第40話 黒い影

 沙樹と詩季は、並んでテレビをみていた。

 黄龍清太郎の追悼番組が流れる。


 スタジオに設置された上等な椅子に座っている智子に向かって、司会者が頭を下げた。


「黄龍智子さん。お越し下さりありがとうございます」


「いえ、こちらこそ。本日はよろしくお願いいたします」


 若かりし頃の清太郎の写真が映し出された。白衣を着て仲間と一緒に笑っている。


「沙樹さんは黄龍清太郎ファンだったりします?」


 詩季は昼間に作ったというクッキーを食べながら尋ねた。危険だから、とここ数日外に出ることを禁止していたので、時間を持て余しているのだろう。時間の潰し方がお菓子づくりというのが凄い。


「え? この人そんなにファンがいるの?」


 沙樹も一つ拝借して口に入れた。続けて、詩季が入れてくれた紅茶を飲む。

 とても美味しい。


 警護と言いながら、最近沙樹は詩季から料理を教わったり一緒にネットショッピングをしたりと、ダラダラ楽しく過ごしている。

 詩季は穏やかで性格も良く、一日中一緒にいても疲れることはなかった。


「私のパパは結構ファンでしたよ」


 そう言われて、テレビに視線を移す。

 若い頃の清太郎は地味で真面目そうだ。


「パパが社会人になりたての頃は、上司はAIだったんですって。データに基づいてるから支持は的確だし感情的になる事もないからいいんじゃい? って私は思いますけど、パパは”AIのくせに偉そうだ”って」


「へぇ。今じゃ上司がAIなんて考えられないね」


 父も確か同じように苦悩していた気がする。何がヒューマログだ。そんな血の通っていない機械で何がわかる。そう言って酒の量が増えていた気がする。


「不気味の谷条約ができて、しっかりと”心を持たないものは自分たち人間より下等である”って決められたわけですけど、私はそれで偉そうにふんぞり返っているような大人を見ると、なんか……みっともないって思います」


「それ、わかる」


「ですよねぇ‼︎」


「私さ、この前ゴミ拾い中のロボットを突然蹴飛ばして歩いている人みてびっくりしちゃった。結構年配の人だった」


「どんな恨みがあるのかは、あの時代を生きていない私たちにはわからないですけど、そんな大人気ないことしちゃうの? って感じです」


「だよねー」


 女子(?)同士のおしゃべりは止まらない。


 テレビはスタジオから切り替わり、なぜか智子のお家訪問になっている。黄龍家の敷地内に建てられた智子と清太郎専用の家は、二人暮らしだというのに500坪もあった。


「こちらが清太郎の部屋です。彼はほとんどを研究室で過ごしておりましたので、ほとんど何もありませんね。殺風景な部屋です」


 智子が部屋を一つ一つ案内しながら清太郎との思い出を語っている。


「ここは私の部屋です」


 清太郎の部屋とは打って変わって色々なものが雑多に詰め込まれていた。端に見えるバッグや服は全てブランド物のようだ。


「あ、これをお見せしましょう」


 智子は枕元から小さなお菓子の空箱をテレビの前に持ってきた。


「これは?」


 司会者が興味津々で箱を観察する。


「私の宝箱です」


 蓋をあけると、小さな紙やコースター、キーホルダーなどが入っている。


「これは清太郎と一緒に行った映画館の半券です。デートした時に入った喫茶店のコースター。これは一緒に海に行った時に買ってもらったキーホルダーです。こっちは学生時代の友人にもらったお守り、これは父と母と旅行した時に買った絵葉書……色々ありますね」


「智子さんは思い出をとても大切にされていらっしゃるんですね」


 司会者が感心したように何度も頷いた。


「子供の頃からの癖なんですよ。母からはそんなゴミ早く捨てなさいって言われて……ひどいですよね」


 智子は財閥の令嬢でありながら庶民的な感覚も残していて、結婚した後も粛々と夫を支え続けた良妻として視聴者の目には映った。


 沙樹は「結構可愛らしい人なんだな」と思った。デートの思い出まで取っているという事は、智子は本当に清太郎を愛していたのだろう。その人を失って傷心しているはずなのに、今も智子は気丈に振る舞っている。心の強いひとなのかもしれない。


「ん……」


 眠ってしまったらしい。詩季が船を漕ぎ始めた。


「詩季ちゃん。もう寝る?」


 ユリアはあくまで偶像だから、沙樹さんには私のことを本名で呼んで欲しいと言われた。何だか可愛い妹ができたみたいで嬉しい。


「はい」


 詩季はそう呟くが動く気配はない。


「しょうがないなぁ」


 お姫様抱っこをして詩季を横たえた。


(なんだか私の方が男っぽくない?)


 釈然としないものを感じながらも、沙樹自身も眠りにつく。

 目を閉じると同時に部屋の電気が消えた。


(このまま何事もなく終わればいいけど)


 夜が深まってきた。

 

 カーテンの隙間

 誰かが、いるーー 


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