7章 終焉

第49話 約束

 宮田は寒空の下、沙樹が来るのを待っていた。

 あの日、怒って帰ってしまってから1週間、宮田は彼女と会っていない。


 街の喧騒に混じって、ジングルベルの音が聞こえてくる。

 今日はクリスマスイブだ。


(イブの方が本番感あるのはなんでだろうねぇ)


 イルミネーションの明かりを遠目で見ながら、果たして彼女は来てくれるのだろうか? と考えた。


 数時間前、


「宮田。お前、沙樹に何言いやがった」


「え? いや、何も」


「嘘つけ。お前の家から帰ってきてから様子がおかしいんだよ」


 宮田はよく分からない感情に突き動かされた。沙樹の件は、二人の問題だ。亘に口出される筋合いはない。


(いや、あるのか)


 真実を曖昧なままにしていたが、亘と沙樹はただならぬ関係だ。


「っていうか亘さん。沙樹さんが僕の家に行くって知ってたんですか?」


「あぁ。俺の家から向かったからな」


 はぁ?


 思わず声が出そうになる。沙樹の心情がわからない。僕の事を心配してきてくれたんじゃないのか? っていうか、もしや沙樹さんって人類皆兄弟的な思想の持ち主?


「亘さんは、その……沙樹さんとどういうご関係なんですか」


 聞いてから、後悔した。曖昧なままにしていたからこそ、今まで普通に接してこれたのに。


「どういう関係って……あ!」


「ビックリした! 急に大声出さないでくださいよ!」


「すまん。あれ? もしかして言ってなかったか?」


「はいはいそうですね。言われてませんよ。まぁ、なんとなく気付いてはいましたけどね」


「あーそっかそっか。そうなんだよ。俺に似てないだろ。あいつは妻似なんだ」


「……あー、はいはい……え!」




 あの時は驚いた。

 沙樹と亘が親子だったとは。全く気づかなかった。

 宮田は、まさか恋人だと勘違いしていましたとは言えず、平静を装いながら話すので精一杯だった。


「なぁ宮田。沙樹はな、お前の事が恐らく好きだぞ」


「……えぇ!!!!」


「この前聞いたんだ。宮田のことが好きなのかって。そしたらあいつ、分からないって答えた。嫌いだったら否定すんだろ?」


 それ絶対本人に伝えちゃダメなやつでは!!


 宮田の冷静を装う仮面は剥がれそうだ。


「いや、好きだったら好きって言うんじゃ……」


 なぜか自分が沙樹への助け舟を出す。


「そりゃお前、照れ隠しだろうが。そんぐらいわかってやれ!」


 バシッと若干怨みのこもった掌で背中を叩かれた。




(あの沙樹さんがねぇ。勘違いだと思うけど)


 そんな事をあれこれと考えていた時、


「お、お待たせしました」


 沙樹がこちらに向かって走ってくる。


「すみません、寒いのに外でお待たせしちゃって」


「いえいえ! お気になさらず……えっと、じゃあ行きましょうか。一様オシャレっぽい店のディナーを予約してるので。あ、深い意味はないですよ? 13人のゆりあ事件のお礼にです。はは」


 なんだか気恥ずかしい。

 これはデートではない、と言い聞かせる。以前の約束を果たすだけだ。それがたまたまクリスマスイブだったのだ。


「……沙樹さん?」


 沙樹はその場に根を生やしてしまったように動かない。


「どうしました?」


「いえ、本当に、宮田さんの中ではあの事件は終わってしまったんだなと思って」


「あぁ」


 この話は、避けては通れないか。


「そうですね。終わってます」


 亘は独自で調べ続けているらしいが、無理だろう。アンドロイドの破棄と共に、世間もあの事件を忘れかけている。


「でも……あの!」


 沙樹が一歩宮田に向かって近づいた。ぐらりとその身体が崩れる。


「あ!」


「沙樹さん!」


 間に合わず、沙樹はそのままつんのめって転んだ。


***


「……すみません」


「いえこちらこそ。助けられずすみません」


 足を挫いた沙樹をおんぶして歩く。


「でも、履きなれない靴はくからじゃないですか?」


「その通りです。反省してます」


 沙樹は宮田の背に頬をつけた。

 ホッとする匂いがする。


「……沙樹さん。あの」


「あ! ごめんなさい」


 沙樹はすぐに頬を離した。


「いえ、あの。そろそろ……限界っぽくて」


「……え?」


 宮田の両腕がプルプルと震えている。


「お、おろしていいですよ!」


 女一人運べないなんて、この男本当に虚弱!


 沙樹は怒りに任せて裸足のまま近くにあったベンチに座った。

 宮田も気まずいのか、伏し目がちのまま隣に腰を下ろす。


「……あの、沙樹さん。この前はすみません」


「悪い事したと思ってないのに謝らなくてもいいですよ」


「いやぁ、厳しいね」


 よく見ると、眼光の鋭さは亘そっくりだ。


「ヘラヘラ笑って誤魔化すのは僕の悪い癖だから、それは申し訳ないと思ってますよ」


「そうですね。宮田さんって、本心を指摘されると逃げる癖がありますね」


 沙樹は、まっすぐ宮田を見つめる。


「……はい」


 宮田は、笑いを引っ込めた。裏に隠れていた寂しそうな顔が、表に出てくる。


「宮田さんは、メルさんに裏切られたと思った。それが許せなくて、意地悪してるだけなんですよ」


「そう聞くと、僕めっちゃカッコ悪いですね」


「メルさんの話、もっとしてください」


「どうして?」


「大事な事だと思うからです」


 宮田が自分の気持ちに気づくために、と言う言葉は飲み込んだ。


「そうだなぁ。アンドロイドって、完璧だと思われがちだけど、そうでもなくて、特にメルは出来ないことも多かったですね。子守ロボットなんで家事とかは得意なんですけどね、それ以外のスキルは全然」


 あの日々を、懐かしく輝かしく思い出す。


「ピアノを弾いたり、ゲームをしたりしてたけど、下手だったなぁ」


「宮田さんと一緒に遊びたかったんですよ」


「そうかも。隠れて練習してたみたいだけど、バレバレなんだよね。僕の真似をするのが楽しかったみたいで……」


 真似をする。


 何か、頭に引っかかった。


 あの時、あのアンドロイドはをした?


「……あ」


 突然立ち上がった宮田を、沙樹が見つめる。


「どうしました?」


「そうだ」


 そうだったんだ。


 宮田は沙樹の瞳をまっすぐに見つめた。


「沙樹さん、まだです」


「え?」


「まだ終わってない」


 13人のゆりあ達の悲鳴が、聞こえた気がした。

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