第23話:トウヤの兵法




「どうだ、大丈夫か、コウ?」


 演習先であるというストレンベルク山中を歩いている最中、隣にいるレンがそう話しかけてくる。


「……うん、大丈夫……。早朝での山歩きが、ちょっとキツイだけだから……」


 欠伸が出そうになるのを何とか噛み殺しながら答えると、レンは苦笑しながら、


「おいおい、本当に大丈夫かよ?そもそもお前が言い出したんだろ?トウヤ殿の演習に参加したいってよ……」

「…………わかってるよ」


 そう言われてしまえば、黙って従うしかないが……、それについては僕にも言い分がある。

 …………いくら何でも急すぎませんかね!?


 確かに同じ勇者候補として活動しているトウヤの強さをこの目で見て体験したいとは言った。言ったけれど……、まさか伝えてその日の深夜、いや日付が変わっていたから今日か……、本日早朝演習をする事に決まったから準備して、なんて言われるとは思わないじゃないか……。


「どうしたどうした、もうギブアップなのか新入り?」

「こんなんでへばっとるようじゃストレンベルクの兵士は務まらんぞい?」


 そこに声を掛けてきたのはレンと同じ時期に王宮に召し抱えられたという元冒険者あがりの4人の兵士たちだ……。謂わばレンの同僚、らしいのだがレン自身は早々と王城ギルドに引き抜かれてしまった為、元同僚なのだそうだけど……。元冒険者の元同僚……、非常に微妙な距離感だと思ったのは内緒である。


「いえ……、まだまだ大丈夫です。無理を言って皆さんのところに混ぜて貰っているのに、弱音なんて吐けませんよ」

「お、言いよるの、その意気や良しじゃ、新入り!確か、コウっといったかの?」


 そう言って僕の肩を叩いてきた背の低い人……この人は、何て言ったっけ……?

 あの闇商人のニックに似てはいるが、ホビットではなく……ドワーフであるとは聞いたような気がする。


「え、えーと……」

「ん、違っとったか?悪いの、今日のさっきで急にレンから話を聞いたせいか……、まだ名前を憶えられておらんようじゃ」


 爺言葉で頭を掻きながらすまなそうに言うこの兵士さん。小柄ながらもガッチリとした屈強な体格をしており、立派な髭をたくわえていた。

 確かハラ……いや、ハリーダ……だったかな……?早朝で頭の回転も鈍っている中に王宮に連れ出されて、レンから彼らと引き合わされて……、その時に名乗ったと思うのだけど、いまいち記憶がはっきりしない。覚えている人達もいるにはいるんだけど……。


「い、いえ、コウであってます……。ただ、貴方の名前が……」

「ああ、合っておったか。ワシはハリード。今度は忘れんでくれよっ!」


 ほっほっほ、と笑って僕の背中をバンバンと叩くハリードさん。……なんというか、随分親しみのある人だ。


「お、それなら俺の事は覚えていたか?」

「ならば、拙者の事もどうで御座ろう?」

「折角だし、改めて自己紹介しますか?行軍の途中ですけどね……」


 現在、目的の場所まで行軍している最中であるのだが、基本的にはある程度のグループがあり、それぞればらけて目的地に向かうというスタンスのようだ。僕はてっきり行軍というと、列を乱さずに長蛇の列を作って行進する、というようなイメージだったのだけど、今回は違うという事らしい。


「じゃ、俺から……。俺は、ヒョウだ。俺の事は覚えていたか?」

「え、ええ……、覚えて、いましたよ?」


 …………ごめんなさい、覚えていませんでした。


「ははっ、その様子じゃ覚えてなかったな?まぁ、仕方ねえよ。レンの事だ、どうせ説明もせずに行き当たりばったりに付き合わされているんだろ?」

「えっと、すみません……。結構、レンとの付き合いは長いんですか……?」


 話からして、かなり長いのではと思った僕の想像通り、


「ああ、コイツとは冒険者になる前からの付き合いだ。良くも悪くも散々付き合わされてきたからよ、何となくコイツがやりそうなことはわかるんだよ……」

「あ、ヒョウ、てめえ……、俺だって同じだよ。聞いてりゃなんか俺が付き合わせたみたいに言ってるけどよ、お前だって人の事言えねえだろ!?」


 すると、ああでもないこうでもないと言い合う2人。そんな彼らを見ていて、仲がいいなぁとほっこりする。


「では次は拙者ですな……、拙者の名はぺ……、ぺ・ルッツ……。どうじゃ、覚えやすい名前で御座ろう?」

「ええ、貴方の事は覚えていましたよ、ぺさん」


 名前が1文字という事で印象に残っていた方の1人だ。ただ、名前の後にさらに続くという事は……、


「もしかして、ペさんは貴族の方なんですか……?」

「然り。とはいっても地方貴族で末端の位も男爵であるから大した事はなかろうが……。ルッツ家なんて聞いた事もないで御座ろう?」


 いえ、そもそもこの世界に来たばかりの僕が、貴族の名前を聞いても有名かどうかなんてわかりようがないですが。


「最後は自分ですね……、自分の事はわかりますか?」

「確か……、ポルナーレさん、でしたっけ」

「そうです、よく覚えてくださってましたね……」


 ニッコリと笑いながらそう答えるポルナーレさん。この人も僕と同じ黒髪黒目という事で印象に残っていた。この世界では黒髪、というのは珍しいらしい。僕とユイリ以外では、彼で3人目だ。そして……彼は犬の獣人族であるという事で、その犬耳を頭に生やし、よく見ると尻尾も腰の周りにベルトのように巻き付けているようだった。


「では僕も改めまして……、コウと申します。レンと同じ、王城ギルド『王宮の饗宴ロイヤルガーデン』に所属しております。今日は訳あってレン共々、皆さんとご一緒させて頂きますが、何卒よろしくお願い致します」


 そうして一礼する僕に、歓迎してくれるように、


「ええ、よろしくお願いします。それにしても堅いですね……。もっと楽にしてかまいませんよ」

「レンと同じ王宮の饗宴ロイヤルガーデンっていったら……、ああっ!思い出したぞい!!レン、昨日のあの別嬪さんっ!!」

「そうだ!!誰なんだよ、あんな美人、見た事ないぞ!?お前のギルドのメンバーなのか!?」


 ああ……、何人か何処かで見た事があると思っていたら……、昨日依頼クエストで外に出る時に守衛をしていた兵士さんだったか。僕が納得していると、レンが困ったように、


「……昨日も言ったが、ホントに訳アリなんだよ。シェリルさんっていうんだけど……身分もウチのギルドのユイリやグランの奴よりも上だ……。流石の俺もあの人のことを茶化す事は出来ねえし、何より俺も初めて見た時、あまりの美しさに思考が止まったからな。最も……」


 そう言いつつ僕を見てニヤリと笑うレン。……何だろう、物凄く嫌な予感がする……。そう思ってレンから少し距離を置こうとしたのだけれど、ガシッと肩を組まれてしまう。


「あの人は明らかにコイツに惹かれている。だから、お前らに紹介したくても出来ねえ!残念だが諦めてくれ!!」

「「「「な、なにぃ(なんとっ)~~!!??」」」」


 ワハハと高笑いするレンの言葉に、彼らの視線が集中する…………主に僕に。


「コウ!?どういう事なんだ!?そういえばお前……、昨日、あの人と一緒に……レン達といたよな……?」

「という事は……本当にこやつの言う通りなんじゃな!?」


 完全に矛先が僕に変わってしまう。レンの奴はそんな僕を見てニヤニヤしているし……!クソッ、そういう話題で彼にからかわれているという事自体、なんか納得できない……!


