第4話
「キミ、は……」
ごくり、と、唾を飲む音がやけに響いた。冷汗が滝のように流れて止まらない。
だって、この少年は。
「吸血鬼……ッ!!」
思っていたよりもずっと低く重い声が出た。心臓が早鐘のように五月蠅い。腰に携えた銃を握る手にじっとりと汗が滲んでいるのが分かった。
ルマンに睨まれた少年はビクッと肩を震わせる。
「ぼ、僕はただの旅人ですよぅ……!」
臆病そうな、か細い声がそう言った。仲間を殺したはずの少年のオドオドとした態度はルマンの目にはやけに白々しく見えて、余計に彼の神経を逆撫でする。ぐっと銃を握る手に力を込め、ホルスターから引き抜いて目の前に構えた。
「うるさい! キミはボクの――ボクらの家族を殺しただろ⁉」
「ご、誤解です! 僕は誰も――」
「黙れ!!」
手が震える。
仲間の仇が取れることへの武者震いなのか、それとも人の形をしたものを撃つのが怖いのか。喉が渇いて頭がくらくらする。森の中に響く鳥の鳴き声がやけに遠くに聞こえた。
銃の中には銀の弾丸を込めた。
引き金を引けばいつだってこの吸血鬼を殺せる。そう、今すぐにでも。
「彼――。最期に、何か言ってた?」
ルマンの問いかけに吸血鬼の少年は口を開く。
「……さぁ。言っていたとしても、いちいち覚えてなんかいられませんよ」
それは淡々と告げられた。それ以上でも以下でもなく、ただの事実として。けれどルマンにはそれがひどく人間を馬鹿にしているように聞こえた。
人間は動物を食糧とするけれど、その動物たちにもそれぞれの生活があることを顧みない。虫を殺しても弔わない。花を手折っても何も思わない。それと同義だと、そう言われているように感じた。憤った。キミらだって元は人間だろう、と。
――そう思った次の瞬間には、射撃の反動で体が浮き、辺りには火薬の焼けた匂いが漂っていた。
◆◇◇
吸血鬼がいると聞いて不安がる者、そんなものもう怖くはないと強がる者、そう頻繁に出くわしたりはしないだろうと楽観視する者。集落では皆が採集に出向いた仲間たちの帰りを心待ちにしていた。
昼間でも薄暗く、夏でも肌寒い洞窟の中ではウィリーたちよりも小さい子どもたちが外の世界に憧れ、焦がれ、いつか大人たちのように外へ出られる日を夢に見ている。そんな彼らは外へ出るギリギリの場所――扉へと続く坑道や、縄梯子のかかった滝の麓で遊ぶのも好きだった。
ルマンたちの帰りを待ちながら、今日もそこで遊んでいた。滝の麓、小さな秘密基地のような、遊び場のような。そちらのほうが大人にばれにくく、ばれなければ怒られることもないからだ。
と、ザーザーと五月蠅い滝の音に混じって大きく息を吐く声が聞こえた。
採集隊の誰かが帰ってきたのだ。何故かはわからないが、わざわざこちらの道を選んで。
「っ、はぁ…はぁ……。ガキども、こっちは危ないって、言われてるだろー…」
「リュゼにーちゃん! ずぶぬれー!」
「ルマンたちはー?」
荒い呼吸を整えながらリュゼは水を吸って重くなった服を絞る。きゃいきゃいと周りで騒ぎ立てる子どもたちを制しながら、集落へ続く縄梯子のほうへ歩を進めた。
「ルマンたちは後で帰ってくる。ウィリーは? 話があるんだ」
「ウィリーねーちゃん、ずーっとお部屋にこもってるんだ」
「ピウスねーちゃんが代わりにお話聞くってよ~」
「…駄目なんだよ、それじゃ………」
すでに縄梯子を上り始めたリュゼの表情は子どもたちには見えない。滝の音にかき消されて彼の呟きも聞こえない。一瞬だけ悲痛な表情を浮かべたリュゼはすぐにいつも通りの笑顔を張り付けると子どもたちのほうを振り向いた。
「おう。じゃあピウスねーちゃんに聞いてもらうよ。バレないように遊べよ、ガキども」
それだけ言うと後はもう振り返らず、ただ黙々と縄梯子を上った。
ウィリーに伝えなければいけないことがある。それなのに、彼女はどうも忙しいらしく部屋を出られないという。無理矢理にでも部屋に押し入って話を聞いてもらおうか。それともピウスに状況を説明して彼女を連れてきてもらおうか。出来ればピウスにはあまり言いたくないのだが。ぐるぐると考えていても思考はまとまらない。相変わらず体の震えも止まらない。今こうしてここにいて、一段一段足をかけられていることが不思議なくらいだ。
「――あ、やべ」
考えたそばから手が滑る。あともう一歩のところで油断した。
――この高さだと……最悪死ぬ。
刹那、誰かに腕を掴まれた。水で濡れていて掴みにくいだろうに、その手はしっかりとリュゼを捉えて離さなかった。
「……何をしているんだ」
「フォルティ! 助かった!」
幼馴染だ。首長の側近で、まだ若いながらも集落で一番強いとも言われている、頼もしい親友。
そうだ。こいつなら。
どうせこいつにも伝えるつもりだった。それにウィリーの側近にして兄でもあるフォルティならばすぐに彼女に伝えられるはずだ。
呆れ顔でリュゼを引き上げたフォルティの目をじぃっと見ると何か言いたいようだと伝わったみたいで彼もリュゼを見つめ返した。
「呆れついでにもう一つ聞いてくれないか?」
「“ついで” ではなく、どうせそちらが本題だろう」
「ごめいとーう」
極めていつものように茶化して言えば、フォルティはキッとリュゼを睨む。早く続きをと促しているようだった。
だからリュゼも真面目に答える。応える。堪える。
珍しく真剣な表情で、本当は自分でも信じられていない事実を口にする。
「――ルマンが、死んだよ」
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