いけど……、でもこんなのアサルトドッグたちの方がもっと速かった!)


 まるで連携するかのように襲ってくるヒュージバットの猛攻を見切ろうと躱し続けていたところ、視界に魔物たちを蹴散らしながら魔法を詠唱するジーニスの姿が目に入った。


「……燃え盛る炎よ、我が力となりて、この手に集え……『火球魔法ファイアボール』!」

「ギィィィッ!!」


 ジーニスの放った火球魔法ファイアボールは正確にヒュージバットたちへと殺到し、炎に包まれた魔物が地面に転がり落ちて何匹かのブルースライムやダンジョンラットたちを巻き込む形となった。

 でも、炎を使うのは効果的かもしれない。さっきの件もあるし……、お願いするか。


「……サラマンダー、ここでなら好きなだけ火を起こしてくれていい……、魔物たちを燃やし尽くしてくれ!」

(ショウチシタ、スベテヤキツクシテミセヨウ……!)


 精霊から了承の意が伝わってきた瞬間、あちこちのブルースライムやダンジョンラットたちに次々と炎が上がりだす。……サラマンダーは火の精霊。料理の際の火力調整をしている時にその存在を感じ、助力を得る事が叶ったのだが……少し気難しいところがあり、時折こうやって好き放題炎を起こさせてあげないと拗ねてしまう事もある。その意味ではこうして発散の場が出来て良かったかなと、魔物たちの阿鼻叫喚が辺りに轟く中、そのような事を考えていた僕の傍にジーニスが駆け付けた。


「いきなり突っ走るな、コウ!何かあってからじゃ遅いんだぞ!?」


 ……なんかユイリの代わりにジーニスが僕にツッコミを入れているような錯覚を感じつつも、比較的サラッと流すかたちでジーニスに話しかける。


「ゴメンゴメン……。でも、油断する訳じゃないんだけど、コイツらは大した相手じゃない。だからこそ、さっさと引き上げて貰いたいものだけど、こんな様子でも撤退する様子が見られないからさ、僕と君で迅速に駆逐してしまおう。という事で僕が半分倒すから、もう半分はジーニスが倒してね?サラマンダーも継続して火を起こしているから、早く倒し終わったら手伝うからさ」


 そう僕が軽口を叩くと、最初はポカンとした様子だったジーニスの口角が段々と上がり始め、


「……言ってろ、こっちが先に片付けて……、逆に手伝ってやるよ!」

「なら……競争だねっ!行くぞ、ジーニスッ!!」


 そうして僕とジーニスはそう気合を入れると集中し……同時にそれぞれ逆方向に疾風突きチャージスラストを発動させた。突撃し、周りを斬り払いながら次々と魔物を仕留めてゆき……結局、部屋の入口に待機していたウォートルたちの手を借りる事なく、部屋にいた魔物たちを殆ど全滅させる事に成功する。

 それでも暫くは魔物が再出現リスポーンしていたものの、勝てないと悟ってくれたのか、戦意を喪失した魔物たちが僕とジーニスから逃げ出していくまで、そこから時間はあまり掛からなかった……。











『5階層のボスを倒すまで、お前が一人で攻略しているつもりになって進め』


 そう言って俺はアイツがどのように動くのかを見守るようにして付いていっているが……、内心舌を巻く思いだった。


(そりゃあ確かに思うようにやっていいとは言ったが、ここまで迷いなく進まれたら俺の立つ瀬がねえな……)


 本当にダンジョン攻略が初めてかと疑いたくなるようなコウの判断……。普通はじめてこんな所に放り込まれてお前が判断して行動しろなんて言われたらいろいろ迷うだろうに……、そう思いながらも俺やユイリたちはやや遅れてコウの進む方へついていく。


「……おい、コウ。お前、実はこの『泰然の遺跡』に来たことあるだろ?」

「何を言ってるんだよ、ジーニス。僕がはじめてここに来てるって事はギルドカードを見て確認してるだろうに……」


 俺と全く同じ感想を思ったのだろう、ジーニスがアイツに問い掛けると、少し呆れたように返事をしているコウ。


「だがお前、迷いがないぞ?ジーニスとフォルナではじめてここにやって来た時は、それはもう緊張したものだった。そんな風にスイスイと進める訳ではないんだが……」

「そ、そうですよ……、私たち3日前にはじめてこのダンジョンに来たんですけど……、ボスがいる5階層に辿り着いたのは今日なんですよ……?それに、コウさん別れ道でもほとんど迷わないで進んでますよね?その……間違えた道だったらとか、思わないんですか……?」


