第46話 敗北

 宮田は長官からの降格と、出勤停止処分を受けた。

 黄龍家から直々に無限へクレームが入ったのだ。


 父から宮田の現状を聞いた沙樹は、どうにもやり切れない思いを抱えた。


「じゃあ。黄龍智子は……」


 罪に問えないという事か。


 亘は苦しそうに頷く。


「あのアンドロイドは智子の指示で動いていた。あんなに多くの人が殺された原因を作ったのに」


「アンドロイドは壊されて廃棄処分。智子のログは見られない。別件逮捕もできない。黄龍に関係ある人物ですでに死亡している者のログを探ったが、証拠は見つからない。もうお手上げだ」


 殺されたゆりあ達の親族は今この瞬間も地獄のような日々を過ごしている。自分の大切な人がなぜ殺されたのかもわからず、犯人は壊されてしまった。怒りをどこにぶつければいいかもわからない。


 こんな結末でいいのか。


 父に訴えたかったが、すんでのところで抑えた。

 一番悔しいのは、この事件をずっと追っていた宮田と父なのだ。


「……私、宮田さんの所行ってくる」


「ほっといてやれ。今は誰にも会いたくないだろ」


「でも! ろくなもの食べてない気がするし……」


 ゴニョゴニョと言い訳を並べ立てながら、宮田に会いたいのは自分の方なのだと気付いた。


「お前、あいつの事好きなのか?」


「はぁ!? いや、その……」


 詩季との会話を思い出した。恋愛経験がほとんどないのでわからない。でも、彼を元気づけたいと思うし、力になりたいと思う。


「よく、わかんない」


 正直に口にした。

 亘は少し驚いたように目を開いた。


「とりあえず、行ってくる。迷惑だったらすぐ帰るから」


 栄養がありそうな食材をカバンに放り込み、沙樹は亘の家を出た。


「まぁ、あいつもそういう年頃だしな」


 なんだか悔しいような嬉しいような心情だった。



***



訪ねていくと、宮田は思ったよりも元気そうだった。


「心配したんですよ。休職になったって聞いて」


「いやー。楽だよね。正直、仕事しないって」


 リビングに入ると、巨大な3D空間になっていた。バーチャルゲームを楽しんでいたらしい。


「面白くてハマってるんだー。沙樹さんもやります?」


「結構です。あの……落ち込んでないんですか? 黄龍智子を追い詰められなかった事」


 宮田はポリポリと頭をかいた。


「まぁ、落ち込んではないです。僕としたことが熱くなっちゃって、黄龍に楯突くなんて馬鹿げた事をしちゃいました」


「馬鹿げた事って……」


「亘さんの熱血がうつったのかもしれませんね」


「そんな風に言わないでください」


 なんだか涙が出そうだった。


「もう、宮田さんは諦めてしまったんですか?」


 強い瞳で、宮田を見つめる。この眼光の鋭さは父譲りだ。


「諦めて……ますよ。もう無理ですもん。まぁ、次の被害者が出ないならいいじゃないですか」


 そういうと、宮田はバーチャル空間をoffにする。


「……あ」


 部屋の惨状があらわになった。


「宮田さん」


 ジロリと睨む。


「はい。すみません」


 沙樹は脱ぎ散らかされた服を洗濯機に放り込み、ゴミ袋にペットボトルやお菓子の袋などを入れていく。


「いいですよぉ。僕がやりますから」


「宮田さんは掃除してください。この部屋ほこりっぽいですよ」


「あ、じゃあ清掃ロボット呼びますね」


「ダメです!」


 ワークアームを操作しようとする宮田の腕を、沙樹がガシッと掴む。


「自分で掃き掃除してください。その後は床拭き」


 箒と雑巾を手渡す。


「えー!!」


「グダグダ言わない! 宮田さん、全然外出てませんよね? ダメですよ。ちゃんと体を動かして昼は外に出て太陽の光を浴びないと!」


 沙樹は、宮田の頬を両手で挟み込んだ。


「……あ、あの」


 宮田は沙樹の目を見つめないように瞳を左右に高速で動かしている。

 グッと顔を近づけ……パン! と頬を叩く。


「いた!」


「ほら、両目の下、隈が凄いですよ。顔色も悪い」


「そうねぇ。確かに、ここんところ昼夜逆転だし外にも出てないかも」


「ほら!」


 映像を映すために閉じられていたカーテンを一気に開ける。外は寒いが、天気は良い。


「掃除している間に私が布団を干しておきます」


「いやぁ、色々すみません」


「そう思うなら、もうちょっとちゃんとした生活してください」


 ゴミを集め、リビングを出る。

 玄関に向かおうとすると……


 ガガガガ……


 音がした。


「?」


 反対側に部屋がある。ここは確か物置のはずだ。

 ドアノブに手をかける。


(……勝手に開けちゃだめだよね)


 思い直して、手を離す。


 ゆう、いちさ……ん


「!」


 人の声だ。誰かいる?


 考えるより先に手が動いた。

 ガチャリとドアノブが回る。


 中は薄暗かった。雑多に詰め込まれた物の真ん中に、ソレはあった。


「……アンドロイド?」


 下半身が砕けたアンドロイドがいた。美しい顔が、こちらに向いている。


「こんにち……は」


 アンドロイドが笑った。


「あなた……はだれ?」


「私は」


 背後に気配。


「あ……」


 振り向くと、無表情の宮田がいる。


「ご、ごめんなさい。私」


「いいよ。でも、面白いもんでもないでしょ。一旦出よう」


 宮田は笑顔に戻ると、沙樹を外に押し出して後ろ手でドアを閉めた。


「宮田さん、今のは」


「……アンドロイドだよ」


「……何で」


 壊れているとしても、保有するのは条例違反だ。

 調査官である宮田が、まさかアンドロイドを隠していたというのか。


「うーん。なんで、だろうね」


 宮田は自分でもわからなかった。

 出世のためにとアンドロイドを隠し持っている者を摘発しては点数を上げていた。ケントや父親、多くの人間の嘆きを「違法だから」の一言で片付けてきた。その自分が、なぜ……


「彼女の名前は、メルっていうんだ」


 宮田が、ドアの奥にいるはずのメルを見つめて語り出すーー

  

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