第22話:コウの提案




「お前やシェリルさんが泊っている宿が『清涼亭』だったなんてな……。ここの食堂も『天啓の導き』に負けず劣らず美味いんだけど、どうしても値段がな……」

「……そういえば僕、一度もここの食堂を使ったことがなかったな……。いつも忙しなく追い立てられるから、この宿屋は眠る時以外居る事がないから……」


 そうはいっても、まだこの世界にやって来て3日目だけど……、僕がそう言うと真っ先に反応してくれたのはユイリで、


「毎度毎度、貴方が何かしらやらかすからでしょ!?朝だって、余裕があれば食堂に行こうと思っているのに、今日も昨日も結局ギリギリになっちゃうし……!因みに遅れてフローリアさんに怒られるのは私なんだからね!?」


 あ……コレ、地雷だったか……。不味いな、このあたりで手を打たないと、ユイリの不満が止まらなくなってしまうかもしれない。


「ゴメンゴメン、今度は一緒に僕も謝るからさ。そう熱くならないで……」

「何、他人事のように言ってるのよ!?」


 ……却って火に油を注いでしまったかもしれない。どうしたものかと困っているとその様子を見かねたのか、傍らのアサルトドッグのシウスを撫でていたシェリルが、


「まぁユイリ、落ち着いて下さい……。わたくし達がこうしていられるのは、貴女が居てくれているからですよ。本当に感謝しておりますし、その事はコウ様もわかっておられますから……」

「……姫がそうおっしゃられるのなら」


 彼女が助け舟を出してくれた事で、ユイリは矛を収めてくれる。

 なお、シウスはシェリルの傍らで丸くなっており、ぴーちゃんも昨日シェリルが作ってくれた寝床に部屋に入るなり飛んでいき……、今ではそこで寝入っているようであった。


「それにしても、本当にいい部屋だな。多分この『清涼亭』の中でも一番いいとこじゃねえのか、ここ」

「…………やっぱり、いい部屋なんだ。この部屋……」


 ……庶民暮らしの僕には立派な部屋では寝付けないと言った筈なのに……。そう思いながらユイリを見ていると、僕の視線の意味に気付いたのか、


「……仮にも勇者様を迎えるのに、粗末な部屋になんか案内出来る訳ないでしょ……。まして、姫もいらっしゃるのに……」


 それならば、何故僕とシェリルを同じ部屋にしておくんだ。そう問い詰めたくなる感情を僕はグッと抑える。ユイリが手配したのか、この部屋に戻って来てみるともう一つベッドが置かれていたし、一応は僕の意見も取り入れてくれているようだったからだ。


「じゃあ、簡単に済ませてしまいましょうか。貴方と姫も疲れているでしょうし、私達もこの後城で打ち合わせがあるから……」

「この後で……?大丈夫なの?さっきギルドであんなに騒いだあとだっていうのに……。お酒も大分入ってるだろ……?」


 レンも一緒に普段僕たちが泊っている清涼亭の部屋にやって来たのは、王城ギルドとしての情報整理の為だ。流石にあのどんちゃん騒ぎの中で話す事は出来なかったから、終わった後でこちらに戻ってきた訳だけど、もう既に朱厭の刻が火鳥へと切り替わろうとしているところだった。

 お酒も僕とシェリルは嗜むくらいにしか飲んでいないが、ユイリとレンは相当飲んでいる筈で、特にレンは周りに付き合って常に片手に麦酒エールやら何やらを持っていたと記憶している……。

 因みに、このファーレルでは16歳から成人と認められるようで、まだ20歳未満であるシェリルやジーニス達もお酒を飲んでいたが……、レンによってジーニス、ウォートルは酔い潰されるかたちとなっていた。


「ああ、それなら大丈夫よ。生憎お酒に呑まれてしまう程には飲んでいないから」

「俺の場合はいくら飲んでも酔った事はねえしな。ま、あんくらい余裕、余裕」


 …………こいつら、絶対にヘンだ。特にレンはあれだけ飲み食いして、見た目には殆ど変わっていないというのは質量保存の法則に思いっきり逆らっている気がする。


「なら、改めて確認しておきましょうか……、デスハウンドの討伐において特に変わった事はありませんね?特にコウ、貴方は本当に大丈夫なの?あわやデスハウンドの『死に際の道連れラスト・カース』を受けそうになったんだから……」

