第19話:はじめてのクエスト




「……つまり、その小鳥の世話をしていたらここに来るのが遅れた……と。こういう事かしら、ユイリ?」

「……概ね、その通りです……」


 王城ギルドにて、僕とシェリル、ユイリの3人はギルドを実質管理しているフローリアさんの前で畏まっている。……主に詰問されているのはユイリではあるが。


 そんな僕たちの様子に溜息をつきながら、フローリアさんは、


「別に責めている訳ではないのですが……、時間くらいは守って貰いたいものですね。我々も遊んでいる訳ではないのですから」

「す、すみません……」


 縮こまったようにそう謝罪するユイリ。今は既に火鳥の刻……。ここに来る予定だった朱厭から大体一時間くらい経過してしまっていた。つまり……大幅に遅刻してしまったという訳だ……。


 ユイリが宿屋に来た時点で、すぐに準備を整えて出ていれば、こんな事にはなっていないのだけど……。あれから宿を出ようとした時にぴーちゃんが興奮したのか遊んで欲しいのかはわからないが、部屋中をあっちにパタパタ、こっちにパタパタと飛び回り……、捕まえるのに非常に苦労した……。

 ユイリはぴーちゃんの速さには付いて行けてたものの、下手をすれば怪我をさせてしまうという事で手出しは出来ず、シェリルも上手く魔法で捕まえようとするも、ひらりひらりと逃れてしまった……。

 そして構って貰ってすっきりしたのか、今は僕の頭の上で休憩中という訳だ……。お陰でまた、王宮の門番の兵士たちに笑われてしまったが、もうそれは正直諦めている。


 フローリアさんは、チラッとぴーちゃんを一瞥したあと、再び溜息をつきながら、


「……わかりました。本日はこれ以上は言いませんが……ユイリは後で報告書を提出するように」

「は、はい、畏まりました……」

「本当に、すみませんでした……」

「……申し訳御座いません」


 力なく返事するユイリに続き、僕とシェリルもフローリアさんに謝罪する。この人は怒らせてはいけない……。そう僕の中で警告する何かが彼女にはある。

 恐らくシェリルも感じ取っているのだろう、神妙な様子で謝罪の言葉を口にしていた。

 因みに、この部屋にはレンもいるが……、この件に関しては出来る限り関わらないようにしている……。何かの拍子で自分に飛び火しないようにしているのだろう。


「……昨日、コウ様にはこの城下町の主要な所を見て頂きましたので……、本日は依頼クエストを受けて頂こうと思っております。とはいうものの、簡単な依頼クエストですから、あまり気負わないで頂いて結構です」

「わ、わかりました!」


 間髪入れずにそう答える僕に、フローリアさんは苦笑しながら、


「そう堅くならずに……、依頼クエストは城下町の冒険者ギルドに常時流している薬草の収集……、回復薬ポーション等の薬品の原料となるものですね、そちらをこなして頂きます。とりわけ、駆け出しの冒険者が一度は受ける事になる仕事かと思います」


 昨日、スーヴェニアによって手に入った回復薬ポーションは薬草を材料に作られている訳か……。まぁ、何でもかんでも神の奇跡で治す訳にもいかないという事だろうけど……。


「それと……、コウ様にはギルドカードを発行致します。これは、どの国でも共通で使用されているものとなりますが……、シェリル様はもう発行されていらっしゃいましたか?」

「いえ……、冒険者登録はしておりませんでしたので……。コウ様と一緒に発行して頂ければと」


 畏まりました、と言ってフローリアさんがその準備に取り掛かるのを眺めながら、僕は冒険者の事を思い浮かべていた……。

 日本では少なくとも、冒険者という言葉は一般には使われていない……。同じような言葉に置き換えたとすると、探検家が一番近いだろうか。


「冒険者……というのは具体的にどういう事をするのでしょうか……?昨日の冒険者ギルドの説明ですと、魔物を倒したり、困りごとを解決したりと、何でも屋みたいなイメージがあるのですが……」

