第50話 世界の中心

 大晦日。


 智子は豪華絢爛なパーティー会場にいた。耳から吊り下げられているダイヤのピアスが重い。歳をとったものだ。壁に沿っておいてある椅子に腰を下ろす。


「智子さん。今年は大変お世話になりました。旦那様の事があってご心痛の折、お越しいただきありがとうございます」


 主催者の男が一人、智子の傍にやってきて頭をさげた。


「いえ、一人で家にいても夫の事ばかり考えてしまいますので、外に連れ出して頂いて有難いですよ」


 ふと見ると、男の後ろには何人もの人間がさりげなく列を作っている。


 智子は皆にばれないようにそっとため息をついた。


(知ってる顔なんか何処にもないわ)


 誰の主催パーティーなのか、どんな人物が来ていて誰を接待するものなのか、智子には何一つわからない。ただ出された手を握り、笑顔で毒にも薬にもならない会話をしているだけだ。


 智子は生まれながらに客寄せパンダのような人生を送ってきた。誰も智子個人を認識しない。黄龍の娘としか見ていないのだ。だが別に智子は構わなかった。自分だって、ここにいる人々に興味なんてない。利害関係があるのならば仲良くしましょう、と思う程度だ。


 どこからか、子供の泣き声が聞こえてきた。母親が焦ったように子供を抱きかかえ外に出ていく。綺麗に着飾ったドレスは子供の鼻水と涙でぐちゃぐちゃだ。


(子供ね)


 智子と清太郎の間にはとうとう子供が生まれなかった。これは誰にも言っていない事だが、智子と清太郎は実は男女の関係にはない。


(そのことをばらしたら、ここにいる奴ら全員ひっくり返るでしょうね)


 清太郎を友梨奈から奪い取ったのは、果たして良かったのか悪かったのか……ふと考えて、すぐにその考えを打ち消した。


 清太郎は婚約者を失ってから人が変わった。物静かな話し方や性格はそのままだったが、凪のような優しさは消えていた。

 清太郎は常に何かを沈殿させていた。憎悪か、嫌悪か。


 アンドロイドの発展に命を懸けていた彼は、友梨奈を失ってから不気味の谷条約をつくりアンドロイドの進化を止めた。女を求めることもなく、遊びにも行かず、


(そう、海に行ったのも、結局一度だけだった)


 清太郎は全てを諦めたかのように、智子の言うことには何一つ逆らわなかった。結婚したいと言えば籍を入れ、デートしたいと言えば立ち上がり、掃除をしてと言われれば箒を持った。


(あれじゃあ、アンドロイドと変わりない)


 智子は死んだように生きる清太郎を見続けた。離婚は思いつかなかった。愛していたからではない。離婚するのも面倒だったのだ。


(もしかして、知っていたのかもね)


 友梨奈を殺したのが海で、命令を下したのが智子だということを。


(もう、聞けはしないけど)


 清太郎の本心は、最後までわからなかった。


「ごきげんよう。智子様」


「えぇ……あら、あなたは」


 機械のように握手と会釈を繰り返していた智子の前に、見覚えのある男がいた。


「調査官の方でしたよね」


「はい。宮田といいます」


 宮田の左右には、やけに顔の怖い初老の男性と、可愛らしい顔をした若い女性がいた。女性はドレスで、男性はタキシードを着ている。


「なんで俺までタキシードなんか着なきゃなんねぇんだよ」


「我慢してください」


「そうだよお父さん。入り込むにはドレスコードをちゃんと守らなきゃいけなかったんだから」


「もう入ったんだからどうにでもなるだろ」


 亘はネクタイを緩めてジャケットを脱ぐと、ようやく息ができるという風に深呼吸した。


「偶然ですね。こんなところでお会いするなんて」


 智子は困惑を微塵も見せない。


「ってわけでもないんですよねぇ。僕たち、智子さんに会いにわざわざやってきたので」


「……私に何か御用かしら?」


 宮田は智子の前に歩み寄る。周りにいたボディーガードが何事かと顔をこわばらせた。


「証拠をお持ちしたんです」


「証拠?」


「えぇ。あなたがアンドロイドを利用して、人を殺していたという証拠を」


 殺す、という単語に周りの客が反応した。遠巻きに宮田たちの動向を観察している。


 智子は笑いをかみ殺すのに苦労していた。

 証拠? あるわけがない。言葉巧みに私にログ閲覧許可にサインでもさせる気?


「お話お伺いします」


 聞かせてもらおう。私はミスは犯さない。


「では……」


 宮田はジャケットの袖についているボタンをはずしながら話に入った。


「まず、13人のゆりあ事件に関する情報の中で、無限が意図的に隠していたものがあります」


「それは何かしら?」


「ゆりあ達はみな、殺された後に身に着けているものを犯人によって盗まれていました」


「……盗み?」


「ネックレス、指輪、リボン、ピアス。その他様々なものです」


「そうですか。あのアンドロイド、手癖も悪かったのね」


「僕は最初、犯人はシリアルキラーだと思っていましたんで、収集して眺めて楽しむために持ち去ったのだと思いました。でも、犯人はアンドロイドです。自分の趣味嗜好の為に犯人のものを持ち去ったとは考えずらい」


「そうかしら? 貴方は知らないでしょうけど、当時のアンドロイドは信じられないほど人間に近づいていたんですよ。外を歩いても、どっちがロボットでどっちが人間だかわからないほどにね」


「知っていますよ。僕もぎりぎり不気味の谷条約前に生まれてますんで。少しの間ですが、アンドロイドと一緒に生活もしていました。だからわかるんですよ。アンドロイドの世界の中心には、いつも人間がいると」


「……どういう事でしょう」


 智子のバカにしたような薄ら笑いを、宮田も笑っていなす。


「うちのアンドロイドの中心は僕でした。優先順位の設定が一番高かったので。ちなみにアンドロイドの名前はメルって言うんですけどね」


 宮田の会話の行きつく先が見えず、智子は軽い苛立ちを覚えた。


「メルの思考の中心は、僕に褒められたい。僕と一緒にいたい。僕と考えを共有したい。というものでした。メルは僕の真似をして僕の考えを知ろうとしたんです。ピアノが弾けるようになりたかったのも、その欲求故でした」


「話の要点を得ませんね」


「すみません、でももう少し我慢してください。僕は、この欲求は他のアンドロイドも一緒ではないかと考えた。となると、答えは見えてきます。犯人が物を盗んだのは、中心である智子さん、貴方の真似をしたから、そして貴方に褒められたかったからです」


「意味がわかりません」


 沙樹が一歩前に出た。


「私、清太郎さんの追悼ドキュメンタリーをみました。そこで智子さんは、小さい頃から思い出の品を持って帰って箱に保管していると言っていました」


 智子のこめかみが、ピクリと反応した。まさか、海は……


 亘が会話を引き継ぐ。


「今回の事件、犯人が一番最初に殺したのは谷柚莉愛という女だ。ゆりあという名前を持つ奴を殺したいだけだったら、順番はどうでもいいはずだろ。という事は恐らく、犯人が遺棄された場所から一番近かったのが谷柚莉愛の家だったんだろう。俺は谷柚莉愛の家から全方向に距離を伸ばし、しらみつぶしに犯人のねぐらを探した。そして」


 泥だらけの缶を亘が取り出す。可愛いキャラクターが書かれていたはずの缶は汚れ、車にでも引かれたのか左半分がひしゃげていた。


「潰れかけの納屋のなかで、これを見つけた」


 蓋をあける。中には、これまでの被害者たちが身に着けていた13個のアクセサリーが入っていた。



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