「辛うじて、ね……、それに関しては庇ってくれたシウスのお陰だけど……」


 そう言って僕もシェリルの傍にいるシウスのたてがみを優しく撫でる。触れられてシウスは鼻を鳴らすが、特に嫌がる素振りも見せず変わらずシェリルの傍らで丸くなって目を瞑っていた。


「それにしても、まさか魔物が……、それもあの『地獄の狩人』とまで呼ばれているアサルトドッグが私たちに付いてくる事になるなんてね……。これも、貴方の力なんじゃないかと勘繰りたくなってくるわ……」

「いや、流石にこれは僕じゃないと思うよ?今だってシェリルの傍を決して離れないし……、恐らく回復させてくれたシェリルに恩義を感じてるんじゃないかと思うよ、このシウスは……」


 そりゃあ、見逃したのは僕かもしれないけれど、それでもシェリルが神聖魔法をシウスに掛けなければ、いずれ力尽きていたと思うし……、僕を助けたのだってシェリルの仲間だったと覚えていたからに違いない、…………多分。


「まぁ、そういう事にしておきましょうか……。私たちも『竜王の巣穴』でも出来事を確認してくるわ。サーシャも詳しい話までは知らないみたいだったし、本当にバハムートが討伐されているとすれば、色々情勢も変わってくるでしょうから……」

「……デスハウンド級のモンスターがあれ以降確認されていねえのが救いだな。あんなのがあっちこっちで現れたら一大事だぜ……」


 冒険者ギルド『天啓の導き』で把握していた魔物は、僕たちで討伐したデスハウンドだけだったらしい……。付近にいたアサルトドッグたちはあの後で王宮より討伐隊を派遣し大方は討ち果たしたとユイリが教えてくれたし、一先ずは安心していいだろう。


「じゃ、これくらいにしておきましょうか……。貴方も今日は早く休んで頂戴ね。わざわざ朝一番で例の物も手配したのだから、明日も遅刻したなんて事はしないでね…………お願いだから」

「やれやれ……このまま帰りてえところだが、仕方ねえ。フローリアさんにどやされるなんて御免だしな……」

「あ……、それなら一つだけ聞いておいて貰っていいかな?」


 そのまま部屋を後にしようと準備し始めたユイリに向けて、僕は呼び止める。


「コウ……?何を聞いておいて欲しいの?」


 怪訝そうな様子で振り返りながらそう問い掛けてくる彼女に、僕は訊いてみる事にした。


「僕を彼の……トウヤ殿の遠征に兵士か何かとして紛れ込ませて貰う訳にはいかないかな?」











「おお、ニックか……。先日は随分大きなヤマがあったそうじゃねえか。星銀貨が動いたって聞いたぞ」


 ストレンベルク王国の裏側を統括しているダークネスギルド、『暗黒の儀礼』……。そこのギルドマスターである男よりこの間の闇オークションの事を訊ねられる。


「そうやなあ……、ありゃあここ数年じゃ一番大きいヤマやったさかい……。お陰さんで随分儲けさせて貰ったによってな」

「ああ、ハロルドダックも喜んでたぞ……。危ない橋を渡ったかいがあったとな」


 此度のエルフの王国であるメイルフィード滅亡には、魔王より選ばれし『十ニ魔戦将』が関わっている。その一人から闇ルートでまわってきた情報により、襲撃の日にちに併せて秘密裏に奴隷商人や人攫いを派遣しエルフ達を捕えてほしいとの依頼があったのだ。その中でも特に高貴な者は間違いなく捕えて性奴隷に堕とせ、とも……。


(今考えたぁ……間違いのう、あのシェリル姫さんの事を言ってたんやろうなぁ……)


 性奴隷として出品するまでが十ニ魔戦将むこうの依頼やった訳で、捕えた後の事は何も言われてなかったから高く売る為にも処女バージンであれば、エルフに手を出さんように厳命した。そして、依頼通りに無事シェリルを捕える事に成功し、簡単な検査の結果、処女バージンである事も判明したので、牢ではなく個室にて彼女を幽閉していたのだが……、あれ程厳命していたにも関わらず、囚われていたシェリルに内密に手を出そうとして処罰した部下は1人や2人ではきかない。引っ切り無しに続くので、やむを得ず来賓を迎えるような来客室を改装し、自分とハロルドダックの持つ鍵以外では開かない魔法の扉が付いている特別室へ移す事になったくらいだ。