「概ね、その認識であっているかと……。本日こなして頂く薬草の収集から、城下町で依頼された事を解決したり、指名手配された賞金首の犯罪者を捕まえたりと色々あります。城下町を出て頂くとお分かりになるかと存じますが、様々なところでモンスター……魔物を見る事になると思います。それらを討伐するのも、冒険者がこなす仕事になりますね」


 魔物……か、そんなものは漫画かゲームの世界でしか見たことがないけれど……。


「魔物と動物は、どう違うのですか?私のいた世界では魔物はおりませんでしたので……」

「魔物はその名の通り、魔王が放つ魔力素粒子マナとは別の素粒子、邪力素粒子イビルスピリッツによって動物等が変質したものです。勿論、動物だけでなく、植物や無生物、不形態の物もモンスターになったりしますね。聞いた事があるかもしれませんが、幽霊ゴースト骸骨戦士スケルトンといったアンデッドも魔物として扱われます」


 ……うへぇ。フローリアさんの話を心の中でげんなりしてしまう僕。どうやらこの世界では、当たり前のようにゾンビやらお化けやらが存在するようだ……。

 それは聞きたくなかったな……、そう思いながらもフローリアさんの話を聞き続ける。


「当然の事ながら、まだ戦闘行為に慣れていらっしゃらないと伺っておりますので、ここにいるレンと、ユイリもコウ様に同行致します。危険は少ないかとは思いますが、この世界では魔物と交戦することは日常茶飯事です。非戦闘民も、魔物の被害を受ける事もあるくらいですから、コウ様には最低限、戦える術を身に着けて頂きたいと私どもは考えております」


 ……それは、フローリアさんの言う通りだろう。こうしてこの世界にいる以上、避けては通れない問題というのであれば仕方がない。仕方がないけれど……、


「……自分が生き延びる為に魔物を倒すというのはわかりましたけど……、流石に人を殺すことは出来ませんよ?僕の世界では、如何なる事があろうとも、殺人は最大の禁忌タブーとされていたので、何時か元の世界に帰る以上、例え命令されても僕は……」

「それは勿論です!コウ様にはこちらの勝手な都合でこのファーレルに来て頂いている訳ですから、こちらもそのような事を強制するつもりもなければ、させるつもりも御座いません。ですが……モンスターには容赦なさらないで下さい」


 彼女からそう釘をさされ、わかりましたと頷くも、こればっかりは見てみて体験してみなければ何とも言えない。だけど、その言葉は覚えておこうと胸に刻む。


「それでは早速ギルドカードを発行しましょう……。とはいえ別に難しいものでもありません、まずはこの用紙に必要事項を記入して頂き、そのあとに此方の端末でカードを発行致しますので……」


 文字は書く事が出来ますかと用紙を渡されつつ尋ねられ、書ける旨を伝えながら用紙を見てみると、翻訳のイヤリングの効果で僕のわかる言葉に自動翻訳される。


「……これ、僕の知る文字で書いても、そちらにちゃんと伝わるのですかね?」

「コウ様がその用紙に書かれている事を理解されていれば、問題ないと思います。コウ様はかなり、学識がおありのようですね。昨日、いくつかの魔法を覚えられたのに加え、独創魔法まで編み出されたと伺いました。それは学識がなければとても出来ない事です。生活魔法は特に学識は要りませんが、古代魔法の類となると、必ずや学識が必要となって参りますから……」


 学識……といっても、ただ大学まで出ていただけなんだけどな。それも、苦手な科目は本当に駄目だったし、今就いている仕事にだって、どれだけ活かせているかわからないのに……。

 僕がそう思っているのがわかったかのように、フローリアさんが、


「……この国では識字を修めているのは、貴族やこの王宮に仕える者の他には商人、そして一部の職人くらいのものですから……。恐らくは他の国でも似たようなものでしょう。なので、字が書けるというだけでも凄い事なのですよ」

「……正直、俺も冒険者に成りたての頃は全く書けなかったからなぁ……。今だって俺が普段使う文字と、王宮で学んだ簡単な言葉くらいしかわかんねぇし……。その配られた用紙だって、俺は半分もわかんねえんだぜ?」


