第21話:冒険者ギルド




「シェリル、有難う。もう大丈夫だから……」

「…………コウ様は大人しくなさっていて下さい」


 治ったという僕の言葉が聞こえないように、シェリルが神聖魔法を掛け続けている中、


「……でも、無事でよかったぜ」

「ええ……、さっきはどうなる事かと思ったわ……。貴方を危うく死なせてしまうところだった……」


 デスハウンドとアサルトドッグの後始末をしていたユイリ達も、戻って来るなりそう話しかけてくる。いつもとは違う神妙な面持ちにこちらも調子が狂ってしまう。


「……ユイリ達まで。さっきは確かに死ぬかと思ったけど……こうして生きているんだからさ……」


 黙々とかすり傷すらも癒してしまいそうなシェリルに苦笑しながらも、僕はレン達に言葉を返す。

 勿論、先程感じた恐怖はまだ消えてはいない。あと一歩のところで本当に死ぬところだったのだ。『約束された幸運』の能力スキルがあったから、即死は無いかなと思っていたが……、考えを改めなくてはならないかもしれない。

 つい数日前までは感じる事もなかった死が現実のものとなっている事自体が普通ではないが、ここは異世界、魔物が存在して戦闘が日常的な事となっている世界にいるのだから仕方がない。

 ……あまり慣れたくはないが、元の世界に戻るまではあり得る感覚と受け入れていくしかない。


「本当にごめんなさい……。貴方や姫を危険に晒す事自体、本来はご法度なのよ。いくら緊急事態だったとはいえ……、その魔物が貴方を庇わなければ今頃は……」

「それは確かに……ね。実際、もう駄目だとは思ったよ」


 そっと僕とシェリルの傍で大人しくしているアサルトドッグに視線を落とす。すっかり傷は癒えたようで、意識は取り戻しているもののぴーちゃんを頭に乗せながらも気にすることなく丸くなっている。


「だけど、魔物が人間を庇うとはな……。恐らくさっき見逃した奴なんだろうが……まさか恩返しする為にやって来たって事か?」

「……使役している訳でもない魔物、いえ魔物自体が人を庇うなんて話、聞いた事がないけれど……」


 このアサルトドッグが起こした行動が信じられない、といった感じの2人に僕は、


「……義理堅い奴だったんだよ、きっと」

「アサルトドッグは『地獄の狩人』って異名があるくらい凶暴な魔物なのよ?あまり好戦的ではない魔物もいるけれど……アサルトドッグはとても人に慣れるような魔物じゃないのよ」


 僕の言葉に首を振りながら答えるユイリ。


裏社会の職郡ダーク・ワーカーには『魔獣使い』って職業ジョブがあるけど、それだって魔物を人に慣れさせるわけじゃないわ。契約魔法でもって使役するという方法で人間の味方に付けるのだけど……、それにしたって自発的に人を庇ったりなんてしないわ。そもそも、アサルトドッグを使役するなんて話、聞いた事もないし……」

「……そうなんだ」


 ユイリの話を聞きながら、魔物の生態について考える。彼女の話を聞く限り、魔物は情で動くようなものではない、という事らしい。

 僕の知っている動物であれば、愛情を持って接すれば懐いてくれるという印象はあるし、子供の頃にやった某RPGのゲームでは倒したモンスターが仲間になるといった事もあったけれど……。


「……本当にすまない。そして……ありがとう。アンタ達が来てくれなければ、俺たちは全滅していた……」


 その時、僕たちを伺っていた冒険者達の中で、リーダー的存在なのであろう空色の髪の男性が改めて頭を下げる。


「俺はジーニス。後ろの2人とパーティを組んでいる冒険者だ。剣士の職業ジョブに就いている」


 ジーニスと名乗った青年はそう言うと、後ろに控えていた2人もそれぞれ前に出てくる。


「私はフォルナと申します。まだまだ聖職者の見習いのようなものですが……僧侶の職業ジョブに就かせて頂いております」

「……俺はウォートルだ。漸く重戦士の職業ジョブに就いたばかりだったんだが、まさかいきなりあんなのを相手にする事になるとは思わなかったよ……」


 青緑色の髪をした女性がフォルナさんで……、スキンヘッドのガッチリとした体格の男性がウォートルさんか……。年齢は見たところ、僕より少し下……、20歳前後といったところだろう。

 彼らの名乗りを受けて、自分たちも簡単に自己紹介をする。


「……しかし、驚いたな。あんなに動けて、アサルトドッグを何体も屠っていながら、まだFランクだなんて……。まぁ『王宮の饗宴ロイヤルガーデン』に所属している段階で俺達とは違うんだろうが……」

「あれは、シェリルの支援魔法があったから動けたというのもあるけどね……」


 既に全体加速魔法アーリータイムの効力も切れて、重力魔法を自分に掛けなおしている為、先程のような動きは今は出来ない。


「謙遜しなくていいわよ、コウ……。アサルトドッグはFランクの冒険者が戦える相手じゃないから。私も貴方が戦えると判断したし……、そうでなかったら、絶対に貴方を前には出さなかったからね……」

「……デスハウンドが分裂した時は、どうなる事かと思ったけどな。実際、お前の力で弱体化したからなんとかなったが……。さっきの戦闘で、恐らくかなりの経験値が入ったと思うぞ?」


 レン達にそう言われて、僕は改めてステイタスを確認してみると……、




 JBジョブ:見習い戦士

 JB Lvジョブ・レベル:20(MAX)


 JBジョブ変更可能:ラッキーマン Lv50(MAX)


 HP:118

 MP:69


 状態コンディション鋼の意思アイアン・ウィル、重力結界(調整)

 耐性レジスト:病耐性(一部)、睡眠耐性、ストレス耐性


 力   :75

 敏捷性 :55

 身の守り:68

 賢さ  :85

 魔力  :39

 運のよさ:127

 魅力  :36


 常時発動能力パッシブスキル:自然体、薬学の基礎、商才、滑舌の良さ、宝箱発見率UP、取得経験値UP、約束された幸運、絶対強運、運命神の祝福、鋼の意思アイアン・ウィル


 選択型能力アクティブスキル:生活魔法、精霊魔法、古代魔法、独創魔法、基本技、運命技、戦闘の心得、初級魔法入門、学問のすゝめ、農業白書、物品保管庫、???からの呼び声≪1≫


