第6話:絶世の美女




『本日の隠し玉にして、最後の商品であります、金髪碧眼のエルフの美女!今回、当店が自信を持って、過去最高の逸材と断言できる彼女の美点をひとつずつ紹介させて頂きましょう!』


 ……まるで、彫刻のように、美を体現したかのような美しさに、会場中の誰もが息を呑んだ。皆、彼女に見入っており、感嘆からつく溜息や、生唾を飲み込む音くらいしか聞こえない……。かくいう僕も、思わず何も考えられなくなり、彼女が欲しい……、そう思ってしまいそうになる。


(……駄目だ、この世界で、何かに執着するなんて事は……)


 何とか自制心を呼び起こそうとするが、正直あまり意味を成さなかった。それほどまでに、ステージ上の彼女の放つ、観るもの全てを惹きつけて放さない、フェロモンとでもいうような魅力……、男の理想をその身に体現させたような彼女の姿に、自分も含めた会場全ての者がやられてしまっていたという事なのだと思う……。


 改めてステージに目をやると、彫刻のような台座に頭の後ろで両手を組まされて、所謂セクシーポーズと呼ばれる格好で鎖に繋がれ拘束された美女の姿がそこにあった。


 今までに出品されていたエルフの女性ともまた一線を画した人間離れしたその美貌、それでいて何処か儚げな印象を与える容姿は見ているものを惹きつける美というべきか……。流れるような見事な金髪は彼女の腰元にまで達し、その可憐な口には自殺防止の為か、猿轡が噛まされている。


 また、その体勢から胸元を突き出させて強調させるように拘束されている事もあって、彼女のスタイルの良さもよくわかる。……某ゲームの言葉を借りるならば、ボンキュッボンというのであろうか、ダイナマイトボディとはまさに彼女の為にある言葉じゃないだろうか……。


 そんな彼女の体は、元の世界でいうアラビアの踊り子が着ているような、随分と頼りない薄布で覆われているだけで、扇情さをさらに煽っていた……。


『まず、ご紹介に移る前にご周知させて頂きましょう。皆様もご存知の通り……、此度の彼女のように本当に美しい娘や身分の高い令嬢は、こういったオークションではまずお目に掛かれません……。その前に大抵何処かの権力者や貴族の方々や、その道にコネクションのある大富豪が召抱えてしまいますからね……。会場中の皆様の中にも、覚えがあるのではないでしょうか?……しかし、此度、我々はある伝手より今回、こうして出品させて頂いております。つまり、今まで出品させて頂いた商品の中でも、最高価格で落札される事は間違い御座いません!』


 オークショニアの説明が始まると同時に、ユイリはそっと囁いてくる。


「……帰りましょう、これ以上ここにいても、気分が悪くなるだけよ」

「先程のユイリの話だと……、彼女は明らかに合法の奴隷じゃないんだよね?おまけに……素人の僕でもわかるほど、明らかに今までのエルフの少女とは違う……。なんとか、助けられないの?」


 今までのエルフの少女の事は見送っておいて何を言っているんだろう。正直、自分の言っている事も結構矛盾しているとは思っているけど……、そう言わずにはいられなかった。


「……間違いなく彼女は非合法の手段で連れてこられた奴隷だと思うわ。さっき説明した通り、滅ぼされたメイルフィード王国の、上級階級の令嬢の誰かでしょうね……。だけど、それも先程話した理由と一緒で、今の私たちではどうする事もできないわ……」


 やっぱり、どうにもならないのか……。やるせない思いでステージの方に目を戻す。


『今はまだ主人契約をしていないので、自殺防止の為猿轡をつけさせておりますが、その可憐な唇から紡ぎ出される声は我々業者も唸らせる美声であった事は保障致しましょう……!声一つとっても、購入を決定させる要素のひとつとなる最高の逸材!美貌にしても、元々容姿端麗な種族として有名なエルフの中でも、数段上の、天使を思わせるようなその容貌は見事としかいいようがありません!』


 ……拘束された彼女のその翠玉エメラルド色を思わせるその瞳は虚空を見つめ、何者も写していない印象を受ける。何処か希薄な雰囲気を纏わせる彼女に相まっているものの、何故かその瞳が、妙に気になってしまう。いつか……、どこかで見たような……。


『セクシーな金髪の美女というのは最早、男の夢と言ってもいいでしょう!そして何より……御覧下さい、この奇跡のプロポーションを!さらに驚くべき事は、このグラマラスな体付きをした彼女は、まだ男を知らない純潔さを保っております。つまり……、このナイスバディの体の初めてを存分に愉しむ事が出来るわけです!我々がしたことは彼女の状態と具合を確かめただけですので……、彼女が正真正銘の生娘である事は保障致します!ですので、彼女をたっぷり堪能して味わって頂く事が可能であります!!」


