エピローグ②
宮田は部屋の中を無駄にウロウロしながら沙樹を待つ。本を読んでみたりゲームをしてみたり、色々と手を出してみたが結局集中出来なかった。また時計を見る。5分も経っていない。
(はぁ。落ち着かない)
沙樹から「ご飯でも一緒にどうですか?」と言われた時はあまり深く考えずにOKしてしまった。てっきり亘も同席すると思っていたのである。
しかし、亘と連絡を取ると「俺はいかねぇよ。お前と二人で会いたいんだろ」と返されてしまった。
(あのおっさん、余計な事を言うんだよなぁ)
二人で会いたいと言われてしまうと、突然緊張し出した。いやいや、自意識過剰だとは十分わかっている。
(そう、ないない)
ピンポーン。
チャイムが鳴る。
「来た」
ドアを開けると
「……おぉ」
自然と声が漏れた。
「何ですか?」
「いえ、その」
白いニット、ミニ丈のスカートと大きめのアフター。ボア素材がふわふわしていて暖かそうだ。いつもより大人っぽい。顔つきも少し違って見える。メイクのせいだろうか。
「ど、どうぞこちらへ」
「ありがとうございます」
何だか沙樹さん気合い入ってない!? 宮田はますます焦る。
「沙樹さん、何だか今日はちょっとイメージ違いますね」
「はい。詩季ちゃんに色々アドバイス貰ったんです」
「あぁ、櫻井詩季ですか。随分仲良くなったんですね」
宮田は、沙樹が手ぶらな事に気づく。
(あれ?)
てっきりまた昼ごはんを作ってくれるのだと思っていた宮田は、それを口にする前になんとか堪えた。そういえば、沙樹は昼頃来ると言っていたが昼ごはんを作るとは言ってない。
(あぶなっ)
家に来た女性に昼飯は? と聞くなんて、勘違い男も甚だしい。
「あ、沙樹さん。お昼どうします? なんか頼みます?」
沙樹はじっと握りしめた手を見つめている。
「……どうしました?」
「宮田さん。私」
「は、はい」
これは、まさか。
「宮田さんに、言いたいことがあって来ました」
沙樹が宮田の顔を見つめる。
まさかのまさかなのか。宮田は自身の体温が上がるのを感じた。
「メルの事です」
「……は?」
沙樹の目は真剣だった。
「いやいや、メルの事なんて」
宮田は笑いながら沙樹から目をそらしたが
(いや……これがダメなのか)
ふっと、宮田の身体から力が抜けた。真顔で、ため息をつく。
「ヘラヘラ笑って真剣な話から逃げるのは、ダメなんですよね」
「えぇ」
「……で、何を聞きたいんですか?」
「捕獲班の内藤さんを覚えていますよね」
「内藤?」
「はい。宮田さんのお父さんを逮捕した方です」
「……覚えてるに決まってるでしょ。僕が沙樹さんに話したんだから」
あの日、宮田は沙樹に全てを話した。何故メルの残骸がここにあるのか。
「彼は実は、元々父の部下だったんです」
「亘さんの?」
「はい。彼は父と違って刑事から無限へ移動してそのまま仕事をしていました。今でも交流があるので、この前会いに行ってきたんです」
「何でわざわざ」
「あの時、なぜ宮田さんの家にメルがいるのがバレたのかと言う事を聞きたくて」
「何でって……」
そういえば何故だろう。メルは家から出ていないし、父が喋るはずがない。
「内藤さんは言っていました。あの日、病院から通報があったのだと」
「病院?」
「はい」
***
宮田は激しく痙攣し、何度もその場に胃液を吐いた。
「優一さん、大丈夫ですか」
答えはない。熱を測る。40度を超えている。
メルは真っ青な顔で宮田を抱き寄せる。毛布に包むと、自分の服が吐瀉物で汚れるのも構わず外に飛び出した。
「大丈夫ですよ。すぐに楽になりますからね」
***
宮田は呆然と聞き返す。
「……メルが?」
「そうです。夜になって容体が急変した宮田さんを、メルさんは病院に連れて行った。それでバレたんですよ」
