第15話:取り引き




「ボクも……探すよ、キミが元の世界に戻れるように……」


 大賢者の館から出て、ここまで案内してくれたレイアにお礼を述べた際、彼女からそのような事を言われる。


「……さっきは、悪かったね。キミの事情も知らないで……」

「先程から謝ってばかりだね、レイア……。大丈夫、気にしていないよ」


 明るく活発の印象を与えてくれる彼女から、そんな神妙な様子で謝られると、調子が狂ってしまう。僕がそう答えると、


「う……五月蠅いな!でも、有難う……。ボクも、何かわかったらキミに知らせるからさ。気軽に尋ねてきてよ。魔法の事だったら答えられると思うからさ」


 こう見えても、あのユーディス様の一番弟子だしっ!調子を取り戻したように元気よくそう告げる彼女に、


「わかった。その時はお願いするよ。よろしく、レイア!」


 僕が差し出した手を取り握手するレイア。照れくさそうにはにかみながらも、


「うんっ!此方こそよろしく、コウッ!」


 先程、魔法屋で転職して覚えた通信魔法コンスポンデンスで、魔法の使い方と連絡方法を教え合い、館を後にする……。






「さて、と、今日行くところは一通りまわった事だし……、本日は解散しようか」


 大賢者の館を出てすぐ、グランがそう提案する。


「解散って……、ギルドに戻らなくて大丈夫なの?」


 何といっても、今日は初日だし……。現地解散でいいのだろうか。そう思っていると、


「今日は色々あって疲れているだろうしね……。特にコウは初めての魔力酔いに加えて、状態異常の浄化、大賢者様のところでの無限回廊越えと、色々体験している事だし、僕から隊長やフローリアさんに伝えておくから……」

「そうしてくれると助かるぜ……。何時になっても慣れねぇ、拷問のようMP切れの連続で、もうへとへとだしな……」


 レンはそのまま、もう動かないぞと言わんばかりに座り込む。そんな様子を苦笑しながら、


「……レン、貴方は僕と一緒に戻るんですよ。座り込んでいないで、立って下さい……」

「うぇっ!?冗談はよせよ、もう動けないっつうの!」


 情けない声をあげながら抗議するレンに対し、フローリアさんに報告しますよと話すグラン。途端に顔色が悪くなるレンに苦笑しながら、


「レン、それにグランも……。今日は、有難う。それじゃ明日、直接ギルドに顔を出せばいいのかな?」

「ええ、今日はゆっくり休んで貰って……、明日の朱厭の刻には『王宮の饗宴ロイヤルガーデン』へ来て下さい。ユイリがお二人に付くとは思いますが、宜しくお願いしますね」


 朱厭の刻というと……、確か午前9時くらいの時間だったかな……?なんか、仕事に行ってるような錯覚を覚えるけど、元の世界に戻った時の事も考えると、そういう時間間隔に慣れておいた方がいいのはわかる。


「うう……仕方ねぇ、フローリアさんにどやされるよりはマシか……。正直、もう動きたくねぇくらい疲れたんだけどな……」

「仕方ありませんね……。今日のところは『彼』を呼びますか……」


 なかなか動き出そうとしないレンの様子に、グランは溜息をつくと、何処からか笛のようなものを取り出し、口に当てる。……音は聞こえないないのは、その笛が犬笛のようなものだからだろうか……。

 何を呼んだのかというと、それは直ぐに明らかになる……。


「うそ……、あ、あれは……!」


 地球には存在しなかった、空想上の幻獣……。その中でも最強の幻獣として伝えられてきた存在……。


「……紹介するよ。『彼』はテンペスト……。竜騎士である僕の相棒で……、飛竜スカイドラゴンだよ」


 グランの紹介とともに、低い唸り声をあげる竜に、今まで眠っていたのか小鳥が僕の服から肩へと飛び出し、驚きながら激しく羽をばたつかせていた。


ドラゴン……か。初めて見たけど……、凄いのを従えているね。この世界では当たり前の事なのかもしれないけど……」

「竜騎士は、この世界にも数える程しかいないわ……。それだけドラゴンの心を掴み、従える事は困難とされているの。レンはこの国でも3人しかいない、飛翔部隊の部隊長でもあるのよ……」