 そのオークショニアの言葉を聞いて、そそられたのか、今までで一番会場が盛り上がる。


 ……この世界でもそういった男が女に抱く感情はかわらないのか……。決して綺麗事をいうつもりもないし、気持ちがわからないでもないが……、ここで聞くそれは正直にいって反吐がでる。彼女をそういう風に見られている事が自分でもわからないけど、堪らなく不愉快だ。


 もう一度ステージ上の彼女を見てみると、オークショニアのその言葉を聞き、その虚空を見つめた瞳から一筋の涙が流れたのがわかった。自身の貞操が競売の対象として扱われて、それを思って涙したのだろうか……。いずれにしても……、


(全てを諦めているようにみえても、感情はまだ残っているんだな……)


 それと同時に、先程彼女を見ていて感じた違和感の正体に思い当たる。あの生きる事を……全てを諦めたかのようなあの瞳は……。






『お医者様がね……言ってたの。ワタシ……もう長く生きられないんだって……』


 ある日、幼馴染である彼女のお見舞いに行った時に言われた事に、一瞬何も考えられなくなった。


『そ、それって……どういうこと?』

『…………わからないかな?』


 ベッドの脇に飾ってあったお花に触れながら、気だるそうにこちらを見る……。その目を見た時、僕は理解してしまった。


『そんな……そんな事って……!』

『ねぇ……、コウ君……』


 彼女が……もうすぐ居なくなる。その現実を信じたくなくて……。そう葛藤していた僕に、暫く黙っていた彼女がポツリと口を開く。

 

『もう……明日からお見舞い、来なくていいよ……』

『な、何を、言ってるの……?』


 急に、そんな事を言い出した彼女を問い詰めると……、


『貴方の顔を見るのも……正直辛いの。だから、ワタシの事なんか忘れて、二度とここに来ないで』

『な……なんだよ……、何を言ってるんだよ……。そんな……!』


 彼女からの突然の拒絶に、僕は……、


『忘れる事なんて、出来るわけないだろ!?ずっと、小さな頃からずっと一緒にいて……!将来、僕のお嫁さんになるんだろ!?病院に入る時だって、そう言っていたじゃないか!?』

『……もう、そんな未来が来る事はないの。貴方だって……わかっているんでしょ』

『医者が何と言ったって、それが絶対な訳がない!!何が余命告知だよ!諦めなければ、奇跡だって……!』

『コウ君……』


 静かに僕の頬に手を伸ばす彼女に、ハッとして我に返る。


『だったら、ワタシからの一生のお願い……。これ以上、弱っていくワタシの姿を見られたくないの……。それに、貴方を見ていると、生きたいと思ってしまう……』

『だから……!諦めるなよっ!!なんで……なんで生きる事を諦めちゃうんだよ!!』


 泣きながら訴える僕に、彼女も泣き笑いを浮かべ……、僕を覗き込みながら、彼女は告げる……。


『ワタシの身体の事だから……一番自分がよくわかっているの。だから、これ以上ワタシを苦しめないで……。ワタシの事を思ってくれるのなら……お願い』

『…………しおり、ちゃん……』


 ……この時の彼女の表情と言葉を、僕は二度と忘れる事が出来ないだろう。あの、生きる事を、全てを諦めてしまったかのような瞳を……。






『さらに彼女は精霊魔術はおろか、その他の魔術の心得もあり、教養は勿論、礼儀作法、社交儀礼、その他技能も十分に仕込まれて御座います。さらに御覧の通り、何処か上級階級の者の気品まで感じさせる、正に絶世の美女!彼女が王族か貴族かを確認出来なかった事は不思議でなりませんが、間違いなく言えることはもう二度とこれ程の美女にはお目にかかれない事でしょう。彼女が今まで出品してきた中でも最高傑作であることは間違い御座いません。また当意即妙のやりとりも心得ているようで御座いますれば、ご貴族の皆様方の妻として傍におく事もまた一興で御座いましょう。勿論……、落札した暁には、彼女を性奴隷として好きにしてもらってもいい訳で御座いますが……』


 オークショニアの紹介に盛り上がりも最高潮に達している中、僕はある決意を固め、そっと手元のモノを確認する。周りの様子を心底嫌そうに眺めながらユイリは、


「もうここにいても、私達に出来る事はないわ……。それとも……、彼女が誰かに買われていく様子が見たいとでもいうの?」

「いや、そんなつもりはないよ。でも……帰るにはまだ早い……」


 そう言って僕は自分の持っていたある物をそっと取り出す。それを見たユイリはハッとする。


「貴方……ひょっとして……彼女を買おうっていうの!?」

「……ああ、そうするつもりだよ」

「よりにもよって王女殿下からの星銀貨で……っ!さっき教えたじゃない……!星銀貨の価値をっ!」


 僕の取り出した物……、王女様から頂いた星銀貨を見て、彼女は激高したように詰め寄ってくる。


「勿論……、さっき君に聞いたばかりだし」


 苦笑しながら、先程ユイリが教えてくれた星銀貨の事を思い出す。星銀貨は今よりもずっと前、超古代文明と言われて現在よりも優れた魔法世界であった頃の貨幣であり、遺物の1つとしても扱われていた貴重な貨幣であるという事だった。