「……いや、流石に彼が大袈裟に言っているだけさ……、彼女は色々あって王宮の饗宴ロイヤルガーデンの預かりという事になっているらしいけど、彼女が僕に惹かれているというのはレンの勘違いであって……」

「そうかぁ?ここに来る際、色々あったと聞いているが?シェリルさんに言われたんじゃないのか?私も連れて行って下さい……ってよ」


 僕の逃げ道を塞ぐかのようにそんな事を宣うレン。それを受けて僕はグッと押し黙り、その時の事を思い出す……。











「……どうしても、駄目なのですか」

「……ええ、今回はあくまでお忍びという面が強いのです。安全面を確保する為に、昨日討伐に行ったストレンベルク山中で演習という事になったのですが、そこに紛れ込むにはあくまで参加する一般兵士に扮するしかありません……。正直、姫が行かれると間違いなく目を引いてしまって……、その目的が果たせないのです」


 まだ日も上がる前に演習に行くとユイリより伝えられ、その準備をしていた矢先にユイリとシェリルが話し込んでいる姿が見えた。内容から彼女もその演習に付いていきたいと言って、それをユイリが慰留しているといった感じのようだ。


「ですが……!」

「昨日、姫もおっしゃられていた筈です、トウヤ殿の強さを間近に見る事は、彼にとって間違いなくプラスになる……、であれば危険の少ない演習に参加させてはどうか、と……。確かにあまりに急な決定だとは思いますが、元々こちらが無理を言って決めて貰ったものなのです。ですから……今回はご自重下さいませ」


 流石に付いていく事は無理だとシェリルもわかっているのだろう……、クッと堪える様にしてユイリから僕に視線を移してジッと見つめてくる。シェリルからの視線に僕は気付かないふりをしていたが、そのどこか縋るような視線を何時までも無視し続けるわけにもいかない……。僕はひとつ溜息をつき、彼女に向き直ると、


「今回は聞き分けてくれないかな、シェリル……。僕の我儘で、ユイリからも無理に頼んで貰ったんだ。悪いけれど、留守番をしていてくれると、僕も助かる」

「ええ、今回の演習では護衛役は一時レンに移行します。私はここで引き続き姫のお目付け役をさせて頂く事になりますので……」


 僕とユイリに説得されシェリルも諦めたのか、ひとつ息をつき僕からふいっと視線を外すと、


「…………出来るだけ早く、戻ってきて下さいね……」


 わたくしの元へ……なんていう枕詞が付きそうな感じで傍にいたシウスの事をぎゅっと抱きしめながら、若干拗ねた様子でそう呟く。それを見て僕はユイリと共に苦笑しつつ、準備の続きに戻った……。











「いやー、でもいいよな、コウは。あんな人から想われていて、そんな風に言って貰えるなんてよ~」

「…………レンにだけは言われたくないよ」


 調子に乗っているレンにボソッと呟くと、

 

「ん?どういう事だ?」

「……レン、僕の事よりも君の方はどうなんだよ。サーシャさんの……」

「待てっ!ストップだ、コウ!」


 僕がそこまで言うと、ヒョウさんから制止が掛かる。


「何だよ?彼女の事がどうかしたか?」

「いや、なんでもねえよ」


 ヒョウさんがレンの対応をしている内に、僕はハリードさん達に連れられてレンから距離をとっていた。


「……お主も知ってるんじゃな、サーシャ殿の事を……」

「え……?ま、まあなんとなく……」

「言わずともよい。彼女のレンに対する接し方、話し方を見ておれば一目瞭然で御座るでな」


 ……サーシャさん、貴女は隠しているつもりのようだけど……、やっぱり他の人にもバレてるみたいだよ……。

 でも、それならば何故彼女へ言い寄る者が後を絶たないのか……、その事を疑問に思っていると、


「そなたの考えている事はわかるで御座る……。サーシャ殿がレン殿に惚れている事は周知の事実で御座るが……、如何せんレン殿が鈍すぎるで御座ろう?サーシャ殿がどんなに距離を縮めようと試みるも、あやつはどこ吹く風で、気付く様子は皆無……。であるからにして他の御仁は、サーシャ殿に迫り熱心に働きかける事で、皆目進展が望めるべくもないレン殿より我の方がサーシャ殿を想っている、という展開を期待しているという訳で御座るな」

「最も、彼女の方もレン以外は見えておりませんから、正直アプローチをしても無駄だと思いますけど……。それでも、万が一という事も考えているんですよ。それだけサーシャさんはあの『天啓の導き』の花ですから」


 …………成程。要するに、色恋沙汰に関してレンにとやかく言われる筋合いは1ミリたりとも存在しないという事がわかった。

 彼女がレンに想いを寄せているのがわからないようにしているのならば話は別だが、周りからしてみればサーシャさんはレンにアプローチを掛けているのを知っており、知らないのはレン本人だけという事だ。


「自分たちも何度かそれとなくレンに彼女の事を伝えたりしているんですけどね……。レンのあの様子は気付かないふりをしているのではなく、本当にわかっていないんだと思います」

「……他人の事は結構察するんじゃが……。とりあえず、その件は伏せておいてくれ。流石に彼女も自分からでなく、他人から伝えられるというのは嫌じゃろうからな……」

「……了解」


 ペさん、ポルナーレさんからの話に了承の意を示したところで、レン達の方も話が纏まったようだ。気を取り直して僕たち6人で目的の場所に急ぐのだった……。











「……何だろう?」


 無事に演習の目的地に辿り着き待機していると、ステイタス画面に変化があった事を知らせてくる。


<所持している『黒の卵ブラック・エッグ』に変化が訪れようとしてます>


 黒の卵ブラック・エッグ……、確か昨日ぴーちゃんが産んだ……あの卵か!