 グランは首を垂れながら騎乗するのを待っている竜に飛び乗って跨ると、


「ほら……、行くよ、レン。早くテンペストに乗ってくれないかな?じゃないと、竜に咥えて貰って運んでもらうけど……」

「じょ、冗談じゃねぇ!ったく、わあったよ……。コイツ、あまり俺を乗せるの好きじゃなさそうだから、乗り心地は悪いんだけどな……」


 文句を言いながらも、ドラゴンに飛び乗るレンに、一瞬暴れるような素振りを見せるテンペスト。そんな飛竜スカイドラゴンを宥める様にその空色の鱗を摩ると、落ち着いたように一声鳴いて、その大きな翼を羽ばたかせながらゆっくりと空中へ舞い上がる。


「じゃあ、コウ、それにシェリル姫も……!また明日、ギルドで会いましょう!」

「お、おい、グラン……!ちょっとスピード緩めろよ!?」


 ドラゴンが飛翔し、その姿は小さくなっていく……。

 しかしドラゴンなんてね……。街の周りの人たちも騒いでいなかったのを見ると、グランのドラゴンは認知されているのか、それともドラゴン自体が珍しい存在ではないということか……。


「グランはこのストレンベルクが誇る英雄でもあるからね……。彼がテンペストと共に押し寄せた魔物の群れを討伐する姿が街の住民たちにも周知されているから、崇められこそすれ、恐れられる事はないわ」


 僕の疑問を答えるように、そうユイリが説明してくれる。

 成程な……、『王宮の饗宴ロイヤルガーデン』とは別に王国の騎士団としても、席を置いていて、それも英雄に近い知名度があると……。まさしくエリートといったところだろうか……。

 彼にそんな印象を抱いていた、そんな時……、


「うわっ、な、なんだ!?」


 いきなり自分の目の前に何やらアイテムのような物が出現した。僕の驚愕した声に、ユイリやシェリルも警戒するように、自分の前に浮かんでいるアイテムを凝視する。だけど……、その後変わった様子は無い。


「……取れって事なのか……?」


 恐る恐る目の前のアイテムに手を伸ばすと、すっと手元に収まる。すると、何やらそのアイテムの名称やらが頭を過ぎる。




『ミスリル』

形状:素材

価値:C

効果:銀色の光沢と鉄を越える強度を兼ね備えた金属。




「『ミスリル』……?ゲームとかで出てくる、あの……?」

「『ミスリル』ですって!?何でそんな物がいきなり……!」


 僕の呟きに、驚きでもって応えるユイリ。訳が分からないのは僕も同じ事で、何でいきなりこんな物が出現したのだろうか……?


「……コウ様。先程、大賢者様に頂いたブレスレットを、見せて頂けないでしょうか……?」


 ブレスレット……?彼女の言葉に従い、身に着けた腕輪を外して、シェリルに渡す。僕から腕輪を受け取るやいなや、すぐさま物品鑑定魔法スペクタクルスを掛けてその効果を確認し……、




『スーヴェニア』

形状:魔法工芸品アーティファクト

価値:SS

効果:装着していると時々アイテムが手に入るブレスレット。手に入る確率は運のよさに比例する




「……やはり、このブレスレットの効果のようですね。スーヴェニア……でしたか」


 ……つまり、身に着けているだけで、何かしらのアイテムが手に入る……と。特に、リスクも無しに……?そもそも、何処からアイテムが出現しているんだ……?

 再びその腕輪を身に着けると、今度はすぐにアイテムが出現した。


(……某漫画にあった、等価交換の原則や、質量保存の法則は一体どうなっているんだ……?まぁ、全くわかっていない魔法空間にそんな事を求めても意味はないかもしれないけど……)