 資格系能力ライセンススキル:商人の証、ダンジョン探索、幸運の女神の寵愛


 古代魔法:風刃魔法ウインドブレイド評定判断魔法ステートスカウター不可思議魔法ワンダードリーム


 精霊魔法:シルフ


 独創魔法:重力魔法グラヴィティ


 生活魔法:確認魔法ステイタス通信魔法コンスポンデンス収納魔法アイテムボックス


 基本技:気合い溜め、ディフレクト、投石、応急処置、精神統一


 運命技:イチかバチか、神頼みオラクル、ハイ&ロー




(……『見習い戦士』のレベルが上限まで達してる……。それに、少し全体的にステイタスが上がったかな……?少し気になる項目も増えたようでもあるけれど……)


 力や敏捷性が上がったのは別に職業ジョブのレベルが上がったからとは違うようで、自分そのもののレベルが上がったからなのだろう。自身の名前の項目を凝視すると何やら数字が浮かんできて、『27』と表示された。


「おお、俺も上がってる……。一気にランクが『12』から『23』まで上がったぜ……!剣士のレベルまでも……」

「わ、私も『21』まで上がった……!神聖魔法を使っただけで、殆ど戦えてなかったのに……」

「俺は『25』まで上がったな……。敵の攻撃を受け止めてただけだったんだが……」


 ジーニス達のそんな言葉が嬉々として聞こえてくる。ランクと言うのは恐らくレベルの事なんだろうけど……、『27』というのはどうなんだろうか?確か魔物にもランクがあって、さっき評定判断魔法ステートスカウターで確認した限りでは、アサルトドッグで40以上……。デスハウンドに至っては200を超えていたのだが……。

 そんな僕の疑問に応えるように、


「ランクが20を越えれば駆け出しの冒険者は卒業できるわね……。ちょっと規格外な魔物との戦闘だったから、参戦していただけでも相当の経験値が入ったと思うわ。コウや姫も大分、ランクが上がったんじゃない?」

「……わたくしは冒険者ではありませんでしたが、王宮で色々勉強させて頂いてましたから……。ですが、今の戦闘でランクは上がりましたわね……」


 漸く僕の治療を終えたシェリルがそう言うと、傍らにいたアサルトドッグを撫でるようにして、


「……貴方も、本当に有難う。コウ様を助けてくれて……」


 グルゥと一声鳴くと気持ちよさそうにシェリルに撫でられるままになっているアサルトドッグに、


「でも、本当にシェリルに懐いているな……、シェリルに癒して貰って、感謝しているのかな……?」

「……それもあるのだろうけど、貴方に命を助けて貰ったと思ってるんじゃない?だから、貴方を庇ったのだろうし、今だって貴方の傍を離れないのよ」


 そういえばとアサルトドッグを見てみると、確かにシェリルだけでなく僕にも懐いているようにも見える……。こうしてみると何だか魔物ではなく犬を見ているみたいで可愛くなってきたな。


「お前……僕たちと一緒に来るか?」

「グルッ!」


 僕の言葉がわかるのだろうか、アサルトドッグは元気よく鳴くと寝かしていた身体を起こす。尻尾を振って期待するような眼差しでこちらを見てくる。


「そうか……、なら名前を付けてあげないとな……」


 さて、どんな名前がいいだろうか……。アサルトドッグというくらいだから、犬の変異種なのだろうし、それなら犬の名前がいいか……。それなら……、


「よし……、今日から君の名前は……」

「ちょっと待って、コウ。ストップストップ!」


 僕が考えた名前を告げようとしたその時、ユイリから静止がかかる。


「貴方の事だから、また安直な名前が飛び出しそうだから……。とりあえず、今貴方が考えた名前は却下するわ」

「な、何だよそれ……!」


 し、失礼な!僕だっていい名前くらい付けられるぞ!


「そうね、貴方の考えそうな名前といえば……、『わんこ』とか『わんちゃん』とかいうんじゃない?」


 ……は?な、何を言っているのやら……。僕がそんな安易な名前を付ける筈が……。

 ………………なんでわかったのだろう。


「その顔は図星のようね……。その小鳥の名前が『ぴーちゃん』の時点で、貴方の考えそうな事じゃない……。流石にまたそんな名前を付けられたら可哀想だから……」


 ユイリはそう言ってアサルトドックに触れていたシェリルの方を向き、


「姫……、このアサルトドッグの名付けをお願いできますでしょうか……?」

「……そうですね、わかりました。考えてみます……」


 チラッと僕の方を見ると、シェリルが軽く頷いて片目を瞑り何やらを思案する……。

 ……一瞬僕の方を見たのは、ユイリの言葉を肯定したのではない事を信じたい……。


「……シウス。わたくしの今は無き王国で『守り神』の異名があった名前なのですが……、これで如何でしょうか?」

「グルゥ!!」


 アサルトドッグ……いや、これからはシウスか……。シウスは嬉しそうにシェリルにすり寄っていてその綺麗な紫色のたてがみを撫でさせている。


「フフッ、喜んでくれたようで嬉しいです……!」


 ペロペロとシウスに舐められながら戯れるシェリルの姿に、まぁいいかと思いなおす。でも、こうして見ていると本当に魔物とは思えないな……。


「でも……まさかあのアサルトドッグをこのようにさせてしまうなんて……」

「……危うく殺されかけたからな……。こんな姿を見ていると、同じ生き物なんてとても思えないが……」


 驚きと共にそう話しかけてくるジーニス達に同意しながらも、


「だけど、ジーニス達はどうしてアイツらに襲われる事になったんだ?」

「……それは俺達の方が聞きたいな。俺達は冒険者ギルドの依頼で薬草の収集の為に森に向かっている最中だったんだ。そしたらいきなりあのアサルトドッグ達に襲われて……」

「はい……、何頭ものアサルトドッグ達が同時に襲い掛かってきて……。本当にもう駄目かと思いました……」


 力なく話すジーニス達に僕はその状況が自分たちの時と同じだったと悟る。ただ……、彼らにとってはデスハウンドという規格外のモンスターに当たってしまったという事だ。


「……そもそもこのストレンベルク周辺でアサルトドッグが現れる事が普通ではないの。アサルトドッグはDクラス以上の冒険者、それも集団で襲ってきたアサルトドッグを相手にするにはCクラスはないと戦えないモンスターなのよ。そんな魔物が出ると知ったら、冒険者どころか旅人もこの付近を歩けなくなってしまうわ」

「ああ……、コウは戦えてたかもしれねえが……、まずあの速さについていけなきゃどうにもなんねぇ。武器を適当に振り回したところで当たってくれる連中じゃねえしな。でも、そうなりゃどうして奴らが、それもデスハウンドなんて物騒な奴が現れたかって事になるが……」