 あまりに先行して先に進むものだから、今ではほぼ後ろに付くかたちで進んでいたウォートル、フォルナにもその事が疑問だったらしく、コウにそう話しかけると、


「……間違えているなら戻ればいいし、立ち止まっていても仕方ないからね……。初心者ダンジョンっていうくらいだから、そんなに複雑な事も無いのかなって思っただけなんだけど……」


 頬をかきながら何でもないように話すコウに、半ば呆然とするジーニスたち。そうやってもう既に3階層まで降りてきているのだ。勿論、俺たちベテランがいる事で安心しているところもあるのかもしれないが、少なくともダンジョン攻略初心者が話す内容ではない。


 俺がはじめてこのダンジョン、『泰然の遺跡』に挑んだのは確か12の頃だ。冒険者あがりの平民である両親の長男として生まれ、剣の才能があるとわかり、4人いる弟妹たちの食い扶持を稼ぐためにもまだ子供という歳から冒険者ギルドの門をたたいたのだが……、それでもダンジョンに挑んだ時の事は覚えている。

 ダンジョン内は薄暗く、石造りの壁はひんやりとしていて何処か進む者を不安にさせるような雰囲気を漂わせた『泰然の遺跡』……。分かれ道に遭遇すればどちらに進んでいいのかもわからず、迷いに迷った挙句、自分がどうやって進んできたのかも分からなくなってしまう始末……。そんな時に現れる魔物は決して強くはないものの……数多く湧いてくるソレは恐怖以外の何物でもなく、最終的にはパニックに陥り、仲間たちとともに必死で出口を探して這う這うの体で脱出したという苦い思い出が残っている。

 そもそも、ダンジョンに入った瞬間、入り口が無くなってしまうのだ。それがまた恐怖を煽るのだが……、コウはあまり気にした様子は無かった。


「うん……?また、魔物が現れたかな……」


 そんなコウの呟きに目を凝らすと、確かに暗い影がいくつか向かってくるのを感じる。……ブルースライムとヒュージバットだ。


「……ジーニス、僕がある程度蹴散らすから、打ち漏らしをお願いできる?」

「何言ってんだ、ここまでやって来たんだから、俺も一緒に蹴散らしてやるよ。そっちの方が打ち漏らしも減るだろ?」


 ある程度戦い方にも慣れたのか、コウ達はそう言って頷きあうと、魔物の群れに突撃する。


 この『泰然の遺跡』に出てくる魔物はそれ程多くない。今戦っている魔物の他にはボスを除いてあとダンジョンラットというモンスターもいるが……その中でもよく現れる奴らだ。ブルースライムはその名の通り、青いゼリー状のものが意思を持って三角形におさまったスライムで、数多くいるスライム種の中で一番弱い魔物だ。弾力がありグニョグニョしてる為、打撃系統の攻撃は通じないが、その他の攻撃には滅法弱い……。もう一匹のヒュージバットは蝙蝠を少し大きくしたような魔物で、ダンジョン内を素早く飛び回り、それに翻弄される冒険者も多いが、攻撃力は殆どない。両方ともランクは2~6程と低く、Dランクの冒険者であればほぼ苦戦はしないが、手間取ると際限なく魔物が湧いてくるため、モンスターが現れたら迅速に始末する必要がある。


 ……運がいいのか悪いのか、最初の一階層で『泰然の遺跡』に唯一存在する罠……、ダンジョンに挑む冒険者に洗礼を浴びせるかの如く、際限なく魔物が出現する『魔物襲来モンスターインベイジョン』に遭遇した時は、流石に手助けしてやろう、と思ったが……、結局アイツらだけで上手く切り抜けちまったし、今更ただ遭遇した魔物どもに遅れなんぞとろう筈もない。


「てやっ!そこだっ!!」

「うろちょろすんなっ!この雑魚どもっ!!」


 コウもジーニスもヒュージバットのスピードに翻弄される事なく1体ずつ確実に仕留めていっている。……まぁアサルトドッグを相手に出来るくらいだ。今更ヒュージバットごときに苦戦する事もないだろうが……。ブルースライムに関してもヒュージバットを倒すついでとばかりに斬りつけていっており、打ち漏らし自体も殆ど出ていない。最も……、コウに関しては全力ではなかったはいえ、模擬戦において本気を出した俺を相手に一本取ってしまったんだ。こんな連中に苦戦されてもそれはそれで困るが……。


