第18話:小鳥の名前
「……ん……む、ぅ……」
チュンチュンという小鳥の囀る声が聞こえる……。誰かの温もりを感じつつ目を覚ますと、自分がコウに抱きすくめられていた。
「コ、コウ、様!?」
「……よく、眠れた?」
私の声を聞くと同時に、彼はそっと私を解放してくれる。彼の胸から真っ赤になっている顔を離して、自身を確認してみるも、特に乱れた様子は無かった。その事にホッと胸を撫で下ろすも、
「ま、まさか、貴方は……っ!」
そこまで声に出して気付く。彼は、ずっと起きていたのだろう……。朝の日差しが窓から差し込む中、コウの目の下にくっきりとクマがあり、疲れている様子が伺える。すぐに私は眠気覚ましと疲労回復の奇跡を願い、彼に神聖魔法を掛ける。
「……ふぅ、これで取り合えず大丈夫かな……」
「……申し訳御座いません、コウ様……。お休みになれなかったのは……」
癒しの奇跡を願っても、彼は欠伸を隠し切れないのか、眠そうな様子のコウに謝罪する。言うまでもなく私のせいだろう。そういえば、寝覚めた時に彼の手が頭にあったような気がする。もしかすると、ずっと頭を撫で続けてくれたのだろうか。
……特に悪夢を見た覚えもなく、私がしっかりと眠れたのは、彼がずっとついていてくれたお陰かもしれない……。
「いいんだよ……。でも、よく眠れたようで、よかった……」
力なくそう言って儚く笑う彼の姿に、申し訳なさと同時に、嬉しさと、愛しさがこみ上げてくる。彼は……、私が信じた通りの人だった。流石に自分が手を出されたかどうかはわかるし、寝所に異性を呼び込むという意味も、王宮で学んだ知識から理解はしている。
そして……、彼が万が一、私に手を出してきたとしても……、自分はそれを受け入れるつもりであった。それが、彼に命と尊厳を救われ、付いていくと決めた、私の覚悟であったから……。
だけど、彼は私を尊重してくれる誠実さだけでなく、根底にあった不安や恐怖すらも受け止め、癒してくれる慈愛の精神もあった。そんな彼に、出会ってまだ経っていないにも関わらず、少しずつ惹かれている自分に気付いていた……。
「それより気になったんだけど……、シェリルには恋人というか……そういう人はいなかったの?」
彼に対しそう想いを馳せていたところ、コウからそんな質問が飛んでくる。脈絡がなく突然の質問に、若干戸惑っていると、
「シェリルは、エルフの国のお姫様だったんでしょ?……誰か、いい人とかいなかったのかなって思ってさ……」
「……一応、父の決めた
彼の質問の意図がいまひとつ判らなかったものの、私が答えると、コウは「そうなんだ……」と考え込む。私に婚約者がいたと話した時、彼の表情が一瞬陰ったのをみて、嫉妬してくれたのかと思うのも束の間、
「じゃあ、その人を探さないといけないね……。生きていればいいけど……。ニックに言って情報を集めて貰わないといけないな……」
そう思っていた私の想像の斜め上をいく彼の言葉に、私は慌てながら、
「こ……コウ様?何か、勘違いをなさっていらっしゃいませんか?わたくしの同胞を探して頂けるというのは有難い事ではありますけれど……」
「?勘違いも何も……、君も心配だろ?大事な婚約者の生死がわからないままじゃ……。まして、生きているのならば、向こうも君の事を探していると思うし……」
やっぱり勘違いをなさってる……!私はその勘違いを正す為に、彼に詰め寄りつつ、
「か、彼とは何もありませんでしたからね!?そもそも、婚約者といっても、あくまで父が決めたものでしたし……、王族としてのわたくしは、もう……!」
「そうかもしれないけど……、きっと向こうも心配していると思うよ。それに……僕としても君を託したいんだ。何か、間違いが起こる前にさ……」
