第24話:我慢していた不満
「……何処に行くつもりかしら?」
僕が滞在している『清涼亭』の部屋より抜け出した僕を待ち構える様に、腕を組みながら睨んでいたユイリ。
「…………いくら何でも、気付くの早くないですかね……?」
そんな彼女の姿を認めて、僕はお手上げとばかりにに両手を上げてユイリに話しかけると、
「……貴方、私の警戒網を甘く見ているの……?前に言わなかったかしら、貴方が部屋を出たり異常を感知すると、すぐに私の元に伝わるようになっているのよ」
「それはまた……。随分と優秀な警戒網で安心するよ……」
僕やシェリルに対する安全は確保されているって訳か……。まぁ、その警戒網が優秀すぎて逆にこんな状況に陥っている訳だけど……。
「それよりも……、何処に行こうとしていたのか、まだ答えて貰ってないわよ、コウ」
すぐさま厳しい詰問がユイリより飛んでくる。……別にやましい事をしようとしていた訳ではないし、正直に答えてしまうか。
「……ちょっと身体を動かそうと思って、その辺をランニングしようとしたんだよ。さっき、戻って来た時に言ったろう?少しでも強くなる為に身体も鍛えていきたいって……」
「そうね……、それで今日は貴方も疲れているでしょうし、明日からにしましょうと話も決まった筈よね?確か貴方も了承したと思ったけど……」
すぐに退路を塞がれてしまった。……説得するのも骨が折れそうだし、こっそりと後で抜け出せばいいやと思ったとも言えず、曖昧な笑みを浮かべる僕。さて、どうしようか。なんかもう詰んでいるような気もするけど。
「貴方ね……、まだ自分が私たちにとって重要人物であるっていう事の認識が足りていないのかしら……。私、事あるごとに貴方に伝えてきたつもりなのだけど……」
「そうだね、僕に対して勿体ないくらいのVIP対応をしてくれているよね。大丈夫、わかっているよ、ユイリ。……僕よりももっとトウヤ殿にまわして貰ってもいいような気もするけど」
ボソッと呟いた独り言のつもりだったけど、ユイリには聞こえてしまったみたいで、
「貴方が心配しなくても彼にもちゃんと対応させて貰っているから大丈夫よ。それで?何か言う事はないの?」
仁王立ちしているユイリからそんな言葉が返ってくる。何か、言う事か……、素直に謝ればいいのか……?
「むむむ……」
「何がむむむよ……。まあ、私というよりも後ろの方にはきちんと話された方がいいんじゃない?」
後ろの……かた?そういえば何か後ろから視線が……!?一つ思い至る事があり、恐る恐る振り返るとそこにはフードを被り外着の出で立ちをしたシェリルがシウスとぴーちゃんを従え、階段のところに立ったままジっと僕の事を睨んでいた。
「シ、シェリル……?」
「…………」
返事もせずにただひたすらにこちらを睨んでくるシェリルに二の句が告げなくなり、その視線に耐え切れず目を逸らしてしまう。僕が視線を逸らすのを見て、彼女が僕の方までゆっくりとやって来ると、
「……何か言う事は御座いませんか?」
「…………ごめんなさい」
思わず最敬礼で深く頭を下げてしまうくらい、今のシェリルは怖いと思った。声もいつもはある温かみが一切感じられず、本気で怒っているようで……、とてもシェリルの顔を伺えなかった。
「……コウ様の様子がおかしかったので少し席を外してみたら、まさか本当に出ていかれるなんて……。おちおち湯あみも頂けませんね……」
「いやあの、シェリル、さん……?」
……なんか話がおかしな方向に向かっているような……。あと、どうやら僕の態度から抜け出そうとしているのはバレバレだったらしい。
彼女の次の言葉を慄きながら待っていると、
「ですので……今後はコウ様に置いていかれぬよう、常にコウ様から目を離さないように致しますから……」
「…………は、はい?」
どうしてだろう、シェリルの言っている事の意味がわからない。
「これからはコウ様がお休みになられるまではお傍につきますから。またお湯を頂く際もコウ様と一緒に頂く事に……」
「ちょっと待って!?わかった!本当に僕が悪かったから!!それだけはやめよう?本当に取り返しがつかなくなるから……!」
そんな事になったらいくら『
(あ……)
彼女の美しく透き通ったエメラルドブルーの瞳からは、怒りの色だけでなく別の一面も伺えた。不安や憔悴……どこか悲愴感の色も見られ、若干潤んでいるようにも思える。彼女の心の内を訴えかける様な強い感情が、僕を見つめる瞳から読み取れるようだった。
「……ごめんね、シェリル……」
シェリルの両肩に手を添え、今度は視線を逸らさずにきちんと彼女に向き合う。彼女の碧眼をしっかりと見据えて、
「まさか君をここまで不安にさせてしまうとは思わなかったんだ……。黙って出ていこうとした事は謝るよ。僕としては本当にちょっと身体を動かしたくて、外に出ようとしただけだったんだ。すぐに戻ってくるつもりだったし、それくらいだったら一々話す事もないかなって思ったから……」
