はじめてのメモリースポーツ

青キング(Aoking)

はじめてのメモリースポーツ

 縁側の庇に吊るした東京オリンピックのロゴを印刷した風鈴が、悲嘆を歌うように侘し気に音を鳴らした。

 今日から僕はメモリースポーツの花形と言われている『スピードカード』の練習をしていこうと決めた。


 『スピードカード』っていうのは、ジョーカーを抜いた五十二枚のトランプをシャッフルして、ランダムになったカードの順番をどれだけ速く記憶できるか、という種目だ。


 早速、スピードカードに挑戦したいところだが、この種目をするには必須の前準備がある。


 トランプ一枚ごとのイメージ化だ。だから僕はまず、そのイメージ化をしたいと思う。


 事前に用意しておいた、トランプの束を一つ手に取る。


 ♤、♢、♧、♡の順で並べたから、♤1からイメージ化していこう。


 ♤1。スのイチ。スイッチ。うーん、ゲーム機のあれかな?


 ♤2。スのニ。スニーカー? これだな、場所に置きやすい。


 ♤3。スのサン。スーザン? 誰だ、どこの国の人だよ、スーザンって。違うかな、じゃあスのサン、スのサン、スのサン……須野さん! ……誰だよ、これならまだスーザンの方がマシだわ、調べたら外国の俳優とか出てきそう。うーん、じゃあスのミにしてみるか。スのミ、スのミ、ㇲのミ……酢飲み? いや、酢を飲水するなよ。飲むなら酒、それもビールが一番。のどごしの強い辛口が僕の好み。まあいいや、酢飲みでいこう。


 ♤4。スのヨン。よりも、スのシの方がいいかな。寿司とイメージ化できる。


 ♤5。スのゴ。スノーゴーダー? 訛ってる人のスノーボーダーの言い方みたいじゃねえか、というかどこの訛りだよ。それじゃあスのコで、スコット? また出た知らない外国人の名前! スコットじゃなくて、スのコ、スのコ……スコ、スコ……スコップ! おー、これだ(感激)。


 ♤6。スのロク。スロット! 


 ♤7。スのナナ。スナ!


 ♤8。スのハチ。スハチ、スワチィ、シィワチィ、なるほど、シュワッチだ! ウル〇ラマンのあの声だ。じゃあウル〇ラマンをイメージしよう。


 ♤9。スのク。スクール。校舎だとイメージが弱いなあ、スク水にしよう。やべっ鼻血が、初恋の女子のスク水姿を思い出してしまった、変態じゃん俺。


 ティッシュで出血した方の鼻の穴を塞がなくては、鼻血が止まらない! よしっ、堰き止めたぞ。再開しよう。


 ♤10。スのトオ。ストオ。ストローだな。


 ♤J。スのジェー。スジェ。うーん、すじこんにしよう。美味しそうだな。


 ♤Q。スのキュー。スキューバ、おお、スキューバダイビングだ。ダイバーをイメージ。


 ♤K。スのケー。スケ……はっ! スケTシャツ! そういえば、初恋の女子が夏制服の下にしてたブラ、結構エロかったなあ。やばい、塞いだのとは反対の鼻からも血が! くそ、初恋の女子め、恨んでやる!


 初恋の女子の艶姿が頭から離れず、思うように集中できない一日目だった。



 二日目だ。昨日は学生時代の邪な恋慕を思い起こしてばかりで、トランプのイメージ化が捗らなかったが、今日は熱心に取り組むつもりだ。


 ♢1。ダのイチ。ってことは、大地。これだな。


 ♢2。ダのニ。迷わず、ダニだ。


 ♢3。ダのサン。打算? 何、どんなイメージすればいいの。ほくそ笑むイメージでいいのか……へへへへへへ、競技中に笑い出したら恐いだろ! うーむ、ダのサン、ダのサン、ダのサン……ターザン? 蔓にぶら下がる人のイメージ、ああ、人の胸が揺れている――ってなんでぶら下がってるのが初恋の相手なんだ! 虎柄のブラに腰巻の格好して、スク水の時の印象とはかけ離れた野蛮なイメージが……エチエチだ。


