第5話:奴隷オークション




「しかし……ここがオークション会場か……」


 あの闇商人から貰った招待状に描かれていた店に入ると、そこは小さな劇場のようになっていたのだ。そして今現在も、壇上では司会であるオークショニアが商品の紹介をしているけれど、それにしても……、


「……あまりキョロキョロしないで、目立つでしょ」

「ああ、ゴメン……」


 とはいうものの、僕は先程から周りが気になって仕方がなかった。……客と思われる周りの人間が皆、今まで見てきた人達とは違い、富裕層というか、貴族や富豪といった人間がお忍びでやってきている、そんな印象を受けた。


 ……因みに、隣にいるユイリもカジノにいた時までの服装とは違う。カジノを出る前に少し待っててと言い残すと、自分の体感でおよそ2分程で戻ってきた彼女を見ると、ポニーテールだった髪も下ろし、まるで上級階級の令嬢のような格好をしていた。


 いきなり雰囲気の変わった彼女にドキッとしたというか……、その格好が違和感に思わないほど自然と気品も備わっていたというか……。話がそれてしまったが、要するに何が言いたいのかというと……、


「……僕、なんか浮いてない?」


 ……そう、自分の格好だけが普通のいち一般庶民みたいで、逆に目立っているような気がするのだ。そんな僕の様子に、ユイリは溜息をつくと、


「……貴方の格好については取り合えず心配はいらないわ。一応、私達に隠蔽魔法バイディングのようなものを掛けているから」

「そ、そうなんだ……。でもそれだったら、僕だけでいいんじゃない?ユイリの格好は似合っているし……むしろそっちの方がしっくりくるというか……」

「……そういうのはいいから。今はあまり無駄話しないで。私の掛けた隠蔽魔法バイディングは姿を消すものじゃなくて、単純に目立たなくするってものだから。今の貴方のようにキョロキョロしたりしていると、あまり意味を成さなくなってしまうのよ」


 つまり……某国民的マンガに出てきたような「石○ろぼうし」のようなものか……。本当に、魔法さまさまだな。


「でも、それだったら完全に姿を消しちゃった方がいいんじゃない?別に僕もオークションに参加したいというより、観てみたかっただけだからさ……」


 事実、もし姿を消せるのだとしたら、本当に何でもありだな……。元の世界でこんな事がまかり通ったら、犯罪だらけになってしまう。


「……今掛けている隠蔽魔法バイディングがギリギリなのよ。姿を消す魔法なんて掛けたら、それこそ探知魔法に引っかかってしまうわ……。だから、今の状態にしている事が最善の選択なのよ」


 ……前言撤回。それは確かにそうだよな。姿を消せるという事は、それに対応する手段がある。確かに元の世界でも、仮に透明になった人間を看破する事は不可能ではないし。透明人間の映画もあったけど、それでも確かにやりたい放題といった感じではなかった覚えもある。


「それに……、私も事情があってあまりこういう場で目立ちたくはないの。全く……誰かさんが来たいなんて言わなかったら、こんな風に来る事も無かったのでしょうけど……」


 少し非難を込めた口調で、僕にそう答えるユイリ。僕は苦笑しながらも、これ以上彼女を刺激しない方がいいと判断して、手元の説明書に目を移す。そこにはこのオークションでの説明や注意点と、商品の相場について書いていた。


「でも、このオークションのシステムも良く出来ているね。多分自分の身の丈以上の価格で入札したりしないような防止措置かとは思うけど……」


 自分達の席のところに魔法で管理されているのか貨幣投入口のようなものがあって、入札するときはそこに投入しなければならなくなっている。


 しかも入札する度にいくらか手数料もとられ、なおかつ落札できなくとも、それが次点落札者だった場合、入札した額の10%も諸経費か何かで持っていかれてしまうのだ。


 だから、取り合えず入札して安く買えれば儲けもの、みたいな事は出来にくいようになっているし、そこは駆け引きが必要なのだろう。


 そして、商品の相場についてだけど……、


『続きまして、次の商品はこちら、またもエルフ族で……しかも女性!債権奴隷となった、なかなか出品される事のない逸材で御座います!』


 ……そう、ここは『奴隷オークション』。この国の深淵を見せられた気分になった。ここが奴隷オークションだと知った瞬間、顔色を変えたユイリに気付き、店を出ると言われる前に席を確保してそう言い出しにくくした。


 席に着いた僕を見て、しぶしぶ隣にやって来たユイリに自分の持っている星銀貨の価値や奴隷自体はこの国では合法なのか等を質問攻めにして、なるべくオークションから意識を逸らせるようにしたという経緯があった。そして、ふと気が付くと周りと比べてやけに自分が浮いていないかという思いに至った訳である。


