第51話 証拠
智子はキラキラと光るアクセサリーを眺めながら、早く結論を言ってくれないかしら? とつまらないテレビドラマを見ている時のような心境だった。
それにしても、海が破棄されずに放置されていた事は誤算だった。あの使用人、代々黄龍に仕えているとかで散々甘い夢を見させてやったのに、最後の最後で裏切るとは。
「そのアクセサリーが何だと言うんですか? アンドロイドが全員を殺していたと言う証明にしかならないのでは?」
亘は箱を智子の眼前に突き出した。
「よく見ろよばあさん。アクセサリーだけが入っているか?」
失礼な奴だ。そう思いながら、智子は箱の中を凝視する。
(あら?)
一つ、小さなメモリーカードが入っている。
取ろうとすると、亘は箱を引っ込めた。
「これは、音声が入ったメモリーカードだ」
「音声?」
カードは亘から宮田の手に渡る。
宮田はそれを自身のポケットに入れながら会話を引き継いだ。
「言いましたよね。あのアンドロイドは、智子さんの真似をしていたって。この箱は、宝箱なんです。さて、それではアンドロイドにとっての宝物とは何でしょう?」
「知らないわ。知るわけない」
吐き捨てるように智子は答えた。
「それは智子さん、貴方との思い出です」
宮田はあえて智子の顔を指差す。
「貴方がかけてくれた言葉が、アンドロイドにとっては何にも代えがたい宝物でした。それを自分の機能が失われてなくなる前に保存しておきたかったのでしょう」
「言葉……」
嫌な予感がする。
宮田はメモリーカードを専用の機器に入れた。
皆が固唾を呑んで見守る中、ザザザッと言う耳障りな音から、人の声のようなものが聞こえてきた。
”いいじゃない。私は海が好きなのよ”
”ねぇ海。あんたに心はあるの?”
”私に嘘をついたでしょう”
”ほら海! 取って来なさい!”
それはまだ若かった頃の智子の声だ。
「あのアンドロイドは、海という名前なんですね」
「……」
「声紋認証は済んでいます。これは、智子さんの声ですね」
「……えぇ」
パーティー会場にいる面々が、信じられないものを見るような目で智子を見つめる。
「アンドロイドとの関係を認めますね」
「えぇ。認めましょう」
智子は平然と答えた。黄龍家の娘として、幼い頃から社交界に出てきた人間だ。この程度でボロは出さない。
(私は選ばれた人間。自分の力を使って欲しいものを手に入れて何が悪いと言うの)
まだ挽回の余地はある。そう考えた。
智子は椅子から立ち上がり、深々と頭を下げる。
「申し訳ありません」
「罪を認めると?」
「海は、私の為に父が用意してくれたアンドロイドです。私のボディーガードをしていました」
ゆっくりと頭を上げた。宮田の瞳をまっすぐに見つめる。
「ですが彼には問題がありました。海は善悪の区別がつくようなインプットはされていなかった。父がなぜそのようなアンドロイドを生み出したのか、今になってはわかりません。ですが、私は海を壊さねばと思いました。このままでは大変な事件が起こるかもしれませんから」
智子は一息つくと、周りを見渡した。
「私は海の処分を使用人にお願いしました。自分の家族のように思っていたアンドロイドです。自分の手で壊すのは耐えられなかった……ですがまさか、使用人が命令を破っていたとは思わなかったのです」
なおも聴衆に聞かせるように、声高らかに智子は話し続ける。
「申し訳ありません。海が私に引き渡される時、私は本当は気づいたのです。この子は海だ。私のアンドロイドだ……と。しかし、私は怖かった。受け入れられなかった。海は壊されたはずだから、目の前にいるアンドロイドは偽物だと思い込もうとしました。私の弱い心が招いた結果です。申し訳、ありません」
智子は身体を震わせながら頭を下げた。
宮田はその大げさな演技を冷ややかに見つめた。
「海の破棄を使用人に依頼したのはいつですか?」
「40年以上、前になります」
「ではなぜ、海はこのタイミングで人を殺したのでしょうか?」
「すみません。私にはわかりません」
「貴方がかつて、殺しを依頼したことがあったからではありませんか?」
「私が!?」
智子はショックを受けたように手で口を覆った。
「そんな恐ろしいこと……いえ、海がきちんと壊されたかどうかを確認しなかった私は、人殺しと言われても当然なのかもしれません」
その小さく丸まった身体から、悲痛が伝わってきた。
「でも、私は人の死を願った事などありません。どうか、信じてください」
智子は怯えた表情を作りながらも、頭では冷静に考えていた。
(私はバッシングを受けるでしょう。けど、逮捕される事はない)と。
無限には私の味方が大勢いる。罪に問えても、精々きちんとアンドロイドを壊さなかった事に関する事だけだ。海を作った父はもうこの世にはいない。
(それに私は、ゆりあを殺せとは言っていない)
勝利を確信した智子が最後の仕上げにと泣き崩れた……その時
”ありがとう海。友梨奈を殺してくれて”
パーティー会場に声が響いた。
間違いなく智子の声だ。
皆何も喋らない。痛いほどの静寂。
「あれ? ぼく音声がこれだけだって言いましたっけ?」
宮田の声が、蹲って泣いていた智子の頭上に降り注ぐ。
「貴方は清太郎さんの婚約者、今村友梨奈さんの殺しをアンドロイドに依頼した」
智子の息が荒くなる。頭をフル回転させるが、妙案が浮かんでこない。
「令状です」
宮田はワークアームで逮捕令状を表示させた。
「智子さん、今村友梨奈の殺害依頼容疑で逮捕します。そして、捜査に必要となる為閲覧許可なしにログを見せて貰います」
友梨奈、あの女!
智子は呻くような叫び声を上げた。獣が威嚇するときに出すような低い唸り声。
ログを見られたらもう言い逃れはできない。友梨奈を殺した事について、種田と話している記録が残っているはずだ。
終わった。まさか、この私が。
智子は四つん這いの姿勢のまま逆方向に走り出す。
「! 智子さん!」
聴衆をかき分け、グラスを取るとテーブルの角で叩き割った。
ギザギザに尖った部分を自分の首筋に当てる。
(死んでやる)
婚約者を殺して夫を奪ったなんて醜聞がたてば終わりだ。この歳になって、プライドをズタズタにされながら生きていたってなんの意味もない。
素早くガラスを横に引く。
いや……
手が動かない。
「!」
見ると、智子の手を抑える無骨な指。
「ばあさん。死んで済まそうたってそうはいかねぇよ……沙樹!」
「はい!」
沙樹が智子の持っているガラスを蹴り上げた。
ガラスは大きく宙を舞い、落下する。
悲鳴があがった。
智子はその場に崩れ落ちた。大きく目を見開き、動かない。
宮田は近づいて、その両手に手錠をかけた。
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