第20話:死闘




「……これで10枚……と。あとは、どの薬草を集めるんだっけ……?」

「確か、身体が麻痺した状態を和らげるパレス草と、気付け薬に用いられる心月草ね……。これを10枚ずつ収集したら依頼クエスト達成よ」


 あれから森に辿り着くまで、特に魔物に襲われる事もなく、こうして薬草収集に専念している。


「……そこと、あとそこですね……、それぞれ何枚か生えているかと……」


 シェリルが探索魔法でも使用しているのかと思うくらい、的確に対象の薬草が生えている場所を指摘してくれる。


「よっと……、確かにあったぜ。これはパレス草で……こっちは心月草か。こっちに3枚と5枚あったから残りは……」

「パレス草7枚と、心月草5枚ね……。この辺りの薬草はかなり採ったから、別の場所を探した方がいいかしら……」


 だいたい森に入って1時間くらいは経過しただろうか……。傷を癒す弟切草をはじめ、毒素を中和する効果のあるポイソ草、痛みを和らげるギセル草、目の疲れに効く八雲草……。その他にも色々な効果のある薬草を採取していたが、ここまで効率的に探すことが出来ているのはシェリルのお陰であるといっても過言ではない。

 元々、エルフは森に住む種族という事で、とりわけ野草には滅法詳しく、何処に何が生えているか、どんな効能があるのかを完全に把握しているようで、次々と僕たちを導いてくれていた。

 ……僕も『薬学の基礎』という能力スキルのおかげで、ある程度の事はわかったが、それでもその知識はシェリルに及ぶところではない……。


「いえ……、少し進んだ先に心月草はあるかと思います。3枚くらいならば、その付近にパレス草もあるでしょう……」


 そのように話す彼女の言に従い、僕たちは今入手したパレス草と心月草を収納魔法アイテムボックスを用いて魔法空間に納めていく……。


 ……先程のアサルトドッグとの戦闘で見習い戦士のレベルも上がり、収納できる量が少し増えたといっても、せいぜいのところ数個のみ。

 アサルトドッグ達の牙や毛皮、肉に加え、魔物となった核ともいえる魔石を回収できるという事で、レンがテキパキとそれらを捌き、僕は片っ端からそれらを入れていったらすぐに収納量をオーバーしてしまった。

 仕方なく物品保管庫の能力スキルを発動しようとしたら、ユイリたちがわざわざそこに入れる必要はないと、それぞれ収納魔法アイテムボックスを発動させ、入りきらなくなったアサルトドッグの素材を収納していってくれた。


「……何かしら、近くで戦闘の気配が……」


 シェリルの言う場所へ移動しようとした矢先、ユイリがそう呟くと周囲を警戒するように感覚を研ぎ澄ます様子に緊張感が走る。身動きひとつせずに、耳を澄ませているユイリを見守っていると、


「……これは、機動性のある魔物ね……。さっきのアサルトドッグのような獣による戦闘音がするわ……」

「なら、行こう……。先程の件と関係があるかもしれないし……」


 僕の言葉にシェリル達は頷くと、ユイリの感覚を頼りに急いで移動する。


「こっちね……。音から察するに、さっきの倍以上の魔物がいると思うから心の準備だけはしといてね」


 ……さっきの倍、か……。約20頭以上はいる計算になるけど、心の準備と言われてもね……。苦笑しながらユイリに付いていくと、やがて森を抜け先程とは別の草原に出る。

 そして、そこから200メートルもいかない所で、大量のアサルトドックたちが3人の冒険者らしき男女を連携して襲っているのを見えた。


「あれか……、確かに20以上はいそうだ……ってあれは!?」

「まさか……でも、間違いないわ……」


 レン達の緊張した様子から、あらためて見てみると、3人を襲うアサルトドック達の後ろに、明らかにその中で異彩を放つ、血のように紅いたてがみをした、通常のアサルトドッグを1.5倍したような体格の魔物がその群れのボスのように居座っていた。


「……あれはデスハウンドという上級魔物です。アサルトドックを遥かに凌駕するステイタスとその特殊能力から、ケルベロスには劣りますが、最凶と恐れられているモンスターの一種です……」


 最凶のモンスター……。確かに遠目に見てもやばそうな雰囲気のある魔物だと思う……。思わずゴクリと息を吞んでいると、


「……襲われている彼らは多分、駆け出しの冒険者ね……。早く助けに入らないと手遅れになるわ……」


 ユイリはそう言って、右手の人差し指と中指を自身の唇を隠すように当てると、


「…………『影映し』」


 そうユイリの呟きが聞こえると同時に、彼女の姿が影より次々と実体化してゆく……!これは……分身……!?