 意識を戻して壇上を見てみると、両手足を拘束されて少女が自身に次々とつけられる金額に項垂れている様子が見えた。ゲームやファンタジーの世界に良く出てくるエルフという存在を、まさかこんなところでお目にかかる事になるとは思わなかったけど……。改めて手元の相場表を見てみると、




価格相場表


ドワーフ 大金貨3枚

人間   大金貨5枚

人魚   大金貨30枚

エルフ  大金貨50枚

巨人   大金貨100枚

竜人   大金貨200枚

天使   時価


その他の獣人、亜人などはその時の相場により変動する。また、ここに記載されているものはあくまで目安であり、男女によって、また種族によって価格が変わる。容姿・容貌が優れていたり、優れた知識や技術、能力スキルを持っていたり、そして王族や貴族といった高貴な血を引いているとなるとさらに金額も跳ね上がる。




(……ようは見栄えがよかったり、優れた技能を持っていたりすると価値が上がるって事か。人間やエルフは女性の方が値が上がるみたいだし、これも元の世界とか関係なく、世界共通の認識なのかねぇ……)


 まるで世界の縮図のような内容に苦笑すると、ちょうど壇上では先程のエルフの少女が誰かに落札されたようだった。


「大金貨89枚か……、正直いってまだ貨幣の価値についてはわかっていないけど、相場表に書かれている枚数よりはずっと多いね」


 確か大金貨1枚で普通の金貨のだいたい5倍位の価値があって、銀貨に換算すると約150枚位ってユイリが説明していたっけ。価値とかを計算して大雑把にいうと、多分大金貨一枚で元の世界でいう15万円位の価値になるのかな……?


 因みに……トウヤ殿が王様から貰ったお金というのが、大金貨が約500枚程あったという事だけど、それだけあれば大豪邸が建てられてお釣りがくると聞いて、この国の勇者の歓迎具合も伺える結果となった。あと……僕が頂いた星銀貨だけど、ユイリから聞いた話によれば……。


「その注意書きの通りそれはあくまで目安だから、そこに書かれている通りに落札できるって訳ではないわ。でも……ちょっと気になるわね……」


 貨幣の事を考えていたところを中断させる形で、ユイリが僕の疑問を補足してくれる。しかし、そう言いながら彼女が少し訝しむ様子になっている事に気付き、


「気になるって……、さっき落札された子の事?」


 僕がそう言うと、彼女は頷いて、


「さっき、奴隷制度自体はこの国でも一応合法とされているという事は説明したと思うけど、実際のところ表立って奴隷を使うっていうのは殆ど無いのよ。あっても、国主導で行う治水工事等に駆り出されるかするくらいなものじゃないかしら。まぁ個人で使うといっても、正直なところ労働者の仕事として雇うという形で人手はあるし、わざわざ奴隷を使う必要性はこの国ではないのよ」


 余所の国ではまだ、奴隷を主に使っているところもあるけれど、とユイリは説明する。頷く僕を見ると、


「……奴隷にはそれぞれ3つに種類が分別されているの。まず最初に懲役奴隷ね。盗賊や暗殺者アサシンなんかが犯罪行為に及んで捕えられて奴隷に落とされるケース。彼らはさっき言った国の工事といった強制労働に駆り出される事が多いわ」


 彼女の話を聞いて、それは恐らく自分の世界の刑務所とその受刑者といった意味合いが強いかな、と理解する。さらに彼女は続けて、


「次に債務奴隷。主に借金の方で奴隷にされてしまったり、後は労働者のミスで雇い主に不利益を被らせたり、貴族に奉公に出ている人が大切なものを壊して弁償できずに奴隷にされるといったケースね」

「えっ!?そ、その、例えば雇い主に不利益を被らせたって……、故意にやったんじゃなくても奴隷になっちゃったりするの?」


 なにそれ!?もし本当なのだとしたら超怖いんですけど!?


「ええ、労働者の勝手な事をしたせいで、雇い主が損をしたとしたら、当然その労働者に罪が認められるわ。その損害分を支払うか、もし支払えないならば奴隷に落とされるといった話はよく聞くわね」

「…………こわっ」


 ……僕、この世界じゃ絶対に働きたくないな……。仮に損失が出て、お前のせいだって言われたら証明できない事だろ!?……冤罪で奴隷になった人も結構いるんじゃないのか……?