彼の口からそんな事を聞きたくは無かった……。胸が締め付けられたようなショックを受けつつも憤りを感じながら、それでも伝えるべき事だけは話しておこうと、
「……もし、彼が生きていてくれて、わたくしの前に現れたとしても……、わたくしはコウ様の傍におりますからね……?」
「な、何を言ってるんだい、シェリル……?君が僕に付いているのは……奴隷から解放してくれたという恩返しみたいなところからきているのだろう?そんな事は気にすることはないんだ。君はもう自由なんだから……」
「それなら……、わたくしの意思を尊重して下さるという事ですよね?……それともコウ様は……わたくしが望まぬ事をお命じになられますか……?」
思いつめた様に彼を見つめながらそう言うと、コウは目を反らしてしまう。だいたい……、私がどんな思いで彼と寝食を共にするのかという事を、彼はわかっているのだろうか……。ストレンベルク王に命じられたから、私がそれに従っているだけとでも思っているのか……。
せめて、その想いだけでもわかって貰おうと、私が口を開こうとしたその時、
「……そろそろ、宜しいでしょうか、お二人とも……?」
その声に私と彼が思わず振り返ると、自分の以前からの知己で、今の私のお目付け役にもなっているユイリが部屋の入口に立っているのがわかった……。
「……一体、何時の間に……」
僕の問い掛けに対し、ユイリは溜息をつきつつ、
「貴方が姫に恋人云々と話していた辺りかしら?因みに……一応ノックはしたからね?まだ、休んでいるのかと思って、音もなく侵入した事は認めるけれど……」
……という事は、シェリルが起きた辺りから、もうユイリは部屋にいたという事か……?
「貴方も色々大変だったのは認めるけど……、昨日は随分と好き勝手に
「それは……!ユイリだって、僕の
少なくとも、ユイリにその事で責められる筋合いはない。少し恨めしそうに彼女にそう反論すると、目が覚めたのか、小鳥がピィ!と一声鳴くと、シェリルが樹の精霊に命じて作らせた即席の小屋から飛んできて、僕の差し出した指に止まる……。
「……でも、本当に慣れているわね……。ここまで付いてくる小鳥なんて初めて見るわ。よっぽど、貴方に懐いているようね……」
「ここまで逃げないのだったら、何時までも小鳥って呼ぶのも可哀そうかな……。名前を付けてあげるか……」
そう言って僕は、小鳥の名前を思案する。ユイリ達に聞いてみても、この小鳥の種類はわからないとの事だったので、取り合えずセキセイインコ(仮)として……、
「うーん、それなら……、よし、決めた!この小鳥の名前は、『トリィ』にしよう!」
「「「…………」」」
……その瞬間、部屋に何とも言えない沈黙がおりる……。小鳥すらも押し黙ってしまった事が何よりも印象的で……、明らかにその名前を気に入っていない事がその様子から伺えた。
「……コウ、いくら何でもその名前はないでしょう……。確かに珍しい小鳥だとは思うけど、鳥だからトリィって……。ペットというのは貴方が話すところによると、動物を家族のように扱うって事なのでしょうに……、そんな安直な名前を付けて、このコが可哀想だとは思わないの?一応聞いておくけど、ふざけている訳じゃないのよね……?」
「……何でそこまで言われなければならないんだ……。僕は至って真面目だよ……」
「……残念ながら、このコは気に入ってないようですわね……。先程から一声も鳴きませんし、凄く不満な様子ですから……」
……シェリルの言う通り、鳴きもせず僕をじっと見続けるその姿は、僕に抗議しているようにも見える……。
「……私たちで考えた方がいいかもしれませんね。コウは余り