 フローリアさんとレンの言葉を聞き、成程と思う。自分だって義務教育のあった日本に居なかったら、レンのように文字もわからなかったのかもしれない。そういう意味でも、今までの自分の境遇に感謝しなければと思いつつ、僕は用紙に目を通し、埋められるものを埋めて、


「これでいいでしょうか?住んでいる場所、というのは今滞在させて貰っている宿屋を挙げさせて貰いましたけど……。あと、名前も『コウ』でいいですか……?」

「ええ、かまいません……。成程、やはり相当学識がおありになるようですね……。尤も、それはトウヤ殿も同じでしょうけれど……」


 感嘆するようにそう呟くフローリアさんに僕は曖昧に答える。僕が書いたものは何てことはない、自分の名前、年齢、そして職歴や今どんな職業に就いているか、どんな技能を持っているかといった履歴書以下の文面しか書いていない。技能にしても、支障がない程度にしか記載していないし、先程言った通り、住所なんて宿屋の名前を書いただけだ。

 ……これが、このファーレルと、僕のいた日本との差なのだろう。教育という面においては、元の世界の方が上回っている……、とはいっても、それは「日本」という先進国であったからであって、地球の何処の世界でも上回っているという事にはならないかもしれないが……。


「……有難う御座います。シェリル様もこれで充分です。それでは……このトレーに血を一滴で構いませんので垂らして頂けますか?それに加えて此方の端末に手を差し出して頂く事で情報登録が完了致しますので……」


 この世界ではやたらと血が必要になるんだな……。そう苦笑しながら、僕はシェリルとともに針で指を傷つけて血を垂らすと、端末に手を差し出す。

 すると端末が光り……、僕とシェリルの魔力に反応するかのような感覚を覚えていると、トレーにあった血がそれぞれのカードに吸引されて……、やがてそれぞれのカードが作り出され、僕とシェリルの前に現れる。


「……どうぞ手に取ってご確認下さい。それが、コウ様、シェリル様のギルドカードとなります」


 そう言われて目の前に浮かぶカードを手に取ってみると、




 NAME:コウ

 AGE :24

 JBジョブ:見習い戦士

 LICENSE:商人の証、ダンジョン探索、幸運の女神の寵愛


 TEAM:王宮の饗宴ロイヤルガーデン

 RANK:F

 ACHIEVEMENT:--

 POINT:0 pt




 ……これが、ギルドカードか……。それぞれ表示されている内容を確認しながら、内心驚いていた。何せ書いていない筈の能力スキルまで記載されていたのだからどうやって知ったのかと思ったが、恐らくは魔力を干渉したあの端末か、自分の血の情報が、このカードに映し出されたのであろう。

 LICENSEと書かれている事から、資格系能力ライセンススキルが反映していると判断するも、


(いやいや……、これ1枚で僕の個人情報が凝縮されてるよ……。これがさらに全世界で共通しているというのだから恐れ入る……)


 ギルドカードにそんな感想を覚えていると、


「如何ですか?何かカードで不明な点等は御座いますか?」

「……この『POINT』というのは?評価点のようなものですか?」


 ACHIEVEMENTというのは恐らく依頼クエストの達成リストのようなものだろうから、このPOINTもそれに紐づけられているのだろうと思っていたが、


「評価点と申しますか……、依頼クエスト達成の難易度に応じて、ギルドより支給されるお金のようなものですね。金貨や銀貨のような貨幣とはまた別の物となりますが、そのPOINTに応じて、各店で優遇が受けられたり、実際に貨幣に換算したり、POINT専門の交換屋でアイテムと交換されたりと用途は色々あります。懸賞金の掛かった犯罪者を捕まえる事でも貯める事が出来ますよ。また、そのカードの情報はその都度、魔法空間を通じて更新されますので、何時でも最新の情報がわかるようになっております」


 僕が思っていた以上に、POINTは実用的な価値を持っていた。聞いていて電子マネー的な印象を覚えるも、さらにこれが全世界共通で使えるという面も含めて、僕は舌を巻く思いでいっぱいだった。


「……大体宜しいでしょうか?それなら、早速依頼クエストに向かって頂きましょう……大分時間も押しておりますので……」


 それでは転送致しますので此方に……と有無を言わせず魔法陣まで案内され、転送は結構ですと断る暇もなく……、城門の近くまで転送される事となった……。











「おお、レン……、それに、ユイリさんも……。依頼クエストでしょうか?」


 強制転移による魔力酔いと呼ばれるものを味わいながらもすぐに城門へ向かい、その守衛らしき兵士さんから話しかけられる。


「ああ、新入りの研修でちょっとな……」

「ご苦労様です。ギルドからの依頼クエストで外に出ますので、通して貰えますか?」

「ハッ!畏まりました!」


 兵士さん達はユイリの言葉に敬礼すると、道を空けてくれる。その事からもユイリはある程度、地位が高いのかなと思いながら城門を抜けている中、レンが兵士さん達に小声で呼び止められているのを聞く。


「お、おい、レン!誰だよあの別嬪さん!彼女も新入りなのか!?」

「訳アリでな……、高貴な人だから失礼のないようにしてくれよ……」

「マジかよ……、いいなぁお前は……。今度話を聞かせろよ」


 彼らから何処か顔馴染みのようなやり取りが聞こえてくる中、話に出ていたであろうシェリルを横目にみると、フードごしからでも彼女の美しさは損なわれることはなく、兵士さん達が騒ぐのもわかる気がしていた。

 シェリルの姿を見て、思わず振り返るという光景を何度も目にしている為、余り気にならなくはなってきているけれど……。

 僕の視線に気付いたのか、シェリルが微笑みかけてくる。ドキッとしながらもそれに笑みで応えつつ、視線を外すように門を抜けた先を見てみると……、


「ここが……城下町の外か……」


 見渡す限り一面に広がる草原。遠くには山や森らしきものが見え、人工的な建設物といったものは見られない。

 あるとするのならば、街道ともいうべき少し舗装されたような道くらいなものだろうか。自分の後ろにあるストレンベルクの城壁以外は緑一杯の自然一色というのが僕の最初の印象だった。


「やれやれ……、あいつら、現金なもんだぜ……」


 僕の隣に先程の兵士さん達に呼び止められていたレンが並ぶ。


「さっきの兵士さん達はレンの知り合いなの?随分と親しい感じがしたけど……」

「あいつらは俺の同期でな。冒険者ギルドに席を置いていた頃からの付き合いで、城からお呼びが掛かった時もほぼ同じ時期という……いわば腐れ縁ってやつだな。今じゃ俺は王城ギルドなんて洒落たところにいるが、少し前までは同じように一兵士として門番をやってた時もあったんだぜ?」


 だから後で酒に付き合えって言われてんだ、そう疲れた様に話すレンにそうなんだ、と答える。

 でも……そうだとしたら、一般兵だったレンの力が認められて、王城ギルドなんてエリートの人しかいないみたいな部署に入ったという事じゃないのか……?

 恐らく貴族なのであろうユイリやグラン、フローリアさんに加え、本物の王族であるシェリル、そして僕のような特殊な事情を持つ人間が所属しているような王宮の饗宴ロイヤルガーデンに、その力のみでレンが入ったのだとしたら……、これは相当凄い事なのかもしれない……。