 出現したアイテムを先程のように回収した僕に、


「……これって、特に手に入るアイテムに回数というか……、制限はないのですか?」

「ええ……、身に着けている限りは、永続的に手に入るのではないでしょうか?」

「……今までこんな出鱈目な魔法工芸品アーティファクトが存在していたなんて……」


 こんな物が存在していると知られたら、王国どころか世界の流通に激震が走るわ……、そんな事をぼやくユイリ。


「運のよさに比例する、か……。だったら試してみるか……」


 僕は少し考えた後、傍にいたシェリルに、


「ねぇ、シェリル。確かさっき、何時でも転職が出来るって言っていたけど……、今も出来るかな?」

「はい……、何か別の職に就かれたいのですか、コウ様?」


 どうやら本当に転職が出来るみたいだ。それなら……、


「うん、ラッキーマンという職に就きたいのだけど……」

「ラッキーマン?何、その職業?」


 聞いた事が無かったのか、隣にいたユイリが怪訝そうに問い掛けてくる。


「ラッキーマンというくらいだから、男しか転職出来ないのかもしれないけれど……、聞いた事ないかな?」

「……そうね、そんな職業、今まで聞いた事もないわ……」


 そうなのか……、もしかしたら、結構レアな職業なのかもしれないな……。


「わかりました、そのラッキーマンという職業に変更なさりたいのですね?」

「ああ、頼むよ、シェリル」


 畏まりました、とシェリルが呟き、魔法を使用する為の詠唱をすると、僕の身体が光り出す。そして、ステイタス画面を確認してみると……、




 JBジョブ:ラッキーマン

 JB Lvジョブ・レベル:1




 うん、間違いなくラッキーマンに転職出来たみたいだな……。さて、僕の考え通りだとすると……、




『毒除けの魔除け』

形状:装飾品

価値:C

効果:装着していると毒の状態異常を防ぐ指輪。




 間髪入れずに、次のアイテムが出現する。それを手にした瞬間、また次のアイテムが……。

 やっぱり、運のよさが左右するんだ、このブレスレットは……!


「ど、どうなっているの……?次から次へとアイテムが……!」

「運のよさがラッキーマンになると、信じられないくらい上がるから……。多分このスーヴェニアって魔法工芸品アーティファクトと相性がいいみたいだ……ん?なんだ?」


 何やらステイタス画面にお知らせのようなものが出てきて、確認してみると、




 JBジョブ:ラッキーマン

 JB Lvジョブ・レベル:2




 ……ラッキーマンの職業レベルが上がったらしい。僕としては、このブレスレットの効果でアイテムを回収しているだけなのだけど、その運の良さに影響を及ぼしているという事から、ラッキーマンという職の経験値をあげているのだろう。

 このまま、アイテムを入手し続ければ……、この職業のレベル、上限まで行くんじゃないのか……?


「……ここだと目立つから移動しようか。幸い、『物品保管庫』の能力スキルがあるから、アイテムの場所には困らないだろうしね……」


 僕の提案に、2人がゆっくりと頷き、無限に出るアイテムを都度回収しながら、あまり目立たぬ街の路地裏へと抜けていった……。











「……まさか、本当にJB Lvジョブ・レベルがカンストするなんて……」


 あれから1時間程は過ぎたのだろうか……、ラッキーマンのJB Lvジョブ・レベルが50になったところで、その数値の横にMAXの文字が出て、これ以上レベルが上がらない事を示した時、僕はシェリルにお願いして職業を見習い戦士に戻して貰った。




 JBジョブ:見習い戦士

 JB Lvジョブ・レベル:1


 JBジョブ変更可能:ラッキーマン Lv50(MAX)


 HP:95

 MP:44


 状態コンディション:正常

 耐性レジスト:病耐性(一部)、睡眠耐性、ストレス耐性


 力   :61

 敏捷性 :67

 身の守り:55

 賢さ  :77

 魔力  :24

 運のよさ:118

 魅力  :24


 常時発動能力パッシブスキル:自然体、薬学の基礎、商才、滑舌の良さ、宝箱発見率UP、約束された幸運、絶対強運、運命神の祝福


 選択型能力アクティブスキル:生活魔法、運命技、戦闘の心得、初級魔法入門、学問のすゝめ、農業白書、物品保管庫


 資格系能力ライセンススキル:商人の証、ダンジョン探索、幸運の女神の寵愛


 生活魔法:確認魔法ステイタス通信魔法コンスポンデンス収納魔法アイテムボックス不可思議魔法ワンダードリーム


 運命技:イチかバチか、神頼みオラクル、ハイ&ロー




 いくつかは、見習い戦士のままでも効果がある能力スキルを覚えたようで、それぞれ……、




『幸運の女神の寵愛』……ラッキーマンでなくても常時、運命神の祝福の加護を受けられると同時に、運のよさの数値を加算する


『絶対強運』……ラッキーマンに就いている限り、自身に不利益は被らない


『運命神の祝福』……ラッキーマンに就いている限り、次の効果を得る

・運が作用する能力スキルの効果を底上げする

・運が作用する能力スキルの成功率が高くなる

・運が作用する現象で、良い結果が起こりやすくなる

・戦闘の際、自身の攻撃が急所や弱点ウイークポイントに当たりやすくなる

・アイテムを入手する際、レアアイテムが発見しやすくなる


不可思議魔法ワンダードリーム』……何が起こるかわからない


『イチかバチか』……対象に相応のダメージを与える。場合によっては自分が瀕死になる


神頼みオラクル』……1日3回まで、神の啓示を受けられる。運のよさによって、その内容は変わり、失敗する事もある。運命神の祝福を受けし者は失敗する事はない


『ハイ&ロー』……1日1度だけ、0~9まであるカードを2枚引ける。1度目に引いた数について、その数字よりハイかローかを選択する。2度目に引いた数が選んだ通りの数字であれば、ランダムで『銅貨』『銀貨』『金貨』『大金貨』『星銀貨』『白金貨』の中から1枚手に入る。

