第39話 二つの事実
『亘さん、今どこにいるんですか』
「バス停だよ。全然来やしねぇ」
娘の事件の話を根掘り葉掘り聞いたあとにすぐ席を立つのは気が引けた。結局、年々身体の節々が痛いだの、最近の若者は仕事が甘い、などの雑談に花を咲かせて時間を過ごした。誰かと気兼ねなく喋る機会が随分なかった亘は、正直とても楽しかった。だが話に夢中になって、時間の感覚がなくなっていた。気が付いた頃には外は真っ暗だった。
(太陽が沈むのが早くなったな)
冬の訪れを感じる。年が開ける前までに、何としてでもこの事件を解決したい、それが被害者への、被害者家族へのせめてもの救いだ。
『田舎のバスは来るの遅いですからねぇ。タクシーもいないし』
「無限の方はどうだ? 新しい被害者は出てないだろうな」
『大丈夫です。調査官が全国のゆりあに会いに行って連絡を取っていますが、トラブルは起こっていません。それに、新しい情報もゲットしましたよ』
「新しい情報?」
『連絡を取った数人が、13人のゆりあ事件の日は朝方まで起きていたと証言しました。犯人は殺された13人だけでなく、もっと多くの家を訪ねていたのかもしれません』
「殺しやすい奴だけを狙ったって事か」
『はい。彼氏と一緒に寝ていた人や、家族と同じ部屋だった人も無事です。一人暮らしの女性はより警戒した方がよさそうです』
ターゲットにされたゆりあ達は、”運が悪かった”。それだけの理由で殺されたのかと思うとやり切れない。
「で、例の件は調べたか」
『もちろん! 凄い事がわかりましたよ』
宮田のテンションの上がりようで、亘は確かな手応えを感じる。
『今村友梨奈の婚約者は、黄龍清太郎です』
「なに⁉︎」
思わず大声が出た。木に止まっていたカラスが亘の声に驚き一斉に飛び立つ。
『なに驚いてるんですか。わかってて僕に調べさせたんじゃ?』
「いや、俺は13人のゆりあ事件の犯人が一番最初に人を殺したのは、今村友梨奈なんじゃないかと考えていただけだ。婚約者の事はそこまで重要視してなかった」
『なるほど。僕としては求めていた情報ジャストフィットって感じです!』
「どういう事だ」
『実は先生から、あのアンドロイドはA10Tを改造したものだという報告を受けました。そしてアンドロイドの改造は個人では無理だと』
「つまり」
『殺人アンドロイドを作ったのは、黄龍財閥です』
宮田と亘は互いに得た情報をすり合わせながら仮説を立てる。
アンドロイドは自主的に人を殺そうとはしない。ならば裏でアンドロイドを操っている人間がいるはずだ。
そいつはゆりあに恨みを持っていたのだろうか? アンドロイドを使って自身の存在を隠しているくせに、犯行には計画性が感じられない。アンドロイドに「とりあえず殺しやすいゆりなを殺せるだけ殺してこい」などという雑な命令を下すだろうか? 頭がいいのか悪いのか、性格に一貫性がない。
そこで亘は、13人のゆりあ事件は、アンドロイドの暴走ではないかと考えた。
(本来の目的。殺したかった相手は別にいるんじゃないか)
そう思った亘は、友梨奈の話を聞いてピンと来た。
種田の情報を調べたところ、彼は出所した後は日雇いの仕事すらせずに暮らしている癖に、金に困った様子はないという。金が定期的に入金されているのだろう。恐らく龍黄家から。
種田は犯人役を演じるスケープゴートだ。
清太郎は、婚約者の友梨奈が死んだ数年後に妻の智子と結婚している。
彼は入社当時から誰もが一目置く技術者だった。その力を我が家に組み込みたいと、黄龍家は考えたのかもしれない。
黄龍家は清太郎を手に入れるために友梨奈を殺したのだ。自分たちの手は汚さず、アンドロイドを使って。
当時は成功しただろう。友梨奈の事件はどこにでもある事件の一つとして終わった。
そこで疑問が残る。
『どうして、アンドロイドは40年以上経った今暴走を始めたんでしょうか』
「それがわからん。横流清太郎が死んだ事と関係がありそうだが」
『事件が起きた日、清太郎は危篤状態でまだ死んでいませんよ。ですが、詩季が襲われたのは死んだ当日でしたね』
「気ままに人を殺しているとかか?」
『ルールはないという事ですか?』
「それもあり得る。あとわからんのが、最初の被害者がゆりなで、今回の被害者がゆりあという違いだ」
「単に間違えたんじゃないですか。一文字違いだし」
「アンドロイドがか?」
「えぇ。アンドロイドって結構おっちょこちょいだったりしますよ」
(なぜこいつはそんなことを知っている?)
聞き返そうとした時、暗闇の中からライトが見えた。
「悪い。バスが来た。また戻ったら話そう」
『はい。わかりました』
すっかり凍えてしまった体をバスの座席に預ける。
眠気が襲ってきた。
宮田のことはとりあえず置いておこう。まずはルールだ。アンドロイドが動き出すルールがわかれば……
亘の思考は暗い闇の中に落ちていった。
***
丁度同時刻。
各家のテレビ、街灯の巨大ディスプレイ、ネットでは、同じ番組が放送されていた。
黄龍清太郎の追悼番組だ。
画面に映った司会者が頭を下げる。
”皆様。本日は希代の天才技術者と呼ばれた黄龍清太郎氏の今までの人生と様々な功績について、紹介させて頂きます”
司会者の横には、黄龍智子が真っすぐ背筋を伸ばして座っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます