第14話:大賢者の試し




「大賢者ユーディス様、ね……」


 魔法屋を出て大賢者の住む館を目指す途中……、


「すまないね……、コウ。ただ、大賢者様も君に渡したい物があるという事なんだ」


 グランは僕の独り言に反応して、謝罪の言葉を口にする。


 渡したい物と言われてもな……。大賢者ユーディスは王女様の魔法の師とも云われているらしいんだけど、もう既に王女様からは充分過ぎる程良くして頂いているからな……。これ以上何かを貰うというのも……。


「着いたわ、ここが大賢者様の館よ」


 あれこれ考えているうちに目的の場所に辿り着いたとユイリから言われて見てみると、


(立派な建物だけど……、なんだろう、何処か草臥れている印象を受ける……)


 最も、ここに立ち尽くしている訳にもいかないので、使い古しているような趣のある大賢者の館に足を踏み入れようとしたその時、


「ん……何、お客さん……?」


 そう言って館の中から出てきた人物……、一見して大賢者の弟子なのだろうか、そう思われる女性が僕たちの前に現れた。


「ええと……、実は、僕たち、大賢者様に呼ばれていて……」

「ああ……、勇者様ご一行ね。ユーディス様から聞いているよ」


 全身を紺色のローブを頭まで羽織っている、魔術士風の女性はそう答えると、何故かその蒼色の瞳が僕をまじまじと見つめてくる。


「あ、あの……何かな?」

「ああ……、ちょっと聞いていた風貌と少し違っていたからね。ゴメンゴメン!」


 謝罪しつつローブを下ろし、その水色の髪を揺らしながら、


「ボクはレイア……、ユーディス様の弟子の一人だ。キミが、王女の言っていた勇者殿だろう?」

「……勇者かどうかはわからないけどね。僕は、コウ。宜しくね」


 王女様からどんな話を聞いていたのかは知らないけれど……、と彼女の自己紹介に答える。でも、どうしてだろう。彼女とはあまり、初対面のような気がしないように感じるんだけど……。


「大賢者様に挨拶に来たのだけど……、いらっしゃるかしら?」


 そこに控えていたユイリが、レイアに対してそう問い掛けると、


「ああ……ユーディス様なら今、自室に籠られている筈だけど……」


 少し歯切れが悪いような彼女の言葉が返ってくると、ユイリやレン、グランまで顔色が変わった気もする。

 ……うん?どういう事?部屋にいるのなら行けばいいだけでしょ?


「その……、大賢者様のお部屋は幾層にも張り巡らされた回廊を越えて行かないといけないのよ……」


 多分、貴方には辛いと思うわ、なんて呟くユイリ。

 は?何それ?辛いってどういう事?


 それを聞いてますます意味がわかっていない僕に、


「うへぇ、あそこに行くのかぁ……。魔力が少ない俺には辛いんだよなぁ……。俺、待ってていいか?」

「駄目ですよ……。魔力について慣れていないコウも行くのですよ?そんな勝手が許される訳がないでしょう……」


 レンとグランのやり取りを聞いて、ますます帰りたくなってくる僕。というよりも、僕が行く事が当然みたいになっているけど、それって強制なのかな?出来れば挨拶して欲しいくらいだったら日を改めたい気分なんだけど……。

 そもそもな話、何で人を呼んでおいて、そんな直ぐに行けないところで待ってるの?人を舐めているのか、大賢者。


「……じゃ、悪いけどボクに付いて来て。出来るだけ最短のルートを通るようにするから……」


 上手くとんずらできる口実を考えていた僕に対し、無慈悲にもレイアは案内すると称して、館の扉を開けてしまい、帰るとは言い出せない状況となってしまう。ユイリたちも館に入って行ってしまい、傍に控えていたシェリルも入らないのですか、というような視線を感じる……。


(仕方ないか……、まぁ、死ぬわけじゃないんだし、何とかなるだろう……)


 そう観念するように、僕もシェリルと一緒に大賢者の館へと足を踏み入れるのであった……。











「……これ、何時まで続くの……?」


 レイア曰く、『無限回廊』という大賢者への部屋を目指し、どれくらいの回廊を越えたのかわからない。1つの回廊を抜けるたびに精神を大きく削られるような感覚に襲われ、それがMPを消費しているという事がわかり、先程自分が館に入る決心をした事を早くも後悔し始めていた。