「……私の魔力で影を実体化したものよ。まぁ、色々とリスクもあるんだけどね……」


 僕の疑問に対し、彼女が答えると、すぐに注意を魔物のいる前方へと向ける。


「ユイリはアサルトドッグたちの注意を惹き付けてくれ。俺はアイツとやる」

「了解。コウ、貴方と姫は彼らを救出したあと、後方支援に徹して。いい、前に出てきちゃ駄目よ?」


 ユイリ達がそのように打ち合わせると同時に、シェリルから先程掛けてくれた速度上昇の支援魔法が自分たちを包み込む。さらに……、


「……優しき光よ、邪まなる力を阻む盾となれ……『精神耐性魔法スピリチュアルレイジ』」


 シェリルが続けて詠唱していた魔法も完成し、さらなる加護が包んだ。


「ありがとよ、シェリルさん。これで、アイツの厄介な特殊能力にも対抗できるぜっ!」

「……それでも完全に抑えられる訳ではありません……。充分にお気をつけ下さい……!」


 ……シェリル達の会話を聞く限り、あのデスハウンドという魔物はそれ程厄介な特殊能力を持っているという事か……。戦慄する僕を尻目に、


「じゃあ、仕掛けるわ……!頼むわよ、レン……!」

「おうっ!任せとけっ!」


 そう呼びかけ合うと、ユイリは実体化した影と共にその場から一瞬で消え去り、レンも凄まじい速さで現場へと駆けていく……!


「コウ様!わたくしも援護射撃をして宜しいでしょうか……?」

「あ、ああ、お願いするよ、シェリル……」


 僕の了承の言葉に、何処からか取り出された立派な弓を引き絞り、前方のアサルトドッグたちに狙いを定めると……、


「……『魔法の矢マジカル・アロー』!」


 膨大な魔力を内包する光の矢がシェリルより放たれ、一瞬のうちに冒険者に襲い掛かっていた一匹のアサルトドッグを直撃するのが見えた。急所へと直撃したのか、崩れ落ちるそのアサルトドッグに周りの注意は矢が飛んできたこちらに向く。しかし間を置かずに複数のユイリ達が戦場に姿を現し、冒険者達から注意がそれたアサルトドッグたちに次々と攻撃を仕掛けてゆき、戦闘状態に入る。


「コウ様、わたくしたちも……!」


 ……正直、次から次へと動いていく状況に戸惑っている部分はある。初めての戦闘、命のやり取り……。先程のように直に野生の生物から向けられる殺気、その時に感じた恐怖……。また、その状況に晒される事についても色々と思うところもある……。だけど……、


(……迷っていたら、死ぬだけだ……!)


 シェリルは僕をジッとみつめてその言葉を待っている。僕の意思に対し、従うつもりなのだろう。僕は迷いを振り切り、頭を切り替えていく。


 身体は……動く!確かに恐怖を感じている筈だが、動かす事が出来る!

 レンが!ユイリが……!そして……なによりシェリルまでもが戦おうとしているのに、自分が怯む訳には……いかない……!


「……ああ、行こうっ!」


 僕の決意を聞き、彼女はやんわりと微笑む。僕の中にあった恐怖を見通しつつも、絞り出したその勇気に対し、嬉しそうに微笑みを浮かべながら、


「大丈夫です、コウ様。わたくしがお供させて頂きますから……。例え何処であっても、何処までもお供して……、わたくしが死んでも、貴方だけはお守り致します……!」

「この状況で……言ってくれるね……!でも、守るのは僕だ。僕がシェリルより弱かったとしても、僕が君を守って見せる……。だから、付いて来てくれるかい?」

「はいっ……!」


 シェリルのその言葉に頷くと、僕は自分に掛けていた重力魔法グラヴィティを解き放つ……!流石に制限を掛けた状態で、奴らと戦う訳にはいかない。シェリルの掛けてくれている加護と相まって、万全の状態でアサルトドッグたちと戦う事が出来る。


「ぴーちゃん、お前はシェリルと一緒にいるんだ」


 僕がそう言うと、その言葉を理解したのか一声鳴くと、僕の肩からパタパタと飛び立ちシェリルの肩へと移る。

 それを見届けた僕は前線を見渡すと、ユイリと戦闘していない何匹かのアサルトドッグが、矢を射たシェリルに狙いを向けて駆けてこようとしている事を遠目に確認した僕は、それらに狙いを定め、大地を蹴る!