万が一、1度目に引いた数と2度目に引いた数が同じである場合、30日間、一切の能力スキル、魔法等が使用できなくなる。なお、この運命技はラッキーマンに就いている時は使用できない




 ……職業レベルが最大の為か、随分強力な能力スキルを覚えたものだ……。ユイリに聞くと、職業レベルが50もあるものは、上級職という事で、そもそもラッキーマンが基本職では無かったという事がわかった。


 因みに……、ラッキーマンはレベルがMAXになったところで、見習い戦士に戻したのは、色々とリスクがあると思ったからだ。結局、レベルがカンストしても、HP等の数値は7のまま変わらず、運のよさだけが77777という、到底有り得ない数値になっただけで、戦闘等には向かないと判断した為である。

 恐らくは、運のよさだけでも戦えるのだろうが、自分の分まで誰かに負担が掛かってしまう事も予想された。そもそも、絶対強運の能力スキルがある通り、自分に不利益が被らないという事は、即ち誰かにそのしわ寄せが行くと謳っているようなもの。

 自分1人ならまだしも……、傍にいるシェリルやユイリに自分の不運のしわ寄せがいってしまう事は論外だ。


(……そもそも、いくら運がよくなろうと、自分の本当の望み……元の世界に戻れないのでは意味が無いのにね……)


 そう思うたびに溜息が出てしまう。このラッキーマンの幸運を全て犠牲にしてもいいから、元の世界に戻してくれ……。そう思わなくもない。

 だいたい、どうでもいい所で運を使ってしまって、肝心な時に運が向かないなんてなってしまったら目も当てられない……!


「それにしても……、随分と色々なアイテムが増えたわね……。これ、一財産を築けるくらいはあるんじゃない?」

「……そうだね、商人の職業もあるし、それもアリかもね……」


 冗談めかしてそう答えながら、改めて物品保管庫に入ったアイテムの詳細を見てみると、



『高級木材』×75

『加工石』×188

『アイアン』×256

『ミスリル』×87

『シルバー』×162

『ゴールド』×54

『クリスタル』×15

『サファイア』×98

『ルビー』×101

『毒除けの魔除け』×402

『麻痺除けの魔除け』×315

『サイレンスガード』×350

『天使の像』×25

霊薬エリクシール』×1

回復薬ポーション』×1763

中級回復薬ミドルポーション』×242

魔法薬エーテル』×659

中級魔法薬ミドルエーテル』×33

『薬草の木』×3

『毒消し』×405

『目薬』×182

『聖水』×200

『動物の餌』×179

魔物の玉モンスターボール』×64

『魔法の紙飛行機』×408

『銅貨』×2698

『銀貨』×884

『金貨』×62

『金塊』×14

『虹の欠片』×23

『古びた壺』×54




「……しかし、本当にどうしたものかね……」


 この大量のアイテム……、そう言いかけた時、


「宿屋におらんと思ったら……、なんでこないな場所におるんや兄さん、随分と探したで……」


 路地裏に何処かで聞いた、間の抜けたような声が響き、そちらを見てみると、昨日の闇商人、ニックが姿を現した。


「ああ、昨日の……、よくここがわかったね?」


 彼が現れた瞬間、シェリルが怯えたように僕の後ろに隠れ、ユイリが警戒するのを尻目に、僕は何でもない感じでニックに話しかける。


「誰が何処におるのか……、そういうのを調べんのも、ワテらの仕事やさかい……。ま、それについてはそこにいるエルフの別嬪さんが一番よくわかっとるさかい」


 その言葉にビクッと反応するシェリル。そんな彼女の様子に大丈夫だよと小声で伝えて、


「全く……、彼女を怖がらせる為に、わざわざこんなところまで来たのかい?」

「イヤイヤ、そんな訳ないやろ……、それにしても、ホンマ驚きやわぁ……。まさか、ホンマにそこのお嬢さんを奴隷から解放したばかりか……、手も出さんかったとは……。彼女から生娘の匂いがした時は、ワテの鼻がおかしなったのかと疑ったでぇ……」