(ま、その苦労の甲斐あって、過去最高金額で落札されたんやから、ワテとしてはなんも言う事はないがな……)


 最も、あれ程の美女であれば処女バージン云々関係なく高く落札されたであろうが、それはそれ。奴隷オークションで星銀貨が動く事自体が出来すぎであるのだ。

 懸念があるとすれば……、星銀貨5枚で持ってシェリルを購入した、ワテの取引相手でもあるあの青年が、彼女との奴隷契約を解消し、さらにはシェリルに手を出しておらず処女バージンのままである事をこちらに依頼してきた十ニ魔戦将が知ったらどうなるか、といったぐらいであろうか。わざわざ『間違いなく捕えて性奴隷に堕とせ』と言っているくらいだから何やら私怨があるのは間違いない……。

 しかし、こちらとしては間違いなくシェリルを性奴隷として出品しているのだから、購入された後で奴隷から解放されている、処女バージンのままだ、どうなっているんだ等と言われたとしても、ちゃんと向こうの指示通りに動いている我々からしてみれば文句をつけられる筋合いはない。


「それで……どうするんだ?魔族に星銀貨を流すのか?」

「それやねんけど……マスター、実はワテ、新たに取り引きする事になったんや。しかも……王宮も絡んどる」


 自分の言葉が信じられなかったのだろう。マスターが一瞬呆気にとられたような顔をし、その後で自分の言葉の意味がわかったようだ。


「……王宮絡みだと?この国の裏側である我らの存在を認めずに排除しようとしてきた、あの王宮がか?」

「正確には王宮に関わっとる、ある重要人物との取引、やな。だが、その影響力は中々のもんや、そん証拠に……ほれ、裏のモンには絶対に発行されへんかった商業許可証もこん通りや」


 そう言って本日、あの青年のボディガードに就いていた隠密職の貴族様より渡された許可証をギルドマスターに見せる。


「……信じられん、本物じゃないか……。どういう事だ、王宮が我々が表で取引する事を許すというのか?懐柔しようとしても、悉く取り合わなかったあの王宮が……!?」

「言うたやろ?王宮やない、関わっとる重要人物やと……。しかも、その人物は此度、王宮で行った『招待召喚の儀』で呼ばれとる者やさかい……」


 ずっと驚いてばかりだったマスターだが、それを聞いて本日一番の驚きを露わにした。


「『招待召喚の儀』!?それはつまり『勇者』という事だろ!?どういう事だ、最初からきちんと説明しろ、ニック!!」

「落ち着きいな、マスター……。ちゃんと説明するさかい……」


 そこで一連の経緯をかいつまんで説明し、彼から預かった魔法工芸品アーティファクト、スーヴェニアを見せる。ちょうど、スーヴェニアの効果が発動し、目の前にアイテム『サファイア』が出現した。


「……というわけや。この商人の常識をひっくり返しかねんスーヴェニアも預かりもんやが……実質ワテが貰ったようなもんや。今回の『招待召喚の儀』で、ワテの掴んだ情報では異世界より2人の人間が召喚されとるようやが、このスーヴェニアの持ち主は恐らく王宮でも本命なんやろう……、この商業許可証を出した事からみても影響力は強いとワテは見る」

「……成程な。しかし、リスクもあるぞ?もし、俺らが完全に王宮側についたと魔族の奴らに知られれば、どうなるかわかったものじゃねえ……。まして、『十ニ魔戦将』なんて出張ってきたら、こちらはなす術もなく潰されるぞ。それに……、ここ最近で遠征等で噂になってる勇者は、お前の言っている勇者とは別の、もう一人の方という事だろう……。今日もその遠征であの『竜王の巣穴』を攻略し、その財宝を王宮で抑えたとの情報もある。もし勇者に与するとしても、こちらの方がいいんじゃねえか?」


 自分の説明を聞き、その上でそう提案するギルドマスター。確かにマスターの言う事もわかる。支援したところが、あっさりと潰されでもしたら、それはこちらも危うくなるという事。もう一人のトウヤという勇者がバハムートを討伐したという情報は自分にも入ってきている。さらにそのトウヤが、色々問題も起こしていた元上客、シェリルを奪う為にコウを亡き者にしようとしたあの成金貴族を、ストレンベルク王国の転覆を計ったとして断罪し、その財産悉くを自分の物にしたという事も……。


(最も、あれはあのボンクラの自業自得っちゅう見方も出来るがな……)