 少なくとも、僕にはそんな事とても無理そうだ、そう思っていると、


「2人とも、気を抜かないで……。王城周辺はそんなに凶暴な魔物はいないとはいえ、ここはもう結界の外なのだから……」


 僕たちの会話に混ざるように声を掛けてくるユイリに、レンがへいへいと生返事をする。


「全く……、貴方はその腕が認められて王城ギルドに入ったのでしょう……。頼りにしているんだから、そんなに気を抜いていて不覚なんて取らないでよね……」

「おっ、ユイリ、嬉しい事言ってくれんじゃん。今度一緒にメシ、行こうぜ!そういえばあいつらもユイリさんも連れて来いって言ってたしよ」


 レンはそう言うと、嬉しそうにユイリの肩に手をまわす。ユイリは苦笑しながら、


「遠慮しておくわ。それよりもいいの?こんな事しちゃって……」

「ん?どういう事だ?」


 怪訝そうな様子のレンに、ユイリが一言、


「レンが今、私に対してしている一連の行動を、フローリアさんに報告した方がいいかしら?」

「本当にすみませんでした、ユイリ様」


 先程までと180度態度を変化させながら、すぐさまユイリから距離を置き、そう謝罪するレン。……余程フローリアさんが苦手のようだ。そして、その気持ちは痛いほど理解できる。


「それで……、あの所々に見える動物のようなのが魔物なのかな……?」


 話を変える様に僕はそう言いながら、草原を眺める。その至る所に色々な生物がいて……、寛いでいたり闊歩していたりと様々だが……。


「そうね、街道付近にいるのも含めて、大体は魔物よ。動物は家畜以外はたいてい森や山に住んでいるものだから、こんな草原に出てきているものはモンスターと思って貰って結構よ」

「この辺の魔物はこっちから手を出さなければ襲ってこないと思うが、それを討伐して経験を積むという事もある。俺も駆け出しの時はやった事だし、お前はまだまだ戦闘経験もないからな。倒していく事も出来るが、どうする?」


 そんなレンの言葉に僕はどうするか考えつつも、


「……とりあえず襲ってくるものだけを相手にするって事でいいんじゃないかな?パッとみたところ、魔物も動物とそう変わらないようだし、城の近くで討伐されずに放置されているって事は、そんなに害がないって事でしょ?」

「そうね……、貴方の言う通り、魔物を倒しすぎて生態系を変えると、今より強い魔物が姿を表わす事もあるから、現状で問題なければあまり刺激しないというのもひとつの考え方だから……」


 それなら魔物は襲ってくるものだけ相手にする事にしましょう、そう話すユイリに頷き、僕たちは街道を進み始める。


「……僕たちが近づくと離れていく」

「魔物も動物と同じように知能もありますから……。わたくし達に敵対心がない事がわかったのかもしれません」

「私たちの力量を感じ取って、恐れをなしているという事も考えられるわね。まぁなんにせよ、襲ってこないならこちらの手間も省けるわ」


 薬草の収集の為、目的の森を目指す途中、シェリルたちとそんな話をしながら進んでいく。そんな時……、


「このまま何事もなく森に辿り着ければ……ってそんなに甘くはないか……」


 肩に止まっていたぴーちゃんもピッと警戒するように一声鳴く。何処からともなく遠吠えのような鳴き声と共に、その声が聞こえてきた方角から強い殺気が飛ばされてきた。

 ……やがて、その輪郭が浮かび上がってくる。8……いや9頭か……。青白い毛並みに覆われた大型の犬のような魔物が徒党を組んでこちらに向かって駆けてきた。


「……アサルトドッグね。彼らの縄張りにでも入っちゃったのかしら?普段、この辺りではみない魔物だけど……」

「だとしても、街道まで縄張りにするたぁ、ふてぇ奴らだ」


 2人はそう言うと、僕とシェリルの前に立ち、それぞれ武器を構えて臨戦態勢をとる。


「姫と貴方は後ろにいて……。ここは、私とレンで前に出るから」

「ああ、アイツらは1匹1匹はそんなに強くはねえが……、集団で来られると結構面倒な相手だ。戦いの素人であるお前が対応できる魔物じゃねぇ。シェリルさんと一緒に下がってな!」


