第26話:進捗状況
「わざわざ来て貰ってすまない、どうしても今日はここに来たかったからさ……」
魔術師が着る紺色のローブを羽織った女性……大賢者の弟子でもあるレイアが、僕たちの姿を認めると席につくよう促してくる。ここは冒険者ギルド『天啓の導き』の待合室……ではなく、やって来た僕たちを見て、顔馴染みでこのギルドの受付嬢であるサーシャさんが通してくれたのはこの食堂だった。
「……で?どうしてここを……?」
「どうしてって……、コウ、知らないのか?1ヶ月に一度、今日限定で、この『天啓の導き』では『しょーとけーき』なる物が食べられるんだぞ!?」
…………勿論、知っているさ。何て言ったって、そのショートケーキもどきをこの世界に来て広めたのは……僕なんだから……。
先日より料理を学びに来ているサーシャさんに、このファーレルでは甘い料理というものが殆どなく、高級嗜好品である砂糖のかわりに、干し柿を作って甘味を求めると聞き、何か僕の知っている料理でこの世界に伝えられるものはあるかと考えたところ、何度か母親に教えられたケーキが頭に浮かんだ。
卵、砂糖、薄力粉もどきでスポンジを、牛乳を分離させて生クリーム、バターを作り出し、それらを鍛冶で使うような窯をオーブンと見立てて使用して、試行錯誤の末に完成したのが、この『しょーとけーき』だ。
「いやー、まさか砂糖を使ってこんなものを作ってしまうなんてな……。ココと、清涼亭でしか公開されてないから一度食べてみたいと思ってたんだよ」
「……さいですか」
因みに……、僕が伝えた数々の料理のレシピは、サーシャさんと清涼亭の皆にしか伝えていない。それらのレシピには権利だの印税が発生すると言い、そちらで自由に扱ってくれていいと伝えてもそうはいかないと固辞されて、全てユイリに放り投げているのが現状で、彼女からはその事について度々愚痴られている。
僕としては高級宿である清涼亭での宿泊および食事がシェリル、ユイリの分までタダになっただけでも有難いと思っていた。だからそれ以外に利権が発生するから特許のようなものを登録するよう言われるも、それを僕の名前で登録するのは躊躇われたのだ。
勿論、シェリルの時のような闇オークションの件もあるし、いつお金が必要になるかわからないから溜めておくに越したことはない。それはわかっているが……、いずれ元の世界へと帰る僕が利権だの特許だのを登録したとしても、中途半端になってしまうのではないかと思い、僕の代わりにユイリで特許を取ってくれとお願いしたのだけど……。
結局その件については今でも事あるごとに権利として僕の名で特許を取るように言われ続けており、事実上棚上げ状態となっている為、それらの料理も現在はこの2店舗でしか味わう事が出来ないのだ。
「……どうしたんだ?まさかコウ、甘いものが苦手なのか……?」
「いや……別にそういう訳ではないんだけど……」
怪訝そうな様子で訊いてくるレイアに、苦笑しながらそう答える。とりあえず席につくと、隣にシェリル、向かい合うレイアの隣にユイリがそれぞれ座る事となった。……あとレンは既に別の席についていて、既に料理の注文を入れている。一時期は清涼亭に入り浸っていたレンも、サーシャさんの努力の甲斐もあって料理の腕も一段と向上し、また『天啓の導き』へ出向くようになっていった。最も、新しいレシピを試した際は呼ばなくてもやって来るのは変わらないが……。
(しかし、本当に美味しそうに食べるなぁ……)
サーシャさん作であるケーキが運ばれてきて、嬉しそうな様子で頬張るレイアの姿に、僕たちもそれを口にしてゆく。サーシャさん、腕を上げたな……、基本的なレシピを伝えたのち、自分でも色々作ってみているのだろう。高価で貴重な砂糖を使う事に最初は抵抗があったようだが、今では新たな甘味の料理という分野の開拓に嬉々として挑んでいるみたいだった。
シェリルやユイリも、ケーキを美味しそうに食べているのを見て、この世界に伝えられて良かったと思うも、ここに来た本来の目的を思い出し、コホンと一つ咳払いをして、話を切り出す。
「それで……元の世界への帰還についてわかった事があるって話だったけど……」
「ああ、ゴメンゴメン、つい『けーき』に夢中になってしまって……。その話なんだけど、まずこれを見てくれないか?」