「それでも……仰って頂かなければわからない事もあります……。わたくしは、コウ様ではないのですから……。もうわたくしには……家族も亡くしたわたくしには、貴方しかいないのです……。あの日、未来を考えられず絶望していたわたくしに手を差し伸べて下さったコウ様しか……。そのコウ様が黙って出ていかれて……わたくしは……!」
彼女の瞳から涙が膨らんできているのをみて、思わずシェリルを抱き寄せ自分の胸に押し付ける。
「……これからは、ちゃんと君に話すようにするから……。自分の性分でね、どうしても今日の内に身体を動かす事から始めたかったんだ。君やユイリも反対していたし、説得も難しいなって思って……。それで出てきてしまったんだよ」
思い立ったら今から始めろ。明日からと言っている奴が出来たためしがない。……厳しかった親父が口癖のように言っていた事が今では自分の習慣にもなり、やろうと思った事をすぐやらないというのはどうにも落ち着かなかった。ユイリやシェリルからも本日の外出は控える様に言われ、向こうの言い分も分かり説得は難しいと考えて、内緒で出てきてしまった訳だが、まさか泣かれるほどシェリルを不安にさせるとは思わなかった。
自分の想像以上に彼女が僕に依存している事は懸念すべきではあるけれど、今それを言ってもはじまらない。あの闇オークションで彼女を落札したのは僕であるし、出来る限りの支援をすると言ったのも僕なのだ。
「……もう、このような事はなさらないで下さい……。不安で、どうにかなりそうだったんです。また、わたくしの傍からいなくなってしまうのかと……」
「約束するよ……。本当にごめん……」
シェリルを抱きしめ慰めるように、透き通る絹のような金色の髪に触れつつそっと頭を撫でると、漸く落ち着いてきたようだ。自分の胸に押し当てている為彼女の顔は確認できないが、嗚咽は聞こえないし泣かせてはいないだろう。彼女の泣き顔なんて見たくないし、泣かせるなんて以ての外だ。
足元には首輪を身に着けたシウスが控えていて、その双眸からは非難の色が見て取れた。シェリルを悲しませたことを抗議するように僕を見るシウスに、悪かったよと謝罪すると、
「でも、どうして外に出ようとしたのよ……。貴方が強くなりたいと思ってくれている事は私にとっても異存はないわ。その為に身体を鍛えたいという事自体は歓迎すべきだとも思ってる。でも……今日は貴方も疲れているのでしょう?グランからも聖女様の神聖魔法による強制力に抵抗していた事も聞いているわ。そんな時に訓練をしても、いいパフォーマンスは得られないだろうし、一体どうして……」
「……それについては謝るしかないよ。気になったらどうしても行動しないといられないのは僕の性分だからさ……。まさか、シェリルをここまで傷つけるとは思わなかった。もう、勝手な行動はしないよ……彼女を泣かせたくもないし……」
……こうなった以上は仕方ない、ランニングは明日からにしよう……。そう思って部屋に戻ろうと彼女を促そうとした時、宿の食堂になっているところから声を掛けられる……。
「……話、纏まったか?」
「…………えっ?」
その聞き覚えのある声に振り向くと、そこには声を掛けたらしいレンの他に、今日の演習に加え、魔物たちの埋葬を手伝ってくれたヒョウ達が滞在していた。
「どうしてここに……」
「見ればわかるだろ?コイツらとメシ食ってんだよ。……何故か俺が奢る事になっちまってるが……」
「なーに言ってやがる……。何度、今度奢るからっつって俺らを使ってきたと思ってんだ……。俺らとこうして呑んでんのだって、お前の『
「……サーシャさんも苦笑してましたからね。レンの底なしの胃袋を考えて、多めに食材を用意して下さっていたのに……」
その時の事を思い出したのか、苦笑いを浮かべながらそう話すポルナーレ。……この間の冒険者ギルド『天啓の導き』での一件でレンの大食いは知っていたけれど、まさかそれ程とは……。少なくとも彼と飲み食いする時は割り勘にした方がよさそうだ。
「コウよ、そちらの美しい御仁を、紹介しては貰えぬか?」
「そうで御座る、このような公の宿の入り口で見せつけてくれようとは思わなんだが……、その
ハリード達がそう言ってシェリルの紹介をするよう促してくる。見れば食堂にいたお客さんも皆シェリルの美しさに当てられたのか、ほおっと魅入られているように此方を見ている事に気が付いた。
「皆様、はじめまして。わたくしはシェリル・フローレンスと申しますわ。彼と共に近頃、レン様方のおられるギルドに所属させて頂いております。本日は皆様方に大変お世話になったと伺いました。彼らに代わりまして、わたくしからも心より御礼申し上げます」
何時ぞやの時と同じように身に纏ったローブの裾をつまみ軽く持ち上げて優雅に挨拶をすると、ますます周りは感嘆するようにシェリルを見つめているようだった。流石に他のお客さんの目もあるので、フードまでは下ろしてはいないものの、ヒョウ達に感謝を伝えるその姿勢は、彼女が生来持つ気品も相まって見る者を魅了するように感じる。
「あ、ああ……と言っても俺たちは特に力にはなれなかったですけど……」