 ……むしろ、何とかなるだろうと思った数分前の自分をぶん殴ってやりたくなる。


「あと少しで、ユーディス様のお部屋だと思うけど……」


 レイアはそう言うが、先程も同じことを聞いて、既に数十回廊は抜けているような気がする。事実、レイアとシェリル以外は、MPを回復させる魔法薬エーテルを使用しており、特に僕とレンがいくつの魔法薬エーテルを使用したかはもう覚えてもいない……。


 MPが0になると、死にはしないものの、とても立っていられないような疲労感でまともに考える事も出来なくなる状態になる代わりに、そこからMPを全回復させると最大値を増やせると聞いてからは、敢えてMPを使い切ってから魔法薬エーテルを飲むようにしていたのだが、こう何度も何度も死にたくなるような感覚に襲われるのは、もうそろそろ耐えられそうになかった。


 再び、MPが底をつくような感覚に襲われ、魔法薬エーテルを取り出していると、


「……ごめん」


 そんな時、前を歩いていた筈のレイアが立ち止まり、居住まいを正しながら謝罪する。


「ど、どうして謝るの?別に、君が悪いわけじゃ……」


 悪いのは大賢者。呼び付けておきながら出て来ない礼儀知らずであって、レイアが悪い訳ではない。そう伝えるも、


「ううん、そうじゃない……。そうじゃなくて……、キミが、この世界に召喚されたこと……」


 立ち止まったまま、レイアは続ける。


「ボクたちが『招待召喚の儀』を行わなければ……、キミがこのファーレルに呼ばれる事もなかった。ずっと研究され続けてきた『招待召喚の儀』が今回のような結果になってしまって、ボクたち魔術士の……」

「……いいんだよ、レイア」


 そのまま謝罪し続けるレイアを、僕はやんわりと止める。


「謝らないで、レイア。それは、君が謝る事じゃない。勇者の召喚というのは、この国で、ファーレルで決められた事なんだろ?そうしなければ、世界が滅びるというのなら……『招待召喚の儀』を行うのは当然だよ」


 まして、本来の『招待召喚の儀』は、召喚されるべき勇者が自らの意思によってこの世界に呼ばれるという比較的健全なもののようだし、それをずっと研究し続けてきた魔術士は誇られる事はあっても、蔑まれる事はないはずだ。


「今回の召喚は……、ある意味で事故のようなものだ。僕としては不本意な形でこの世界に召喚されてしまったけれど、ストレンベルク王国や王女様は誠実な対応をしてくれている。元の世界に戻る方法も探ってくれると約束してくれた。だから、僕は出来る事をするだけだから……」

「……ありがとう」


 それでも責任を感じているのか、儚く笑うレイア。その様子が叱られてしゅんとなっている子犬のような印象を受ける。


 そんな彼女を慰めようと無意識にも手をレイアの頭に持っていこうとして、


「コ、コウ!ちょっと待ってっ!」


 彼女に触れるかといったところで、ユイリより慌てた感じでストップがかかる。び、吃驚した……。


「な、何、ユイリ、どうかしたの?」

「あ……その、用があった訳じゃないのだけど……ッ」


 何やら落ち着かない様子のユイリに、何事かと訝しんでいると、


「……ユイリ、吃驚するじゃない……。一体、どういうつもり……?」


 何処か気分を害したらしいレイアが、ユイリに詰問する。2人は知り合いのようで、レイアの様子も先程と少し雰囲気が違うような気もするけど……、


「い、いえその……、つ、着いたようですから……」


 そう言ってユイリは前方を指さすと、そこには今までと明らかに違う扉が、目の前に現れていた。どうやら、漸く目的地に着いたらしい。


「はぁーっ、やっと着いたかぁ……。きつかったぜ……」

「……ホントだね……もう、クタクタだよ……。レイア、案内してくれるかい?」

「あ、そうだね……。ごめんごめん、じゃあボクについて来て……」


 レンと同じく辿り着いた安堵感で、座り込みたい気分ではあったけど、さっさと要件を済ませたい事もあり、レイアに案内を頼む。

 まだ、ユイリに対し思うところはあったようだけど、僕の言葉に気を取り直してレイアは一層変わった造りをした扉に手を掛け、音を立てて開いていった。






「済まなかったのぉ、勇者殿……。ついつい招待したことを忘れてしまっておったわ」


 すまんと言いながら笑って、自分を呼んだのを忘れていたと聞き、思わずカチンときた自分を抑えつつ、いえ……、と大人の対応をする僕。

 ……やってくれたな、このジジィ。心の中で目の前の大賢者に悪態をつきながらも、話を聞くために、目の前の齢100歳は越えていそうな老人に話の続きを促す。


「ワシはユーディス。大賢者などと大層な名で呼ばれとるが、実際は魔法に詳しいだけのしがない隠居ジジィじゃな。あんまり畏まらんでよいぞ。堅苦しいのは好きではないし、時間も勿体ないのでな」