 そうしてレン達は思案する。確かにその事は気掛かりではあるけれど、何時までもここにいるものでもない。


「……レン、それにユイリも。それは後で考えよう。それよりも……ジーニス達は薬草の収集に来たという事だけど、もうそれは終わっているのかな?」

「いや……、森に入る前に襲われたんでな。依頼クエストはまだだ……」


 そうなんだ、なら話は早い。


「じゃあ、これから一緒に森に入らない?僕たちも薬草採取の途中だったんだ。それに、一緒に居ればさっきのような事が起こっても、何とか対応できる筈だし……」

「……そうね。情報が掴めていない以上、ここで別れるのは危険でしょうし……」

「シェリルさんがいれば、薬草採取もすぐすむだろうしな」


 僕の言葉にユイリとレンも同意してくれる。シェリルも苦笑しているものの、頷いてくれるのを見て、僕はジーニス達を促す。


「……何から何まですまない……。この恩は必ず返す……」

「そんな事は新米が考える事じゃねえよ。将来、お前が一流の冒険者になったら、そん時一杯奢れ。それでチャラだ」


 ジーニスが頭を下げるのをレンが気にすんなと笑い飛ばし、7人と2匹で再び森に入っていった。











「……やっと王都に戻って来れたな……」


 あれから森に入り、シェリルのおかげもあってか速やかに対象の薬草を見つけ、このストレンベルクに戻ってくる。幸いな事に、あれ以降モンスターに襲われる事はなかったが……。

 因みに……、シウスを見たら騒ぎになるかもしれないので、ユイリが『隠蔽魔法バイディング』のようなものを掛けてくれている。


「とりあえず、冒険者ギルドに向かいたいんだが……。お礼もしたいし、一緒に来て貰えないか?」

「レンも言ってるけど、お礼はいいって……。だけど、僕たちも冒険者ギルドでいいのかな?」


 僕らは王城ギルド、『王宮の饗宴ロイヤルガーデン』に所属している訳だし、まずそちらに報告するべきでは……。そう考えてユイリを見ると、彼女は頷き、


「『王宮の饗宴ロイヤルガーデン』は冒険者ギルドも管理しているから……、そこで報告すればちゃんと向こうにも情報が行くようになるわ。……まぁ、私も後でフローリアさんに連絡するから大丈夫よ」

「それなら……大丈夫か」


 ユイリに確認後、改めてジーニス達を見て頷くと、彼らはその冒険者ギルドまで案内してくれる。城門から暫く進んだところに一際大きな建物が現れた。


「ここが……冒険者ギルド……」

「ええ……、私たちの所属するストレンベルクの冒険者ギルド、『天啓の導き』です」


 その大きな建物には竜を模したものが天へと昇る様子が描かれた看板が掲げられている。恐らくはフォルナが教えてくれたギルド名を表したものであるのだろうと解釈していると、ジーニスがその扉を開けた。


「建物内もまた随分広い……」


 中に入るとまず正面の奥がカウンターになっていて既に幾人かが順番待ちで並んでいる。カウンターの前は大広間でそこには病院での待合室のように長椅子がいくつも置かれており、その右側には様々な依頼書や手配書のようなものが貼られていた。


「正面の左側は酒場になっているから、報告が終わったらご馳走させてくれ。命を助けられたんだ、せめてこれくらいはさせて欲しい」

「君も頑固だな……。そこまで言うのだったら、ユイリやレン、そしてシェリルにしてくれ。僕は特に役に立てていないんだから……」

「何を言っているんだ。君が実質あのデスハウンドに致命的な隙を作らせたんだ。そんな謙遜はしないでくれ」


 固辞しようとする僕にウォートルがそのように被せてくる。……そう言ってくれるのは嬉しいけれど、事実出しゃばった結果、危うく死にかけたんだ。大人しくしていればレンやユイリが上手く対処してくれただろうし……。

 そう思っていると、正面のカウンターで何やら揉めているような声が聞こえてきた。


「ですから……!今はそんな事を言っている時ではないんです……!」

「そんな事を言って……。またサーシャちゃん、俺らをはぐらかすつもりでしょ」

「そうそう、この間も同じような事を言って俺たちのデートの誘いを断っちゃうんだもんな。今日こそはいい返事を貰うからね」

「……っ、本当に、今は緊急事態ですので……っ」


 そちらの方を見てみると、何やらカウンターの一箇所で2人の冒険者風の男たちが受付嬢を口説いているようだった。

 女性は20歳前後だろうか、遠目に見ても際立っているくらい美人だとわかる。ブロンドに近い薄い茶色の髪をポニーテールにしていて、困った様子で冒険者の対応をしていた。

 周りの職員や冒険者達も助けに入りたい様子だったが、揉め事を起こしている二人を気にしてか、ただ遠巻きに状況を見守っているようで……。


「じゃあ、俺たちがその緊急事態とやらを解決してきてやるよ。その代わり、今日こそはサーシャちゃんに付き合って貰うからね」

「……本当に一刻を争う状況なんですっ!総出で対応しないと、大変な事に……!」

「…………お前ら、一体何してんだ。こんなところで……」


 気付いたら隣にいた筈のレンが見かねた様子で前の2人に話し掛けていた。


「……なんだてめぇ?今、いいとこなんだよ、邪魔すんじゃねぇよ!」

「そうだぜ!わかったら引っ込んで……」

「レンさんっ!戻っていらしたのですねっ!」


 冒険者の2人は煙たそうにレンを見て追っ払うように手を振るが、肝心の受付嬢は彼の出現にパァッと顔を輝かせていた。


「ああ、ちょっと報告も兼ねてな。それよりどういう状況だ?アンタが困ってるようだったから声を掛けたんだが……」

「……ええ、実は……」


 そう言って彼女は言いにくそうに騒いでいた冒険者達を伺う。一方でその2人は完全にレンを敵視していた。


「おうおう、てめぇ!俺らに喧嘩を売ってんのか!?横からしゃしゃり出て何なんだ!」

「俺たちが誰だかわかっていないらしいな!この国でも有数の高ランクの冒険者で、貴族でもあるんだぞ!由緒あるユーゲイス家を知らないってのか!?」

「高ランクとか言われても、お前らなんて知らねえぞ……。まぁ、ここんとこ余りこっちに顔出せてなかった事もあるけどよ……」


 肩を竦めながらそう話すレンに、ますます男たちの怒りが募っているようだ。そのままにもして置けず、彼の傍に向かう僕たちだったが、


「てめえらがコイツの連れか……ん!?」

「ほぉ……随分といい女じゃねえか……、そこのフードを被っている女を俺たちに渡すなら見逃してやってもいいぜ?」


 2人は厭らしい視線をシェリルに向けながらそんな提案をしてくる。興味が受付嬢からシェリルに移り、彼女が僕の後ろにサッと隠れると、今度は僕に向けて殺気にも似た怒気を向けてきた。