 心底驚いているようなニック。それを聞き、カァっと顔が真っ赤になるシェリルを横目に、


「……それで?昨日も言ったけど、君の考えを聞こうか。次に会った時、本当に僕が彼女を奴隷から解放していたらどうするか……、実際にそれを見て、判断させて貰うって言っていたよね?」

「コウ……?どういう事なの?」


 ニックへの僕の問いかけに反応したのは、彼ではなくユイリだった。

 流石に昨日の小声での会話までは聞かれていなかったか、と苦笑しながら、


「ユイリ、教えて欲しいんだけど……、闇商人と取り引きするってなったら……、王国的にはどうするのかな?」

「いきなり何を言って……、そんな事、国として認められる訳が無いでしょう……?彼は裏の世界の人間、『裏社会の職郡ダーク・ワーカー』なのよ?」


 予想通りの彼女の回答に、僕はさらに突っ込んで訊ねる。


「その『裏社会の職郡ダーク・ワーカー』についてもどうか教えて欲しい……。闇商人と取り引きする事自体は、昨日のオークションを見ても不可能ではない筈だ。彼らの事は王国ではどのように扱っているんだ?」


 ユイリは僕が本気で訊いているのがわかったのか、溜息をつきながら僕に答える。


「……あくまで商人がという前提だけど……、王国では、闇商人と取り引きした……、もしくは取り引きした可能性があると判断された場合、商人ギルドからの追放処分を受けるわ。『裏社会の職郡ダーク・ワーカー』は、その全てとは言わないけれど、殆どが闇の職業……。姫を攫った盗賊や、奴隷に堕とす奴隷商人……、さらにそれらを管理するのがその中でも上級職である闇商人と言われているの。他にも取り引きが禁止されている闇世界の種族や魔族とも付き合いがあり、扱ってはいけない物も扱ったりする……。それが、『裏社会の職郡ダーク・ワーカー』よ」

「ま、否定はせんよ。ワテも様々な『裏社会の職郡ダーク・ワーカー』を体験し……、今の闇商人となったんや。綺麗事だけでは渡っていけんこの世界で、扱えるもんは何でも扱こうてきた。やが、世界がワテらを必要としとるんも、また事実や。昨日の奴隷の競売かてそうやし、需要もあるさかい……。ワテとて、この職には誇りも持っとる」


 そう言って、ユイリ、そしてニックのそれぞれが説明をしてくれる。つまりは、闇商人と取り引きする事は犯罪ではないが、表立っては推奨できず、それでも王国の闇として、必要ともされているという事だ。


「ん……?すると、ギルドに所属した僕の身としては……、彼と取り引きするという事は追放されちゃうって事かな?」


 所属してわずか1日……。追放されるとしたら随分と早かったな……、そんな事を考えていると、


「……それより、どうして闇商人と取り引きしようなんて思ったの?そもそも何の取引を……?」

「それは勿論、情報さ」


 ユイリからの問いかけに間髪入れずに答える僕。


「情報は、この世界の事を知るのに何よりも重要な要素だ。彼は……ニックは、ユイリたちも知らない裏の情報を掴んでいた。それらは……、僕のような一般人がこの世界で生き抜く為には、何より必要なものだと思う……」


 そう……、シェリルのいた国、メイルフィードが滅ぼされたという情報……。その概要を殆ど掴めていなかったストレンベルク王国と違い、ニックはほぼ正確に把握しているように思えた。もしかしなくても、彼らが関わっていたという可能性はあるが、それでもそういった情報が、彼らには得る術があるという事……。


「やが兄さん、ワテはまだ兄さんとの取り引きに応じるかはわからんで。それだけ情報ソレは、ワテらにとって生命線となり得るもんや。正直な話、ワテら闇商人が、魔族たち闇のモンと繋がっとるんは生き残る為や。その魔族らを裏切ってまで兄さんと取り引きしようとまでは流石に思わんぞ?」

「勿論それはニックに判断して貰うしかないけど……、その前に僕もニックに訊きたい事がある……」


 取り引き云々をする以前に、僕の方でも彼に確認しておかねばならない事、それは……、


「君は……、この世界が滅んでもいいとか思ってない?自分さえよければ……後はどうなっても構わないとか、考えていないよね?」

「それはそうやろ。……さっきも言うたけど、ワテは一番大切なんは命や。勿論、金も大事やが、死んでしもうたらどうにもならへん……。せやかて、世界が滅びてしもうたら、ワテひとりが生き残っても、それは実質死ぬんと変わらんやろ?」