 レンの言葉にわかったと素直に了承し、僕はその場にて警戒しながらも経緯を見守る事にする。隣を見るとシェリルは何かの魔法を詠唱しているようで、


「……時の流れよ、翻りてその身に刻みその鋭さと為せ……『全体加速魔法アーリータイム』」


 僕たち全員に効果の及ぶ魔法を掛けたようで、自分の感覚が研ぐすまされ、此方にやって来る魔物の動きが少し遅くなったような印象を覚える。


「おらぁ!」


 ついに僕らのところまでやってきた一番先頭にいたアサルトドッグを一刀のもとに斬り捨てるレン。しかし魔物たちはそれに怯む事なくレンやユイリに次々と襲い掛かってくる。


「遅いわっ!」


 ユイリが手にした短刀が煌めき、襲い掛かってくるアサルトドッグと交錯すると同時にその喉元を切り裂き、悲鳴をあげながらその場に倒れこむ。しかし、また別のアサルトドッグがユイリに向かって飛び掛かっていた。


「ハッ!」


 それをひらりと身を翻してかわすと、すれ違いざまにその魔物の背中を斬りつけ、傷を負ったアサルトドッグはそのままレンによって斬り上げられて絶命する。そのレンに隙を見た別のアサルトドッグが飛び掛かるも、ユイリが投げた短刀によって目を傷つけられ、怯んだその魔物をかわしがてらにレンの剣で両断された。


「……灼熱の嵐よ、我が前に立ちはだかりし者たちを焼き払え……『炎上魔法ファイアストーム』!」


 さらにシェリルの魔法が完成し、レン達の隙を伺っていた3頭のアサルトドッグたちを巨大な炎の嵐が包み込む。火炎の旋風に巻き込まれ焼き尽くされるアサルトドッグだったが、その内の1頭がその火炎地獄から抜け出し、それを放ったシェリルに狙いを定め、殺気をまき散らしながらこちらへと駆け出した。


「クッ……、ユイリっ!!」

「ッ!」


 交戦していたアサルトドッグの爪をその剣で防ぎながらレンが叫び、それに反応してユイリが手裏剣のようなものを炎から抜け出したアサルトドッグに向けて放つも、それをかわしながらどんどん距離を詰めてくる。


「コウ様っ!?」


 ユイリも目の前のアサルトドッグと交戦していた為、それ以上の援護は出来ないだろうと考え、僕は無防備になっているシェリルの前に立って向かってくるアサルトドッグと相対する。驚きの声をあげるシェリルをそのままに僕が手にした銅の剣を構えると、アサルトドッグも僕を邪魔者と判断したようで、その殺気を一身に僕に向かって飛ばしてきた。


(……これが、モンスターの殺気……!)


 この世界に来て、ならず者崩れのような人間に殺気を向けられた事はあったが、こんなに強い殺気を受けたのは生まれてはじめての経験だった。野生の魔物が向けてくる本物の殺気……。隙があればすぐにでも自分の喉元に喰らい付いて絶命させようという明確な殺意。目の前のアサルトドッグからはそのような感情が向けられる。

 そんな強い殺気に当てられて逃げ出したいような恐怖にかられるも、逃げたら無防備なシェリルが狙われる事になる……。逃げる訳には……いかない……!


(……コウ、ぼくにしてほしいことはあるかい……?)


 刺し違えてもシェリルを守ると覚悟を決めた僕の下に、そんな声が語り掛けてくる。この声は……シルフッ!


(シルフッ!僕とシェリルの周りを風の障壁を張る事が出来る!?竜巻のように……侵入する者を切り刻むような障壁をっ!)

(わかった……どこまでできるかわからないけど……やってみるね……)


 その言葉と共に、僕のMPがごっそり無くなる感じがすると同時に、僕たちの周りを疾風の刃のようなものが次々と渦巻いてくるのがわかる。後は……、アサルトドッグがどうするかだけど……。


「……来るかっ!」


 そんな事はお構いなしに飛び掛かってくる気配が相手から感じられ、その一撃だけは受け止める必要があると判断した僕はアサルトドッグの動きを冷静に捉える……。やがてその狙いが僕の喉元をだとわかり、飛び掛かってくるアサルトドッグの牙を銅の剣で受け止めた。