 使われている素材も銀以外特定されていない上に、貨幣としての価値だけでなく、魔術を増幅させるブースターとしても使用できるという事もあって、大金貨としての価値を遥かに上回るという。


 その時に応じて価値も前後するが、現時点では1枚大金貨150……いや、場合によっては200枚以上の価値はあると彼女は教えてくれた。……そして、星銀貨は魔族が特に欲しているという事も……。


「どの種族よりも魔力が優れている忌むべき魔族に、星銀貨が出回ってしまうリスクを……考えられないわけじゃないでしょう!?」

「……わかってる。それでも……もう決めたんだ」


 あの時、自分に出来る事もなく助ける事が出来なかった幼馴染と同じく、全てを諦めてしまっている彼女を見て、僕は決めた。……この行為が、あとで問題となって返ってきたとしても……!


『それでは……、いよいよ始めましょう……!絶世のエルフの美女……、相場の通りに破格の大金貨50枚から参りましょう!』


 オークショニアが開始を宣言した途端、次々と入札が入っては更新され……、あっという間に先程の竜人の落札価格までつり上がってしまう……。


『はい、大金貨350が出ました!他にはありませんか!?おっと、そちらは大金貨370、またそちらは大金貨380!大金貨380が出ましたよ!さぁどうだ、もうないか!?恐らくもう二度とこんな逸材はお目にかかれませんよ!』


 そんなオークショニアの声が響き渡る中、僕はもう一度説明書に目を通しながら入札方法の確認をしていると、その様子を見ていたユイリが静かに、それでいて感情のない声で、呟くように問いかけてきた。


「…………本当に、入札する気なの?そんなに彼女が気に入った?」


 その声色から彼女の怒りを理解しながらも、それでも僕の決意はかわらない。


「言い訳はしないよ、これは僕の我侭だから……、でも……ゴメン」

「……そう、なら勝手にしたら?」


 僕の返答を聞き、心底失望したという表情で顔を逸らすユイリ。やっぱり、勇者と言っても男なんて……、そう彼女が吐き捨てるのがわかったが、僕は入札を行うべく、星銀貨を備え付けの端末を説明書通りに操作する。


『な、なんと、大金貨700!これは凄い!色々な種族を出品した我々にとってもこれは最高価格だ!!相場とは比べ物にならない入札額がついてしまった!未だ出品のない天使を除いて、今までで最高の価値のある竜人、それも先程の金額を大幅に超える入札額!この金額はまさに未知の領域だ!流石にもういらっしゃいませんか!?いらっしゃいませんね!?では、大金貨700枚で……!』


 どうやら現在最高入札額を提示しているのは、先程の竜人を落札した人物と同じようだ。先程と同じように落札を確信しているのだろう。落札を決定する為にオークショニアがハンマーを下ろそうとする間際、僕はなんとか星銀貨の投入を終え、入札に成功する。


『おっと、ここからさらに入札か……?しかし、流石に大金貨700枚以上を新たに投入する時間も無かったかと思……っ!?』


 そこで、投入された5枚の星銀貨を見て、オークショニアの思考が固まる。一瞬の沈黙の後、なんとかオークショニアが言葉の続きを口に出した。


『な、なんと……星銀貨での入札です……。し、しかも5枚……っ!!』

「あ……貴方!よりにもよって王女殿下から頂いた全ての星銀貨をっ!?」


 オークショニアの言葉にあれだけ熱狂していた会場が、一瞬で静まり返る。ユイリにはさらに非難の言葉を受けたが、今は相手にしている時間も惜しい。先程の落札を確信していた人物も驚きの表情で端末を操作する手が止まっていた。


 ステージ上の入札金額を見てみると、星銀貨5枚(大金貨1000枚相当)と表示されていた。「バ、バカな……!」などと言いつつ脂汗まみれの成金の男の様子から察するに、今現在、その金額を被せるだけの大金貨は、最早無かったようだった。


 そして、この金額に他に対抗できる人物も居なかったようで、我に返ったオークショニアがハンマーを振り下ろす。


『金髪碧眼のエルフの美女、星銀貨5枚で落札ですっ!!』


 そして次の瞬間、会場が割れんばかりの歓声が上がったのだった。

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