 僕は急いで『収納魔法アイテムボックス』を使用し、黒の卵ブラック・エッグを取り出す。


「ん?どうした、コウ……!?そいつは……!」


 レンは僕が取り出した黒の卵ブラック・エッグを見て、さらにそれが孵ろうとしている事に驚きの表情を浮かべる。やがて、黒の卵ブラック・エッグが輝き出し……二つに割れる。




『ミスリルソード』

形状:武器<長剣>

価値:C

効果:魔法合金ミスリルを加工して長剣としたもの。鉄よりも硬く、魔法も付与しやすい。




「ミスリルソード、か……。今まで僕が持っていた銅の剣よりは強いかな……?」


 鉄より硬いってあるし、多分強いとは思うけどね……、価値もCだし……。僕がミスリルソードを軽く振ってみていると、


「……そいつはもしかして、ミスリル製、なのか?」

「そうだね……、名前も『ミスリルソード』ってなっているし……。でも、ちょうど良かったよ、僕の使っていた剣、昨日砕け散ってしまったから……」


 あのデスハウンドとの戦いで砕けた銅の剣。貰ってわずか1日で壊してしまうなんて……、もしかしたら僕の使い方が悪い……?


「そいつがミスリル製なら……こいつは要らなくなっちまったな……」

「それは……銅の剣じゃないね。もしかして、鉄……、いや鋼鉄なのかな?」


 レンが取り出した物は新品の剣だった。それも、昨日まで使っていた銅製の剣ではなく……、


「ああ、こいつは鋼鉄の剣だ。お前に渡すよう預かってきたんだが……」

「でも、どうして鋼鉄製になったの?僕はてっきりこの国での標準の装備って銅を基準にしてるのかと思ったんだけど……」


 僕がそう尋ねると、レンは肩を竦めながら、


「……お前が思ったよりも戦えてるからだ。戦闘経験が無いって言っている奴に最初から強い武器なんて危なくって渡せねえだろ?むしろ、あの剣でアサルトドッグやデスハウンドと戦う事自体無謀だったんだよ。昨日、お前の武器が砕け散ったのは当然の事だと思うぜ」

「そうだったんだ……」


 ……良かった、僕の使い方が悪かった訳じゃなくて……。


「このストレンベルクの一般の武器っていったらこの鋼鉄製だ。銅の武器は初めて戦闘するっていう初心者に渡される武器なのさ。だから持ちやすいし、実際扱いやすかっただろ?」

「そういえば、確かに……」


 そんなに重さも感じなかったし、扱いやすいっていえば確かにそうだったな……。でも、それならばどうして……、


「……銅の剣を使って1日で鋼鉄の武器を扱えるほど、上達したようには思えないんだけど……」

「さっきも言ったろ?戦えない奴がアサルトドッグやデスハウンドと戦って生きていられる訳ねえだろ?昨日、お前がデスハウンドと戦って、逆にお前の剣が砕け散っちまったが、あれが鋼鉄の剣であれば、致命傷とはいかなくとも、かなりの深手は負わせてたと思うぜ……。ま、少し重くなるし、同じように剣を振れていたかって問題はあるけどな」


 そんなもんなのかな……?まぁ僕の場合、重力のアドバンテージがあるとは思っているけれど、それにしたって剣技や戦闘の技術が身に付くという訳ではない。正直、重力解放からくる速さで振るっているに過ぎない。でも、これからはそういった技術を身につけないと、この世界では生きていられないかもしれない……。


「あ、あのさレン……、今度時間がある時、僕に戦い方を……」

「いやぁ待たせてしまったね、諸君。すまないすまない……!」


 僕がレンに話しかけている最中、それは別の声によって遮られる……。この声は、確か……!そう思いながら声のした方に振り向くと、そこには僕と同じくこの世界に召喚されたトウヤ殿の姿があった。


「思った以上に準備に手間取ってしまってね、待たせて申し訳なかった……。今日は急遽、王国の精鋭である諸君らに集まって貰った事を有難く思っている。さて……知っている者もいると思うが、俺は先日の『招待召喚の儀』によりこの地にやって来たトウヤという。昨日はこの山中に君臨していた竜王バハムートを討伐させて貰った者だ」


 彼の言葉を聞き、どよどよと騒めきが起こる。彼の言っている事は即ち、自分が勇者であるという事だ。そんな人間が自分たちの前に現れたというのだから、騒ぎになるのも伺える。それに、現れたのは彼だけではない。


(この前、僕のコンプレックスを癒してくれた聖女様に、ユイリと同じく護衛に当たっている女性士官……、それにトウヤ殿の傍にいる女性、か。でも、あの人も何処かで見たような……)


 周りは既に聖女として認知されているジャンヌさんや確かベアトリーチェさんと呼ばれていた女性士官を見て、トウヤ殿の言葉が本物であると感じたのだろう。口々に勇者様と声をあげる者も出る中、僕は漸く思い出す。

 そうだ、シェリルと出会ったあの闇オークションで、彼女の前に出品されていた竜人ドラゴニュートの女性!!……でも、どうして彼と一緒にいるんだ?確か、僕を襲ったとされるあの成金風の貴族に購入されたんじゃなかったっけ……?


 そんな疑問を抱く僕をよそに、トウヤ殿の演説は続いていく……。


「今日、諸君たちに集まって貰ったのは他でもない……、昨日、この山中の主を討伐してストレンベルクの領地として制圧した訳だが、その残党の魔物どもが散り散りになり、中には街道の方へ行ってしまったとも聞いている。まぁ、そいつらは蹴散らしてもう問題はないんだが……、またそんな事が起こらないとも限らない。そこで、精鋭である君たちの力を借りて残党どもを討伐しようと思ったのだが……」


 彼はそこでコホンと一息つくと、


「ただ普通に討伐するだけというのも面白くない……、そこで、このストレンベルクの次世代武器のお披露目と、新たな戦術、陣形をこの演習に取り入れてみようと思った訳だ。まずは……これを見て欲しい……」


 そう言って彼が取り出したのは……、元の世界、自分のいた日本においても、ある職業の人が常備していたある種最強の凶器、


(あ、あれは……拳銃!?な、なんでこの世界に……、まさか持ち込んだのか!?元の世界から……!)


 という事は、彼は警官なのか……、いや、外国では一般人も携帯しているというし……。だけど、どちらにしてもトウヤ殿は僕と同じか、近い文明世界からやって来たのだろう事がわかった。

 一方、周りの兵士たちは見慣れない物に戸惑いを感じているようだ。あれをどう武器に使うのか、見当もつかないのだろう。一見しても刃なんかも付いていないし、殴りつけるにしても小さすぎる。


「これは『ピストル銃』というもので、名称は色々あるんだが……、ま、これの使い方は改めて説明するとして……、こちらの方は分かりやすいだろう、現在開発中の武器、『ガンブレード』だっ!」


 そうして次に取り出したのは猟銃のような長い砲身にギザギザの刃が付いた武器……。それが次の瞬間、激しい振動音が鳴り響く……!