 先程、駆けていったレンに勝るとも劣らないスピードで、みるみるうちに目標であるアサルトドッグに迫っていく……!


「グ、グウッ!?ガアアアッ!!」


 瞬時に自身に近づいてくる存在に驚き戸惑っている様子のアサルトドッグの喉元に銅の剣をその勢いのままに叩きつけると、血しぶきをあげながらその悲鳴とともに倒れこんでいった。

 一瞬のうちに斬り伏せられる同僚に怯んでいたアサルトドッグに向けて、間髪おかずに銅の剣を振り下ろす。


「ガァァ!?グルルッ!!」

「……浅かった、か。でも……」


 致命傷とはいわないまでも、僕の振り下ろした銅の剣によって傷つけられたアサルトドッグの素早さは半減している。そうでなくてもシェリルの全体加速魔法アーリータイムによって感覚は研ぎ澄まされているのだ。相手の飛び掛かってくる動きに合わせて、剣をその軌道に置いておくだけで、アサルトドッグに致命的なダメージを負わせる事に成功し、その個体もやがて動きを停止させた。


「よし……次は……」

「ッコウ様!後ろですっ!!」


 二匹目を斬り伏せたところで、次の相手を探そうとした矢先、シェリルから悲鳴に近い叫びが飛んでくる。


「!?しまっ……」


 彼女の声に振り返ると、死角から僕に向かって飛び掛かってくるアサルトドッグの姿が捉えられる。咄嗟に避けようとするも知覚だけで、身体まではついてこない。


 のしかかられる……!そう覚悟した瞬間、


「……気を抜かないで、コウっ!一瞬背筋が凍るかと思ったじゃないっ!」


 相手がのしかかってくる寸前、そのアサルトドッグの首を斬り飛ばしたユイリが僕の背後に背中合わせのように割り込んできてくれる。それを見てシェリルがホッとしたように、3人の冒険者への癒しの魔法を再開させているのを目にしながら、


「ごめん、助かったよ」

「全く……、貴方には後方にいるように言っていたのに出張ってくるなんて……。まぁいいわ……、私や影映しの現身アバターたちで援護するから、一体一体確実に仕留めていくわよ!」


 背中越しにユイリからそう檄が飛ぶ。僕はその言葉に頷くと、


「それだけ速く動けるなら充分戦えるでしょうけど……、気持ちは切らないで!そして、出来るだけ足も止めないでね。アサルトドッグのような機動力のある相手に隙を見せたら、一瞬で喉元に喰らい付かれるわよ……!」

「了解っ!」


 僕がそう応えた瞬間、背後のユイリの気配が消える。正面から新たにやって来たアサルトドッグに対し、僕は冷静に銅の剣を正眼に構える。そして……、


「……『評定判断魔法ステートスカウター』」


 小声で呟くように詠唱し、敵であるアサルトドッグに対し、魔法を使用すると、




 RACE:アサルトドッグ

 Rank:43


 HP:180/180

 MP:30/30


 状態コンディション:正常




(これが、敵のステイタスか……)


 今の自分の魔法では、HPやMPの状態しか確認できないという事がわかったが、HPだけ見ても、遥かに自分より高い。Rankという項目は初めて見るが、恐らく強さを示す指数のようなものなのだろう。本来、冒険者RANK『F』の僕が戦える相手じゃないかもしれないが……、


「だけど……戦えるっ!」


 暫く剣を構えた僕を伺っていたアサルトドッグが地面を蹴って飛び掛かってきたのに合わせて、僕は最小限の動きでその突進をかわし、すれ違いざまに剣にてアサルトドッグを切り裂く。相手の動きがしっかりと把握できてさえいれば、剣術などの戦う型を知らずとも、相手の素早い動きを利用して敵に致命的なダメージを与える事が出来る。

 何度かアサルトドッグとの戦闘をして学んだ事のひとつだ。身体を割く様に切り裂かれたアサルトドッグは悲鳴をあげながら倒れ伏す。


「ッ!何度も同じ手をくらってたまるかっ!」


 すぐ背後に気を向けると、先程のように死角から飛び掛かろうとしていたアサルトドッグを捉えると、今度はしっかりとその突進をかわし、その過ぎ去った体躯に剣を持っていない、マジックシューターを身に着けた左手を向けて覚えた言霊を詠唱する。


「……『風刃魔法ウインドブレイド』!」


 昨日、シェリルによって教えて貰った古代魔法をアサルトドッグに向けて発動させると、幾重にも張り巡らされた鎌鼬かまいたちともいうべき風の刃が魔物を切り裂いていく……!