病院で処方した薬が効いたのか、幼い宮田の熱は幾分下がった。メルは再び宮田を抱えて家に戻った。宮田はずっと朦朧としていて、外に出たことにも気づいていなかった。
「でも、何で」
そんな事を。
「おかしいですよね。あの時メルさんの中心は宮田さんのお父さんでした。彼が”外に出るな”と命令していたのですから、”外に出ない”事が一番優先されるはずです」
なのに
「メルは外に出た。宮田さんが心配だったからです」
「そんなバカな事……」
メルは機械だ。心はない。心があるように見せているだけだ。
「メルがただの機械なら、お父さんの命令に背いて宮田さんを助けるために外に出る事はあり得ません」
宮田の頭は混乱した。理解ができない。
「……メルは宮田さんのことが大切だったんです。その気持ちに、気づいてあげてください。そして」
沙樹は宮田の手を自身の両手で包み込んだ。温かい手だった。
「宮田さんも、自分の気持ちに気づくべきです」
「自分の、気持ち?」
「はい。宮田さんは……メルを愛してます」
「……は?」
アンドロイドを? そんな馬鹿な事……
近所に住んでいたお兄さんの事を思い出す。彼は何と言った?
”アンドロイドは全てプログラムで動いている。設定されたことしかやらないし、できない。なのに自分は愛されているだの、向こうも自分のことを愛しているだのと思い込んでしまうんだ”
そうだ。アンドロイドを好きだ何だと言って自爆した馬鹿な奴ら。あんな奴らと僕は違う。
「いやいや!」
またヘラヘラ笑おうとした。だが、沙樹の瞳に射抜かれて、顔が中途半端なところで止まる。
「自分の気持ちを偽っているのは辛いですよ」
沙樹が、手に力を込めた。
「目に見えないものだからって、ないと決めつけないでください」
沙樹が宮田の気持ちに気づいたのは、彼女が宮田に好意を持っていたからかもしれない。メルの話を聞いたあの時、宮田の表情が全てを物語っていた。あの日沙樹が怒って帰ってしまったのは、メルを可哀想に思ったからではない。告白する前に、自分の恋が終わったと感じたからだ。
「世間体とか、常識とか、そんなのどうでもいい。宮田さん、自分の気持ちに正直になってください。もう……時間がありません」
宮田はメルが放置されている部屋に目を向けた。
(時間がない)
沙樹に手を引かれ、ゆっくりその部屋に入った。
変わらず、メルがいる。身体がボロボロで、痛々しい。
「……メル」
沙樹が宮田の手を離した。宮田は跪き、メルの手に自分の手を重ねる。
「僕は……君が好きだよ」
どうしても捨てられなかった。そう、愛していたから。
この憎しみも、恨みも悲しみも、全てが愛する人に捨てられた男の哀れな執着だとは、誰にも知られたくなかった。
メルの口が、動いた。
「私も……優一さんが……大好き……です」
メルの目が、光を失う。口が半開きのまま、微かに響いていたモーター音がやんだ。
彼女は壊れた。アンドロイドに心があったのか、なかったのか、それはもう誰にもわからない。
***
メルは宮田の手で昔住んでいた家の近くの桜の木の下に埋められた。
「ありがとうございます。付き合ってくれて」
隣には沙樹がいる。
「いえ、気にしないでください。お礼目当てですから」
「え! なにそれ。怖いなぁ」
宮田はメルを忘れないだろう。心はそう簡単に変わらない。それは沙樹も同じだ。だから失恋した今でも、沙樹は宮田のそばにいる。
(今は、これで十分)
風が吹き、桜の花が舞った。
宮田はその風景を見ながら、自分がなぜ泣いているのかを考えていた。
(終)
13人のゆりあ〜僕と彼女と秘密のログ〜 志摩しいま @Ayumimi
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