Sex Friend :3

 車内に知らない男性と二人きり。そんな状況がなんだかおかしかった。というより、元気な人が隣にいる、ということがおかしかった。普段の介護の生活とあまりにも違うから……。


 健康な人の雰囲気とエネルギー。それだけで、私は嬉しかった。嬉しかった。そして怖かった。洋平が遠のいていく気がして……。洋平との正しいと思っていた喜びも悲しみも、全てがどこかに行ってしまいそうで……。


 すぐにエンジンをかけ、意識を運転に集中することで、思わぬ喜びから抜け出そうとした。


「すみません。朝日幼稚園のすぐそばです」

 という言う男性に、

「あー、朝日幼稚園分かります」

 と返事をし、車を走らせた。


「本当にすみません。助かりました。宮ノ内です」

「あ。菅原です。ここは、好きなレストランで、よく来るから……」

「へー。素敵なとこですよね。僕は今日初めて。最近、引越しをしてきたばかりだから」


 宮ノ内さんは、また人懐っこい声色で返事をした。そんな会話で心が潤った。一瞬で。そしたらなぜだかクスクスと笑った。


 8年介護を続けた今、39歳。なんか40になる手前で、急に怖くなっていた。どこかで、違う誰かと……と思ったこともあったし、洋平のお義母さんに「もういいんですよ。彩さんは彩さんの人生を生きて」と、勧められた。でも、あの輝いていた洋平との思い出を捨てて、今から違う人生を選ぶ勇気なんて、ない。


 誰か他の人と歩んでも、捨てるってことではないのかもしれない。でも……。洋平が全てだったから。それ以外で自分が生きていることが想像できない。


 それでも、たぶん私は今、洋平とは違う男性の生命力を感じて、いつも感じているそれとは違うエネルギーを感じて、ホッとしてる。そしてクスクスと笑っている。


 宮ノ内さんが、私の笑う横顔を不思議そうに見たから、すみません、と言ったけど、なんだか可笑しさが更に込み上げて、またクスクスと笑い、「急におかしくなっちゃった。初めて、知らない人乗せたからかな?」と、デタラメを並べた。


「いいな。笑ってくれる人が隣にいるって。俺、離婚したばっかりなんですよ。お前のツラなんぞ見たくないって言われて。そんなツラですかねェ~?」


 と、寂しそうにだけど、面白おかしく言ったそれに私は「離婚?」と、繰り返した。宮ノ内さんは、「あはは、はい」と笑って答えてから、深いため息をついた。


 朝日幼稚園の前を過ぎると、「そこ左曲がったらすぐです」と言われ、左にハンドルを切り、ゆっくりと角を曲がり進むと、寂しそうなアパートが見えた。


 ◇


 宮ノ内さんと別れ、帰宅後。介護士さんに挨拶をすると胸が苦しくなった。


 介護が始まる。これが私の現実。


 また今晩から、洋平が何事もなく寝てくれる事を願いながら、眠る。何かあったらすぐに救急車を呼ぶ生活が始まる。来週の金曜日まで、ずっと……。


 24時間気が休まらない生活。


 ◇


翌日、ベランダに出て、ハーブたちに水をやった。


 介護の合間にできる趣味を、できる限りしている。植物を育てたり、ミシンで着てみたい洋服を作ってみたり……。


 この生活は、意識をズラす、という習慣で支えられている。


 時折、洋平が「あー、あー」と声を出す。すぐに駆けつけて、喉が渇いたのか、それとも、用をたしたいのか、テレビを見たいのか尋ねる。大きく「んー、んー」と言ったものを差し出す。移動は車椅子。介護には体力も使う。年に何度か、洋平は救急車で運ばれる。だから、救急車の音を聞くと、心臓が掴まれるようになり、息が苦しくなる。

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