「グギャギャギャ……ッ!」


 ズタズタに切り裂かれたアサルトドッグにすぐさま近寄り、銅の剣で急所をついて確実にトドメを刺すと、


「……『朧月』!!」


 近くでそう呟かれたユイリの言葉が聞こえてきたかと思うと、残っていたアサルトドッグたちが不思議な霧に包まれて、そのまま消失していった……。


(凄いな……、ユイリ一人で一体何匹のアサルトドッグを倒したんだ……?)


 ユイリは現身アバターと呼んでいた実体化した分身を元に戻して、レンへと視線を移しているのを見て、僕は対峙しているデスハウンドに向けて『評定判断魔法ステートスカウター』を詠唱する。




 RACE:デスハウンド

 Rank:204


 HP:1847/3500

 MP:184/250


 状態コンディション:激昂




(ランクが204だって……!?さっきのアサルトドッグの5倍以上……!?)


 HPが大分削られているのは、レンがやったのだろうか……。レンも所々傷を負っているようだけど、戦闘に支障はないのか、余り気にした様子はない。着ている鎧には腐食だったり欠けていたりと散々な状態だが、手にした長剣の輝きには刃こぼれひとつない見事な物であった。大して使用していない筈の僕の銅の剣とは比べようもない。

 

「……こっちは片付いたわ。手を貸す?」

「いらねぇ。ユイリ達は他の増援が来ねえか見張っといてくれ」

「ん……、了解」


 ユイリは僕を促しながらもデスハウンドからは目を離さずにゆっくりとシェリル達のところまで下がる。ちょうどシェリルは一番重傷を負っていたタンク役だったのであろう戦士の男性の治療を終えたところであった。


「……コウ様、あまり無茶をなさらないで下さい……。心配しましたわ……」

「ごめん……。でも、僕は大丈夫。あとは……アイツだけだ」


 そんな時、視線を外さずにいたレン達に新たな動きが起こる。デスハウンドが遠吠えするように叫び出したのだ。

 な、何だ……!?あの叫び声を聞いていたら……なんか息苦しく……!


「っ!?いけない……!コウ様っ、皆さんもわたくしの後ろに……!」


 シェリルはそう言うと、急いで言霊を詠唱しはじめ、


「……我は全てを遮断せん……!『遮断障壁魔法バリヤーシェル』!!」


 シェリルの魔法が完成すると、僕たちの周りに結界のような物が発生し、息をするのも億劫になっていた状態が和らいでいく……。今のは……一体……?


「……あれがデスハウンドの特殊能力である『死の叫びデス・シャウト』よ……。その声はマンドラゴラの叫びと同様に、聞く者をやがて死に至らしめるもの……」

「じ、じゃあ、レンは……!?」


 結界の外にいるレンが危ないのでは……!?思わず飛び出していこうとした僕の腕を、「待って下さいっ」とシェリルの両腕が掴んだ。


「レン様は先程わたくしが掛けた『精神耐性魔法スピリチュアルレイジ』とご自身の抵抗力で抑えていらっしゃいます……!ですが……コウ様はこの結界から出てはなりません!……いくらコウ様にも『精神耐性魔法スピリチュアルレイジ』を掛けたとはいえ……、『死の叫びデス・シャウト』に耐えられるかはわからないのですから……!……貴方達もですよ!」


 僕の腕を必死に掴みながら、僕と、そして3人の冒険者たちにそう訴える。


「……私は行くわ。あんな事言っていたけど、レン一人ではかなり辛い相手でしょうから……。コウはここに居て姫たちを守っていて……。絶対に、前に出て来ないでよ……!」

「…………わかったよ。気を付けて、ユイリ……」


 僕の声に頷くと、ポンと肩を叩かれたと思ったらすぐさまユイリの姿が消える。次の瞬間にはユイリがレンのところに姿を現し、デスハウンドに短刀で斬りつけていた。堪らず『死の叫びデス・シャウト』を解除するデスハウンドに、