「話を戻すけど……、最後が戦犯奴隷ね。国同士が戦争して、敗戦国の王族や貴族が囚われて、奴隷に落とされるケース……。ただ、ここ100年位では国同士の戦争は起こっていないし、今はそれぞれの国で同盟や盟約を結んでいるから、滅多に戦争が起こるという事は無いと思うわ。……まして、特に今は国同士で争っている場合じゃないし……」

「成程ね……。でも、今の話で何か気になる事でもあった?」


 ユイリのした三種類の奴隷の話の中で、しかもエルフの少女の事で何か可笑しなところでもあったかな?疑問に思った僕に答えるように、


「……先程からエルフの奴隷、それも女性ばっかり出品されているでしょ。それが変なのよ……」

「えっ?別に変でもないんじゃない?単純に債務奴隷にさせられただけでしょ?」


 まぁ、それが冤罪だったかどうかまでは、わからないけれど。そう答える僕に彼女はゆっくりと首を振り、


「……エルフ族はあまり人里には下りて来ないわ。大抵は森の……、エルフの王国にいて、滅多な事でもない限り私達人間の住むところには出てこないのよ。エルフは特に仲間意識も高いし、正直なところ仲間同士で債務奴隷に落として人間の店に売却するなんて事、ちょっと考えられないの」


 そうか……。それなのに先程から覚えている限りでもエルフの女性が3人、債務奴隷として出品されている。彼女の指摘が正しいなら、債務奴隷なんかになる筈はない……。


「それにね、少し前に隣国の……エルフの王国が何者かによって滅ぼされたって情報もあるの」

「ほ、滅ぼされたって……そのエルフの王国が!?クーデターで乗っ取られたとかではなくて!?」


 そもそも国って滅ぼされるものなの?天災によって滅びるとかならまだわかるけど、何者かに滅ぼされたって何だよ!?


「まだ未確認な事も多いからあまり詳しくは言えないけれど……、エルフの国、メイルフィード王国が廃墟になっている事は確かよ。通信魔法も届かないし、魔法端末も壊されていたし、王宮も森も燃やされていて……。亡命者も今のところ聞かないから、殆ど生存者もいないのではというのが上の考えのようだけど……」

「ということは……、今まで出品されてきたエルフの女性達は……!」


 彼女達は、滅びたエルフの王国の生き残りである可能性が高いという事か……。でも、それは……、


「でも……、それならどうして戦犯奴隷として出品されないの?ある一定の貴族とかじゃないと戦犯奴隷として認められないとか?」

「それもあるけれど……、そもそもメイルフィード王国のエルフが戦犯奴隷にはならないわ。戦犯奴隷は戦争を起こした国や、戦争を起こされても仕方なかった国の敗戦国がなるものだから……、彼らの国が戦犯になるという事自体がありえないのよ。そもそも、メイルフィード王国はどちらかというと、他国との交流を最低限にして、侵略とは程遠い国だったし、仮に何処かの国に宣戦布告されたとしても、この国を含めた周辺国が黙っているはずないからね。でも……メイルフィード王国は滅んだ。そして滅ぼした存在は不明で……なのにエルフの、それも高く売れる女性ばっかり奴隷として出品される……」


 ユイリはそこまで話すと、再び壇上へ目を向ける。またもやオークショニアによってエルフの女性が紹介されているようだった。確かに……エルフの出品が多い気がする。


 勿論、自分達と同じ人間や、始めて見るドワーフや狼や猫の姿をした獣人族と呼ばれる種族も何人かは出品されてはいたけれど……。


「……普通、こういうオークションでエルフは出品されるのは結構稀で、出品されてもせいぜい1人いるかどうか……。だから、そのリストでもエルフは他の種族に比べて高めに設定されているのよ。そして、もし出品されたとしても、先程言った三種類の奴隷に当てはまらないケースね……」

「……なんとなく、想像は出来るけど……」


 ……三種類の奴隷のうち、戦犯奴隷を除いて、ほとんどはその本人に何かしらの問題があって奴隷に落とされるケースだ。そして、戦犯奴隷自体は戦争などが行われなければ、増えるものではない……。それ以外に奴隷が増える事があるとするならば……。


「そう、盗賊なんかの人攫いにあって、戦犯奴隷のように無理やり奴隷に落とされるケースよ。『裏社会の職郡ダーク・ワーカー』の中には奴隷商人という職業もあってね、彼らが盗賊から購入して手に入れた者を正式な奴隷にしてしまうのよ。大抵の場合、名目上は債務奴隷という形で借金の方に……という方法を使って、ね。だから、先程から出品されたエルフ達も、そうやって非合法な手段で奴隷に落とされた可能性はあるわ。……滅ぼされたメイルフィード王国の生き残りを捕まえてね……」


 ユイリはギュッと自分の拳を握り締める。……俯く彼女の表情を見るまでもなく、この件に関するユイリの怒りがひしひしと伝わってくる。


「……王国で保護とか出来ないの?今、話してくれたように非合法な手段で奴隷にされているって言ってさ」

「…………無理ね。彼女が非合法な奴隷かどうかなんて証明できないもの。売買契約を終えた事に関して、王国が介入する事は出来ないわ。勿論、買い手を詰問するのも無理。別に奴隷を手に入れる事自体は違法でも何でもないからね」


