第41話 トリガー

 宮田は無限の作業室で膨大なデータをデバイスに処理させながら、頭を抱えた。


「うーん。わからん」


「大丈夫か。少し休め」


 亘がホットコーヒーを入れて持ってきてくれた。

 湯気の立つマグカップを両手に取ると、ほっと肩の力が抜けた。


「ありがとうございます」


「俺が少し手伝えればいいんだがな」


「いえいえ。ですが、そろそろ頭打ちです。話を整理したいので話していいですか」


「あぁ」


 大きく伸びをして、亘の方に椅子を回転させる。


「今村友梨奈殺したアンドロイドが、13人のゆりあが殺された9月22日になぜ再び現れたのか。それがわかりません」


「友梨奈を殺せと指示を出したのは黄龍智子だと思って間違いないか」


「えぇ。もしかしたら清太郎と智子を結婚させたかった彼女の両親の仕業かもしれませんが、もう亡くなってますしね」


「となると、やはり今回も智子が関係しているだろう」


 宮田は腕を組んでうなる。


「智子は殺すという指示を与えたつもりがなかったが、アンドロイドの方は指示が来たと思い込んでしまったとかどうですか?」


「そうだな。何か、アンドロイドが動く条件があるはずだ。それが40年以上経った今、智子のあずかり知らぬところで再び発動した」


「その条件がわかれば、次に奴が動く日もわかりますね」


 やはり一人で考えているより、人に話した方が理解が進む。宮田の頭の中のこんがらがった糸が、少しだけほぐれた。


 亘は推理を続ける。


「単純にアンドロイドは40年以上壊れていて、それを直した奴がいるとか。何かの拍子で電源が再び入ったとか、可能性はまだたくさんあるぞ」


「そうなんですよねぇ」


 宮田は頭を抱える。


「……昔、音楽を聴いて人を殺す奴がいたな」


 亘がぽそりと呟いた。


「音楽?」


「あぁ。とあるクラシック音楽を聴くと、なぜかそいつの中で殺人衝動が芽生えるんだ。そいつの家はピアノ教室だった。生徒がその曲を弾いちまったら、奴はふらふらと街へ出ていって、歩いている子供を刺し殺す。そして埋める」


「こわっ」


「まぁ、今回の話とは関係ないけどな。なんか参考になればと思っただけだ」


「……」


 宮田は何かを掴みかける。殺人衝動のスイッチ。条件がある? いや


(何か、難しく考えすぎなような気がする)


 アンドロイドはあくまで命令された事、インプットされた事を実行する。設計した側はどうだろうか? 人を殺すためのアンドロイドを作るとして、そんな回りくどい設定をするか? もっと単純に殺せと言われたら殺す。それが一番単純じゃないか。


 考えが口をついて出た。


「言葉」


「あ?」


「言葉がキーになっているのかもしれません」


「どういうことだ」


「智子は最初、アンドロイドに”ゆりなを殺せ”という指示を出したはずです。だが40年後、殺されたのはゆりあでした」


「あぁ」


「新たに智子がアンドロイドに殺しを依頼するとは考えにくい。という事は、40年前の智子の声が再生されたのではないでしょうか」


「名前が間違った状態で再生されたということか」


「智子にとって、あのアンドロイドは弱みです。見つかれば罪がばれるかもしれない。そんな状態で、彼が処分されていないのが不思議でなりませんでした」


 亘が腕を組む。


「そうか。智子はアンドロイドの処分を他の奴に頼んだ。ああいう人種は自分で自分の手は汚さねぇからな」


「依頼した相手が仕事を中途半端に終わらせたんでしょう。アンドロイドは半壊状態で放置された。だから声が鮮明に再生されず、ゆりながゆりあになってしまった。被害者の名前が違った事が、アンドロイドが智子の声で動いていたという証拠です」


「なぜ再生された?」


「智子の声を、アンドロイドが聞いたから」


 亘は自分でも考えをまとめるように唸った。


「外に放置されていたアンドロイドがどうやって……あぁ、そうか。巨大ディスプレイだな」


「そうです」


 アンドロイドは破棄された。動けない状態だ。そのまま年月がすぎる……


 亘は言葉を続けた。


「破棄された場所から、巨大ディスプレイが見えたんだ。智子の声を40年ぶりに聞いて、頭の中で”殺せ”という命令が再生されてしまった」


 亘は興奮して椅子から立ち上がる。ガタッと大きな音が深夜の会議室に響いた。


「いや待て」


「あれ? ダメですか。この推理」


「巨大ディスプレイに智子が出てきたのは確かにゆりあ達が殺された9月22日だ。清太郎の危篤が智子の口から発表されたからな」


 だが、智子はそれから連日テレビに出ていた。詩季が襲われたのは12月8日。2ヶ月以上間が開いた理由がわからない。


「それに、俺たちが知らないだけで黄龍智子は他にもテレビ出演をしていたかもしれん。そうなると、声を聴いてアンドロイドが動く、というのは辻褄が合わねぇぞ」


 宮田もそこに気づく。残っていたコーヒーを飲むが、すっかり冷えてしまっていた。苦し紛れに言葉を繰り出す。


「詩季の件は、犯人が別とか?」


「それはねぇだろう。そんないっぺんに殺人アンドロイドが出てきたら、もう叛逆じゃねぇか」


「ですよねぇ」


「……だがここまでは間違っていない気がするな」


「本当ですか!」


 亘に褒められたことが思った位以上に嬉しい。


「あぁ。言葉。言葉なんだ。あのアンドロイドが大事にしているのは」


 アンドロイドが大事にしているもの? そんなものがあるんだろうか。

 宮田は考える。


 殺人の道具に使われ、そのまま破棄された。一度も顧みられることもなく、40年間の月日を過ごした。たった一人で。


「智子が出ている番組を全て調べてみます」


 映像を検索してデバイスにかける。もしかしたら共通の単語を喋っているのかもしれない。それとも文章だろうか? 


 なんども試す。エラーを繰り返す。


 それでも諦めない。


 時間が経つ。


 夜が深まり、痛いほどの静寂と寒さ。張り詰めた空間。

 そして、


「……見つけた」


 画面には智子の声が再生される。

 9月22日と12月8日にだけ、智子が放った言葉。


 ”うみ


「亘さん、まずいです!」


 宮田は急いで立ち上がる。焦りすぎて足がもつれた。


「お、おい。落ち着け宮田。何がまずい」


「今日の追悼番組を見てください」


 智子が驚くような豪邸の中を歩きながら話をしている。

 古ぼけたお菓子の箱をとり、中を見せた。

 

「これは一緒に海に行った時に買ってもらったキーホルダーです」


 急がないと、と宮田が呟く。

 

 詩季と沙樹が、危ない。


 

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