「な、なんだ、この音はっ!?」

「見ろっ、あれが……音を出してるんだっ!」


 この世界では振動音に余り馴染みがないのか、この音に動揺している他の人たちを尻目に僕はあの武器について考察する。


(……チェーンソーと猟銃を一緒にしたという訳か。でも、何処から電源を取っているんだ……?この世界に電気なんてなさそうだけど……)


「……本来は電気で……いや、別のエネルギーで動くんだが、この世界には無いようだったんで『魔力素粒子マナ』を代用して動かしている。エネルギーの変換に、まだまだ改善しなければならないところはあるが……それでもこれだけの力がある……!」


 今、電気って言おうとしたな……。勇者を名乗るトウヤ殿がそう口にした事を僕は聞き逃さなかった。あの見覚えのある形状の拳銃に、電気……。この事から連想するに、やはり彼は自分と同じ世界からやって来たのではないかと考えていると、


「お、ちょうどいいタイミングでやって来たな……。じゃあ諸君らにこの『ピストル銃』がいかなるものかというのを教えてあげよう……」


 彼がそう言ってこの演習地の唯一の出入口に拳銃を向ける。何を撃とうとしているんだと訝しむようにその方向を見てみると、森林からヌッと熊に似た魔物が姿を現して…………って、え?どういう事?


「うわっ!?な、なんだ、この音!?」

「み、見ろ!マーダーグリズリーがっ!!」


 まずその激しい発砲音に驚き、続いてマーダーグリズリーと呼ばれた魔物が血を吐きながら地面に崩れ落ちるのを見て、あの武器でこうなったのだという事を周りが理解してゆく中で、僕は別の事を考えていた……。

 この兵士たちが集められているこの演習場は、小さな盆地とでもいうように開けた平地となっていて辺り一面を山の斜面である断崖絶壁で囲まれたところにある。おまけにそのすぐ脇には流れの激しい渓流があり、出入口はちょうど今魔物が現れた場所しかない。

 その唯ひとつの出入口からどうして魔物が現れるのか……。僕は背筋に冷たいものが走るのを感じていた。


「す、すげえな……、あんな武器、見た事もないぜ……。どうだ、コウ。お前は……って、一体どうした!?」

「…………レン、この演習に僕が参加する事を……彼は、トウヤ殿は知らないんだよね……?」


 隣にいるレンは僕の状態に気付いたのか、慌てた様子の彼に僕はそう尋ねる。恐らく僕は今、顔面蒼白の状態になっているのかもしれない。


「あ、ああ……。今だってわざわざ顔を覆い隠すように兵士用に支給されたフルフェイス状の兜を被ってんだ。恐らくは気付いてねえと思うが……」

「……じゃあ、どうして僕たちは今こんな逃げ場も何も無いような場所に追い詰められているの?」


 見るとその出入口からは次々に魔物が姿を現しだした……。他の兵士たちもそれに気付いたのか戦闘態勢を取り始めているが……、もしあの崖の上からも敵がいて狙われたらもうどうしようもない。僕の言葉に一瞬驚いた様子のレンだったが、


「多分これが今回の演習目的なんだろ。退路を無くした状態で戦わせるっていうのがよ。大方、俺らがここに集まった時点で他の奴らが魔物どもをここに追い立てたってとこじゃねえか?」

「……じゃあ、あの崖の上から攻撃されたとしたらどうするの?レンはそれにも対処できるって事?……僕は絶対無理だけど……」

「……流石に俺も全方位から攻撃されたら防ぎようがねえな。まぁ、そんな事が起こる筈ねえよ……、ほら上空を見てみろ」


 彼の言葉に従い空を見上げると、上空を徘徊する数人のドラゴンたちの姿があった。その内の一人は……僕に初めてドラゴンという存在を教えてくれたグランという事がわかり、レンが言わんとする事を理解する。

 そうとなればもう崖上からの攻撃は考えないようにし、出入口からわらわらと沸いてくる魔物たちに集中する事にする。上からの奇襲はグランたちに任せるしかないし、どのみちいくら考えていてもこの状況では対処のしようもない。結果、諦めるしかない、という事だ。


「さて……諸君らもこの状況に気付いた事だろう。そう、この場所の唯一の出入り口は魔物によって抑えられている……。周りは断崖絶壁ですぐ傍には渓流……。退路がない状況で諸君らは追い込まれているという事だ」


 そんな時、トウヤ殿……いや、もうトウヤでいいか。彼からの有難い説明が投げかけられる。……別に言われなくてもわかっているよ。

 ただ、その言葉の真意が何処にあるのか……、僕は彼の言葉の続きを聞き逃さない様にする。


「勿論、この状況は意図的に作り出したものだから安心してくれ。このように後の無い状況に追い込まれる事で……人は限界を超えて、本来持っている力を100パーセント引き出す事が出来るようになる……。こうして敢えて自分たちを苦境に立たせる事で、自分の限界に向き合い、意識を向上させるこの兵法を『窮鼠の背陣』という……!」


 ……何が『窮鼠の背陣』だ。そのまんま『背水の陣』じゃないか……!なんだその僕が考えた最強の陣形、みたいな説明は……!そもそもこんな所で用いる兵法じゃないだろうに……!!

 何処か自分に酔っているような彼の言葉にイライラしながらも、確かに僕を邪魔に思って排除しようとした訳ではなさそうだと確信した。……こう言ってしまってはなんだけど……、彼がもし自分を邪魔に思ったら、こんな回りくどい真似はしないような気がする……。


「さらに……ここにいる聖女様に諸君らへの加護を祈って貰う……。その強力な有利効果バフに驚くかもしれないが、是非体験してみてくれ……!」


 ……有利効果バフ?シェリルが良く掛けてくれるような強化の事か……?彼の言葉と同時に前に出てきたジャンヌさんが詠唱を終え、その神聖魔法らしきものを完成させる。


「……全知全能たる我らが主よ!ここに集いし勇敢なる者たちに大いなる神の祝福をもって尖兵とならしめ給え……!『聖戦の祈りソングオブジハード』!!」


 な……なんだ!?力が……身体中に満ちてくる……!自身が淡い光に包まれて、まるで自分の身体じゃないみたいな感覚……。そして、前方の魔物を僕たちの敵として……、滞りなく排除しようと足が向きそうになった時、


(何かおかしい……!?僕の意思に反して身体が勝手に……!いや違う、僕の意思自体が別の何かに上書きされるような……!)