「力になれなかったなんて、とんでもない事ですわ。本日は最後まで彼らの手助けをして頂いた聞いております。お陰様で、こうしてここにいる事が出来ているのです。あなた方には本当に、深く感謝致しますわ」
そう言って心からの笑みを浮かべるシェリルに、なんとか返事したヒョウも真っ赤になって轟沈してしまった。その気持ちは痛いほどわかる。僕も彼女と過ごす様になって、1日に何度もその魅力にハッとさせられる事があるのだ。……夜は夜でなかなか眠らせてはくれないし……ね。
ヒョウだけでなく、ハリードやペ、ポルナーレもシェリルに当てられてしまったようで、その雰囲気を破ったのは大分慣れたらしいレンだった。
「そうだよな、だから俺だけが奢るっていうのも変な話だ。だからコウ、お前も俺と一緒に折半しろ。それでいてコイツらに借りが返せるってもんだ!」
「……レン、貴方ねえ……。自分の貸し借りに他人を巻き込むのは感心しないわよ……」
「折半だったら……、別にいいかな?確かにヒョウたちには沢山世話になったし……。シェリルの言う通り、彼らが手伝ってくれなかったら、僕はまだ戻ってこれてなかったろうしね……」
お金に関してはちょうどニックより
「……なんでそこで認めちゃうのよ、コウ……」
「よっしゃ!折半だったら、俺も遠慮なく頼むとするか!」
呆れたようなユイリの呟きを尻目に、僕もお金を払う意思がわかると予想通りの反応をするレンに、釘を指しておく事にする。
「……君が飲み食いした分については、折半ではなくレンが払ってよ?僕が折半するのはあくまで、君以外の分だからね?」
「なんでえ……、折角ここの料理を気兼ねなく楽しめると思ったのによ……」
……あのねえ、折半というのは僕に払わすという意味じゃないんだよ?そこのところ、レンはわかっているのかな……?
そう思っていたら僕の後ろから声を掛けられる。
「あら、それなら少しサービスさせて頂きますよ!御贔屓にして貰っているユイリの連れて来られた貴方もお金を出すと言うのでしたらね!」
「え?君は……」
その声に振り返ると、綺麗な朱色の髪を肩のところまで揃えたウエイトレス姿の女性が料理を乗せたお盆を片手に抱えて笑顔で立っていた。
「そういえばこうして顔を合わせる事はありませんでしたね。この食堂は利用されていなかったですし、初日に部屋に伺った際も既にお休みになられてましたから……。私はラーラ、この『清涼亭』のマスターの娘で……、今はこのように食堂でウエイトレスをしてます」
「ラーラさん……、先日は有難う御座いました。本当に、助かりましたわ」
彼女の自己紹介ののち、隣にいたシェリルがラーラさんに頭を下げる。……先日?話し方からして初対面ではないようだけど、先日って事は……。
そんな僕の感じた疑問に答える様に、
「……姫がこちらに来られて、貴方が椅子で眠ってしまった後、彼女に来て貰ったのよ。姫の外套の下はあの店で着さされていた衣装だけだったから、着替えを用意して貰ったの。……ベッドやなんかを手配してくれたのもラーラよ」
「おいおい……、ここに泊っていて彼女を知らないのかよ、コウ。『清涼亭』の看板娘、ラーラさんの笑顔を見る為に安くないこの店に通う客もいるってんだぜ……?客の相手は勿論、厨房にも入るし、部屋の整備もする……。そんな器量良し性格良しの彼女を知らないなんて、モグリもいいとこだぜ……」
……それは悪かったね。そもそも、器量はともかく、性格なんてそんなすぐにはわからないだろうに……。
勿論、彼女の容姿も優れているし、綺麗というよりは可愛いって感じで、騒がれるっていうのもわかる。だけどこの世界にやって来て、今まで培ってきた美的感覚が次々と更新されてきてしまっているので、少し麻痺してしまっているのだろう。
……まして、その中でも美的レベルが飛びぬけているシェリルが近くにいるんだ。美人だから知っていて当然なんて言われても困る。
「お礼なんて大丈夫ですよ、シェリル様。むしろ、あんなものしか用意できなくて申し訳ないと思ってたくらいで……」
「様、なんて付けないで下さいな、ラーラさん。でなければ、わたくしも貴女の事をラーラ様とお呼びしますよ?……あのような刻限にお呼び立てしたばかりでなく、急遽色々揃えて頂いた上、今もこうしてお世話になっております事……、わたくしは忘れませんわ。このご恩は何時か必ずお返し致しますから……」
シェリルのお礼を受けて謙遜するラーラさんを見て、知らないところで本当にお世話になっていたんだと知り、僕も彼女にお礼を述べる。
「そうだったんだ……。色々お世話になっていたのに挨拶もしていなくてすみません……。僕は……」
「コウさん、ですよね?ごめんなさい、ユイリのお客さんという事でどんな方なのかと気になっていたんです。王国よりスイートルームに滞在させるよう御達しが出て、シェリル様……シェリルさんをも従えていらっしゃる貴方に……ね」
自己紹介をしようとする僕に被せる形でそのように話すラーラさん。それより……僕たちの滞在している部屋ってスイートルームだったのか……。まぁ、レンが一番いい部屋だと言っていたし、そんなところじゃないかと思っていたけれど……。