 ……この世界に来る前だったなら、その怒気に怯んでしまったかもしれないが、


(……もうこの世界に来て、何度も殺気に晒されているから、今更そんな中途半端なものをぶつけられてもな……)


 何より先程、デスハウンドによって本当に死ぬかもしれない目に合わされたのだ。それに比べたら目の前にいる男たちからの怒気など、つゆほども感じられない。


「な、何だ、てめぇ!?俺たちに向かって何てモンを放ちやがる……っ!」

「お、俺らが誰なのかわかってやってんのか!?冒険者同士の殺傷は禁止されてんのも知っててやってるんだろうな!?」


 ん……?何だ?僕は何もやっていないけど……?

 身に覚えのなかった僕が、目の前の男たちが感じているであろうプレッシャーの源を探そうとして、納得する。

 シェリルと僕の傍にいたシウスが、僕たちの敵と判断したのだろう。目の前の男たちを威嚇して殺気を放っていたのだ。今は『隠蔽魔法バイディング』によって2人、もしくはこのギルド内にいる誰からも見えていないかもしれないが、その恐ろしい殺気だけは隠せなかったのだろう。

 2人からは僕が殺気を放っていると思った訳だ。


「……仮にそうだとしても、先に威嚇してきたのはそっちだ。やられた事をそっくりそのまま返しているだけで、いちゃもんをつけられても困るな」


 むしろ、倍返しにしないだけでも感謝して欲しい。


「てめぇっ!!いいから黙ってその女を渡せってんだよっ!!」


 すると逆上した一人が僕に向かって襲い掛かってくる。


(さて、どうしてくれようか……)


 僕の目がアサルトドッグ達の動きに慣れてしまった為か、僕を払いのけて、そのままシェリルに食指を伸ばそうてしている相手の動きが手に取るようにわかる。これならその腕を捻り上げるだけで男の動きが止まるんじゃないか、と実際に行動を起こそうとした矢先、


「俺を無視して何をしようとしてくれてんだ?」

「ぐおおっ!?……ぐえっ!!」


 僕たちの間に割って入ったレンが、掴みかかってきた男の手を無造作に掴むとそれを壁の方へと放り投げる。彼はそれに抗う事は出来ず、されるがままに放り投げられ、ギルドの壁に大きな音を立てて激突した。

 うわぁ……、凄く痛そうだな。ぐえ、とか言ってるし……。


「お、お前……!?一体何をっ!?」

「……貴方も動かないで」


 突然片割れが吹き飛ばされて、動揺しながら突っかかろうとしてきたもう一人の背後にユイリが音もなく立っていた。


「い、何時の間に……!?」

「……貴方達、貴族の……伯爵家の冒険者ね。随分とギルドに幅を利かせていると報告は受けていたけれど……、誰に無礼を働こうとしたのかわかってる?」


 ユイリが静かに男に問い掛ける。その声はいつもと違い、何処か冷たく感情のないもので、その事からも彼女の怒りが伝わってくるようだった。


「う、うるせぇ!!テメエら平民風情が、貴族様に逆らっていいと思ってんのかっ!?俺をこんな目にあわせやがったテメエも、ぜってえ許さねえぞっ!!」

「……確かに俺はお前の言う通り平民だけどよ……、冒険者ギルドここでそんな事を言うのは違うだろ?そもそも、貴族様出身だっ平民跪けっ、とか言いたいんなら冒険者ギルドこんなとこに来んじゃねえよ」


 やれやれといった感じでレンが吹き飛ばした男の怒気を受け流す。しかしながら、却ってそれが相手の怒りを煽ってしまったようで、


「この野郎……!もう、許さねぇ……!このギルドごと、テメエをぶっ潰してやるぜっ!!」

「はぁ?どうやって?お前が出来んの?そんな事を?」

「俺の……俺たちの親が貴族って事は知ってんだろうが!!こんな平民風情のギルドなんて、ダゲレオ家の、伯爵家の力を使えばっ……!」

「……そもそも、何故このギルドに他の貴族がいないと思ってんだ?お前より上の貴族がいるかもしれないとか考えられねえのか?」


 何を言ってやがる……、そう男が言おうとして、途中で止まった。ユイリに後ろを取られていた相方の男が尋常ではない程震えていたのが見えたからだろう。


「……あまり身分で人を屈伏させるのは好きじゃないんだけど……、貴方達のような貴族を傘に着るような人には丁度いいかしら?伯爵よりも公爵の方が位が高いのは知っているわよね?」

「こ……公……爵、だと……!?」


 ……この世界の爵位というものが、僕の知っているものと同じものであるとするならば、公爵は確か王の次に偉い地位じゃなかったかな?少なくとも、伯爵よりは爵位は上だと思う。しかし、貴族だとは思っていたけれど、まさかユイリが……!


「……まぁ、私自身はあくまでオクレイマン王に仕える親衛隊の一人でしかないけれどね……。それでも、貴方達のような思いあがった人を処分する権限は与えられているわ」

「ま、待ってくれ……、こんなの、ちょっとした冗談だろ?処分するって、そんな大袈裟な……」


 ユイリの身分がわかり、先程までの強気な姿勢が消えて、顔面蒼白になりながら世迷い言を宣おうとする男に、


「あら?確かこのギルドを伯爵家の力で潰すとか言っていたじゃない?それに、私の友人であるサーシャを随分と困らせてたようだし、何より……彼やシェリル様に手を出そうとした事はとても冗談では済まされないのよ……!」

「ヒッ……!?」


 彼女の迫力に言い訳じみた事を宣った男がすくみ上がり、その場に尻餅をついてしまった。もう一人の方も既に心ここにあらずといった感じのようで、そんな彼らを見ながらユイリは、


「……貴方達の冒険者の地位、それぞれBランクだったようですけど、本日をもって剥奪致します。また、貴方達の本家の方にもこの件は報告させて貰いますので、何らかのペナルティは覚悟しておいて下さい」