 あの成金貴族に関しては、王宮でも色々問題を起こしていたようで、彼を処罰すると動いたトウヤはむしろ渡りに船だったのだろう。王宮でも特に反対する素振りを見せずに、成金貴族の没落を容認し、それが所有していた全ての財産を断罪したトウヤに引き継ぐ事を認めたという事だった。


「……マスターの心配はわかっとる。やが、これはもう成立しとる『取り引き』や。ワテは既にあのコウもんに賭けたし、なんと言っても『遵守の契約書コントラクト・ブック』もかわしとる。もし、アンタが認められん言うんなら、ワテはこの『暗黒の儀礼』を出ていかなあかんくなる……」

「お前をこのギルドから追い出すつもりはねえよ……。ここの立ち上げ当初から苦労を共にしてるお前を見捨てるつもりもな。しかしなんだ、そんな取り引きに手え出すんなら一言くらいあってもよかったんじゃねえか?」


 肩を竦めつつも、そう言ってくれたマスターに、心の中で礼を述べながら、


「それは無理な相談や。アンタも知っとるやろ?『ビジネスチャンスはいつも突然に』やろうが。いちいちマスターに相談しとったら貴重なチャンスがどんどん失われてまうで」

「確かにな。ま、話はわかった。かなりのハイリスクだが、リターンもそれに見合う程でかい。『暗黒の儀礼』としてもそれを逃す手はねえ。魔族の連中には上手く誤魔化すとして、星銀貨の件はこちらでも何か考えておく。最悪、『十ニ魔戦将』に目をつけられたら、その時はそうだな、その勇者サマに責任を取って貰うか?」


 そいつはええ、と相打ちは打つも、そうなったら本当にコウに何とかして貰わなければならないだろう。自分はトウヤではなく、あの勇者コウに賭けたのだ。コウが倒れれば自分たちも一緒に破滅するかもしれない。しかし……、


(ワテかて数々の死線は乗り越えてきたんや……、そしてそこで培われたカンが言っとる……、奴に賭けるべきとな。ワテはそのカンを信じた……だから、ホンマに頼んだで……コウ……!)


 そう思いながら、マスターと今後の事について話し合うのだった……。











「……それって、お忍びで、という事かしら?」


 何を言っているの、といった雰囲気を纏いながらそう僕に問い返すユイリに、


「そう……だけど、あれ?何かおかしな事を言っているかな……?」


 僕としては、勇者として活躍しているトウヤの様子を見てみたいという思いがあって、そう提案しているのだけど、ユイリにはどうも考えられない話だったらしい。


「……一応聞いておくけど、本気で言っている訳じゃないわよね……?」

「いやあの……本気、なんだけど……」


 僕の返答にハァーと長い溜息をつくとユイリは、


「また貴方は……一体何を言ってるの!?そんな事、出来る訳ないでしょう!?彼がどんな所に遠征に行っているのかわかってるの!?『竜王の巣穴』よ!?今日戦って苦戦させられたデスハウンド級の魔物がわんさかいるのよ!?」

「わ、わかったから、ユイリ、ちょっと落ち着いて……!」


 まさかここまで反対されるとは思わなかった僕は、ユイリを宥めようと試みるも、


「落ち着ける訳ないでしょう!?おまけに兵士の姿に扮するですって!?今回の『竜王の巣穴』への遠征でも多くの方が亡くなられているのよ!?貴方が死んでしまったら世界は終わりなのよ!?その自覚が貴方にはあるの!?」

「い、いや、それは流石に……。そうなったらトウヤ殿が勇者という事じゃ……」

「今はそんな事どうだっていいのよ!!兎に角、貴方の提案、いえ提案と呼べるものですらないわね……!そんな事、フローリア様にお伺いするまでもないわ、却下よ、却下!!」


 まくしたてる様にそう宣言するユイリ。余りの剣幕に僕が唖然としているところをレンとシェリルが宥めてくれている。


「ユ、ユイリ、落ち着きなさい……!コウ様も戸惑っておられますわ……!」

「そうだぜ、まぁお前の気持ちもわからねえでもねえが……、取り合えず落ち着けって……!」


 肩で息をしながら僕を睨み続けているユイリに、


「ご、ごめん……、ユイリの立場を考えてなかったよ……。本当にごめん……!」


 そう言って彼女に対し頭を下げる。ここまで彼女を怒らせたのは、あの奴隷オークションで星銀貨を使用した時以来だろうか……。今度は僕の事を心配しての怒りだろうから、なおのこと彼女に謝らなければならない……。


