第42話 危機

 ドアの前に立つ。

 鍵穴を見る。このタイプの鍵はすぐに開けられる。


 音一定の力をかけながらドアノブを回す。

 音は立てない。呼吸はしていない。問題はない。


 部屋の中は暗い。

 前回は殺し損ねた。


 今度こそ、失敗しない。

 自分はそのために生まれてきたのだから。


 頭の中に声が響いた。


 ”ゆり……ガガあを……ころ……殺せ”


 部屋に入る。


 ベッドにゆりあが寝ていた。長い髪が布団からはみ出ている。

 隣に布団がある。誰だ? 短い髪が見える。


 ターゲットではない人間は関係ない。

 ベッドに乗る。体重調整をして重さをなくした。こうすれば誰も気づかない。


 その首に手を回す。

 力を込めれば一瞬だ。すぐに終わる。

 

 今日は何を持って帰ろう?

 周りを見る。枕元にリボンが置いてあった。うん、これがいい。

 リボンをポケットに入れる。


 そして再び首に手をかけた。


 さようなら。


 力を込める。


 その瞬間……


 ゆりあが起き上がった。


「!」


 曲げた足の裏を腹につき


「……はっ!」


 垂直に蹴りあげられる。


ベッドから崩れ落ちた。痛くはない。感じない。

立ち上がる。目の前にいるのは、ゆりあではない。


「出たね。犯人」


「だ、大丈夫ですか!」


 布団で寝ていた女が起き上がった。

 短い髪をした……女ではない。男だ。


「沙樹さん」


 男子姿の詩季が近づこうとする。


「だめ! 危ないから!」


「は、はい」


 逃げる事にする。

 深追いして証拠を残すような事は絶対にあってはならない。


「待ちなさい!」


 女が追ってきた。

 顔面めがけて殴る。避けられた。

 すかさず足を払う。女はバランスを崩して倒れる。


 その隙に逃げ出す。

 追いつかれる可能性はない。


 ドアが開く。このまま逃げる。

 機会はまたある。が求めれば、僕は何度でも動く。


「!」


 ドアの外に身を投げ出した瞬間、低い姿勢からタックルされた。バランスを崩し、足から仰向けに倒れる。足を動かそうとするが、タックルした人物がしがみついていて離れない。


 ――殺そう。


 上半身を起こし、抱え込むように足元にしがみ付いている人間の頭をロックする。

 このまま90度ひねれば……


 人間が叫んだ。

 

「宮田ぁ! なんとかしろ」


「はい!」


 目の前にまた新たな男が現れた。

 手に小型銃を持っている。


「観念しなぁ!」


 バチン!


 電流が音を立てた。

 身体がビクンと跳ねた。目の前が暗くなる。

 そのまま、倒れた。


「ちょ、調査官さん!」


 詩季が駆け出してくる。


「え? えっと君は?」


「私、櫻井詩季です」


「あ! それが素顔なのね……っていうか!」


 宮田は全力で家の中へ入る。


「調査官さん! 土足です!」


 何も声も耳に入らなかった。


(沙樹さん。まさか……)


「宮田さん!」


 詩季のウィッグを被った沙樹が立っている。宮田を見て笑顔をみせた。


「沙樹さん!」


「は、犯人! 捕まえましたか!?」


 駆け寄ってきた彼女を、宮田はそのまま抱きしめた。


「え……えぇ! み、宮田さん」


「犯人は、捕まえました」


 宮田の身体が少しだけ震えているのを感じ、沙樹は恐る恐るその背に手を回す。


 ようやく終わった。


 沙樹の耳に、遠くからやってくるサイレンの音が聞こえた。





 




 

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