 まぁ、そうだろうね……。彼の言葉に頷きながら、僕は本題を切り出す。


「じゃあ……、昨日君達に渡った星銀貨……。あれを君達はどう扱うつもりかな?ユイリからも聞いたけど、星銀貨は魔族にとっても貨幣としての価値よりも重要な、魔法のアイテムなんでしょう?」

「……そういう事やね。ま、支障が出ないくらいには交渉するやろな。いくら奴らの魔術にブーストが掛る貴重な星銀貨言うても、あと1枚2枚で劇的に世界の均衡が崩れるいうもんでもないやろう……。そもそもこの世界に来たばかりの兄さんはわからんやろうが……、星銀貨の数自体、そんなに絶対数があるわけではないんや。多分、このストレンベルクの王宮でも、兄さんに渡したもん以外で所有しとるかはわからんもんやぞ」


 そんなに貴重な物を王女様は何でもないもののようにくれたのか……。そして、調べているだろうとは思ったけど、僕が儀式でこの国に召喚された勇者候補という事も知っているようだ。


「……それなら、今すぐにでも星銀貨が魔族に渡ってしまうって事は無いのかな?」

「……そないにおいそれと魔族に渡せるもんと違うんやわ。誤解せんといて欲しいんやが、魔族と繋がっとるんはあくまで取り引きの一環や。仮にワテらが星銀貨を大量に持っとると知られても、強引に奪われん程度には一線を引いとる。……隙見せたら一気に滅ぼされるよってな……、エルフの国、メイルフィードのように……」


 ……だいたい、彼に訊きたい事は聞けたかな……?僕には彼が真実を話しているように思えたし、ユイリたちが何も言わない以上、明らかな虚偽や矛盾もないようだし……。彼なら取り合えず信用できるだろう……。


「有難う。僕が訊きたかった事はわかったから、後はニックにとって僕を信用できるかだけど……、その前にこれを見て貰えない?」


 そう言って僕は、彼に物品保管庫にあるアイテムのリストを見て貰う事にする。訝しむ様子でそれを見て、次の瞬間に驚愕するニックに苦笑しながら眺めていると、


「……兄さん、これは……。昨日から持って……、いや、兄さんは昨日召喚されたばかりや。なら、今日1日で、これらを手に入れたいうんか……」

「実は取り引きの一環で、これらも全て捌いて貰えないかと思ってさ。一応、僕にも商人の職業には就けるようなんだけど……、今はそれよりも死なない程度に強くなる必要があるし……。そのアイテムも色んな種類があるから、どうせ一箇所で全て売り捌くなんて出来なさそうだしさ……」


 一件一件交渉して、売りにまわるなんて作業……、そんな事やってる時間はないし、そもそも僕の性分でもない。

 スーヴェニアでアイテムを回収している際にも思っていたことだ。これらのアイテムを捌くのならば、本職の商人にお願いする方がずっと速いし確実だ。ある程度手数料なんかでピンハネされたとしてもいいから、信頼できそうな人を探して押し付けよう……、そう思っていた。餅は餅屋というしね。


「因みにこれ、全部このブレスレットのおかげなんだ」


 そう言いながら僕はスーヴェニアを外して、ニックに手渡す。何を言ってるんだといった様子で僕からブレスレットを受け取り、またまた彼の顔が驚愕に変わる。


「これは……!?ちょ、なんや、この魔法工芸品アーティファクトは!?こんなん反則やんけ!?」

「信じられない気持ちはよくわかるよ。大賢者様が秘蔵していた魔法工芸品アーティファクトみたいだね……。投げて寄こされたのが、まさかこんな反則級の代物とは思わなかった……」


 これこそまさに、改造とかチートとか呼ばれる物であるのだろう……。


 そもそもアイテム自体、無から作り出しているのか、魔法空間が何処からか持ってきているのか……、いずれにしても今すぐ判明する事じゃない。だけど、商人としてみれば有り得ないアイテムの筈だ。何せ、こんなアイテムの存在が知られたら、経済や流通の動きを滅茶苦茶になってしまう恐れがあるし……。