そう言ってレイアはフォークをテーブルに戻すと、懐から何やら水晶のように透き通った球体の物体を取り出す。
「コウは……まだ見た事がなかったっけ?これは『スフィア』といって映像を映し出す事が出来るものなんだけど……。まぁ、見て貰った方が早いか」
スフィアと呼ばれた水晶をテーブルに置くと、魔法を使うのか小声で言霊を詠唱するレイア。するとスフィアに何か動画のようなものが浮かび上がってくる。
「こ、これは……っ!」
「これ……王女から預かってきたんだけど、返しておくよ。コウの持っていたその機械に宿る残滓を魔法で辿って、漸く特定する事が出来たんだ。コウのいた世界、次元、空間、時間を今スフィアに映し出しているんだけど……。コウ、どうかな……?」
聞かれるまでも無い。これは……間違いなく僕のいた世界だ。見覚えのある場所が次々と映し出され……最後はこのファーレルに来る事になった自宅付近のあの路地裏がアップとなる……。この
「これが……コウ様のいらっしゃった場所……」
「随分と機械が発達しているようね……。金属の物体が動いたり、飛行魔力艇のように空を飛んだりしていたけど……」
スフィアを一緒に見ていたシェリル、ユイリもそれぞれが僕の世界に見入っているようだった。僕たちの様子を見ていたレイアがホッとしたような様子で、
「……間違いないみたいだな、よかった……」
「ああ、間違いないよ……。それで、場所や時間軸を特定できたという事は……、元の世界には帰ろうと思えば何時でも帰れるようになった……、という事かな?」
最も、帰れるようになったとしても、今すぐ帰るつもりはないけれど……。何だかんだいって、この世界では色々お世話になっているし……そのまま帰って世界が滅亡しましたなんて事になったら夢見が悪い。ユイリ、レンといった大切な仲間たち……、そして何といっても自分の中で愛情が芽生え始めているシェリルがいるこの世界、ファーレルの脅威を取り除くまでは残るつもりではある。
そう思っているのだけど、僕の問い掛けにレイアは少し困った様子で、
「……うーん、正直に言うと難しいな。異空間を越えて召喚するのにはそれだけ大量の魔力を必要とするんだ。コウが呼ばれた『
「……普通に考えたら、同じくらい年月をかけて魔力を貯めないと元の世界に帰れない……という事か」
返答する代わりに頷くレイアを見て、僕は頭を抱える。……これってつまり帰れないって事が確定しただけなんじゃないのか……?そんな僕の様子を見て、レイアは慌てて、
「勿論、他にも方法はあるぞっ!……あまり現実的な方法ではないけれど……魔力が溜め込まれた媒体を大量に集めるという手段とか……」
「魔力が溜め込まれた媒体……?それってこの星銀貨のような……?」
僕はレイアに答えながら、
「!あ、ああ、そうだ。特にその星銀貨は古代魔法文明時代に使われていた貴重な魔力媒体となるマジックアイテムだから、他の魔力の媒体に比べてとても高純度なものなんだ。今の技術では作り出す事は出来ないし、素材自体もミスリルに似ているようでわからない、今の世界には存在しないアンオブタニウムのようなものなのさ。その星銀貨よりも魔力が溜め込まれているって云われている白金貨に至っては、もはや伝説の硬貨とも伝えられているしね……」
星銀貨を見て、眼を見張るように話すレイアに、やっぱり普通の金貨や大金貨とは根本的に扱いが違うのだと思いなおす。確か星銀貨一枚で、大金貨200枚くらいの価値があるという事だったか。しかしながらいざ星銀貨を大金貨で買おうとしても、そもそも星銀貨自体が出回らない。……白金貨に至っては、単純に
……因みに僕には、可能性は低いかもしれないが、それらを入手できる
「で、でも、どうして星銀貨を!?確か王女に貰ったものは全て使ってしまったと聞いていたけど……」
「ちょっと取引をしてね……、1枚だけ返して貰ったんだよ。それで、どうだろう?例えばこの星銀貨が何枚あれば……、元の世界に帰還させるだけの魔力を補えるかな?」
星銀貨を持っていた事に驚愕していた彼女だったが、僕の問い掛けに対し口元に手をやって考え込むレイア。暫く考えた末に、彼女は答える。
「……ざっと見積もって、100枚くらいは必要かな……?それだけあれば、大体補えると思う……。勿論、白金貨があればもっと少なくて済むだろうけど……、ボクもお目にかかった事がないから本当にあるかどうかもわからないな」