「コウ様には申し訳ないですけど……、確かにその方がいいかもしれませんね。どんな名前がいいかしら……」
……シェリルまでそう酷評するあたり、何か僕が名付けた事が大罪を犯してしまった許しがたい犯罪のようにも思えてしまう……。2人は僕そっちのけで、小鳥の名前を考えているし……、小鳥は小鳥で僕の方をずーっと見続けているし……。
わかったよ、それならば……、
「……君の名前は、『ぴーちゃん』だ。僕が前に飼っていたインコの名前でもあるけれど……、これならどうだ……?」
いくらこの小鳥が死んでしまったセキセイインコと瓜二つとはいえ、同じ名前を付けるのはどうかと思ったけれど……、やっぱりこの方がしっくりくる。
「……だから、貴方のセンスは……」
ユイリがそう言いかけた時、僕の指に止まった小鳥はピィ!と元気に鳴くと、バサバサと喜びを表すかのように羽根をバタつかせ……、そしてそのまま僕の肩へと移り、陽気に鳴き始めた。
「今の名前……、とても気に入ったようですわね」
「信じられない……、まぁ、このコが気に入っているのなら、私が口を挟むことじゃないけれど……」
コウが付けた名前より、今私が考えた名前の方が……なんて言っているユイリは置いておいて……、改めて小鳥、ぴーちゃんに向き直ると、
「今日から
僕がそう言うと同時に、一際甲高く鳴いたと思うと、ぴーちゃんの体が輝き出す……!
「な……何だ!?」
「ち、ちょっと……!?」
驚き戸惑う僕たちを尻目に、輝きを放ち続けるぴーちゃんは産卵するような仕草をすると、やがて1つの黒い卵を産む……。
「た、たまご……なのか……?」
恐る恐る僕の肩で産んだその卵を手に取ってみると、アイテムを入手した時と同様、ステータス画面にその情報が表示される。
『
形状:その他
価値:A
効果:入手してから1日経過すると、自動的に割れて、アイテムが手に入る不思議な卵。何が手に入るかはわからない
そう表示された卵の詳細を2人に話すと、
「このコがただの野鳥という線は消えたのかしらね……。いずれにしても、この卵を産んだのが偶然なのかどうなのか……、それを調べるのが先かしら……?」
「……わたくしの鑑定魔法は生物への鑑定は出来ませんから……。ユイリ、この国では生物への鑑定が出来る方は……」
ユイリとシェリルの話を聞きながら、僕はぴーちゃんを軽く撫でる。僕の手の感触を気持ちよさそうにしているぴーちゃんの様子を見て、
(……まるで前に飼っていたインコの様子そのものじゃないか……。勿論、こういう仕草はペットとの信頼関係を築ければ有り得る行為ではあるけれど……)
それでも、このぴーちゃんは、あまり別の個体というようには見えなかった。僕への慣れ具合といい……、まるで生き写しのように……。
「……コウ様……?何を……」
僕の様子に気付き、怪訝そうに話しかけてくるシェリルをそのままに、僕はこの小鳥の事を知りたいと願い、意識を集中する……。ぴーちゃんを知る為に、その方法を魔法に求め……、
「……之を知るを知ると為し、之を知らざるを知らざると為せ。即ちこれ知れる也……『
昨日のように言霊を紡ぎ、発動した魔法は、小鳥の情報を僕に伝えてくる……。
NAME:ぴーちゃん
RACE:バード
HP:10
MP:10
『
次々と表示されるぴーちゃんのステイタスだったが……、身体、主に精神の負担が大きく、その場で膝をつく事となった。
「コウ様っ!?大丈夫ですか!?」
「ハァハァ……、昨日、魔法を使いすぎたのかな……?魔法ひとつ使っただけで、この有り様なんて……」
昨日は初めて魔法を使い、MPをかなり酷使したからな……。それとも、徹夜した事と何か関係があるのだろうか……?ぴーちゃんの事も、かなり端折ったような鑑定結果だったし、魔法が失敗したのか……?
