6章 海とメル

第43話 暴動

 アンドロイドが拘束された状態で車から降りる。

 周りを取り囲む野次馬や記者が、ドッと彼の周りに押し寄せた。


 アンドロイドが捕まってから数週間が経った。ログが設置されていないので犯人との特定ができないと上層部は焦ったが、研究者が何日間も泊まり込みアンドロイドのデータ解析を進めた結果、「ゆり⭐︎◇△あを殺せ」という音声データが脳の一部にあるのが発見された。

 データは壊れかけていて誰の声かは判別できない。だが、彼がゆりあ達を殺したのは事実だと判断された。


「あーあ、凄い人。これ、出ていくの嫌だなぁ」


 宮田は車の助手席でため息をつく。調査官たちがアンドロイドの周りを取り囲み「こちらに来ないように」と声を張り上げているが、外はパニック寸前だ。


 後部座席にいた亘が身を乗り出し、同じく外を眺める。


「それにしても。本当に処分を黄龍に任せるとはな。何考えてんだよ、無限の奴らは」


「得てして身分が高いやつは傲慢で頭が悪いんですよ」


「じゃあお前もか? 最年少の長官さん」


「もちろん僕もです」


 アンドロイドが人を殺した。しかも13人もの女性を。


 この事実は大勢の人々に衝撃をもたらした。日に日にアンドロイドに関する増悪が深まり、街で働くロボットを破壊し悦に浸る輩までも登場している。


 このアンドロイドをどうするのか? 判断を迫られた無限は困惑した。

 何しろ人を殺したアンドロイドの処分などどこを探しても例がない。司法で裁くわけにもいかず、更生を促すわけにもいかない。


(結局、まさかの黄龍家に丸投げしちゃうんだもんなぁ)


 そして今日は、極秘でアンドロイドを黄龍側に引き渡す日であった。どこから情報が漏れたのか、宮田たちが黄龍が経営する研究所に着いた時には、すでに人だかりができていた。