「そ、そんな……!」

「は、剥奪って……それは……!」


 悲鳴にも似た泣き言をもらす彼らに、ユイリは冷たい眼差しで、


「…………何かご不満でも?」

「い、いえ、何でもありません」

「そ、それでは俺たちはこれで……」


 彼女の有無を言わせぬ様子に、男たちはそれ以上何も言わずにそそくさとギルドを出ていった。それを見届けたギルドの職員、冒険者たちから喝采が巻き起こる。


「ユイリ様!有難う御座います!!アイツらにはほとほと困っていたんです……!」

「ああ!貴族の地位を傘に着て、俺たちに無理難題を押し付けたり、手柄を全て自分たちのものにしてしまったり……!」

「強引にパーティーを解散させられて、奴らのチームに加えさせられたりされて……!」

「私たちギルドの職員一同も、どうしたものかと困り果てておりまして……!本当に、有難う御座いました!!」


 皆一様にあの男たちを追い出したユイリを褒め称える。それだけ彼らが嫌われていたという事なのだろうけど……。

 最初に絡まれていた美人受付嬢の女性がユイリに対し、


「……ごめんなさいね、ユイリ。貴女の手を煩わせてしまう事になって……」

「いいのよ、サーシャ。私の方こそ前から話を聞いていたのに、今に至るまで対処することが出来なくてゴメンね……」


 申し訳なさそうに謝罪するサーシャと呼ばれた女性にユイリがそのように返事しているのを見て、二人の親密な様子が伺えた。そういえば、先程ユイリが彼女を友人と言っていたっけ……。

 そんな中、男たちから庇う為に自分の背後に隠していたシェリルが、控えめに僕の隣にやって来ると、


「先程は庇って頂きまして……、有難う御座いました、コウ様」

「……僕は何もしていないよ。彼らを撃退し、上手く収めたのはレンとユイリさ」


 ……実際のところ、僕はシェリルの前に出るくらいしかやっていない。絡んできた男を撃退したのはレンだし……、彼らを追い出したのはユイリだ。むしろ彼女たちがいなかったら、結構面倒くさい状況になっていただろう……。僕の代わりにアイツらを怯ましたのもシウスだしね……。


「それでも、コウ様はわたくしを助けて下さいましたわ。それは誰にでも出来る訳ではありません。まして彼らは高ランクの冒険者だったわけですから……。わたくしは、嬉しかったですわ」

「そ、そう……。それなら、良かったよ」


 溢れんばかりの笑顔でお礼を言ってくるシェリルにドキッとしながらもそう返事する。何処か照れくさくなり、視線を彼女から外してみると、ユイリだけでなくレンの下にも人が集まっていた。


「久しぶりだな、レン!お前がアイツを吹っ飛ばしてくれて、俺、凄くスカッとしたよ!!」

「ああ、流石はこの『天啓の導き』の元エースといったところだ!それにしてもアイツら、お前の事も知らなかったようだし、何だったんだろうな……」

「ちょうど、俺が王宮に入った時と入れ違いで来たんじゃないか?俺もアイツらの事、知らなかったしな。……それにしても、水くせえじゃねえか。あんな奴ら、俺に言ってくれりゃあ何時でも追い出してやったのによ」


 再び肩を竦めながら、そのように口にするレンに、彼らは苦笑しながら、


「……だから言えなかったんだよ、レン……。そんな事したら、お前が貴族に睨まれるだけだ。お前は優れた戦士だし、害される事はなかったろうけど……、今まで俺たちを助けてくれたお前に迷惑かける訳にはいかねえよ……」

「んな事いちいち気にしてんじゃねえよ、俺とお前らとの仲じゃねえか……。それにアイツら、Bランクだったんだって?あんな弱そうなBランクの冒険者、初めて見たぜ……。あんな奴らが俺の後で幅を利かせていたなんて泣けてくるぜ……」

「まぁ、お前ならそう言うよな……。でも、そこはユイリさんが収めてくれて助かったぜ。あの人なら、後で貴族達の報復も大丈夫だしな」


 確かにレンなら気にしなさそうだけど……。でも、彼らの話を聞いたところ、この場をユイリが解決してくれた事は良かったのかもしれない……。ユイリが公爵級の貴族出身という事には驚いたけれど、その彼女が伯爵貴族を罰するのはおかしな事ではないだろう。まして、彼らは罰せられるに値する行為を繰り返していたみたいだし……。

 そうしていると経緯を見守っていたジーニス達が静かに進み出て、


「今更、アンタ達がどういう人たちかわかっても今更驚きはしないが……、取り合えずギルドに報告させて貰っていいか?その後で、こちらが持つから一杯でいい、奢らせてくれ」

「貴方達……!よくご無事で……!」


 ユイリと話していたサーシャさんが、ジーニス達を見るなり感嘆するようにそう答えた。


「貴方達がギルドを出て暫くして、上から街道に高ランクの魔物が出現しているという情報が下りてきたから……。慌ててその通達をしようとしていたところをあの人たちに絡まれてしまって……。本当にごめんなさいね……」

「……別にアンタが謝る事じゃねえだろ。俺だってまさか街道にアサルトドッグやらデスハウンドやらがいるなんて思ってもいなかったしよ」


 謝罪するサーシャさんにレンがそのように話すと、


「デ、デスハウンド!?そんな、Aランク級の魔物がストレンベルクの街道にいたのですか!?」

「ああ、何とか俺とユイリ達とで協力して倒したがな……。それより、その情報は『王宮の饗宴ロイヤルガーデン』から下りてきたのか?」


 ギルドでもまさかそんなモンスターが出現しているとは思わなかったんだろう。驚愕している受付嬢にレンが脅威は排除したと伝えながら、こちらが気になっている事を質問する。


「……え、ええ、フローリア様より遠征していたストレンベルク山中にある『竜王の巣穴』で、竜王以下魔物を討伐したようなのですが、その山中を追われた魔物が街道に降りてきているから注意するよう連絡を受けまして……」

「竜王って……まさかあの、竜王『バハムート』を討ち取ったってのか!?あの絶対不可侵アンタッチャブルと云われたバハムートを!?」

「う、嘘でしょ!?確かにストレンベルク山中に遠征に行くという事は聞いていたけど……、『竜王の巣穴』に行くとは聞いていないわよ!?」


 サーシャさんの話を受けて、今度はレンとユイリが驚愕する番だった。会話に出てきたバハムートという言葉はゲームなんかでボスとして出てくる、あのバハムートの事なのだろうか……。


「竜王自身を討ち取ったかまではわかりませんが……、『竜王の巣穴』から追い払ったのは確かのようです。竜王が守っていた金銀財宝は、王国騎士団とこの世界に現れた勇者様で抑えたとの事でしたから……」