 少しでも気を抜くと何かに意識が持っていかれそうになる……!その証拠に、周りは……ヒョウさん達やレンまでも魔法の影響なのか魔物たちを見据え、淡々と戦闘態勢をとっている。いつもと違うその雰囲気に、恐らく彼女の『聖戦の祈りソングオブジハード』は対象者に大いなる力を与えると同時に、その人格までも影響を与える魔法という事なのか……!?


「さぁ……その力を存分に発揮したまえ!今の諸君らの強さは、この山中の残党魔物どもよりも遥かに上だ。聖女様もいる……傷つく事を恐れず敵を討伐せよっ!!」


 トウヤ殿の号令に、一人、また一人と次々に魔物たちに殺到していく……。僕の周りも、彼の言葉に従うように向かっていくのを見て、精神への干渉に抵抗しながらも不自然ではないよう自分も彼らに紛れる。力は確かに得ている。それは、自身に掛けた『重力魔法グラヴィティ』を解除してもあまりある力……。ともすれば敵を全て殲滅しようとしてしまう程強力なもので、レン達もその衝動になんの疑問も抱かずに行動しているように見えた。


「……くそっ、この精神を支配しようとする感覚……!本当に邪魔だな……。これは有利効果バフというよりもむしろ不利効果デバフなんじゃないのか……!?」


 抵抗するのも面倒くさくなり、いっそのこと、その支配しようとするそれに身を任せたくなるが、わざわざ自分から感情を放棄するのもどうかと思う。周りもどんどん交戦状態に突入していくのを確認し、僕も目の前に現れた魔物と戦うべく、慣れた様に『評定判断魔法ステートスカウター』を発動させる。




 RACE:エビルカンガルー

 Rank:38


 HP:171/230

 MP:19/35


 状態コンディション:焦燥




 その名の通り、カンガルーを大きくしたような魔物で、僕が戦闘態勢を取るのを見て焦ったようにその握り締めた拳を繰り出す。聖女様の聖戦の祈りソングオブジハード影響により、そのパンチもクリアに見えて、落ち着いてミスリルソードの腹の部分でそれを受け止めつつ、魔物を観察する。


(…………その状態の通り、明らかに動揺しているな)


 今まで住んでいたところを追われ……、この場所に追い立てられた事で、このエビルカンガルーと呼ばれる魔物は何とか逃れようとしている風に感じた。有袋類の特徴ともいうべき袋には子供が怯えきった様子で、それでいて親を心配そうに見ている……。そのエビルカンガルーの親子を見て、僕は本当に魔物は討伐しなければならないのかと疑問に思う……。


(……この状況、まるで動物虐待してるような気分になる……)


 別にこの魔物だけが特別なんじゃない。今、兵士たちと交戦している魔物たちも似たような境遇のものがいるようだが、情け容赦なく討ち取られていっている。その討ち取っている兵士たちも魔法の影響なのか、特に何も感じていないようだ。

 ……最も、魔物に対してそんな感傷に浸る僕の方が、この世界ではおかしいのかもしれないけれど……。


「ガァァッ!!」


 目の前のエビルカンガルーが僕に対して次々と拳を繰り出してきた。連続拳とでもいうのだろうか、左右の拳からパンチの連打が僕の急所目掛けて放たれてくるのを僕は先程と同じように剣で受け続ける。そうやって凌いでいると、打ち疲れたのかパンチの止んだのを見計らって僕は反撃に移った。


「ギャッ!?」


 履いていた安全靴でエビルカンガルーの腹を袋に入った子供を傷つけないよう気を付けながら蹴りつける。鉄の入っている部分で、それも強化された状態で蹴りつけた為か、思ったよりも吹き飛んでしまったようだ。大木に叩きつけられて倒れ伏すエビルカンガルーに駆け寄ると、手にしたミスリルソードをその顔の傍に突き立てた。


「ガ、ガルッ!?」

「……そこでジッとしてろ……。僕たちがいなくなるまでな……」


 僕の言葉が通じたのかどうかは分からないが、その魔物はその場に死んだように蹲る。そのまま死んだふりしていろよ……、そう祈りつつ僕は次の魔物へと注意を移すのだった……。











「素晴らしい!流石は選抜されし者たちだっ!!」


 際限なく現れる魔物たちを次々と撃退し続けると、やがて立っている魔物はいなくなった。周りの兵士たちも漸く魔法の効果も治まってきたのか、戦闘中は息ひとつ乱さず戦っていたものが、少し疲れを見せているように見える……。

 結局、あのエビルカンガルーの他にも7体の魔物を蹴散らす事となった。その内の2体はやむを得ず止めを刺さなければならなくなり、酷く後味が悪い状態に陥っている。それに、精神干渉に抵抗し続けた結果、精神的にも体力的にもかえって疲労を溜め込んだようにも感じている……。


「では、後始末は俺がしようか……。素晴らしい働きをした諸君らに、俺の……勇者の力をみせてあげよう……!」


 トウヤはそう言うと、辺りに何やら強い力のようなものが漂い始め……、雲一つない上空に雷雲のようなものが現れ……!


「『雷鳴招来魔法ライトニングレイン』!!」


 詠唱も無く彼は魔法を完成させると、呼び寄せた雷雲から稲妻が雨の様に倒れ伏した魔物たちに向かって降り注ぐ……!

 な、なんという……!これが……トウヤの、勇者の力なのか……!?

 暫くの間この山中に雷撃が轟き続け……、やがてそれが治まると辺りから肉の焦げたような匂いが漂い始めた。


「……これでこの山中に潜んでいた魔物は一掃された事だろう……。皆、ご苦労だったな。次代のこの国を担うであろう諸君らには後日、このピストル銃とガンブレードを支給する。順調に進めば近く量産に成功し、一段上の戦闘力を手にする事になるだろう。その日まで、このストレンベルクを守る戦士として、日々の鍛錬に励むよう期待している……!」


 それでは解散っ、という声とともにこの場はお開きとなった。


「あ……」

「おっと……大丈夫かい、聖女様?」


 壇上より離れようとしていたトウヤたちの内、聖女であるジャンヌさんがふらっとその場に崩れそうになるのを隣のトウヤが支える。


「す、すみません、トウヤさん!わ、私……」

「『聖戦の祈りソングオブジハード』みたいな大魔法を使用した影響だろう、無理はしなくていい……。『転送魔法トランスファー』を使う、リーチェ、準備してくれ」


 そう言って彼女の肩を抱きつつトウヤがベアトリーチェさん達を引き連れて転送魔法でこの場より姿を消す。最初は聖女様が倒れそうだった事で周りも若干動揺したようだったが、暫くしてそれも収まり、徐々にこの場から離れ始める……。