「……因みに、僕たちの部屋って一泊いくら位するものなのでしょうか……?」
「その辺りは気にされなくていいんじゃないかしら?もう既に王国よりユイリを通じて、代金は頂戴してますしね。先程のレンさんとの会話を聞く限り、コウさんって何となくその辺の事を気にされそうだし……」
そう言う彼女に僕は苦笑いを浮かべる。事実、その通りだったからだ。この世界にやって来るまで、あくまで一般市民だった僕にとって、普段スイートルームだのVIP扱いだのは全く慣れないものだし……。
「……はい、どーぞぉ、おきゃくしゃまぁ」
「……え?あ、ああ、有難う……」
そんな時、ラーラさんとの会話に割り込む形で、小っちゃな女の子がおしぼりを差し出された。如何にも一生懸命に渡そうとしている女の子からおしぼりを受け取ると、その子は隣にいたシェリルにも渡していた。
「はいっ!おねえちゃんもどーぞぉ」
「有難う御座います、リーアちゃん」
シェリルがおしぼりを受け取り笑顔でお礼を返すと、えへへっとニッコリ笑うリーアと呼ばれた女の子。ラーラさんと同じ髪の色で、多分いつつかむっつ位の幼女で、恐らくは彼女の妹さんなのであろう。お姉さんを手伝っているといったところだろうか……。
「あー、またきてくれたんだぁ!おにーちゃんたちにもあげるぅ」
「ありがとよ、リーアちゃん。いつもわりいな」
「今日も可愛いで御座るな、リーア殿。見ていて本当に癒されるで御座る……」
レンやペ……、ヒョウ達だけでなく、周りの客にもおしぼりを配っていく女の子。あの子も客から随分可愛がられているようだった。
「あの子はリーア。ラーラの妹で、両親や姉の手伝いをしようとああやって店に出てはお客さんに愛嬌を振舞いているの。少しでも姉たちの助けになれればって思っているんでしょうね」
「いやー本当に癒されるぜ。あんな子におにーちゃんなんて言われたらよ、また頑張ろうって気になるよなぁ。だからここには少し高くても足を運んじまうって訳だ。ラーラちゃんも可愛いしな」
成程ね……。ユイリやレンの話を聞き、今までこの宿の食堂を使っていなかったからわからなかったけれど……、確かにあんな幼女が頑張っているのをみたら奮起しようと思うのもわかる。看板娘であるというラーラさんも店内を彼方此方まわって客の対応や妹のフォローをしているようだ。
看板娘という点においてはあの『天啓の導き』のサーシャさんと同じく彼女目的でやって来る事は同じだとも思うが、パッと見たところラーラさんは17、18歳くらいで若く、美少女といった方がいいのかもしれない。おっとりとした美人という印象のサーシャさんと比べると、ラーラさんは活発な美女といったところか……。それを妹と二枚看板でこの高級宿の食堂をまわしている、という事だろう。
……それにしてもシェリルは兎も角として、レン達はおにーちゃんたちって呼ばれて、僕はおきゃくしゃま、か……。まぁ、おじさんと呼ばれなかっただけマシだが……。幼女におじさん、なんて呼ばれた日には、なかなか現実に戻ってこれなくなるからな……。
実際に、仕事上お客さんの家を訪問したりして、小さな子供から初めて「おじちゃん」なんて言われた日は、ショックでその日は仕事に身が入らなかった事を覚えている。
「……と、ゴメンよ、ポルナーレ。考え事していて挨拶が遅れたね……。今日は有難う、君が魔物を祓ってくれたおかげで、ちゃんと埋葬する事が出来た……。それもあのエビルカンガルーだけでなく、結局殆どの魔物を祓って貰う事になって悪かったね」
僕は犬の獣人族であるポルナーレの近くまでいくとそう彼にお礼を言う。続いて一緒に来ていたシェリルも挨拶しながらポルナーレの空いたコップにお酌してゆく。
「構わないよ、コウ。自分が勝手にした事さ」
「それでも……だよ。あれは、本当に僕の我儘だったのに……」
このファーレルという世界において、魔物の墓を作る、という事は推奨されていない事は教えられている。倒した魔物は速やかに解体して、魔石も抽出し回収するという事が普通であるとも……。それなのに、弔ってやりたいという僕の希望を叶えてくれたのだ。神官戦士だった彼があの場にいなければ、それは出来ない事だったから……。
「全くだぜぇ、コウっ!ま、こうして奢って貰ってんだから文句はねえけどよっ」
「ほっほっほっ……、何を言うか、ヒョウ。元々文句も何も無かったじゃろうに……。主が特に率先して手伝っとったではないか」
僕の肩に腕をまわしてきたヒョウと、ハリードがやって来る。ハリードの指摘を受けて、うるせえ、と彼に返していると、
「ヒョウ様に、ハリード様ですね……。本日はお疲れ様でした。どうか、わたくしにお酌させて下さいませ」
「こ、これはどうも……。貴女のような方に酒を注いで貰えるとは……!」
柔らかい微笑みを浮かべながらお酌するシェリルにヒョウは真っ赤になっているのを見ていると、そっとポルナーレが囁くように話しかけてくる。