(だが、このまま何もしないで手をこまねいているのも飽きてきたな……)


 アイツらの優秀さに退屈を覚えた俺は少し前に出て小声で魔法を詠唱する。生活魔法以外に、俺が使える数少ない古代魔法の中で唯一の攻撃魔法を……。


「……我は求めん、紡がれし記憶を下につわものどもが軌跡、今ここに呼び起さん……『無双連舞魔法ウェポンミラージュ』!」


 魔法が完成し、奥に控える魔物たちに向かって、自身が体験したあらゆる斬撃、刺突、打撃を幻の武器でもって、襲い掛かる……。魔法にして、唯一の物理攻撃……、古代魔法というよりもほぼ独創魔法に近い『無双連舞魔法ウェポンミラージュ』によって、襲い掛かろうと控えていた魔物たちは1体も残らず全滅する。


「す、すげえよ、レンさんっ!!今のは一体っ!?」

「……レーンー……、5階までは僕に任せてくれるんじゃなかったの……?」


 キラキラした目で俺を見るジーニスに、ジト目になりながら俺を見るコウ……。それぞれ対照的な反応を示す2人に俺は苦笑しながら、


「……また今度みせてやるよ。悪かったな、コウ。余りに退屈だったもんでな……。もう手は出さねえよ」


 手をひらひらさせながら、俺はコウたちにそう答えて最後尾まで戻る。すると同じく後ろにいたユイリが魔法薬エーテルを投げて寄こしてきた。


「もう、こんな所で魔法を使うなんて気が抜けてるんじゃないの?唯でさえ貴方は魔力の総量も多くないのに……」

「……逆にお前は気を張り詰めすぎてんじゃねえか?もっと楽にしとけよ、アイツの事、信頼してんだろ?」


 受け取った魔法薬エーテルを飲み干し、失われた魔法力が回復してくるのを感じながら、俺はユイリにそう訊ねると、


「……信頼はしてるけど、コウの事だから何かやらかしそうな気もして気が抜けないのよ」


 そう言ってユイリは前方にいるコウを見る。まぁアイツは結構ユイリに頼りっぱなし……というよりは押し付けている事も多いから、そんな風に思われるのも仕方がねえだろう。


「心配もわかるが、大丈夫だろ。シェリルさんもいるんだ。まして、レイアさんまで付いてきたんだから問題なんか起こんねえよ」

「……その能天気なところ、見習いたいくらいよ」


 溜息をつくユイリだが、彼女としてもわかっているはずだ。レイアさんの魔法の有能さは言うまでもない。冒険者をしていた頃にも王宮から下りてくるような高難度の依頼クエストをこなす際は、多くの魔法使いたちと一緒に交流する事もあったのだが、流石に大賢者様の弟子というのは伊達ではない。レイアさん1人いれば事足りたのではないかという程、高度な魔法も使いこなし、依頼クエスト達成に助力してもらったのは1度や2度では無かった。

 さらにコウに付き従っているシェリルさん。彼女もまたレイアさんに負けず劣らずの魔法の使い手だ。エルフという種族本来の得意とする精霊魔法は勿論、古代魔法も攻撃、防御、支援と使い分け、さらに神聖魔法まで使えるという……。ユイリの話だとそれだけではなく、職業、才能、能力スキルとその非凡さは計り知れないという事だった。最初、エルフっていうのは皆こんななのかと思ったものだが、どうも彼女が特別であるらしい。容貌はそこにいるだけで全てを魅了するくらい美しく、まさに才色兼備のお嬢様、といったところだろうか。いや、お姫様だったな。


 こんな2人がいて、不覚を取るならそれはもう国家の危機といっても過言ではない。


「5階層までなら問題はないでしょうね。仮に何かあったとしても、姫が上手く対処してくれるでしょうから……」

「本当にコウには勿体ない人だよな。あんなに明確に好意を寄せられたら、俺だったらすぐに応えるのによ……」


 はじめてシェリルさんを見た時はこんな美しい人がいるのかと雷に打たれたかと思う程、ガラでもなく緊張し心を奪われたものだった。勿論、それは俺だけでなくヒョウ達やあのグランさえも魅惑されていたぐらいで、後からあのメイルフィードのお姫様だと聞かされて驚きつつも納得したもんだ。それから彼女を見てきたが、すぐに誰を頼りにしているかはわかった。というよりも、コウ以外の男とは必要最低限にしか関わろうとせず、全く見知らぬ男とは完全に距離を置く徹底ぶり。今ではコウに寄せる信頼だけではない別の感情も、俺にもわかるくらい明確にみられるようになってきている。