「……その話、後で詳しく聞かせてくれ……。お前らも、さっきも言ったが、今回は俺が奢ってやる。お前ら新人が俺にご馳走するなんて10年早え。お前らが1人前の冒険者になった時……、その時こそ俺たちにご馳走してくれ。いいな?」

「……わかりました。今日のところは甘えさせて貰います。ジーニスも、それでいいでしょう?」

「…………ああ」


 いい子だ、と笑うレンに子供扱いしないでくれと返しながらもサーシャさんに戦果と依頼クエストの結果を伝えるのを見て、僕とシェリルもそれに続くべく彼らの後ろへと並ぶのだった。






「久しぶりの『天啓の導き』での食事だが、やっぱりうめえな」

「ちょっと……、もう少し落ち着いて食べなさいよ、レン……。皆、呆気に取られているじゃない」


 ……呆気に取られているというか呆然としているというか……、ああ、両方同じ意味だったか……。そんな事を気にする余裕も無いほどこの状況に困惑している自分がいる。

 ユイリは呆れ、シェリルは苦笑しているが、僕やジーニス達は唯々レンの食欲に戦々恐々とするだけだった。そもそも、彼が食べている量が尋常ではない。彼の体格より明らかに食べた量の方が多いのだ。一体それは何処に消えたのだろうかと考えている間も、次々とレンの前に置かれた皿が空になってゆく……。


「…………危なかった。これが俺たちの驕りだったら、破産してたかもしれねえ……」

「……こんなに飲んで喰っているのに……、何で体格が変化しないんだ……?」


 太らないって事なのか?すぐに栄養に変わっているって事……?今まで太っていた僕に対する当てつけか……?

 戦慄していたジーニスに対し、彼の体質に心の中で文句を言っていると、給仕の格好をしたサーシャさんが追加の料理を持ってきた。

 ……服装が変わったせいか、先程よりも彼女の大きな胸が強調されるように、そのスタイルの良さが際立っているように感じる。まさに看板娘といったように、優しげな目元にある泣きボクロも彼女の魅力を引き出して、先程の男たちではないけれど、冒険者たちから人気があるのもわかる気がした。


「お待たせしました、皆さん。こちらが追加分です!」

「ああ、待ってたぜ!これはアンタが作ったパスタだな……、これがまた旨いんだ……!」

「言ってるそばから……。サーシャ、貴女からも言ってよ……、この人、全然聞かないんだから……」


 自分が言っても無駄だと判断したのか、ユイリは彼女に対しそう言うも、


「あはは……、レンさんの食欲は普通の方の数倍はありますからね……」

「その通り。流石にアンタは俺の事がわかってるな……。ウォートルは兎も角、コウやジーニスももっと食べろよ。そんなんじゃ大きくなれねえぜ?」


 サーシャさんの答えに気を良くしたのか、逆に僕たちにそんな事を言ってくるレン。


「こっちはアンタを見ているだけで、胸焼けしそうになるんだが……」

「……同感。まして、僕はもう成長期は過ぎたと思うから、量を食べても太るだけだよ……。確かに、このパスタは美味しいけどさ」


 この世界には米が存在しない。稲がないのか、それともお米を食べるという習慣がないのかはわからないが、このファーレルにやって来て以来全く米のご飯が食べられていない。故にパンやジャガイモ料理、そしてこの世界特有のフールと呼ばれる栄養のある食べ物が主食となっているようだけど、正直食傷気味になっていたのだ。

 だけど、サーシャさんが作ったというこのパスタは、久しぶりの麺類という事もあって、凄く美味しく感じられた。

 因みにシウスは、僕とシェリルの間で床に置かれた皿に乗っている肉を大人しく食べている。シウスにそのまま『隠蔽魔法バイディング』を掛け続けていると、食事がお預けとなってしまうので、シェリルが新たに『認識阻害魔法コグニティブインヴィテイション』を掛けたのだ。だから、今のシウスは大きな犬というように皆には認識されている。

 ぴーちゃんは僕のテーブルに置かれたサラダを啄んだり、ぴーちゃん用に用意して貰った水を飲んだりしていた。


「そうだろ!?コイツはサーシャさんの家で作られていた料理らしくてな?この細い麺に味付けされていて、一度食べると病みつきになるんだよ。今ではこの冒険者ギルドの食堂の看板メニューにもなってんだぜ!?」

「……はいはい、確かにこのパスタは美味しいけどね。サーシャもちょっと休まない?少し訊いておきたい事もあるし……」

「ええ、それじゃあ少し失礼して……」


 そこでサーシャさんはユイリとレンの間の席に腰を落ち着ける。……ギルドの仕事は大丈夫なのだろうかと今更ながらに心配する僕を尻目に、


「ああ、俺も聞きたい事があったんだったぜ、さっきの続きだが、勇者ってのは例の『招待召喚の儀』で呼ばれたっていうあの勇者様か?」

「ええ、上からはそう伺っておりますけど……。その件に関してはレンさんやユイリの方が詳しいでしょう?」

「そうね……、でも、私たちも全ての話を把握している訳ではないのよ。『竜王の巣穴』に踏み込むなんて話は聞かされていなかったし……、恐らくその勇者の傍にはリーチェが付いてるはずなんだけど……」


 ユイリが白葡萄シェリー酒を口にしながらそのように返事する。そのコップにサーシャさんが白葡萄シェリー酒を注ぎ、給仕の役目を果たしつつ、


「でも、本来はユイリが勇者様の補佐に就く予定じゃなかったのかしら?」

「……少し予定が変わってね。だけど、今も似たような任務に就いているわよ?ただ、リーチェの付いている勇者様に関しては私も直接関わっていないから……」


 そう言ってチラリと僕の方を見てきたユイリに、ゴホッゴホッと軽く咳払いする僕。

 ……何度も言うけれど、僕は勇者じゃないからね?そんな抗議の意味も込めてユイリを見返すと、


「それで、ユイリ?そちらの方々は新しい『王宮の饗宴ロイヤルガーデン』のメンバーさんなのかしら?何処か不思議な気配を覚えるというか……、特にそちらの女性は高貴な方特有の雰囲気を感じるのだけど……」


 僕の咳払いで注目を集めてしまったのか、サーシャさんが僕とシェリルについてユイリに尋ねる。さて、ユイリはどう答えるのだろうか……、そう思っていると、


「……初めまして、サーシャ様。わたくしはシェリル・フローレンスと申します。ユイリのご親友という事でしたら、もしかしたら何処かでお会いしているかもしれませんが……」

「え?あ、申し訳御座いません、私はサーシャ・リンスロートと申します……。シェリル様、でしたか、何処かでお会いしておりますでしょうか……?でも、その何処か気品のある佇まいに、そのお名前……!?ユ、ユイリ、もしかしてこのお方は……!」


 なんと、シェリルが自身で自己紹介をしてしまう。おまけにサーシャさん、気付いたようだけど、いいのかな……?


