第48話 機械の心


 その日、宮田は高熱を出した。

 仕事で宮田の看病ができない父は、メルを廃棄処分するのを1週間後に設定した。宮田もそれを受け入れた。


 夜、宮田は絶えることのない悪夢を見ていた。


 さん……優一さん。


 誰かが宮田を呼んでいる。薄目を開けると、メルが自分の枕元に座って宮田の額に手を当てていた。


「優一さん。大丈夫ですか?」


「……メル」


「よかった。すぐにお医者様が来ますからね」


「ん」


「暑いですか? 窓を開けましょう」


 メルがホッとした表情で微笑み、部屋の窓を開け放った。

 その時


 玄関から、父の焦った声が聞こえた。


「ちょっと待ってください。誤解です。いや……確かに我が家にはまだメルがおります。A10T型です。……いえ、すぐに破棄するつもりでした。だから、それは分かってます!」


相手の声は聞こえない。何があったんだろう。


「お父さん……?」


 メルの制止も聞かず、ベッドから降りる。同時に宮田の部屋のドアが勢いよく開かれた。


「あーあ、ほらいるじゃないですか。ダメだなぁ宮田先生、思いっきり条例違反ですよ」


 偉そうな大人が数人、わらわらと部屋に入ってくる。


「誰?」


 大人が一人、宮田の方に歩み寄る。とっさにメルが宮田を背にかばった。


「俺は無限課・捕獲班の内藤だ」


 ワークアームを操作してIDを表示させた。なんて書いてあるのかは読めなかったが、大変な事が起きたのだという事だけは、熱に浮かされた頭でもわかった。


「ちょっと待ってくださいよ」


 父が部屋に転がるように入ってくる。


「内藤さん。私と君の仲だ。融通してくれ。条例を破るつもりなんかないよ。ただ、この子はメルを家族のように思っていたんだ。それが条例ができたからすぐに捨てるなんて、そんなかわいそうなことできないだろ?」


「ほぉ。可哀想だからしょうがないと?」


「そんな事は言っていない! 破棄するつもりだったさ。なぁ、メル」


 メルは音声を再生した。


 ”優一の風邪が治るまでは家にいてくれ。だが治ったら、悪いけど破棄処分をさせてもらうよ。ごめんね”


 父親の音声が消える。


「ほら! 言っているだろう! 私は破棄する意思があった!」


「先生、条例がいつできたのか、お分かりですか?」


「それは」


 口ごもる。


「もう1ヶ月前ですよ?」


 条約ができたからと言って、今まで家族のように付き合っていたアンドロイドを捨てろというのはそもそも無理があった。家でアンドロイドを匿う違反者は後を絶たない。宮田の父は見せしめに逮捕されたのだ。名のある人物が逮捕されれば、条例を守る動きが活発になるだろうと無限は考えたし、実際その通りになった。


「逮捕しろ」


「待ってくれ!」


 父が大勢の大人たちに捕らえられている姿を見た宮田は、パニックになった。

 熱に浮かされた頭の中で、メルへの増悪が膨れ上がる。


(メルのせいで、お父さんが……)


 メルは自分より父が好きだと言った。それはなぜか? メルが自分を嫌いになったからではない。メルの優先順位の設定が変わったのだと、宮田にはわかっていた。


(やっぱり、メルはただの機械なんだ)


 そんなただの機械に、心を奪われていた自分が愚かに思えた。


「優一さん」


 メルは優一のただならぬ雰囲気に後ずさる。

 ジリジリと下がり、とうとう窓のそばに。


「メル」


「はい」


「メルは、壊れても痛くも悲しくもないんだよね」


「はい」


「じゃあ、もう壊れていいよ」


「……はい」


 優一がメルのお腹を押したのと、メルが自ら身を窓の外に投げたのは同時だった。


「!」


 内藤が驚いて窓の外を見る。

 メルは地面に直撃し、腰の部分で千切れていた。



***


 宮田の話を聞き終わった沙樹は、言葉を紡ぐ事ができない。


「でね、その場で破棄したってのに、見せしめに逮捕したい捕獲班は僕の父親を結局逮捕しちゃったのよ」


 メルがいるはずのドアの奥を、沙樹は凝視する。


「そのまま廃棄処分にまわしてもらおうと思ったんだけど、父親も逮捕されてどうしたらいいか僕もわかんなくてさ。結局飛び散った部品をかき集めて倉庫に押し込んだ。引っ越すたびに捨てなきゃなーとは思ってるんだよ?」


 宮田はテヘッと舌を見せ笑った。


「宮田さん。あの……」


「いや! 面倒だっただけだから、本当。もしよかったら沙樹さん、あのアンドロイド捨てちゃってよ」


 宮田の手が沙樹の肩を叩く。


「ヘラヘラするの、やめてください!」


 その手を思いっきり叩いた。


「どうしてこんな酷いことを?」


「酷い? 何が?」


「メルの事ですよ。こんな暗い場所に、あんな状態で置いておくなんて!」


 宮田は呆れたようにため息をついた。


「もしかして沙樹さん。アンドロイドに夢見ちゃってます? あいつらに感情なんかないですよ?」


「わかったような事言わないで」


「……」


「心は目に見えません。あるかないか、宮田さんには判断できないはずです」


「いやいや、わかるでしょう。アンドロイドはインプットされた言葉を喋り、インプットされた通りに動いてる」


「私たちだって同じです。誰かに聞いたような言葉を喋って、インプットされた世間の常識通りに動いてる」


 沙樹はゴミ袋を宮田に投げつけると、玄関に向かった。


「帰るんですか?」


「えぇ。不愉快なので」


 宮田は沙樹がなぜこれほど悲しそうにしているのか分からなかった。

 いや、本当は分かっていたが、気づきたくなかった。


 智子の作ったアンドロイドが壊された時、宮田は確かに感じたのだ。

 あのアンドロイドのを。

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