第3話
集落の被害状況は微々たるものだった。
騒ぎの中心にあった民家三軒の壁の破損、戦闘に巻き込まれ怪我をした者七名、それから衝撃で出口近くまで吹き飛び濡れてしまった使い物にならない薪が一山。
それをウィリーに伝えると――いや、正確には、ウィリーは忙しくて顔を出せないのだと代理を務めるピウスに伝えると、集落の外に出て木材と薬草を調達してこい、とお達しがあった。
近くに吸血鬼がうろついているであろうことを考慮し、編成されたメンバーは10名。リュゼとルマンはそれに含まれ、フォルティは万が一集落の在り処がばれた際に他のメンバーと共に集落を、そしてウィリーやピウスを守るために滝のこちら側に残ることとなった。
友人を危険な場所へ向かわせ自分だけ安全な場所にいることに憤りを覚えたが、それはリュゼと集落の大人たちによってあえなく鎮められてしまった。お前はウィリーの側近なのだから、と。お前が集落を、妹を守るのだとそう言われ、納得はしないまでも自分は自分の役目を果たそうと、そう誓った。
「吸血鬼は銀製品に弱い。戦闘になったなら必ず銀製の武器を――」
「わーかってるって、そんなこと! 任せてよ。このルマン様が吸血鬼なんかやっつけてあげるから!」
「本来の目的は木材と薬草の調達な。吸血鬼との戦闘は出来るだけ避けろってウィリーちゃんも常日頃から言ってるだろー」
どこかわくわくした様子のルマンをリュゼが窘める。
「ウィリーにお見送りしてもらいたかったけど、忙しいんじゃあ仕方ないね。帰ってきたらいっぱい遊んでもらおー」
そんな軽口を叩きながら、ルマンたちは集落の外へと向かった。
大滝の裏に隠された洞窟から抜ける道は二つある。
一つは遠回りになるが洞窟内に出来た空洞を通る道。集落の民は主にこちらの道を使っている。素材の採集で得た荷物を濡らさなくて済むし、何より多少遠回りにはなってももう片方に比べて体力を使わなくていいからだ。
もう一つは滝の麓に流れる川に入り、大滝の底を潜り抜け、縄梯子を上ってくるというなかなかにハードな道とも呼べない道で、よほどの緊急事態でない限りこちらの道は使われない。
そんな訳でリュゼたち採集メンバーも漏れなく前者の道を進む。
鍾乳洞に覆われた岩肌は神秘的で、静かな空間には10人の足音と水の滴る音がやけに響いていた。
吸血鬼の侵入対策で鍾乳洞の出口に取り付けられた簡易的な扉を押し開くとそこはもう今までの薄暗い洞窟内とは全くの別世界だ。大きな森の中には日差しが降り注ぎ、小鳥たちの鳴き声が聞こえてきた。
「ひっさしぶりの外だ~! 空気が籠ってない! 空が綺麗~!」
「ルマン、静かに。ここは集落とは違うんだぞ」
外に出るや、大きく深呼吸して背伸びをするルマンに採集隊のリーダーでもある男性が注意する。吸血鬼となってしまった青年のことを思うと久しぶりの外界でも注意を怠るなと、そう言われた気がした。
早速5人ずつに分かれ、補充すべき木材と薬草を採取する。リュゼもルマンも珍しく真面目に――と思いきや、ルマンのほうは例に漏れずじきに飽きてしまって綺麗な花や珍しい虫を追いかけて皆から離れて行ってしまっていた。
珍しい虫、というより今回は珍しい植物とそれに群がる虫に引き寄せられ、ルマンはすっかり大人たちとも幼馴染とも離れた場所にいた。珍しい植物はもしかするとウィリーなら何なのか分かるかもしれない、と考えながら釣られるように、引き寄せられるようにそれを辿っていく。どんどん森の奥へと歩を進めていることにも気付かずに。
気付けば周りに人の姿はなく。いや、正確には見知った人の姿はなく。
否。初めの表現で合っていたのかもしれない。そこには確かに “人” の姿はなかったのだから。
翡翠の髪の少年。
旅人風の格好をした少年。
身の丈以上もある長い槍を持った少年。
――話に聞いていた “吸血鬼” だ。
思わず後ずさったルマンと吸血鬼の少年の異形の瞳が合った。
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