「……とりあえず、どうしてそんな提案するに至ったのか、話してみなさいよ……。まぁ、どんな理由があっても、それについては認められないと思うけど……」

「う、うん……実は……」


 僕は説明する……。自分が勇者かどうかは置いておいて、もう一人の勇者であるトウヤの強さや戦い方を直に見る事は、自分にとって学ぶことが多いだろうという事。ただ、自分が普通にトウヤの遠征についていこうとしたら、王宮側も考慮するだろうし、何よりトウヤ自身もやりづらいに違いない。ならば、お忍びで自分が勇者候補とはわからないように遠征に潜り込んだら、普段のトウヤの手腕を存分に見る事が出来るだろう。それを見る事で間違いなく、自分にも得るものがある、強いてはこの国に役に立てる事が増えるかもしれない……。


 そのように説明すると、


「成程な……。確かに、強者の戦い方を見る事は自分を高める事にも必要な事だぜ。俺もディアス隊長の強さを目の当たりにして、いつかこうなりたいという俺の目標を見つける事が出来た……。まして、トウヤはコウと同じ勇者候補。それを見れば、コウも俺みたいに何かを見つける事が出来るかもしれねえぜ……」

「……コウ様が危険な目に遭われる事に関してはとても賛成する事はできませんが……、その方の戦い方を見たいというコウ様のお気持ちはわかります……。遠征では危険すぎると思いますから、上手く演習を提案してそこに紛れ込むというのは如何でしょうか……?それならば危険も少なく、コウ様も得るものがあると思いますが……」


 僕の話を聞き、レンとシェリルは賛成してくれたのか、そのようにユイリに促してくれた。流石に2人からの提案も却下する事は出来なかったのだろう、ユイリは、


「……一応、姫のおっしゃるような演習を入れられないか提案はしてみるわ。でも、期待はしないでよ。一応、聞いてみるだけだからね……」

「あ、ありがとう、ユイリ……!無理にとは言わないから、そうして貰えると助かるよ……!」


 そうして、頑張ってフローリアさんを説得しろよと軽口を叩くレンに、貴方も他人事みたいに言わないでと文句を言いつつ、僕たちの部屋を後にしていった……。











「また随分と無茶を言いますね、ユイリ……。勇者様同士を接触させて、もし何か間違いがあったらどうするつもりですか……!」

「そ、そうですよね……。申し訳御座いません、フローリア様……!」


 あ、案の定怒られてしまった……!王城ギルド内の定期会合の席にて、私はフローリア様からの叱責を受け謝罪する。

 ……何か私、ここのところフローリアさんに叱責されてばかりのような気が……。こ、これも全て彼のせいだ……!


「まあ、そう言うものではないぞ、フローリア。君の指摘は最もだが、コウ殿が言うように相手の事を知りたくなるという気持ちはわからないでもない……。まして、彼は『竜王の巣穴』へと遠征し、その財宝を抑えて帰還した強者であるのだからな……」


 そこに、王宮の饗宴ロイヤルガーデンのギルドマスターであるガーディアス隊長が助け船を出してくれる。……俺は何も聞いていませんみたいに振舞って何も援護してくれないレンとは大違いだ。後で覚えていなさいよ、レン……!


 もう既に魔犬の刻……、この会合の席にはコウとシェリル姫を除く王宮の饗宴ロイヤルガーデンのメンバーに加え、レイファニー王女殿下もご参加下さっている。その理由は恐らく『竜王の巣穴』の件もあるのだろう……。


「まずは、ユイリ達が気になっているであろう『竜王の巣穴』での報告を済ませてしまおうか……。王女殿下は既に聞いていらっしゃるでしょうが、結論から言ってバハムートは討伐していない。討伐寸前のところまではいったのだが、逃げられてしまってな……。だが、『竜王の巣穴』の主を追い払ってしまった事は確かだ」


 流石に竜王バハムートの討伐とまではいかなかったようね……。それでも、あのバハムートを巣穴から追い払った事自体、信じがたい事なのだけれど……。


「まぁ、それによってバハムートが守ってきた莫大な財宝を手に入れる事が出来たし、ストレンベルク山を制した事で王国の領土も実質的に広げる事に成功した……。ただ、打ち漏らした魔物が王国周辺の街道にまで行ってしまった事は不覚としか言いようがないが……、レンとユイリ、お前達だけでよくあのデスハウンドを討ち果たしてくれた」