「成程ね……。有難う、レイア。それでお願いがあるんだけど……」
そう言って僕は手にしていた星銀貨をレイアに渡した。
「お、おい!コウッ!?」
「……君から王女殿下に返しておいて貰えないかな?あと、これからも星銀貨や白金貨が手に入ったら渡すようにすると伝えておいてくれ」
驚き戸惑うレイアに僕はそのように伝える。自分が元の世界に帰る為に必要な事が、星銀貨、白金貨集めとなった訳だけど……、まぁ、ここまでこの世界に関わった以上、ここでさようなら、という気もないし、どうせすぐに集まるような物でもない。地道にやっていくしかないかと苦笑していると、
「……やっぱりお金、必要なんじゃないの?面倒くさがって、利権や特許の手続き等をせずに、関係各所からの問い合わせも私に放り投げちゃってるけど……」
「いや、それはいいよ。星銀貨を金貨や銀貨で購入できるっていうのなら話は別だけどさ」
この数日、それらの事を学びながら様々なお店を見て回ったけれど、星銀貨は全くお目に掛れなかった。僕とシェリルが滞在している清涼亭の部屋に備え付けとなっているストアカタログを
「……魔法空間から提供される品物を割高で購入できるっていうストアカタログにも、星銀貨は載っていない。少なくとも意図して購入できるものではないってわかったからね」
パラパラとストアカタログを捲りながらも目的のものは見出す事が出来ずに、溜息をつきながら僕はストアカタログを収納空間に戻す。顔馴染みとなったラーラさんの話では、たまにカタログに載っている製品が変わるという事だから、偶にはこうして見てみるのも悪くないのかもしれないけれど……。
あと……、今何気なくストアカタログを出したが……、本当はこれ、持ち歩けるようなものではないらしい。どこの店にもあるようなものでは無く、清涼亭のストアカタログは僕たちの泊っているVIPルームにしか備え付けられていないようで、このストレンベルクの国でもあまり数はなく、基本的に持出厳禁という事だ。魔法空間を管理しているという魔法屋から配布され、なくなったりしたら再発行は出来ず、贈られた場所は一切の信用を失ってしまうという大変貴重なものなのだが、国からも信用を得ていて、色々お世話になっている僕ならば構いませんよと言われてしまった……。
借り物であり、まして僕を信用して持たせてくれた清涼亭の人たちの為にも絶対になくせない逸品ではあるが、これを持ち運べるメリットは余りにも大きい。使い方も簡単で、ページに記載されたアイテムのカードを取り出すと、魔法空間へと繋がる端末が現れ、そこにカードと指定された硬貨を投入すれば、ガチャで入手した時のようなアイテムが入ったカプセルが出てくる。カプセルを開けたら購入したアイテムが手に入るという訳だ。多少割高ではあるが、いつでもどこでも目的の物を入手できるという事がどれほど有難い事かは言うまでもない。
「……コウのその、貴重な物をポンと渡してしまうところは、今でも慣れないよ……。聞けば大賢者様からの
「まあ……それなりに、ね……」
レイアの問いに僕は曖昧な笑みを浮かべつつ答えた。色々と関わることの多い星銀貨だ、流石にその大体の価値は覚えた。銅貨100枚ほどで銀貨一枚の価値。銀貨30枚ほどで金貨一枚の価値……。大金貨は大きく質がよくて通常の金貨よりも遥かに値打ちがあり、金貨ならば5枚、銀貨ならば150枚程の価値がある。他の売っている物の値段や相場から判断して、銅貨1枚で元の世界の10円くらいの価値があり、大金貨ともなると約15万円ほどの値がつくのではないかと僕は考えている。
そして星銀貨だが、一概に大金貨での価値が曖昧ではあるものの、あの闇オークションでの例に挙げて敢えて値段を付けるのであれば、大金貨200枚……、だいたい3000万円の価値がある、という訳だ。
……そんな価値のある物をポンポン受け取ったり渡したりしている僕は、他人から見たら相当奇異な人間に映っているに違いない。……自分自身でも、いくら目的の為とはいえ、頭や感覚がおかしくなっているんじゃないかという自覚はある。それでも、僕は……。
「……ならよ、ダンジョンに潜ってみるのはどうだ?ま、この国のダンジョンはあらかた探索済みで未開拓のダンジョンはねえが……、A級以上のダンジョンなら偶に星銀貨級のアイテムや