「……内密にしておいてね。彼女は今現在、この国のトップシークレットの1つだから……。彼も、その関係者だから……ね」

「わ、わかったわ……。そうね……、前に何処かの晩餐会でお会いしたような気がしたのよ……」


 ……成程ね、僕の意思を尊重して、シェリルが隣国の王族である事を匂わせる代わりに、僕の勇者云々の話を誤魔化してくれた訳か……。

 シェリルが何を言い出すのだろうと思っていたけれど……、彼女には感謝しなければいけないな。……もう何度目になるかもわからないけれど……。

 それに晩餐会というと……、サーシャさんも貴族出身、という事なのか……?


「も、もしかして、シェリルさんって物凄く偉い方なんですか……!?わ、私たち、ご無礼な事してないかな……!?」

「いいのですよ、フォルナさん。今のわたくしは、ただの冒険者ですから……、あまり気になさらないで下さいね?」

「す、すみませんでした。俺たち、あまり敬語も使えなくて……!」

「お、俺も……」


 気にするなと言われても、はいそうですかという訳にはいかないよな……。すっかり恐縮してしまったジーニス達に苦笑しながら応えているシェリルに申し訳なく思いながらも、


「……今まで通り接してくれと言っても難しいかもしれないけれど……、出来ればそうしてくれると助かるかな。僕もシェリル……さんも、ね……」

「……本当に難しいな。でも、出来るだけやってみるよ。アンタ達が命の恩人である事に変わりはないしな……」

「ああ……、宜しく頼むよ」


 僕が差し伸べた手をジーニスが取り、握手を交わし合う。それを見たレンがニッと笑って、


「よし、じゃあとりあえず仕切り直すか!食いもん追加でジャンジャン持ってきてくれ!」

「だから、貴方は少し自重しなさいよ!」


 レンの言葉により、無礼講のような状態になり、食卓にさらに次々と料理が運ばれてくる。周りの冒険者たちもその中に加わりだして、収拾がつかなくなり……、やがて夜まで続くどんちゃん騒ぎとなったのであった。






「……ふぅ」


 どんちゃん騒ぎの中、僕は1人、冒険者ギルド2階のテラスで麦酒エールのような物を片手に佇んでいた。

 この世界に来て、初めてのお酒……、いや、元の世界においてもここのところ忙しく、久しくお酒を口にしていなかったのだ。アルコールを飲んだのはいつぐらいぶりだろうか……、そんな事を考えながら、また一口と麦酒エールを煽る。


「……皆、お酒強いな……、下ではレンがまだ呑んでいるみたいだし……」


 レンがジーニスにお酒を勧めすぎて酔い潰したところでユイリから注意が入ったにも関わらず、未だに止まる気配はないし、シェリルはユイリと一緒にサーシャさんにパスタの作り方を習う為に厨房に居るはずだ。酔い潰れたジーニスはフォルナが介抱しているし、ウォートルはレンに付き合わされているのだろう……。他の冒険者たちも加わって、治まる気配がない。

 僕の傍にいるのはぴーちゃんだけ。ぴーちゃんも僕が口にしている麦酒エールに興味を持ったのだろうか、数滴を嘴で啄み……、今では大人しく僕の肩に止まって眠っている様子だった。


「こちらにいらしたのですね」


 そんな時、下からサーシャさんが麦酒エールを持って上がってきた。


「あれ?サーシャさん……?シェリル……さんに料理を教えておられたのでは?」

「ちょうど、先程終わったところなんですよ。フフッ、本当に元王族の方とは思えない程、料理の才能も持っていらっしゃいますね、シェリル様は……。ユイリもその才能には舌を巻いていましたよ」

「……才能の塊のような人ですからね……彼女は……」


 本当に何でも出来てしまう。彼女に出来ない事はないんじゃないかと思うくらいに……。


「フフフ、でもそれは貴方にも言える事ではないでしょうか。確かコウ様、とおっしゃいましたでしょうか?」

「ええ、僕はコウですが……それはどういう意味でしょう?」


 ニッコリと笑う彼女に僕はコップを差し出し、サーシャさんが笑顔でそれに麦酒エールを注いでくれる。

 その笑顔にやられる冒険者も多いんだろうなと思いながら、彼女が持ってきた麦酒エールを注がれたところで、僕は彼女の言葉の意味を探るべくそのように問い返すと、


「どういう意味とおっしゃられましても……。コウ様もまたシェリル様に負けず劣らずの才覚を持っていらっしゃるのではないのでしょうか……勇者様?」


 一瞬何を言われたのかわからなかったが、次第にサーシャさんの言葉の意味が頭に入ってくる。

 ……勇者として召喚された事をユイリが話したのか?それとも……レンが?

 困惑しつつも、僕の返事を待っているであろう彼女に、


「……それは、ユイリ、いやレンから聞いたのかな?」

「いえ、ユイリやレンさん……、勿論シェリル様からは聞いておりませんよ。ですが……ユイリやレンさんからの様子から、多分そうなのだろうなと思っておりました。特にユイリが勇者様の補佐につく事は『招待召喚の儀』が行われるずっと前から決まっていた事でしたし、あの『王宮の饗宴ロイヤルガーデン』に所属されているという事からも考えられる事なんです」


 ようするに……カマをかけられた、という事か……。

 やられたな……、そう思っている僕を尻目に、サーシャさんの話は続き、それに……と前置きすると、


「最初はレンさんもシェリル様の護衛を担当されているのかなと思ったのですが……、彼の様子から察するにコウ様を何処か目を掛けているように私には感じられました。シェリル様もまた、コウ様を単なる関係者という訳ではなく、むしろ主人というように捉えていらっしゃるようでしたし……。そうした事もあって、コウ様が勇者様なのではと思った次第です」

「…………折角、シェリルが自らの地位を明らかにしてまで伏せてくれていた事だから、あまり公にはしないでほしいけど……、確かに僕はあの『招待召喚の儀』でこちらの世界に来た者だよ。……勇者、という事については僕自身は認めている訳ではないんだけどね……」