「そうですか……、初めまして大賢者様。僕は勇者ではなく、唯の一般人です。会う必要もないモブAで御座います。恐らく、間違えて呼んでしまわれたのでしょう。時間も勿体ないですし、もう帰っても宜しいでしょうか、ジ……大賢者様?」


 呼び付けておきながら、仰々しく振舞っていて、それなのに畏まるな?時間も惜しいという事だし、顔みせも挨拶もそこそこにして、さっさと切り上げよう。そう思った僕はわざと堅苦しく挨拶をする。

 ……最後、つい本音が出てジジィと呼んでしまいそうになったが。


「面白い奴じゃのう、お主。間違いなく呼んだのはお主の事じゃ。ワシはそんな間違いはおこさんわい」

「御冗談を……。呼び付けておきながら忘れてしまわれる老いぼれ……、コホン、大賢者様がよくそんな事を宣われますね……。20数年ですが、生きてきて初めて聞きましたよ。そんなジョークを」


 この国の大賢者と呼ばれる人間に対し、褒められた行動では無い事は理解しているのだけど……、なんか本音が止まらない。何とか丁重な対応をして少しでも早くこの場を後にしようと思っているのだけど……。


 もしかして……、何か魔法でも使われている?


「ふむ……思ったよりも早いのぅ。もう気付きおったか……。中々に感がさえる奴じゃ」

「……これも魔法、ですか……。流石、大賢者様とあって、油断ならない人ですね」


 今、自分の心を察した事といい、感情を発露させた事といい……、この世界にきて以来、僕はこの人物を最大限に警戒する。


「なに、誉め言葉と受け取っておこう。職業柄、相手を知る為に本音を出させる事がワシの生業となっておるからのぅ。それで、自己紹介はしてくれんのか、勇者殿?」

「……貴方のような人がいるから、本名を明かしたくないと思うのですよ。……もう知っているでしょうが、コウと名乗っております。それ以上は明かせませんよ?」


 僕は、溜息をつきながら、そう答える。

 もし、記憶を探られる魔法を使われていたらバレるだろうが、それはもう諦める。最も、今まで知られていない事から、その心配はないだろうけど……。


「随分と嫌われたものじゃのう……。まぁ、偽善に満ち溢れた者よりはいくらかマシじゃがな」


 ふぉっふぉっと、老人特有の笑い声をあげながら、僕を覗き込んでくる。僕はまた溜息をつくと、


「……僕は聖人君子ではありませんよ。出来るだけ表には出さない様心掛けてはいますが、苦手な相手とは避けるようにしてきたんです。貴方のような人とは、僕としてはあまり付き合いたくはありませんよ」

「随分と正直じゃな。この世界に来て、お主、偽りを口にした事はないのではないか?」


 はっきりと拒絶を伝えたのに、逆に問い掛けてくる大賢者。このやり取り、何時まですればいいんだ……。


「……見知らぬ世界、それも魔法という全く未知の存在があるこのファーレルで、嘘を口にするほど僕は愚かではありませんよ。それが嘘だとバレたら、自分の信用はガタ落ちになりますからね……。だから僕は、出来るだけ心をオープンにしていこうと思っているだけです」

「それは、自分が元の世界に戻る為の、お主の処世術ということか?」


 そこまでわかっているなら……、僕はこの老人の言葉に頷き、


「ええ、元の世界に帰る為に、僕は出来る事はすべてやろうと思っているだけです。巻き込まれたかたちでこの世界にやってきてしまった僕は、混乱する中でどう行動すれば自分の望む結果になるかを必死に考えました。間違って召喚された僕が元の世界に戻る方法……。それが、出来る限り相手を理解し、状況を理解して、此方に呼ばれた原因を解決し、代わりに自分を元の世界に戻してもらう……。それが、最善であると考えたのです」


 この世界に召喚されてまだ1日。未だ動揺し、本当に元の世界に戻れるか不安でしかないが、やれることをやるしかない。そう思って行動しているのだ。わずか1日で、色々な事があったけど……。