「……コウ、君は気付いていますか?彼女の、あの様子を見て……」
シェリルが背の小さなハリードにも同じようにお酌をしているのを見ながら彼に続ける。
「……隠されていますが、彼女はエルフですよね?貴方は知らないかもしれませんが、本来エルフとドワーフは相容れない関係なんです。ハリードはあまりその辺の事は気にしてませんが……、シェリルさんの方も僕たちと同じように彼に接しています……」
「そうなんだ……、うん、勿論わかってるよ、ポルナーレ……」
……ここまでくれば流石にわかる。いや、もっと前からそんな気はしていた。最初は僕の自意識過剰からくる勘違いだろうと思うようにはしていたけれど……、先程の彼女とのやりとりに加え、シェリルの僕に対する様子は単純に使用人が主に尽くす……というものだけではない。ポルナーレに言われるまでもなく、今の彼女の様子からもそれは伺える。
僕がヒョウ達に挨拶する為に席を立つと、シェリルも静かに立ち上がり僕に付いてくる。僕の代わりに
シェリルは常に僕の傍に控え、お酌をするのも基本的に仲間であるレンや、僕が挨拶する人に限定している。……まるで、人前で夫を立ててくれる妻であるかのように……。彼女の一挙手一投足を見ている人たちからしてみれば……それがわかってしまうのだろう。
「……どうかなさいましたか?」
お酌を済ませ戻ってきたシェリルが、僕の顔を見てそう問い掛けてくる。……人前では僕を普段のように「様付け」では呼ばないシェリル。それは、出来るだけ目立たないようにしようとしている僕を気遣っての事なんだろう。気品があり、高貴な雰囲気を印象付ける彼女が、僕を様を付けて呼べば否が応でも注目されてしまうだろうから……。
「いや、何でもないよ……、じゃまた、ポルナーレ……」
可愛く首を傾げるシェリルにそう答え、彼女の気遣いに感謝しながらもポルナーレたちに挨拶する。
「貴方がレンと同じでなくて良かったですよ。それではまた……」
「ほっほっ……、わざわざありがとうよ、お二人さん」
……彼女が僕に傾倒してきている事は、いずれ元の世界に戻る事を考えれば、あまり歓迎できるものではない。もうこれ以上ないくらい魅力的な女性が自分に熱中してくれるというのは、凄く嬉しいし、それに応えないという事は普通考えられない。
初めてあのオークション会場でシェリルを見た時に、一瞬で心を奪われたのも事実だ。こうして一緒に行動して、彼女の事を知って僕自身ますますシェリルに惹かれてきている事もある。しかし彼女に惹かれれば惹かれる程、これ以上傾倒しない様に理性が僕にストップをかける。……元の世界へと戻る別れの時に、離れられなくならないように……。
そんな事を考えながらシェリルを連れて元の席へと戻り、彼女が注いでくれた
「ん……どうしたよ、コウ。あまり食が進んでねえじゃねえか?」
「ああ、レン……。そんな事はないよ、ちゃんと頂いているさ」
僕たちの席までやって来たレンがそう言ってくるのを返す。そりゃあ、レンを基準にされたら、食が進んでいないように見えるだろうさ……。
「それにしたってよ……。昨日の『天啓の導き』でも思ったが……、お前食が細いのか?そりゃあフールが補ってくれっから、問題ねぇっちゃそれまでだけどよ……」
「フールって……ああ、栄養素があるっていう味を感じないアレか……。まぁ大丈夫さ、僕なりには楽しんでいるから」
まさか米が食べられなくて食傷気味になっているとは言えず、苦笑しながらレンにそう話すと、
「……基本的にわたくしたちはお部屋で食事を頂いておりましたが……、余りお召し上がりなられておりませんよね?わたくしも気になってはいたんです」
「まぁまだ2、3日の話だから様子を見ようって思っていたんだけど……、何か苦手なものでもあるの?それともこちらの料理はあわないかしら?」
「そうね……男性の方にしたら、食が細いわよね……。何か食べたいものでもあります?出来るだけリクエストには応えるようにしますけど……」
僕たちの話を聞いていたシェリルが口にした事を皮切りに、ユイリやラーラさんまでも次々に話しかけてくる。
……シェリルやラーラさんは兎も角、ユイリは勇者の管理しなければならないという事もあるんだろうな。そういえば僕と一緒に召喚された勇者殿はどうなのだろう。僕と同じように、食傷ぎみになっているのではないだろうか。
「リクエストか……、その前に1つだけ聞いておきたいんだけど……。ユイリ、僕と一緒にやって来た『彼』は食についてはどうしているのかな?僕と同じようになっていない?」
「彼?ああ……そうね、彼は初日こそ殆ど口にしなかったようだけど、今では何処からか白い食べ物を取り出して一緒に食べてるって言っていたわね……。食べてみたリーチェが言うには、不思議な味でどこか病みつきになりそうって話だけど……」
気になった僕は試しにそうユイリに訊いてみると思わぬ回答が飛んできた。白い、食べ物……?それって思いっきり米の飯って事じゃないの……!?トウヤは、それを食べているって事なのか……!?