 皆が一様に勇者の強さや、新たな武器、陣形からなる聖女様の神聖魔法を褒め称える中で、僕自身も体力の限界を感じその場に蹲りそうになるのを、


「コウッ!おい、しっかりしろっ!?」


 レンの言葉が聞こえたかと思うと、先程のジャンヌさんのように彼に支えられる。体力……というよりも精神力の方が削られているようで……、ふとステイタスを確認してみると能力スキルの『鋼の意思アイアン・ウィル』が発動していた事に気付く。

 ……習得した経緯はアレだったが……、この能力スキル、思った以上に有用なのかもしれない……。


「……大丈夫か?随分と顔色が悪いようだが……」


 すると僕を心配するようにヒョウさん達が話し掛けてくる。ふと見てみると、彼らは皆、傷一つない様子だった。……いくらジャンヌさんの強力な神聖魔法の効果があったとはいえ、他の兵士さんたちは小さな怪我をしていたりしていたけれど……。僕も戦闘しながら彼らが槍やロッド、フレイルなんかを持って戦っている姿を見たが……、素人目からも一流の戦士のように感じた。


(……レンの冒険者の時からの同僚という事だけれど……、それなら彼らもAランク並の実力があったという事なのかな……?それならどうして一般兵士なんかやっているのかという話になるけど……)


 最も僕もまだこの国の兵士や騎士の条件というか基準がわかっていないので、何とも言えないが……。

 そんな事を考えていると、レンが彼らに、


「……お前ら、先に戻ってくれるか?俺はコイツの容態が回復したら戻る事にするからよ……。ちょうどグランとも交えて話しときたい事もあったしな」

「……ギルド内の話、という訳じゃな。まぁよかろう、コウ、お主も無理するんじゃないぞ……」

「では、先に戻りますけど……、レン、今日の夜の件、忘れないで下さいよ」


 ポルナーレさん達の言葉にわーってるよっと返すレン。彼らは僕に無理しないようにと挨拶して、この場を離れていった……。


「ったく、相変わらずだな、アイツら……。さて、少しは落ち着いたか?死にそうな顔をしてたぜ、お前……」

「…………正直な話、体調というよりも精神力がヤバい。流石は聖女様の魔法、といったところだね……。危うく意識が持っていかれそうになったよ……」


 僕の返答を聞き、レンは驚いたような顔をして、


「……お前、まさか聖女様のあの魔法を受けて……意識を保っていたのか……!?」

「やっぱりそういう魔法なの……?力が全身から湧き上がってくるのと同時に、精神にも別の何かが僕の中に入ってくるような感じがして……自我を保つのに精神力を使い切っちゃってさ……。魔物の相手よりもそっちの方が辛かったな……」


 僕がそこまで話した時に、上空より飛竜スカイドラゴンであるテンペストに乗ってグランがこの場へと下りてくる……。彼はテンペストより降り立つと、


「大丈夫かい、コウ……?今にも倒れそうな顔をしていたから心配だったんだけど……」

「……コイツ、さっきの聖女様の神聖魔法に意識を持っていかれないよう自我を保っていたんだと」


 降りてきた彼に対しレンがそう説明すると、やはり驚いたような表情を浮かべるグラン。


「……そんなに驚く事なのかな……?」

「そうですね……。聖女様の加護の奇跡には、人の持つ恐怖心を払うだけでなく、精神も強靭にさせるといった効果もあるんです。まして先程の『聖戦の祈りソングオブジハード』は、加護の中でもとびっきりの魔法で……、使用できる状況は限られるのですが、死をも恐れぬ勇敢な神の使徒として意識を統制する効力もありましてね……。現にレン、貴方も先程は聖女様の神聖魔法の状況下にあったのでしょう?」


 グランが問い掛けると、頭をかきながらもレンは首肯する。


「完全に自我が無かったという訳じゃねえが……、まぁ魔法の作用に任せて身体を動かしていた実感はあるな……。それよりもグラン……。お前、聞いていたのか?今日の演習内容をよ……。あんな大魔法まで使うなんて聞いてねえぞ?」


 レンが問い詰めるようにグランに詰め寄ると、彼は肩を竦めて、


「……昨日の今日決まった事だから、詳しくは知らなかったよ。この場に先乗りした際に、モンスターたちをここに追い込むように言われてさ……。まぁ、僕たちも上空から経緯は見ていたし、万が一の事が起こっても聖女様もいらっしゃるという話だったからね……。最も、貴方たちの安全は確保していたつもりですけれど……」

「……君がいてくれたから、僕は魔物だけに集中する事が出来たんだ。まぁ……崖上から襲撃を受けたら終わりだと覚悟もしていたけどね……」


 僕の言葉を聞き、レンが怪訝そうな様子で、


「そういえばお前、さっきも言ってたな……。けど、それも含めてあの勇者殿の兵法なんじゃねえか……?あの陣形で、周りもカバーできるみたいなよ……」

「……あの背水の陣……いや、何だっけ……窮鼠の……強陣?あれは本来こんなところで用いる戦術じゃない……。実際にあの崖の上から魔法や弓矢といった飛び道具で狙われたとして、どうやって対応するのさ……。レンだって言っていたじゃないか、全方位から攻撃されたら対処しきれねえって……」


 僕の指摘を受けてグッと唸るレン。それを見てグランが僕に問い掛けてくる。


「……今、背水の陣と言ってたね。君が知っているその陣形が、あの勇者殿の言っていた陣形と同じものだとしたら……、それはどういう陣形なんだい?」


 グランからの質問に僕は背水の陣について知る限りの事を話す。僕のいた世界で、過去の歴史に使用されていた兵法であり……、追い詰められた者たちの意識上昇を狙う事以上に、敵の油断を誘い、その隙をつく事に主眼を置いた陣形と実際に用いられた状況を伝え、何よりも兵法は相手に応じて使い分けて対応すべきものだと話したところで、


「……成程。そういう事ならば君が不安に感じるのもわかりますね……。崖の上からの襲撃なんて、恐らく彼は考えてなかったと思いますよ。もし万が一攻撃を受けたとして……、勇者殿たちは防げるかもしれませんが、貴方やレン、他の者たちはどうしょうもないでしょうね」