そんな時、黙々と食べていたレンからそう提案を受ける。ダンジョンか、話には聞いていたけれど……。
「僕もまだ話にしか聞いていないけれど、探索済みって事は粗方宝箱だって回収したんじゃないの?まだ空いていない宝箱なんてあるの……?」
「そこは心配ねえよ。ダンジョン内は常に変化していて、度々フロアも入れ替わるんだ。出現する魔物に変わりはねえが、宝箱も新たに補填される。何処から補填すんのかまではわからねえが、大方魔法空間が関わってんだろうよ。……一説にはダンジョン内で倒れた奴のアイテムや金を取り込んでるって話もあるがな」
……本当に万能だな、魔法空間……。ストアカタログの件といい……一体どうなっているんだろうな。
「もっと言うと、貴方がまわして
「成程……うーん、奥深いな」
補足してくれたユイリの説明に感嘆する僕。すると、話を伺っていたのか、サーシャさんが給仕の出で立ちで現れ、レンの席に追加の料理を配膳しながら会話に加わってくる。
「……ちょうどダンジョンの話をされていたみたいですね。タイミングが良いのかはわかりませんが、少々宜しいでしょうか……?」
「サーシャさん……?どうしたんです?」
何かあったのだろうか……?何時もより少し慌てているような……そんな彼女の様子に、話を続けるよう軽く促すと、
「実は、レンさん達にお願いしたいと思っていたのですが……、コウさんは『泰然の遺跡』というダンジョンをご存じでしょうか?」
「確か……冒険者が一番最初にもぐると言われているダンジョンでしたっけ……?そういえばこの前、ジーニスたちが攻略すると言っていたような……」
『泰然の遺跡』は、別名『初心者ダンジョン』とも呼ばれていて、Dランクとなりダンジョンにもぐる資格を得た冒険者たちが挑むことになる場所である。一足先にDランクへと昇格したジーニスが少し自慢げに言っていたのを僕は思い出していた。
そのダンジョンがどうかしたのかとサーシャさんに訊ねてみると、
「その『泰然の遺跡』ですが……、新たな階層が出現したと報告を受けまして……、ジーニスさん方、入って来てくれますか?」
サーシャさんがそう言うと、食堂に今ちょうど思い浮かべたばかりの人物たちが現れる。ジーニス、フォルナ、ウォートル……、初めてクエストで城下町の外に出た際に知り合った新米冒険者たち……。駆け出しながら近頃メキメキと腕を上げているおり、攻撃、防御、回復とバランスの取れたパーティで、冒険者ギルドの中でも注目株となっているらしい。
「コウ、来てたのか……」
「そっか……、新しい階層を発見した冒険者っていうのは……、ジーニスたちだったのか……」
彼らとの挨拶もそこそこに、ジーニスはそこであったことを語りだす……。
「……先程ようやく『泰然の遺跡』のボスを倒せたんだが、その途端にいきなり壁の一角が崩れ始めてな……。恐る恐る確認してみると、そこには下に続く階段が現れたって訳だ……」
「……そうなんだ。因みに……こんな事ってよくあるの?」
僕の知るRPGのゲームの中の世界には、そんな事も起こりそうなものではあるけれど……。そんな僕の呟きに、ユイリが答えてくれた。
「……ダンジョンは原則的には一度発生した時の階層より増える事はないわ。ダンジョン内の何処かにあると云われるダンジョンコアによって、その容量は決まっている筈だから……。だから今回の件で考えられるのは、そのコア自体がランクアップしたという可能性ね」
「ダンジョンがランクアップか……。まるで、生き物みたいだね」
何気なく呟いた感想であるが、シェリルがそっと補足してくれる。
「コウ様、ダンジョンは生き物ですよ。そのコアは常にフロアを入れ替えて、宝箱や罠を設置し、そして魔物を生み出しております……、ダンジョンは『生きている建造物』と言い換える事も出来ますね」
「……そうなんだ。いや、僕の常識では本当に計り知れないんだな……」
建造物は無機質の物質……。そこには作り手の思いとかそういう物はあったとしても心は無い、……そう思っていた僕の常識を根本から壊された。
「それでですね……、その新しい階層の調査を、レンさん達にお願いしたかったんです。勿論、王城ギルドにも報告はしましたが……、何せ『泰然の遺跡』はダンジョンにもぐれる冒険者であれば誰でも行く事の出来るダンジョンです。ジーニスさん達は戻ってきてくれましたが、もしかしたら探索に踏み込む方もいらっしゃるかもしれません……」