「コウ様ッ!!」


 悲鳴にも似たシェリルの声を聞こえつつ、僕はもう一方の手でアサルトドッグの紫色のたてがみを掴みつつ、手傷を負いながらも受け止めていると、


「グゥウウウ……ッ!!」


 身体を疾風の刃に切り刻まれながら悲痛な声を上げるアサルトドッグはその勢いを無くし、その場に蹲った。傷だらけのアサルトドッグに向けて僕がよろけつつも、止めをさすために銅の剣を構える。


「クゥゥ……ン、グウウ……」


 戦意喪失したのか力なく僕を見つめるその瞳は、殺される覚悟はしているものの、恐怖の色が感じられた。それがわかった時、僕は剣を振り下ろすことを躊躇ってしまう。


「すまねぇ、打ち漏らしてしまって……!」

「コウッ、大丈夫なの!?」


 相対していたアサルトドッグたちを仕留めたレン達が僕の下に焦ったように戻って来るも、無事な様子をみて安堵しているようだった。僕がアサルトドッグに止めを刺せないでいると、


「俺が代わりにやってやろうか?別にお前が無理して止めをさす必要はねえぞ?」

「……やっぱり、止めをささなきゃ駄目かな……?コイツ、もう戦意喪失してるみたいだし、なんか虐待してるような気分になってきてさ……」


 剣を振り下ろす事が出来ないでいた僕に、


「……モンスターは見逃しても、何時か必ず仇となって戻って来るわ……。貴方自身にかもしれないし、もしかしたら他の人たちに害を為すかもしれない……。その時に傷つくのは……貴方なのよ」


 窘めるように、そう言うユイリに僕はフローリアさんの言っていた言葉を思い出す……。確かに、彼女もモンスターに情けをかけるなと言っていたっけ……。


「まして、そいつは問答無用で襲い掛かってきた魔物だ。お前が庇わなかったら、シェリルさんが傷つけられたかもしれねぇ……。コウ、お前だって一歩間違えればどうなっていたかわからねぇんだぞ……?」

「わかってる……、それは、わかっているんだ……」


 ……殺気をぶつけられた時、正直生きた心地はしなかった……。下手したら死ぬ、本当に生きるか死ぬかの状況だったこともわかっている……!でも、それでも僕は……!


「皆様、待って下さい……。コウ様、貴方は……どうなさりたいのですか……?」


 その時、今まで経緯を見守っていたシェリルがそう声を掛けてくる。その言葉に、


「……シェリルを襲おうとしたコイツを許すのが間違っているのはわかっているんだ……でも、コイツの目を見てたら、どうしても止めを刺す事は……」


 僕の独白を聞くと、シェリルは僕の手傷をサッと癒した後、蹲るアサルトドッグに向き直ると……、


「……清らかなる生命の水よ、大いなる祝福でもって彼の者を癒せ……『癒しの奇跡ヒールウォーター』!」


 途端に傷ついたアサルトドッグを柔らかい光が包み……、みるみる内にその傷が癒されていく……。傷を治されたアサルトドッグは戸惑うようにシェリルを伺っていたが、


「……行きなさい」


 毅然としたシェリルの言葉にビクッと反応したかと思うと、こちらを振り返りながらもアサルトドッグは去っていった……。


「……もし、あのコが再び襲ってきたとしても……、まして、それがわたくしに禍として返ってきたしても……、それはあの者を癒したわたくしの責任です。コウ様が悩まれる事は御座いません……」

「……シェリル……」


 そんな僕らをみて、レンとユイリも苦笑しながら、


「……ま、狙われたシェリルさんがそう言うんなら、な……」

「でもコウ、どうか覚えておいて……。モンスターを逃がすという事は、常にそういう危険があるの……。今回は貴方と姫が対処された魔物だったし、今回の貴方の意思についてもこれ以上とやかく言うつもりもないわ。だけど、貴方の為にも……今後はモンスターに対して情けは持たないで……」


 ユイリの僕を心から心配するような真摯な言葉に、僕はわかったと頷き、シェリルによって癒された手を握りしめながら、その教訓を胸に刻みこむのだった……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る