 ――いかんいかん、三枚目から脱線してしまった。イメージ化に戻ろう。くそう、頭が火照ってきたぜ(スケベ心のせいだ)。


 ♢4。ダのヨン。ダヨ〇ンっていう某有名マンガ作家のキャラがいたような気がするが、恐れ多いから、ダのシ路線でイメージを決めよう。うーん、そうだなぁ。ダのシだから山車なんてどうだろう。よくよく考えたら、山車も祭礼で用いられる出し物だから、僕が軽々しく粉飾していいんだろうか? 許せ、神よ。


 ♢5。ダのゴ。田子の浦? 田子の浦 うちいでてみれば 白妙の 富士の高嶺に 雪はふりつつ。誰の句だったけな。白妙って、たしか白い布を被ったような、という意味だった気がする。ダのゴ札 思い出しみれば 白い布 藤〇豆腐に  木綿降りつつ。はっ、ダのゴのイメージが、藤〇豆腐店のハチロクになってしまった。


 時を戻そう、というかイメージ化を進めよう。

    

 ♢6。ダのロク。だから、タロー君なんてどうだろう。誰だよ、桃太郎か、金太郎か、浦島太郎か、それともウル〇〇マンタロウか、タロー君はついに銀河に行ってしまった――ウル○○マンタロウでいいや。


 ♢7。ダのナナ。タナ、ということで棚。間違いない、これがマストだろう。ウル〇〇マンタロウ! 銀河系ヒーロー出てくるなよ。


 ♢8。ダのハチ。ダバチ……駄馬。荷を背負った馬をイメージしよう。


 ♢9。ダのク。ダクダク? 牛丼? そういえば父さんが母さんのなりそめって、牛丼屋で父さんが大盛りのツユダク頼んだ時に、間違えてアルバイトの母さんが並盛のツユナシを持って行ってしまった事で、そこから結婚まで発展したんだったな。世の中、どこに出会いがあるかわからんな、この後僕も牛丼屋に行って、出会いを求めようじゃないか。さあ、ダのクのイメージと夕食の献立が決まったところで次行こう。


 ♢10。ダのトオ。多投? タトゥー? そうだな、タトゥーかな。厳つい褐色肌の外国人をイメージしよう……あれ、タトゥーしてない。


 ♢J。ダのジェー。タジェー、タゼー、タセ、田瀬! どこの誰ですか。他にないかなあ、タのジに絞って考えてみよう。タジ、タジ、タジ、田島! 田んぼが抜けねえ! 多嶋、太嶋、タージマ、タージマ? タージマハル! おお、世界遺産。上に球根みたいな形の屋根が載った建物をイメージしよう。


 ♢Q。ダのキュー。ダキュー、打球? 野球のバッターのイメージ。


 ♢K。ダのケー。竹、これが最適じゃないか? 竹といえば、高校の校舎裏に竹藪があったなあ。あそこで当時好きだった清楚系の女子に優しくされたことで相手も僕のことが好きだと思い上がって自信たっぷりで告白したんだよな。結果は訊かないでほしいな。


 黒歴史の一部が脳裏から消えず、たちまち意気を失くして視界が滲み出した二日目だった。



 三日目。昨日は告白して撃沈したという墨塗したい過去が頭にもたげてしまい、思うようにイメージ化が進まなかったが、今日こそは無駄事を考えずに取り組むつもりだ。


 ♧1。クのイチ。そのままやないかい。くノ一。女忍者をイメージしよう。


 ♧2。クのニ。クニ、国? 違うなあ、クのツーにしてみよう。おっと、すぐに思い付いた。クツで靴だ。革靴をイメージしよう。


 ♧3。クのサン。クサン、草なんてどうだろう。雑草みたいなものをイメージしようかな。


 ♧4。クのヨン。おっと、すぐに思い浮かんだぞ。クレヨンだ。クレヨンか、幼稚園の頃、市内の絵のコンクールで幼稚園の部で入賞したんだよな。そういえばあの時描いた絵に登場する女の子と、将来結婚しようとか約束したような記憶が薄っすらと。幼稚園の卒園式以来、顔すら会わせてないけど。