「……もし僕が、この腕輪を担保に、あの星銀貨を魔族に流す事を保留して欲しいといったら……、どれくらい待てる?」

「兄さん、本気か……?ワテにこれ、預けるいうんか……?これ持っとるだけで……、軽く一財産は築ける代物やぞ?」


 それはそうだろうな。実際、僕もそう思っていたし……。


「ああ、場合によっては……というか僕との取り引きに応じてくれるのなら、譲ってもいい」

「……また、貴方は……」


 僕の言葉にユイリが呆れた様子で呟くも……、昨日の星銀貨の時のような拒絶反応はない。……この腕輪そのものが、世界を滅ぼしうるものには成り得ない、そういう事なんだろう。


「……なら、ワテからも訊こう。兄さん、昨日も言うたな、一体、何の得があって星銀貨はたいてまで購入した奴隷を解放する言うんやと……。今は兄さんの傍におるようやが、もう兄さんにはそれを留めておくもんは何もない……。しかも彼女は滅びた国のお姫さんでもあったんやろ?それを、手も出さずに解放しただけでも信じられんのに、次はこのけったいな腕輪をワテに渡す?正直、兄さんは馬鹿や思うが、唯の馬鹿やない……。一体、何考えとる?何が目的や?こんなんして、兄さんに何の得があるんや?」


 おちゃらけたような雰囲気ではなく、幾分真剣みを帯びた様子で問いただしてくるニック。僕もそれに応えるべく、彼に向き直ると、


「……僕の望みは唯ひとつ、元の世界に戻る事……。その為なら僕は何だってするつもりだ。元の世界に戻る方法については、王女様や大賢者様たちが探してくれているから、僕は自分の出来る事をする……。自分が勇者として覚醒出来るのだったら覚醒しようとも思うし、それにしたって、まだわからない事が多すぎるこの世界の情報を集める事は、必要不可欠だとも思ってる……。勇者云々は抜きにしても、死なない程度には強くもならなければいけないし、やる事が多い僕にはそれに優先順位をつけて、必要な事から最優先に行動していくしかないんだ……」


 そして、僕は後ろに隠れていたシェリルの肩をそっと抱き寄せ、


「誤解しないで欲しいけど、僕は聖人君子じゃない……。昨日のオークションで彼女を見た時、心を奪われたのも事実だし、こういった状況でなければ、シェリルには悪いけど、奴隷から解放なんてしなかったと思うし、手も出していたと思うよ。……最も、元の世界でそんな事は、起こり得なかったし、彼女のような女性に出会う事も無かっただろうけど……、そういう意味では、シェリルに出会う切欠をくれたニックには感謝しているよ」


 肩を抱かれながら恥ずかしそうに俯いている朱に染まった彼女を可愛く思いながらも、ニックには本音を伝えた方がいい。そう判断してぶちまけている訳だけど……、シェリルたちからは軽蔑されるだろうな。苦笑しながらシェリルから手を放し、再びニックに向き合いながら話を続ける。


「そのスーヴェニアは、確かに持っているだけど巨万の富を築ける物だと思う。でも、僕の目的は元の世界に戻る事……。この世界で金持ちになる事じゃない。だから、君に渡そうというんだ。……どう?これが僕の行動理由だけど……、何かおかしな事はあるかい?」


 僕と彼の間に沈黙が流れる。ユイリやシェリルも口を噤んでいる為、それぞれの息遣いしか聞こえる事がない……。ニックはじっと僕を見定めるように見続け、


「……仮に、ワテがその腕輪を持ってとんずらせんとも限らんで……、その辺の事はどう考えとるん?」

「それは僕の見る目が無かったと思うしかないな。でも、それだけだよ。僕にとってその腕輪は、偶々手に入った掘り出し物というだけであって、何に変えても手放したくない物ではないんだ。それに……、君は正式な取り引きをしてくれたし、わざわざアフターサービスと称して、護衛までしてくれた。そんな事からも、君は取り引きに際して真摯に受け止めてくれる人物だと思うけどね」


 そんな僕の言葉に、ニックは溜息をつくと、


「ハッ……負けや負け。ワテの負けや。兄さん試すつもりが……、まさかこないに馬鹿正直に自分をさらけ出すなんて思わんわぁ……、『真贋の巻物』が1つ無駄になってしもうたやないか……」