「全く、アイツにも困ったもんだぜ」

「……コウも貴方にだけは言われたくないでしょうね」


 …………ん?なんだ?今、ユイリに何やら乏しめられた気がするが……。


「そいつは……どういう意味だ?」

「どういう意味もなにも……、貴方にも似たような事が言えるなぁって思っただけだけど?」


 少しジト目になって俺を見てくるユイリに、


「いやいや……何言ってんだよ、ユイリ!俺が?アイツのように想いを寄せられてるって!?どう見ても、シェリルさんはコウに……」

「姫の事じゃないわよ……、ハァ、もういいわ」


 そう諦めた様に溜息をつくユイリの姿に、俺は怪訝に思いつつ、そういえばと考える。


(……よくこんな事を言われんだよな、どういう事なんだよ……?)


 別にユイリに限った話ではない。いや、特にユイリから言われる事が多い気もするが、ヒョウといった仲間連中や冒険者時代の後輩たちからも度々聞いた台詞だ。聞かれる度に何を馬鹿な……と思っていたが、あまりにも……。


(俺の周りは男ばっかりだぞ……?そりゃユイリは違うけど、コイツが俺にって事はねえし、俺だってそんな気はねえ。仲間だって男だし、シーザーらだって……)


 それはシーザーの同僚や依頼クエストで一時的に組んだ奴らの事まで挙げ出したらキリがねえが……、少なくともそんな仲になった事は一度だってない。そもそも、そんな気が起こった事自体、シェリルさんを知った時くらいで、それだって彼女の様子を見てすぐに自分の中で留めている。


(まあいい……、さっさとこの調査とやらを済ませて、今日もまた『天啓の導き』で一杯やりたいもんだぜ)


 最近、サーシャの作る料理はコウの奴に影響されてか、格段に美味いメシを作るようになっている。いや、元よりパスタ等の彼女ならではのメシで美味いと思っていたが……、チョウミリョウやら何やらがふんだんに肉や魚、野菜にまで使われていて、味というものが際立つようになってきたのだ。俺としても格調高い『清涼亭』に行くよりは、気心の知れた『天啓の導き』の方が落ち着くし、サーシャの料理の腕があがってくれる事は有難い。


「そういやサーシャともそろそろ10年くらいの付き合いになるか……」

「ん……、何か言った、レン?」


 独り言に反応したユイリに何でもねえよと答えつつ、サーシャの事を考える……。


 俺が冒険者ギルド『天啓の導き』に所属したほぼ同時期に、同じく新人の受付嬢として配置されてきたのがサーシャだ。このストレンベルクでは10歳になった子供は平民、貴族を問わず皆、王国で行われる才能や能力スキルを判別する鑑定を受ける事となり、俺はその結果、戦闘職である剣士に初めから就く事が出来るほか、それに追随する能力スキルや才能がある事がわかって、冒険者としてやっていく事になったが、サーシャは内務職、コンセルジュやらの才能があったらしい。聞いた話だと、どっかの貴族の令嬢であったようだが、ストレンベルクにおいても中々に稀有な才能であったようで、将来の為にも早いうちに経験を積ませたいという事で冒険者ギルドの受付嬢に抜擢されたらしい。


 俺も経験があったが、彼女もそうだったようで、周りが殆ど年長である冒険者たちから子供故に舐められる事が多く、辛く悔しい体験をし、人知れず泣いている場面も見た事がある。同じくガキだった俺はサーシャに親近感を覚え、また彼女も色々話してくれるようになり、冒険者につく直接の担当となった時にはお互いに信頼できる相手となっていた。