「全く余計な事を……。俺一人で大丈夫だと言ったろ?」

「それは悪かったわね……。じゃあ、このまま一気にいくわよ!」


 そう呼びかけ合うとレンとユイリが息を合わせてデスハウンドを攻撃し始める。ユイリがその素早い動きでデスハウンドを牽制し、そうして翻弄された隙をついて、少しずつレンが長剣でデスハウンドの体を傷つけていく……。

 その様子を見守っていた僕に、…シェリルはゆっくりと腕を取っていた手を離しながら、


「……本来、デスハウンドは冒険者のランクで言うとSクラスに相当する魔物なのです……。レン様とユイリは高ランクの実力者ですから対応できておりますが……わたくし達だけでは間違っても戦ってはならない相手です……」


 シェリルの言葉に改めてデスハウンドのステイタスを確認してみると、




 RACE:デスハウンド

 Rank:204


 HP:922/3500

 MP:159/250


 状態コンディション:激昂




 2人の連携により、先程よりもデスハウンドの生命力が削られているものの……それでも僕が戦える相手ではない。それは、治療を受けた3人の冒険者も同じことを考えているのだろう。


「あ、あの……、危ないところを助けて頂いて、有難う御座いました……」


 3人のうち、紅一点である僧侶のような出で立ちをした、明るく渋い青緑色の髪をストレートに下した女性が同僚に回復魔法を施しながらおずおずとそう言ってくるのに対し、


「まだ、アイツを倒すまでは助けられた訳じゃないよ。だから、まだ気を抜かないで」

「は……はい……!」

「それでも……礼を言わせてくれ。アンタ達が来てくれなかったら……、俺達は間違いなくやられていた……」


 ……僧侶の彼女より回復魔法を受けながら、片手では持てないような大剣を持つ戦士が負傷している腕を押さえつつ頭を下げてきた。3人の中では中心的な人物なのであろうか、空の色を模したようなスカイブルーの髪を持つ男性は殊勝な態度で話しかけてくる。


「それなら……礼はあの2人と、シェリルに言ってくれ。僕は何もできていないし、多分貴方達よりも冒険者のランクは下だろうから……」


 そう言って僕は自分のギルドカードを見せると、


「Fランク!?あれだけモンスターと戦えていたのに!?」

「それは、シェリルの加速魔法のお陰さ……。ん!?何だ……!?」


 僕のギルドカードのランクを見て驚愕する冒険者たちを尻目に、レン達が戦っているデスハウンドに新たな変化が訪れる。なんと、デスハウンドが激しく体を震わせたかと思うと、その身が7体に分かたれたのだ……!


「ま、まさか……!分身したのか!?」

「クッ……『槍衾』!!」


 ユイリは咄嗟に障壁のような物を張り、分身したデスハウンドの内5体までは抑えるものの、残りの2体がこちらへと襲い掛かってきた!


「戦うしかないか……!」

「コウ様ッ……!」


 僕はシェリルの前に立つと、同じように話しかけてきた戦士とタンク役の男性も一緒に前に出てきた。


「俺が盾になる……!アサルトドッグにも苦戦していた俺がどれだけ防げるかわからないが……」

「なら、僕が1体は翻弄してみる。デスハウンド相手にどれだけの事が出来るかはわからないけどね……」

「わかった……、1体は意地でもこちらで抑える。フォルナ達のところには行かせんっ……!」


 僕たちは頷きあうと、それぞれ行動を開始する。僕は向かってくる1体に狙いを定めて銅の剣を構えると、


(くそっ、アサルトドッグとは段違いだ……!速すぎて、上手く捕捉出来ない……!)


 それでも後方に残ったメンバーでは、僕が一番動ける筈だ。重力の制御が無くなり、いつも以上に動ける事に加え、シェリルからの支援魔法もある。何としても一体はここで抑えないと、シェリルに危険が及んでしまう……!