 そう言って彼が取り出した巻物は、もう効力を果たしたのか、真っ白になってしまっていた。


「いやぁ……兄さんがバカだとは思っとったが……、これは予想外や……。こないなバカやと、ワテとしてもカモにもしにくいわぁ……」

「バカバカと言ってくれるけど……、じゃあどうする?取り引きしないなら、これ、返すけど」


 再び彼から貰っていた個別商証ライセンスカードを取り出し、ニックに返そうとすると、


「待たんかい……、確かにワテにとってバカはカモやった。これまでも幾人ものカモから金を集めて、今の闇商人の地位にまで至ったんや……。やが兄さん、大馬鹿となっては話は別や。何より、ああも馬鹿正直にぶちまけられてはかなわへん。兄さんの目的もはっきりしとるし、それがワテの利害と一致しとる事もわかった。これなら……、リスクはあれどリターンも期待できるによってな……」


 そして、ニックは懐から1枚の紙を取り出すと、


「これは、『遵守の契約書コントラクト・ブック』言うてな……、これで契約を結べば、お互いが破棄を望まん限り、永久に守られ続ける契約書や。記載するんは兄さんとの取り引き……、その膨大なアイテムを引き取り、捌いた金額の3割は手数料としてワテが貰い、ワテに何某かの情報が入ったら兄さんに伝える……。情報料は、その内容に応じて決めさせて貰うが、高くてもこれくらいにするか……」


 その後も、戦力が必要な際は傭兵としても動く旨や、その金額、そして星銀貨の件は、スーヴェニアを担保に魔族には融通させない事と、そのスーヴェニアを預かっている間、身に着ける事を条件に、星銀貨を1枚返して貰える事になった。


「……こんなもんやな……、あとワテの情報を兄さんだけでなく、ストレンベルクも通すんやったら、ワテにも見返りとして正式に王国直轄の許可証も出して貰いたいもんやな。兄さんのアイテム捌くんも、それがあるかないかで変わってくるさかい……」

「それは、僕が決められる事じゃないから、ユイリに判断して貰うしかない……。この取り引きが王国にとっても利のあるものであれば、管理しているフローリアさんも駄目とは言わないと思うけど……」


 一通り、契約書に目を通し、ユイリとシェリルにも見て貰う。2人もそれぞれ契約書を確認して、


「……『遵守の契約書コントラクト・ブック』、本物のようですね……。内容もおおよそ間違いのないものかと……」

「……私はこの件に関しては、何とも言えないわ。まぁ、星銀貨が魔族に渡らない事や、私たちも掴んでいない情報が手に入る筋が増えるのはメリットだとも思うけど……」


 少し硬い表情をしながらユイリは僕に、


「でも、本当にいいの?この内容だと、星銀貨を取り戻さない限りあの魔法工芸品アーティファクト、戻ってこないけど……」

「さっきも言ったろう……?僕にとってあのブレスレットはそこまで必要な物じゃない。大賢者の気まぐれで手に入ったアイテムだったというだけで、もう充分過ぎる程恩恵を受けたし、それで新たな価値のあるものが手に入るというなら惜しむ事ではないよ」


 なんなら渡してしまってもいいくらいだ、そこまで考えて、


「そうだな……、もし僕が元の世界に戻れる事になったら、その時には自分の持ち物をニックに全て譲ってもいいよ。そうすれば君も、いずれは自分の物になるとモチベーションもあがるでしょ?」

「それに関しては微妙なところやがな、戻る前に他のモンに色々渡してしまえばええだけさかい……、ただ、このスーヴェニアが事実上ワテのもんになるっちゅうんは悪くない事やな。ええで、その内容も盛り込むさかい……」


 彼はそう言うと、内容を書き加えて契約書と針を差し出す。その針で僕は指先を傷つけて、血判を押す。その後にサインをして、ニックに渡すと、彼も同じように血判を押し、契約書に書き記した。


「契約成立やな。ほな、兄さんにも複写を渡しとくで……。これで兄さんとは一蓮托生みたいなもんや。色々助言するさかい、よろしゅう頼んまっせ……。じゃ早速やが……、さっきの保管庫からアイテム取り出して貰えるか?ワテの『豪華な魔法鞄ゴージャス・ポーチ』には、レベルが高くなった収納魔法と同じくほぼ無制限に入るさかい、ちゃちゃっと移し替えるで。後、素材は少しは置いとき……、ミスリルなんかは結構貴重なんや。将来、絶対に必要になってくるによってな」


 彼の言葉に従い、僕は物品保管庫を開く……。心強い味方?……かどうかは正直わからないけれど……、この世界から帰還する一助になればいい……。そう思いながら、ユイリやシェリルに手伝って貰いながらも、アイテムの取り出しを進めていった……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る