「……勿論、僕の知っている陣形と彼の陣形はまた違うのかもしれないし、僕だってこの世界にどういう魔法があるのかわからないから一概には悪手とも言えないけど……」


 僕はそこまで話すと漸く動けるくらいの体力が戻り……、なんとか立ち上がるとフラフラと歩きだす。


「お、おい……コウ、どうしたんだよ!?」


 レンの問い掛けに答えずに、僕はあのエビルカンガルーと戦ったところまで辿り着くと、


「…………ごめん、逃がしてやれなかった……」


 ……そこにはトウヤの魔法を受けて、黒焦げとなったエビルカンガルーが横たわっていた。恐らくは……僕と交戦し、ここに蹲っていた魔物だろう。約束、破っちゃったな……。


「……そのエビルカンガルーは、お前と戦っていた奴なのか?」

「……うん、子供を庇いながら必死に戦っているように見えてね……、打ち倒してここで死んだフリをしてろって……」


 僕を心配して付いてきたレンとグランにそう言うと、僕はエビルカンガルーの傍に座り込んでその様子を確認すると、


「子供が……まだ生きてるっ!」


 すぐさま親の袋から子供のエビルカンガルーを取り上げて、その状態を探ろうとしたものの、


「……まずい、どんどん息遣いが弱くなって……、このままじゃ……っ!」


 僕は『収納魔法アイテムボックス』を発動させて、そこに入れていた中級回復薬ミドルポーションを取り出して、すぐにエビルカンガルーに飲ませようとした。


「頼む、飲んでくれっ!これは危険な物じゃないから……!」

「…………コウ、無理だ。ソイツは、もう……」


 飲み込む力も無いのか、口元に中級回復薬ミドルポーションを持っていくも全く反応しないエビルカンガルーに、後ろで見守っていたレンは僕にそう告げる。

 そんなレンの言葉を振り切るようにして、中級回復薬ミドルポーションが駄目なら何とか別の方法をと思った時、確か自分が『魔法大全』を覗いた時にユイリから神聖魔法も覚えられると言われた事に気付き、


(それならここで、回復魔法を覚えれば……!昨日デスハウンドを倒してランクも上がったから、新たに魔法を覚えられる筈だ……。確か新しく魔法を覚えるには、使おうとする魔法がどのような原理で効力を発揮するのか、自分の経験と想像力を持って言霊を得るのだったか……)


 そこまで考えて、神聖魔法の、シェリルの使っていた『癒しの奇跡ヒールウォーター』を覚えようとして……僕はハッとする。そもそも、この世界で魔法により傷が癒える原理というものが、自分には全くわかっていないという事に……。人が元々持つ自己治癒力を強化して癒しているのか……、それとも、その名の通り神の奇跡によって超常的な力によって癒すものなのか……。それを理解していない以上、神聖魔法を使う為の言霊が浮かんでくる筈もない……。


 やっぱり神聖魔法をこの場で覚えるというのは無理がある。他の方法をと思ったところで、腕の中のエビルカンガルーの子供がどんどん弱っていくような、生命力が失われていくように感じ、僕は過去に飼っていたペットたちの死の瞬間と重ねてしまう……。






『おとうさん、おかあさん……ウサちゃん、しんじゃったの……?』

『お、お母さん、金魚さんが……、金魚さんが浮いちゃってるよ……!!』

『う、嘘……!脱皮、失敗しちゃったんだ……!昨日までは、元気だったのに……!』

『……誠に残念ですが……昨日お預け頂いたインコのぴーちゃんですが……』






 ……このままじゃ、コイツも死んでしまう……!その事が頭を過ぎりゾクッとして、中級回復薬ミドルポーションを飲めないならと、エビルカンガルーの身体に振りかける。直接飲ませる程の効力は無くとも、多少は効くはずだ。その1本が空になったら、すぐ次の中級回復薬ミドルポーションを取り出し、また振りかける。

 ……それでも、このエビルカンガルーの子供が回復してゆく兆しは見られない。


「……やめるんだ、コウ。残念だけど、その魔物の子はもう死んでいる……」


 何本目かの中級回復薬ミドルポーションを取り出し、振りかけようとした僕の腕をグランが掴む。……途中で、気付いてはいた。僕の腕の中で、静かに息を引き取っていたという事は。でも、僕は認めたくなかったんだ。その、事実に……。

 グランが掴んだ僕の腕がだらんと力を無くすいつの間にか流れた涙が、動かなくなったエビルカンガルーの子供にポタッと落ちる……。今まで飼っていた生き物たちの死と重ねて……僕は次々と流れる涙を、この沸き立つような強い感情を抑える事が出来なくなっていた。


「…………ごめん、ごめんよ……!」


 その亡骸を抱きしめ、僕はそう口にする事しか出来ない……。自分の無力さを、痛感せずにはいられなかった。

 グラン達のようにもっと自分が強ければ、上手くこのエビルカンガルーの親子を逃がしてあげられたかもしれない……。シェリルやジャンヌさんのように神聖魔法を使えれば、この子供だけでも救ってあげられたのかもしれない……。もし自分があのトウヤのような勇者ならば、そもそもこのような状況になる事を防げたかもしれない……。こんな、怯えて戸惑っているような魔物を虐殺するような行為を……!


 僕がそのように自分を責めていると、グランは僕の肩に手を置きながら「コウ……」と話し掛けてくる。


「……貴方のその生き物の死を……例え魔物であってもその死を悼み、涙を見せる事が出来る慈愛の心は素晴らしいものだと思うよ。だけどこのファーレルにいれば、こんな事は日常的に起こる事なんだ……。今日はモンスターだったけれど……次は僕たちかもしれない……、そんな世界に貴方はいる。だから厳しい事を言うようだけど……、割り切るんだ。でなければ……いつか貴方は壊れてしまう……」


 グランはそう言ってさらに続ける……。


「それに、ユイリ達やフローリアさんからも聞いていると思うけど……、モンスターは魔王が放つ『邪力素粒子イビルスピリッツ』によって動植物や無生物が変質したものだ。基本的に、魔物と僕たちは相いれない関係にある……」

「……だけど、この魔物は……!」


 彼の言葉に反論しようとして、その先を封じる様にグランは、


「勿論、全ての魔物が僕たちに対して敵対的という訳ではないですよ。そのエビルカンガルーも、こちらが縄張りを侵さなければ、あまり襲ってくる魔物ではないし、他にもそんなモンスターはいる……。でもね、邪力素粒子イビルスピリッツに侵された魔物は何時僕たちに牙を向くかはわからない……。モンスターを使役する裏社会の職郡ダーク・ワーカーの魔獣使いだって、基本的には首輪をつけて管理していますから……」

「お前とシェリルさんが手懐けたあのアサルトドッグにも、恐らく彼女が『首輪』を付けていると思うぜ。それが魔物を俺たちが使役する為の最低限の条件だ。仮に懐いていたとしても、いつ邪力素粒子イビルスピリッツに影響されるかわかんねえからな」

「……首輪って……」


 首輪と聞いてすぐ思い浮かんだのは、あの闇のオークションでシェリルに付けられていたアレを思い出す……。


「……簡単に言えばこちらに反抗する事が出来なくなる物ですね。当然ですが、シェリル嬢には了承して頂いてますよ。最初、貴方とシェリル嬢がアサルトドッグを連れてきたと聞いた時は耳を疑いましたからね……」