 そこで俺はふといつも身に着けている手製のお守りに目をやる。サーシャから貰ったお守りで、何時ぞやの魔物討伐依頼で不覚をとって瀕死の重傷に陥ったあとに貰った物だ。俺が憧れる切欠となったあのガーディアス・アコン・ヒガン隊長に助けられて……、意識が無いままの俺はそのまま冒険者ギルドに運び込まれて、ギルド所属の神官や医療士によって一命は取り留めたものの……、その時のサーシャの取り乱し様は凄かったらしい。中々目覚めなかった俺をほぼ付きっきりで看病してくれた様で、意識を取り戻した時には泣きつかれて戸惑った事を覚えている……。


(情けないやら申し訳ないやらで……、それで、もう泣かせないように、もっと強くなろうと思ったんだっけな)


 そして彼女からこのお守りを贈られて……、今まで以上に鍛錬に励むようにした。こんな思いを自分も、そしてサーシャにもさせたくなかったから……。

 その後、冒険者としてさらなる経験と力を身に着けて、自身のランクも上がっていき……、Aランクの冒険者となり『天啓の導き』での筆頭実力者となると、憧れだったあのディアスさんがマスターとなっている王城ギルド『王宮の饗宴ロイヤルガーデン』の次期メンバー候補として、王国の方から声が掛かり、仲間たちと一緒に一兵士として所属する事になったのだ。

 サーシャは喜んでくれると同時に……、『天啓の導き』から離れるという事には寂しさを覚えたようだったが、別に『天啓の導き』と全くかかわりが無くなる訳では無いし、そんなに今までと変わらないと伝えると、苦笑しながらレンさんらしい等と言われた事を覚えている。


 10歳で戦闘の才能を見出され、冒険者ではなく王宮の兵士として在籍していた奴らと混じって遠征やら任務、訓練と挑み……、ついに王城ギルドの所属となって今に至る訳だが、まさかすぐに俺の下に新入りが……、それも話しに聞く、世界の危機に現れるという伝説の勇者がこの『王宮の饗宴ロイヤルガーデン』に加入してくる事になるとは思わなかったが……。


「よし……、じゃあ今度はこっちを探索してみようか!」

「おいおい……、下に降りる階段があるのに、何でさらに探索するんだよ……」


 そんな風に感傷に耽っていると、前を行くコウ達の声にハッと我に返る。


 ……その勇者とされる人物は、俺から見ると変わった奴だった。命のやり取りがなかった世界からやって来たようではあるが、それにしても非常に甘く、自分を襲った魔物にすら怯えているからと見逃すような奴だ。ユイリに聞いたところ、王女から貰った星銀貨5枚というとんでもない大金を、シェリルさんを助けたかったからという理由で全て放出してしまったらしい。他にも国宝級のレアアイテムを手放したり、料理などで得られる筈の利権なんかも放棄しているという事で、金に興味が無いのかと思いきや息抜きに連れて行ったカジノに嵌まり、遊ぶ金欲しさに依頼クエストを請けようなどと言い出すほど、本当に読めない男である。

 さらには今のやり取りのように、階段見つけたならさっさと降りればいいものの、宝箱があるかもしれないと階層全てを探索しようとしたりするなど、変な拘りもある。そして、一度決めたら妥協はしないようで、ユイリあたりが窘めても意思は変わらないという頑固なところもあり、大抵の場合ユイリが振り回されていたが……。


(ま、俺としたらわかりやすい分、何処かいけ好かないもう一人の勇者殿よりは好感が持てるけどな)


 勇者に相応しい確かな強さ、実力は認められているものの、異性関連で問題があがり、金にがめつく、偽りばかりと聞いているトウヤと比べたら雲泥の差だ。またコウは、陣形、兵法にも自身の考えを持っているようで、学者、研究者の職業にも就けるなど、学識もあるし、現時点ではトウヤに劣ると云っても才能や潜在している力は計り知れないものを感じる。一本取られたからいう訳ではないが……、いくら『重力魔法グラヴィティ』という、ほぼアイツ専用の反則魔法があったとしても、訓練し出して一月も経たないコウが、俺はおろか、あの英雄とも称されるグランにまで戦える力を身に着けるという事自体、普通は考えられない事なのだ。


(とはいえまだまだ未熟な事には変わりねえし、何処か危なっかしいとこもある。ユイリの言葉じゃねえが、放っておけないってのも頷けるな……)


 よく言えば人を惹き付ける何かがあるのかもしれないが……、今はそんな事を考えている場合じゃねえな。取り合えずは階段を無視して通路に向かったコウたちに続くべく、苦笑しつつも、ついていくのであった……。


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