 成程ね……。でも、今のユイリの話を聞いて、この国のもう一つの一面を知る事が出来た。自身の権利を他者が侵害するという……深い闇の一面を。それを知る事が出来ただけでも……ここに来たかいがあった。


『さて……そろそろ終了のお時間も迫って参りました……。それではいよいよ本日の目玉商品……、某国のある貴族が亡くなり、そこで囲われていたある戦犯奴隷が今回のオークションに出品されました……、女性の竜人ドラゴニュートの出品となります!』


 壇上のオークショニアは今までとは明らかに違った様子で商品の紹介をしている。恐らく……彼女が本日の最後の出品なのだろう。


『彼女は先々代の主人に戦犯奴隷として購入され……、ずっと大事に囲われてきた美女でもあります。教養は勿論、礼儀作法、社交儀礼としっかりと仕込まれており、さらに竜人特有の戦闘技能も有しております。ボディガード、夜のお世話と一通りの事はこなす事が出来る優れた逸材であります』


「ねぇ、ユイリ……、竜人って種族も初めて見るのだけど、相場表の価格の高さといい、どういった種族なのかな?」


 オークショニアの説明を聞きながら、また相場表を見て気になった疑問を彼女に投げ掛けてみると、


「竜人はその名の通り、竜と人の両方の血を持つ種族ね。今日も何人か出品されていたけれど、獣人族の突然変異のようなものと解釈して貰えればいいと思うわ。私もあまり見た事はない種族だけど、高い戦闘力と知性を兼ね備えているし、竜の血を引き継いでいるだけあって、エルフ並に長寿でもあるわね。彼女もかつての戦犯奴隷と言われていたけれど、もう百年くらい前の話だと思うし、さっき司会が説明した通り、先々代からずっと継承されてきた奴隷なんでしょう。……ここで彼女が放出されたという事は、恐らくだけどその貴族の跡継ぎのトラブルが起こっているんじゃないかしら。そうでなければ、何か問題でも起こさない限り、彼女みたいな竜人が出品されるなんて事は起こらないと思うしね……」


 ユイリの説明を聞いている間に、彼女の入札が開始され、あっという間に今まで以上の高額入札となっていった。


『おおっと、出ました大金貨200!さぁ、もう無いか!?おっと、そちらは大金貨210、さらに大金貨215も出てきた!大金貨215が出ましたよ!竜人の出品なんてほとんどないから、もう手に入れる機会は無いかもしれませんよ!!さぁ、ついに大金貨230!大金貨230が出てきました!!』


 あの巧みなオークショニアの誘導もあってか、青天井のようにどんどん入札金額が膨れ上がっていく……!そして……、


『はい、ここで終了です!女性の竜人ドラゴニュート、なんと大金貨350枚で落札で御座います!!』


 ハンマーが叩かれ、落札者が決定する。向こうの席で立ち上がり勝ち誇っている、小太りのいかにもな格好をしている成金風の男が落札者なのだろう……。彼の周りの貴族達も、何処か敬遠しているような雰囲気だし、この会場の中でもかなり有力な貴族なのかもしれない……。


「……さぁ、もう宿に戻りましょう。もう見るところもないでしょうし」


 ユイリはそう言って席を立つ。実際、今のが最後の出品だろうし、他の客達も徐々に席を立つ姿が見受けられた。僕もユイリに倣って席を立とうとしたその時、


「!?な……なんだ!?」


 突然、店内の明かりが消え、暗闇に包まれる。すぐさま傍にユイリが付き、離れないでっと周りを伺う様子が感じられた。周りの客達も何事だとざわつき始める中で、


『皆様!突然の暗闇に驚かれていらっしゃるかと存じますが、これは本日最後の出品、その演出で御座います……』


 先程のオークショニアの声が響きわたり、彼にスポットライトが当たる。な、なんだ……、先程の竜人が、今日の最後の出品じゃなかったのか……?


『これから出品致しますのは、恐らく今までわたくしどもが世に出し続けた商人の中でも過去最高の逸材と言っても過言ではないでしょう……。未だ出品された事の無い天使と比べても、遜色ない美の化身……、それでは紹介させて頂きましょう!!』


 その言葉と同時にステージにもスポットライトが照らされて、その中が露になる。そこに映し出された存在を見て、僕は一瞬で目を奪われ、そして思わず息を呑んだ。


『本日の隠し玉にして、極上のエルフ……、まずはその美しさを存分にご堪能頂きましょう!!』


 彫刻のような台座に鎖で繋がれた金髪の美女……、会場内から一切の音が消え、そのあまりの美しさに、声もなくただ静まり返るのだった……。

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