 僕は素早く激しい攻撃を仕掛けてくるデスハウンドの爪や牙での突進を必死に受け流しながら、タイミングを合わせて銅の剣で袈裟懸けに斬りつける。だが……、


「け、剣が……っ!」


 金属に鋸を引くような硬質の不協和音と共に、僕の手にした銅の剣がデスハウンドに手傷を負わせると同時に砕かれてしまう……!しかし、それによりデスハウンドのステイタス画面に変化が現れた。




 RACE:デスハウンド

 Rank:204


 HP:644/3500

 MP:47/250


 状態コンディション:激昂、陽神




 チラリとシェリル達の方を見ると、シェリルも3人の冒険者たちと協力しながら1体のデスハウンドを抑えていた。心配そうに此方を伺うシェリルと目が合ったが、その前にいるデスハウンドのステイタスも見て、僕はひとつの仮説を立てる。


(この陽神という状態がこの分身の事を示しているようだけど……、恐らくアレは7体で1つのデスハウンドなんだ。向こうのデスハウンドも僕が与えたダメージに合わせて同じようにHPが修正されていたし、多分この内どれか一体でも倒せれば、他のデスハウンドも倒せるという事になる……!)


 尤も、問題はどうやって倒すかという事だ。ユイリ達だって5体に分かれたデスハウンドを相手にして余裕はないし、シェリル達だって1体のデスハウンドを防ぐのに精一杯だ、

 何より、一番不味い状況にあるのは僕自身である事が疑いようもない。唯でさえ能力差は歴然なのに、頼みの武器ですら粉々に砕け散ってしまった。何とか対抗できるかと思っていた速さでさえ、向こうの方が上である。今は何とか敵の攻撃をかわせているが、何時致命傷を負わされるかもわからない……。

 シェリルからの支援なのだろうか、先程の加護に加えて、敵の攻撃を弾く事もあるのだが、それでも圧倒的な劣勢には違いない。シェリルの悲鳴にも似た葛藤が今にも聞こえてきそうだった。


「あれは……まさか、増援……?」


 そんな中、視界の隅に此方へと向かってくる新たな魔物の姿を捉える。恐らくはアサルトドッグなのだろうが……合流されて2対1で襲われればもう防ぎきれなくなる事は間違いない。


(こうなったら賭けるしかないな……、もし外したら……多分死ぬ事になるけど……)


 でも、やるしかない……。僕はそう覚悟を決めるとデスハウンドの猛攻を必死にかわしながら、魔法の詠唱を始める。効果が効くかどうか……ましてや自分の想像通りになるかもわからないが、自身の精神を最大限に集中させ、より強く魔力素粒子マナに干渉する……。


「……此の地に宿りし引き合う力、その強弱を知れ……『重力魔法グラヴィティ』!!」


 僕の全てを振り絞った独創魔法が完成し、目の前のデスハウンドに向けて発動させる。すると……、


「グルル……ッ!」

「成功……したのか……?」




 RACE:デスハウンド

 Rank:204


 HP:644/3500

 MP:47/250


 状態コンディション:激昂、陽神、重力結界




 目の前のデスハウンドが目に見えて素早さがガクッと下がる。自分の思った以上の高重力に蝕まれているようで、一歩足を踏み出すのも容易でないような様子だった。そして、それは残り6体のデスハウンドたちにも同じような状態に陥っていた。


(思った通り、この陽神という状態は全ての肉体を一つとして相互互換しているんだ……。だから、1体が状態異常に陥れば他の個体も同じ状態になる……)


 そして、どれか1体を倒せれば、他のデスハウンドも同時に倒れる。そういう事になる筈だ……。

 そんな状態になったデスハウンドにレンやユイリが見逃す訳もなく、みるみる内に敵のHPが削られていく……。

 シェリル達の方でも、動きの遅くなったデスハウンドにはしっかりと対処できているようで、危なげなく対応しているのが見えた。


『……タトエ、ワレガホロビヨウトモ……セメテキサマダケハミチヅレニ……!!』

「な、なに……!?」


 そんな地獄の底から絞り出されるような声が聞こえてきたような気がして対峙していたデスハウンドに視界を戻すと、その口元に激しい高純度の魔力のようなものが集まっているのがわかった。


「あ、あれは……!?コウ、よけてっ!!それを喰らっては駄目ッ!!」

「クソッ!間に合えっ!!」

「コウ様っ!!」


 ユイリ達の悲鳴が聞こえてくる中、僕は目の前の状況に戦慄していた。全てのMPを使い切った僕には、もう身体を動かす事もままならず、ただただデスハウンドの強烈な殺気を当てられ続けるだけしか出来ない。