「アンドロイドはどうなるんだ?」


 亘は集まる窓の外をみながら尋ねた。


「様々なデータを取った後に廃棄するそうです」


 集まった人々の中から悲鳴のような怒号が聞こえた。


「なんだ?」


 見ると、妙齢の女性がアンドロイドに向かって生卵をぶつけたようだ。殻が飛び散り卵黄が頭から頬を伝うが、もちろんアンドロイドは眉一つ動かさない。


「被害者の母親だな」


「はい」


 女は泣き崩れた。相手が生きていない人間である以上、死刑も望めない。理由もなく殺された娘。その母は一体どれほどの苦痛の中で日々を生きているのだろうか。


 亘の視線の先に、大勢の研究者を引き連れた智子が出てきた。

 彼女が見えた瞬間、アンドロイドの動きが止まる。


「やるとしたら、ここしかねぇな」


「えぇ」


宮田と亘は車から降り立った。

今日このチャンスを逃せば、もう次はない。


「おい! ちょっとどいてくれ!」


 亘の怒号で、集まった人々の動きが止まる。


「な、なんだよお前」


 男が一人、勇気を持って声を出した。


「あ?」


「ヒッ!」


 その眼光の鋭さに、皆が後ずさる。


「あらあら。何か御用かしら」


 柔和に笑う彼女の目の前へ、一直線に歩く。


「どうも。黄龍智子さん」


「こんにちは。あなたは」


「俺は刑……いや、調査官だ。で、こいつは」


 後ろを振り向くと、宮田は人混みに飲まれている。


「おい! 何やってんだ!」


「す、すみませーん!」


 細い身体をクネらせてなんとか脱出する。


「どうもー。同じく調査官です」


「初めまして、黄龍智子です。本日は受け渡しご苦労様です」


「いやぁ、その事なんですが」


「なんでしょうか?」


 宮田は苦笑いで頭をかいた。

 勝負だ。


「んー。回りくどいのもアレなんで、ぶっちゃけ言っちゃいますね」


 振り返り、動きを止めたアンドロイドを指差す。


「あのアンドロイドを製作したの、貴方ですよね」


 一瞬の静寂。

 人々の困惑がザワザワと広がる。


「まさか、黄龍が?」

「あり得ない。不気味の谷条約を締結させたのは清太郎だぞ」


 宮田は智子の目を見つめる。その目は真っ直ぐで、動揺はかけらも見られない。


「何をおっしゃっているのかしら?」


「アンドロイドは自然発生するわけじゃないですよね。人を攻撃できるアンドロイドを作る技術があるのは、黄龍財閥だけじゃありませんか?」


「その質問に関しては”100%そうであるとは言い切れない”と答えましょう」


「認めないんですね」


「はい。確かに黄龍に勤める技術者を結集させれば人を攻撃するアンドロイドも作れるでしょう。ですが、この技術があるのがうちだけかはわかりません」


 智子は笑った。目の前にいる子供は考えが浅いのだ。だから大人が丁寧に優しく教えてあげねばならない……。そう思っているかのように。

 宮田は悔しさを覚えた。


「私はそんなアンドロイドを作らせた事はありません。つまり、黄龍以外にその技術を持つ者がいると言うことです」


「苦しい言い訳ですね」


「そうでしょうか?」


「これほどの資金と設備が整った場所が他にありますか」


「あるのでしょう。それが何処にあるのかは私は知りませんが」


「信じられません」


「あらあら」


「お前、いい加減に……」


 智子は咎めようとするボディーガードを制す。

 男は慌てたように定位置に戻った。


「ではどうすれば良いのかしら?」


「簡単です。ヒューマログを確認させてください。智子さんだけでなく、勤めていらっしゃるみなさんのものも」


 聴衆のざわめきが大きくなった。


 智子がヒューマログを設置したのは記録によると35年前。設置が法律で義務付けられた時だ。


(智子が犯行を実行したのは40年以上前。その当時の会話は残っていなくても、すべてのログを確認すれば、何かがわかるはずだ)


 亘は宮田の後ろに立ちながら内心ガッツポーズをとる。

 これが計画だった。大勢の人がいる前でなら、智子はログの閲覧を断れない。

 ログを見ることができれば、あとはこっちのものだ。


「……」


 皆の視線が智子に集まる。

 智子はしばし目をつぶり、そして開いた。


「拒否します」


 静寂に声が響く。


「それは関与を認めると言う事ですね!」


 間髪入れずに宮田は追求する。ここからどうやって追い詰めるかが勝負だ。

 宮田が言葉を繋げようとすると……


「その発言は調査官として問題ですね」


 智子がぴしゃりと言い放つ。その芯の通った声に聴衆がまたもや静まり返る。


「どうしてログの閲覧が許可制だと思うのですか?」



「それは……」


「私共の方に権利があるからです」


 何か言わねばと口を開くが、言葉が出てこない。


「権利を行使した民間人をそのような言葉で追い詰めるなんて、あってはならない事ですよ」


「いや、でも」


「お黙りなさい!」


 智子の声が耳をつんざく。


「まず身分を示しなさい! それが礼儀ではありませんか!」


「っ……」


 ワークアームを操作し、自身のIDを表示させた。


「宮田さん。階級は長官ですか」


「えぇ」


「先ほどの考えは、貴方の独断ですか?」


「……そうです」


「わかりました。きちんと上には報告させて貰いますね」


 宮田は唇を嚙む。やられた。これでは世論を味方にする計画も崩れた。


「待て。あんたが関わっているんじゃないかと言ったのは俺だ。宮田長官は関係ねぇ」


 亘が宮田の前に出る。


「……亘さん」


「俺は無限の調査官・亘だ。階級はなし」


 智子はすぐに亘から目線を外した。


「わかりました。合わせて報告しておきます。では、そろそろあのアンドロイドをこちらに引き渡して貰えますか?」


 智子がずっと立ち止まっていたアンドロイドを指差す。


「おいお前、いけ」


 捕獲班の職員がアンドロイドの背中を押した。

 まっすぐ、智子に向かって歩き出す。


 目の前に来て、歩みを止めた。

 アンドロイドが口を開く。その手を智子の方に伸ばした。


「……た」


 その瞬間。


 突如、発砲音が響く。


 閃光が貫き、アンドロイドが倒れた。

 人間の心臓部分に、穴が空いている。


 聴衆の悲鳴が聞こえる中、アンドロイドは静かに目を閉じた。

 






 


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