「……確か俺の跡を継いでAランクになったシーザーたちは隣国のフェールリンク自治区に
シーザーという人の事はレンから聞いた事がある。レン達が可愛がっていた後輩で、自分たちが王宮に召し抱えられる事になった際に冒険者ギルドを任せたとされている冒険者……。自信家のレンにして才能は俺以上だと言って、この国で初めてのSランク冒険者が生まれるかもしれないなんて言っていた人物だ。
ちょうどユイリの方にもどこからか
「今、フローリアさんからも正式に
「……その探索ですが……、私たちも参加させて貰う事は出来ませんか……?出来れば勉強させて貰いたいのですけど……」
「前にレンさん、言ってましたよね?今度、俺たちに冒険者の心得を教えてやるって……!俺たち、早く強くなって、良くしてもらってるギルドの人たちに恩返し出来るようになりたいんすよ……!」
ユイリの話を聞いて、ジーニスたちが決定権があるであろうユイリやレンに詰め寄る。それに対しレンは困ったような顔をして、
「……確かに言ったし、気持ちもわかるがよ……、未開拓のダンジョンってのは危険もでかいんだぜ……?D級ダンジョンの『泰然の遺跡』の延長なら、大丈夫って気もしねえ訳じゃねえが……、それにしたって何が起こるかわからねえのが実情だ」
「……レンさんの言いたい事はわかりますけど……、もしよろしかったら連れて行ってあげてくれませんか?レンさん達になら、ギルドとしても安心して彼らを託せますから……」
そんなレンに対し、そう言いながら頭を下げてお願いするサーシャさん。そんな彼女を見て、ユイリも助け船を出すように、
「……他ならぬ彼らも行きたいと言っているのだし、連れて行ってもいいんじゃない?いずれ経験を積んで、この国を背負っていって貰う人たちになるだろうし、こういう機会を体験させるのは悪い事ではないわ。レン、貴方だって、そういう経験はあるでしょう?」
「あー……、わあったよ……。だが、少しでもヤバイと思ったらすぐに撤退するって約束できるか?唯でさえ、ダンジョン初挑戦っていうコウも連れてかにゃならねえんだ……。今のコイツならそうそう足手まといにはならねえだろうが……、それでもいざとなったらコイツとシェリルさん、それでお前らも一緒に引き上げる……。そう約束できるんなら連れてってやる……」
レンは頭をかきながらそう返事すると、ジーニスたちが喜びながらお礼を述べる。そんな様子を見ていたレイアが、
「……ならボクも一緒に行こうか?ボクがいたら、何時でもダンジョンを脱出できる『
「なっ……!?ご、ご自分で何を言っているのか……わかってます……!?」
レイアの言葉に仰天するような様子でユイリが彼女に距離を詰めるようにして問い詰める。……ユイリがレイアに対して何処かやんごとなき扱いをしている事が度々見受けられたが、彼女もやはり何処かの貴族なのだろうか……。レイアももしかしたら名前のあとに続く姓のようなものがあるのかもしれない。……自分の名前すらも隠している僕が思う様な事ではないのかもしれないが……。
この世界にやって来た当初は、何が何だかわからなかった事もあり、ひたすらに名前を隠したものだったが、今となってはもう明かしてもいいのではないかとも思っている。シェリルやユイリ、レン、そしてレイファニー王女をはじめ、このストレンベルクの人達には本当に良くして貰っている。こうして帰還の手段も探して貰い、今日その元いた世界の特定もして貰った。だからもう隠している意味もないと考えているのだが……一度隠してしまった手前、中々打ち明けるタイミングも掴めないでいる……。
そんな事を考えていると、レイア達の話は終わったらしく、
「コウ、ボクも行く事になったから宜しくな!ボクの力を見せてあげるよっ!」
「うう……、どうして私が……。コウだけでも色々振り回してくれるのに……っ!」
……なんか壮絶な話し合いでもあったのか、ユイリが少し黄昏るように文句を言っている姿が気になった。彼女がこうなっている原因の1つが僕であるようでもあるので、あまり触れる事は出来ないかもしれないが……。
ユイリが再びどこかとやり取りするのをシェリルも苦笑しながら気遣っているのが見えて、彼女に僕の分までユイリを気遣ってくれと心の中で思っていたら、