「俺にかかればあんな奴の一匹や二匹……と言いてえところっすけど……、今回はユイリやシェリルさん、それにコウの力は大きいっすね……。特に分身しやがった時は、アイツの不思議な魔法がなけりゃあ誰かしら犠牲が出てたかもしれねえ……」


 またレンは……、と思っていたところ、意外にも謙虚に答える彼に内心驚きを感じていた。


「……確かコウ様の独創魔法、ユイリの報告では『重力魔法グラヴィティ』でしたか……。内容を聞くにそれは減弱効果デバフなのですか?」

「いえ、一概にそうとは言えないようです。場合によっては戦闘時における相手への攻勢になる事もあるみたいですし……。また、彼の言うには常に自分に付与していて、元の世界と同じ状況にしていると話していました」


 フローリアさんの問い掛けに対し、私はそう答える。

 ……最も、それに関しては聞いてもいまいち理解できていない。彼曰く、この世界に元々ある力が働いているという事だったけれども……。最もそれを私が理解していれば、私にも使えるようになるかもしれないし、今まで使用する者がいなかったからこその独創魔法なのだろうけど……。だけど、これだけは報告しておかなければならない……。

 

「……誠に申し訳御座いません。危うくコウを……、勇者様を死なせてしまうかもしれませんでした。私の……一生の不覚です……」


 あの時、デスハウンドの最後の攻撃からアサルトドッグのシウスが庇わなければ、間違いなくコウは死んでいただろう……。オクレイマン王より賜っていた最重要任務を……、世界の命運が掛かった勇者様を……、私の判断ミスで……!


 深く頭を下げる私に対し、王女殿下は、


「……頭を上げなさい、ユイリ。謝る事ではありませんよ、貴女はちゃんと役目を果たし、彼を守り抜いているのですから……」


 そう言って私を労いつつ、レイファニー様は優し気な笑みを湛えながら話を続ける。


「そもそも城下町周辺の街道にデスハウンドが現れたこと自体が不測の出来事なのです。それを臨機応変に対処し、被害を出す事もなく速やかにデスハウンドを討ち取った貴女は讃えられこそすれ、責められる謂れはないのですよ。勿論レン、貴方もです……、よくやってくれました」

「あ……有難う御座います、レイファニー様……!」

「……俺は大した事も出来ませんでしたが、そう言って貰えるのは光栄です、レイファニー様」


 私とレンは、レイファニー様にそう申し上げると、フローリアさんに向き直り、


「しかし、魔物を仲間に……ですか。わたくしは余り存じ上げないのですが……、そのような能力スキルがあるのですか、フローリア宰相?」

「……『裏社会の職郡ダーク・ワーカー』の職業ジョブに『魔獣使い』というものがあるのですが、その能力スキルに魔物を使役するものがあるようです。ですが、あのアサルトドッグを使役しているという話は聞いた事がありませんし、そもそも今回は使役ではなく、魔物の方が懐いているという話ですから……。もしかしたら、それもコウ様の力かもしれませんが……」


 私が思った事と同じ話をされるフローリアさん。でも、そう思うわよね……。コウは唯でさえ面識のない野鳥を懐かせていた。シウスに関しては今はシェリル姫に懐いているとはいえ、最初は彼があのアサルトドッグを見逃した事がこのような結果となった要因であると言われても否定する材料がない。


「歴代の勇者様の記述でも、流石に魔物を味方につけるという項目はありませんでしたからね……。それは、今後も様子を見ていくとして……、トウヤ様の行う演習への参加、ですか……。ユイリ、貴女から見て、それはコウ様に必要な事だと思いますか?」


 王女殿下によって私自身の判断を求められ、考える。先程コウが言っていた事……。彼は言っていた、勇者として自覚し活動しているトウヤを見る事は、間違いなく自分にも得るものがある、と……。

 それをレイファニー様に伝えようとして、ちょうどその時、今思いを馳せていたばかりのコウより通信魔法コンスポンデンスが届く。このタイミングで……、一体何を言ってきたのかしらと確認してみると……、


<シェリルが僕が休むまで傍にいると言ってきかないんだ。ユイリ、なんとか説得してくれ>


 ……知らないわよっ!