 流石にもう誤魔化せないと考えた僕は、サーシャさんにそう打ち明ける。それに彼女は頷き、


「ええ、それはわかっております……。私もストレンベルクの貴族の末端に身を置いている者ですし、国の機関である、冒険者ギルド『天啓の導き』の一員でもありますから……。それに、ユイリがあのように言う以上、随分と複雑な状況のようですしね……。コウ様のお話から察するに、此度の『招待召喚の儀』で召喚された方は、2人いるという事になってしまいますし……」

「……普通はないみたいだね、その儀式で2人も召喚される、という事はさ……。最も、僕はもう一人の勇者のように何か出来るといった事は無いはずだけど……」


 後で詳しく聞いてみないといけないけれど、先程の話が正しければ、バハムートを……、恐らくは僕が死にそうになったあのデスハウンドをも従えていたであろう竜王を倒したことになる……。そんな芸当は、僕には出来そうもない……。


「それはご謙遜かと思いますよ。今はシェリル様と歓談されているかと存じますが、本日助けて頂いた当冒険者ギルド、『天啓の導き』で期待している若手冒険者であるジーニスさん達もコウ様には随分感謝しておりましたよ。とても、冒険者になられたばかりとは思えないと」

「それは……。でも、実際にあのデスハウンドを倒し、彼らを守ったのは……」


 僕がそこまで言いかけて、やんわりとサーシャさんに制止される。


「……ユイリも言ってました。本来、護衛すべき貴方にも戦わせてしまったと……。本当ならばジーニスさん達を見捨ててでも撤退しなければならなかったデスハウンド以下アサルトドッグを討伐出来たのは、コウ様の力が大きかったと……。あの自信家であるレンさんも貴方がいなければ間違いなく全員無事とはいかなかったと言っておりましたから」

「…………」


 危うく死ぬところだったけれど、ね……。デスハウンドから晒されていた死の恐怖は、今でも思い出せる。もし、自分が勇者だったとしても……、力なき勇者に価値なんてあるのだろうか。

 ……僕はそれを認めたくなくて……自身が勇者である事を否定しているのかもしれない。勿論、元の世界に戻る事を第一としている僕が、このファーレルという世界で期待される事を拒んでいるというところが大きいのだろうけど……。


「レンさんはこの『天啓の導き』で冒険者をされてました……。彼が新人の時、私もちょうどこのギルドに派遣されたばかりで……。当時は色々と問題もあったのですが、彼はその実力だけでメキメキと腕を上げていきました。私も随分と彼に助けられて……。レンさんの性格もあり、彼の事を知る人たちで悪く言う者はいないくらい素晴らしい方なんです。だから、彼がAランクの冒険者に昇格し、王宮から召し抱えられる事になった際……、とすみません、今はその事は置いておきましょう……」


 話が逸れてしまいましたね、とコホンと一息つくと、サーシャさんは、


「ですから、そんな彼が貴方の事をそのように褒めて、一目置き、支えようとしている事自体が、コウ様が勇者として相応しく、その器があると認めているんだと思いました。彼の性格でしたら、例え上から命じられたとしても、自身が納得できる事でなければ従うような方ではありませんから……。勿論、レンさんだけでなく、ユイリもそうでしょうし、あのシェリル様からも慕われていらっしゃるのですから……、もっと自信を持たれてもいいと思いますよ。レンさんのようにとは申しませんが……」

「……有難う御座います、サーシャさん。皆からそんな風に思われているとしたら、素直に嬉しいですし、勿論自分の出来る事はしていくつもりではあります。まぁ……勇者かどうかは置いておいて欲しいところですが……」


 苦笑しながらそう話すと、サーシャさんはクスクスと笑いながら、


「本当に謙虚な方なのですね。シェリル様が惹かれるのもわかる気がします……。ですがご安心下さい、コウさんが勇者様であるという事は、私の胸に留めておきますから」

「そうして頂けると助かります……、まぁ、バレバレかもしれませんが、僕も貴女がレンに惹かれているという事は、自分の胸に留めておきましょう」


 彼女の言葉を受けて僕もそのように返すと、サーシャさんの顔がさっと紅くなってしまう。可愛く抗議するように睨んだあと、ハァと溜息をついて、


「……そんなに分かりやすいですか?私……これでも隠しているんですけど……」

「うーん、どうでしょうか?貴女がこのギルドの中でも人気があるという事はわかりますから、その人達には気付かれていないかもしれませんよ?若しくは、気付いていてもなお、貴女にアプローチしているか、それはわかりませんけど……」


 でも、サーシャさんがレンを特別に想っているという事は、彼女の節々の態度や言動から見て取れた。先程のレンの事を思い返している時も、どこか愛情のようなものが感じられたし……。少なくとも親友であるというユイリは間違いなく気付いている筈だ。


「……でも、私がレンさんを想っている事は事実ですし……、ですが、彼には伝えないで下さい。いずれ私が自分であの人に伝えますから……」

「わかったよ……、でも、その想いがちゃんと彼に伝わるといいね」


 レンにはこの世界に来て、『王宮の饗宴ロイヤルガーデン』に入って以来、様々な事で助けられている。少し粗野な面もあるけれど、面倒見のいいところもあって、この世界の事を知らない僕にユイリやシェリルと一緒に支えて貰っている。


「有難う御座います……。コウ様も……、いえ、これは私が言う事ではありませんね。ですが、一つだけ言わせて下さい……。謙虚な点はコウ様の美点かと思いますが、もう少し自信を持たれてもよろしいかと存じます。そして……どうか、御自愛下さいますよう……。これについては、ユイリもシェリル様も心配されておられましたよ」

「……ええ、肝に銘じておきます。有難う、サーシャさん」


 そう僕が答えると、サーシャさんはニコリと笑い、階下へと降りていった。


「……彼女が最後に言い掛けたことは……シェリルの事かな……」


 料理を講義している際に、シェリルやユイリから色々聞いたのだろう……。特にシェリルが僕に対し、主従を越えた感情が芽生え始めているかもしれない、という事も……。だけど、僕の中で変わらない事もある……。


(……彼女の想いがどう変わっていったとしても、僕の答えは変わらない……。元の世界に戻ると決めている以上、それに応える訳には……)


 物思いにふけっていると、また下から誰かが上がってくるような気配を感じる。恐らくは今思い浮かべていた人であるだろう……。僕は一息つくと、呼びに来る前に降りる準備をしておくかと、その人物を迎えるべく、静かにその場から立ち上がるのだった……。

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