「じゃから、お主にはこの世界における執着はないのじゃな。星銀貨の件しかり、そこのエルフの姫君の事もしかり、王女に渡した指輪の事もしかり……。金、色、宝と、いずれにしてもお主は執着を示さなかった。お主の言う通り、聖人君子などはこの世に殆ど存在するものではない。人は皆、心に闇を抱えておるものじゃからな。であるからワシは……お主の事を見極めようと思ったのじゃが……」

「……いずれ元の世界に戻る僕が、このファーレルに未練を残す訳にはいきませんからね……。あの指輪がどんな価値のある物だったかは知りませんが、それならばこの世界で役にたって貰った方がいい……」


 それに、あれは星銀貨を闇の勢力に渡してしまったという罪悪感もあった。だから、あの指輪を渡した事に後悔はない。


「……そこまでして戻りたいのか?その……元の世界にさ……」


 そんな時、今まで黙っていたレイアが、ポツリと僕にそう問い掛ける。


「王女が帰還の魔法を研究しているとはいえ……、帰れるかどうかの保証は、何処にも無いのだろう?元の世界がどれだけいい世界だったのかは知らないけれど……、コウは勇者として優遇される事が保証されると聞いている。その優遇を放棄してでも……元の世界に帰りたいのか……?」


 レイアの言葉に、僕は目を閉じて帰るべき理由を思い浮かべる……。


「……元の世界は、地球は決して住みやすい場所じゃなかったよ。空気は汚いし、環境は汚染され続けて……、最近は隣国との兼ね合いも悪く、いつ最悪な事が起こるかもわからない状況だった。それに、このファーレルとは違って、病に侵されたら治ることなく命を落とすといった事もあって……、それで、僕は家族や幼馴染、友達を亡くしているし。仕事も決して楽ではないしで、毎日疲れ切った生活をしていたよ……」

「そ、そんな場所だったら……、尚更帰らなくたって……」


 僕の言葉を聞き、彼女が声を少し荒らげながら詰め寄ってくるのを見ながら、でも……と続ける。


「それでも、僕は自分の生まれた地球に帰りたいんだ。自分をここまで育ててくれた病気がちの両親、色々と公私において苦難を共にした友人たち、そして……生きたかったのに死んでしまった人たちの分まで、僕はあの世界で生き続けなければならない。まして、父は病でいつどうなるかもしれぬ身……。だから僕は、1日も早く……絶対に元の世界に帰らないといけないんだっ!」


 僕の心の底からの叫びに、暫く場が静まり返る……。部屋の中のいくつかの実験中だったのだろう、フラスコ内の液体がボコボコと立てている音しかしない室内。

 やがて、その沈黙を破るように大賢者が問い掛ける。


「主の思いはわかった。じゃが、お主が勇者として呼ばれた以上、その役目を果たすまでは帰れぬ。それはわかっておるのか?」

「……苦労して行われたのでしょう『招待召喚の儀』で、この世界の危機というものを払うまでは戻れない……。流石にそれはわかります。ですが、今回の儀式は僕を含めて2人……。だから僕は、もう一人のトウヤ殿こそが勇者であって、僕は違うと申しているのです。だから、僕の出来る事をする……。私がこの世界に来てから申し上げ続けている事です」


 僕の答えにも大賢者は首を振る。


「お主こそが勇者であるとは考えられぬのか?儀式に応じた我が弟子でもある王女は、其方こそが勇者であると信じておるかもしれぬぞ?」

「…………僕は、勇者なんて器ではありません」


 僕はそっと今までの自分の人生を振り返る……。


「……僕は自分の身の程はわきまえて居るつもりです。僕は、何か大きな事を成すような特別な人間じゃない……。王女様は、この国を王族として、また勇者を召喚する使命を帯びて今まで生きて来られたのでしょう?ここにいるシェリルだって、エルフの姫君として……、ユイリやグラン、レンに至るまで、それぞれの家庭で、今に至るまでに形成されて、このストレンベルクにおいて重要な人物となっています。ですが……」


 今までの人生が浮かんでは過ぎ去っていくのを心の中で儚く思いながら、


「僕が生まれて25年……、ごく一般の家庭に生まれ、ごく一般の生活をしてきました……。だから、ごく一般的な人生を送るのが、僕の一生であると確信しております。それが、いきなり勇者だなんだと言われても、受け入れられるものではありませんよ」

