エピローグ
エピローグ①
年が明けた。
亘はバスの窓から見る景色に懐かしさを感じる。
ここに来たのは1度しかないと言うのに。
バス停を降りて、坂道を登る。前回の失敗から学び、今日は薄着でやってきた。やはり、登り進めると額と脇の下にじわっと汗が滲んできた。
「亘さん。お久しぶりです」
坂を登り終えると、今村が迎えにきてくれた。
「お久しぶりです」
固い握手を交わす。
「本当に、ありがとうございました。娘を殺した本当の犯人が捕まえてくださって」
店に入ると、今村はすぐに頭を下げた。
「いえ、ここまで時間がかかったのは無限の落ち度です。申し訳ありませんでした」
黄龍智子は逮捕された。今村友梨奈殺害の罪で。
「亘さんは大丈夫ですか。無限は今大変だと聞きましたが」
今村友梨奈事件でまんまと智子の策略にはまり、仕立て上げたれた犯人を逮捕してしまったこと。それが原因で人殺しのアンドロイドが野放しになり、40年以上の時を経た今、13人という数の被害者を新たに出したこと……無限はその責任を市民から追及されている。
「大変なのは上の方でしょうね。私は全然、大事になる前に辞めてしまいましたから」
「おや、無限を辞められたんですか」
「はい。元々この事件の間だけという約束だったので……」
亘は無限を辞めた日を思い出す。宮田は今度は亘を引き留めはしなかった。
「こんな所にいたんじゃ、亘さんストレスだらけで早死にしそうですもん。早く辞めたほうが正解ですよ」
「俺と一緒にいるとストレス溜まるのはお前の方だろ」
「違いますよ。僕は亘さんと一緒に捜査がやれて楽しかったですから」
「また心にもねぇ事を」
「本心ですよ。なんで僕の言葉信じないかなぁ」
「まぁ、お前とだったらまた組んでやってもいいぞ。困ったことがあったら連絡しろ」
「はい。ご苦労様でした」
宮田が亘に向かって敬礼をする。少し照れくさく感じながら、亘も敬礼を返した。
テーブルに置かれた水を飲みながら、一息つく。
「あぁ、やっぱりここの水は美味いですね」
「ありがとうございます」
晴れ渡る青空を見る。
(俺も、店でも始めてみるか?)
そんな事を考えた。
***
「沙樹さん。お待たせしました」
ゴスロリ衣装に身を包んだ詩季がこちらに手を振る。
「相変わらず可愛いねぇ」
今日も天使のような愛らしさだ。
「ありがとうございます」
事件が終わったらまたゆっくり遊ぼうと約束していたのだが、実現するまで少し時間がかかってしまった。
「今日はよろしくお願いします。ユリア先生」
「任してください! それにしても」
沙樹の私服を上から下までチェックした詩季は、何度も頷いた。
「どれも無難っていうか。悪くはないけど良くもないって感じですね」
「あはは、そうなんだよね」
沙樹は服のセンスに自信がないので、いつもコーディネートされている服を上下セットで購入するという事をしている。
「沙樹さん、スタイルいいからぴっちりした服も似合いますよ。あとアイメイクはもうちょっと薄い色を使ったほうがいいです。目力あるから濃い色だときつく見えすぎちゃいます」
「な、なるほど」
色々購入することになりそうだ。
沙樹はこの日の為に金を下ろしてきておいてよかった、とホッとした。
「あと顔色があまり良くないですね。チーク使ってます?」
「いや、使ってないです。面目ない」
詩季が沙樹の頬を両手で包み込んだ。
「しょうがないですよ。沙樹さんすっごく忙しかったんだから」
沙樹の正念場は、事件が終わった後にやってきた。
アンドロイドが保管していた遺品を遺族に返すと言う任務を、業務課が行う事になったのだ。
遺族の無限への怒りは相当なものだった。その感情をぶつける相手はさっさと壊され、新たに捕まった智子は友梨奈殺害について罪を償うが、13人のゆりあについては関与を否定している。
「うちの娘は、なんの理由もなく殺されたって言うんですか」
沙樹は水やら罵倒やら時には直接的に殴られそうになりながらも頭を下げ続けた。心が折れそうだったが、被害者遺族の目の奥には沙樹に対する怒りはなかったように思う。この子に何を言ってもしょうがない。わかってはいるけれど止められない。そんな苦悩が透けて見えた。
全員の遺品を返し終わった時、沙樹は気持ちを切り替える為に少し休暇をもらった。父が戻った八王子の家へ行き、毎日走ったり近所の子供と遊んだり、夜はゆっくり眠って朝は散歩をすると言う規則正しい生活を送っていたら、なんとか回復する事ができた。
「お前も無限を辞めんのかと思ったぞ」
父はそう言って笑った。沙樹も辞めたいと思ったことは何度もあるが、今はとりあえず続けようと思っている。
(あの人がいるしね)
その人のシルエットを頭に思い浮かべた。くせ毛と、ひょろ長い手足。
「沙樹さん。今日はお仕事のことは忘れて、思いっきり楽しみましょうね」
「うん」
「で、告白はいつするんですか?」
「え……え! いや、あのその」
「誤魔化したってダメですよ。わざわざ私に頼んで全身コーディネートするってことは、気持ち固めたってことでしょう?」
見破られてしまったのならばしょうがない。
沙樹は観念した。
「うん。まぁね」
「きゃー!! 素敵です! 私めっちゃ応援します!」
「そっちはどうなの? 好きな人いるんでしょ?」
「私はもう告白しました。OKもらってます」
「……はぁ!?」
からかってやろうと思って反撃したのに、見事跳ね返されてしまった。
「ちょっと、どう言うこと! 詳しく教えてよ」
今日は女子(?)トークに花が咲きそうだ。
だが詩季は一つだけ勘違いをしている。
沙樹の告白は、詩季が思っているものではない。
ワークアームでメッセージが届いた。
”了解です。じゃあ明日お昼に、よろですー”
宮田からの返信だ。
明日の昼、一緒に食事をする事になっている。
「詩季ちゃん」
「なんです?」
「私、頑張るね」
「はい! 頑張ってください。応援してます!」
自分の気持ちを、頑張って伝えよう。
それがたとえ、辛いものだとしても。
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