 何があろうとも、絶対に僕だけは殺す……、デスハウンドの目がそう語っているようにも思える。


 レンがデスハウンドの首を落とすのと、その絶望的なエネルギーが僕に向けて放たれたのは同時だった。一直線に僕に迫ってくる圧倒的な暗黒のエネルギー……。なす術もなく、ただその魔力が僕に迫ってくるのを見続けるだけしか出来なかった……。


(……ここで、死ぬのか……。こんな異世界で……元の世界に戻る事も出来ずに……)


 僕は覚悟を決めて目を瞑った。だから、目の前に割り込んできた存在に気付く事が出来なかった……。


「グゥワワワ……ッ!!」

「…………えっ?」


 予想していた衝撃が訪れず、代わりにそのような悲鳴が目前で聞こえてくる。恐る恐る目を開けてみると、こちらに向かって来ていたアサルトドッグが僕の身代わりとなってデスハウンドが死に際に放った闇のエネルギーを受けているのだと理解する……。


「お、お前!?何をしてっ……!」

「……グルゥ……」


 デスハウンドの最後の一撃をまともに受けたアサルトドッグが力なく倒れるのを、僕は慌ててその身体を受け止める。

 肉が焦げるような嫌な臭い……。その紫色のたてがみも垂れ、徐々にその生命力が失われていくのがひしひしと感じられた。でも……、


「まだ……まだ生きているっ!シェリル、頼むっ、すぐに来てくれっ……!」


 その時、腕の中のアサルトドッグが僕の手を一瞬ペロリと舐める。ハッとしてアサルトドッグを覗き込むとその瞳が魔物らしくなく……、どこか見覚えのあるかのような……!


「もしかして……お前、さっき見逃したアサルトドッグなのか……?」


 そう聞いておきながら僕は自分の中で確信する。そうでなければ、魔物がこうやって僕の身代わりになる理由がない。救われた事に恩を感じたのだろうか、僕たちの事が気になって……、危機に陥っているのを知ってここまでやって来たのだ。

 ……例え、同族と戦う事になろうとも……!


(それなら絶対に助けないと……!でも、このままでは……!)


 間に合わない……!そのように僕が感じたその時、いつか感じた柔らかい光が僕と、アサルトドッグを包み込む。これは……癒しの光だ……!

 それも先程掛けていた癒しの奇跡ヒールウォーターよりも強い力を感じる。僕の腕の中にいるアサルトドッグの傷が次々と塞がっていくのがわかる……。


「……同じ闇属性で耐性があったアサルトドッグだったからこそ、生き延びる事が出来たのでしょう……。もし、コウ様があれを受けていたら……恐らく助けられなかったと思います……」


 神聖魔法を掛けながら此方へとやってくるシェリルの声には覇気がなかった。血の気の引いたようなその表情に彼女の心中が推し量れるようだった。


「そのコは絶対に助けてみせます……。コウ様の……わたくしの命の恩人ですから……」


 シェリルの言葉と共により一層癒しの力が強くなるような気がした。少しずつアサルトドッグに生気が宿っていっているのがわかる……。


「ピィッ!」

「お前も無事だったか……よかった……」


 シェリルから僕の方へ飛んできたぴーちゃんがその手に止まり、癒されていくアサルトドッグに視線を落としている。もう危機的状況は乗り越えただろうか、アサルトドッグの表情も柔らかくなった時、シェリルが僕の傍までやって来た。


「有難う、シェリル……。もうコイツは大丈……」


 僕の言葉が言い終わらない内に、ボフッとシェリルが抱き着いてくる。慌てて僕は彼女を抱きとめると、


「シ、シェリル……?」


 僕の胸に押し付けている彼女からは嗚咽のようなものが聞こえる。よく見るとシェリルの体は小刻みに震えているようだった。


「……もう、駄目かと思いました……。大切な方が……また、わたくしを置いて……いなくなってしまうかとッ……!」

「…………ごめん、シェリル。心配かけたね……」


 そう言って僕はシェリルをいつかのように頭を撫でる。すると、シェリルの嗚咽は少し大きくなった。

 僕の事をそんなに心配してくれたのか……。そう思うとシェリルに対して愛しさが込み上げてくる。彼女の背中に手をまわし、幼い子にするようにポンポンとあやす。

 ……シェリルが落ち着くまで、僕はこうして彼女を慰め続けていた……。

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