「それでは準備を整えましょうか……、コウさんとシェリルさんはダンジョンにもぐられるのは初めてでしょうから手続きもしないといけませんし……」
「よし、コウ……。俺が先輩として色々教えてやろう……」
「先輩って言ってもジーニスだって今日はじめてボスを倒したってところだろ!?そんなのすぐに追い抜いてやるから……!」
ジーニスが僕を揶揄ってきて、負けじと言い返していると、サーシャさんがコホンと軽く咳払いする。
「仲がいいのは結構ですが、それは後でやってください。コウさんにシェリルさんも、ダンジョンにもぐるには資格が必要となります。通常はDランク以上でトレジャーハンターの職業に就く資格が与えられるのですが……、お二人とも今ランクはどうなっていらっしゃいますか……?」
「そういえば、Eランクにあがってから色々
そう思って僕はギルドカードを取り出し確認してみると、
NAME:コウ
AGE :24
LICENSE:研究資格者、商人の証、ダンジョン探索、幸運の女神の寵愛
TEAM:
RANK:E《Dランクに昇格可能》
ACHIEVEMENT:21 クエスト
POINT:10308 pt
(思った通り、Dランクにはあがれるようだ。それに……)
サーシャさんの説明だと冒険者ランクをあげないとトレジャーハンターの職には就けないという話だったが、恐らくこれが、ダンジョンにもぐる為の資格なのだろう。
「このLICENSEの欄にある……『ダンジョン探索』が、恐らくその資格なんですよね?」
「えっ?あ……はい、そうです!コウさんは初めからトレジャーハンターに就く事が出来たのですね……。普通は冒険者に就かないとなることが出来ない職業なのですが……。それならランクアップだけ済ませてしまいましょう。シェリルさんはその後でトレジャーハンターの職に就いて頂き、『ダンジョン探索』を取得して下さい」
わかりましたと答え、サーシャさんと一緒に席を外すシェリル。それを見届けてジーニスたちが声を掛けてきた。
「コウ、お前どうして最初からトレジャーハンターに就けたんだ……?」
「……わからないよ、そんな理由なんてさ……」
肩を竦めながらそう答える僕だったが、トレジャーハンターは兎も角、他の職業についてはいくつか心当たりはある……。『見習い戦士』『見習い魔法使い』に関してはこの世界特有のものだとして、『学者』は大学までいった名残、『薬士』は最低限の応急処置等を学んでいたから、『農民』は知人の仕事を本格的に手伝っていた事があり作業の流れを理解していたから、『商人』『話術士』『飛脚』に関してもアルバイト等で体験した仕事に由来しているのだと考えられる……。先日新たに就く事が可能となった『料理人』はこの世界で料理した事が切欠だったし、『研究者』『調合士』だってそれぞれ学者や薬士の派生で得られた職業だ。
……といったところで『ラッキーマン』に関しては皆目見当もつかないが……。僕の就く事が出来る職業を伝えて、唸っているジーニスたちを余所に、レイアが僕のところまでやってくると、
「コウと一緒に冒険するのは初めてだから楽しみだな」
「楽しみにして貰って恐縮だけど……、僕は冒険者という事に関しては本当に初心者だよ?君の期待に添えるかはあんまり自信はないよ……」
嬉しそうにそう話すレイアに僕は苦笑しながら答える。すると彼女は少し慌てて、
「そういう意味じゃないんだ。何て言えばいいのか……、まあいいや、兎に角よろしく頼むよ、コウッ!」
レイアはそう言って上機嫌にシェリル達が戻ってくるのを待っているようだった。その後ろで未だに疲れたような表情で応対しているユイリが目に入る。……恐らくはフローリアさん辺りと連絡を取り合っているのだろう。そんな彼女を少しだけ申し訳なく思う。
(しかし、ダンジョン探索か……。レイアの言葉じゃないけど、確かに少し楽しみかもしれないな……)
いずれにしても、元の世界では体験できない出来事だ。星銀貨や白金貨を手に入れるには避けては通れないと思われるダンジョンの探索……。幼い頃の冒険心が蘇り、ダンジョンとはどういう所なのか、そこで一体どんな事が起こるのか……そんな期待に胸を膨らませながら、シェリルが戻ってくるのを待つのだった……。
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