「そ、それって御飯の事だよね!?どういう事!?この世界にもお米ってあるの!?」
「いや、わからないわよ!貴方の言うお米って……和の国の一部で食べられているっていうあの米の事……?リーチェの話だと、そのような物じゃなかったようだけど……白い米なんて聞いたこともないし……」
……ユイリの話から察するに、一応このファーレルにもお米自体は存在する……という訳か。どうも、僕の知っているお米ではないようだけど……。そして、トウヤはどういう手段かはわからないけど、お米をこの世界に持ち込んでいるという訳なのか……?今日のあの拳銃といい……一体どうやって……?何か特殊な
「えっと……貴方もその……食べたいの?そのお米っていうものを……」
「……でしたら取り寄せないといけませんね。流石に『
そう言って考え込むラーラさんに、
「いや、大丈夫だよ……。でも、そうだね……もしリクエストにのって貰えるなら……この肉を唐揚げにして貰えませんか?少し脂っこいものが食べたくなって……」
正直にいうと、このファーレルで出される肉は生に少々火を通すものしか出て来ない……。レア……というには生焼けに近いもので、それに塩と胡椒なんかを申し訳程度にかかったもので出される……。最初に食べた際に見事に腹を下し……シェリルの神聖魔法によって治療して貰ったのだ。魔法があるこの世界において、食中毒というものは余り怖くないのかもしれないが、それにしたって腹を下す事に慣れようとも思わないし……。
僕がそう思っていると、僕の注文を受けたラーラさんが何処か困惑したような様子で考え込んでいるのに気が付く。
「あの……、カラアゲ、というのは……どういうものなのでしょうか……?」
「えっ……?いや、肉を一口大の大きさに切り分けて、塩や胡椒なんかの調味料で下味を整えて……、小麦粉で衣をつけて油で揚げるものですけど……」
パンはあるから小麦粉はこの世界にもあるだろうし……。ラーラさんからのまさかの問い掛けに僕がそのように説明しても、彼女は今一つピンときていない様子だった。……まさかこの世界には唐揚げも存在していないのか……?
「……肉に、小麦粉を……?それに火をかけて……?ユイリ、わかる?」
「……私も聞いた事ないわね。肉、といったらこの料理のようなものしかピンとこないけれど……」
……この世界に唐揚げ、いや揚げ物自体ないのかもしれない。少なくとも唐揚げは存在しない事がわかった。それどころか、肉の食べ方自体、このように生に近い状態で食べる方法しかないのだろう……。
レンも言っていたが、この世界には栄養素を補えるフールという物も存在するし、余り『美食』という観点は考えられていないように感じる。最悪栄養を摂取出来なかったとしても、神聖魔法で幾らでも何とか出来そうだし……。『栄気偏り』とかいう、控えめに言って肥満という状態も異常と見なされて神聖魔法で治されてしまうくらいなのだ……。
「えっと……材料があるのなら部屋で作ってこようか……?確かあの部屋に台所も備え付けてあったようだし……」
「いえ、それでしたら厨房を使用して構いませんよ。正直どんな食べ物か興味がありますし……」
美味しかったら
……ラーラさんの許可を得たとはいえ、素人の僕を厨房に入れて大丈夫なのかとも思ったけど、意外とすんなり入れて貰えた事に拍子抜けしまう僕。清涼亭の料理長……、ラーラさんやリーアちゃんのお父さんも、唐揚げという物に興味があるようで、他の料理人さんも含めてかなり注目を浴びているような気がする……。
「色んな種類の肉がありますね。これは全部モンスターの肉なのかな……?出来れば鳥系の肉を使って、と……。塩、胡椒は良しとして……あと、ハーブはありますか?」
「ハーブって……薬草のこと?厨房にはないけれど……いくつか取ってきますか?どんなハーブがいいのかしら?」
どんなハーブって……、バジルとか言って通じるのかな……?