「それは俺たちもだぜ……。あの『地獄の狩人』を懐かせるなんて普通考えられねえからな。まぁそれはいい……、俺たちが言いたいのは、その事じゃねえ……」


 レンはそう言うと、僕の抱えているエビルカンガルーの亡骸へ目をやりながら、


「……こう言ってはなんだが、ソイツは死なせてやった方がいいのさ……。親を俺たちヒューマンに殺され……、一人でソイツが生きていく事は出来ねえ。親の仇である俺たちに心を開く事もねえだろうし、万が一生き残ったとしても俺たちに害を為すモンスターとなるのは間違いねえ。……こんな事はグランの言う通り日常茶飯事なのさ。だから、お前には慣れて貰うしかねえ……。お前からしてみれば勝手な事だとは思うけどな……」


 ……本当に勝手な事だとは思う。僕がこの世界に来てしまったのは、半ば事故のようなものだ。僕自身が望んでファーレルにやってきた訳ではない。だけど……、そんな事を言っても始まらない。何かが変わる訳でもない。それならば……、このファーレルにいる以上、出来る事を……ひとつひとつやっていくしかない。……二度と、こんな悔しいやりきれない思いをしない為には……。


「…………グラン、レン……。戻ったら……僕を鍛えてくれないか?僕は……強くなりたい……。僕の願いの為にも……二度とこんな無力さを味わう事のない為にも……!」


 ……今まで生きてきて、今日ほど自分の無力さを嘆く事は無かった……。幼馴染を亡くした時は、後悔があっても自身が何かできるという状況じゃなかったし、何よりシェリルがいたら死なせるような事もなかった。僕が、レンやグラン、トウヤくらい強かったら、もっと上手くやる事も出来た筈だ。


 僕の元いた世界だってそうだったじゃないか……。どの分野においても、言える事があった……。それが……弱肉強食の原理……。


 ……弱ければ何も守れない。弱いからこんな結果になったんだ……。このままじゃ、僕は元の世界に帰る前に命を落とすかもしれない……。シェリルを守ることも出来ず、レンやユイリ達と肩を並べて戦う事も出来ず……、良くして貰っている王女様やコンプレックスを取り除いてくれたジャンヌさん、お世話になっているこの国の人たちに何も返す事も出来ずに……死んでしまうかもしれない。そんなんじゃ……駄目だっ!!


 ギュッと握り締めた僕の手を見ながら、グラン達は応えてくれた。


「それは、まさに僕たちがお願いしたかった事ですよ。貴方に強くなって頂く事は『王宮の饗宴ロイヤルガーデン』でも急務となってましたからね。どうやってその気になって貰えるかという事で、今日の演習もその一環だった訳ですけれど……」

「本人にそう思って貰わなければ意味のない事だからな。なんだコウ、勇者としての自覚でも芽生えてきたってか?」


 その言葉にレン、と咎めるように言うグランに気にしてないと伝えつつ、


「……勇者は彼さ。さっきの力なんか、まさに勇者に相応しいものだったじゃないか。そうじゃなくて……勇者云々は別として……やはり強くないとそれだけで出来なくなる選択肢があると知ったから……。今日の件しかり、僕自身が元の世界に戻る為にも……強くなる必要がある、そう思っただけだよ……」


 改めて大変な世界に来てしまったな、と苦笑するしかない。最も、今までいた元の世界でも強さのベクトルが違うだけで弱肉強食の世界とも言えなくはないが……。それでは戻ろうかと話すグランに、


「グラン……戻る前に……この魔物を埋葬してやりたいんだけど……ダメかな?」


 僕のその提案に2人は何とも言えない表情を浮かべる。……そういえば昨日のデスハウンドやアサルトドッグの処理も、ユイリやシェリルが解体や魔法で念入りにしていたっけ……?


「……せめてこのエビルカンガルーだけでもダメかな?今日の自分が感じた無力さを忘れない為の自己満足ではあるけれど……コイツだけでも弔ってやりたくて……」

「気持ちはわかるが……モンスターをそのまま埋めるってのは無しだ。神聖魔法で邪力素粒子イビルスピリッツを祓ったならまだしも、魔石も取り出さずに埋めたら間違いなくアンデットモンスターになっちまう……」


 ……やっぱり無理かな……?レンの言う事もわかるし、余り無茶を言う訳にはいかない。グランもレンに続く様に、


「そうだね……、魔石を取り出せば、大抵の魔物は原型を保てなくなるから、その前に肉や骨格、隠し持っていたアイテムを回収する事になっているんだ。コウの言うように埋葬したいなら、邪力素粒子イビルスピリッツを祓える使い手を連れて来なくてはならなくなるけど……」

「だったら……自分にさせて下さい。自分は……神官戦士ですから……」


 別のところから聞こえてきた声に振り向くと、そこには先に戻った筈のヒョウさん達が現れる。驚く僕たちを余所に神官戦士と名乗った犬の獣人族であるポルナーレさんがエビルカンガルーのところまでやってくると、


「……邪力素粒子イビルスピリッツを祓うのはこのエビルカンガルーだけでいいのかな?」

「あ……うん、この魔物だけでいいよ。大変だろうし、そもそも僕の我儘だから……」


 そう言ってポルナーレさんが言霊を詠唱し始める。ハリードさん達も遅れてこちらに歩いてきながら、


「……お主の事が心配でな。様子を見ておったんじゃが……話を聞くに人手もいるじゃろう?」

「然り、拙者らも手伝うゆえ……、この一帯の魔物全てとなれば……中々に骨が折れるで御座るな……」

「お前ら……、一体どこから聞いていたんだ……?まさか……」


 レンがやって来た彼らに詰問しようと詰め掛けるも、そこをヒョウさんが応える。


「……何も言うな、レン。今のは俺たちの胸に留めておく。……コウ、取り合えず魔物をこっちに集めればいいか?」

「う、うん……助かるけど、いいのかい?」


 僕としてはこのエビルカンガルーだけでもと思っていたんだけど……。チラリとこの中で一番権限が高そうなグランを伺うと彼も苦笑するように、


「……確かに骨が折れそうだね。でも乗り掛かった舟だ、早いところ終わらせてしまおう」


 その一声に僕たちは散らばって魔物たちを弔ってゆく……。僕の我儘に付き合ってくれる仲間たちに感謝しつつ、僕はエビルカンガルーを埋葬し、


(彼らに報いる為にも、もっと強くならないと……)


 そう強く意識を持つ。……先程ヒョウが何を聞いて胸の内に留めておいてくれたのかわからない程、僕は鈍感ではない。グラン達が僕に何を期待しているかという事も……。

 だから、僕はそれに応えるためにも、そして元の世界に戻る為にも、強くならなければならない……。

 埋葬したばかりのエビルカンガルーに誓うかのように、僕はそう決意を新たにして、手伝ってくれる仲間たちの元へ向かうのだった……。

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