「じゃから、勇者としてではなく……、自分の出来る事をする……。そういうわけか?」


 問答を繰り返しているうちに、自然と大賢者に対する悪感情も無くなり、自身の胸の内を正直に伝えられるようになっていた。僕は、はいと答え、


「この世界は、僕に対して誠実に応えてくれました。右も左もわからない者に、多額の金銭を用意し、護衛もつけてくれ……、元の世界に戻れる可能性も示してくれました。あまつさえ、ずっとこのままだと思っていた、このファーレルで状態異常として、浄化もして貰いました。それらの恩を受けながら、そのまま帰るという訳にはいきません。『恩を受けたら必ず返せ』というのが父の口癖でもありました。だから……、私はこの世界で、自分の出来る事をするつもりです。元の世界に戻る事が、僕の一番の目的である事は変わりませんが……」

「……あいわかった。主の事、このユーディスがしかと見極めさせて貰った……」


 僕の返答に大賢者は頷くと、何やら手袋のような物を自分の前に出現させる。


「それは、『マジックシューター』と呼ばれる魔法工芸品アーティファクトじゃ。我が弟子たちに持たせている魔力増強の効果のある一品じゃが、其方にも与えよう……。お主には魔法の才能もあるようじゃ。それを助けるもの、そう思ってくれたらよい」

「……何故、このような物を……?先程、申しました通り、僕は勇者ではないかもしれないのですよ?」


 目の前の『マジックシューター』を眺めながら、そう言う僕に、


「お主が何と言おうと、其方には勇者の資質はある。そして、その勇者殿が出来る事をすると言うのであれば、今の状況は当然のものと思われるが?」


 先程までの、何処か僕を試すような雰囲気は既に感じられず、ただ僕を一人の勇者として扱う大賢者の言葉に、


「……わかりました。後で返せと言われても、返せませんよ?それでも、いいんですね?」

「ああ、構わない。好きに使うといい……。先程までの、非礼の詫びじゃ」


 そこまで言われると受け取らざるを得ない。僕は苦笑しながら、その『マジックシューター』を受け取る。


「身に着ければ効果は発揮されよう。……ワシの方でも、其方が元の世界に戻れるよう、研究を重ねておく。王女も自身の名前をもって誓ったようじゃから、ワシもこの大賢者の名……『ユーディス・ウル・アルファレル』の名において誓おう……」

「……有難う御座います、大賢者様」


 此方の非礼も詫びる様に一礼すると、大賢者は、


「その奥の魔法陣で、一瞬で館の入り口に戻れる筈じゃ。レイア、勇者殿たちをお見送りするように」

「は、はい……、ユーディス様っ!」


 弾かれる様に反応したレイアは、僕たちを魔法陣まで導くと、詠唱を始める。そんな時、僕に向かって大賢者が何かを投げてくる。咄嗟に受け取ると、何やらブレスレットのようであった。


「こ、これは……」

「それも持ってゆけ。ここにあっても意味のないものじゃ。同じように身に着けておけば、効果もわかるじゃろう……」


 その言葉と同時に、レイアの魔法は完成し、大賢者の部屋から転移する。……全く、最後まで喰えない人だ……。転移の間際に見た大賢者の表情に、僕は苦笑いを浮かべながら魔力酔いに近い感覚に身を任せた……。











「レイファよ……、お主の言うように、あの者は間違いなく勇者じゃ……」


 コウ達が去り、誰もいなくなった部屋でひとりごちる。


 敢えて無限回廊に臨ませたり、あの若者を挑発するようにして本音を出させるように仕向けたのは全て彼がどういう人物であるかを見極めるため。会合で聞いた彼の行動に、どうしても全体像が見えてこなかったが故に、王より依頼された人物調査……。

 また、弟子であり、儀式の中軸でもある王女が感じているであろう勇者の資質が、確かなものかをどうかを判別する役目も担ったのだ。


「『招待召喚の儀』において、お主の状態からも、あの者と勇者として結びついておるのじゃろう……。しかし……」


 彼の者の心、その望郷の思い……。かつての勇者たちと違うただ1点の例外……。恐らくお主の想いは……。


「……いかんいかん。今考える事でもなかったのう。まずは、この世界の危機を排する事が先……。ついてはレイファの言う通り、帰還の魔法の研究をせねばのう……」


 あの若者とも約束したしのう……、そう思い直すと、ワシは今一度、大賢者の名において意識を集中させ……、部屋内のかつてない程の『魔力素粒子マナ』が満ちるのを感じながら、思考の渦へと落ちていった……。


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