第2話 4月14日・思い出していた
『律子先生が死んだ』
そのことを、急に思い出した。
というか、よく思い出す。
けれど、言葉にしたことがなかった。
今日は、車を運転して仕事に向かう途中にそれがほとんど言葉になった。驚いた。書くということを続けていなかったら、ここまで自分の想いに気づけなかっただろう。
◇
『律子先生が、交通事故で亡くなったの。みんなで泣きました。お葬式では、婚約者の方が、律子って叫んで泣き崩れていました』
16歳の頃、留学先でもらった手紙。
律子先生が死んだ? 交通事故? 死んだ死んだ死んだ。死んだ? わからない。わからないけれど、死んだ? 全然わからない。
あたしの心の中の律子先生を確認してみる。
ちゃんと笑顔でいる。
あたしが走る、先生がタイムをはかる。「AKARI! よしっ!」って叫んでる。笛を持って。律子先生は、中学の体育の先生だった。“美しい女性”というのに、あたしは初めて会った。
「髪の毛綺麗ですね」って言ったら、「こうしてお風呂上がりにパンパンってタオルで丁寧に拭くのよ。挟むようにして。ワシャワシャと拭いたら髪の毛は傷むの」とか言ったその笑顔。
体育の先生だから、いつもジャージを着てたけど、休みの日、街で会った先生はロングスカートを履いていた。偶然会ったそのときに、アイスクリームをおごってくれた。二人で食べたアイス。律子先生は可愛かった。
もしあたしが男だったら、律子先生を好きになって、律子先生もあたしを好きになったら、先生の細胞1つ1つを愛せたと思う。声も、ぬくもりも、感情も、苛立ちも、悲しみも。
律子先生は、とても綺麗だった。心も。
あたしは考えた。
「律子先生が死んだ? 死んでいない。ほら、輝いてる。そうか、律子先生は、深く深く眠ったんだ。例えば、ほら、体の痛みを感じないほどに。眠って、あれ?って目がさめたら、異世界で。そう。芝生があって、綺麗な木々があって、ここはどこかしら?って。そして、あれ? あたしは誰かしらって、記憶を失っているんだ。婚約者がいたことも。婚約者とデートしたあとの帰り道で交通事故に遭ったことも。ほら、全部全部、消えちゃったんだよ。傷みなんて感じないから。そう、深く深く眠って、異世界へ行って……。律子先生は、そこで、リスタートしていて。だから……」
それ以上は考えれなかった。
◇
あたしのことを、「真面目なところ素敵よ!」っていう目で眺めてくれた大人に、あたしは初めて出会った。大好きだった。今でも大好きだ。
存在が、心の支えになるっていう、あんなに心に残る人に出会えたのは、律子先生が初めてだった。
律子先生を想って、今日、初めて泣いた。泣けた。
あたしは、いつだって光の速度で祈っていた。
律子先生の悲しみと、苦しみと、悔しさと、傷みが消えますようにって。
どうやってかはわからないけれど、光の中で消えてしまえって……。
ときどき、だから、生きてることが馬鹿らしくなるの。
だから、やっぱりあたしは光の速度で祈ってる。
ハロー。神様。幸せってなんですか?
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