 思わず通信魔法にツッコんでしまう私。こっちは今取り込んでいるからそっちで解決してとコウに通信魔法コンスポンデンスを送り、彼からの通信を一時的にシャットアウトする。というより、まだ休んでいないの、あの2人は!?また明日遅刻したなんて事になったら洒落にならないのよ!?

 そもそも……、彼はよく私に、姫と同じ部屋にしておくなんて何を考えているんだ等と言っているが、私に言わせればじゃあなんで奴隷として彼女を購入したのよと問い返したくなる。結果的には滅亡したメイルフィードの姫君だった訳だけど、彼女を欲しいと思ったから星銀貨まで払って手に入れたのでしょうに……。勿論、姫が拒絶しているなら話は別だが、彼女と話し合ったところ全てコウに従うとの事だった。最も……コウのあの様子では、姫に手を出す事なんてありえなさそうだけれど……。そういう面は、もう一人の勇者候補であるトウヤよりも余程好感持てる。


「……ユイリ?どうしましたか……?」


 考え込んでいる私に怪訝そうに訊ねてくる王女殿下。いけないいけない……、気を取り直して、私は自分の意見を伝える事にする。


「すみません、王女殿下……。そうですね……、彼自身も言っていた事ですが、同じ勇者候補であるトウヤ殿を知る事は、間違いなく得るものがあるという事でした。ですので、ご検討頂ければと存じます」

「そうですか……、ありがとう、ユイリ。ガーディアス隊長、トウヤ様の演習を何処かで組み入れる事は出来ますか?」


 私の提案を受けて、すぐさまレイファニー様は調整できるかどうかを確認してくれる。それを受けてガーディアス隊長も、


「トウヤ殿の予定に関してはライオネル騎士団長と彼に付いているベアトリーチェに調整を依頼する事となりますが……、なんとかなると思われます。もしトウヤ殿が拒否したとしても、王女殿下からお話頂ければ間違いなく同意するでしょう」

「……彼の好意につけ込むようで気は進みませんが……、わかりました。では、その方向で調整してみて下さい、ガーディアス隊長。もしトウヤ様が難色を示された時は、わたくしの方から依頼してみましょう」


 ……思ったよりも早く決まりそうだ。やはり、レイファニー様に話を通すとスムーズに進む。最も、王女殿下やここにいる王宮の饗宴ロイヤルガーデンのメンバーの中では、コウが勇者であるという事は共通認識の事象である。昨日、職業選択所で彼が『自然体』の能力スキルを持っていた事がわかった時と、大賢者ユーディス様よりお墨付きを頂いた事で、それは最早確定事項となった。正直な話、勇者である事を認めていないのはコウ本人だけだ。


「畏まりました、王女殿下……。しかし、色々と問題もある人物ではあるようですが、此度のトウヤ殿の『竜王の巣穴』への遠征の成功によって、彼もまたこのストレンベルクに必要な人材であるという事はわかりました。事実、強さだけで言ったら、彼は私やライオネルよりも高い実力を持っております。でなければ、あのバハムートを圧倒するなど、決して出来ないでしょう。あとは、彼とどう付き合ってゆくかですが……」

「そうですね……、その件もわたくしの方で考えておきます。……わたくしが彼を勇者と認める事が出来ればまた違ってくるのかもしれませんが……」


 それはリーチェより話を聞く限りだと難しいと思う。トウヤ殿の考え方はいわばコウの考えとほぼ正反対だ。自分の駄目なところ、足りないところは素直に反省するコウに対し、トウヤ殿は決して自分の間違っているところを認めようとしないようだし……。異性関係も随分だらしないだけでなく、城の女中、それも気に入ったら相手がいようと関係なく手を出すとも聞いている……。トウヤ殿を制御する為にもリーチェは任務の一環で彼とも関係を持っているようだけど、それを聞いた時、私はコウの担当で良かったとつくづく思ったものだった。


「では、今日はこの辺でお開きとしましょう……、また変わった事があったらお知らせ下さい」

「「「「「ハッ!」」」」」


 王女殿下の言葉でお開きとなる定期会合。予想よりも少し早く終わったので、シャットアウトしている間に届いていた通信魔法コンスポンデンスを確認しようとした時、


「あ……、ユイリは少し私に付き合って貰えますか?先日の件も含めて、お聞きしたい事もありますので……」


 ……前言撤回、今日はまだ終わらなさそうだ……。


「……畏まりました、レイファニー様」


 恐らくは日にちを跨ぐ事になる……そう覚悟を決めて、私は王女の下へ向かうのであった……。

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