「……何て言えばいいんだろう、少し爽やかな香りがある香草?程よい辛さと甘さが楽しめるようなハーブがいいんだけど……」
「……取り合えずいくつか見繕ってみるわ。少し待っていて」
そう言って厨房をあとにするラーラさんを尻目に、僕は厨房内を一通り確認していく。
(……調味料が少ない。塩に胡椒……、これは、醤油かな?一応、味噌のようなものはあるけれど、あまり使われている様子もないし。……当然マヨネーズやケチャップといったものも無さそうだ……)
思っていた以上に少ない調味料に人知れず嘆息すると、置かれていた肉切り包丁で、一口サイズの大きさに切り分けてゆく……。その際に肉の軟骨や骨の欠片を取り除いていると、
「何かお手伝い出来る事は御座いませんか、コウ様?」
「折角だから私も手伝うけど……、何をすればいい?」
そこに、厨房まで付いてきたシェリルとユイリからの申し出に、ニンニク、小麦粉を用意して欲しい旨と、底の深いフライパンに油を多めに指しておいてと伝える。
……そこからがまた大変だった。まず、ニンニク、生姜というものがここには無いという事が発覚し、ラーラさんが持ってきた色々な種類のハーブの中より、いくつか刺激が強そうなものを探し醤油も混ぜて下処理に加えたり、ユイリが用意してくれたフライパンの油の量が少なく、加算したら油が飛ぶから危険と言われたり、下処理した肉に小麦粉をまぶしていくのを奇異な目で見られ、さらに調理台を点火しようとしたがスイッチが見つからず、結局生活魔法が必要という事でシェリルにやって貰ったりと……。
さんざん試行錯誤した結果、なんとか唐揚げらしきものが完成し、味見役としてレンが実食する運びとなった。……下処理した肉を時間を掛けて置いておく事が出来なかったし、未知の材料を使った事から、味がどうなっているか不安はあるものの、こうなっては考えていても仕方がない。取り合えず見てくれは唐揚げだ。
「……じゃ、食ってみるぜ」
初めて見るであろう食べ物に、レンは恐る恐るといった感じでフォークを突き刺し、口元へと持っていく……。そしてそれを口に放り込み咀嚼すると、
「う、美味え……!あんなに火を通して肉が台無しになっちまったかと思ったが……、濃厚な肉汁が口の中で蕩けて……!もっと持ってきてくれっ!こんなんじゃ足りねえよっ!」
「おい、待てレンっ!俺にも食わせろっ!!」
レンが次から次へと唐揚げを放り込むのを見て、ヒョウが横から唐揚げを摘んで口にするとやはり絶賛された。そうなると、ハリード達や、経緯を見守っていた周りのお客さんも1つ、また1つと唐揚げを口にしていき……、気が付けば多めに作った唐揚げが全て無くなってしまった。
「いや、まさかあんな調理法があったとは……」
「それにしても驚きね……、貴方にこんな料理の技術があったなんて……」
料理長さんやユイリの驚きを隠せないような言葉を受けて、
「……料理技術という程のものじゃないさ。一度見れば誰でも作れるようなものだし……作り続けて、調味料も色々組み合わせていけば、さらに美味しく作れるようになると思うよ」
そう言いながら僕は傍にあった調味料を手に取る。この世界の人たちが最低限しか活用していなかった調味料……。味噌なんて、単純に皿に盛ってそのまま食べられていたようだし……。
「コウッ!お前の作った『カラアゲ』ってヤツ、ホントにうめえよっ!!もっとねえか!?これじゃ満腹には程遠いぜっ」
「レン……、いくらラーラが今日の代金はいいって言ったからって、それくらいにしておきなさいよ……、本当ならそんなにガツガツと食べられるところじゃないのよ?ここは……」
使用されている材料も比較的高価なものだし……、そう呟くユイリ。確かに厨房に置かれた食材自体は豊富で、飲み物も温度管理されているらしいワインセラーのようなところに数多く納められていた。
「ユイリさん、我々は構いませんよ。コウさん、もし宜しければ他の料理も教えて頂けませんか?」
「他の料理……ですか」
料理長さんからのまさかの提案に、僕は厨房を見渡してみる。
「……香草焼きなら出来るかな?折角ラーラさんにハーブを持ってきて貰ったし、様々なお肉もあるようだしね……」
「こうそうやき……?」
訝しむ面々を他所に僕はいくつかの肉の状態を確認していき、その中で馴染みのある豚らしき魔物の肉を見つけて、料理人さんに使わせて欲しいと頼むと、
「火を起こしますか、コウ様?」
「お願いするよ、シェリル。それと、出来上がった料理にあうようサラダを用意して貰いたいな」
まぁ、ドレッシングもないから生野菜がそのまま出てくるようなサラダだけどと苦笑しながらシェリルに頼み、取り分けて貰った肉に香草を何種類か選び、フライパンに添える。
「でも、肉をそこまで焼くなんてね。黒焦げにして肉が台無しになっちゃうかと思ったけれど……」
「……僕の世界では肉に火を少し通した程度で食べるなんて事は出来なかったからね。食中毒になっちゃうしさ……。この世界では魔法なんかで何とでもなるんだろうけど……」