 ♧5。クのゴ。クゴ、クウゴ、ボウクウゴウ。無理矢理だが、該当するイメージが枯渇している。他にないんだよな。ということで穴をイメージしよう。防空壕で思い出したが、祖母がお前の曽祖父ちゃんと曽祖母ちゃんは時代的に珍しい恋愛結婚で、防空壕の中で接吻するほどラブラブだったぞ、と幼稚園児の頃聞かされた。猛烈だなあ。


 ♧7。クのナナ。これはクナイかな。区内長の屋内にらしくないクナイ、なんてな。


 ♧8。クのハチ。クハチ、クバチ、クマバチ。ミツバチのような羽虫をイメージしよう。


 ♧9。クのク。クック? 数年前、読売巨〇軍にそんな外国人投手がいたような気が――曖昧だから他を当たろう。クのク、クク、ククク、クククク、あくどい笑い声を上げてやがる。というか笑ってる奴、誰だよ。


 ♧10。クのトオ。クトオ、クトウ、工藤! レジェンド左腕か、見た目は子ども頭脳は大人か。どっちが工藤らしいかなぁ? ってどっちも工藤だな。はっ、もう一人工藤がいた! 元男性アイドルグループのS〇APのキ〇タクの奥さん……しまった、イメージがキ〇タクで固まってしまった!


 ♧J。クのジェー。クジェー、クジー、クジ。そうだな、くじかな。くじ引きの箱をイメージしよう……くじ引きにも思い出があったな。たしかあれは中学三年の夏祭り――嗚呼、またしても初恋の女子が搭乗してしまった。縛られてるのか、俺はあの子に縛られてるのかぁぁぁ! でも浴衣姿が可愛かったんだよ、頭から離れないのはあの子の可愛さがいけないんだ!


 …………脱線が過ぎるな、早く新しい恋でも見つけて、初恋の子を忘れよう。


 ♧Q。クのキュー。これは屈強なんてどうだろう。ボディビルダーをイメージしよう――もしかして僕に足りないのって筋肉? ひ弱だからフラれるのか?


 ♧K。クのケー。クケー、コケー、コケコッコー? 鶏をイメージすればいいのか。イメージ、イメージ……しまった、よくよくイメージの鳥を見てみたら七面鳥だった。


 唐突に七面鳥が食べたくなったので、今日はここでお終いにした。この後、売られているか定かでないが、商店街に七面鳥一羽丸ごとを買いに行こうと思った三日目だった。


 四日目。昨日は夕食に七面鳥を食べたが、独り身なのでとてもじゃないが食べきれずに半分以上残してしまった。今日の朝も昼も七面鳥照り焼きだ。おかげで頭の中も七面鳥。


 ♡1 七面鳥。

 ♡2 七面鳥。

 ♡3 七面鳥。

 ♡4 七面鳥。

 ♡5 七面鳥。

 ♡6 七面鳥。

 ♡7 七面鳥。

 ♡8 七面鳥。

 ♡9 七面鳥。

 ♡10 ハトだ、七面鳥に見える。七面鳥。

 ♡J 七面鳥。

 ♡Q 七面鳥。

 ♡K 七面鳥、七面鳥、七面鳥、七面鳥、七面鳥、七面鳥、七面鳥、七面鳥、七面鳥――――


 結論 僕はメモリースポーツに向いてない。七面鳥。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

はじめてのメモリースポーツ 青キング(Aoking) @112428

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