駆け寄ってきたシェリルに支えて貰いながらそんな事を考えていると、
「……驚いたわね。まさか鑑定魔法まで使ってしまうなんて……。それに、今の魔法はその中でもかなり上級魔法だったと思うけど……」
「……でも、わからない部分が多かったし、もしかしたら失敗してしまったかも……」
ステイタス画面を確認するも、MPは「45」と記載され、殆ど消費されていないにも関わらず、この消耗具合といい……。
魔法が失敗したのかと思っている僕に、傍らで支えてくれていたシェリルが、
「……
「そもそも、
うーん、そうなのかな……。まぁ、失敗したわけじゃないなら、それでいいけど……。
「……コウ様が消耗されていらっしゃるのは、恐らく貴方の魔力を越える魔法の数を身に着けてしまったからかもしれません……。昨日より、精霊魔法と
そういう事なら納得がいくかもしれない……。現に新しい魔法を使ってみようと思っても、先程までと違って使えるような気がしないからシェリルの指摘は的を得ている……。
……鑑定魔法でよかったのかな?もっと、覚えるべき魔法はなかったのだろうか……。
「……コウ様の覚えられた魔法は、とても効率的な魔法かと思いますよ。まして、鑑定魔法はこの世界を知るにはとても適していると思いますし、分析魔法を兼ね備えている
もしよかったら、わたくしも鑑定してみてください、そう言うシェリルに僕は思案する。彼女の言う通り、相手の情報が判る事は色々と役に立つと思う。僕の現在の魔力で使える
「……『
一体シェリルはどれ程凄いのか、そんな興味と共に僕は魔法を完成させ、彼女の情報が表示され始め……、
NAME:シェリル・フローレンス・メイルフィード
AGE :19
HAIR:金
EYE :エメラルドブルー
身長 :159.1
体重 :44.8
スリーサイズ:92/52/90
HP:126
MP:406
力 :21
敏捷性 :40
身の守り:32
賢さ :187
魔力 :252
運のよさ:35
魅力 :276
「ブッ!!」
「コ、コウ様!?ど、どうなされたのです!?」
「な、何でもない……!」
な、なんで体重やスリーサイズなんかの情報が!?
思わぬ情報に、僕は思わず吹き出してしまうも、何とか取り繕う。心配そうに見つめるシェリルに、僕は心の中で色々謝罪する。
(あ、危なかった……、危うく鼻血が出てしまうところだったかも……)
この
(……心のどこかで興味があったんだろうな……。それにしても
何はどうあれ、彼女のナイスバディぶりが数値の暴力となって現れる結果となった。これは墓場まで持っていかなければならないだろうと決意し、未だ心配させてしまっている彼女に謝りながら、問い掛けに答えていく。
「本当に大丈夫ですか……コウ様……?」
「う、うん、でも、君のステイタスが余りにも高すぎて吃驚したよ……」
本当に色々な意味で数値の暴力だった。MPや魔力、それに魅力が全て200を超えており、一体僕の何倍あるんだとわからされる……。これに
「
「成程ね……、私にもその鑑定魔法を掛けてみる?」
「いや、取り合えず今は大丈夫」
続けてそんなステイタスがわかってしまったら、今度は不味いかもしれない。そう思ってユイリの申し出を丁重に断りながら、
「それよりも、ぴーちゃんのさっきの現象がわかったよ……。やっぱり、
僕は先程わかった
「小鳥が
昨日のスーヴェニアといい、貴方の周りには
「僕としては正直卵なんて産んで欲しくないんだけど……、
前のセキセイインコを産卵の失敗で亡くしているから、一層産卵なんてやめてくれという思いから、肩に止まったぴーちゃんに向けて指を差し出すと、
「……頼むから余り無理はするなよ……?健康第一だからな」
わかっているのかいないのか、指に移ってきたぴーちゃんは首を傾げながらもピッと短く鳴いて再びバサバサと羽ばたきだす……。それを僕たち3人が苦笑しながらも暖かい目で見守っていた……。気付いた時には既に王宮に赴く予定の時間を過ぎ、慌てふためきながらギルドに向かう事になるのは、もう少し後の話……。
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