ウェルダンとまではいかなくとも、ミディアムくらいにはしたいところだが……、この世界の人たちは生肉に慣れているみたいだから、レアにした方がいいかな……?普段はミディアムにするから焼き加減には気を付けないと、と考えながら僕は肉を焼いていく。ここのところ仕事の帰りも遅く、夜は帰ってもそのまま寝るなど、最近あまり料理をしていなかったから大丈夫かとも思ったが、順調にいっているようで香草の香りも漂い、いい匂いがしてきた。
「しかしハーブを料理に使うとは……。とても私には考えられなかったよ」
「これは母から教わりました……。最近は料理も出来合いの物を買ってくる事が多くて、殆ど料理もしてなかったんですけどね……」
僕の作業を横で見ている料理長さんにそう答えながら、僕は母親に料理を習っていた事を思い出す……。調理師免許も持った母には、数多くの料理を習ったものの……、僕自身はあまり料理を作る事は好きではなかった。最初は包丁を使う事も火を使うのも怖かったし、そんな自分が何とか作る料理よりも母の料理の方がはるかに美味しいのだ。一応作り方だけは覚えようとはしたし、一人暮らしになった際には自分で料理もするようになったが……、やはり母の料理は恋しくなる。
(本当なら、あと数日で実家に帰っている筈だったんだけどな……)
お袋の味、ともいうべき料理の数々は勿論だが、その中でも母の作るハンバーグはそのソースも含めて小さい頃から大好きだったご馳走だ。それにお店で食べた料理も、美味しければ自分でそのレシピを分析して、再現してしまうという事もでき、今でも母のレシピのレパートリーの中で食べたい料理は多い……。そんな母の手料理の事を、それを作っている母の姿を……、自分がこうして料理を作っていると思い出してしまい、僕の脳裏を次々とよぎっていく……。
「コウ様?……どうか、なされましたか……?」
「……ああ、ごめん。何でもないよ」
心配そうに声を掛けてきたシェリルにハッと我に返る僕。いけないな、少しホームシックぎみになってしまっていた。気を取り直して僕は肉の焼き加減を確認していく。うん……そろそろいいかな……。
シェリルに手伝って貰いながら、完成した豚肉もどきの香草焼きを皿に盛りつけていき、一緒にサラダも添える。そのまま出すというのも味気ないので、塩や果物の果汁を振りかけて味をつける。そうして腹を空かせているレンに持っていくと……、
「うめえよっ!!香りも食欲を掻き立てるし、焼いた肉がここまで美味いとはな……っ」
「おい、レンっ!!お前ばっかり食うなって……!」
「拙者にも食べさせるで御座る!!」
いーや駄目だ、俺が全部食う、なんて言ってレン達が取り合いしているのを苦笑しながら眺める僕に、料理長たちが自分たちも同じように作るから見ていて欲しいと言ってくる。
……まさか僕が料理の事で本職の人たちに教えてくれなんて言われるとはね。香草焼きの料理も好評で、他のお客さんにも振舞う為に料理人たちが僕のやっていたやり方を真似するように作っていくのを見ながら、元の世界では考えられないなと思う。
(……母さん。母さんが教えてくれた料理……、役に立ったよ。まさかの異世界でだけど、ね……)
こうして母の事を思い出すと、元の世界での事が思い出されて一日でも早く帰りたくなってくる……。病気がちの父の事も心配だし、何より急に居なくなった僕の事に気を病んでいるに違いない……。
(……駄目だ、その事はあまり考えないようにしないと……。考えても今すぐ如何にかなる訳じゃないし、それにまたシェリルにも心配させてしまう……)
こうしている今だって、王女たちが帰還の為の方法を考えてくれているだろうし、自分が出来る事をやっていっているという自負もある……。その為にも強くならないといけないと本日思い知り、それがいつか元の世界に戻る時の力になってくれると信じている……。そう思いなおし、感傷に浸りそうだった自分を奮起して気分を切り替える。
「……大丈夫そうですね、あまり元気がないようでしたので少し心配でしたが……」
「……よく見ているね、シェリル……。ああ、僕は大丈夫さ」
僕を伺いながら柔らかい笑みをたたえているシェリルに、内心本当によく見ているなと舌を巻きながらそう答える。自分の事を心配してくれる彼女に感謝しながら、料理長たちの様子を伺っていく……。
……こうして『清涼亭』の新しい料理は大好評のまま幕を閉じる。レン達は勿論、その場に居合わせたお客さんから話が広がってゆき……、唐揚げも香草焼きを求めて沢山のお客さんが殺到し、さらに味噌汁など新たな料理も提供していった結果、僕はこの『清涼亭』の名誉料理人として、何時でも厨房に入れるという有難い栄誉を得る事となった。お陰で、僕とシェリル……、さらには僕らを紹介したユイリの宿泊費、並びに食費が永久的に無償となり、宿に滞在している時は料理人から教えを請われるという状況に……。
また僕の料理の病みつきになったレンが、味見役と称して特訓が終わった際にそのまま清涼亭に入り浸る事となり……、後日それを聞きつけたサーシャさんが、彼の胃袋を掴みたいと僕に料理の教授を請うようになるのだった……。
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